第30話 ノンギャランティ・クエスト(悪質な取り立てを追い返しましょう)
「リリファちゃん!!ちょっとアレ!!」
昼を経てそれからも張り込みを続けて夕方になり、親が預けられた子供を迎えに来て託児屋の中の子供の数が半分になったかという頃。そろそろ一度帰るかとウトウトしながら考えていたリリファだったが、しっかりと起きていたナナミによって現実へと引き戻された。
「どうしたナナミ。ガキがセーヌの下着のホックでも外したか?」
「違くて、そうじゃなくて…見て!!」
あの大きさだ。下着の支えが無くてはそのうち垂れ下がるだろうなと、自分にもいつかそんな悩みで悩める日が来るといいなとリリファはそう思いながら、ナナミの指さす方。託児屋の入り口である玄関を眺めた。そこには8人のガラの悪そうな男がおり、一人はスーツ姿だった。スーツの男が乱暴にドアをノックしてしばらくすると中からセーヌとは別の、二人が最初に訪れた時に応対してくれた初老のシスターが出てきた。
「こんにちは。いや、今はそろそろこんばんは、かな?」
シスターは声を掛けてきたスーツの男を見て驚きの表情を浮かべすぐに扉を絞めようとしたが、男が隙間に足を挟みそれを阻んだ。
「あの、まだ子供たちがおりますので、また出直してください。」
「そんなこと言って、我々を追い返そうったってそうはいかないんだよな。どうせ残ってるのはここに住んでいる孤児のガキだろ?それにウチは就業時間に厳しいんだ。残業で夜中に仕事したことがばれたら、オジキに殺されちまう。」
わかってくれよとスーツの男はシスターの肩に手を掛ける。シスターはそれを振りほどこうとするが、男のもう片方の手で押さえつけられてしまった。
「帰ってください。近所迷惑です!!」
「おーおー、そりゃあ悪かったな。我々だってことが終わればすぐにでも帰って一杯やりてぇんですわ。…あんたらがウチからの借金きちんと払ってくれりゃあな!!」
「それは…!!今月分は先週にお支払したはずでしょう!?」
「確かに先週受け取りましたがね、それは、借金の利子だよ。今月から方針が変わってな。利子しか返していないとこは次の週にもう一回取り立てることにしたんですよ。」
「そんな横暴な…!!」
男たちとシスターの会話を遠くから見ていたナナミとリリファは、それをもっとよく確認するために彼らに近づき死角になる位置で様子を見守った。どこの悪党だと男たちの顔を確認するリリファだったが、その顔には覚えがあったらしい。
「あいつら…金貸しのセイメーケンコーファミリーだ。」
「え、なにその保険会社みたいな名前。」
「何を言っているのか知らんが、組の創始者のセイメル・ケンコールからとった名前らしいな。スーツの男は名前は知らんがファミリーの若頭だったと思う。金貸しなどどいつもこいつも強欲なものだが、あそこは悪い噂はそこまで聞かない比較的優良な所なハズだがな…それに借金の取り立てなら普通組の下っ端の仕事なのに、若頭自ら託児屋に一体何の用だ。」
声を押し殺して会話を続けながらも二人は動向を見守る。スーツの男に肩を掴まれたシスターは身を捩じらせてなんとか男の手を振り払うと、玄関に立てかけられた箒を構えた。
「そんな話聞いていませんし、第一ウチにはお金はありません。借金はしっかり完済しますから今日の所はお引き取りを。」
「おお、こりゃ恐ろしい。でも我々も手荒なことは…おい待て!!」
「うおおおぉぉ!!」
「えっ、きゃあ!!」
男が両手を挙げて降参のそぶりを見せるが、その後ろに控える男たちの中から特に大きな一人が前に出てきて、シスターの箒を叩き落としてそのままシスターを壁に押さえつける。
「…っあ!!」
「おい止めろティルダン!!下手に暴力沙汰を起こすなと言っただろう!?言うこと聞けないならまた飯抜きにするぞ!!」
「…あい。」
スーツの男に怒鳴られ、大男は渋々と言った感じでシスターを手放した。解放されたシスターだったが、壁に打ち付けられた衝撃はかなり強いものだったのだろう。シスターは苦しげに地面に倒れ込む。
「クソッ、おい大丈夫かシスターさん!?ったく、これだからこいつを連れてくるのは嫌だったんだ。おい、お前らティルダンを抑えておけ!!」
スーツの男はシスターの容体を心配するそぶりを見せたが、それはあくまで警備兵を呼びつけられた時に不利にならないための保身の様なものだろう。実際男の目はシスターの心配等、微塵もしている風には死角から遠目に見ていたナナミとリリファには見えなかった。
「おとなしくしろ!!」「ほらっ、肉だぞ!!」
「…うが♪」
