第31話 ノンギャランティ・クエスト(やれるだけやってみましょう)
悪質な借金取り及び誘拐未遂犯を撃退した後、警備兵の詰め所に連絡を取り駆けつけた警備兵に事情聴取をされたが、誘誘拐未遂の件を伏せての話の反応はいいものではなかった。そもそもがシスターが事情はどうあれ良くない所から金を借りているのが原因だ。もう面倒だから帰ってもいい?みたいな雰囲気を警備兵が醸し出したところでナナミとリリファがクロノスの名前を出すと「えっ、あのS級の…やべっ真面目にやらなきゃコロコロされる…!!」とこの世の終わりかと思うくらいに驚かれ、とりあえず今夜は周囲の警備を増やすということで話がまとまった。二人は今は不在のクロノスに感謝するとともに、あの人周囲の自分の評価をちゃんと聞いておいた方がいいんじゃない?後々大変なことになっても知らないよ?と思うのだった。
「なるほど。ここは孤児院を併設していたのだな。」
「やっぱり。そうは思ってたんだよね。」
いろいろ片付き二人はセーヌ達と一緒に施設で夕食を食べていた。さっさと帰ろうとした二人だったが、せめて夕食だけでもと請われ断りきれなかった。食事は粗末なものだったが、それでも味は悪くなく子供たちも美味しそうに食べていたし、全員がお腹いっぱいになるだけの量はあった。そして夜になり子供たちを寝かしつけて大部屋に戻ってきたシスターとセーヌに、二人は事情を聞かされた。正確には自分たちの問題だと口を渋る二人にリリファが話さないのなら護衛料をもらうぞと、今は亡き父親から教えられた尋問術を使って無理やり喋らせたのだ。
この施設は元は孤児院で、教会から派遣されたそれは優しい老齢の神官がミツユースで様々な事情から独りになった子供たちを引き取り、彼らが一人前になれるように勉学や労働の技術を教えていたらしい。シスターは彼の妻で主人を神に仕える者の鏡だと褒め称えて自分も必死に夫をサポートした。
ところが5年ほど前に神官が病気で突然亡くなってしまい、それから新たに1人の神官が派遣されてきた。その神官はとある裕福な家の出で、家の力を使い出世街道を突き進んできたが、素行の悪さから敵を多く作ってしまいある時不正会計を指摘され地位を追われてしまった。幸いにも親の力で教会を追放されることは無かったが、出世の道を閉ざされ閑職である孤児院の管理者の地位に流されてきたのだそうだ。
自分のこれからの未来に希望が持てなかったこともあり昔からの素行の悪さを隠そうともしなくなった男はそれはひどいありさまで、孤児院で酒を飲むばかりで子供たちには時折暴力をふるう。しまいには年端もいかない孤児の少女に手を出そうとしたらしい。
「凶暴な彼に力の弱い私ではただひたすらに子供たちを暴力から守るのが精いっぱいでした。セーヌがここへ来たのもちょうどその頃ですね。驚きました。幼い子に手を出そうとしていた男の目の前に少女の冒険者が現れたかと思うと、子供に手を上げるあの男をコテンパンにしてたたき出した日の事を…懐かしいですね。私は今でもはっきりと覚えていますよ。」
「シスター、その話は止めてください。あれは私が冒険者として活動してちょうどやさぐれていた時の話なんです。昔の話は恥ずかしいです。」
顔を真っ赤にして手で覆うセーヌ。ナナミとリリファはセーヌが来た時がちょうど彼女が冒険者として行方知らずになった時と一致することに気付いた。
とある事情で冒険者の活動を続けられなくなり行く宛の無いと言うセーヌを引き取り、男を叩きだしてさあこれからだというところでとんでもない事実が発覚した。そいつはどうやら教会から付与されていた孤児院の運営資金を横領していたらしい。シスターの教会と警備隊への通告で、逃げたそいつはあえなく御用となったが、既に持ち出した金は酒や賭博で使い果たしており、教会に再び金を工面してくれとも言い出せずこれからどうしたものかと悩んでいたところで、彼らがやってきたのだと言う。
