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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
20/163

第20話 次への合間に(喧嘩の後は互いに讃えましょう)

「いえーい、乾杯!!ガッハッハッハ!!」

「冒険者で貸切なんてクロノス様マジ素敵だわー。」



 冒険者ギルド大通り支店でギルド職員や冒険者を巻き込んだ激しい喧嘩をした日の夜の事。猫亭の一階の元は酒場であったそこからは、騒がしいほどに声が飛び交っていた。しかし声の数は3人しかいないクロノス達猫亭の団員だけとは思えないほどに多く、あちらこちらから何十人もの冒険者の怒声や歓声が伝わってきた。


「おーい!!こっち酒足りねえぞ!!早く持ってきてくれよ。」

「馬鹿。ここは形だけだ。ウエイトレスなんていないだろ!!」


 冒険者たちはあちらこちらで店員を呼びつける仕草をするが、店員はいつまで待っても来ない。それもそのはずで猫亭の一階は酒場として運営しているわけではないからだ。


 冒険者ギルドでの喧嘩騒ぎの後、意気投合した冒険者たちは歓楽街の酒場で飲むことにした。最初の内はよかったのだが酒が入ると騒がしくなり、あまりの騒ぎで店主から追い出されてしまった。流石に飲み足りない冒険者達はどうするかと悩んだが、「猫亭の一階がガラガラだったな。騒ぐだけなら好きにしろよ。」というクロノスの提案で、猫亭の一階の元酒場にそれぞれ酒やつまみを持ち込んで飲み直すことにしたのだった。


「うおっ、コレ上手いな!!なんて料理だ?」

「こいつはウチの料理番の故郷の料理だそうでな。作り方は…」

「そっちのちょっとくれよ。この酒やるからさ。」

「しょうがねえな。どれどれ…うわっ!!なんだコレ、キツイ!!」

「フッハハハハ!!ざまあみなさい!!」

「俺っち酒ダメなんよね~。」

「餓鬼は家でママのミルクでも飲んでな!!」

「はっ!!母乳プレイ…そういうのもあるのか…!!」

「誰かウチのダメ先輩を止めてくださいっす。できれば息の根から、根本的に。」

「まぁまぁ飲みねぇ。嫌なことは飲んで忘れるのが一番だぜ。」

「ありがとうございます。でもこれ、自分が買ってきた酒っすけどね!!」


 冒険者達は談笑を続けながら酒やつまみを交換して食べ合う。とあるパーティーの料理係が厨房を借り受けそこで作ったつまみを他の冒険者へ差し入れていく。冒険者たちはそれを食べると、ある者は火を吹き、ある者は凍てつき、ある者はなぜか尻を抑えてトイレへ駆けこんでいくが、それすらも酒のつまみとその場で「当たり」を引かなかった運のいい冒険者は勝ち誇っていた。






「リーリファちゃん!!仲良くしようねー。」

「離せっ!!引っ付くなっ!!うっとおしいわ!!」

「えー。良いじゃんケチー。こうやってると故郷の妹を思い出すなあ…」

「私はクロノスにお前は辺境の山奥に師匠と二人きりで暮らしているって聞いたぞ!?どこいったその設定!!」


 無法地帯と化していた元酒場。その中心のテーブルにいたのは本日の主役の今日付けで冒険者になった少女リリファと、彼女が所属することになった猫亭の団員の魔術師少女ナナミである。リリファはナナミに同じクランの団員になったのだから、まずは仲良くしようと昨日から言い寄られている。あまりにしつこいのでリリファはナナミが「そっちの気」があるのかと警戒したが、どうやら彼女なりのスキンシップのつもりらしい。


「昨日と昼間はクロノスさんとヴェラさんとばっかり喋っていたからお姉さん嫉妬しちゃたぞ?ウリウリ~。」

「だぁうっとおしい!!二人とは元々知り合いだ。むしろなんか最近になってクロノスの近くに知らない女が湧いていたから警戒してただけだ!!というかお前、どう見ても私より年下だろ!!背が高いからって調子に乗るな。」


