第2話 新規入団者いまだ0(少女が行き倒れていますよ)
ここは都市ミツユース。海に面した都市であり、陸地の交通の便もよく、大陸中からさ
まざまな物が集まる物流都市である。貿易都市や流通都市といった呼ばれ方もするが、そ
れら全部ひっくるめてのミツユースの呼び方である。物が集まれば当然それを扱う商人や、ひと儲け目論む貴族。その護衛やクエストを受ける冒険者だって集まる。
今日も都市の出入り口を守る巨大な門の前には、都市の中へ入る者と、都市の外へ出て行く者が列を作って己の番はまだかまだかと待ちわびる。門の前はろくな遮蔽物もなく昼間の日差しが強く射す。そこへ豪華な馬車が突っ込めば、やれ貴族様だと割り込まれ、兵士たちは頭を垂れて門を開ける。文句を言いたげな一般普人に特権階級だからと兵士が宥めるのは珍しくはない光景である。
都市への入り口側では、簡易な持ち物検査と来訪の目的を尋ねられ、問題なしとまた1
人が都市の中へと入っていった。
「うわぁ、すっごいなぁ!!なんか観光旅行にでも来た気分。ヨーロッパのどこかの国って
感じ。行ったことないけど。」
新たに内部へ入ってきたのは1人の少女であった。年の頃は10代半ばのようだが、やけに子供らしい顔つき、いわば童顔と呼ばれるそれであった。髪の色は薄めの金色で肩までかかる長さのそれは頭の後ろに馬尾にまとめられていた。服装は頭部の麦わら帽子以外は旅人用のマントで隠されていたが、その隙間から覗く健康的な肌色の脚は、ミニスカートを着用している証だった。
少女は目の前に飛び込んできた景色に感嘆しながらも、海沿いの土地特有の海からの
横風に、さらわれそうになった麦わら帽子を右手で抑え、門から街の中央まで一本に続く大通りを浮足立ちながらも前に歩き出した。しかし、数歩歩いたところで腹部からぐぅ、という大きな音が鳴り響き、少女はその場でうずくまってしまった。あまりの音の大きさに道行く者たちが立ち止るが、それが腹の音とわかるとつまらなさそうに歩みを戻した。
「う…景色もいいけど、まずはお腹を満たさなくちゃね。空腹のあまりなんかハイテンションになってるし。空腹は理性のダイナマイトとはよく言ったものよ。素晴らしい言葉ね。誰が言ったのだっけ?」
「それにしても…」と少女は呟く。
「これだけ大きな都市に来ても、黒髪の人は1人もいないわね。いたら絶対注目されちゃう。ホント校則無視してパツキン高校デビューしてよかった。後先考えない当時の自分に感謝ね。」
少女が口にした言葉は誰に投げかけるでもなく、自分自身に言い聞かせているかのようであった。道行く人々は少女の若干の奇行に視線を投げかけることもしない。街の警備を担う兵士たちは一応の確認をするのだが、どうせ田舎からやって来た小娘が、大都市を前に興奮しているだけなのであろうと、自分自身に言い聞かせ、忠実に職務を全うするため歩き出す。
「さぁ、目指すは冒険者ギルド!!待ってなさいよクエスト報酬。こちとら限界なんじゃ、夢と希望という名の空気では、いつまでも食べ盛りの乙女のお腹はごまかせないわ!!」
オーホホホッホッホ!!と高笑いの声と腹の音を鳴らして少女は歩みを進めるのだった。先ほどの発言の内容から、おそらく彼女は冒険者で、達成したクエストの報酬を冒険者ギルドの支店で受け取り、それで腹を満たす算段を立てていたのだろう。…限界はすぐに訪れ、支店に着くまでに時間切れになると思うのは私だけだろうか?
