第22話 ノンギャランティ・クエスト(こっそりと罰を受けましょう)
「それじゃあ俺はもう出るから、二人を頼むぜ。君が力を貸せる範囲でいいからな。」
「お二人の補佐をすることがクロノスさんの利益になるというのなら、それは私の仕事です。お任せ下さい。…お気を付けて。」
ミツユースの朝一番を告げる雄鶏が鳴きだすよりも前。まだ日も登らぬうちにクロノスは猫亭を後にした。クロノスの出立を見守るのは彼の専属担当者であるギルド職員の女ヴェラザードただ一人。ナナミは昨日のダンジョン探索の疲れからかグースカと寝ているし、リリファは浮浪児の時の癖が未だ抜けず朝一番のごみの廃棄を狙って起床するのでヴェラザード頼んで、夕食に一服盛ってもらった。
「しかしアテはなし、費用後払いとは過酷な条件すぎやしないかね?あのジジイ…帰ったら覚えておけよ。」
クロノスが一人で出かける理由をまずはふり帰らねばなるまい。
―――――数日前の冒険者ギルドミツユース大通り支店―――――――
場所はギルドの支店の中。関係者以外立ち入り禁止の階段の先の二階にある来客室でのこと。クロノスは来客用のソファに腰を掛けていた。そして向かいのソファには年配の一人の老いた男が座っている。男は女性職員が運んできた茶を啜り、自慢の白い髭を撫でた後で大きくため息をした。
「ハァー。」
「いやだおじいいさん。ためいきをしてるとしあわせがにげますことでございますわよ。」
「黙りなさい。儂のため息の原因を作った原因の9割以上の男がどの口で応えるのか。」
クロノスに叱りを入れたこの老人。名をガルンドと言い、冒険者ギルド本部の偉い人である。本当はやたら長い肩書があるのだが物語には何の関係もないので割愛する。
「お前さんがグランティダスを倒した後、各国に宝剣コレクター討伐の報せが入ってな。ウチの宝剣はどうなったのかと問い合わせがひっきりなしじゃ。おかげで本部の連絡部署はパンク寸前で通常の業務にも支障が出ておる…おそらく儂がこちらへ来たことでとっくにパンクしているじゃろうな。いやもうどうしてくれる。」
これこれぐりぐりと、クロノスの頭に握った右手を擦りつけるガルンド。どうせなら茶を淹れに来た若い女職員にやってほしいプレイだなとクロノスはそう思いながら、ガルンドの手を払いのけた。
「うっせーよ。確かに生存限定のお尋ね者を殺したのは悪かったけどな。元はと言えば宝剣コレクターの所在を何年間も掴めなかったギルドの失態じゃねーか。」
クロノスはガルンドに臆することなく反論する。ぶっきらぼうだがどこか芯があり、喉元に噛み付くような勢いに恐ろしさを感じて、客室の入り口に控えるギルド職員は体を震わせた。実際は一昨日の冒険者達との飲み騒ぎでジムから奪った酒がクロノスには強すぎて二日遅れで頭痛がしてきたので、単に苛立っていただけではあるのだが。
「確かにそう言われたら返す言葉もない。いっそどこかで死に絶えてくれたらどれだけよかったか。いやはや、よもや時計迷宮の秘密まで知られてしまうとは…」
アスカ国の辺境に存在する時計迷宮の秘密。それはダンジョンの中で暮らすと体が若返るということだった。ギルドはこの件を一部の幹部を除いて徹底的な情報封鎖をしており、もしこの情報がどこからかもれれば数多の若返りを目論む貴会の住人が、危険を顧みず集結して危険度A級のダンジョンの脅威に残らず屈してしまっただろう。
「お主からの報せを受けて時計迷宮は完全封鎖することが決定したよ。物理的、魔術的に結界を施して地下深くに沈めるそうだ。ギルドの研究部門がなぜあのような性質を持っているのか調べたかったそうだが、そもそも中で生存するのが絶望的な難易度のダンジョンに、枯草モヤシの研究員が行って帰ってこれるわけがない。まぁこの話は別にいいじゃろ。」
