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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第162話 迷宮都市編短編(老齢幹部の報告)



 クロノス達がミツユースへと帰還し、その他のS級冒険者も各々迷宮都市を去っていった。それから数日の時が経った。


 ここは冒険都市と呼ばれる街チャルジレンにある冒険者ギルドの本部、その建物の中の廊下の一本だ。30代半ばの女性職員を伴い、一人の老人がてくてくと歩いていた。



「やれやれ…すこしばかり長丁場になってしまったが、無事片付いてなによりじゃ。」

「ですね。向こうもそのうち落ち着きを見せることでしょう。」


 老人は大きな声でつぶやいて自らの肩をとんとんと叩く。同伴者に言っているわけではなかったが、それでも女性職員はそれに頷き返していた。


 この老人の名はガルンド・シロイツ。見かけは腰が少し曲がっていて、庭で揺れる椅子に腰かけて日なたぼっこをしているのが似合いそうなよぼよぼのお爺ちゃんだが、その実は元S級冒険者「ハイドラゴンバスター」の二つ名を持つ身にして、現在は冒険者ギルドの本部で幹部の一人を務めている男である。今でこそ現役の頃の力は残っていないと自称するがその影響力は冒険者業界でも絶大で、冒険者の頂点たるS級冒険者達がギルドに大人しく従っているのも、実はガルンドを恐れているからという噂さえある。


 彼はつい先日までダンジョンからエリクシールが発見された迷宮都市に大量に押し寄せた挑戦者で頻発するトラブルに対処するため、そちらへ赴き現場指揮などの仕事をしていたのだが、その騒ぎもひと段落したので残りは部下と現地の職員へ任せ本部へ帰還したのだ。実際のところはまだまだダンジョン探索のブームは過ぎ去っておらず現場は対応に追われているのだが、冒険者ギルドの一幹部として忙しい自分はいつまでも本部を留守にするわけにもいかないのだ。隣にいる女性職員だってできれば現地でもう少し働いてもらいたかったが、彼女まで置いていくと今度は自分がこちらでやる報告書やら手続きやら何やらを手伝ってくれる人間が足りなくなってしまう。どんなに優秀な人間でも同時にふたつの場所に存在できないのはこの世の難儀なところであるなと、どうにもならない理不尽を静かに受け入れるガルンドだった。


「ああ…肩と腰がすっかりくたびれてしまったの。だんだんと年には抗えなくなってくるのう…じゃが収穫は大きかった。シヴァルの奴がギルドの保管サンプル用のエリクシールを回収してくれたし、ついでに迷宮都市と迷宮ダンジョンの運営状況の再確認をして、足りない物資や人員、運営の方向性について現場の声を聴けたのはよかった。」

「はい。その点についても資料をまとめ委員会へ提出しておきましょう。」


 二人が言うようにいいこともあった。こうして現地へ直に足を運ぶことで現場の状況を仔細に頭へ入れることができたのだ。これでもガルンドはギルド本部の幹部格。権力で下を動かせるトップに情報が直接伝わるというのはとても大きなことだ。この情報を使い更なる適切な支援をあの街に行える。そうすればより多くの利益を獲得して、それは巡り巡って冒険者ギルド全体へと還元されるのだ。冒険者ギルドが金ばかりに目のくらむ腐った団体とは言わないが、それでも何事をするにしたって金は大切だ。金がなければギルド職員を養うことも冒険者のサポートを行うこともできないのだから。ギルドを守るためにやはり老齢の重い足を引きずってでも行った価値はあったと、現場主義のガルンドはうんうんと頷いていた。


「なにより現地視察中は面倒な会議から解放されておったのが一番大きい。机と椅子に齧りつくだけのデスクワークには未だに慣れないもんじゃて。座りっぱなしでも腰は痛くなるのだと過去へ戻って若い時の儂自身に言い聞かせたら、鼻で笑うじゃろうな当時の儂は。やれやれ…最初は叱ってやろうかと思っておったが、今となってはきっかけになってくれたあやつらに感謝したいくらいじゃな。」

「なんだかんだで、ガルンド様はS級の皆様を嫌ってはおりませんよね。」

「馬鹿と杓子(しゃくし)(はさみ)は使いようじゃて。使い方さえきちんと守れば、あやつらはギルドの利益に誰よりも貢献してくれるぞ。それこそ部屋の中であーだこーだ言うだけで何もしとらん儂らと比べればはるかに、な。」