「というわけで、だ。新規の団員を待つのではなく自分の脚で探そうと思うんだよ。いわゆるスカウトという奴だな。」
そう言い男が手に持つ包み紙の中にある、油で揚げたポテトに齧りつく。先ほど大通りに店を構える屋台で購入したものだ。揚げたてのポテトはホクホクで、その味わいは今日が日差しの強い高めの気温であることも忘れてしまいそうになる。揚げポテトはここの店が一番とは彼の主張。
男の名はクロノス・リューゼン。ここ物流都市ミツユースに拠点を構える冒険者クラン猫の手も借り亭、通称猫亭の団員を取りまとめるクランリーダーである。といっても猫亭が結成されて1月程しか経っておらず、団員はいまだにクロノス1人というありさまなのだが。クロノスは自分で作った広告を、ギルドのクエストという形で他の冒険者の力も借りて、あちらこちらにクランの結成を伝えていたのであるが、S級冒険者である彼が一か所に留まり、不良のクエストを消化してくれないことに腹を立てた冒険者本部に絶賛嫌がらせキャンペーンを頂戴しているところなのだ。
前回ギルドが用意した嫌がらせの高難易度クエストを、クロノスは見事にクリアしていた。その結果は彼の専属担当者ヴェラザードの予想した1週間という期間を大きく縮め、何とわずか4日で帰還したのである。そのことについて「とりあえず雑魚は雑魚。俺が出るまでもなかった。あと頑張って走ったら目的地まで1日で着いた。」とは彼自身の言葉。
「ええ、それが懸命だと思いますよ。クエストをクリアしたとはいえ、それはあくまで一時しのぎ。団員が他にいない以上クランの意味がないじゃないか、と言われたら反論できません。頭よりも先に体が動くクロノスさんとは思えない素晴らしい采配です。てっきりギルドの耄碌ジジイ共を殴りに行こうとか言い出すのかと思いました。ご褒美にそれ、食べてあげましょう。」
クロノスの持つ揚げポテトを女がひったくり自分の口へ運ぶ。いきなり好物を奪われ目に涙を浮かべるクロノスに向かって「炎天下での揚げ物も悪くありませんね。ただ、私には味が濃いかも。」と評価をする女の名はヴェラザード。冒険者ギルドの職員で、S級冒険者であるクロノスに、ギルドとの連絡役のために派遣された彼の専属担当者である。
ギルドからのクロノスに対する嫌がらせの件は命令であることとちっぽけな忠誠心から、彼には話していない。しかし、彼を全力でサポートするという専属担当者の使命の元、例えギルドの不利益になろうともクロノスのサポートをすると決めている何とも天邪鬼な女である。
本来ならこの2人、特にクロノスは1人しかいないクランの団員として、猫亭の拠点たる元酒場兼宿屋の建物で、来るはずもないクエスト依頼者や所属希望の冒険者を待たなくてはいけないのだが、今日はこうして2人で出歩いている。これは大陸で採用されている暦が影響していた。
大陸で採用されている12月30日法、通称通年法は、1週間は7日で、始まりの1日目に休日である太陽の週がきて後の6日間は平日となる。これを4週くりかえし最後に2日間の連休である星と闇の週が入り1か月。これが3か月で次の季節になり、春夏秋冬をと巡り1年が経つ。今日はその月末の連休の1日目、一月に一度しかない星の週であるのだ。この日は無理に働くのは罪とされ、大通りの屋台や一部の店を除き営業はしていない。ならばとクロノスもヴェラザードと今後の予定を話すために猫亭を閉めて出かけることにしたのである。
ちなみに冒険者ギルドは緊急の依頼や利便性の観点から年中店舗を開いており、その都合で休みが少ないギルド職員に、待遇改善を求めた一斉ストライキを起こされたりすることもままある。常に傍に専属担当者のいるクロノスからすればあまり困ることではなかったが、必要な時にギルドを利用できない普通の冒険者からすればそれは非常に困ったことであろう。
「どうせ待っていても誰も来ないんだ。ならば、なればこそ、自分の脚で将来有望な奴をスカウトしてしまおうと思ったわけだ。」
いまだに1人の冒険者も来ない原因が、ギルドの嫌がらせであることに全く気付いてい
ないクロノスであったが、S級冒険者としての一線級の勘で、いよいよ待っていても自分の所には誰も来ないのだと感じるようになったのである。自分の口からギルドのことを言い出せないヴェラザードからすれば、その成長は真に僥倖であった。
