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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第18話 冒険者、供に(食べ残しを片付けましょう)

 デビルズと警備隊の大規模な衝突があった日の満月の輝く真夜中の事。ミツユースと他の都市を繋ぐ街道。そこに1台の馬車が走っていた。馬車は馬二頭が引くほどの大きさで客車には窓が無く、御車の席からも入ることはできない。扉も片側に1枚だけであった。それを並走する馬に乗った兵士と、前と後ろを走る兵士の4組の馬と人。殆ど密閉された客車に、中にいる人間には少し息苦しいかと思われるが、あいにくと中の人間に配慮する必要は全くない。この馬車は罪人を護送するための護送車だったからだった。


 客車の中には10代半ばの少年が1人。その顔は見るも無残に焼け爛れており、どんなひどい目にあったのか。はたから見ても容易に窺えた。客車の中の少年は、デビルズの幹部ローヴァ。もとい、元火吹きのヴァロイであった。

 

 騒動の折クロノスに負けたローヴァは警備兵に縛り上げられ、警備兵の詰め所の地下にある牢獄に収容されていた。ローヴァはデビルズの幹部格と言うことであり、他の浮浪児とは房を分けられ、独房に一人入れられていた。ローヴァの悪事は隠し立てできないほどに多岐に渡り、後は拷問紛いの聴取を行い数日後の裁判で沙汰を待つだけだったが、ローヴァを引き取るという話が出た。何事かと囚人を預かる隊長格が訪問してきた人物に面会をすると、それは冒険者ギルドの交渉官であった。曰く、「ローヴァはギルドが長年追ってきた複数の事件の容疑者である。冒険者ギルドの本部がある冒険都市チャルジレンに運ぶので、ミツユースとギルドの盟約に従い彼の身柄をこちらに引き渡してほしい。」と。せっかく捕まえた危険人物だ。何かの拍子に逃げられでもしたらたまらないと最初は断ろうとした警備隊長だったが、交渉官が提示したのはギルドが各国と締結している犯罪者の引き渡し条約だ。下手に断れば己の首が飛ぶ。それにローヴァは少年とはいえ、デビルズの幹部として数多の悪事を主導、加担していた。裁判の沙汰次第だが、極刑を免れることは難しく、ギルド側も護送中にトラブルがあれば即殺害すると交渉官が約束してくれたので、素直に彼を引き渡すことにしたのだった。


 そんなわけで護送車のなかにいるローヴァ。彼は大人しくするふりをして、逃走のチャンスを覗っていた。


「(グランティダスさんは死んだ…!!なら恩返しはもう終わりだよん!!これからは好きに生きさせてもらうねん。)」


 元は火吹きのヴァロイだった少年ローヴァは爛れた顔を手でさすり、これからのことを考えていた。護送車に乗る前に聞いた話だと、デビルズは幹部級はじめ下っ端に至るまでがほぼ全員拘束。頭のステューデンも抵抗を試みて死亡したそうだ。その騒動に浮浪児のダグと言う少年が巻き込まれ犠牲になったと聞かされた時は、もう何年も直接顔を合わせていない恩人の死に大変驚いた。頭を務めていたステューデンはともかく、無関係の浮浪児を演じていたあのグランティダスまで死ぬとは。


「ステューデン…デンテンスも死んだ今、時計迷宮の秘密を知るのは僕だけだ。あの二人には悪いけど、死んでもらってラッキーだったなん♪」


 ご機嫌になりながら冥府へと旅立った恩人と、長い間一緒に作戦を進めてきたもはや親友と呼べる男にローヴァは深く祈り、そして二人のことを忘れることにした。所詮は利害の一致で組んでいたに過ぎない。お尋ね者の親愛の情など、所詮はこの程度である。


