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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第26話 ノンギャランティ・クエスト(解放からのスカウトをしましょう)

「このたびはありがとうございました。お二人がいなかったら今頃所長殿から長い長い説法を受け、耳が説法で出来上がってしまうところでした。」



 二人は詰め所に向かい、そこでセーヌに用があると言って彼女の解放を求めた。渋る警備兵にクロノスの使いであると告げると兵士は「えっあのS級の…あんなのに目を付けられるなんて彼女もかわいそうに…君たちも大変だね。辛いことがあったら力になるからすぐに相談しなさい。」と言って二人を激励しつつセーヌを解放してくれたのだった。二人はクロノスの名前が使えたことに内心感謝し、普段街の住人にクロノスがどう思われているのか気になったが、それは後だと解放されたセーヌと詰め所近くの喫茶店で話をすることにした。


「改めて私の名を…セーヌ・ファウンボルトと申します。年齢は今年で19になります。以後お見知りおきを。」

「知っている。知っていて詰所から解放したのだからな。」


 自己紹介を懇切丁寧になぜか年齢まで語るセーヌにそれぞれリリファとナナミは名乗った。二人の名を知ったセーヌは再び感謝すると、自分の身の上を語り始めた。


 ナナミとリリファの知るとおりセーヌは市民街の託児屋で住み込みで働いており、今日は偶々非番の日だったそうだ。こういう日はいつも買い物や散歩に出かけるのだがなぜか道に迷ってトラブルになることがあるらしい。



「元の道に戻ろうと誰かに話しかけると決まって後からトラブルが来るんです。今日などはまだ良い日な方で、酷いときには何も言わずに連れ去ろうとされたことまでありました。」


 いったいどうしてでしょうと頭を抱えて可愛らし素振りで悩むセーヌに、ナナミはその美しい顔に原因の半分は書いてあるよ。てゆーかその顔のせいだよ。と言ってやりたかったが、自らの顔を特に何でもない普通の顔であるとセーヌは思っているようで、これは多分理解してもらえないだろうと言わないことにした。


「(しかしこの女が本当に冒険者か?そうは見えないが…)」


 ナナミとセーヌが話している間、リリファはセーヌへの観察を続けていた。その眼には疑いの色が濃く出ており、それもそのはずで冒険者になる前も冒険者の事をある程度知っていたリリファからすれば彼女は全く冒険者に見えなかったからである。


 冒険者と言えば男女限らず粗雑で野蛮でいい加減でわからんちーというのが、冒険者当人も認めるほどの世間一般の常識だ。もちろん素行を厳しく取り締まりそれを重視する冒険者個人やクランもいるが、この法則はだいたいの冒険者にあてはまる。自分たちのリーダーであるクロノス、ナナミ、そして自分と日常生活でいい加減な所を改めて思い出せばキリがない。といってもこの特徴は先天的なものではなく、冒険者になってからの不規則な生活やダンジョンや自然の驚異の中での死と隣り合わせの環境が性格を後天的に変えるとまで言われており、例え教会から派遣されてくる治癒者であってもその呪縛から逃れることは難しく、パーティーのメンバーに―順応するようにだんだんとだらしなくなることが多い。流石に教会に戻れば多少の矯正は必要だが冒険者時代の癖が抜けず人が見ていない所でだらける者も多いとスーザンが言っていた。しかしセーヌにはこれが当てはまりそうもなく、このやりとりの中でも行動や言動でボロが出るようなところは何もなかったし、そういう素振りもない。服装もごくごく普通の、それこそ人とかぶっても楽だから普段着に選ぶベスト10みたいなものを着ているし、美しい顔以外はどこにでもいるミツユース市民だ。


 セーヌが何かを露見させないかと観察を続けるリリファだったが、それをセーヌに気付かれ微笑まれると、恥ずかしくなり目を逸らしてしまった。同性と言えど美人に微笑まれると緊張するのは全人類共通の悩みである。