「それで、だな。ヴェラザード。冒険者のスカウトにあたって猫亭はどのようなクラン方針でいけばいいんだろうか?俺はこういった人の上に立つ、というのはあまりなれてないというか、全く経験がない。仮にもS級冒険者と対等でいられる、専属担当者として是非なにか御教授願いたい。」
クランの方針、というのは、クランがどのような目的で結成され、何を信念に冒険者の戦いに臨むのか、ということである。例えば、クランの中でも、人員、資産、その他規模の大きいクランをいくつか参考にすれば、有名どころはいくつか挙げられる。
武闘派ギルド「魔砕の戦士」は所属する団員はいずれもモンスターに深い恨みを持つもので結成されており、クランの方針もモンスターを見かけたらまず殺せ。次に生き残りを追って巣を見つけ殺せ。最後に全てを殺せ、というなにやら危ない方針を掲げている。当然モンスター討伐に関するクエストに強く、彼らが狙った土地は向こう10年モンスターが棲めない人にとってある意味で清浄な土地に物理的に作り替えられてしまうらしい。
同じく武闘派クランである「普人の昇格」は体術による人間の可能性を引き出すという方針の元、日々修行にいそしんでおり、人体のことを知り尽くしているため、クエストでも盗賊の殲滅やお尋ね者の生死問わない捕縛。意外なところでは肉体改造や回復のための薬学にも秀でているとか。
所属団員が全て女性で固められている「ワルキューレの薔薇翼」などは、男に無い女の強さで困難を乗り越える。というのが一応の方針で、女性特有の気遣いから女性の要人の警護や、その子供の護衛術の師となるものもいるとか。
ただあちこちにいる冒険者に片っ端から声をかけたのでは非常に効率が悪い。こういったクランの方針を先に決めてしまえば、どの様な人物が必要かは自然と決まっていく。方針を決めたならばその限定された条件にある人物をギルドの冒険者登録から探せばいいのだ。
「といってもですね。大小強弱さまざまなクランが存在する時代ですからね。中途半端な方針だと、どれにも既に大手のクランが参入しています。それらと競っても人員、資産の都合で小さな小さな猫亭では絶対に勝てません。競合すら満足にできないでしょう。一方的な蹂躙です。有望な冒険者の取り合いや小競り合いならかわいい物ですが、昔は騒動が発展してクラン同士の戦争状態になって、血を見ることも少なくなかったとか。最初から勝ち目のないクラン方針ならやはり解散だとギルド上層部も言ってくるでしょう。もともと、社会のはぐれ者、はみ出し者も多く身を置く世界ですからね。最も今はそうならないように何かあったらギルドが仲裁したりするんですけど、一応部外者干渉禁止ですからね。」
「干渉禁止なら俺のことも無視してほしかったよ。他と競合せず、有益で、俺がいなきゃダメな理由、か。…なかなか思いつかないもんだなぁ。あ、でも資産なら、それなりに出せるぞ?」
クロノスは空いている手の親指と人差し指を丸めて輪の形にしてそれをヴェラザードに見せた。長年不良クエストの消化を行っていたクロノスはかなりの資産を保有しており、猫亭を購入してクランの拠点に作り替えた費用を除いても十分に残る量があった。
「クランと個人の資産を混同させるとろくなことになりませんよ?まぁ方針に関してはよほど厳しくなければ後付けでもいいんですよ。団員が集まった時点でウチはこんな感じで行くから、程度でいいんです。まずは難しいことを考えずに、団員にふさわしい、と思った子をスカウトしてみてください。知り合いにアテがあるのなら、S級の立場を盾にギルドの情報網から現在地を探し出して手紙を出すくらいならできますよ。」
なんなら今この瞬間でも、そこらにいるギルドの「草」に声をかけて頂ければ、とヴェラザードは言う。クロノスがふと気配を探ると、なるほど確かに、道をゆく人々に混じってやや違う気配を感じる。わずかな殺気でも感じ取ることができるS級冒険者のクロノスですら違和感を「やや」しか感じることができないのだ。このような手練れが大陸中に潜んでいるとは冒険者ギルドの力の大きさを改めて痛感してしまう。
「アテがないことも無いんだけどな。知り合い、はちょっと遠慮したいな。一癖も二癖もある奴らだし…」
「なるほど。類が呼ぶのはナントヤラ、とも言いますからね。クロノスさんの知り合いと私の考える方々が一致するのであれば、確かに私はギルドを辞して田舎へ帰りたくあります。」
