第19話 冒険者、供に(新たな仲間を歓迎しましょう)
「申し訳ございません。受付登録ができません。」
ミツユースの冒険者ギルドの支店。広すぎる物流都市であるがゆえに3つある支店の中の1つ、大通り支店のその中。新人冒険者の登録やクエストの受付を行う専用の受付。その前に立つ一人の受付嬢が目の前の少女に謝罪の言葉を口にした。
少女の名はファリス。暗黒通りのとある組織で大幹部をしていた今は亡き男ファーレンの一人娘で、彼亡き後、浮浪児として厳しい社会の底辺を生き抜いた少女であった。社会の底辺で生きてきたがゆえに多少の不満は呑み込めると自負していたファリスであったが、目の前にいる受付嬢の言葉は容認できない物であった。
「どういうことだ。なぜ登録できない。」
受付嬢の言葉を聞いて不満の色を見せるファリス。その顔にはいくつもの怪我の手当ての痕があり、着ている衣服の、これから表の世界で生きていくのだからとナナミとヴェラザードが2時間かけてじっくり選んだ服装の下には、さらにおびただしい傷の跡が見えただろう。
昨日のデビルズと警備隊の衝突騒ぎの夜。クロノスは猫亭にファリスを連れてきた。そして夕食を終え暇つぶしにカード遊びに興じるナナミとヴェラザードは傷だらけの少女を見て「連れてくるだけでこんなに痛めつけたのか。」とか、「やっぱりセンスのない鬼畜外道なのですね。」などと、覚えのない罪の呪詛を吐かれて誤解を解くのに苦労した。傷の手当てを行いその日は猫亭にファリスを泊め、一晩開けた今日のこと。これからいろいろ入用だろうと午前中に幾らかの銀貨や銅貨を渡して、ナナミとヴェラザードと一緒に買い物をさせた。
それから合流し昼食を経たのち、このギルドで冒険者の登録をさせるために連れてきた。書類は文字の読み書きが不完全なファリスに代わりクロノスが代筆し、それを受け付けの嬢が一字一句たがえることなく丁寧に読み上げる。大陸全土で見ても文字の読み書きができない者はいまだに多く、冒険者の登録に来た者の中にも当然いる。かつて代筆で契約者に不利な条件を書き込む代理人が後を絶たなかったので、ギルドで取り決められた約束事だった。
「お前が読んだとおりの契約で何も問題ない。ファリス・スタートは冒険者登録を終えたのち速やかに「盗賊」」のクラスを習得。そしてそのまま代筆したクロノスがクランリーダーを勤める猫の手も借り亭に所属する。これに何か問題があるのか?」
そう言ってファリスはクロノスが代筆した文字が書かれた1枚の契約書。短気でせっかちで野蛮で荒くれ者が多い冒険者やその希望者にどうにかして書かせようと、ギルドが頭を抱えてなんとか重要な文面を残しつつ簡略化に成功したそれを、受付嬢の目の前でヒラヒラと振って見せた。粗雑な冒険者を相手にしているゆえ、自然と肝っ玉の太くなる受付嬢は所詮は子どものファリスの威圧を物ともせずに、冒険者登録ができないその理由を淡々と答えた。
「冒険者ギルドでは犯罪利用防止のため、冒険者ライセンスの所持者及び新規登録者に、偽名を決して認めておりません。既にこちらでは貴方の名前が、ファリス・スタートなるものではないと事実の確認が取れています。それ以外に書類に不備はございません。ですので、差支えなければどうかこの場で本名をご記入ください。問題はそれだけで解決します。」
受付嬢は淡々とした口調だったが、その言葉の一言一節に力強いものを感じさせた。しかしその理由は、ファリス・スタート改め、本名リリファ・フーリャンセにとって、受け入れがたい現実であったのだ。
