第35話 ノンギャランティ・クエスト(ぱぱっと戦力を整えましょう)
「あーあ。かっこつけたけど結局ダメだったね。あそこで引っ張ってでも連れてくればよかったんだよ。さっきの私のお馬鹿さん。」
クエストを無事終えて猫亭に帰還したナナミは、テーブルに肘をつき手に顎を置いてブーたれた。テーブルの上にはヴェラザードの用意したいつもの乾いた黒パンにミツユースの美味しい水道水に雑なサラダ。それからナナミとリリファが帰り道に店じまいの準備をする屋台でお得に買ってきた売れ残りの惣菜があった。ブーたれながらも肘をテーブルにつけて食事をするのはマナーが最悪だったかと、肘をテーブルから離してすっかり冷えた串焼きの肉を串から外してパンにはさんで食べた。
「まだ駄目と決まったわけではないさ。セーヌはまたクエストに誘ってほしいと言っていたし、本人にその気はあるはずだ。明日も明後日もある。それとセーヌは治癒士の数に入れないならまた別に治癒士を探さねばな。」
そう言って食事に集中するリリファはまたもや食えるだけましだと手元の料理を次々に口へ運んで行った。
「リリファちゃんは前向きだねー。昨日とは大違いだ♪」
「昨日のことは言うな。どうかしてたんだ。いいか?クロノスの耳に入れないようにしろよ。」
「ハイハイ了解しました。カワイイなぁもう!…それに比べてあの人たちは。」
そう言って蔑んだ目で奥のテーブルを見たナナミとリリファ。そこにいたのはトランプ遊びにもすっかり飽きて、テーブルに突っ伏した先輩冒険者の面々だった。すっかり日も暮れて夜になったというのに、未だに「酒の管理者」の帰還を待ち続けており、二人が退廃的な根性だとある意味で彼らを評価すれば、彼らは何人かを残してそれ以外はグースカと寝こけていた。
「そんなところで寝てたら風邪ひくよ?」
「それが…三時間くらい前に誰かが勝ち負けを有耶無耶にするために皆に配った飲み物に一服盛ったらしくて、誰も起きねえッス。盛られたのは本来モンスターの生け捕りに使うための奴で結構強い薬だから、明日の朝日を浴びるまでこのままだと思うぜ?阿呆なことに盛った奴自身もうっかり飲んじまったらしくて…」
「それ普通死ぬよね?全員気持ちよさそうに寝ているけど…」
「そッスね。普通に一般人が飲めば大陸一楽に地獄の閻魔サマに会える方法だな。間違っても飲み物に入れるものじゃない。助かっても記憶が数日分吹っ飛ぶらしいから多分そっちを期待したんだな。良い子は真似しちゃダメッスよ?」
「「するわけがない。」」
ナナミの言葉に起きていた冒険者の一人ダンツが答えた。何故彼が無事だったかと言えば寝落ちる寸前に懐に入れていたモンスターを撃退する煙炊き用の唐辛子を齧ってその辛さで目を覚ましたらしい。そう答えるダンツの口は赤く腫れ上がっていた。見れば同じく無事だったダンツと同じテーブルにいた二人の冒険者も口を真っ赤にしており、どうやらダンツが残った唐辛子を齧らせたらしい。
「あまりの辛さに唇がすっごく腫れて、水を飲み続けていたらお二人が帰ってきたあたりで何とか話せるくらいまでにはなったッス。でもおかげで生き残ったから賭け金総取りだぜ?羨ましいだろ。」
二人の仲間とチップ代わりの銅貨をジャラジャラと手に持って見せる先輩冒険者ダンツに、ナナミとリリファはまたも呆れをとうに通り越して道端のダンゴ虫を見る目を向けた。
「まったく我々の先輩にはバカしかいないのか?」
「大丈夫だよリリファちゃん。アホとマヌケとわからんちーとスットコドッコイもいるよ。バリエーション豊富で飽きさせないよ。」
「…私たちは猫より役に立つ冒険者になろうな、ナナミ。」
「クロノスさんのそのフレーズはダサいけど、そうだねリリファちゃん。」