「失礼な奴だな。と思いながらも、否定できない自分が情けない。」
雑談を続けながら2人が向かった先は、ミツユースにある冒険者ギルドの支店の1つである。物流都市として大陸中の都市の中でもかなりの規模の広さをミツユースには、ギルド支店が3つあり、2人が向かったのはその中でも都市の出入り口を守る巨大な門から中央広場まで続く大通りにある、大通り支店と呼ばれている建物である。ここは門に近い立地から、都市を出て行く冒険者と入ってくる冒険者が必ずと言ってよいほど訪れる。その
ためか冒険者の情報に非常に強い。クロノスたちはまずここでミツユースに滞在する冒険者を確認しておこうと考えたのだ。
支店にたどり着きクロノスは入り口の扉を開いた。中は冒険者の喧騒でにぎわっていたが、その数は普段よりも少ないと感じた。疑問に思うクロノスであったが、壁に貼り付けられた巨大な時計を確認し納得した。今の時刻は昼時。朝依頼を受けた冒険者はクエストの途中で、まだあちこち駆け廻っているのだろう。
「さぁて、まずはどんな奴らに声かけようかね。」
「そうですね…まずは受けられる依頼を幅広くするために、性別や年齢よりも、どの職業なのかを見て選んだ方がよいでしょうね。バランスが良ければ少人数でもパーティーを組んでダンジョンに挑戦することができますし、それだけでダンジョン内で手に入るお宝や素材などの調達の依頼が受けられますから。とりあえずは前衛3人と後衛2人、クロノスさんには前衛職「剣士」をやっていただくとして、他の4人くらいが現実的なところを挙げるのなら、「戦士」、「盗賊」、「魔術師」、「治癒士」あたりがオススメです。もちろん多少の代用は効きますが、職業の所属率から見ても基本職と言われるそれら以外は探すのがかえって面倒でしょう。」
「…きゅう。」
「職業別に、ねぇ…俺たちは単独の冒険者から探すんだぞ?単独の冒険者の後衛って本当に珍しいからな。」
治癒士や魔術師は術を行使するための詠唱が必要不可欠だ。戦闘になれば詠唱に集中して動き回れないので、敵にとっては都合のいい的になってしまう。そうした一方的な攻撃から身を守るために、前衛との連携が肝心である。そのため後衛職はパーティーを組む意義が前衛職に比べ非常に重要で、それなりの実力の冒険者は大抵どこかのクランに所属しているし、そうでなくても常にどこかのパーティーに入り込んでいる。
「最悪の話、治癒士は高い金を払えば、神聖教会が紹介してくれるだろ。魔術師は…ソロなら「魔法剣士」なら何とかいるんじゃないか?」
「きゅう。」
クロノスが提案した魔法剣士とは、前衛と後衛の2種に分けられることの多い職業の中でも中衛職とも呼ばれる特殊な分類の職業である。その名の通り魔法を扱う剣士、剣術を扱える魔術師のことで、どちらに重きを置くのかは個人で異なるが、いざというときにはどちらの役割も持たせられる戦術的には便利な職業である。もちろん剣の心得があるということから、1人での戦闘も魔術師に比べて容易であり、ソロでの活動をしている者はそれなりにいる。
「魔法剣士ですか?やめておいた方がいいと思いますよ?確かにソロで活動している魔法剣士はそれなりに聞きますが、彼らは自らの需要を理解していますからね。大きなクランからのスカウトを常にいくつもキープしていますし、人手不足のパーティーに高額な報酬で自分から売り込むことも結構しているみたいです。それにかなりプライドの高い方が多いようで、S級がクランリーダーなのだとしても弱小クランの猫亭にわざわざ入ったりしません。」
「きゅうきゅう。」
「それに、こんなことはできれば言いたくないのですが…ギルドでははずれ、の多いことでも有名な職業だったりするんです。魔法も剣も扱えると聞こえは良いですが、1つを極めるだけでも大変なのに、2つの全く異なる要素を使いこなすなどさすがに無理があります。ここだけの話、実は彼らがお高くとまって高額な報酬を要求するのは、魔術と相性のいい高価な魔法剣を購入維持するためだとか。そもそも職業の申告など自己申請ですから、剣が振れて魔法が少しでも使えれば誰でも名乗れます。」
