第25話 ノンギャランティ・クエスト(自由市を見て回りましょう)
託児屋のある市民街から港への道に沿って歩く事十数分。二人は海沿いにある自由市にたどり着く。自由市は今日も人々でにぎわっており、出店場所は様々な屋台で所狭しと埋められている。入り口に陣取るのもなんだと二人は色々な屋台を見物しながら奥へと進んだ。
「さあリリファちゃん。白くて粒粒な食べ物と、真っ黒でさらっとした液体のしょっぱい食べ物と、べちゃっと茶色いきつめな臭いの食べ物を見かけたら教えて!!」
「食べ物ばっかりじゃないか!!しかもなんだその特徴…後になるにつれ食欲が虚空の彼方へ飛んで行きそうになるぞ。」
「いやいやそんなことないって。きっとおいしいから。見つけたらリリファちゃんにも食べさせてあげるね。」
「協力はしてやるからそれは勘弁してくれ。浮浪児の時に培った強靭な胃袋だが、それは止めておけと頭が警告してくる。」
ナナミはリリファに自分の欲する食材の特徴を説明をしたつもりだったが、上手く伝わっていないようだった。
「ミツユースに来るまでの道中には影も形も無かったからなー。とりあえず珍しい食べ物があったら声かけて。」
「というかお前魔術師だろう?魔術師なら魔法の道具や魔術書なんかを求めたらどうだ?」
そう言ってリリファは目に入った魔導屋と書かれた幟が上がる屋台を指さす。店の陳列台の上には魔術の書物や魔術に使う怪しげな触媒の数々が所狭しと並べられていて、魔術師という暗めの服装や奇抜な服装の客でにぎわっていたということもあって、その空間は自由市の中でもひときわ異彩を放っていた。そのせいか両隣りにある飲食の屋台2件には客が集まっておらず、店主たちも苦笑気味だ。しかし自由市に出品するものはモラルに反しない限り基本何でもよく、隣にどんな店が出店しようとも文句なしという決まりのためこればかりは魔導屋の後にここに店を構えた店主たちに運が無かったと諦めてもらうしかない。もし魔導屋が扱う品に国際的に取り締まられている禁術の魔法書や希少生物から採れる貴重な素材などがあればまた話は別になるのだが、あいにくとその店は魔術師や魔法使いから見れば至極真っ当極まりない優良店だった。
「そうは言うけどね、D級冒険者の私じゃ今覚えている火と氷の初級魔術5つと中級魔術2つから先の魔術はまだまだ難しいだろうし、それ以外の属性は魔力の適性が少ないから使えないもん。魔道具もミツユースへ来るまでに師匠にもらったこの短杖で充分戦えたし、しばらくは強化イベとか必要ないかなって。」
「へぇ、意外と多いんだな。それにダンジョンでは火属性の魔術しか使ってなかったから氷属性も使えるとは知らなかった。」
「それでも2属性だけだもん。腕のいい魔術師は3つも4つも属性の適性があるらしいし、私も質より数が良かったなー。それもこれも全部最初にチートをケチったあの女神が…」
ナナミは腕のホルダーから短杖を取り外して目の前でブンブンと振ってみせる。その時偶然にも短杖にストックしていた「フレイムボール」の魔術が作動してしまい、炎の球が近くの屋台へ飛びそうになるが、短杖からもにゅーんと何か白い塊が伸びてきて、火球に喰いついた。白い塊は火球をモグモグと咀嚼した後、「マリョクノネリガアマイ。65テンデス。」といって消えた。それを見ていた周囲の客は驚くが、その原因がおそらく冒険者と思われる少女であることに気付くと、なんだ冒険者かと興味を失い戻っていく。
「あっぶな。しるしるくん付けといてよかった…」
「今のなんだ?」
「しるしるくん。旅に出る前に師匠にもらったんだ。魔法生物?なんだって。」
意味をよく理解せずに説明するナナミだったが、リリファからすればそれはすごい技術なのではないかと思った。
「ナナミさんとしてはやっぱ奥の方に珍しい物があると思うわけですよ。あっちとかでかなり怪しいにおいがプンプンしませんこと?」
ナナミが指さす方向にあったのは、自由市の近くの建物の影になっているエリアだった。入り口からかなり遠い場所ということもあり客はほとんどいなかったが、それでも疎らにだが屋台があった。屋台の店主たちは皆頭から皆フードや頭巾をかぶって顔がわからないようにしており、陳列台の上にも何も置いていなかった。
「あっちは止めた方がいい。あそこのエリアは裏の人間専用の出店エリアだ。暗黙の了解で自由市の人間も出店を認めているがあそこで何か買ったが最後、裏の人間にも表の警備兵にも目を付けられる。禁制の品や盗品の類も当たり前に売っているしな。」
「じゃあいけないか。残念。見るだけでもできないかなぁ…」
危険な場所には安易に足を踏み入れないことを信条としているナナミだっが、店のいかにも謎に満ちた風貌がかえって彼女の関心を引いてしまったらしい。どうしてもというならクロノスに連れてもらって来いとナナミに無茶な条件を突きつけてなんとか諦めさせようとしたリリファだったが、そのエリアから声が聞こえてくるのを耳にした。