残った男たちの中から二人がティルダンの気を引いて落ち着かせようと試みる。ティルダンは男の一人から受け取った人の頭ほどもある巨大な肉の塊を齧り、ご機嫌なようだった。
やがてシスターがゲホゲホと苦しげに咳込んでからよろよろと立ち上がるのを見て男は安心して強気に戻った。
「ああよかったシスターさん。もしあなたの身に何かあったら俺は大変な目に合っていた。いやほんとによかった。」
「あなた方の用な輩に…」
「詫びもかねて提案なんだがよ…アンタ等が面倒見ている孤児のガキ。イキの良いの何人か売ってくれねえかな?そうすりゃ借金なんて全額とはいかねえが、すぐに減らせるさ。」
「なっ…!?あなた正気ですか。」
スーツの男の出した提案。それは孤児の子供たちの人身売買だった。シスターが驚くのも無理はない。人という商品は金を出せば何でも手に入ると言われるミツユースでも表向きは禁制商品であり、取扱いが見つかれば警備隊が駆けつけ重犯罪者として捕縛される。しかし海路陸路共に発展し物の持ち運びが容易なミツユースでは完全に取り締まることも難しく、裏組織の結託によって特に「さまざまな」用途に使える子どもの人身売買は後を絶たなかった。
「あの子たちを売るような真似できるはずがありません。普段よりも人手が多いと思ったら…最初から、それが目的なのですね。」
シスターはよろめきながらも再び箒を構えて抵抗を試みるが、ティルダンという大男に叩きつけられたダメージが大きいのだろう。足もとがふらついてしまう。それを見て男たちはゲラゲラと下品に笑った。
「ありゃりゃ、交渉は決裂か…おとなしく何人か渡せば借金は減ったのに…おい、お前ら。適当に縛り上げて転がしておけ。口を縛るのも忘れるな。ほんじゃま、何人かもらっていきますぜ。」
スーツの男が控える男たちに指示を出す。それを聞きティルダンとそれを抑える二人以外の五人の男たちの内二人が、シスターを縛り上げようと手を伸ばしたところで…
「投合突き(スロウ・アタック)!!」「万物よ凍てつけ…コールド・ブレス!!」
事件の渦中に飛び込んできたのは状況を見守っていられぬと飛び出してきてリリファとナナミだった。二人はシスターを狙う二人の男にそれぞれの術技を放つ。
「グエッ!!」「うお、滑って…ぐぎゃ!!」
一人はリリファの盗賊の技で投げられた鞘をしたままの短剣を鳩尾に受け吹き飛ばされ、もう一人はナナミの放った氷属性の魔術で足元を凍りつかされて足を滑らせて頭を打って気絶した。それを見ていたスーツの男は二人に怒鳴りつけるように誰何した。
「お前ら何モンだ!!ウチらをセイメーケンコーファミリーのモンだと知って手ぇ出したのか!?」
「悪人に名乗る名などない!!」「同じく。か弱い女性に大人数でなんてサイッテー!!」
「何を生意気な…おい、死なない程度にやってまえ!!…ん?」
スーツの男は二人の男に指示を飛ばすが、そこで返事が無いことに疑問を覚え男たちの方を振り向く。
「わ…か…頭…」
「あばばばっば…」
スーツの男が見た先にあったのは、残る男たちの二人が黒焦げになって譫言を呟いている光景だった。誰の仕業かと思って見渡せば、そこにいたのは修道服の女…両手に棒切れを組み合わせたような不思議な武器を構えるセーヌだった。
「表が騒がしいので念のためにと裏口から回ってみれば…ああ神よ。野蛮な行いをお許し下さい…」
「んなっ!!セーヌか!!出てこないからいないと思ったのに…!!」
「あれが旋棍…あれ?あれってトンファーだよね?こっちで使ってる人初めて見た。そういえばトンファーをそう呼ぶこともあったような…」
セーヌが構える武器にナナミは見覚えがあった。セーヌの旋棍は木製で表面に薄く金属の膜が貼られている。目立つ装飾もなくおそらく手作りの品なのだろうと思えたが、それでもしっかりした作りを感じさせた。
「セーヌ。こいつら子供たちを誘拐して売り捌くつもりだ!!」
「あら…普段は大人しく集金に来てるだけかと思ったら…遂に尻尾を見せましたね。人攫いならば遠慮は不要です。」
リリファから話を聞いたセーヌは、トンファーを構えて男たちの方へ歩いていく。
「よくもやりやがったな!!やられっぱなしじゃメンツが立たねえ…お前らもいけ!!」
「でも若頭。ティルダンが…」
「ティルダンはもういい!!セーヌを捕まえろ!!多少傷つけてもいい!!」
スーツの男の指示でティルダンに構っていた二人の男は剣を抜いてセーヌへと襲い掛かる。
「うらぁ!!」
「あらあら…」
男の一人が繰り出す渾身の斬撃がセーヌを襲う。セーヌはそれを慌てることもなく右手のトンファーで受け止めて流すように弾くと、男の鳩尾目掛けて左手のトンファーの先を打ちつけた!!