「それにしても気になるのは…僕をあっさり倒したあの男…」


 二人の事を忘れたローヴァが次に考えたのは、自分が捕まる原因になった男の事。自らクロノスと名乗っていた人物の事だった。


「恐ろしい男だった。たぶん僕は何かの気まぐれで生かされたんだろう。二人を殺したのも間違いなくあいつだ。」


 クロノスが名乗った直後は彼の正体を知らなかったローヴァだったが、捕まって独房に入れられていた間、ずっと奴のことを考えていた。そして思い出した。時計迷宮に籠るよりもずっと前。もう十年も会っていない同じお尋ね者の腐れ縁の言葉を…


「いいか?赤い目の終止符打ちには絶対に会うな。会ったら俺もお前も殺される。」


 裏の世界のお尋ね者たちの間で「まこと」しやかに語られる一つの噂。それはギルドの寡黙な犬と恐れられた一人の冒険者。罪深きお尋ね者の前にふらりと現れ、颯爽と殺していく。そしてそいつの臭いから、関わった他のお尋ね者を嗅ぎ取って連鎖的に殺していく。その話を聞いた時は、酒も入っていたし、単なるホラ話であると思ったが、今ならばわかる。だからこそ否定したい。あいつは違ったと。


「確かに赤い目をしていたけど、クロノスとかいう奴は随分とおしゃべりだった。それにあの噂だって会ったら死ぬから会うなというのは、少しおかしい。」


 人との縁は複雑怪奇邂逅相遇なのだ。会いたい者に会えないことはあっても、会いたくない者に会うことを防ぐことはできない。それじゃあまるで…


「絶対に防ぐ方法などが無い。まるで、死そのものじゃないか…」


 ポツリと呟いたローヴァは、すぐにハッとし周りを確認する。窓一つない馬車では外の様子は覗えないが、外の見張りの連中は車内に不審な動きがあれば、すぐに兵士が扉を開けて確認するのだ。自分は何かあれば即殺害を許可されている身。いちいち目を付けられていたら逃げることなど到底できない。


「(今はあいつのことも忘れよう。あいつは恐ろしい奴だったが、遠くへ逃げれば追っては来ないはずだ。そしてこれからのことを考えるんだ。そう、僕は時計迷宮へ行く。そしてもう一度時を巻き戻して、今度こそこの醜い顔を治すんだ。)」


 ローヴァは火吹きのヴァロイのころからある、焼けて爛れた顔をもう一度撫でた。


 ローヴァの顔の傷は彼がヴァロイの時に幼き頃を少し抜けたころ、齢8つのときに火事に巻き込まれできたものだ。この顔のせいで暮らしていた村の村人からは迫害されていつも寂しい思いをしてきた。16の頃に吹っ切れて、偶然手に入れた火の魔石と、これまた偶然開花した火の魔術の才能を使って村の全てを燃やしたその日から、彼の火吹きのヴァロイとしての人生が始まった。村から村へ、街から街へ。自分の顔を嘲り笑う者。自分の悲しみなど知らぬ幸せな生活を営む者。そんな者達を標的に、家や人を憎しみの炎で焼き続けた。


 そんな人生を20年近く続けた頃、ある仕事で疑いを晴らし切れず、ギルドの賞金首狩りの追っ手から逃げていた時のこと。偶然立ち寄ったアスカの地にあった立ち入り禁止のダンジョンの時計迷宮。ヴァロイはそこに命を懸けて飛び込んだ。そして彼は迷宮の奥地でモンスターに命を奪われかけた。ここまでかと思ったその時、彼は恩人であるグランティダスと、後に親友となるデンテンスに出会ったのだ。そして留まった時間だけ肉体の時間が巻き戻るという、時計迷宮に隠された秘密を知った。