「支払いはいつでもいいから借りてくれと。ありがたくも借りた所で次の週には態度を変えて少なくない額の金利を払えと…契約書もしっかりお互いの手元にあったので油断していました。それからは教会からの付与があるたびに多くを彼らに持っていかれて。子供たちもいる手前あまり強気に出ればどんなことをされるかわかりません。私も手が出せませんでした。」
「それが連中の常とう手段だ。知ってるか?期限の無い金の貸し借りは貸した側がいつ請求してもいいんだ。決して困っている奴らを助けるためじゃない。父さんが言っていたことだが国の定める金の貸し借りの法でもしっかりと記載されていることで、例え裁判をしても勝ち目はないんだとか。それに高額な金を支払ってまで裁判をやる債務者はいないだろう。そんな金あったら少しでも借金を減らすからな。」
裏の事を多少知るひねた子供のリリファは、そう説明した。この手段はミツユースの悪質な金貸しの間で近年流行っている手法で、あまり悪い噂を聞かなかったセイメ―ケンコーファミリーも堕ちたものだなと失望するリリファだった。
「今日までは彼らも毎月の徴収に来るときにしっかり払えばおとなしく帰っていきました。嫌がらせも一切ありません。彼らも何もしてこないのでそのせいで警備兵を呼ぶわけにもいかず…」
「金貸しって言うのは金を借りてもらって利子を付けて返してもらうまでがセットの仕事だからな。まさか嫌がらせ原因で債務者の生活が傾いてしまわれても困る。」
「リリファちゃんそういうの詳しいんだね。」
「父さんがいろいろ知っていたからな。家にそういった書物も多くあったし。」
父のおかげだと無い胸を張るリリファだったが、父親の正体を知らないナナミにそれ以上言うつもりはない。セーヌ達の手前まさか自分の父親がかつて裏町の組織の大幹部でしたなんて言えるはずもない。
「幸い事情を知る街の住人たちは私たちの事を憐み、この施設を託児屋として運営することを進めてくれました。日中関係のない子供たちがいれば万が一にも連中も手を出せないだろうと。手を出せば営業妨害で訴えることができるからと。夜には何故か彼らは来ませんから。それに忙しい自分たちに代わって子供の面倒を見てくれるなら大助かりだと、いつも預かり料や自分たちのお店の売れ残りの食料を分けてくださって…」
「そんなことまでしてくれたの!?街の人やっさしー!!神じゃん神。」
「神に仕える身としては不謹慎かもしれませんが、祈るだけで何もしてくれない神様より街の方たちの方が何倍も慈悲深いです。時々彼らから後光が見えるほどで…」
当時を思い出すように語り目に涙を浮かべるシスターに、セーヌはそっとハンカチを手渡した。ハンカチを受け取ったシスターは涙を拭き取りそれから鼻をかんだ。
「ならセーヌがここに居続けるのもそのためか?」
「はい。偶々とはいえ独り身の私を受け入れてくれた場所ですから。それに常にここに私がいれば、彼らもおいそれと手は出せません。それで今までは彼らも毎月の支払いを大人しく徴収しに来ていただけだったのですが…」
「(それが冒険者を続けられない理由?しかしそれなら街中のクエストでもやれば少しは借金の足しにはなるのではないか?そりゃ託児屋も兼ねるから忙しいだろうし子供たちの面倒を見るのも大事だが…)」
それまではそれで何とかやっていたのだろう。しかし先ほどはどうだ。ポルダムは組織の方針が変わったというが、単にいつまでも回収しきれない不良債権に腹を立て強硬手段に出たのではないか。