「白狐よ駆け巡れ…雷衝突!!」
「グッフゥアギャギャガヤガ…!!」
セーヌのトンファーが男の鳩尾に当たりそこから全身に電撃が駆け巡る。あまりの痛みに男は痺れて呂律の回らない舌で間抜けな声を上げてその場に倒れ込んだ。地に伏した男は未だにちりちりと小さな電気を体に纏わせ、黒焦げの体で小さく息をしている。
「…速い!!」
「打撃から雷属性の魔術!?すごい威力…」
「死ねやッ!!」
セーヌの背後からもう一人の男が斬りかかった。おそらく倒れた男とセーヌが戦っている隙に彼女の後ろへ回り込んだのだろう。セーヌの胴体を剣の軌道に捕え、男は勝利を確信する。そして確信を結果へと変えるためそのまま彼女を斬りつけようとするが…
「サンダー・シャット。」
「え…ウワババババババ!!」
男の斬撃はセーヌの背後から現れた雷でできた盾の様なものに受け止められ、そこから雷撃が剣を伝わり男に襲いかかる。男は無意識に体をくねらせながら大声を上げて黒こげになって地面へ伏した。
「この…!!ティルダンも…」
最後の切り札だとスーツの男は大男ティルダンに呼びかけるが、そこに大男の姿は既になかった。もしかしてすでに動いているのかもと淡い期待をよせてスーツの男は周囲を見渡すが、どこにもティルダンはいなかった。
「あいつ、どこに…」
「ポルダムさん…あいつなら…」
どこへ行ったのか疑問に思うスーツの男ポルダムに、セーヌの雷撃の犠牲になった男が答えた。
「あの肉じゃ足りないから…お家帰るって…げふ。」
黒焦げの男が最後の力を振り絞って出した答えを聞いて、ポルダムは額に青筋をいくつも作って叫んだ。使えねえええええええええと。
「なんなのあいつ!!ここへ来るまでの集金でもあちこち壊すわ債務者再起不能にするわ…挙句の果てに一番使えるところで腹が減ったから帰りますだと!?こんだけの惨状だったら、普通次は自分の番だと思うだろ!?どうせ食い物の味なんて碌にわかんねぇんだ。その辺のゴミでも食ってろよ!!…ったく。」
これからどうするか…ポルダムは考えようとしたところで自分の周りを3つの影が取り囲むのに気付いた。見ればそれはそれぞれの武器を構えたリリファとナナミ、そしてセーヌだった。
「本当は放っておこうと思ったんだがな。子供を攫うという不穏な言葉が聞こえたんでな。」
「人攫いってミツユースでも結構な重罪だよね。どうする?警備兵呼ぶ?」
「ああ神よ。今罪人をそちらへ…」
相手はシスターに手ひどい施しを与え、あまつさえ施設の子供たちを攫おうとした輩だ。遠慮はいらないと、3人は各々の一番威力が高そうな術技の準備をしようとした。
「だあぁ!!待って待って、降参だ!!今日の所は引き上げてやる。今日の事も忘れるから!!な?シスターさん。」
目の前の3人に交渉は不可能だと感じたポルダムは、壁に背を預けて事を見守っていたシスターに尋ねた。
「…借金はきちんと払います。神に誓い踏み倒す真似はしません。ですので、今日はお引き取り下さい。もちろん、手を貸した二人の冒険者さんにも手を出したら…」
「分かった。てゆうかそいつら冒険者かよ。通りで強いわけだ…ならなおさら手を出すわけにはいかねぇ。冒険者ギルドなんて相手にしたら、命がいくつあっても足りねぇぜ。シスター、次の集金は3週後の月の日だぜ。きちんと元本減らせるだけ用意しておけよ。」
ポルダムは吐き捨てるようにそう言うと、倒れる仲間から動ける者を起こして、そいつらに動けない者を運ばせ去っていった。
「シスター!!」
男たちの姿が見えなくなったところで、セーヌはシスターの元へ駆けて行く。そして息も絶え絶えになっている彼女に治癒術の「ヒール」を使った。それを見たナナミとリリファはセーヌが治癒士であることの再確認とヒールの応用性の高さを知り、先ほどの戦闘も加味するとやはり彼女がかなりの実力のある冒険者であると感じた。やがてヒールで体調を取り戻したシスターは、ナナミとリリファに礼をする。
「冒険者様方、賤貨1枚にもならないのに助けていただき、誠にありがとうございます。」
「私からもお礼をさせてください。私だけでは子どもたちを連れ攫われていたかもしれません。」
「気にするな。ウチのリーダーなら同じことをした。」
「ミツユースは助け合いの街でしょ?だったら苦労は助け合わないとね。」
必死に感謝する二人に、リリファとナナミは誇らしげだった。