実はリリファは冒険者が偽名を使えないことを既に知っていた。それは彼女がまだファーレンの娘として何不自由なく暮らしていた時のこと。屋敷にちょくちょく顔を出すとある一人の冒険者。彼の語るスリルに満ちた冒険の数々。本でしか読んだことの無いロマンに憧れ、リリファはある日、父親の目を盗みこっそり冒険者ギルドの支店に冒険者登録に行ったのだ。そこで暗黒通りの組織の大幹部である父親の姓を出せば一発で怪しまれる。子供心にそう考えたリリファはとっさに思い付いたファリスと言う名の偽名を使った。そして今回と同じように断られ、まさか本名を使うわけにもいかず、泣く泣く帰還したのだった。そしてこの時に偽名を認めないケチな冒険者ギルドと、同時に知ることになった自分の冒険者の階級の間違った知識。それらで冒険者と言う者に不快感はないが不安感がすっかりと生まれてしまったのだった。
「あらら、やっぱりな。諦めて本名を記入しろよ。自分の名前くらいは書けるんだろ?」
どうしたものかと立ち尽くすファリス、もといリリファに声をかけるのは、彼女がこれから所属する予定の猫の手も借り亭のクランリーダーを勤める男、クロノスだった。彼は受付近くのテーブルに備え付けられた椅子に座り、新たに買い換えた剣の具合を確認している。先代の剣は先日の宝剣コレクターグランティダスとの激しい戦いで砕かれ、その生涯に終わりを迎えた。前の物より刀身がやや長いとか、でも軽いから振りづらいとか、武器屋で適当に選んだ癖にいつまでもぐちぐちと文句を言いながら、クロノスはリリファに本名を書くように伝えた。
「ぐ…オレ、いや私はあのファーレンの娘だ。仮にも足を洗ったとはいえ裏組織の大幹部と同じ姓を名乗る人間が冒険者になることはギルドにとっても不安があるんじゃないのか?」
「いやいや、そんなの気にするほどギルドはビビりじゃないぞ。普段から大国や、自分の抱える高ランク冒険者のわがままを上手く流すギルドが、元とはいえ一つの都市の、裏組織の大幹部程度を恐れるわけがない。」
とっさに免罪符の言葉を思い付き、それを唱えるリリファだったが、それはクロノスの横で、なにやら大量の紙と闘う男に否定された。その男とは暗黒通りの監視員ジムである。
グランティダスの一件の後、気絶して目を覚まさぬデビルズの幹部達とゼルを屋敷の地下から運びだし、地上で屋敷を粉々に壊して暴れるライザック率いる警備兵に突きだしていたクロノスとリリファは、そこで騒ぎを聞きつけたジムに出会った。そしてクロノスは「あれほど暴れるなと念を押したのに!!許可を出した俺の立場はどうしてくれる!?」と八つ当たりにも近い説教をするジムにリリファの今後を伝えたのだ。リリファが足を洗い暗黒通りを出て行くと聞き、冒険者になることの不安もあったが、ジムは恩人の娘の門出を素直に祝った。そしてリリファが冒険者登録をするという今日。ジムは終わらぬ後始末の、その中の何とか持ち運べる大量の書類を抱えて、リリファの新たな始まりを見届けに来たのだった。
「大丈夫だ。リリファちゃんはかわいいから、素直に名乗っても、「なるほど確かにその通りだ。リリファチャンカワイイヤッター!!」ってみんな言ってくれる。」
リリファと言う名前。その意味を知る数少ない人物であるジムは、リリファに太鼓判を押し、そして彼女が怒りまかせに投げた受付の文鎮を頭部に受け、「やっぱファーレンさんの娘だわ。」と言ってそのまま夢の世界へと旅立った。ジムが気絶した後、彼の書類をひったくり、クロノスはいつものウサギとカエルのワルツを書き込んでいく。そしてようやくできた満足なものを手でくしゃくしゃに丸めると、それを眠るジムの口に詰め込んだ。
「うわぁ…でっかいウサギが…でっかいカエルが…襲って…うあ、なんということだ。ウサギが一匹、バニー姿のリリファちゃんになったぞ…リリファチャンカワイイヤッター!!」