 リリファの発言に絡みつくナナミの動きが止まり、やがてワナワナと震えだした。


「私…16なんだけど…」

「ほれみろ。私は12だから…って嘘だ!?どうみても子どもじゃないか!!そこも、ここも、あそこも!!」

「ちょ、リリファちゃん…うわあ!!見な、見ないでー!!」


 ナナミの発言が衝撃的だったのだろう。混乱したリリファは、ナナミの顔や胸を触ってからスカートの下のかわいいクマさんの刺繍が施された下着を皆に見えるくらい大きくめくって確認した。


「ほら見ろ。こんなクマさんパンツを16歳がしているわけがない。」

「うわ~ん!!もうお嫁にいけないー!!」


 ナナミの年齢は他の冒険者達にも衝撃的な事実だったのだろう。その光景を見ていた者は…


「え?マジ?これ現実?夢?」「ええ~悪い嘘か何かでしょ…」「そうよね。じゃなきゃ私の今までのお肌のお手入れは…」「きっと彼女は七大罪宗団の色欲の使徒。そうじゃないと人体の構造状、説明がつかかかかかか」「おい。ジェーンがバグって…うわ!!吐きやがった!!」「おいおいなにやって…おろろろろ。」「ザックがもらいゲロした!!」「汚ねえなオイ。誰が掃除すると思ってやがる。ま、猫亭の誰かがきっと…あ!!クロノスさん!!これは、えーと…グエエエ!!」「トルマの腕が!!」「はい私かたづけま~す。」「同じく俺もかたづけま~す。」「きっちり掃除しろよ。まったく…」


 隣のテーブルの阿鼻叫喚がクロノスによって片付けられ、彼が自分のテーブルへ戻ったところで、ナナミは泣くのを止めた。目は据わっており、どうやらこの屈辱晴らすべきかという風に思考が切り替わったらしい。


「よくもやってくれたな~ホラホラうりうり~!!」

「わっバカやめろ。やっぱり私よりも子どもだコイツ…!!」


 リリファに煙たがられながらもナナミはリリファへのスキンシップを続ける。リリファは別にこのまま好きにさせていても良かったが、一つの不安があった。どうせ酒の席だ。思い切って聞いてみるか。リリファは決心してナナミに話しかけた。


「おい。お前、魔術師なんだよな?なら私の名の意味を知っているのだろう。その、何とも思わないのか?」


 リリファは期待半分、不安半分な心境だった。実力のある魔術師なら知っている古代魔法文明の文字。この名前を付けたファーレンにそのような意図はまったくかったと、笑わなかったクロノスは言ってはいるが…息をのんで答えを待つ。


「リリファちゃんの名前?別に。でもすっごく良い名前だと思うよ!!」

「え…!?お前、意味わかってるのか?リリファだぞ!?」

「うん。リリファって古代語で…「ああいい!!言わなくて!!」」


 ナナミの言葉にリリファは息をのむ。これまでも自分の名前の意味を知る者達は皆笑ってきた。もちろん皆冗談半分で心の底から馬鹿にしていたわけではないのだとわかってはいたがどこか釈然としなかった。自分の名前リリファが、古代語で「花より可憐な妖精さん」を意味するこの名前を…


「大好きだーーーーーー!!」

「私もだよーーーーーー!!」


 歓喜の余りリリファはナナミに抱き着き、ナナミもそれを同じく抱擁と言う形で返す。それを見ていた冒険者は口々に「キマシだ。」「キマシの塔が建つぞ!!」「キマシ!!キマシ!!」などと思い思いに叫んでいる。ちなみにキマシの塔とは大陸のどこかにあるダンジョンの名前で、女冒険者二人で入ると、入る前は犬猿の仲であっても出てくるころには仲良しどころか互いに親愛の情を超えた何かになるということから、一部の男冒険者から夢と浪漫と希望の塔と呼ばれている。


「(別に変った名前とか向こうで幾らでも居たからなー。正直どうでもいい。それよりもキマシのスラングがこっちにもあることに驚きだわ。もしかしたら向こうの誰かが広めたのかも…!!意外なところで「同郷」のヒントを得たり!!)」