 どんどん若返っていく体に付き合って2年が経ったある日のこと。恩人で共に時計迷宮で暮らす、出会ったときは30代の中年だったが今は少年の姿となったグランティダスが突然の思い付きをした。そしてそのために迷宮を抜け出すと言ったグランティダスにヴァロイは懇願した。せめてあと1年。いや、10か月待ってくれと。あと10か月。それだけあれば8歳より前に若返り、元の顔に戻ることができる。そう願ったヴァロイだったが、その願いは叶うことは無かった。同じく若返り続けるデンテンスが、これ以上恐ろしいこの迷宮には居たくはないと言ったのだ。無理もなかった。元は自分と同じくらいの年齢で1年早く迷宮に入り込んだらしいデンテンスは、すでにその身は少年を過ぎ、幼児と言えるかどうかというところまで巻き戻っていた。これ以上巻き戻ったらどうなるのか?それに幼児の姿ではモンスターと戦うこともできない。結局、新たな宝剣への情熱を諦めきれないグランティダスのこともあり、ヴァロイは彼らと共に時計迷宮を抜け出した。グランティダスには命を救ってもらいこの迷宮の秘密を教えてもらった恩があったし、仮に一人で残ったところで、宝剣を持たないヴァロイでは、あの凶悪なモンスターが蔓延る迷宮に一人で生き延びることは到底できないであろう。


「(だけどもう恩人も親友もいない。これからは僕の時代だよん。)」


 今はローヴァとなったこの少年には、かつて無かった勝算があった。デビルズの幹部としての2年間。毎日のようにあった暴力と悪事の連続は、彼に肉体の切磋を忘れさせなかった。2年間で鍛え上げられた肉体は、かつてヴァロイであった頃の太めな体だった10代半ばと比べても驚くほどに良く鍛えられていたし、ヴァロイ時代に縁のなかった武器の取り扱いも今では完璧にできるようになっていた。


「(宝剣はないけど、僕にはこの鍛え上げられた体と、ヴァロイの頃からの魔法の才能がある。時計迷宮から出て2年経ったけど、それでも肉体はまだ10代半ばと少し。僕が火傷を負った8歳のころまで1年居れば十分戻れる!!)」


 たったの1年間だけ。それだけなら今の自分になら可能だ。そして時を戻して、少年ローヴァとして今までの罪も穢れも失って新たな人生を謳歌するのだ。


 とらぬ狸の皮算用をするローヴァであったが、そこで自分の乗る馬車が停止していることに気付いた。


「(なんだ…?護送兵が休憩でも始めたのか?)」


 頭に答えを導き出すローヴァだったが、すぐにそれを否定する。この馬車に乗っているのは自分と言う凶悪事件の最重要容疑者。ギルドが自分を見せしめに処刑したい各国との交渉に使う大切なカードだ。何かのトラブルに合わない限り、いや合わないようにするために最速で冒険都市へと送られるはずだ。


 ならば馬車の故障かと新たな答えを模索するローヴァだったが、やがて扉の外側からかちりと音がしたのを聞いた。そして何気なく扉の取っ手に鎖で繋がれた手を掛けると扉は簡単に開いてしまったのだ。


「どういうことだ?護送車は鍵が外れても外からしか開けられないはず…」


 ゆっくりと扉を開けて周囲の確認をするローヴァ。見るとそこらに護送の屈強な兵士が四人。ぐうぐうと寝息を立てて倒れていた。その光景にまさか夢かと自分の頬を抓ってみればその痛みにここが現実であると理解できた。


「どういうことかわからないけど、これはチャンスだねん♪」


 千載一遇のチャンスを得たり。ローヴァはこれを天国へ旅立った二人の選別であると受け取り、先ほどまで忘れることにした二人に感謝した。もちろんそんなことはありえないし、大罪を重ねた二人が天国へ行けるはずはないのだが。


「馬だ。馬は眠っていない。こいつに乗って逃げるんだぞ。」


 そう自分に言いきかせたローヴァは、主を心配している特に立派な馬に目をつけ、それを奪おうとしたが、そこである事に気が付いたのである。


「なん、だ…?体が…動かない…?」


 ローヴァを襲った異変。それは己の鍛え上げられた肉体が主の命をピクリとも聞かなかったのである。どうしたものかと体に念じ続けるローヴァであったが、そのうちに体が動き出した。