「でもセーヌさんって優秀な冒険者なんでしょ?だったら何かクエストを受ければすぐに借金なんて返せたんじゃない?託児屋の預かり料がどのくらいか知らないけど、正直冒険者のクエストの方がお金になると思うよ。」
ナナミは先ほどの戦闘で見たセーヌの実力を思い出しながら彼女に尋ねる。セーヌの今の職業は治癒士だが他の職業も持っているのならソロでやってもいいし、あれだけの実力があるならどこかのクランやパーティーで引く手数多だろう。それにヴェラザードは言っていた。セーヌはクエスト達成率99%の天才だったと。
「私も最初はそう提案しました。しかしシスターは我々の問題だと決して首を縦に振らないんです。」
「いけませんよセーヌ。冒険者といえど大金を稼ぐためには自らが命の危険へ飛び込まなくてはならないものです。自分のためにお金を稼ぐのならともかく、他人のために命を懸けてそれであなたに何かあったらどうするのです!!」
「他人だなんて…私は…みんなの事、家族だと…」
「でもセーヌさん依頼達成率99%なんでしょ。それなら簡単にいくよ。なんなら私たちも手伝うし…街の中の簡単なクエストなら日帰りでできるんじゃない?」
「ありがとうございます。しかしこの子にはもう冒険者なんてできませんよ。たった一度のクエスト失敗がトラウマになって、それだけでクエストが受けられなくなってしまったのですから。」
それから初老のシスターが告げたのは、セーヌが冒険者に戻れない理由そのものだった。
――――その頃のクロノス―――――
冒険者パーティーのリーダーをミツユースの色町にある完全会員制高級娼館「天使の園」に連れて行ったクロノス。残念なことに店の一番人気と二番人気の娘は昼間であったために前日の客の相手の疲労から寝ていると受付の男に告げられたのだが、たまたま三番人気の娘は前日非番であったために昼間から商売をしていた。その娘は三番人気と言うことで容姿もなかなかの物だったが、リーダーが提示した条件をいくつか満たせておらず、この娘でいいかと申し訳なくも男に聞くクロノスだったが、男から帰ってきた答えは「卒業できるのなら誰でもいいです」と前向きな物だった。いろいろ手遅れだと思うクロノスだったがまあそれでいいならと娘と男を会わせて娘に剣の事情を語り触らないで事に当たってほしいと頼んだ。
笑顔で奥の部屋へと向かう二人を見送るクロノスはあることに気付いた。それはかつての浮浪児の少年ダグとなったグランティダスとの対峙の場でのこと。彼は盗んだ金で女を買っていたと言っていた。宝剣レッドスティールは童貞の男児にしか触れない。グランティダスも当然宝剣コレクターとしてそのことは承知で貫いてきたはずで、超危険なダンジョンに5年も潜伏したことのあるくらい忍耐強いグランティダスが再び宝剣を手にする前にまさか一時の快楽のために宝剣を持つ資格を手放すだろうかと疑問に思ったクロノスは、男に秘密で嬢にいろいろプレイを指定しレッドスティールの認識する童貞がどのラインまでセーフなのか調べることにした。クロノスは二人の入った部屋の隣の部屋。二つの部屋を仕切るクロノス側からは透けて見える特別な壁から、隣の部屋の様子を観察した。後で聞いた話だがこの部屋は隣の部屋を見て寝取られプレイや覗き見プレイを楽しむための部屋なんだとか。
正直童貞の初体験謎なぞ見たくもないが、今は大陸の情勢を激変させかねないクエストの真っ最中だ。我慢しろと心に鞭打ち、先ほど嬢に指定した様々なプレイを見続けた。その結果、本番をしなければセーフでそれ以外のプレイは可ということがわかり貴重な情報が収集できたと、事が終わり疲れて眠ってしまったリーダーの男が起きてくるまで、隣の部屋で客をまだ取れない幼い小間使いの少女を抱き枕にして自分も仮眠を取ることにした。仮眠の後部屋から出てきた嬢から男はどうだったかと聞いたら「初めての子は戦に出る前のように身構える子が多いけど、まさか剣を持って挑むとは男の中の男ね彼。」と中々に評価していた。