 ガルンドは元々冒険者としてあちこちを歩き回っていた癖なのか、冒険者家業を引退してギルドの幹部となった今でも徹底的な現場主義者として問題の起こった現地へ自ら足を運ぶ癖があった。だからこそ、普段から大陸のあちこちで好き勝手起こして問題だらけの高ランク冒険者の元にも自ら足を運び、自分の口から酸っぱいお小言をくれてやることができるのである。これは他のギルド幹部が持っていない利点であり、同時に直すべきかもしれない難点なのかもしれない。そんなわけで、高ランク冒険者の苦手なものに共通して「ギルドの小煩い爺さん(ガルンド)」というのがあったりなかったり。


「S級冒険者か…今回は()()()()()()な連中ばかりじゃったな。その他は本当に話が通じないから参ってしまう。そういえばここが拠点なのに滅竜鬼(めつりゅうき)の顔もしばらく見ておらんのう。それに九重狐(ここのえぎつね)武神(ブジン)も長らく会っておらん。ここはひとつ、高ランク冒険者へ特別招集でもかけて現在受け持っている案件の確認や勢力図の確認でもするかのう。」


 冒険者は大陸中でそれぞれが好き勝手に活動をしている。なのでギルドは高ランク冒険者の動向の把握を逐一しておかなくてはならない。なぜなら、不測の事態というのはS級冒険者といえども避けられず、例えば「最近話題を聞かないと思っていたら実は何年も前に探検に失敗して名もなき村の無縁墓の中に入っていましたー」とか、「あいつとあそこがくだらないことで喧嘩して血を流す敵対勢力になっていましたー」とか、「傍若無人な振る舞いが現地のお偉いさんを怒らせてしまいましたーこのままだと不敬罪でしょっ引かれてしまいますー」とか、そんなことが多々ある。普通にあるから困る。中には国家相手にギルドが不利な立場に追い込まれる案件もあるので先手を取っておかないとマジで手遅れになるのだ。 


 だからこそS級冒険者の傍で常に監視とサポートをして、何かあればギルドの頭脳たる本部へ素早い報告を入れることができ、かつ本部から冒険者へも迅速に通達を行える専属担当職員というのは本当に重要な存在だ。それなのにぶっ飛んだ行動をとり、ろくでもない思想を持つ高ランク冒険者のやり口にはついていけぬと担当を外れる職員は後を絶たず、シヴァルやディアナをはじめ半分ほどのS級は常に担当不在な状況が続いている。みんながみんなクロノスのところのヴェラザードやヘルクレスのところのバーヴァリアンのように友好的な関係を保ち続ければよいのだが、むしろそんな存在の方が奇特であるのだ。あんな奴らとソリを合わせろというのが無理がある。


「まぁそのへんの問題は研修を終えて配属決めを待つ状態の職員が何人かおるから、おいおい決めていけばよいとして…おぉそうじゃ。冒険者の方も()()()()()が何人か溜まっていることじゃし、ひとつ奴らに意見を聞いてみると言うのも…」

「ガルンド様、部屋を通り過ぎてしまいますよ‼」 

「…おおっと、いかんいかん。」


 S級冒険者についてあれこれ思索を張り巡らせていたガルンドは、うっかり目的の部屋を通り過ぎようとしていた。部下に呼び掛けられこれはいかんと足を止め、この話はまたの機会にと打ち切ってから、眼前にある扉を開き中へ入った。


「うおぉい‼いま戻ったぞ‼」


 ガルンドが勢いよく扉を開き、中へいるであろう人物たちへ怒鳴りつけるように帰還を伝える。ガルンドが入ったのはギルド幹部たちが定例会議をしている会議室だ。ここでは冒険者ギルドの最高幹部たちが毎日のように顔を合わせ、大陸各地にあるギルド支店を通して寄せられてくる現地の様々な情報や要望を報告として聞き、話し合いの末に方針を議論している。ギルドの運営はここで九割がた決まっていると言っても過言ではないまさにギルドの頭脳と呼べる大事な場所だ。

 そんな大事な場所を何週間も放ってガルンドは迷宮都市へ行っていたが、自分が不在の間にも多くの報告を聞きながら真剣な議論は続いていたはずだ。話についていければよいがと、いない間のブランクを埋めるべく意気込んでいたガルンドだったが…


「だ~か~ら~‼荒野蛇(ワイルドスネーク)はしっぽが二股に別れてるのが一番いいんだっつんでんだろボケナスがぁ‼なんでわっかんねぇの!?なんで女ってロマンがないの!?」