「あの、お二人は私に何か用があるそうで、そのこともあって詰所から解放してくれたのだとか。一体何の御用でしょうか?」

「ああそれは…」


その件についても説明はナナミに任せるつもりのリリファだったが、ナナミは注文の品が運ばれてくるのを見るとそれに対応するから後はよろしくと両の手の指で罰印を作りセーヌへの説明をリリファへ投げた。仕方なしにとリリファはセーヌへ目的を告げた。




「まぁ。治癒士をお探しの冒険者さんなんですね。確かに今の時期ではこちらに来る神官見習いには期待できませんものね。しかし期間内に団員を集めることができなければクラン解散とは冒険者ギルドも酷なことをしますね。」


 リリファの説明を聞いたセーヌは二人に同情しながらも事情を納得したようだった。さぁ終わったぞとリリファがナナミを見れば、彼女はお昼も近いのに小腹がすいたとサンドイッチを頼み、それを口に詰め込んでいた。それを見てリリファは呆れたがセーヌは微笑んでいる。サンドイッチを食べながらもナナミはそこからセーヌがやはり冒険者で、粗暴でガサツな部分には慣れているのだと感じた。


「ですがギルドもきっとあなた方を想ってのことなのでしょう。第三者の視点からすれば決してギルドばかりを責めてはいけませんね。」


 どこかのほほんとした口調でゆったりと話すセーヌに、ナナミはおばあちゃんかな?と思いつつも口に出したら失礼にあたると思い、上がる口角を頼んだ飲み物のコップを当ててごまかす。経験上こういった人のほうが怒らせるのが怖いと相場は決まっている。ましてや先の不良退治が彼女で確定ならばなおさらである。しかしナナミの口には先ほど食べたサンドイッチが先客としてまだ居り、コップの中の水を受け入れる先が無いことに気付く。結局口からこぼすわけにはいかないと容量キャパシティ限界になってしまった口の中の物を無理やり飲みこんでやり過ごそうとしたナナミは最後に大きく咳込んでしまった。


「うえっ、変なトコに入った…ゲホッゲホッ!!」

「おいおい何してるんだよ…」

「あらあら大変。今楽にして差し上げますからね…「ヒール」。」


 苦しむナナミにセーヌが駆け寄り背中に手を当てて治癒術の詠唱をした。それからナナミの背中が光ったと思うと、彼女はたちまち苦しみから解放されている。


「ああ~楽になった。セーヌさんありがとう。でもヒールって食い詰まりも治せるんですね。初めて知った。」

「お役に立てて良かったです。子どもたちが異物を飲みこんでのどに詰まらせることもありますからね。そういったときに役に立つんです。」


「(今のは間違いなく冒険者、いや教会の神聖術!!この女が治癒術を使えるというのが本当の事だとわかってよかった。)」


 怪我の功名だとリリファはナナミを心で褒めた。騒動があったが何とか治まり再びセーヌと会話を再開するリリファ。


「それで今フリーの治癒士は、貴方ただ一人だけだと教会の紹介所で覗った物でな。私たちのクランは話した事情で早急に治癒士の冒険者が欲しいんだ。紹介所のスーザンからは教会所属の人間以外が治癒術を使えたとしても問題に問われることではないと聞いている。クランリーダーからは多少報酬に色を付けて構わないと言われているから、手が空いているのなら協力してもらえないだろうか?」

「条件はこちら有利と聞けば断る必要はないのでしょう。しかしそのお話…お引き受けできません。」


 リリファの話を最後まで聞いたセーヌから出てきたのは辞退の言葉だった。その断り方は非常に丁寧なものでその答えにリリファは一切不快さを感じなかったし、懇切丁寧とはこのような人物のためにある言葉なのだろうと朝早くどこかへと出かけた自分のクランリーダーと比べてため息をついた。実際の所クロノスは今まさにS級冒険者として宝剣の回収という次元の違うクエストに身を投げ出して挑んでいたりするのだが、極秘のクエストということもあってそのようなこと彼女には全く伝えていないので、その働きが彼女に評価されることは決してない。


「どうして断るのか、せめてそれが何故かだけ教えてもらえないか?生憎ウチのリーダーは厄介ごとに愛されていてね。無茶なトラブルを抱えていたとしても彼ならばきっと力になってくれる。」

