第21話 ノンギャランティ・クエスト(いよいよダンジョンに挑戦しましょう)
「ギャッギャッ!!」
紫色の体を持つ小鬼。いわゆるゴブリンと呼ばれるモンスターが一匹、手に持つ粗末な石斧でリリファに斬りかかる。リリファはそれをひらりと躱して、右手の短剣をゴブリンの眉間に突き刺した。
「ギャッ!!」
ゴブリンは一言叫ぶと、事切れてその場に倒れ込んだ。低級なゴブリンは死んだふりのような高等な戦術を思い付くだけの知能を持ち合わせてはいないので、死んだということだろう。リリファがゴブリンの死体に近づくと、死体はすぅと音もなく透明になって消えていく。後に残ったのはゴブリンが使っていた石斧と、1枚のコインだった。
「ふぅ。これで五匹目か。」
リリファは地面に落ちている石斧には目もくれずコインだけを拾うと、それを懐の袋に仕舞う。その中には先に倒した四匹のゴブリンが落としたコインが先客として入っており、袋はじゃらりと音を立てた。
「よし、いいかんじだぞリリファ。なんだ、調子がいいじゃないか。」
「うんうん。リリファちゃんって筋がいいね。初めてとはとても思えないよ。」
先ほどのリリファの戦いの手際のよさを褒めるのは、彼女が所属する冒険者クラン猫の手も借り亭の団員である魔術師ナナミと剣士兼クランリーダーのクロノスだった。
「これでも暗黒通りの門番「ごっこ」をしていたからな。…お、次が来たな。」
リリファの合図に二人が通路の奥を見ると、そこには二匹のゴブリンがこちらに向かって走ってくるのを確認できた。クロノスは二人に指示を出す。
「今度は連携だ。リリファは二匹を一人で押さえつけて、その間にナナミは詠唱。魔術で止めを刺してみろ。」
「えっ、いきなり難しくないか?」
「はーい。」
クロノスの指示にリリファは抗議を、ナナミは了承の返事を返す。そこは新人冒険者と馴れた冒険者の差が出たなとクロノスは苦笑し、念のためと自身も剣を構えた。
「「ギャッギャッギ!!」」
目の前まで迫ったゴブリン達は自分達の近くにいたリリファに狙いを定め、二匹同時に襲いかかった。リリファは二匹の猛攻を短剣で受け止めながら後ろへ漏れないように少しづつ流れを誘導する。リリファの誘導にゴブリンは気づくことなく攻撃を続けるが、その攻撃は緩やかでお世辞にも鋭い一撃とも言えず、リリファが避ければ二匹の攻撃がお互いの武器にぶつかってしまうこともあった。
「(同時に襲ってきたが、こいつら互いに足を引っ張ってばかりだ。これなら…!!)」
「リリファちゃん!!準備オッケーです!!」
後方からのナナミの合図を耳で聞き取り、次の二匹の攻撃を避け二つの石斧を弾かせると、リリファは横に飛び退く。リリファの行動に釣られてゴブリン達は彼女の方を見るが、すぐにその真横から炎の円球が二匹を襲った。ナナミの魔術「フレイムボール」である。
「ギャッ…ギギ…!!」
炎の球を体中に浴びた二匹のゴブリンはすぐに体から炎を引き剥がそうと爪を立てて体中を掻き毟るが、立ちどころに全身に炎が回りやがて黒こげになって倒れてしまった。そして黒焦げのゴブリンだったモノは徐々に透明になっていき、やがてその場に2枚のコインを残した。
ダンジョン内で生み出されたモンスターは原理は不明だが倒すと死体は消えてなくなってしまう。この現象については研究中だが、「モンスターはダンジョンの一部で、死ぬとダンジョンに取り込まれ、新たなモンスターの材料となる」というのが最も有力な説だ。
消えたモンスターはその場にドロップアイテムを落とすが、その中に必ずと言ってよいほどにあるのがリリファが先ほど回収したコイン状の物質。通称「魔貨」である。魔貨はモンスターごとに落とす種類が決まっており、これをギルドへ持っていけば種類に応じて現金と交換してもらえる。回収した魔貨をギルドは何に使っているのかは知らないが、大した負担にもならない魔貨数枚を持ち帰るだけで現金が手に入るならと、冒険者の多くはダンジョンでモンスターが落とした魔貨を集めてギルドへ持ち込んでいた。
「どうだ!!連携できたぞ?やってみれば簡単なものだな。」
「ゴブリン程度にこの程度できなくちゃな。むしろ戦いの経験があるならできて当然。」
「なんだよ。初めてできたのだからもっと高得点くれてもいいじゃないか。」
「そういうのはもっと強いモンスター相手にできてから言え。今回のように相手は二匹とは限らない。三匹、四匹と数が増えれば君も捌き切れなくなるだろう。そういうときはあえて見過ごして後ろに任せてしまうのもありだぞ。大事なのは相手にした時どんな行動をとるのかだ。」
「魔術師でも馴れていればゴブリン一匹くらいなら詠唱の合間に相手できるからね。全部倒そうとしなくていいんだよ。」
「なるほど。わかった。」