「よし。馬を…って、どっちへ行くんだ!?」


 動き出した体はローヴァの命を聞かずに馬とは反対の方へ、ずかずかと歩いていく。どこへ行くのかとローヴァは自らのつま先のさらに先を、体の中で唯一動かせる目を使って追った。


「ここは…森林…?」


 ローヴァの足が向かうのはミツユースのすぐ近隣にある森林だった。浅く明るく凶悪なモンスターもいないのでピクニックには最適だと住人が謳う森林の奥地へと、ローヴァは脚を進めていった。どこへ行くのかは、体の持ち主であるローヴァ本人にもわからなかった。




 ローヴァが森に入り込み、半刻が経っただろうか。流石に不安定な足場を歩き続ける脚に疲れを覚えるローヴァだったが、森の中の開けた草原。その中央にある大きな木を伐採した後の切り株の前で、ローヴァの脚はついに止まったのである。


「ここは…?」


 脚は止まったがいまだ体を動かせないローヴァ。眼球を動かせる範囲で周囲を確かめるが、ふと目をやった大きな木の切り株の上。そこに一人の女が立っていた。


「(誰だッ…!?声が!?)」


 眼前の女に誰何を掛けようとしたローヴァだったが、そこで彼はついに声まで出なくなっていることに気付いた。そして件の行いがこの女にあると決めつける。


「(何をしている…!!早く僕を解放しろ!!僕は火吹きのヴァロイで、デビルズの幹部ローヴァだぞ!?お前なんかイチコロだよん!!)」


 声にならない叫びを…いや、実際に声は出ていない叫びをあげて、ローヴァは目の前の女に開放の要求をする。それに気づいたのか女がこちらを見た。その時、明るかった満月の夜空を一面に曇り雲が覆う。そしてローヴァは見た。目の前にいる得体のしれない女。そいつの黄色い目が、暗い森の中。美しく、そして不気味に輝くのを。


「(な、何を…)」


 女の瞳に魅了され、いつしか目まで動かせなくなっていたローヴァ。それをしばらく虚ろ視線で眺めていた女は意を決したようにローヴァに近づいていく。


「…エヘ…エヘヘ…終止符打ちの食べ残し…しっかり、はっきり、咀嚼して…じっくり、ぱっくり、味わおう…」


 何やらよくわからない言葉を浮かべクスクスと笑う女。ローヴァはそれを既に瞬きすら許されなくなった目で見て、もはや思考のみとなった己で悟った。自分はここで死ぬと。それも楽には死ねないと。


「…まだまだ夜は長い…楽しもう…!!」


 真夜中の満月を雲が覆う暗闇で、火吹きのヴァロイから少年ローヴァへと数奇な運命を辿った男は、悪魔の贄に捧げられた。それを見ていたのはいつの間にか顔をのぞかせた満月だけだった。




 翌日のこと。目覚めた護送兵のローヴァ逃走の報せを受け、ミツユースの警備兵とギルドの冒険者との合同の捜索が行われた。太陽が真上に近づく昼飯時の手前に都市近くの森林の中。そこの開けた草原の中央の大きな木の切り株の上で、ローヴァは死体となって発見された。死体は私はローヴァだと言わんばかりに爛れた頭部と手を残し、それ以外は指の先ほどの肉片となって散っていた。変わり果てた少年の姿に、昼飯を食う前に見つかってよかったと兵士と冒険者達が胃の中に残ったわずかな朝食を嘔吐する。死体を見て唯一嘔吐しなかった冒険都市から派遣された交渉官は、この替えのきかない悪事に記憶の中から犯人の当たりを付けると、この事実を己が報せるべく、馬に飛び乗り冒険都市へと走らせた。


 走る馬の上で手綱を握る交渉官は、無残な死体を思い出す。死体は一晩中野原にさらされていたのに、不思議と野犬やモンスターに荒らされておらず、蝿の一匹も「たか」っていなかった…



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