今度は自分が座る椅子を投げつけジムに止めを刺すリリファだったが、いよいよ決心したのか震える手でペンを持ち、書類に書かれたファリス・スタートの名前に二重線を刻む。長年使ってきた偽名とは決別できた。次はここに己の真の名を刻む番だと。
「くっ…これで、いいか…?」
震える手でミミズがのさばったような字で、リリファは書類になんとか本名のリリファ・フーリャンセと書けた。おそらくギルドの情報網ですでに本名を知っていたのだろう。受付嬢は満足気に微笑むと、念のためと書類をもう一度確認し、それを奥にいた他の職員へ受け渡した。どうやらついにリリファは冒険者となれたらしい。その光景を横で見守っていたナナミとヴェラザードは実の妹の成長であるかのように喜ぶと、ほっとしていたリリファを二人で強く抱きしめた。
「リリファちゃんおめでとう!!これで今日から私たちは仲間だね!!これから一緒に頑張ろう!!」
「うう…年のせいか涙もろくて…はっ、私はまだ若いです。イケイケです!!みなさーん、イケイケで若いギルド職員ヴェラザードはここですよー!!」
自分で自分の地雷を踏みつけ、支店にいた冒険者たちの注目を一身に集めるヴェラザード。何をしているんだとクロノスは呆れて己の専属担当員を見るが、しかし彼女の顔はしてやったりという表情だった。どうやら自分をダシにリリファに注目を集めたかったらしい。
「ねぇねぇ、何の騒ぎ?あれってヴェラザード嬢でしょ。ほら、もう若くないからって受付嬢を外されてS級冒険者にあてがわれたっていう…」
「確かにそうだけど、命が惜しければすぐに謝ったほうがいいと思う。メッチャ睨まれてるよ。微笑んでいるだけに見えるけど、背後の殺気は隠せていない。」
「それよりもあの新たに冒険者になる少女。どうやらクロノスの作ったというクランに収まるらしい。見どころがありそうだから声を掛けようと思ったのだがな。」
「うわ、ロリコン侍キモいにゃ。あっち行けにゃ。」
「なんだと、あどけない少年をパーティに勧誘してばっかりのショタコン猫に言われたくないわ!!」
「にゃんだと!?表に出ろにゃ。ケツに干し魚挿してワンワン泣かせてやるにゃ。」
「上等。返り討ちにしてやる。」
「おいおい、喧嘩してる場合か…これだからショタコン猫とロリコン犬は…って、痛!!誰だ今石投げたの!?」
「14のあどけない少女を嫁にしたマジもんの変態に言われたくないッス。」
「なんだと!?俺とフウリは愛の逃避行の果てに…痛い!!誰だ、背中に画びょうを刺した奴は!!服越しでもそれはやっちゃダメだろ…!!」
なにやらホール中の冒険者たちの注目を集めてしまったらしいリリファ達。それを見ていたジムの書類を折り曲げ見事なウサギを作っていたクロノスは、ニヤニヤとしてリリファに提案する。
「なんか目立ってしまったみたいだから、顔見せも兼ねて自己紹介でもしたらどうだ。この騒がしいホール内じゃ、さっきの会話なんて聞こえなかっただろうし。」
クロノスはリリファにそう言い、完成したウサギをどうみても子供にしか見えない小さな女の子の冒険者に渡し、自分もほしいと催促するその姉と思われる冒険者のために二匹目を作り始める。リリファは気づいていた。クロノスの言った言葉。それは提案などではなく、命令であると。彼の赤く燃える眼は暗に語っていた。もしやらないのなら注目を集めたこの中で、リリファの名の意味を暴露すると。
「(やるしかないのか。大丈夫だ。どうせこの名の意味を知るものなど、ほとんどいない。)」
新たな旅立ちだ。後残りが無いようにしよう。リリファは決意を顕に息を大きく吸い込む。
「今日付けで冒険者になったリリファ・フーリャンセだ!!クラスは「盗賊」。これからすぐに猫の手も借り亭に所属するつもりだが、クエストで一緒になることもあるだろう。どうかよろしく頼みたい!!」
