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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
34/163

第34話 ノンギャランティ・クエスト(悪だくみと約束をしましょう)


「糞がッ!!ああ腹立たしい…!!何やってるんだ、早くしろノロマ共が!!」


 市民街の通りを時折物に当たり散らしながら歩く男が一人。セイメーケンコーファミリー若頭ポルダムである。彼は抑えようのない怒りを後ろをついて歩く部下たちを罵倒することでなんとか抑えていた。


「あの忌々しいセーヌがいなけりゃ、今頃餓鬼どもを仲介屋に売り捌いて大金ゲットしていたのに…!!」


 イライラしながらもポルダムは目の前にあったごみ箱を蹴り飛ばした。ごみ箱が大きな音を立てて中身を飛び散らせ、近所の住人が何事だと部屋の窓を開けて確認するが、スーツの男と取り巻きの姿を見つけギョッとした顔で窓を閉めてカギを掛けた。その光景を見たポルダムは苛立ちを募らせながらも満足げにそれでいい。俺たちは畏れられなくてはいけない存在なのだと呟いた。


 ここでポルダムの属する金貸しのセイメーケンコーファミリーについて少し知ってもらわねばならない。


 ポルダムの属するセイメーケンコーファミリーの歴史は古く、まだミツユースが大陸のどこにでもあるような小さな港町であった時代まで遡る。組の創始者のセイメル・ケンコールはとある大国の首都で事業を成功させ一財産を築いた成金の商人の男で、大都市での商売敵との競争に疲れて魂の火がすっかり消え失せ、静かな余生を送ろうと穏やかな住民性だけが取り柄のミツユースに越してきた。


 ところがミツユースで過ごすうちに地理や社会情勢の観点からミツユースが大きな可能性を秘めた街であることに気付き、これだけの価値を秘める街を野放しにすることはできないと、そこで彼の消えかけた商魂に再び火が点いた。


 それから彼は持ち込んだ使いきれない財を利用してミツユースで金貸しの事業を始める。健全な融資が街の発展に繋がるのだと、多くの地元の人間に融資をした。大きな船が欲しい漁師に。工場を広げたい経営者に。店を始めたいと言う若者に。そうした融資が街の発展につながり、気が付けばミツユースが流通都市と呼ばれる今日に至るまでの影の大きな功労者の一人となるまでになっていた。


 しかしセイメルは時に悪徳だと心にもない言葉を投げかけられることも多かった金貸しの人間と言うこともあって、その身が没する最後まで表舞台には姿を見せなかった。彼の子孫は街に発展に関わりそれでもそれを誇示することの無かったセイメルの事を誇りに思い、彼の死後もセイメーケンコーファミリーを運営して影からミツユースを市民への融資という形で代々支え続けた。それから時は流れあちこちからミツユースに入り込み生まれた裏の組織との縄張り争い闘いに明け暮れ多少暴力的な組織になったが、それでも今日に至るまで組の方針は変わらないままだった。


 しかしその創始者セイメルの血を引く現代の組の若頭ポルダム・ケンコールは組織の昔から続く伝統を良いものとしておらず、若頭の任に就くと同時に組織をあくまで自分たちが成り上がる方法に使うべきだと自分の父親である組長に直訴した。


 彼は優しい金貸しの時代は終わった。これからはミツユースを発展させた功労者として表からも裏からも畏れられ敬われなければならないのだと、組の中でも賛同する暴力的な若者を部下にしてミツユースのあちこちで好き勝手に暴れ回ったのだ。


 ポルダムの実父である組長と代々一族で組を支えた相談役は、ポルダムは若いがゆえにありがちな暴走をしているだけなのだと。そのうち組織の跡目を継ぐという自覚が生まれてくれば一族の使命に目覚めてくれるだろうと。ポルダムの暴走を抑えて何とか伝統を守ってやってきた。しかし、その日々は遂に終わりを迎えてしまう。



「そうだ。出入りしていたミツユースの裏の店。そこに奴隷として売られていたこのティルダンを挨拶代わりに安く売るからと言われて気まぐれに買ってから、すべてが変わったんだ。いや、動き出したと言うべきか…」


 一年ほど前から街の警備兵の目を掻い潜って人身売買を行っているという組織。噂を聞きつけ頭に内緒で挨拶に行ったポルダムは、そこで売られていたある男に出会う。それが今彼の後ろを歩く取り巻きの中にいた大男、ティルダンだ。