がっしりと手を取り合う二人を見てキマシの塔ッスというダンツだったが、そこで何かに気付いたようで冒険者達が寝こけるテーブルに目をやる。すると一人の冒険者が起き出してこちらにやってきた。冒険者は女性で頭からウサギの耳を生やしており、獣人の冒険者なのだとわかった。
「お?ジェニファーもう起きたッスか?おはようございやす。」
「元々あの薬は獣人には効き目が薄いの。おかげでぐっすり快眠取れたけどね。ねえダンツ。私たちそろそろ帰っていい?こんなところで寝ていたらチェルシーが風邪をひいてしまうわ。」
遂にクロノスを待つのに疲れたのか、ウサギの耳の獣人の女性冒険者が隣の席で突っ伏して寝る幼い妹の冒険者を指さしてダンツにそう尋ねた。二人は壁に埋まっていたのを助け出した時にはいなかったので、ナナミとリリファが出かけた後で来た冒険者だろうか。
「帰りたきゃ帰っていいッスよ。でも俺らはみんなクロノスの旦那の帰りを待っているッス。謝って倉から酒瓶出してもらうッス。こうなったら意地ッス。宿屋まで運ぶのも癪だし。」
「そうだそうだ。クロノスの兄貴が帰ってきた時にこれだけの人数が待っていれば「お前らそんなに俺に謝りたかったのか…?俺はお前たちの忠義に感動した!!せめてもの詫びに倉の酒は全部飲んでくれ!!」っていうに違いないぜ!!」
女冒険者の問いに、ダンツと横の冒険者が答えた。それを遠くから聞き耳を立てていたナナミとリリファはこいつら本当にダメだなと思う。どうやらウサギ獣人の女性も同じ気持ちだったようでダンツ達を見下す視線で見つめた。
「まったくダメね、あなたたちは。そもそも私はお酒なんかどうでもいいけど、猫亭の二階が元宿屋って聞いたから妹だけでもここに置いてもらえないか交渉しに来たのよ。冒険者向けの安宿は汚くてサービス悪いとこばっかだし…」
ジェニファーの言うとおり確かにギルドの支援する安宿はお世辞にも良いとは言えない場所も多い。ただし安いことには変わりないので冒険者は気にせず利用するものが多いが。
「ジェニファーは綺麗好きッスね。流石は身だしなみにうるさい獣人族。」
「まぁクロノスさんが帰って来ないのなら明日また出直すわ。もしクロノスさんが帰ってきたら酒場の件だけでなく宿屋の件も打診しておいて。さ、いくわよチェルシー。もう起きてるでしょ?」
ジェニファーはテーブルに突っ伏すチェルシーという名前のリリファよりも幼い少女に見える冒険者を揺する。彼女も薬は抜けていたようで、小さく欠伸をして目を覚ました。
「んみゅ…おんぶ。」
「だめ。冒険者になる時お姉ちゃんに甘えないって約束したでしょ。約束守れないなら故郷に送り返すわよ?」
「それはやだ…」
ジェニファーと名乗った冒険者は、妹のチェルシーを起こして眠い目を擦る彼女の手を取って猫亭の玄関口へと向かう。そして団員専用のテーブルで食事を続けるナナミとリリファ。それと受付で事の成り行きを無視という形で見守って帰り支度をしていたヴェラザードに挨拶をしたところで、ジェニファーとチェルシーのウサギの耳がピクピクと動いた。
「あら?誰かくるみたいよ?噂をすれば影って奴かしら…」
クロノスがやっと帰ってきたかと扉を開けるために扉に近づきドアノブを手に取ろうとしたジェニファーは、反対側から勢いよく開かれた扉にぶつかり、そのまま壁に叩きつけられた。
「お、お姉ちゃーん!?」
いきなりの惨劇にすっかり眠気の吹き飛んだチェルシーは、扉を動かして壁との間に挟まった姉を救出しようとした。そしてそこには誰もいないことに気付く。
「あ、あれ…お姉ちゃんは…?」
「ここよここ。」