ホールに響き渡る大きな声で決意表明したリリファ。その言葉に迷いはなく、なるほどこれは近い将来に大物になるだろうとそれを聞いていた冒険者たちは、リリファへの歓迎を兼ねた拍手をしようとするが、それは行われることはなかった。冒険者の一団の中の治癒士の若い男と頭から猫耳を生やした獣人の魔術師(ソーサラ―)が、突然爆笑し始めたからだ。
「おいおい、どうしたんだよ?せっかくのリリファちゃんへの歓迎を爆笑で台無しにしやがって。なにがそんなに面白いんだ?」
「だって、リリファって、古代語の…ブッ、あっはっはっはっは!!駄目だ、ツボに入った。ゴメン!!人の名前を笑っちゃいけないのは十分承知だけど…これはダメだ!!」
「にゃにゃにゃにゃ…!!これは魔術師仲間に伝えてやらにゃあ!!新人冒険者リリファをどうかよろしくってにゃあ…!!」
爆笑する二人の冒険者をリリファは冷酷に眺めていた。そして腰に下げた短剣の抜刀をする。あいつらはこの名の意味を知っている。消さねばと。
「死ねやうらああああああ!!」
「にゃっ!!「キャット・バリアー」にゃ!!」
勢いよく飛びかかったリリファだったが、その斬撃は猫耳の魔術師が放った魔術の障壁によって跳ね返される。リリファは未だにゲラゲラ笑う二人の冒険者に再び斬りかかり、彼らはそれを迎え撃つべくそれぞれの獲物を構えた。ギルド支店内の暴力はご法度である。沙汰が起きた時、周りの冒険者にはそれを止める義務があるのだが、それを見ていた冒険者たちはというと…
「喧嘩だ喧嘩だ。もっとやれ。」「これは威勢の良い冒険者だ。きっと将来大物になるぞ。」「2対1とは卑怯な…加勢してやるぞ小娘。」「まーたロリコン犬の悪い癖が始まった…痛い!?今度は足を踏まれたぞ!!」「先輩に言われたくねえってみんな思ってるッスよ。」「でも後衛二人と前衛二人じゃ不釣り合いじゃない?なら私は向こうに加わろうっと。」「なら俺は嬢ちゃんのほうだ!!治癒士のムカつく顔をオブジェにしてやるぜ!!」「…これは、儲けのにおい!!」「野郎共!!賭けの準備はオーケーか!?ポケットから小銭を出せ!!」「オッズはどうする?やはり期待のルーキーの方が高いのか?」「でもリリファっちの方。大分ベテランも付いてない?ていうかあれ確か…」「ウワハハハハ!!儂は第三勢力になるぞ!!双方弱ったところを一網打尽じゃあ!!」「卑怯な!!まずはみんなであっちを倒すぞ!!」
冒険者達は騒動をとめるどころか、俺も混ぜろと渦中へと次々飛び込んでいく。リリファにつく者。二人の後衛職につく者。何故か第三勢力を創り出す者。賭けの集金を始める者。冒険者たちの行動は好き勝手さまざまであったが、共通して言えることが一つあった。それは面白くなりそうなこの騒ぎを、止める気は全くないと言うこと。
「おい、あっちの方…冒険者たちが争っているようだが、止めなくていいのかね?」
「問題ありません。いつものことですから。さて、クエスト内容の確認でございますが…」
いつの間にかホールの冒険者のほとんどを巻き込み膨れ上がった騒動に、クエストの発注を依頼に来た者達が驚き、ギルド職員に声を掛けた。それをギルドの職員はよそで吹く風と目もくれずに忠実に自分の仕事をこなしていく。
「新人歓迎とはいえ少々やりすぎかしら。みなさーん、お願いします。」
さすがに騒動に限界を感じたのか、一人の受付嬢が、奥の方にいる職員たちを呼びかけた。そしてその職員たちが声を聞きのそりと立ち上がると、関係者以外立ち入り禁止と看板が置かれた通路からホールへと姿を現す。
「討ち取ったりぃ!!次はどいつ…って、やばい!!ハロンのママとその下僕だ!!みんな逃げろ!!修理させられる!!」