 ポルダムはそこまでで回想を打ち切って、自分の横にいた大男。ティルダンの方を見る。ティルダンは飛び回っていた蝶々を掴みとろうと手を振り回してそこらを破壊していた。本来ならば街の住人が怒鳴り込み警備兵が飛んでくる程の事態であるが、街の住人はここ最近すっかり変わってしまったセイメーケンコーファミリーに恐れ慄き、警備兵も被害者がいないのなら下手に捕まえない方が平和に済むと様子を見守るだけだった。


「ア…アァ…♪」

「おいティルダン!!いい加減に…いや、いい。頑張れよ。」

「…あい♪」


 あきれていつものようにティルダンを叱責しようとするポルダムだったが、自分を変えたとある出来事を思い出してティルダンを叱る気にもなれず口を閉じてしまった。そのことで好きにしろと受け取ったのだろう。ティルダンは再び蝶々を追いかけてあちこちを破壊していく。


 少々頭は足りないが見ての通りこの巨体だ。調子に乗る債権者の取り立てに連れて行けば脅しくらいにはなるだろう。その程度のつもりでティルダンを引き取ったポルダムだった。これからは自分が主だと訴えるポルダムは、頭が足りずまともに口もきけないティルダンがまさか直後にあんなことをするとは信じられなかった。いや、今でも正直半信半疑である。


「そのときには気づかなかった。闇市の商人がどうしてこんな役立たずのティルダンを売りつけたのか。」


 ポルダムはティルダンを買ったその日に組長にティルダンを新入りだと紹介しようとして組の建物に連れてきた。後で勝手に手下を増やしたと知られたら、頭に怒られると思ったからだ。それからポルダムが煙草を買うため少し建物を離れた隙に組長と相談役がやってきた。頭が足りない故失礼な態度を取ったティルダンに激高して、教育してやろうと脅しのつもりで剣を取った頭と相談役だったが…返り討ちにあって死んだ。あとから駆けつけ死体となって横たわる二人を見たポルダムは下手人は分からぬが、おそらくティルダンだったのだろうと当たりを付けた。


「殺しの現場を誰にも見られなかったのは幸運だったな。しかしあれからティルダンはまた訳の分からんことを口走るだけでまったく何も起こらない。とはいえ、これはチャンスだと思った。なにせ伝統にこだわる煩い上が死んだのだから。」


 二人の死体を処理した後、頭は患った病気の療養のためミツユースを離れて相談役もそれについていったのだと虚偽を語るポルダムを、組の人間達はあっさり信じた。元々頭は高齢でいつお迎えが来てもおかしくない身であったためだ。ミツユースを離れたのなら後を若頭にまかせて余生を満喫でもするのだろうと、組の者はポルダムを組長代理だと言って崇めたのだ。


 それからはよかった。ポルダムは組長代理の立場を利用して組の構成員たちを思うがままに操り、今まで自分たちを舐めて借金の返済をはぐらかす街の住民を脅して金を取り立てた。組員にも客にもこれまでの組の方針とは違うと刃向かう者がいたが、それらはしっかりと「教育」してわからせてやった。ポルダムを止める者がいなくなったセイメーケンコーファミリーは、もはやミツユースに巣食う他の裏組織と何ら変わりなくなっていた。


 そして対抗する組織との戦いに備え組織を大きくするのだと、なりふり構わず金を集めていたところにティルダンを売ってくれた仲介屋の男が再び現れた。男は他国に売る奴隷を欲しており、活きのいい人間を高値で買うと言ってきたのだ。それを喜んだポルダムはさっそく組の人間を動かして街の浮浪者を夜な夜な捕まえて男に引き渡した。しかし男はあまり喜んではいないようだった。そして最近になって男は言った。「健康状態が悪く病気の浮浪者よりも、もっと元気な人間はいないか?子供ならさらに金を出すぞ」と。男の要望にポルダムは苦い顔をした。