それから天使の園を出た所で正面の酒場の外席で暇をつぶしていたリーダーの男の仲間に(なぜか男二人はずぶ濡れでボコボコにされていたが)出会い、男を任せようとしたクロノスだったが、仮にも高級娼館であったためリーダーに宿泊代を奢って恋人との結婚資金を溶かしてしまった女冒険者二人に「パーティー解散したら結婚しようとコツコツ貯めていたのにまた稼ぎなおし!!こうなったらまた稼ぐまでリーダーは逃がさないぜ!!」などと聞かされた。あのパーティーはまだしばらく仲良しパーティーを続けてくれるだろう。優秀なA級冒険者のパーティーが解散にならずに済んでよかったと喜ぶクロノスだった。報告終わり。
「ああ。やっぱりこの甘ったるい匂いは簡単には落ちないな。」
一緒に仮眠を取った客をまだ取れぬ幼い少女略して幼女だったが、色町の住人であったためにしっかりと子供向けの甘い香りのする香水を付けていた。そのため寝ている間に幼女にシャツに匂いを擦りつけられて将来の優良客候補だとマーキングされてしまったので、着替えるために一度猫亭に帰ろうとしたクロノスだった。
「まさかこんな形で宝剣を回収するとはな…」
クロノスの手に握られていたのはリーダーの男が真の男になったことで彼の手から離れた宝剣レッドスティールだ。クロノスはしっかりと大人なのでレッドスティールは離せとばかりに高熱を発してクロノスの手を焼き尽くそうと試みたが、あいにくとクロノスはS級冒険者。ただ単に「熱いだけなら」多少の我慢はできる。そのうち高熱で炎を纏うクロノスの拳と剣を見た街の住人は何事かと足を止めるが、歩く男がクロノスであることを確認して「何だ冒険者か。」と興味を無くして歩みを戻す。忙しいミツユースの住人は拳と剣から炎を吹き出す冒険者ごときには構ってられないのだ。
「それにしてもグランティダスの野郎…まんまとハメてくれやがって。今度会ったらギタギタに…あ、もう死んでいたわ。」
そう言って呪詛の言葉を撒き散らすクロノスの宝剣を持つ手とは逆の手に収まるのは、グランティダスがダグとして過ごした住処にあった宝剣の隠し場所を暗号で書いた紙だった。クロノスはこれを一個一個頑張って解読して昨日から宝剣をコツコツ集めていたのだが、先ほど通りで偶然出会った非番なのに自主パトロールをする真面目な警備隊の捕縛部隊隊長ライザックに「貴様こんなところで何をしている?どうせまた冒険者の素敵な秘密の筋肉トレーニングを…ん?なんだそれは。ほう、暗号ゲームか。懐かしいなどれちょっと我に貸してみろ。」と暗号の書かれた紙を引っ手繰られ、あろうことかさまざまな知識を持ち、暗号解読も例外でないS級のクロノスですら苦労した残りの暗号を全て解いてしまったのだ。しかもその内容は驚くべきもので…
「ミツユースの外に隠した宝剣は所有者が念じればどこからでも馳せ参じるタイプだと!?大事なのはいつでも持ち出せるようにミツユース内のあちこちに隠していつでも持ち出せるようにしていたのか…」
さらに暗号にはトリックが使われており、解読した内容を少しずらすと宝剣の効率的な集め方が出てくるようになっていたのだ。その結果、クロノスがわざわざミツユースの外と中を往復しなくても一巡できるようになっていることが分かり、今まで自分が探しに行っていたルートはミツユースの中と外を何度も往復する時間稼ぎ用の一番時間がかかるルートであると知ると、クロノスは憤慨するのだった。