 リリファに抱き着きながらも、何やら思案するナナミだったが、そこで抱きつくリリファの力が強い物になっているのに気付いた。


「ちょ、リリファちゃん。あんまりスリスリされると服が…」

「ああもう!!私は嬉しいぞ!!もうお前が年上でも下でも姉でも妹でもどうでもいいや。仲良くしよう…!!」


 ナナミはリリファへ呼びかけるが、彼女は嬉しさのあまりナナミの衣服が擦れて脱げていくのに気づく様子は全くない。どんどん脱げる衣服に、ナナミはただ叫ぶことしかできなかった。





「なにやってるんだあいつら?公衆の面前でまな板擦りつけやがって。」


 二人の惨状を離れたテーブルで見ていたのはクロノスだった。そしてクロノスはナナミとリリファがそれぞれ着ていた水色と赤の子供っぽい下着が露出したのを見て興味を無くし、自分の酒に集中した。


「それで?これからどうするつもりだ?まさかいきなり危ないクエストをさせるつもりじゃないだろうな?リリファちゃんを危ない目に合わせたら俺と天国のファーレンさんが許さんぜ。」

「そりゃまあ、弁えてるよ。あとファーレンさんは一応筋者だからな?多分地獄で俺らを待ってる。」

「違いないぜ!!リリファちゃんの門出に乾杯!!いえーい!!」

「君それ36回目だぞ。リリファに乾杯するの。」

「いいじゃんいいじゃん。飲もう飲もう。」


 クロノスと同じ卓で酒を飲むのはついてきたジムだ。彼は恩師ファーレンの娘であるリリファが危険な目に会わせられるのではないかと警戒し、クロノスに窺ってきた。ちなみに届け出なければならない書類の殆どはクロノスによって使い物にならなくさせられてしまったので、やけを起こして監視員の仕事は投げ出してきた。おそらく明日は監視員仲間に私刑リンチされるだろう。


「とりあえずこれで団員は3人になったんだ。リリファに冒険者の戦い方を教えたいから一度ダンジョンに挑戦してみようと思う。ナナミの魔術もキチンとは見ていないしな。何か良い所を知らないか?」


 ダンジョンに行くのでどこか知らないかとジムに尋ねたクロノスだったが、ジムから帰ってきた答えは「俺は冒険者を引退した身だからそういったことに責任は持てない。あんまり聞かれても困る。」というもので、さてどうしたものか、案内を聞くのにかこつけてギルドの新人女性職員に軽く挨拶でもするかと思案していると、卓に男が一人加わってきた。


「なになに?旦那ダンジョンに行くッスか?」

「あん?確か君は…」


 話に割って入ってきた若い男の冒険者を見て、クロノスは記憶をたどる。そしてこの男が昼の騒動でクロノスとナナミの合同チームが最初に吹き飛ばした冒険者の一人であることをようやく思い出せた。


「ああ!!思い出したぞ!!えっと…名前…」


 思い出した。その瞬間にクロノスはまだ彼の名前を知らないことに気付いた。


「ダンツっスよ。そういやまだ名乗っていなかったッス。所属しているクランは無いッスけど、6人パーティーのリーダーやらせてもらってるッス。」


 お見知りおきをとダンツは軽く御辞儀をして、それからクロノスに向かって手に持つ酒の入ったコップを掲げた。クロノスも自分の持つ酒とは言えないほどに酒精の低い果実酒の入ったコップを掲げて、それをダンツのコップにぶつける。そして二人はそれを勢いよく飲み干してから会話を続けた。


「ふーん…クロノスの旦那はリリファちゃんとナナミちゃんに向いたダンジョンを探していると?」

「ああ。リリファは戦い方は知っているが、あくまでそれは対人を想定した物でしかない。いきなりモンスターと闘えと言われても無理だろう。ナナミもウチの団員になってからモンスターと闘うのを見ていないし、ちょうど良いからこの辺で一度戦いの連携というやつを確認しようと思ってな。」