戦闘が終われば出されるクロノスとナナミのアドバイスを聞き、それを頭の中に経験と共に詰め込んでいくリリファ。彼女は戦いの合間にも気付いたことがあればすぐにクロノスやナナミに尋ねていた。
「まぁ今回のは剣士や戦士がいないときの前衛一、後衛一でのやり方だ。複数人数でのパーティーによる戦いでは、君のクラスである盗賊の役目は素早くフィールドを移動して戦況を確認しながら、弱っている敵へのトドメやけがを負った仲間の回復を行うことだ。盗賊は素早く動くためにどうしても軽装になりがちだから無理をして前線に飛び出すと予想だにしないダメージを受けてしまって、かえって足手纏いになる可能性もある。」
「むずかしいな…頭の紐が絡みつきそうだ。」
「頭だけで考えても理解するのは難しいよね。とりあえずどんどん戦って体で覚えようね。」
リリファへのアドバイスを続けながら3人はダンジョンの奥へと足を踏み入れていく。
新たに冒険者となったリリファを無事仲間に加えることに成功したクロノスは、二人を連れてミツユース郊外にあるダンジョンの「ゴブリンの林」を訪れていた。
ダンジョンとは、世界中に点在する神が作り出したとされる不思議な空間の総称である。 ダンジョンと言えば一般人は冒険都市チャルジレンにあるような地下に広がる巨大な迷路状のダンジョンを連想するが、ダンジョンには森や洞窟。変わったところでは水中等、様々な種類のものがある。
ダンジョンと呼ぶための定義には冒険者ギルドや各国の研究機関が定める細かい規定があるのだが、大まかに二つ挙げられる。
一つ目は「ダンジョンは周囲の空間から完全に隔離されており、入るのも出るのも特定の場所からしかできないこと」
二つ目は「ダンジョン内では半永久的にモンスターや宝箱が生成されること」
この二つ以外にも通常の空間ではありえないことがいくつかあるが、とにかくこの二点を抑えればそれはダンジョンと呼べる。冒険者はこのダンジョンにパーティーを組んで挑戦し、モンスターが落とすドロップアイテムやダンジョン内にある宝箱の中身を持ち帰って換金するのが冒険者を続ける目的の一つである。冒険者クランやパーティーの中にはダンジョン探索に特化した面々もおり、高ランク冒険者ともなれば一日に金貨数十枚を稼ぎ出すことも珍しくない。ダンジョンへの挑戦は多くの冒険者にとっての憧れであり、街中で雑用に勤しむ木端冒険者でもいつか挑むダンジョンのために武器や防具の手入れだけはしっかりと欠かさない者も少なくない。
クロノスたちが訪れたゴブリンの林は領域数3。出現するモンスターも低級の紫ゴブリンのみという非常に低難易度であることで有名なダンジョンで、冒険者の生存帰還率も99%という超安全なダンジョンであった。ちなみに1%にあたる犠牲者2名も、ダンジョン内で転んで頭を打ち、打ち所が悪くてそのまま帰らぬ者となった例と、ダンジョン内でたまたま持病が悪化し、そのまま帰らぬ人に…と、ダンジョンの脅威とはあまり関係ない物だ。この場所を教えてくれた冒険者のダンツを始めミツユースで活動している冒険者なら初心者への戦闘の講習やパーティーの連携の確認などで、誰しも一度は来ることになるらしい。とにかくほぼ100%安全ならと、クロノスは今のメンバーでの連携の確認をするために来たのだった。
「おっ、宝箱だ!!」
ダンジョンを先鋒するリリファが道の先に宝箱を見つけた。リリファは宝箱に近づき罠がないか。宝箱の鍵は外せるか。宝箱に擬態するモンスターのミミックが化けた物でないか。いくつもの要素を盗賊の術技を駆使して調べていく。
「リリファちゃん。ここは超ド低級ダンジョンだから、たぶん罠は一つもないと思うよ。」
「私もそうだろうと思うが、盗賊の練習も兼ねてだ。ゆっくりやらせてくれ。」
ここに来るまでの間にクロノス一行は既に4つの宝箱を発見していた。それらの宝箱には仕掛けの1つもなく、鍵すらかかっていなかったが、リリファはそれらを全て慎重に調べていた。
「トッラプサーチ…罠なし。モンスターアイ…ミミックでもない。解錠…そもそも鍵穴がないな。」
前の四つと同じく何の仕掛けもないことを調べ上げたリリファは宝箱を少し開き、開放時のトラップも無いことを確認すると蓋を勢いよく全開した。箱の底を覗き込むとそこにあったのは数枚の錆びついた銅貨であった。共通通貨を採用しているミツユース含む大陸各国ではどこにでもある銅貨など珍しくもなく、数枚程度では子供のおやつを買えばそれで終わりであろう。
「また銅貨か…これで5回連続だ。これでは開ける楽しみもないな。」
「こんな簡単ダンジョンの宝に期待してもダメだ。ギルドの記録だとここの宝箱の中身でこれまでで一番価値のあった物で5年前に見つけた銀貨が1枚だけだそうだからな。せめて賤貨であればプレミアがついた貴重なものの可能性があるんだが…伝説の武器や高価な宝石の類を期待したいのなら、もっと高難易度のダンジョンに挑まないとな。まぁ宝箱の期待値に比例して生還率がグッと下がるんだけどな。」