 ミツユースは人情の街。金には厳しいが情には厚い住人が数多くいる街だ。街の人間はお互い顔見知りが多く、公園で遊ぶ子供が一人でもいなくなればすぐに気付いて近所中の人間が探し出す。酒屋の息子が御用聞きの仕事で歩き回っている時に、晴れた日はいつも同じ時間に散歩をしている一人暮らしの老婆がその日は散歩をしていないことに気付き、彼女の暮らすアパートへ飛び込み扉を蹴り破って中で倒れる老婆を発見したという話は有名だ。それにミツユースでは表立った人身売買は重罪。もし誘拐の現場を誰かに見られようものなら、すぐに警備兵を呼びつけられてしまう。暴力に自信があるポルダムだって筋骨隆々の警備兵隊を相手にするのは少々、いやかなり手こずる。もしかしたら勝てないかもしれない。目撃者を口封じに行方不明にしたところで、今度はその人間を探し出す。そうなればいつか自分たちが嗅ぎつけられて、やっぱり投獄されるだろう。


 それは聞けない頼み事だと一度は男の要望を断るポルダムだったが、金ならいくらでも出すと言う男の言葉に目がくらんで何かないかと考え、ポルダムは頭に内緒で五年ほど前に小遣い稼ぎに悪徳な貸し付けを行っていた孤児院の存在を思い出した。金を借りたシスターは今でも殆ど元本の減らない借金の返済に苦しい思いをしており、ガキを買うと言えば喜んで差し出すのではないかと思ったのだ。



「そんでおっかない不良潰しのセーヌが、いつものように不良をいじめて警備兵に聴取で連行されたと報告を受けた次の日にガキどもを攫おうと何員か連れてシスターのババアを尋ねれば…子供たちは渡せないだと!?アホか。なんで他人のために借金で苦しむんだ?俺には理解できないぜ。もう面倒だからババアを縛って何人か攫っていこうかと思えば、冒険者だというガキの二人と何故かさっさと解放されたセーヌがいてみごとに返り討ち。その時にもティルダンは何もしない。あの日のことは幻だったのか?」


 そんなわけはないとポルダムは自問を首を振って否定する。確かに頭と相談役を殺したのはこいつに違いない。あそこには他に誰もいなかった。それに…


「ティルダンの奴が血まみれで、かしらのもげた腕を美味そうに齧っていたんだ。あれでティルダン以外の仕業だと誰が疑わずにいられるかよ。にしても金…組織をもっと大きくするために…我が物顔で街を歩くよそ者の組織をぶっ潰すための金が必要だ。ここはお前らの街じゃねぇ。街を発展させたセイメル・ケンコールの子孫である俺様の街だ。なんとか…なんとかめちゃくちゃ強いセーヌを出し抜いて、街の人間にも気付かれずガキを誘拐する方法は…!!」


 そこまで考えたところでポルダムはふと何かを思いつき立ち止る。そしてたまたまカバンに入れていたとある一枚の借用書を取り出す。それは孤児院のシスターとの契約に使ったものだった。


「確かあのババアに貸金の申し出に行こうとする前に、契約書に使う専用紙を切らしていたんだ。それで勝手に契約書を刷ればオジキに感づかれるから倉庫の奥から契約に使えそうなこの紙を見つけて使ったんだ。あとでわかったことだがこの紙は…ああ、間違いない。」


 ポルダムは契約書の文面ではなく、それが書かれた用紙に着目する。そしてその紙がポルダムの頭に描くものと同じ物であったことに安堵する。


「間違いねぇ。これは「女神の契約書」だったんだ。ぞんざいに扱えば天罰が下るって知らなきゃもっと大事に扱ったのに…今は関係ないか。だからと言ってなんになる?こいつで脅してもセーヌは痛くもかゆくも…いや待て。わざわざガキにこだわることは無いんじゃないのか?…そうだ!!もっと金になるのがいるじゃねーか!!今までの俺はなんてバカだったんだ!!…いや、今日の俺が天才なだけか!!」


 何かを思い付いたのかポルダムは近くの文具屋に駆け込み、そこから紙とペンを買ってきた。正確には文具屋も組の債務者だったので、脅して払うことの無いツケをしてきたのだが。

 

 それからポルダムは紙になにやら書き込むと、部下の男の一人に渡す。そして他にいた手下含めて全員に、これからの行動を語って聞かせるのだった。

 

「今の時間なら近所の公園でセーヌとシスターが面倒見てる孤児のガキどもが遊んでいたはずだ。…お前ら、誰かに見られても構わないから、一人攫って来い。いいか?一人だけだぞ?それで一緒にいるガキにこれを渡せ。それとお前…「仲介屋」に連絡取ってアレを持ってこさせろ。段取りは…」