「いーえ‼真に良いのはチロチロ~っとしてる舌が最高ってのは譲れないのだよスカポンタンめ‼機能美というのがわからんのかアンポンチーめ‼」


 そこではやせ細った赤ひげ面の爺と恰幅の良い中年の女性が取っ組み合いの大喧嘩をしていた。普段なら円を描くように並べられ配置されている机も椅子もそこら中にひっくり返って転がされていて、いくつかは既に元の機能を期待できないほどに破壊されている。この惨状を作ったのは言うまでもなくあの言い争っている二人だろう。どちらもそれなりのいい歳だというのにどこにそんな元気があるのやら…喧嘩をしていない者も掴みあう両者にもっとやれと囃し立て、どちらが勝つか賭けあっている始末。


「え~っと…ガルンド様、これはいったい…?」

「おい司会や、いったい議題は何なのじゃ。」


 ガルンドは騒ぐ彼らを無視しておろおろとしていた司会の男性職員に事の顛末を尋ねた。


「は、はい…それが、「ニュルソンバ地方に棲息するモンスターの基本討伐報酬の見直し」が議題だったのですが、バルドード様とモネーキ様がそこで出現する荒野蛇(ワイルドスネーク)のどういったところが可愛いのかで喧嘩になってしまって…」

「あいわかった。つまり、いつものことじゃな。」


 ガルンドの答えに、司会の職員は弱弱しく「その通りです…」申し訳なさそうにと返す。彼の疲れきったような言葉をガルンドは気にもしていない。強いて言えばため息をついていたことだが本当にそれくらいだ。


「おらっ、これでもくらえ‼」

「へへーん、ききませんよーだ‼ノーコン馬鹿キン肉‼」


 その時、バルドードがモネーキに向って投げた椅子がガルンドの隣にいた部下へ向かって飛んできた。部下の女がひぃっと年不相応に可愛らしく鳴いてよけようとしたが、その前にガルンドが椅子の足を掴んで受け止める。そしてそれをいともたやすく投げ返すと、椅子はバルドードの頭にぶつかって木っ端みじんに砕け散った。しかしバルドードには傷の一つもなく、「何しやがるこのヤロウ‼いやこのアマ‼」と机を掴んでモネーキへ叩きつけていた。…彼女は彼女で「私じゃないわよ元はアンタが投げたのじゃない‼」と言ってその机を指先一つで自分の真横の床に滑らして落とし回避とかやっていたのだが。


「怪我はないかの?」

「…はい、ありがとうございます。しかし毎度ながらすさまじいですね。」

「まぁあやつらはギルド幹部の中でも武闘派で知られる二人じゃからの。二人は剛猿族と妖狐族の獣人じゃから元気が有り余ってしょうがない連中じゃ。幹部が誰も彼もあんなことやっていたら身が持たん。さて…おいこら‼人が現場に出向いてまで頑張っているときに…いい加減にせんかお主ら‼仕事しろ仕事‼」

「いいぞモネーキ‼そこでボディーブローだ‼浮気した旦那に全治三か月を負わせたと言われる伝説の一撃、今ここで見せてくれよ‼何のためのそのふくよかな恰幅だデブちん…ありゃ?」


 ガルンドがいつまでたってもこちらに気付かない幹部たちへ怒鳴ったが相変わらず喧嘩に夢中で、気づいてくれたのはひとりだけだった。


「お帰りガルンドたん。お土産はなんじゃらほい?」


 唯一出迎えてくれたのは、青年から中年に差し掛かっているくらいの若さの、グリーンのぼさぼさ頭が特徴的な幹部の男モモンだ。彼は愛想よくガルンドの元へやってきてさっそくお土産を要求してきた。手のひらをワキワキとさせてくれくれとポーズで伝えてくる。


「やっと気づきおったか…帰ったぞモモン。ほれ、茶請けになるかと思って帰りに買ってきたぞ。」

「おー、こりゃ美味そうなクッキーちゃん。変に凝ったもの寄越されてもバカ舌には困るもんな。九十九点だぜガルンドたん。」

 

 そう言って袋を開けてクッキーをぽりぽりと齧りだすモモンにそこまで点をくれるなら百点寄越せと言いたげな視線を投げかけたガルンドは、自分もクッキーをひとつ拝借して二人の幹部の熱戦を観戦し始めた。


「もぐもぐ…しかしお主らは本当にいっつもマトモに会議する気がないのう。」

「だってヒマなんだもん‼会議っつっても議題は職員が頑張って考えた内容で殆ど穴なんてないから、最終報告みたいなモンで…俺らってそれにオーケー出すだけだし。仮にちゃんと聞いていかにもわかってるようなフリしてなんか意見言うと、横からすぐ「なら今スグ対案出せや妙案もない癖に出しゃばってんじゃねぇボケナス‼」ってうるさいし。自分の持ち場の仕事の方も部下が全部やってくれるし、さすがにやらせっぱなしも悪いかなってなんか手伝おうとすると「そのお気持ちだけで結構です。つーか触らせたらメチャクチャになるんで触るんじゃねぇ‼」とか言われて突っぱねられるし‼」