 クロノスの言うとおりリリファの戦闘スタイルは暗黒通りに入り込んだ一般人に警告したり、喧嘩をする者を止めるための対人制圧術がメインだ。しかしそれではモンスターを殺すことに特化しなければいけない冒険者の戦いに合わせるのは難しい。対人戦闘に特化したクランである「普人の昇格」ならば優れた逸材として歓迎されるのかもしれないが、クロノスとしては指名手配犯や犯罪者と言う意味での盗賊を殺すようなことはできればリリファとナナミにさせたくはなかった。そのために至急リリファに対モンスター用の戦い方を覚えてほしかったのである。


「だったら良い所があるッスよ!!ミツユースの大門を出て東にちょいと歩いた先の森林の中にある「ゴブリンの林」ってダンジョンなんですけど…」


 ダンツの話によると、ゴブリンの林と言うダンジョンはその名が示す通りモンスターが通常のゴブリン以外湧かないダンジョンらしい。階層も全3フロアと浅く、日帰りで帰ってこれるくらいに安全なダンジョンだそうだ。


「新人に経験を積ませたり実戦での連携確認もできるから、ミツユースの冒険者連中なら誰でも一度は行くくらい有名ッス。」

「そうなのか?ダンジョンには今まで大して興味なかったからな…知らなかった。」

「そこなら俺も行ったことがあるぞ。いや懐かしいな。そこならば何も問題はあるまい。」


 元冒険者としてA級にまで上り詰めた信用できるキャリアを持つジムからもお墨付きを貰えた。クロノスは良い話を聞いたとポケットから銀貨を1枚取りだして謝礼にダンツに渡そうとしたが、ダンツはそれを自分の手で制す。


「礼なんて別に要らないッス。こういう時の冒険者の助け合いッスから。それよりも旦那。ちょいと頼みが…」

「なんだ?」

「この猫亭の建物。昔は酒場だったそうじゃないッスか?だったらこんないいところ腐らせておくにはもったいねえや。どうです?人を雇って冒険者向けの酒場にしてみるってのは…」


 ダンツが言うには、ミツユースには冒険者向けの酒場が少ないらしい。酒場などどこでも変わらないと普段酒を飲む習慣のあまりないクロノスは思ったが、ダンツや隣で聞くジムに言わせればどうやらそれは違うらしい。冒険者と街の一般市人では飲む酒の量もつまみの味付けもかなり異なるとか。そして粗暴な者が多い冒険者は時に一般の客を驚かせたり怖がられてしまうことがあり、場合によっては酒場への入店そのものが禁止になってしまうこともあるんだとか。


「今日みたいにあんまりバカ騒ぎして追い出されて、次回から軒先に冒険者お断りの看板を下げられることも珍しくはないッス。普通のお客方の気持ちもわからなくはないッスよ?それこそ冒険者が酒に酔って暴れられたりしたら一般市民では手を付けられないッスから。一応港周辺の歓楽街はそういうところに理解のある店が多いッスけど、そこらは俺らと同じ荒くれ者の商船の船員なんかのためのもので、ミツユースは常に船が来るッスから、俺らはどうしても余裕が無くて溢れることが多々あって…」

「そうだったのか。冒険都市なんかは冒険者向けの酒場が多いらしいから、ミツユースの冒険者が酒場に行かないだけかと思ってたぜ。」


 ダンツの申し出にクロノスは思案した。酒場を開くというのは悪いことではない。冒険者の客が入ればそういった者向けの情報やツテも流れてくる。それに酒場の収益があればクランをもっと成長させることができるだろう。なにより、元々酒場の一階は他に使い道が思いつかなかったのだ。このままほったらかしにするよりは遙かにマシだ。