 あれよこれよと悪だくみを進めるポルダム。大きな魚を釣り上げるためには、まず餌から拘らねばなるまい。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 クエストに拒否反応を示すセーヌをナナミとリリファが勇気づけながらすべての配達を無事終えることができた。それでセーヌに自信がついたようで彼女はそれからのクエストも断らなかった。三人は時間の許す限りいくつかのクエストをこなす。そして最後のクエストを終えてもうじき夕方になるかというところで、依頼者たちからクエスト完了の手形を手渡され今日のクエストは終わりを告げた。今日は助かったからまた頼むよと笑顔で感謝する依頼者たちに手を振り、ギルドへ戻り受付でクエスト完了を伝えて手形を提出してから、ナナミが代表として報酬を受け取った。簡単なクエストだったために数をこなしてもそこまでの大金にはならないが、それでも立派な働きだとナナミは二人と報酬を分配したのだった。


「セーヌさんすごいよ!!ちゃんとやれたじゃん!!後半からは全然問題なかったね!!」

「ありがとうございます。これも二人のおかげです。ご迷惑をおかけしたのに、果たしてきっちり三等分頂いてよろしかったのでしょうか…?」


 そう言って申し訳なさそうにするセーヌ。実は三等分どころか銀貨が一枚余ったので、ナナミとリリファは両替する銅貨の持ち合わせが無いとそれをセーヌの分に含めたのだが、二人はそれは気にしていないようだった。


「いいんだ。私たちはクラン所属の冒険者で寝床も食事にも困る立場でもないからな。増えた金で子供たちに何か食わせてやれ。」

「とはいえ、何もせず銀貨を頂くなど私には…」

「じゃあそれは挨拶金ということにしよう。それあげるから猫亭ウチに入って!!猫亭にはクエスト消化のノルマもないから、施設で子供たちの面倒を見るのも多分続けられるよ。」


 受け取りを渋るセーヌにナナミはそう進言した。リリファの方を見れば彼女もウンウンと頷いている。今日一日でセーヌがどれだけ街の人に慕われているか。どれだけ仕事をまじめにやるのか。二人には十分に伝わった。例えセーヌがクエストを苦手な冒険者だったとしても、治癒士の資質に疑問があったとしても、それはもはや関係ない。二人はセーヌとなら楽しく猫亭を盛り上げていけると信じたのだ。


「私からも前向きに考えてほしい。私たちはお前を決してクランの団員の穴埋めに使いたいわけじゃない。治癒士の職業が役に立てないと思うのなら他に探している戦士…それ以外の職業に変えてくれても構わないさ。」


 ここまで来たら逃がすかとリリファもセーヌに願い出た。それを聞き遂げたセーヌは後ろを振り返り帰りの準備を始める。ダメかと思うナナミとリリファだったが、遂に歩き出そうと言うところでセーヌが答えを出した。


「あの…まだよい返事はできません。しかし誰かの手助けがあればクエストを行えるとわかったことは私自身大きな成果だと思っています。こちらはお金が必要な身ですので、もしよろしければ…また一緒にクエストに誘って頂けませんか?」


 後姿で表情の見えないセーヌに、二人はもちろんだと微笑みかけるのだった。






「(すっかり遅くなってしまいましたね。早く帰って夕食の準備をしませんと…)」


 夕暮れの通りを、セーヌが急ぎ足でかけていく。帰り道にクエストの報酬で夕食の食材を買っていたら、普段よりも格段に多い予算を前に何を買うかいろんな品に目移りしてしまったのだ。


 昼食を食べ終えて一息ついていた時に突然ナナミとリリファに連れ出されて、託児の仕事をほったらかしにしてしまった。シスター一人でも面倒を見れないことは無いだろうが、彼女も初老の身。シスターは今日は面倒を見る子どもも少ないし施設の子は外に遊びに行ったのでこちらの仕事は問題ないから行ってきなさいと言ってくれていたが、施設の中に残る遊び盛りの付いた子供たちの面倒を見るのはさぞ骨が折れた事だろう。


「(帰ったらシスターの肩でも揉んであげましょう。それよりも…帰り道に寄ったお肉屋さんでおまけしてもらえたのは嬉しかったです。これなら一人一つは大きなお肉の塊を食べさせてあげられる。)」


 セーヌは両の手に下げた食材の入った袋を覗き微笑む。袋の中には大きな肉の塊がゴロゴロと入っていて、それを覗き込んで微笑むのはもう何度目だろうか?そう考えまたも笑いの止まらないセーヌだった。それを見ていた帰路を急ぐどこかの家の主は、彼女を天使か何かかと見間違えて蓋が開いていた下水道の穴に落ちた。