扉に押しつぶされたはずのジェニファーは、チェルシーのすぐ後ろにいた。体にけがはなくどうやら扉が勢いよく開く瞬間、脚力を使って飛んだらしい。それを見ていたナナミとリリファは獣人の俊敏な動きに大変驚いていた。ポカンと口を開けるナナミなどは口いっぱいに頬張る肉を挟んだパンを口元からこぼれ落としていたほどだ。元々許容量一杯であった彼女の口では例え驚かなくとも溢れ出していただろうが。
「(すごい身のこなし…ああいう人が猫亭に入ってくれないかな?宿を必要としているみたいだし。)」
「(そうだな。だが奴の腰を見てみろ。あれは剣…つまりあいつは剣士だ。なら治癒士と戦士が急いで必要な私たちには後回しにしてよい人材だ。ただでさえもセーヌがどの職業に傾くかわからないんだ。そっちの面倒を見ている以上欲張るのは良くない。)」
宿屋の件だけクロノスに言っておこうとヒソヒソ声で会話していたナナミとリリファだったが…
「ウサギ獣人の脚がなければぺちゃんこよ!?まったく、どうしてくれるつもりかしらクロノ…」
抗議しようと扉から入った人物にジェニファーが声を掛けるがその声が途中で止まる。なぜなら猫亭に入ってきたのは彼女の待ち人であるクロノスではなかったからだ。
「あれ?シスターさん。どうしたのこんな夜遅くに。」
その人物の顔を知っていたナナミは正体である託児屋兼孤児院の管理者であるシスターに声を掛けた。
「ああ。ここであってた…ナナミさん。助けて…!!」
「ちょ、どうしたの?誰か…水持ってきて。」
息も絶え絶えに何かを訴えようとするシスターを落ち着かせようと水を所望するナナミ。ヴェラザードがそれに応え厨房へ姿を消すと騒動を聞き取ったのか、冒険者達の中の起きていたダンツをはじめとする何人かが集まってきた。
「なにごとッスか?」
「あ、ダンツさん。この人はセーヌさんが働いている施設のシスターさんで…あ。はい、水だよ。飲んで。」
ヴェラザードが水を持ってきたのでそれを飲ませると、シスターは落ち着きを取りもどしたようでゆっくりと語りだした。
「え!?セーヌさんがセイメーケンコーファミリーのトコに!?」
シスターから事情を聴いたナナミとリリファは驚いた。今日の夕方公園で遊んでいた子供たちが泣きながら帰ってきて、何事だと聞けばなんと子供の一人が謎の男たちに連れ去られたらしい。年長の男の子はその子を取り返そうと挑みかかったが子供が大人に勝てるはずもない。返り討ちにあって蹴り飛ばされると、これをセーヌに渡せと手紙を投げつけられたらしい。男たちが組の手の者であるのがわかったのは手紙を読んだからで、子供たちが男たちを知らなかったのはシスターがポルダム達を子供に合わせないようにしていたからである。
「それで、これがその手紙です。セーヌはこれを読むと血相を変えてどこかへと飛んで行ってしまって…年を取った私では追いつくこともできずどうしたものかと考え、あなたたちなら何か知っているかもと思ってクランの建物の場所を通りにいた冒険者に聞いたらここだと伺ったもので…」
シスターから手紙を受け取りナナミは内容を読んだ。そこにはセイメーケンコーファミリーの若頭ポルダムの名前と子供を預かっていること。そして取引のために倉庫街の倉庫の一つに来いということが書かれていた。
「どういうこと?あいつらは子どもたちを誘拐して人身売買するって話じゃなかったの?交渉って?借金の話ならセーヌさんじゃなくてシスターとだよね?」
「はい。私にもさっぱりで…」
「ナナミちゃん落ち着くッス。どういう訳かわからんけど、とにかくセーヌ嬢は子どもを助けるために向かったって事ッスね。」
「だな。警備兵に連絡して…」
「やめておいた方がいいッス。手紙のここに警備兵に連絡するなって念押ししているッス。もし呼べば人質になってる子が危ないぜ?」
「じゃあすぐに助けに行かなきゃ!!リリファちゃん行こ!!」