ヴェラザードは魔法剣士という職業自体にあまり良い感想を持っていないようだった。言われてみればとクロノスが自分の記憶から過去に出会った魔法剣士や類似職の魔法戦士のことを思い出してみると、脳裏に浮かぶ者たちは確かにいずれもかなり高慢で、その癖魔術か剣術あるいは格闘術がお世辞にも大したことがない人物だらけだった。それまではたまたまそういった手合いに出会った自分の運が悪いだけかと思っていたが、そう言ったわけがあったのだろう。なるほど、とクロノスは記憶をしまい込み首を振って頷いた。
「というか、名乗るだけならクロノスさんも可能ですよ?魔術、つかえますよね?いっそのこと職業を魔法剣士に変えてどこかのパーティーに雇われて、気に入った人がいたらそのまま引っこ抜けばいいんです。いっそ芋づる式でパーティー全員所属してくれるかもしれませんよ?」
ヴェラザードの提案にクロノスは一時思案したが、すぐにその考えをやめた「きゅう。」確かにクロノスも魔術を使えないわけではない。元々魔術に興味は無かったが、才能はそこそこあった。1人旅の時はとにかく持てるカードが多いに越したことは無いと、一時真剣に学んだこともあったのだ「きゅう」。しかしながら関心は向上の原動力とはよく言っ「きゅう。」たもので、魔術そのものに関心の薄かったクロノス「きゅう。」は、戦いに使えそうな基本的な魔術を一通り覚えた後、学ぶことをきっぱりと打ち切った。結局肝心の戦いでも、考えるよりも先に手が出る性格のせいで、魔術を唱えることを思い付いた時には、既に戦闘が終わっているか、続いていても詠唱などしている暇などないくらい激しい近接戦になっていた「きゅう。」のだ。
「いや、そこまでボロクソに言われた後で名乗る気にならねぇよ。そんな奴らと同列は嫌だ。もういいや、どうしても見つからないようなら俺が魔術師をやるよ。半分以上は忘れちまったけど、あの馬鹿みたいに分厚い魔法の教科書を読んでいれば、頭が当時の苦痛と一緒に思い出してくれるだろう。知ってるか?人って一度覚えたことは中々忘れられないらしいぜ。思い出せないだけで、頭の中の物置きの、どこに置いたかわからなくなるんだと。」
「きゅきゅうのきゅう。」
「あの、クロノスさん。」
「さぁ、そうと決まればまずは目標の4人、とりあえずの戦士、盗賊、魔術師、治癒士探しだ。まずはすぐに見つけられそうな戦士と盗賊だな。男女選ばなくていいって言ったけどできるなら女がいいな。ほら、男なら誰だって自分のクランは草原の花畑のように咲き誇らせたいだろ?戦士は高身長筋肉質のビキニレーザーアーマーの姉ちゃんがいいな。やっぱり女の戦士のイメージと言えばそれしか思いつかない。異論は認める。日に焼けた肌がまぶしくて、大の男も持てないようなでっかい斧かついでさ、腹筋は脂肪少な目で割れているけどおっぱいはむっちりやわらか。でさ、鍛えまくって腕に自身はあるけど、「あたい、胸には自身がないの…」って感じで唯一の弱点は君の胸部の装甲だよって、やかましいわ!ああ男心をくすぐられるな。ん?ビキニアーマーじゃ敵の攻撃を防げなくて危ないんじゃないかって?チッチッチ。これだから素人は。あれは実は魔法装甲でできている物でな。動きやすさと男のロマンを極限までに高めるために…」
「変態じゃねぇかきゅう。」
「クロノ」「…というわけで、だ。他にも理想はあるが、贅沢言ってたらいつまでも見つからないしな。女戦士はここまでにしてだ。次は女盗賊だな。これは女戦士とは反対で低身長でローブの隙間から見え隠れする青白い肌がこれまた不健康そうで…」
「(女性というところまでは決定なのですね。)ではなく、クロノスさん!!」
「…そこですかさず「お兄ちゃん」と呼ばれた日なんかには俺の財布の中身はもれなく全部君にスティールされてしまう!!ああ、大変だ。今日から一文無しで宿も追い出され…」
「いい加減に気にしろやッッッ!!」
「…ああ、君と俺との関係は永遠に不めエエエェェッッッ!?」
クロノスのトリップを遮るように繰り出されたのは、ヴェラザードの放った強烈な回し蹴りである!!これは考えるよりも先に手が出ると常々言っているが、なぜだか時々全てを投げ出してトリップしてしまう悪癖を持つクロノスを現実へと引き戻すために、ヴェラザードがギルドの厳しい修行の数々を行い、やっとのことで編み出したものである。これを受けた者は体重や身長に関わらず勢いよく横3回転して吹っ飛び、次の瞬間には屋根か壁か、そうでなければ地面にめり込んでしまうという地獄の閻魔大王も恐れるヴェラザードの必殺技だ。