「ウチもウチも。部下が優秀なら上司はむしろ何もやらないほうが効率がいいんだよ。友達の商人が前会った時そう言ってたから実践してみてるだけだもん。おかえりガルっち、ウチにもクッキー頂戴な。」

「こやつらめ…」


 若き幹部モモンがぼさぼさの緑頭を揺らして愚痴をこぼすように言い訳していると、いつの間にか隣に来ていた別の赤髪の幹部もガルンドのお土産のクッキ-を拝借しながらそうだそうだと頷いていた。なお二人ともガルンドよりもかなり年下だが、同じ幹部格としてガルンドに敬語を使うつもりはないんだとか。尊敬もなにもあったものではない。しかしガルンドもかたっ苦しいのは苦手なのでそれくらい気にしていないし、むしろそういったノリは冒険者としての現役時代に事あるごとに突っかかってきて無礼を働く若造たちのことを思い出してなつかしいので微笑ましく思っている。


「まぁ脱線しつつも議題はちゃんとこなしていましたからさーっと。安心してくれちょ。もう一枚頂戴。」

「はいよ。部署のガルっちの机の上に、アンタがいなかったときの報告書は積み上げてあるんでソレ読んどき。ウチの部署のカワイイ部下のお手製だぜ。」

「ふむ、やはりそうなるか。できれば口頭で直に聞きたかったのう…会話なら頭に入るが、文章にされると途端に面倒だから嫌じゃ。読んでいるとだんだんと眠くなってくるんじゃよ。知っとるか?儂、三十歳越えまで妻に教わるまで字が読めんかったんじゃぞ。」

「ほーいわずにさ…ゴクン。あ、そうだ。帰ってきたのならちょうどいい。ちょっとAの18番の部屋に行ってきてくれよ。」

「なに?」


 クッキーを一枚齧り終えた幹部モモンにそう言われガルンドは眉をひそめた。せっかく会議室に戻ってきたばかりなのに、急にそちらへ行くように告げられたのも解せぬが、ガルンドはその部屋が現在どういう状況なのかを知っていたからだ。


「たしかそこは最初にエリクシールを見つけた冒険者を閉じ込め…げふん。保護しておる部屋じゃったな。」


 思わず監禁と言いそうになってしまったが、ガルンドは即座に保護と訂正した。彼らが出られないようにしているがそれはほかならぬ彼らのためである。エリクシールやそれを売って生まれる大金を狙い彼らが犯罪に巻き込まれるかもしれない。そのため彼らにはしばらくギルド監視の下で、謹慎生活を送ってもらっていたのだ。もちろん欲しい物はなるべく与えてやったし、ギルド本部内であれば自由に出歩きもさせてやった。さすがに居場所を知られるとまずいの知り合いに手紙を書くときなどには検閲を入れさせてもらったが、それらも彼らに納得してもらったうえで行っていた。何不自由もなかったはずだ。


「何かあったのかの?」

「あったというかなんというか…うむむ。」

「よいよい、だいたい予想はつく。冒険者だものな、いつまでも狭い本部の中で待機させられていよいよ飽きてきたのかもしれん。情報の調整は終わったかの?彼らの安全が保障できるのならいつでも出してもよいのじゃが…文句をぶーぶー言っていて幹部が説明しないと納得してもらえないとかなのか?ならわざわざ儂でなくともよいではないか。暇な幹部はこの通りたくさんいるのじゃし。」


 冒険者が財を手にした後に悪しき輩に目を付けられ犯罪に巻き込まれるのも珍しいことではない。成果を横から掻っ攫おうとする者は常にいるのだ。そういったトラブルを跳ね返す力も冒険者として大切だ。だから解放した後で誘拐なり脅迫なりにあい、最悪命を失ったのだとしてもそれは自分で拭くケツだ。

 

 だがせっかく保護しているのに、解放して彼らに何か被害にあったらさすがに後味が悪い。抑えの効かない冒険者の説得に骨が折れるのは、元冒険者としてガルンドもよぅく知っている。できれば行きたくはないなぁと思っていたが、モモンはそれを許してくれなかった。クッキーを齧りながらとにかく行ってこいの一点張りだ。 


「いいから行ってこいって。どうせバルドードとモネーキの喧嘩が終わるまで次の議題には入れないんだ。二人の乱痴気なんていつものことだからお前が行って帰ってくるまでには終わってるさ。」