「今の声…助けを求める声に聞こえたな。気のせいかもしれないが。」
「じゃあ見てこようよ。あんまり深入りしなければたぶん大丈夫だよ。」
「え?まあ声がしたのは建物の裏あたりからだから大丈夫か。」
あまり興味がなさそうなリリファを押しながら二人は自由市の奥へと歩いていく。
「おら!!どうしてくれるんだ!?」
「アニキの服を汚した挙句、謝りもしないとはいい度胸だな。」
二人が声の元へたどり着くと、そこにいたのは帽子を目深に被った一人の女性と彼女を取り囲み罵声を浴びせる5人の男たちだった。男の中で一番偉そうな大柄な男のジャケットにはミツユースで流行している氷菓子のアイスクリームがべっとりと張り付いており、男の手にはアイスのカップが握られている。
「確かにぶつかったことに関しましては申し訳がありません。しかしぶつかってきたのはそちらであると存じます。」
男たちに絡まれる女性は丁寧な口調ながらもはっきりと抗議する様子が感じられた。これまでの状況から二人が察するに男と女性がぶつかってしまいその結果男のジャケットがアイスで汚れてしまった責任の発端を言い争っているように感じた。
「うーん。どう見ても悪そうなのは男たちの方だけど…どっちが悪い人だろう?」
状況を整理したナナミは原因は男たちにあると推測する。もちろん現場のその瞬間を見ていないので女性の方が悪いのかもしれないが、ガラの悪そうな男たち5人とか弱い女性一人では、女性の方に応援をしたいというもの。
「その予想で合ってると思う。あいつら強請の常習犯だ。」
男たちの顔を一人一人確認したリリファが断定した。
「何度か現場を見たことがある。ああやって何かものを持って弱そうなやつにわざとぶつかるのさ。それで服が汚れたから、物がダメになった、怪我をしたから金を払えってなってな。それで隠れていた仲間を呼んで逃げられないようにしてから難癖付けるのがタチが悪いのなんの…さて、どこのグループか…」
そう言って強請の連中の所属を見極めようと観察を続けるリリファ。強請にも複数の犯行グループがありそのグループによって手口が微妙に違うのでリリファのような裏に入り込んだ経験がある者ならばそこから所属を言い当てることもできる。
女性に罵倒を続ける男たちだったが、後ろで成り行きを見守っていたぶつかられた大男が仲間を黙らせて女性に話しかけた。
「あーあ。こりゃヒデェぜ。小遣い貯めて買ったばかりの新品のジャケットはアイスまみれ。このアイスも巷で話題の「パラダイスランド」で2時間並んで買った連日売り切れ御免の大人気商品だ。あとなんか肩と腰と両腕と両脚が痛いな…こりゃ骨折間違いなしだな。というわけでお姉ちゃん。クリーニング代とアイス代と治療費…それと俺らに迷惑を掛けた迷惑料払ってもらおうか。」
「…えーと、リリファちゃん。あいつらどこのグループかわかる?」
「いや…あそこまで強請のネタの基本を詰め込まれるともはや呆れて言葉も出ない。」
男たちがネタのテンプレをこれほどまでに詰め込んだ控えめに言って馬鹿な連中だとは思わなかったリリファは呆れてため息を一つした。しかしその間にも男たちの脅迫は続きその口調もだんだんと激しい物へ変わっていく。
「…」
「おい姉ちゃんダンマリか?おっと、逃げようったってそうはいかないぜ。」
男は仲間に指示を出して女性が逃げないように取り囲ませた。さらにたちが悪いことに男の一人が手を掴もうとしてそれを女性が振り払おうとすると上げた手にわざと当たるようにぶつかり、ぶつかった男は暴力だと周りにわかるように叫んでアピールする。
「うわぁ痛い。殴られた~。」「おいおい大丈夫か?これはこいつの分の治療費ももらわなきゃな?」
多勢なことをいいことに女性から大金をせしめようと思ったようだ。男たちは理不尽な言い訳を連ねて女性に詰め寄る。恐怖に屈したのかそれとも男たちの言い訳にあきれたのか。女性は先ほどから黙ったままだ。
「…んおっ!?よくみりゃ姉ちゃんいい女だな?ちょっと遊ぼうぜ。そうすりゃ許してやらんこともない。」
やがてしびれを切らしたのか大柄の男が女性の顔をよく確認しようと女性の帽子を外すと、男は態度を突然変える。どうやら帽子に隠れた顔はそれなりに美人な物だったようだ。
「ねぇ、助けてあげた方がいいんじゃないの?」
男の態度の変化に気付きナナミがリリファに提案する。許しを請うために女性はもしかしたら男たちについていくかもしれないが、そうなったらおそらく金を払うよりも残念な結果に終わりかねない。
「知るか。どこの奴かはわからないがあいつらはやっぱり普通の強請だよ。ちょっと荒仕事だが財布からいくらか出してやればすぐに見逃してくれると思う。命や貞操を奪うほどの悪党ではない。」