時計迷宮の話はこれで終わりだとガルンドは手を叩いて話を打ち切り、クロノスへ彼が起こした失態の罰則を告げる。
「とりあえず沙汰を下そうか。S級冒険者クロノス・リューゼン。生存限定での捕縛を命じられていた宝剣コレクターグランティダス殺害により罰則として、同時期に討伐した指名手配犯乗っ取りのデンテンスと火吹きのヴァロイの懸賞金は没収。そして新たに指名クエストを無報酬で発注する。もちろん強制的に受注してもらうし、クエストの失敗と放棄は絶対に許さない。もし抵抗したら冒険者ライセンスは使用停止じゃ。クエスト内容はそうだの…宝剣コレクターグランティダスに奪われた各国の宝剣。これらすべてを発見保護し、依頼者へ引き渡すこと。と言ったところか。なお、特例につき引き渡しは冒険者ギルドが代理で行う。」
ガルンドの下した沙汰にクロノスは不満げな態度を取るが、仕方ないかとふてくされながらもそれを了承する。S級冒険者クロノスと言えど、ライセンスを停止され肩書を失えばただの人より少し強いだけのただのクロノスだし、なにせ1本だけでもかつて多くの国同士が所有を巡って戦争にまで発展したと言われている宝剣だ。現在はその反省からか地力のない小国などは複数の宝剣を所有していてもとても扱いきれないと、2本目以降の宝剣の所有を一切認めない法律を作った所まであるほどだ。そんな恐ろしい物を不可抗力とはいえ21本も無くしましたテヘペロッなど、己の首が繋がっているだけでも感謝するほどの事なのである。
「しょうがねえか。」
「…S級冒険者のお主にこのような後始末の仕事は不服かも知れんが、受けてくれまいか。グランティダスが奪った宝剣は何も全てが戦場で血の花を咲かせるだけではないのだ。中には国が王位の継承や爵位の任命等の公的な式典に使っていたものもある。他国からの使者もいる手前、偽物を使うわけにもいかずそういったところは何年もの間行事の多くができなくなって政に影響が出ているところも少なくないそうだ。反省しているのなら人助けだと思って受けてくれ。」
宝剣を取り戻したい国々の事情を交えてガルンドは説明をする。どこにもつかない自由な立場がウリのギルドとしては国のことなど自分の鼻の奥で詰まる鼻糞よりもどうでもいいことなのだが、ここで返還に漕ぎ着けることができれば多くの国に恩が売れて今後のギルドとその国の交渉が上手く行き、冒険者がその国で活動をする際に手厚くサポートしてくれるかもしれない。
ガルンドの説明を聞いて少し考えるクロノスだったが、あることを思いつきそれをガルンドに尋ねる。
「念のために聞くけどよ。回収して引き渡すのは奪われた剣全部でいいのか?」
「そうだ。「各国が所有していた宝剣全て」だ。」
ガルンドの答えを聞いたクロノスは、彼が目の前の茶菓子を取ろうと目を逸らした隙にニヤリと口角を釣り上げて、すぐにそれを元に戻した。
「ならわかりましたよ。S級冒険者クロノス・リューゼン。指名クエストの件確かに承りました。S級の称号に恥じぬ働きをして、見事奪われた各国の宝剣を取り戻すことここに誓います。…これであってる?」
そう言ってクロノスは、S級冒険者になった時にギルドから教えられた高貴な者からの指名クエストの受取りの所作を、頭の中で思い出しながらやって見せた。実はところどころ間違っており、それを指摘したいガルンドだったが、せっかくクエストを受けてくれたのに下手な理由でへそを曲げられて反故にされてもつまらないと、そのまま頷くことにした。
「やってくれるか。では早速頼むぞ。情報では他国の間者や腕に覚えのある者が次々とミツユース入りして宝剣を横取りしようと目論んでいるらしいからな。早い所取りかかってくれ。」
「待ってくれよ。これから団員とダンジョンに行く準備で忙しいんだ。まぁ一日でクリアできる簡単な物らしいから、明日の朝一番に出かける。」