「仲いいよねあの二人。二人とも配偶者と仲悪いんだから、もうそっちと別れてくっついちゃえばいいのに。」

「…ないわー。あの二人がチュッチュして乳こねくりあってるのはないわー。つーかおっさんとババアの絡みなんて気持ち悪くてみてられんわー。まぁガルンドたん、なんにせよ現場主義は自ら足を運び自らの目で見て、だろ?お土産ちゃんはみんなに配っておくからよー。端数は手間賃として僕ちゃんがもらうけどね。」

「うむ?そこまで言うのなら…すぐ戻る。公平に配っておくのじゃぞ。」


 なにがなんでもガルンドに行ってきてほしいようだ。結局モモンに押し切られ「枚数が足りないとまたそれが理由で喧嘩するから仲良くわけるんじゃぞ」と彼に念を押して、机や椅子が飛び交う会議室を後にしたガルンドは、エリクシールを見つけた冒険者達を保護している部屋へ部下と共に向かうことにした。どうせモモンの言う通り途中まで進行した議題に入り込んでも話についていけないし会議への参加は次の議題に移ってからにしよう。そう考えガルンドは部下と歩き出した。



――――――



「な、なんじゃこれは‼」

「うっ…‼」


 モモンに命じられ冒険者たちがいる部屋へ行ったガルンドと部下の女性職員。彼らは部屋に入るなり絶句した。なぜなら機嫌を少しでも取ろうと愛想笑いで入ったガルンド達を出迎えたのは、部屋へ押し込められストレスを溜めているであろう件の冒険者達ではなかったからだ。いや、間違いなく彼らは出迎えてくれたのだが…

 


 出迎えてくれた冒険者たち。彼らはみな無言だった。全員が部屋のあちこちに乱雑に散らばっていて、床や壁に身を預け寝転んでいる。どう見ても客を出迎える態度ではないが、彼らにはそれが精いっぱいだ。なぜなら、彼らは既に死んでいたからだ。


 ある者は手足を鋭利な刃物か何かで見事に切断され切断面からは尋常でない量の血を流す。またある者は腹がまるで無理に破られた袋のように裂かれてそこから腸を紐のようにまき散らしている。そっちにうつ伏せに倒れている者などは頭部が力任せに叩き割られたスイカのように爆散して元の形の判別ができなくなっていた。


「が、ガルンド様…これ、ケチャップとかではないですよね…?やけに鉄錆臭いのとかではなく…あとここに倒れているのも、人形か何かで…本当は我々をからかうためのドッキリでしたとか…あの幹部たちなら冒険者と結託してやりかねません。」

「これがケチャップに見えると思うか?これが儂らを驚かすための幹部とストレスを溜めた冒険者の共同作品のドッキリだと?そう思いたいだけというのなら儂もひどく同意するがの。」


 そう、それは決して茶番などでなく、悲惨な殺人現場にほかならない。部屋の中は冒険者達の体から出たであろう赤いべちゃっとした液体で満たされている。壁も床も隙間なく真っ赤に染まり、元の色を残していなかった。ガルンドも部下も元の壁と床の柄を思い出せない。そもそも最初から赤い壁と床だったのではと錯覚してしまうくらいには風景に溶け込んでいる。実際二人ともこの異様な光景を見ても数分間はそれが血と死体で作られたものだと受け入れられなかった。ようやく受け入れた時には、女性職員の方は口に手を当て、胃からせりあがってくるものを必死に抑え込んでいた。


「おえぇっ…‼」

「ふむ、これは…」


 ガルンドは精神的にいっぱいいっぱいになり入り口でしゃがみ込む部下もお構いなしに一人で部屋の中央まで行くと、周囲を見渡してから次に転がる冒険者の遺体のひとつの状態をよく確認した。


「…ああなるほど。「お残し喰らい」の仕業か。そういえばミツユースで確認されておったの。チャルジレンにも足を運ぶとは考えて追ったが、しかしまさかギルド本部にまで入り込んでくるとは…ああ恐ろしや。警備は何をやっているのか…モモンの奴め、出たなら出たともったいぶらずにさっさと言えばよいのじゃ。わざわざ儂に現場を見させるとは趣味の悪い。」

「お、お残し喰らい…?あの、ガルンド様。それはいったい…」

「ん?お主は知らんかったのう。まぁ儂らは担当が違うからの。これだけの相手、担当部署がもらすことなどそうはあるまい。」


 なんとか平静さを取り戻した部下がガルンドに彼が呟いた名について尋ねる。この状況で平静さを取り戻せる冷静さがあるだけ肝は据わっているのはさすがは儂の部下だと、ガルンドは立ち上がって説明した。