 限られた予算で子供たちをお腹いっぱいにするために、いつもならスープの中に肉の欠片をほんの少し入れるだけだが、今日は一人一つの鶏肉のステーキだ。遊びから帰ってきた子供たちがいつもより豪華な夕食を前にしたらきっと喜んでくれる。子供たちの笑顔を想像して駆ける足がさらに加速する。


「(とはいえ今日のクエストはとても楽しかったです。支えてくださる人がいるのなら、またああして街中のクエストを受けてみるのもいいかもしれません。なにより報酬が得られるならば、もう街の不良から御寄進ごきしんしていただく必要もないでしょう。)」


 孤児院を運営するための金の足しを、なぜか散歩のたびに絡んでくる街の不良を返り討ちにして得る必要はもうないだろう。冒険者のクエストの方がずっと効率よく稼げることはとうに知っているのだし、自分がクエストを受けることができる方法があるのならその方がずっといいのだから。そう考えセーヌは自分の過去を少し振り返る。




 クエストに初めて失敗してそのショックから新たなクエストを受けることができなくなってしまった時の話。家族もおらず冒険者を続けられなくなれば飢え死ぬしかない身で死に場所を求めてあちこちを渡り歩き、路銀がちょうど尽きた時に偶然たどり着いたミツユースの街。きまぐれに市民街を散策してそこで子供に暴力をふるう男を見かけ、冒険者として死に掛けの苛立ちからつい再起不能になるまで痛めつけてしまった。


 その縁で行く宛もないならとシスターに引き取られ住み着くことになった施設。最初はクエスト以外の方法で食い扶持を稼ぐ宛が見つかればすぐにオサラバする気でいたのだが、優しいシスターや血が繋がらなくても可愛い弟や妹たち。それに人情に厚い街の住人達に居心地の良さを覚えてしまい、気が付けば五年もここで暮らしている。戦うことしか知らず最初は子供の面倒を見るのも家事をするのもわからないことだらけで苦労したセーヌだったが、今ではもしかしたら戦うことよりも得意かも知れない。



 そこまで回想を終え、ふとセーヌは修道服の袖に隠された己の武器であるトンファーを見る。服越しゆえ直接は見えなかったが何年も愛用し続けた武器であったため、その形状は見なくても手に取るようにわかった。


「(稲妻の二つ名を頂きそのこだわりからシスターになった今もどうしても捨てることができませんでしたが…街中のクエストなら戦う必要もありませんし、もういい加減手放す時が来たのかもしれません。それに…冒険者として活動するのなら、やはり戦うしか能のない職業クラスよりも怪我をした街の人を癒せる治癒士ヒーラーがいい。)」


 自分を支えてくれた街の人達の役に立ちたかったセーヌはシスターにどうしてもと懇願し、彼女から教会の秘匿である神聖術の扱い方を学んだ。聖属性の適性がきわめて低くむしろ皆無とも言っていいセーヌは2年かかってやっと初級術のヒールを一つ覚えられただけだったが、それでもギルドに例外として認められ、治癒士(仮)のクラスを取得することができた。


「(それから3年間。今に至るまで新たな術は習得できず、ヒールの応用性の高さを学ぶことができただけ。無い才能で頑張るのはいい加減ここが限界かも知れませんね。)」


 聖属性との相性が皆無な手作りのこのトンファーを術の媒体にしても、神聖術は力を発揮できない。ならば聖属性との相性のいい武器を買った方がいいかもしれないと考えたセーヌだった。

 

 またいつかナナミたちとクエストを一緒にやってお金ができたら。子供たちに美味しい夕食を作ったら。子供たちの衣服を新しくしたら。それから自分のために治癒士のワンドを購入しよう。それでもあくまで子供たち優先のセーヌは、そう決意し帰路を急いだ。




 セーヌが施設に帰還すると、庭先で先に帰ってきた子供たちが泣きじゃくっていた。泣き声を聞きつけて表に出てきたシスターと一緒に子供たちをあやしていると、子供の数が一人足りないことに疑問を覚えるセーヌ。誰か知りませんかと優しく子どもたちに尋ね、泣く子供たちの中の年長の男の子が、妹が攫われたとセーヌに一通の手紙を渡したのは、海の向こうに夕日が沈む寸前の事だった。




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