騒動で火が点きホールの端の方で殴り合いの喧嘩をしていた冒険者の男が、奥から現れた職員の姿を見つけ騒ぎの中心に警告を呼びかけるが、どうやら全く聞こえて無いらしい。仕方なしにともう一度警告を発しようとしたが、そこで男は自分が壁にめり込んでいることに気付いた。そして男を投げ飛ばした、他より少々大柄な中年の女性のギルド職員が、他の職員に呼びかけた。
「全職員!!対冒険者鎮圧術技準備!!それぞれ目標に迎え!!各々が修理させたい所まで吹っ飛ばせ!!」
大柄な職員の指示で、他の職員が次々と標的を定め、とあるS級冒険者専属職員直伝の、鎮圧術を繰り出していく。ある者は壁に。ある者は床に。ある者は天井に。ある者はテーブルに。またある者は…なぜかトイレの方まで連れて行かれ、そこの便器に叩きつけられる。そしてその職員は粉々に粉砕された便器の上に気絶した冒険者を落とし、トイレを出て次の目標へ狙いを定めるのだった。
「さぁて、この支店もだいぶ傷んでできたからね…雨漏りする天井。ネズミが穴を空けた壁。ささくれが飛び出したテーブルに、割れて水漏れする便器。どんどん修理してもらうからね…!!」
そうつぶやいたハロルと言う名の職員は、自分も騒動の中心にいた猫耳の魔術師を捕まえた。「離してくれにゃあ!!修理したくないにゃあ!!」と叫び許しを請う冒険者を、ギルドの奥の物置へと運ぶのだった。もっと捕まえねば。「修理」させたい所はいくらでもあると。
「まったく、騒がしいのが大好きな奴らだな。だがこれでギルド内鎮圧時破損建築物修理費用基金協会の必要性が少しはわかるだろうさ。」
「案の定あなたの仕業でしたか。他の冒険者に変なことを吹き込まないでください。」
騒ぎから離れた所にいたのは、あいかわらずジムの書類に悪戯をするクロノスと、ジムが喧嘩に巻き込まれないように端へと寄せ、ついでとばかりに彼のペンのインクで幸せな夢を見るジムの顔に落書きをするヴェラザードの二人。
「ああ。そう言えばですけど、ファーレン氏の隠し財宝。ギルドのお抱えの腕利きが鑑定をしましたが…」
「結果はどうせ分かってるよ。芸術品は全部偽物。金貨やインゴットに関しても錬金術を使って似た比重の金属を無理やり練り込んだんだろう?」
「お詳しいですね。その通りの鑑定結果が出ました。ちなみに金貨は特にひどく、一枚当たりの純粋な金の量は全体の一割ほどしかありませんでした。金だけ取り出すのにもお金がかかりますし、全部やったら赤字どころか大赤字ですね。」
ヴェラザードの報告にやはりなと呟き、満足したクロノス。
「ファーレンさんは世のため人のためと、金遣いが荒い人だったからな。あんな量の資産を手元に残すはずが無いし、多分組織の汚い部分だと言うのはなんとなく気づいていた。ずっと処分しなかったのは、処分方法が思いつかなかったんだろう。専門の業者にまかせてもそいつらが片付けるふりをして盗み出せば、世の中にこの粗雑な金貨や芸術品が出回らないとも限らないしな。」
財宝の中では、芸術品だけは素晴らしい作りだった。おそらくは本物とすり替えても早々気付かれない。そもそもあれらは本物とすり替えるために作ったんじゃないだろうか。
「処分についてはギルドにお任せを。それと、破壊されたという宝剣の話なのですが…」
ヴェラザードが話を続けようとしたところで彼女の方向にナイフが飛んできたので、クロノスはそれを叩き落とした。おそらく冒険者の誰かが誰かを狙って投げたのが流れてきたのだろう。
「まったく、ヴェラは冒険者じゃねーんだから手荒な真似を…ん、これリリファのじゃん。あいつ、得物も無しにどうやって戦う…」