ヴェラザードの必殺回し蹴りを喰らったクロノスは、いつものように勢いよく横3回転した後、大きな音を立ててギルド支店の壁にめり込んだ。近くにいた者はその惨状を目の当たりにし、一瞬驚きの表情を隠せないでいたが、その原因が冒険者とギルド職員にあるとわかると、すぐに落ち着きを取り戻した。実はこの必殺技はヴェラザードが修得後、修行さえすれば誰でも覚えられる効率性の良さと、場所を選ばないで使える汎用性の高さがあることが発覚し、ギルド職員が暴れる冒険者を取り押さえるための鎮圧術兼、女性ギルド職員の身を守る護身術として、ギルドに所属している多くの女性職員が修得することになっていたのだ。冒険者は荒くれ者が多いので、1月に1度、多いときには1週間に1度は壁や床にめり込む冒険者が現れるので、冒険者が吹っ飛び壁や床にめり込むのはギルド支店内では今では結構ありふれた光景になっている。ちなみに壊れた建物の修理費用は鎮圧された冒険者が弁償する決まりになっており、その額も馬鹿にできたものではない。そのため、とあるS級冒険者が主導で「ギルド内鎮圧時破損建築物修理費用基金協会」なるものの設立を目論み、寄付の呼びかけをしているらしいが、何千人といる冒険者の中でも、「回し蹴りを喰らう(たてものをこわしてべんしょうする)」ことになるバカはごくわずかであり、集めた寄付金もどうせどこかのS級冒険者の弁償代に消えてしまうだろうとの指摘から、あまりうまくいってはないようである。
必殺技の代償に呼吸を荒げ、肩で大きく息をしているヴェラザードであったが、しばらくすると呼吸も落ち着いた。彼女はそれから壁に顔からめり込み固まっているクロノスを勢いよく引き抜き声をかけた。しかし意識が飛んでいるのかクロノスは反応を示さず、それを確認すると今度は床に激しく叩きつけようと…「わっ、ちょっちょっと待って!起きて!起きてます!!クロノス・リューゼン、今日も元気でご飯がうまい!!」…どうやら気絶したふりをしていただけらしい。
「まったく、起きているなら返事をしてください。寝たふりなどしても手間が増えるだけです。」
「返事をしたらしたで今度は君、何をしてくるかわかったものではない。せっかく素敵な脚を持っているんだ。「美味しそうだからペロペロさせてくれ」などと言った日には…うわやめてくださいきんてきはやめてくださいしんでしまいます!!お願い玉は止めて未来のマイサンがいなくなる…!!」
クロノスは自分がふざけたことを真剣に謝罪した。こちとら命と未来の子供の存亡が懸っているのだ。真面目にもなる。それを聞いたヴェラザードは「S級冒険者の胤は優秀な子が生まれるかもしれないので、ギルドでも大事ですから金的なことはしませんよ。」と笑顔で答えた。
大陸では優秀な人物からは優れた子が生まれると信じられている。そのため王族貴族や豪商の多重婚は当然と言っても良い。ただしあくまでそれは男性の話であり、優秀な女性は逆にそのハーレムに加えられることが多い。このことについては物議を醸しているところもあるが、例え平民であっても成り上がることができ、権力者の寵愛を受けることができることから、賛同している女性も多い。ちなみにクロノスは自分がハーレム上等なのでどちらかといえば賛成派で、ヴェラザードも自分の生まれる前、圧政に苦しんでいた貧しい故郷が、権力者の愛人となった地元出身者によって治められるようになり、それなりに暮らせるようになった過去があり、権力者に召し抱えられるのは誉れであると教えれており、どちらかと言えば賛成派である。また賛成の理由は異なるが、「好き同士ならいいんじゃない?」と思っていることは一緒である。
「ふざけていないで、あの子に反応してあげてください。あんまりもたもたしているからさっきまで邪魔なくらい聞こえていた、きゅう。も先ほどから全然聞こえなくなりましたよ。」
ヴェラザードはもしかしてと最悪な展開を予想して床に転がっている声の主を確認した。そこにいる少女は床にうつ伏せに横たわっておりよく見ると背中が呼吸で動いているのが見えた。どうやらきゅうというのが疲れただけらしかった。私のナレーターを邪魔しやがってこのアマ。誰か、こいつの顔に油性ペンで髭とサンマ傷を書いてくれ。私はそっちに行けないんだ。
