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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第3話 新規入団者いまだ0(少女にご飯を奢りましょう)

「これはすごいな。」

「見ているだけで胃がはちきれそうです…」


 食堂へ入った一行を迎えたのは、山のように盛り付けられた冒険者向けの定食であった。これは体力が資本の冒険者には一般食堂の普通の量の食事では満足できないだろうと食堂を守る女将が、身を切る思いで提供している日替わり定食であったが、それは冒険者にとっても尋常な量ではなく、小食の女性冒険者などは3人で分け合って、ようやく満腹を少し超えた具合になるほどであった。そのため、いくら空腹で倒れていたとはいえこの少女に食べきることはおおよそ不可能であると予想したクロノスとヴェラザードだったが…


「もぐもぐもぐもぐ…おかわり!!」


 旅人の少女はその試練を勢いよく「喝っ食らう(かっくらう)」と、なんとお代わりを要求した。それからまるで何かの物語のように手元にに皿を重ねていき、ついに食べるために使用していたスプーンを置いた時には、既にその皿の数は10人前を超え、あまつさえデザートの要求までしてきたのだ。そのことに女将が驚き、やはり年頃の食べ盛りの冒険者にはこれだけでは足りなかったのだ。もっと食べさせてあげなくてはと張り切り、さらにむごい量となったその定食の犠牲になる冒険者が頻発するのであるが、それはまた別の話。なお、食堂の方針は「御残しは許しません」である。未来の全ての何も知らずに日替わり定食を頼む人々に、合掌。


 少女が次々と食らう様を見たヴェラザードは、目の前の少女が本当にただの旅人であるのか疑念を抱かずにはいられなかった。彼女は実は七大罪宗団の暴食の使徒ではないのか。なればギルドの職員として密告するべきではないか。処理の手順を考えていたヴェラザードであったが、クロノスが「腹が減ってりゃ、それだけ食えるわな。」と一言いうと、ああ、確かにそうかもしれないな。と、無理やり納得し、頭に思い描いていた手順の全てを水に流した。10人前の食事を食べたからってどうしたというのだろうか。「その程度」でいちいち報告をしていたら、大熊一頭平然と平らげるS級冒険者全員が暴食の使徒であろう、と。実際にナナミの隣でクロノスは彼女と同じ地獄の日替わり定食を美味い美味いと平然と食べていた。



「ああ、美味しかった。心とお腹が満たされました。本当に感謝の言葉しか湧きません。」

「タダ飯だからってガツガツと食いやがって…おまけに何故かヴェラまで食ってるし。」

「良いではないですか。助け合い、ですよ。困ったときはお互い様です。普段は私が助けているのですから、偶にはあなたが助けてください。」

「おまっ、そこは「あなたが困っているときは大丈夫?おっぱい揉む?がんばれがんばれ♡ひとりでできるもんってしてあげますね。」っていうところじゃねぇのかよ。あっ、ごめんなさい食後に蹴りはやめて!!」


 必死で謝るクロノスを眺めながら、少女は食後のデザートにと頼んだ赤く熟した何かの果実に齧りついていた。満足のいく食事をしたことで血色は良いものとなっており、クロノスの抱いたそれなりに端正な顔立ちということを誰もが納得できるものへと変えていた。




「ふぅん。クエスト報酬が支払われなかった、ねぇ…それで空腹を忘れ文句を言っていたら限界が来て倒れ、受付の前では邪魔だからと、支店の端へ転がされていたという訳か。」


 クロノスは最後の果実を食べ終えた少女から、なぜ少女が行き倒れていたかの理由を聞いた。

 話によると彼女の名前はナナミ・トクミヤ。冒険者ランクはD級。年齢16歳で体重とスリーサイズは「非公開おとめのひみつ」なのだそうだ。人が集まる都市を探しており、ある時ミツユースの噂を聞き、ここを目指して半年にも及ぶ壮大な旅をしてきたらしい。


「しかしすごいな。街や村に寄りながらだとしても半年と言えば結構な距離だぞ?いったいどこから来たんだ?」

「ええと…ド田舎の、かなり山奥からです。」


 クロノスの問いにナナミという名の少女は少しばかり思案するが、すぐにそう答えた。どうしてそんな山奥からとクロノスがさらなる問いかけをすれば、ナナミは今度はさほど苦悩することもなく答えた。


 彼女は山奥で魔術師の師匠と2人きりで暮らしており、ある時修行のために外の世界を見なさいと幾らかの金目の物を渡され、家を追い出されたらしい。修業とは具体的には何をしたら良いか思いつかず、とりあえずは大きな都市に行けばそれなに目標が見つかるのではないかとギルドで冒険者の登録をし、時にはパーティーに加入して、クエストをこなしながら噂に聞いたミツユースを目指して旅をしてきた。山奥暮らしのせいで右や左どころか常識にも疎く、道中には多少のトラブルもあったがおおよそ旅は順調で、ついにはミツユースまであと1週間ばかり、というところまで来たのである。