「酒場の件は考えておく。君の方でも店を開きたい奴がいないかそれとなく声を掛けておいてくれ。」


 クロノスはダンツの申し出を前向きに考えることにした。


「お、言ってみるもんッスね。それと旦那。お願いついでにもう一つちょいと聞きたいことが…」


 クロノスの答えを嬉しそうに聞いたダンツは今度は申し訳なさそうな顔をして自分の後ろの方を指さす。その先にあったのは酒場のバーカウンターで、さらに奥には酒を飾る棚があった。時にバックバーと呼ばれるその棚には様々な種類の酒のボトルが所狭しと並べられており、おそらくダンツは酒場として営業していないこの猫亭にどうしてこんなに多くの酒があるのか疑問に思ったのだろう。


「ああ、あれか。あれは俺が旅をしていたころのクエストの報酬さ。」

「クエストの?しかし現物報酬と言うのは…」


 ダンツの疑問はもっともなものであった。通常ギルドのクエストで依頼者から支払われるのは大陸の共通通貨であり、物品のみの支払いと言うのは滅多に無い。通貨での支払いを強制に近い推奨をしているギルド曰く、価値が地方によって異なり税の計算や手続きなどが面倒であるかららしい。ごくまれに珍しい武器や貴重な素材などが報酬になることもあるが、そういった物は冒険者と依頼者の交渉によるものであり、酒を提示することはまずないだろう。


「ミツユースみたいな都市部では現物での報酬ってのは珍しいかもしれないけどな。地方の村や街とかだと結構あるんだよ。突然湧いたモンスターやその他トラブルに現金の報酬をすぐに用意できないってパターン。」


 年中金の動くミツユースではまずありえないことだが、地方などでは作物の収穫期や野生の獣の狩猟期間など金がある季節が決まっている。そして金の無い季節に村周辺に危険なモンスターが現れたりすると、とりあえずギルドの依頼で金額だけ提示して、討伐後に報酬をいくらか現物に変更してもらえないかと交渉するのだ。本来そのような行為はギルドのルールに違反するスレスレなのだが、地方のギルドとしてもなるべく多くのクエストの受注をしたいし本部から通達されるノルマの要求も厳しい。そのため暗黙の了解となることもしばしばであった。


「で、そういう時に俺が要求するのはだいたいいつも酒なんだ。食料と違って腐らないし、運ぶのも手間だから商人も生産時に予約したの以外じゃ大量には買っていかないし…その結果村や町の倉庫に常に残っていることが多い。俺はクエストを完了したら次の目的地に向かうからすぐ用意できる物がいいんだ。ただそういう時はいつも量がすごいことになる。ミツユースなんかに持ち運べば金貨相応の銘酒も、地元じゃ幾らでも作れる安酒みたいな認識も珍しくないし。今までは持ち運ぶわけにもいかないから現地のギルドに預けてたんだけどさすがに置きっぱなしもどうかと思って…この建物を買った時に送ってもらったんだ。そこに飾ってあるのも使ってないとはいえ、仮にも酒場に酒の一本もないと寂しいと思って置いておいただけだ。」


 クロノスは自分の過去の体験を交えながら説明を続けた。それを聞いたダンツは理由に納得したようだが、まだ何か残るものがあるようだった。


「そうなんスね~それで、その、俺思うんすよ。酒ってのはやっぱり飲んでこそで、どんなにうまい酒でも飾ってあるだけじゃあそれは水と変わらないんじゃないかと言うのが俺の持論で…」


 ちらちらと酒の棚に目配せしダンツはクロノスに交渉する。そこでクロノスは棚の酒を見るのがダンツだけでないことに気付いた。見れば他のテーブルにいる冒険者たちも時々向こうを見ている。そういえば棚の酒の中には素人でも一目でわかるような有名な物もあったか。価格もミツユースではそれなりにするので酒好きな冒険者達からすれば、とても気になる存在だろう。