「…ふふ、俺だって当の昔に気付いていたさ。気づいて、見てないふりをしていた。だってそうだろ。ここは流通都市ミツユース。金には厳しいが義理人情に厚く、困っている人がいたら見捨てない。そんな器量の良さが俺にここでのクラン結成を決断させた。なのに!!なぜ!!そんなミツユースで、年端もいかない可憐な少女が!!行き倒れて死んでいるんだ!?しかもギルドの中で!!普通だれか声かけるだろ!?」
クロノスの熱弁にヴェラザードと行き倒れの少女は「死んでませんけどね。」「生きているきゅう。」と小さな声で突っ込んだ。
熱弁の後にクロノスは少女の前まで歩いていき、少女を足で蹴り仰向けにして顔を確認しようと考えたが、いつの間にかすぐ横にいた、美しい脚を構えるヴェラザードが怖くなり、仕方がないのでしゃがみこみ手を使って少女を転がし仰向けにした。
仰向けになった少女の顔を確認したクロノスだが、その顔は少なくともクロノスの知るミツユースの冒険者の物ではなく、おそらく最近都市の外から来たのだろうと推測した。血色はあまり良くはなく、見るからに衰弱の色が見て取れたが、顔の造形はかわいいと誰もが認めるだろうそれなりの良い作りで、将来、なんなら1、2年後には楽しみになるだろう、という感想は持てた。
「おい、大丈夫か?この辺じゃあ見ない顔だが、旅人かい?」
少女の正体は外から来た旅人の冒険者だろうと人並みの推測を予想したクロノスは、少女の服装を確認した。
少女は上に旅人用の丈夫なローブを着込み、足下は長距離の移動に適しているブーツを履いていた。さらによく見るとローブには裾の裏地に、ブーツは中敷に、冒険者ギルドが使用しているギルドのロゴマークがある。これらは大陸を旅しながら活動をする者のために、ギルドが幾ばくかの駄賃を代償に貸し出してくれるもので、金さえ払えば冒険者でなくても借りることができるので、旅をしている多くの人々が愛用している。少女が身に着けていたものはよく手入れされていたが目を凝らしてみれば、ところどころに擦り傷やほつれが見られた。調子が悪くなればどこのギルドの支店でも無料で修理、交換を行ってくれるので、察するに、前に寄った支店からそれなりの距離と日数の旅路であると思われた。
「…全然大丈夫じゃないです。貴方方に好き勝手言われ、こころ、がそろそろ限界です。これらの治療のためのには温かいスープと、空腹に優しい食事が必要になります。なので、要求します。ぎぶみーごはん、おいしいの。」
「結局腹が減ってるだけかよ。こちとら蹴られ損だぜ。まぁ代わりに買ってくるくらいならいいけども。金は持ってるのか?」
クロノスの問いに少女は首を横に振る。無い、という意味なのだろう。ならば買ってくることはできないなと踵を返し、その場から離れようとしたが、それをヴェラザードがクロノスの前に立つ形で遮った。
「まぁまぁ、良いではないですか。ここには併設の食堂がありますから。ちょうどお昼時です。何か奢ってあげましょう。」
ヴェラザードの提案にクロノスは不本意であった。ギルドでの冒険者の紹介を利用したしたことが無かった彼は、手数料がいるのかもとそれなりに持ち込んではいたが、見込みのありそうな冒険者に奢ってあげるのならともかく、何が悲しくて見ず知らずの、そもそも冒険者かどうかも分からないこの少女に、大切なクランの資金を使ってやらねばいけないのか。ここで奢ったが最後、色々難癖を付けられ今後も奢り続ける羽目になるかもしれない。
「クロノスさんが先ほど自分で仰っていたいたではないですか。ミツユースは人情の都市であると。あなたがこの都市に着いたときは、いろいろよくしてもらっていたことを私はしっかり覚えています。今度はあなたが情けとなる番ですよ。」
ヴェラザードの意見に、クロノスは反論できなかった。実際、この都市の住人には訪れたばかりのころに大変世話になった。ならば自分もその時のようにこの見ず知らずの少女の助けになることで、初めてミツユースの民になれるのではないか?そのような考えが頭をよぎると、クロノスはやれやれ、とだけ言い、寝転がる少女を脇に抱え食堂まで歩き出すのであった。なおこの時偶然ではあるが脇の少女がずれ込み、支えようとしたクロノスの手が少女の胸を掴む形になってしまい、それを見たヴェラザードに白い目をされることになったのだが、幸いにして、「壁にのめり込む(またべんしょうさせられる)」ことにはならなかった。