「ほひろんははひはひもへす!!(もちろん私たちもです!!」」

「…お前は口の中を空にしてから喋るということを覚えてくれ。」


 先程の敗北は第1ラウンドだと、ナナミは第2ラウンドの対戦相手であるメニューに「郊外の農家から直接仕入れた朝一番の採れたて。店長のおすすめ!!」と書かれていたレタスサンドに喰いついていた。さっきの今でまた食うのかとリリファは呆れ半分だったが、セーヌとの会話を続ける。


「おもしろい方たちですね。貴方たちの仰るクランリーダーさんもきっと良い方だと思います。ですがあなたたちに私の問題を負担していただくわけにはいきませんし、私はあなたたちが期待するような優れた治癒士ではございません。なぜなら私が扱える神聖術はさっき使って見せたヒール。それ一つだけなのですから。」

「なっ…!?」


 セーヌの告白にリリファは驚いた。なぜなら治癒士となる神官見習いはいずれも神官学校で神聖術を学び、最低でもヒールとアンチポイズン。それに自分が得意とする前者二つとは異なる三つ目の神聖術を習得してから各地へ派遣される。冒険者ギルドでも一応それら3つの神聖術を扱えることが治癒士ヒーラー職業クラス取得条件だと朝にナナミとヴェラザードから聞いていた。


「ならばあなたは治癒士ではないのではないか?」

「いえ、私がヒールを使えることはギルドでも認知されています。例外が無いことだそうで仮に職業を与えられております。」


 そう言ってセーヌはポケットから、冒険者が普段肌身離さずに持ち歩く冒険者のライセンスカードを取り出してナナミとリリファに見せた。二人が一つしか記入できない現在の職業の欄を見れば、そこには確かに治癒士(仮)と記載されていることが確認できた。


「(スーザンの奴が訳ありの治癒士だと言っていたが、なるほど「ワケ」とはそういうものだったか…しかし使えないなら使えないで納得もできる。仮にいくつも神聖術を扱えたら、私は神聖教会の機密保持力を終世まで嘲笑うだろうからな。)」

「(あれ?じゃあさっき不良を倒したのは何の術なんだろ?)」


 一人で納得するリリファの横で、ナナミが新たな疑問を生み出していた。ナナミが抱いた疑問は最もなものであり、治癒士が扱う神聖術は何もヒールやアンチポイズンのような味方の回復をする物だけではない。神聖な球体を生み出してそれを敵にぶつける「フォトンクラッシュ」などの攻撃的な術や光の牢獄を創り出し敵の行動を制限する「シャインプリズン」などの妨害の術もある。セーヌが治癒士ならば不良を黒焦げにしたのも彼女の持つ攻撃性の高い神聖術のいずれかだと当たりを付けていたのだが、それが使えないとなるならばいったい彼女の攻撃はどこから繰り出されたのだろうか。


 ナナミは疑問を解決するべく彼女のライセンスの現在の職業欄以外の項目を見ようとしたが、既にセーヌが懐に仕舞っており、確認することは叶わなかった。もう一度見せてくれと頼もうと一瞬考えたナナミだったが、その考えをすぐに消した。


 冒険者のライセンスカードは手に収まるくらいの小さいカードなため表面上には冒険者の名前と職業といくつかの情報くらいでそこまでの情報はないが、カードはギルドお抱えの錬金術士や魔導師(職業の魔術師との混同を避けるため冒険者やギルドは冒険者でない魔法使いをそう呼ぶ)の技術者が作る超高性能な魔道具であり、魔力によって刻まれた冒険者個人の様々な情報が記載されている。情報は常に自動で更新されており、例えば持ち主の冒険者が年を取ればカードの年齢も更新される。


 その魔力の刻み後から情報を読み取るということは製作者以外にも不可能なことではなく、悪意ある者の手に渡らぬとも考えられない。そのため冒険者ライセンスは持ち主が証明のために自らの意思で提示するか見てもいいと許可を出さなければ見てはいけないという暗黙の了解があり、それはギルド関係者やクエストの依頼者にも周知の事実であった。なお相手の方から確認させてくれと頼むのはすごく失礼とされており、そのため身分証としてはいまいち使いづらかったりする。