宝箱の中身にがっかりするリリファに、クロノスは宥めるようにフォローした。数枚とはいえ金は金。粗末に扱えば商いの神に雷を落とされてしまう。クロノスは箱の中に鎮座する銅貨を取り上げ、持ってきたギルド印の袋の中に入れていく。
「はいよ。これで今までのと合わせて銅貨が18枚とゴブリンの牙が6本。ゆっくりだが確実な成果だ。」
「しかしこの袋はすごいな。中にどれだけ入るんだ?」
そう言ってリリファはクロノスの手に収まった小さな袋を指でつつく。袋はクロノスの手に収まるくらいとても小さいもので、リリファはこれまで入れた物ですぐ満杯になったと思っていたが、実際袋はスカスカでまだまだ入るように見えた。
これはギルド特製の魔道具で名前を「なんでもくん」と言い、ダンジョン内でのみ袋の外見とは似つかわしくないないほどに大量の物を入れることができ、重さもほとんど感じない。時代に反してややオーバーテクノロジーだと言われるこれはかつてダンジョンの奥底で大量の財宝を見つけた冒険者パーティーが、あまりの量にほとんどを持ち帰れず泣く泣く置いて帰ったらダンジョンの地形が変動して残した分がどこにあるのかわからなくなった過去から、同じことが二度とないようにと似たような経験者一同を集め出資と開発を行い、数十年にも亘試行錯誤の後についに完成させたものだとか。ちなみにこのなんでも入るこの袋「なんでもくん」は、ダンジョン挑戦の際のギルドの受付でのみ貸し出される持ち運びに厳しい規制がされている代物であり、ダンジョン以外の所で正しくない取り扱いをすると技術流出を防止するために仕掛けられた魔法陣が作動し爆発するらしい。かつては各国がこの技術を手に入れんと冒険者を装ったスパイや金で雇った冒険者に盗み出させようとさせて爆死者が相次いだことと腹を立てたギルドがその国から支店を撤退すると脅しをかけて、これに懲りてどの国も狙うことがなくなったのだとか。
「さて、今は2層目。もう少し歩けば3層目の入り口があるが…どうする?」
ダンジョンはいくつかの「領域」に分けられており、新たな階層へ行くためには、ひとつ前の階層で入り口となる場所を見つけなければならない。クロノスはギルドで借りたゴブリンの林のダンジョン地図。超低級であるがゆえ地形変動もなくミツユースの冒険者によってすっかりと攻略しつくされたそれを見て、今後の行動の意見をナナミとリリファに尋ねる。
「ああ、少し待ってくれ。さっきの戦闘で少し掠ってしまったからポーションを…」
リリファが懐から一つの薬剤を取出し幹部に塗り込む。するとかすり傷はたちまち消えてなくなってしまった。
「しかしこのポーションはすごいな。傷があっさりと消えてしまう。」
「冒険者御用達のヒールポーションだ。大きな傷はさすがに無理でも、かすり傷程度ならすぐに治せる。ただし、ダンジョンの中でしか使えないから注意しろ。なんでここでしか使えないのかは誰にもわからん。」
「それよりも大きな負傷は?」
「それこそ職業「治癒士」の出番でしょ!!クロノスさん。私考えたんだけど次の団員は治癒士がいいよ。今でこそこんな超ド低級雑魚雑魚雑兵ダンジョンでかすり傷程度で済んでいるけど、もし万が一この先のクエストで大けがを負ったら、すぐに治せる人が必要になるよ。」
ナナミの提案にクロノスは確かにと頷く。冒険者のクエストやダンジョンへの挑戦は、常に街や村の近くであるとは限らない。中には山を越え谷を越え海を渡った先の、人一人住まない辺鄙な土地に向かうこともある。それにダンジョンだって今回のように浅く出現するモンスターも弱い所ばかりとは限らない。そうしたところで大けがを負えば、進むことも帰ることもできず待つのは緩やかな死のみである。クロノスはルーキーのリリファとD級冒険者のナナミにそこまで危険な冒険をさせるつもりもないが、ゆくゆくはクランを大きなものへと成長させたいのなら治癒士の一人や二人は確実に確保しておきたい。
「そもそもギルドに猫亭を解散させない条件に治癒士のスカウトがあるからな。避けては通れないか。ま、それはミツユースに帰ってからだな。」
リリファの手当てが終わったことを確認すると、小休止は終わりだとクロノスは先へ進むことにした。リリファもナナミもまだまだ元気だ。進んでも危ないことにはならないだろう。その時は自分が戦いに割って入ればいいだけの話だ。
「(帰ってからの治癒士探しどうすっかな。どうせしばらくは探せないだろうし…いや、こいつらに探させてみるか。)」
たいした傷も負っていないナナミとリリファを確認し、クロノスはゴブリンの林の奥へと向かうのだった。