「で、最後に組んだパーティーで報酬は個別に自分の分だけミツユースで受け取れるようにしもらっていたはずなのに、報酬が全く振り込まれていなかったと。」


 1人旅でそこまで出費の多くないナナミは、よくクエストを受けた次の街のギルドで一人だけ別にクエスト報酬を受け取れるようにしていた。身に余る金銭を持っていればよくない連中に狙われ、危険にあうかもしれないからもしもの時のためだと。普段なら手続きがされたかよく確認をするのだが、ミツユースまであとわずかというところでナナミの心に隙ができてしまった。これまでの節制に疲れ、残りの行脚を少しばかり贅沢をしてきたのだ。案の定ミツユースの目前、公営馬車に乗り込んだところで路銀が尽きてしまい、最後の1日は飲まず食わずだったらしい。そしてすきっ腹でギルドへ報酬を取りに行けば前述のとおりで、限界を迎え倒れたのだそうだ。


「そりゃ、君。あきらかに騙されたな。」


 ナナミの話を聞き終え、茶をすすってからクロノスは即答した。

 パーティーを組んだ時の報酬は、個人ではなくそのパーティーの代表者に一括で支払われる。報酬を受け取った代表者は事前の取り決めにより、それを均等に、あるいはクラスやランクごとの割り当てや、活躍に応じて分配する。


「いるんだよな。新人やランクの低い奴に声をかけて親切にあれこれ教えるふりして、報酬をかっさらっていくやつら。おおかた手続きは自分たちでしておくから、とでも言われたんだろう?」


 何か心当たりがあったのだろう。ナナミは目を横に逸らしていた。


「まぁ、五体満足心身健康でいられたんだ。授業料、だと思っておけよ。」


 そう言ってクロノスはナナミを宥めた。かつてあちこちを旅していたクロノスは当然こういった手合い、にも覚えがあって、あまりの素行の悪さからギルドの粛清対象となり討伐の依頼が舞い込み、それを実行したことも1度や2度ではなかった。粛清段階まで業を重ねた者は畜生にも劣る悪魔のような者もおり、犠牲になった冒険者はそれはひどいありさまだった。昼時に活気でにぎわう食堂で、しかもナナミと同じ年頃の少年少女が騙され犯され殺された話など、できればしないのがいいに決まっている。そういった意味では騙すためとはいえ、物を教えて奪うのは金だけに留まる此度の奴らであったことは、ある意味で運がいいともいえるだろう。


「それにしても、これからどうしたものか…路銀はすっかり尽きてしまいましたし、クエストを受けようにも準備をするにもお金がかかるし。」

「金がないなら、どこかのクランに入れてもらったらどうだ?でかい所は常に水面下で他と団員の数を競っているし、君の実力がD級の中でもどの程度かは知らないが、数合わせでも引く手はあるぜ。」


 これからをどうするか悩むナナミに、クロノスは大手冒険者クランへの加入を勧めた。この都市を本部にしている大きいクランは少ないが、それらの支部の拠点が無いわけでもない。クランのしがらみが怖いのなら、事情を話して一時的に入れてもらったっていい。支部の勝手な裁量に本部が文句を言うかもしれないが、ここは義理人情に厚いミツユース。ある程度事情に融通が利く者が、代表を務めることも多い。


「あの…クロノスさん。」


 クロノスに声をかけたのは、先ほどまで黙って話を聞いていたヴェラザードである。


「なんだヴェラ、君もデザートが欲しいのか?別にかまやしないぜ。今更グダグダいっても…」

「いえ、そうではなく…よろしいのですか?」


 ヴェラザードの詰まったような物言いにクロノスは「ああ、いいんだ。」という意味を含めて頷いた。彼女が言いたいのはナナミをスカウトしなくてもいいのかという話だ。彼女は今やさびしい懐を路銀で満たすためになりふり構っていられない。ここでクロノスが猫亭に彼女を入れるとなればクロノス側が有利な条件で交渉を持って行けるかもしれない。それにナナミは先ほど言っていた。自分は山奥で魔術師の師と暮らしていた、と。となれば彼女の職業は…


「ナナミ、だったな。そういえば聞いていなかったが君のクラスは何だ?よければ教えてくれないか?」

「はい?ええと…魔術師、ですけどそれが何か?」


 ナナミの答えにヴェラザードは何かどころではないと思った。彼女は時々パーティーを組んではいたが普段はソロの冒険者であると言った。つまり彼女はクロノスが最も欲している4つの職業の中で最も貴重なソロの魔術師、ということになる。ここで彼女を見逃してしまえば猫亭があるうちに次にソロの魔術師と会える確率など、とても期待できるものではなかった。