「お残し喰らいとは、とある犯罪者の二つ名じゃよ。ギルドでも指名手配されていてそう呼ばれておる。わかっているのは女であることだけ…それ以外に元の名前、年齢、出身地、容姿、その他一切が不明。何もかもが謎に包まれた女じゃ。」

「二つ名がつくほどの犯罪者なのに、何の情報もないのですか?」

「強いてあげるならば瞳の色は黄水晶(シトリン)のような輝く黄色らしいな。ま、話に確証はないがの。なにせ出会った者は悉くがこうなってしまうのじゃから。正確にはこうするために会うと言った方がよいかの?」


 手足を失っている死体の切断面を凝視しながらガルンドは話を続ける。ちなみにどこかへ行ったと思っていたそいつの手足はガルンドがふと天井を見るとそこに四本とも突き刺さっていた。


「奴の犯罪は実に特徴的でな。見ての通り非常に残忍な手口で殺人を犯すということかの。それも多様な方法で。他にも例えば、魔術で対象の体の自由を奪い、つま先から順に斬り刻み細切れにしていく…やがて被害者は息絶えるが、それでも手は止まらずに、最終的に誰を殺したのかわかるように頭と手のみを残す。」

「そこまでのやり口ならば、とうの昔に討伐されていてもよさそうですが…」


 犯罪者の捕縛や討伐を専門とする冒険者も多い。彼らの手にかかれば並みの犯罪者は三日も逃げられない。二つ名がつくほどの有名人ならば名前に箔をつけようと足取りを追う冒険者も多そうなものだが。


「実際に追っている者は多いぞ。なんせ討伐報酬は金貨にしておよそ四千枚。犯罪者に冒険者と同様のランクがあるとするならば間違いなくS級の犯罪者じゃ。しかし奴は逃げ隠れもうまい。なんというか…一般人に溶け込む能力が並みの逃走者を凌駕しておる。言ったろう?女であること以外に一切の情報がないと。ギルドと冒険者相手に長年そこまで隠し通せる者はそうそうおるまい。なにより…お残し喰らいはそういった粛正者が狙いにくい活動をしておる。」

「と言いますと?」

「奴は殺しの標的の好みが激しくての。もっぱら罪人だけを手にかけるのじゃ。」

「罪人…ですか?」

「うむ。つまりお残し喰らいと同様に殺人や放火などで指名手配されているお尋ね者であったり、罪を公にされずに隠し通していても、自分で調査して有罪であると判定をした者が獲物というわけじゃな。それ以外のセコイ連中も時には喰らうが、善良な民には手にかけんのじゃ。じゃから粛正者も「一般人に手を出さず悪人のみを殺すなら我々と同じ正義の者だ」と共感を感じてしまいお残し喰らいには手を出さんと公言するどころか庇いたてる者もおるのじゃ。まったく、公的な裁きもなしに手をかければ相手が罪人と言えど殺人鬼には変わりなかろうて。」

「しかしガルンド様…ここで保護されていた冒険者たちは、いずれも前科を持っておりませんが…」


 すっかり現場に慣れてしまっていた女性職員によって出された疑問。それはこの被害者達が罪人と呼ぶような大罪を犯した者たちではなかったことだ。もちろんギルドは保護した時点でギルドの記録から彼らのこれまでの活動を調べ、後ろめたい過去などなかったことは把握済み。もっと調べれば粗雑な冒険者なので些細な諍いのひとつやふたつ程度の問題行動はあったのかもしれないが、ギルドが認知していないということは、もし見つかったとしてもどれもこれも罪と呼ぶには可愛らしいものだろう。どう考えてもお残し喰らいなどという存在が手にかける相手とは思えない。それを聞いてガルンドも考慮すべき点があったようで「ふむ…」と唸ってからしばらく黙り、やがてはっとしたように何かを思いつく。


「…そういえばシヴァルの奴が報告しておったの。エリクシールの宝箱は瀕死の重傷者にしか開けることはできないと。それも一人につき箱一つだけ。じゃが守護者と戦えばほぼ半死半生になるから開けられるだろうとも。」

「この者達はいずれもモンスターとの戦いで重傷だったと報告していました。ならば誰にでも開けることはできたのではないでしょうか?開けたからこそエリクシールを全員が飲んで傷を治せたのです。」