「なんじゃと?…ああ、例のクランか。新人冒険者への講座など、誰か他の者に頼めないのか。下手をすれば国同士の戦争が始まるのだぞ。」
「やらないとは言っていないだろう。こっちは前から予定を立てているんだ。あんまりうるさいとやらないぞ?」
「…しかたない。1日だけじゃぞ?明日には朝一番に出発じゃぞ?ジジイとの約束な!!」
約束だとガルンドは片手を前に突き出してクロノスに向けた。その手は強く握りしめられ小指だけが出ており、どうやら彼は指切りゲンマン的なことをしたいのだろう。
「ジジイと指切りなんざやらねえよ。とにかくダンジョン攻略した次の日の一番雄鶏が鳴き出すよりも早くに出てやるさ。早起きには自信があるんだ。」
クロノスはガルンドにそう伝え、客室を出て行った。クロノスが扉の先へ消え、開けっ放しの扉を入り口に控えるギルド職員が閉めた所でガルンドは一息ついてソファにもたれかかる。
「ふぅ。クロノスのプレッシャーで死ぬかと思ったわい…高ランク冒険者と言うのはまったく皆わがままなのだから扱いに困る。あれでもS級で一番話がわかる男というのだから、他のS級へ交渉する同僚へ憐みの一つでも送りたくあるな。やれやれ…お主も大変だな。」
「あの程度で音をあげていたら専属担当職員の一つや二つ、とてもやっていられませんよ。」
ガルンドは自分の分の茶を飲み干して、自分の前方…先ほどまでクロノスの座るソファの後ろに立って黙って状況を見守っていたヴェラザードに声を掛けた。ヴェラザードはガルンドに応え、クロノスが置いて行った分の、まだ手を付けられていない彼の分の茶を手に取って飲み始めた。
「お主の健気さに儂は胸を撃ち抜かれそうじゃわい。その慈悲の心の、ほんのひとかけらでも儂の娘に分けてほしいのう。まったく、娘ときたらわがままで…もちろん年を取ってから生まれたということもあって甘やかして育てた儂も家内も悪いのだがの…そもそもがやはりあの男と付き合いだしてからすべてが…」
「あの、特に何もなければ私ももう失礼させていただきますが。」
ガルンドの家族に対する愚痴が始まりそうなのを察して、ヴェラザードは会話を打ち切ろうとした。しかし、ガルンドは話を辞めるつもりはないようだ。このままでは埒が明かないので、ヴェラザードは客室の入り口に待機していた若い女の職員をこちらへと呼び出して、自分の身代わりにすることにした。
「ちょっとヴェラザードさん。私もこの後仕事が控えているんです。困ります。」
仕事があるからとガルンドから逃げようとする女職員。しかしそれが方便でしかないのは同じ理由を付けて先に逃げようとしたヴェラザードも良くわかっている。いつの時代だって若者が嫌いなのは年寄りの自慢話と年寄りの愚痴と年寄りの昔はよかったアピールなのだ。そしてそのようなありがたい徳は積極的に若者に譲るべきだ。ヴェラザードは普段気にしている年齢を今日は大いに利用した。
「私は専属担当職員としてクロノスさんのサポートをしなければならないのです。あなたも目の前の爺をギルドに依頼を持ち込んだ高慢な貴族だと思って接して見なさい。適度に相槌を打ったり、相手が不満に思わない価値観の自己満足させるだけの斜め向こうのアドバイスをしたり…いい練習になりますよ。」
「そんな~。」
勘弁してくれと目で訴える職員だったが、話は終わっていないとガルンドに袖を掴まれて苦笑いで彼に微笑みかける。彼女の心境を知ってか知らぬか話し続けるガルンドを尻目に、ヴェラザードは客室の扉を開けてその場から立ち去る。
「まぁせいぜい頑張ってください。大丈夫。S級冒険者の相手をする億倍は楽なはずですよ。」
これまでの人生で得た経験から、ヴェラザードは女性職員に太鼓判を押してクロノスを追うのだった。後ろで見ていたヴェラザードからでもわかるくらいクロノスが一瞬だけ笑みを浮かべたことをガルンドへ報告することもなく。