慌てて飛び出そうとするナナミを手を引いて止める者が一人。ダンツだった。
「ちょっと何するのダンツさん。離してよ!!」
「落ち着けナナミ。ダンツはどうして止めたんだ?」
「セイメーケンコー…面倒だから今後は組と言いやしょうッス。あそこは地元でも有名でな。俺のお父ちゃんも金借りたこともあるくらいだから知ってるッス。どうも最近あそこはおかしい。聞けば若頭のポルダムが組を指揮して組長は姿を見せていないんだとか。それにあそこは組員が二百人はいるそれなりの組織だ。たったの二人で行っても返り討ちだぞ?」
「じゃあセーヌさんを見殺しにしろっての!?」
「そういう訳じゃないッス。人手を集めろって話だ。」
「じゃあどうするんだ?」
「警備兵は街の大切な戦力。しかし街にはもう一つ大きな戦力が…俺たち冒険者ッス。」
「ダンツさん協力してくれるの?」
「S級冒険者のクロノスの旦那に顔を覚えてもらうってのは、冒険者にとってとんでもないメリットッスよ?それにセーヌ嬢は冒険者だそうじゃないか。冒険者同士の助け合いは基本だとギルドの講習で習わなかったッスか?たぶん他の奴らも同じことだ。ここには冒険者が三十人はいる。いい戦力になると思うぜ?」
ダンツがそうだろとカッコつけて聞けば、仲間の二人の冒険者とジェニファーとチェルシーが首を縦に振った。しかしそれ以外はまだ寝ていた。
「殆ど寝ているが?」
「寝てるッスね。」
「使えないなお前ら。」
「酷いッス!!しょうがねぇ。時間はかかるが酒場に行って暇そうなやつに片っ端から声を掛けて…」
「あの…」
猫亭を飛び出そうとするダンツを呼び止めたのは、シスターを介護していたヴェラザードだった。
「ヴェラ。お前も手伝ってくれ。近くの酒場や宿屋から冒険者を…」
「寝ている彼らを起こして戦力に加える良い手段がありますけど…どうします?」
ダンツと一緒に自分も猫亭を飛び出そうとしていたリリファだったが、ヴェラザードの言葉に驚いた。なぜなら彼らはモンスター用の非常に強力な薬で眠っており、獣人で耐性のあるジェニファーとチェルシーですらやっと今になって目を覚ましたのだ。本来なら明日の朝まで眠りこける彼らを、果たしてどのように起こすと言うのか。
「あるなら早よ教えろ。こっちは真面目なんだ。」
「そう慌てないでください。本当はいけないことなのですが緊急事態なのでまあ良いでしょう。」
そう言ってヴェラザードが手元から取り出したのは一本の鍵だった。鍵の作りはごく普通の物に見えたが、魔術師のナナミには何か不思議なオーラが宿っているように見えた。
「それって…「魔法の道具」?」
「確かにそうですが、彼らを起こすのに必要なのはこの鍵ではなく、これを持って紡ぐ魔法の呪文。さて、それでは…」
ヴェラザードは鍵を持って冒険者達の突っ伏すテーブルへと足を運んだ。そして…
「みなさーん。特別クエスト参加者募集中でーす。クエスト内容はさしずめ「シスターと攫われた少女を救え!!」と言ったところでしょうか?参加資格は冒険者であること以外一切なし。報酬はこの…私がクロノスさんから預かった猫亭の酒蔵を守る魔法の錠を解除する唯一の鍵。これを三日間お貸しししましょう。もちろん倉のお酒も飲み放題ですよ。さぁ張った張った。」
「「「「「ハイハイハイ!!受けます受けます!!」」」」」
ヴェラザードが棒読みで口上を述べれば先ほどまで薬で深い眠りについていた冒険者たちが酒というワードを聞いて一斉に飛び起きた。そして生者の魂を食らおうとするアンデットの如くヴェラザードの元へ集結して、彼女がいつの間にか用意したクエストの受付用紙を我先にと奪い合った。その光景を見ていたダンツ達先輩冒険者はそれでこそ俺たちの仲間だとウンウンと頷いていたが、リリファとナナミは更に呆れを覚えたのだった。