「はぁ…帰って着替えたらそれから残りを探そう。」
ライザックに礼として人体を鍛える修行を行っている冒険者クラン普人の昇格の情報を少し教え、重い足取りで猫亭に帰還したクロノスはわざわざ裏口から侵入を試みる。今のクロノスからは一緒に寝た(もちろん卑猥は一切ない)幼女の子供用香水の匂いがたっぷり染み出ている身だ、その匂いをもしもヴェラザードに気付かれたら「幼女と寝るなんてやっぱり最低のロリコンですね。」などと非難されるかもしれない。
「たっだいまー…よし、誰もいない。」
ゆっくりと室内に入ったクロノスはそこに誰もいないのを確認して安心する。ナナミとリリファはクロノスが出した治癒士探しのクエストに奔走しているはずだし、ヴェラザードは彼女たちのために調べ物でもしているのだろう。気配を探ったところ二階にも誰もいないようだ。
「あいつらがいないのはいいとして、なんで冒険者どももいないんだ?」
そこでクロノスは昼間から美味い酒を飲めると最近集まるようになった冒険者たちの姿が無いことに気付く。そのおかげで普段猫亭には誰かいるので留守番が必要なくなったと喜んでいたクロノスだった。
「みんなクエストとかダンジョン挑戦とかしてるのかな?あいつら誰かが働けば「よしなら俺は休みにしよう」とか言って誰かしら飲んだくれてるはずなのに…誰もいないなら鍵閉めておけよ。ったく…」
誰もいないならさっさと着替えて鍵を閉めてから宝剣集めを再開しようと思ったクロノスだが、そこでテーブルの上には空になった酒瓶やカップが散乱していたことに気付いた。ヴェラザードが最後に片付けないとお仕置きだと何人かの冒険者を参考にボコボコにしてから言い聞かせていたはずなので片付けていないというのはおかしい。
「あいつらまだどこかにいるのか…ん?奥の倉庫の扉が開いてる。」
クロノスはバーカウンターの奥にある倉庫へと続く扉が開いているのに気付いた。あそこにはクロノスの結構ヤバい私物の数々が置かれており、誰にも入られないようにしっかりと鍵を閉めていたはずなのだが…クロノスが扉に近づくと足元に破壊された錠を発見する。そして耳を澄ませば倉庫の中から物音がするのが聞こえてきた。
「…泥棒か?クソ苛ついている時に…まぁいい。そいつで憂さ晴らしでもするか。」
宝剣探しでストレスの溜まっていたクロノスはまだ中にいる泥棒をいじめてストレス発散をしようと目論み、足音を立てずに倉庫へと侵入する。そこで見たのは…
「おいダンツ。まだ外せないのか?」
「ちょっと待ってくださいッス。もうちょい…ここを…こうして…」
「早くしないと猫亭の誰かが帰って来るわよ。」
「まさか倉庫の中の酒蔵にさらに鍵がかかっているとはな。クロノス殿は顔に見合わず小心者じゃな。」
「まさかバックバーに置いてある酒全部飲み干しちまうとはねー。」
「他にもまだあるって言っていたからきっと中にはもっとすごいお酒があるはずです。猫亭の皆さんはお酒飲まないらしいから僕たちで飲んであげましょう。」
「まったくッス。飲まない酒はただの水!!…おし。空いたッスよ!!」
喜ぶ冒険者達は我先にと酒蔵の中へ侵入する。そして彼らを出迎えるのは無数にある酒の数々と…
「よぉ。」
クロノスだった。
「あ、あれ…旦那。なんでこんなところに…表には鍵がかかっていたはずでは…?」
「閉じ込められるバカがいないように秘密の入り口が一つあるんだよ。君たちには教えないがな。さて…言い残すことはあるか?」
クロノスは拳を握りポキポキと鳴らす。クロノスは正直泥棒がこいつらでよかったと思っていた。泥棒と言えどただの一市民では殺さないように手加減せねばなるまい。しかしこいつらは冒険者だ。無駄に丈夫なので遠慮はいらない。神サマありがとう!!