ナイフの持ち主に当たりを付けて騒動の中心で未だ闘い続けるリリファを見れば、彼女の突き上げた拳の中には、刀身を赤く光らせる一刀のナイフのような小さな短剣が握られていた。その輝きは今は亡き宝剣イノセンティウスのものと瓜二つで、それを共に見ていたヴェラザードはクロノスへ視線を移す。
「あれれ?おっかしいですねー。宝剣イノセンティウスは壊れて、その破片は冒険者ギルドにクロノスさんが納めてくれたはずなんですけどねー。そういえば職員から宝剣の刀身にあたる部分の破片が足りないと報告を受けているんですよねー。クロノスさん何か知りません?」
「…部屋が暗くて見落としていたのかも?」
「恍けなくて結構です。あれ、イノセンティウスですよね?」
「正確にはイノセンティウスの一部だった物だ。」
そう答えたクロノスは、今日の午前中のことを思い出した。
「やぁ、君が僕の所へ訪ねてくるなんて珍しいじゃないか。明日は雨どころか、雪でも降るんじゃないか?いや、今日の午後にでも降ってきそうだ。」
クロノスは買い物をするリリファ一行と別れ、ミツユースにあるとある錬金術士の自宅兼研究室を訪ねていた。
「なにこれ?…へぇ、魔鉱石アーカネイトでできた剣とはすばらしいね。剣に関しては素人な僕だけど、これは間違いなくかなりの業物だと見るね。それも宝剣に匹敵する…え?これが宝剣?イノセンティウス?…ハハハハ、冗談はよしてくれよ。イノセンティウスなんて宝剣の名前聞いたこともないし、だいいち宝剣が簡単に砕けてたまるか。」
クロノスが話す内容を冗談だと飛ばし、錬金術士の女は壊れた剣の鑑定を進める。
「直せないかって?おいおい、いくら天才錬金術士の僕にだって古代文明の技術はどうにもできないよ。そもそもアーカネイトというのは魔鉱石の中でも特に扱いが難しい鉱石でね。一度成型してしまうと性質が固定されてしまって、砕いて溶かして再利用ということが現代ではできないんだ。いわゆるロストテクノロジーってやつだね。世のマーケットに出回っているアーカネイトの原石は、古代遺跡やダンジョンから出たアーカネイトの成型済みのインゴットや武器の欠片をそのまま売っている物なんだ。それから何か作る時はそれを削って使わなきゃだから、どうしても元より小さなものにしかならない。だから残念だけどこれから同じ大きさの剣を作ることは…え?欠片の中から、小さい刃を作れないかって?…それなら多分できる。その辺の素人に毛が生えた程度の錬金術士モドキでは到底無理だけど、君の目の前にいるのは誰だ?そう、僕だ!!アーカネイトを加工するのは初めてだけど、やってやろうじゃないか。そうだね…この特に大きいのを貰おうか。この欠片ならそうだな…ナイフくらいは作れるんじゃないか?戦闘に使いたいなら短剣にもできるよ。まぁ三時間もしたら戻っておいでよ。錬金術なんか釜に材料を混ぜ込んでぐーるぐるで終わるんだから。元の剣の性質も持ったまま、きっと素晴らしい物が出来上がるよ。ま、お礼は材料代と僕の労働費と…君との熱い一夜で手を打つよ。…ホント?楽しみにしているよ。」
錬金術士と約束を取り付け、買い物を終え合流したリリファ達と昼食を取った後、ギルドに向かう間に寄り道して、見事に生まれ変わった宝剣改め短剣イノセンティウスをリリファに渡した。渡されたリリファは大変驚いていたが、この剣に誓いきっと素晴らしい冒険者になると決意したのだった。回想終わり。
「なるほど。リリファちゃんに私たちが買ってあげた物とは別の短剣を渡していると思ったらそういう訳だったのですか。錬金術士との約束は何やら引っかかりますが、まぁ聞かなかったことにしましょう。」
「手厳しいね。それより勝手に宝剣を改造してリリファに渡したことだけど…」