「ならば…ギルドに見せたあの一本。果たして誰が傷を負って手に入れたものじゃろうか?」


 全員が負傷して全員がエリクシールを手に入れたのだとしても、けっきょく全員が使ってしまったのだ。しかし彼らは一本地上へ持ち帰ってこれた。ならば、戻ってきたメンバーの中にエリクシールを使わなかった重傷者が一人いなければおかしい。だが彼らを保護した時点で肉体に傷を作っている者はひとりもおらず、まるでこれからダンジョンに潜るのだと言わんばかりに綺麗な体だったらしい。


「…もう一人、いたんじゃろうな。一人を見殺しにしてそれを手に入れた。それならばお残し喰らいの判定にぎりぎり入ると思う。」

「しかし

手に入れたあとで飲むのが間に合わずに息絶えたという可能性もあります。」

「…それはないじゃろう。そうじゃったら報告しているはずじゃ。死んだ理由が後ろめたいから隠していた。見殺しとは言わず手にかけたのやもしれん。パーティーの中でも仲のよくない者だったか、あるいは雇っていた運び人(ポーター)代わりの浮浪者だったか…いずれにせよ、この者達は重傷を負った人間を欲で殺しエリクシールを奪った。それによりお残し喰らいにとって標的になってしまったわけか。」

「そんな…仮にそうだったのだとしても、なぜその者は気づいたのでしょうか。」

「それがお残し喰らいじゃ。誰にも気づけん罪に気づき、法に構わず手にかける。罪を犯した者の放つ特有の()()に敏感な人間なのじゃよ。儂らだって何人も擁しておるじゃろう。」


 つい先日も好き勝手やってくれた…とある冒険者をはじめとする実力者がガルンドの脳裏によぎった。




「よぉ爺さん。見ただろ?」


 ガルンドが死体の確認をすべて終え、死者へ憐れみの目を向けていたところにモモンがやってきた。見てこいと言った割に自分からこちらの様子を伺いに来たあたり、ガルンドの反応を見て楽しみたかったのかもしれない。この惨状を目にしてもけらけらと笑いながら先ほどのお土産のクッキーを齧っていた。


「見たも何も、現場の検証が終わったらさっさと片付けておけ。この体たらくではもうこの部屋は使えないではないか。」

「そう言うなって。話が広がったら気味悪がって誰も近づかないんだもん。「血の掃除人(ブラッドスイーパー)」のところに頼もうと思ったけど、なんかデカいクランで抗争があったらしくてそっちの片付けに全員出払っちゃってるから後回しにされてしまったしぃ。」

「冒険者は冒険者でまた喧嘩か。今度はどことどこが激突して何が原因だったのじゃ。」

「あーっと、どこだったかな…たしか「斬首抜刀団」と「抜き身七星」だったような。もともと仲が悪いかったんだけど、原因はどっちかのリーダーの愛人がもうどっちかのリーダーに寝取られたとかだった気がする。それを取り返そうと寝取られた方が団員総出でカチコミに行ったらかち合いの現場でリーダーの座を奪おうとしていた血気盛んな団員が裏切ってリーダーに斬りかかって、そんでもう片方も団員の中にも紛れ込んだ暗殺者がその隙にそっちのリーダーに奇襲をして、そしたらもうてんやわんやで…死人はいなかったそうだけど、現場の酒場はもう営業できないだろうなぁ…見に行ったけどありゃ立て直した方が早いっすよ。ギルドは何割保証持てばいいんざましょ?」

「くだらない…クランの評価下げと騒動の関係者全員ランク降格処分じゃな。…そういえばエリクシールはどこへ行った?こやつらが持っていたはずじゃが。」


 現場を見終えたガルンドが気になったのは、彼らが手に入れたエリクシールの行方だった。エリクシールは彼ら自身が肌身離さず持っていた。大金に化ける大秘宝であるだけにギルドで預かり購入者を探すと言っても信用されず預けてくれなかったし、ギルドも仮に預かったら落として割ってしまいました…などということになっても弁償とかしたくないのでそのまま持たせていたのだ。

 

「あぁ、エリクシールね。それなら僕がさっさと保護して地下の一番金庫に入れて鍵かけといた…とでも言ってほしかったかな?」

「違うのか?」

「いんや、実はまだ見つかってないんだ。最初に現場がこうなっているのが発見されたときからずっと探してるけどな。血と肉の間にでも隠れてるのかと思ったけど、どこにも何にも出てこない。捜索に当たった職員がどさくさに紛れてこっそり盗んだとかも絶対ないぜ。」


 身内を疑うわけではないが職員だって真正の善人ばかりではない。金が必要になり、あるいは家族知人が命に関わる重傷を負い、うっかりエリクシールが欲しくなった可能性も無くはない。だがその辺の対策はしっかりしてあるはずだ。