「そんあこと言い切れないんじゃないの?」
「いや、あいつらからは殺しの臭いがしない。貞操を狙うような悪漢はだいたい殺して口封じまでがセットだからな。」
目の前の事件に慌てることもなく冷静に分析をするリリファだった。ミツユースには悪党の類はそれなりにいるが彼らは仕事の縄張り(テリトリー)に非常に厳しい。仮にこの惨状が暗黒街の中で起きていることならば、被害者の命の危険すら考えられるのでリリファは元防犯アドバイザーとして割って仲裁するくらいのサービスをしてやるつもりだが、あいにくここはごくごく平和なミツユースの自由市の中。悪党と言っても生活に困るような輩でもなくただの威勢のいい若者であるならばリリファは手を下すつもりもない。むしろこのような裏通りの人間が出店する危ないエリアに一人でのこのこ歩いてきた女性の方が悪いとさえ思える。
「でもだからってあの男たちが女の人にひどいことをしないと言い切れないわけじゃないじゃない?もしもってこともあるかもよ?」
「だがな…」
「ほらほら?あんまり聞き分け悪いと俺のナイフがオイタしちゃうぜ?」
「手が出る前に金をすか俺らについてきなよ。こいつ手が早いことで有名なんだぜ。もりろん下の方もだがな!!ギャハハハハ!!」
男の二人が美人の得物を前に焦りが出たのか、一人が懐からナイフを取り出してもう一人が女性に催促する。ナナミはそれを見ていまだに観察を続けるリリファを掴んでぶんぶん振り回した。
「ね、ホラ!!ナイフが出て危ないから助けなきゃ!!」
「うるさいな。私たちは冒険者だぞ。そんなに助けたければあの女から依頼を受けてこいよ。クエスト私を今すぐ助けてくださいってな。」
「そんな悠長な…」
男たちに詰め寄られ壁に背中を預けて最後の抵抗を試みる女性だったが、二人が話し込んでいる間に限界が来たらしい。やがて男の一人が女性の腕を無理やり掴もうとしたところで…
「それにナイフをよく見てみろ。新品同然で汚れも刃毀れもない。おそらく新しいのを買ったばかりで気が強くなって見せびらかしたくなったん…なんだ!?」
リリファが男のナイフを解説しているところに、バリバリバリという感じの轟音がさく裂した。何事かと二人は音のした方向、先ほどまでゆすりをしていた現場を見ると…
「あが…」
「な…にが…?」
そこにあったのは先ほどまで威勢よく女性を脅していた5人の男たちが黒焦げで倒れている光景だった。男たちは体から白煙を天に昇らせ自分の身に何が起こったのか理解できずにいたようだった。声が出ていることから命に関わるほどでないにせよ、男の一人が自慢げに見せびらかしていたナイフの刀身が溶けてなくなっていることからも、かなり激しい何かがあったことは明白だった。そしてそのことの中心で被害者の女性が何食わぬ顔で佇んでいれば、この惨劇の原因を女性に求めないわけにはいかない。
「いったい何事だ!!こっちですごい音がしたぞ!!」
「うわっ、不良共が黒焦げに…いったいどうしたんだ?」
あの轟音だ。騒動は他のエリアにも伝わったのだろう。建物の向こうから多くの人が何事かと駆け寄ってきた。
「おい、嬢ちゃん!!何があったんだ!?」
「私たちも何があったかは…」
「おい誰か見てねーのか…って、セーヌじゃねえか。なんだよ驚かせやがって。」
事件の光景を目撃した見物人たちがそこにたたずむ女性を見ると、またかといった顔で元いたエリアへ帰っていく。後から来た見物人も様子を見に来ては女性を見て呆れて帰る。その行動を何十人もの人々が繰り返したころで、街の警備隊の兵士が一人やってきた。兵士は惨状を確認して女性に声を掛ける。
「また君なのか…まったく、少しは手加減してあげてくれよ。」
「お騒がせして申し訳ございません。しかしこちらも正当防衛ですので…」
「君が正当防衛にするためにわざと呷ったんだろう?とにかく、一度詰め所で事情聴取させてもらうからな。」
兵士がそう言ったところで仲間の警備兵がやってきた。
「おい、これからセーヌ嬢を詰め所に連行してくるから。…そうだよ。セーヌ・ファウンボルト女史が、またなんだ。まったく参ってしまうね。」
兵士は仲間に事を伝え倒れる男たちを医者へ連れて行くよう指示すると、セーヌと呼ばれた女性を引き連れて表通りに去ってしまった。その光景を二人はただポカンと見ていたが、やがてリリファが正気を取り戻し、隣で同じく呆けていたナナミを起こす。
「なぁ…セーヌって確か…」
リリファが催促するとナナミはワンピースのポケットからスーザンにもらった紙の1枚。治癒士の居場所の書かれた方を取り出して広げた。そこに「治癒士の名前 セーヌ・ファウンボルト」の名前を見つける。
「偶然とは思えないなぁ…」
「だな。あいつらを追おう。」
リリファの言葉にナナミは頷いて同意し、二人は表通りの警備兵詰所へと向かうのだった。