「別にいいのではないですか?宝剣がファーレン氏所有であったのならその娘であるリリファちゃんが受け継ぐのは当然ですし。…見る限り宝剣との相性もバッチリみたいですしね。何もしなければどうせただの鉄クズですから。最も、宝剣を壊して別の形に変えるなど、有史の記録上なかったことだと思いますが…」
「よかった。リリファには入団祝に業物をやると約束したからな。あれが君に没収されたら、またどこからか宝剣レベルの代物を見つけてこないとだったんだ。」
クロノスとヴェラザードはもう一度リリファの方を見る。リリファはと言うと、背中から赤い結晶でできた羽を伸ばし、ビュンビュン飛び回って短剣の切っ先から赤いビームを出して冒険者達を圧倒していた。その光景に誰か不審に思うだろうとクロノスが周囲を観察すれば冒険者も職員も誰も気にする様子はない。どうやらリリファの味方についた魔術師の誰かが付与魔術でも使ったかと思っているようだった。
「あ、それともう一件。クロノスさんが討伐した三人ですが、たぶんまずいことになっていますよ?」
「何か問題あったのか?グランティダスとデンテンスは殺してしまったけど、三人ともデッドオアアライブ。生死問わずの手配だったはずだぜ?」
クロノスは自分が倒した三人の手配書を記憶の中から引きずり出す。なおクロノスは同時刻に死体となって発見された火吹きのヴァロイのことは知らない。
「違いますよ。宝剣コレクターのグランティダスはアライブオンリー。生きていること限定です。」
そう言ってヴェラザードはどこから持ってきたのかグランティダスの手配書を、テーブルの上に広げて見せた。そして懸賞金のところを凝視すると確かに「アライブオンリー、生存限定ってことだからな?殺すなよ?絶対にだぞ?」と書かれていたのが確認できた。死亡時の懸賞金は0と記載されており、これではグランティダスの討伐報酬は期待できないだろう。一度見た手配書は忘れないと普段豪語するが肝心なところを見落とす男。それがクロノスである。
「そうだった?ま、懸賞金がもらえないのは残念だけど、金なんかいくらでもあるからそんなに要らないし…」
「そうではなく、グランティダスを生かさなければいけない理由です。彼が所有していたと推測できる実に21本の宝剣…クロノスさんはこの隠し場所を知っているのですか?」
「…あ!!そういえば忘れていた…」
クロノスの答えにヴェラザードは呆れ混じりにため息をつく。
「こういう人が出ないようにわざわざ死亡時の受取金を0にしていたというのに、これはギルドの上告会議で手配書のデザインを変えてもらうべきでしょうか…とにかく、これだけの失態。ギルド本部が黙っていませんよ。多分来週にでも本部の人間が誰か来ます。ペナルティの「無報酬」クエストの一つや二つ。どうか御覚悟を。」
ヴェラザードの非情な宣告にクロノスは紙とペンを投げ捨てた。もうどうでもいい。すべてを投げ出してこの思いを発散したい。
「うわあああん!!クロノスさん!!やられちゃったぁ!!」
クロノスの元へ走ってきたのは、いつのまにやら騒動の中に面白そうだと突っ込んでいったナナミだった。頭に大きなたんこぶを作り泣きわめくナナミを見て、なるほどこれは大義を得たりと、クロノスはナナミを肩車して大騒ぎの中へ突撃する。
「いくぞ!!敵討ちじゃあああ!!まずはいつも俺たちに修理させるギルド職員を倒すぜ!!」
「わーい!!ぶっ飛ばせー!!」
それを見たヴェラザードはS級冒険者とあろうものが何をやっているのかと、本日何回目かもわからないため息を、息を大きく貯めに貯めて。最後に一回吐きだすのだった。
猫の手も借り亭 団員数――3人
猫の手も借り亭団員
クロノス (剣士)
ナナミ (魔術師)
リリファ (盗賊)
??? (治癒士)
??? (戦士)