「おそらく…」

「お残し喰らいの奴が持っていった、か。」


 探させて見つからないと言うことは、やはりお残し喰らいが盗んでいった可能性が一番に高い。疑うのならこの惨状を作った張本人をまず疑うのが普通の神経だろう。


「まだわっかんねぇですけど、とりあえずチャルジレンにいる腕利きの賞金稼ぎに片っ端から声かけてお残し喰らいを探させてる。…たぶん見つからないけどね。」

「それくらいで見つかるならとっくに捕まっとるじゃろ。しかしそれなら奴は遂に犯してしまったことになるのう。」

「ああ、お残し喰らいは今まで標的を残忍に殺すだけで、そいつらの所持品はいっさい盗まなかった。だとすれば奴はついに罪状を不裁殺人から強盗殺人に切り替えてしまったことになる。」


 お残し喰らいはあくまで殺しが目的であり、被害者から金目の物を盗んだことはただの一度もなかった。だがこれだけの状況で盗んでいない方を考えるのが無理がある。そこまでしてエリクシールが欲しいのにはなにか理由があるのか。あるいはお残し喰らいなんて最初からチャルジレンには来ていなくて、彼女の犯行に見せかけた第三者の仕業なのか…まだこの時点ではまだ確証は持てないが、ガルンドとモモンは暫定的にお残し喰らいの仕業であると決めつけていた。


「これは…いよいよ奴もツケを払うべきがきたのかのう。」

「だな。適当にリークしとく?すぐにでも探し出そうとする奴はいると思うぜ。なんせ今まで裁く側だと思ってた奴が遂に化けの皮を剥がしたんだ。裏切られたって躍起になって探すのもいるっしょ。命知らずの馬鹿どもに金貨四千枚の首は魅力的すぎる。ましてやエリクシールまでセットとならば…な。」


 

――――



 ガルンドとモモンが真っ赤に染まる部屋で話し合っていたちょうどそのころ。チャルジレンの街中にある大通りのひとつで、冒険者の男がマントを頭からすっぽりとかぶって顔も体も隠したいた人間とぶつかった。


「おい‼ぶつかったぞ‼」

「ウヘヘ…ごめんなさいね。」

「…?へんなやつ。前見て歩けよ、ったく…」


 声は若い女のものだった。男はぶつかった相手が女と知り少し脅してやろうと思っていたが、彼女に

若干の気味の悪さを覚えすぐに怒りは引いてしまい、注意だけしてすぐに振り返り歩みを戻す。…それでよかったのだ。男がこの女の正体を知ればただでは済まなかった。



 そんな幸運な男とぶつかって怒鳴られたことなどまったく構わず、女はただ薄気味悪く笑っていた。もっとも、マントの下に隠れているのでそれを誰かに見られることはないのだが。彼女もまた道を急ぐ。


 女の名前はない。正確にはあるのだがそれを人に教えるつもりも知られるつもりもない。私も彼女の意志を汲み取りあえて女と呼称した。…ただこの世の人間の半分は女だ。それけだとわかりづらいというならば…お残し喰らいという肩書がわかりやすいだろう。そんな彼女の懐にあるのは、先ほどまで遊んでいた玩具(おもちゃ)から奪い取ったあるお宝だった。


「ウヘヘ…遂に手に入れた。エリクシイィィィル…‼」


 ガルンド達の予想通り、彼女はエリクシールを手に入れていた。懐を擦りその小瓶の感触を何度も確かめていた。


「でも遂にやっちゃった…盗んじゃった…名前が汚れちゃったな…ウヘヘ。」


 しかしその代償にお残し喰らいは名を汚してしまっていた。罪人以外に手をかけないという誇りを。彼女は犯罪者としての二つ名にはある程度の誇りのようなものを持っていた。しかし自らの目的のためのそれをむざむざと捨ててしまったのだ。少しもったいなかったと後悔したがすぐにそれを振り切った。


 なぜならこれまでに積み上げてきたものを失ったのだとしても、お残し喰らいにはやるべきことがあったのだ。そのためならば二つ名のひとつやふたつ、その辺のどぶ川にでも喜んで捨ててやろう。



「これで遂に…まさか偶然こんなイイモノ手に入れちゃうなんて…‼アハハァァン…やってやろうね…待ってててね…()()()()ぁぁぁ…‼」



 マントの下で薄気味の悪い笑みを浮かべ黄水晶(シトリン)のような色合いの瞳を宝石のように輝かせるが、それは誰にも気づかれず、お残し喰らいは人混みの中へ消えていった。




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