「ああ、いや。ソロの後衛職とは珍しいなと思っただけだ。特に魔術師とはな。援護なしの詠唱とか大変じゃなかったか?」

「確かに珍しいとはよく言われましたね。でも1人の時には、戦いは避けて安全な街道を通っていたから大丈夫。むしろ魔術師だったおかげで、パーティーに参加をお願いされることがよくあったから。ここにくるまでに耳にしたけど、数の多い剣士や戦士は稀にあぶれちゃってパーティーに入れてもらえないこともあるとか聞いたよ?」

「なるほどソロ魔術師ならではの利点もあるということか。いや、いい勉強になったよ。それで君に勧めるクランの場所なんだが…」


 話を打ち切ったクロノスは、ナナミに団員を募集しているクランの建物の場所を教えた。


「クロノスの紹介だと言えば何とかなるさ。あとわからなかったら衛兵に尋ねるといい。何かあったら力になるよ。」


 そう言ってクロノスはナナミの頭を撫でた。知り合って間もない少女にこんなことをして引かれてしまうかとクロノスは撫で終わった後で気が付いたが、目の前の少女はさして嫌がってもいないようだった。


「見ず知らずの私に、何から何までありがとう。この都市にはしばらくとどまると思うから、余裕ができたら何か恩返しさせてください。」


 それでは、とナナミは席を立ち、ギルド支店の外へと出て行く。クロノスとヴェラザードはそれを手を振って見送った。




「…さっきはありがとうな。俺のために彼女に飯を奢れと提案してくれたんだろう?」

「なぜ彼女をスカウトしなかったのですか?」


 そう尋ねるヴェラザードは何やら少々不機嫌であった。それもそのはずで、彼女はギルドの職員ではあるがS級冒険者クロノスの専属担当員なのである。ギルドからの猫亭入団者の妨害をされている中でスカウトを行っているクロノス本人に、それを諦めてしまわれれば猫亭は団員が集まらず、そのうち解散を命じられてしまうだろう。その際クロノスにやはり魔術師が欲しいと言われても、彼女の力ではおそらくどうすることもできないのだ。


「少々常識に疎いようですが、荒くれ者の多い冒険者の中では些細なことです。受け答えにも問題はありませんでした。それにクロノスさんがお望みの女性、の冒険者ですよ。」


 女性の部分をやや強めに協調したヴェラザードであった。ナナミは若いが端正な顔立ちをしており、食事の前に長旅をして草臥れて汚れたローブを脱がせてわかったことなのだが、その体つきは16歳にしては薄い胸部を除けば中々に良い体つきをしており、もし食堂で席を取りに行ったクロノスがそれを見ていれば、そのまま攫って連れ込み宿に飛び込んではないのかと言い切れるほどの物であった。


「なるほど。君はナナミをスカウトするべきだった、と考えているのだな。もちろん俺もそうしたい気持ちはあった。君の言うとおり物腰は柔らかいし若い女の子だし、躰もローブ越しにそれなりに素晴らしいと理解できた。まぁ胸は少々平坦だが、些細な問題だ。でもな…」


 しっかり見てるではないかとクロノスにお小言を入れたいヴェラザードであるが、彼の顔を見てそれをやめた。今の彼の顔には普段のふざけている道化師のような笑みも、全てが面倒だと語る仏頂面も無く、S級冒険者として獲物を前にした時と同じ、なにやら神妙なものであったからだ。


「ヴェラ。君は気づかなかったか?俺たちが会話しているところに耳を立てる妙なやつら。いましがたナナミを追うかのように出て行った。」


 クロノスの発言に驚き、ヴェラザードは周りを見渡すが、そこは昼時のギルドの食堂である。席という席は腹をすかせ料理を味わう冒険者やギルド職員で埋まっており、中には座る場所を確保できなかったのか、立ったまま食べている冒険者もいる。これだけの人間の中で人間としてはごく普通のスペックのヴェラザードが、特定の誰かの気配に気づけるわけがないし、彼女は誰が出て行ったのかも見ていないのだ。


「彼女は運が付いている、と思ったが、それは逆だったのかもしれないな。出身に関してもなぜか動揺があったし。黒目、それに頭を撫でた時髪の根元が黒かった。俺の手にも塗料が付いていないし、かなりいい染髪剤を使っているな。これはちょっと探ってみないと、「猫亭ウチ」には入れらんないなぁ…」


 そう言い左手を口元に当てて思案するクロノス。空いていた右手の中には、今日は猫亭に置いてきていたはずの何代目になるかもわからない彼の愛刀が、鞘に納められ握られていた。



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