「なんだそっちが本命かよ。飲みたいなら勝手に開けていいぞ。どうせ俺は飲まないし、まだ倉庫にいくらでもあるからな。むしろこっちから頭を下げたいくらいだ。」

「え、本当にいいんすか?ヒャッホウ!!さすがはS級のクロノスの旦那だ!!言ってみるもんッスね。ありがとうございまッス!!ではさっそく…」


 クロノスの許可を聞いてダンツはクロノスに礼を言ってから棚に走り出した。そしてさきほどからクロノスたちの様子をうかがっていた冒険者たちがダンツに近づく。


「おいダンツ。どうなんだよ?…っておい!!」


 冒険者の一人がダンツに話しかけようとしたが、ダンツはそれを無視してバックバーに一目散に駆けていく。そして棚から選び取ったこれだと思った2本のボトルを素早く開けて両手に持って見せた。


「好きなだけ飲めって!!全部開けてやるッス!!」

「ずるいぞお前一人だけ!!」

「早い者勝ちって至言がこの世にはあること、ご存じない?S級の肩書にビビッて話しかけられもしないコミュ症共が!!旦那はいい人だったッスよ。お前らはテーブルの安酒でも飲んでるのがお似合いだぜ!!」


 ダンツが瓶に口を付けるのを見て冒険者たちが自分たちもと、バックバーに殺到した。そして各々これだと思った銘酒をひったくりコップにも移さず直に飲んでいく。


「…!?プハァ。なんだこりゃ!?すげぇうまいぞ!!」

「これは銀貨数枚はするぜ!!俺の稼ぎじゃまず飲めないな。」

「S級冒険者クロノスの旦那に乾杯!!」


 そうして酒を飲み心に火が点いた冒険者たちは、再び騒ぎ出すのだった。





「まったく、冒険者とはお馬鹿さんばっかりですね。」


 騒ぐ冒険者を眺めるクロノスの横で果実酒を呷るのは、この場で唯一冒険者の経験のないヴェラザードだ。いつもなら夜中は就業時間外だと言ってギルド職員の宿舎に帰還するのだが、自分もリリファを祝いたいということで残ったのだそうだ。


「しかし以外です。クロノスさんはこのようなバカ騒ぎ、あまりお好きではないかと今まで思っていました。」

「そうか?俺も冒険者だ。こうやって馬鹿と一緒になって騒ぐのは好きだぜ?」


 クロノスの言葉に果実酒を飲む手が止まり、ヴェラザードは自身の頬を抓った。そしてその痛みでここが現実であることを確認すると驚きの表情でクロノスを凝視した。


「なんだ?君もそんな顔できるんだな。」

「…どうしましょう。私、クロノスさんの担当をやっていて今までで一番驚いています。まさかクロノスさんの口からそのようなお言葉が出るとは…」

「男ってのはな、付き合いが長くなればなるほど新しい魅力が出てくるんだよ。」

「クロノスさんから出てくるのは、過去のボロばかりではないですか。」

「なんだと…うわ、酒臭い!!君、そんなに強いの飲んでいたのか。」


 鼻をつまむクロノスが目にしたのは、どこかの国の地酒の瓶を手にするヴェラザードだった。瓶のラベルには見覚えがあり、どうやら冒険者が騒ぎ出す前にちゃっかり棚から拝借してきたらしい。


「君も明日から忙しいぞ。そんなんで大丈夫か?」

「これしきで参っていたらS級冒険者のお守などとてもできません。」


 心配するクロノスを横目に再び酒を飲むヴェラザード。しかしクロノスはこの程度の酒でヴェラザードが倒れることはないと長年の付き合いから知っていたし、ヴェラザードもクロノスは心配していないことを知っているのでどんどんと酒をあおった。そして瓶に残る最後の一杯分をコップに注いで一気に飲もうと腕を挙げた所で、何かを思い出したのか動きが止まった。


「ダンジョンもいいですけど、さっそく明日宝剣コレクターの件で本部から係りの者が来ますので、出席してくださいね。」

「早くない?昨日の今日だぞ。」

「事が事、宝剣絡みともなれば誰だって飛びついてくるでしょう。とにかく、頑張ってくださいね。」


 報告を終え後は知らぬと、ヴェラザードは酒に集中する。クロノスも後は野となれ山となれ。面倒事は明日の自分にまかせようと、飲みすぎで目を虚ろにするジムから杯を引っ手繰って飲み干すのだった。



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