 あのバカでアホでマヌケで知能対決はその辺のナメクジといい勝負(ナメクジは実は賢いらしいぜ?なら俺たちも賢いハズだ!!と開き直る冒険者もいるが、ナメクジと比べる時点でやっぱり馬鹿なのである)と言われる冒険者たちですらしっかりと守るルールであるため、当然ナナミも知っているし、守っている。以前彼女が冒険者の詐欺師フール3人に騙されかけた時に彼らのカードを確認しなかったのは、表面上見てもこいつ悪い人ですなんて書いてないし、見せるようせがむのは失礼だとルールを守ったからである。


 ナナミがライセンスカードをもう一度見せてほしいという考えを消したのも、そういう事情も手伝っておそらく訳ありのセーヌから聞くのはすごく失礼を軽く通り越してガチ失礼にあたるだと思ったからだった。


「(よくよく考えてみればさっき見せてくれた時セーヌさんは現在の職業欄以外を自然な感じで指で隠していた気がする。冒険者は偽名を使えないからきっとそれ以外で見てほしくない所があったんだよね。えーと、ライセンスカードから読み取れる情報って後は何だったかなー?)」


 リリファとセーヌがなにやら言い合っている隙を見てナナミは自分の分のライセンスカードを確認しようとしたが、今日は猫亭に置いてきたことに気付く。リリファに自分の分を見てもらって教えてもらおうと思ったが、絶対に肌身離さず持ち歩けとヴェラザードに言われていたので忘れたことがリリファからヴェラザードに伝えればクロノスのように地面に埋められかねないので秘密にした。


「申しました通り私は冒険者として再び活動する気はありませんし、治癒士としてもあまりお役にたてません。そちらの事情にも納得はしますが協力することは難しいでしょう。…あら、もうこんな時間。そろそろ帰らねば。失礼しますね。」


 セーヌは詰め所近くにある巨大な時計塔の時刻を確認すると、二人に一礼してから自分の飲み物の代金分の通貨を置いて去ってしまった。その光景を見ながらリリファは共用の茶菓子にと頼んだクッキーの皿に手を伸ばすが、指が空を切り何事かとそちらへ目をやると、そこには空になった皿とクッキーをリスのように口いっぱい頬張るナナミがいた。


「ほうふふほ?ふぃふぃふぁふぁん。(どうするの?リリファちゃん)」

「どうするかと問われれば、まず出てくる言葉は一つだけ…とりあえず口の中を空にしろ。」


 しばらく口の中身と格闘を続けるナナミだったが、やがて口に何もなくなり茶を流し込むと次は残りのサンドイッチの最後の一切れを…「パクリ。」「ああっ、それ私の!!ひどいよリリファちゃん!!」…食べようとしたところでリリファに奪われてしまった。


「最後の一切れ…せっかくゆで卵オンリーのだから残しておいたのに~!!」

「浮浪児時代は縁もゆかりもなかったが…なるほどこれは美味いな。ただ、贅沢を言うなら私はゆで卵は苦手だ。口の中がぼそぼそするし。」

「なら食べなきゃいいじゃん!!…でもゆで卵かぁ。そういえば鶏肉と卵は結構安く買えるんだよね。今度半熟でゆで卵作ってみようかな?それとも麦を粒で買って麦飯の生卵搔けご飯とかもいいかも!!」

「卵を生で…だと…こいつ、正気か?」


 童顔だが自分より年上のナナミを見てリリファは驚く。卵を生で食らえば腹を下すというのは常識であり、人によっては火を通しただけで良くなるはずが無い。きっと卵には毒があるのだと、加熱調理した卵ですら忌避する人物もいるほどだ。それなのに普段から生で食べているかのような発言をするナナミ。冒険者とはみんなこういい加減な食事を採っているのだろうか…


「こっちの衛生管理の基準とかわからないけど、欧米でも常温1か月放置とかザラにあるらしいしへーきへーき。」


 今後はこいつが料理を作っても絶対に食べたくない。リリファは普段食材をゴミ捨て場の残飯から調達してクロノスとヴェラザードに叱られる自分を棚に上げて、心に強く誓ったのだった。



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