「えっと…バーカウンターのお酒なくなったんで補充してくださいッス。」
「オーケーたっぷり置いてやる。君たちを懲らしめた後でな。」
それから数十分の間、猫亭から無数の断末魔が木霊した。悲鳴を聞いて通りかかる街の住人や見回り中の警備兵は何事かと一瞬建物に目を向けるが、そこが冒険者の所有する建物であったことに気付くと「なんだ冒険者が何かやらかしたのか」と皆興味を無くして去っていった。ミツユースの住人はいつだって忙しい。例えこの世の終わりかと思うような叫びが木霊してもそれが冒険者ならわざわざかまってやる暇はないのだ。
―――――――――――――――――――――
「…どうする?」
「どーするって何が?」
薄暗いミツユースの道。すっかり日は落ちて歩く者はナナミとリリファを除き前後不覚の酔っ払いくらいしかいない。一応警備兵が巡回を多くしているが広いミツユースの事なので増えたようには感じられなかった。泊まっていけと勧めるシスターに冒険者だから大丈夫と二人は返し岐路を急いだ。
あの後シスターから聞かされたセーヌがクエストを受けられない理由。それを聞いて二人はこれからどうするのだと考えていた。
「まさか最後に受けたクエストに失敗してそれまで100%だった達成率を落としちゃってそれからまた失敗することが怖くなってクエストを受けられなくなっているなんてね。治癒士になったのも戦いとほとんど無縁な街中なら子供たちの怪我を治すのが役に立つって理由からだったね。」
「セーヌの事だ。私はてっきりあの孤児院が心配で長期間留守にしてミツユースの外でクエストを行えないのかと思っていたが、たった一度のミスで落ち込んでもうクエストを受けられないというのなら、それはもう冒険者としては死んでいる。私たちはとりあえず団員の数だけ揃えればいいが、果たして使えないヤツを連れてきてウチのリーダーは納得するだろうか。」
「でもでも、優秀な冒険者だったっていうし、頑張ればまた…」
「お前はあの孤児院が心配なだけだろう。同情ならやめろ。」
「どうして同情しちゃいけないのさ!!」
「それは私たちがまだまだ弱いからだ。考えても見ろ。セーヌがクエストに恐怖を抱いているのなら、私たちに何ができる。…何もできないんだ。ヴェラ伝いにクロノスから治癒士を見つけてくれと頼まれたとき、正直私は嬉しかったぞ。冒険者になりたてのこの小娘を頼ってくれたのだと。だがどうだ?私たちでは何もできない!!」
投げやりになるようにわんわんと喚くリリファ。それはまるで忠犬が飼い主に捨てないでと鳴いて許しを請う姿に見間違えるほどだったが、普段はナナミ以上に冷静な彼女は、そういうところはまだまだ子どもなのだろう。
「えーと…もしかしてリリファちゃん焦ってる?クロノスさんが帰ってくるまでにセーヌさんスカウトできなければどうしようとか思ってない?」
「焦ってなどない!!…焦って…なんか…!!」
少しづつ声を落として喚くリリファをナナミはそっと抱きしめた。子供の様な見た目だが背はそこそこに高いナナミに小柄なリリファはすっぽりと埋まってしまう。聖母の抱擁をイメージしたナナミだったが、聖母ならおっきなスイカに抱きしめた者の顔がうずめられてしまうはずなので不正解だと思うリリファだった。
「大丈夫だよ。やれるだけやってダメなら後はクロノスさんにダメでしたテヘペロって全部投げちゃおう。クロノスさんならきっと何とかしてくれるよ。あの人S級だよ?この間なんて空歩だなんて言って猫亭の2階の窓から空を歩いていたし…」
「呑気なものだな。」
「呑気なものだよ。聞いてよ。私なんか学×に遅刻して遅めの×車に乗っていたら、電×がドカンと爆発して、気が付いたら一緒の×車に乗ってた人たちと謎の空間でムカつく女×さまが「あなた方にはこれから×××に行ってもらいます。」なんていきなり言ってきて、それで「魔×の適性×」なんていかにも可もなく不可もなく一周回って地×クサいチ×ト貰って、そんじゃまずは生き残りますかって×××に着いたら人里離れた山スタートだよ。あの時偶然師匠に会ってなかったら、今頃私は大蛇のお腹の中でゲ××××バー。それに比べたら、この程度なんとでもなるって。」
ナナミの言葉をしっかり聞いていたリリファだったが、なぜかところどころよく聞き取れない。まるでここは聞かせるわけにはいかないと、何者かがリリファの耳にノイズを走らせているような…
「ところどころよく聞こえなかったが、お前が苦労してきたというのはなんとなくわかった。」
お気楽な奴だなとリリファは気を取り戻して背伸びする。
「やれるだけ…か。よし、やってみるか!!」
「その意気その意気!!」
二人は夜の通りでえいえいおー!!と気合を入れた。そしたら街の女性の警備兵の二人組がが何事だと駆けつけて「小さい子がこんな夜遅くまで歩いていちゃいけません!!」とこっぴどく叱られたのだった。