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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第160話 迷宮都市編短編(紅い瞳を見た少女)

*時系列:ナナミ達がイゾルデにエリクシールを渡して別れたあとくらい。



 

 迷宮都市に朝がやってきた。中央広場ではエリクシールを持ち帰った者が出たと騒ぎになり、朝早くだというのに野次馬がそちらへ向っていく。だがここではそんなことはお構いなしだと、男達が集まっていた。


 ここは裏通りに近い通りの、あまり治安も良くないので人も浮浪者以外そこまで住んでいない場所。その中の空き家のひとつ。薄暗い空き家の中にいた男達はぜんぶで十人ほど。そして彼らが取り囲むようにしている建物の中央にあった太い柱に、二人の女が背中合わせに縛り上げられていた。


「うぅ…ルーシェ大丈夫?」

「はい…怪我はありません…先輩は…?」

「捕まるまでに抵抗したけど大きな傷は負ってない。大丈夫…」


 捕まっていた二人の女の名はルーシェとリューシャ。ともにS級冒険者ディアナが束ねるクラン、ワルキューレの薔薇翼の団員だ。二人は背中合わせとなっているのでお互いの状況が目視できないので、目の見えないルーシェを心配してリューシャが呼び掛けたが、彼女は身体的には無事だったようで柱越しに弱弱しく返事を返してきた。それを聞いたリューシャはほっとする反面、やはりこのような状況で心の方が弱っているのだとルーシェを気遣った。なぜ二人がこうなってしまっているのか…それにはわけがあった。


 数刻前のことだ。迷宮ダンジョンからエリクシールを持ち帰ったディアナに命じられ、リューシャが拠点の邸にルーシェを迎えに行っていた。そして二人でディアナの待つ中央広場へ向かっていたのだが、道中でいきなりこの男達に襲われたのだ。襲われたのがリューシャ一人なら、持ち前の暗殺技を用いて返り討ちにしたか、おそらく逃げることに徹することでなんとかかわすできただろう。しかし、目の見えないルーシェの方は戦うことも逃げることができない。見捨てるわけにもいかずリューシャは彼女を守って戦っているうちに相手の数に押され、ついにそのまま二人とも捕まってしまったのだ。そしてそれ以上の抵抗もできずにこの空き家まで連れてこられ、柱に縛り上げられてしまったというわけである。


「リューシャ先輩ごめんなさい。私が足手まといにならなければ…‼いえ、置いて行ってくれてよかったんです。」

「ルーシェは悪くない…それに、貴方を隊長のところまで連れて行くのが私の役目なんだから…一人で逃げるわけにはいかないしね。ともかく怪我がなくてよかった…」

「ケケケ、怪我なんて負わせるかよ。」

「目が見えない足手纏いなんて置いていけば少なくとも自分は逃げられたのになぁ?ワルキューレってのは仲間意識が強いことで。」


 気を落とすルーシェを励ましていたリューシャだったが、そこに横やりが入る。リューシャはその声の主たち、自分達を攫ったその男達を親の仇だと言わんばかりに舌打ちしてから強く睨みつけた。


「…フン、貴方たち同業者…冒険者よね…?」

「ククク…まぁな。おっと、警戒しなくてもそんなに高いランクでもねぇよ。その辺の木っ端な低ランク冒険者さ。」

「じゃあ木っ端な冒険者さん、私たちを捕まえて…どうするつもり…?」


 自分達を捕らえて柱に縛り付けた男達の正体が冒険者だということをリューシャは既に見抜いていた。男達の方も隠すつもりはなかったようで、薄気味悪く笑いながらそれを認め、一人がリューシャの質問に答える。


「決まってるさ。お前らを人質にとって解放を交換条件に、風紀薔薇(モラル・ローズ)が迷宮ダンジョンから持ち帰ったエリクシールを手に入れるのさ。どうやらやっこさん、見事に手に入れたそうじゃないか。」

「横取りってわけ…卑怯者…‼」


 十人ほどの冒険者の男たち。その目的とは、エリクシールをディアナから横取りすることだった。当人の口から悪びれることも無く語られたそれをうすうす勘づいていたリューシャは確信へ変え、奥歯を強く噛んだ。


 ルーシェはとリューシャは手首と足をそれぞれ縛り上げられて腕と胴体にもしっかりと縄が巻かれていた。しかし視界を覆う目隠しも喋れないようにするための猿轡(さるぐつわ)もされておらず、こうして男達を睨みつけながら会話をすることができたのだ。会話をしながらリューシャは男達へ殺意を向けていたが、武器も取り上げられておりそれ以上何もできない。


「卑怯な連中…宝が欲しければ自分の力で手に入れなさいよ…おなじ冒険者として軽蔑するわ…‼」

「なんとでもいえや。お前ら高潔な連中と一緒にするなよ。そういうのもいるのが冒険者だ。ま、俺らも殺しはやらないから綺麗なほうだがな。それに金貨何千枚にもなるエリクシールだぜ?それを前にこちとらプライドとか良識とかはすっかり消え去っちまってるんだよ。俺達と同じように誘拐しようとしていたやつなんていくらでもいる。むしろそいつらを出し抜いてお前らを捕まえた上に、手も出さない俺達の優秀さと紳士っぷりを褒めてほしいもんだね。」


 略奪という方法をとろうとしている者など他にもいくらでもいる。むしろ人質に手を出さないだけ自分達は紳士的だと、男達は自分達の行為の正当性を叫ぶ。だがそこに正しさはないと本人たちだってわかりきっているだろう。


「俺達は最初から手に入れた誰かのものを横からいただくことに決めて、ずっと情報を集めていたから知ってるんだよ。風紀薔薇(モラル・ローズ)が、レッドウルフにやられたそこの女の目を治すために自らダンジョンに潜ってたこと、手段を択ばずこの街にいたS級全員で手を組んだこともな。だから動向を見張って戻ってくるのを待っていたのさ。標的も最初からお前らワルキューレ一本に絞っていたんだぜ?他のターゲットは人質を取りにくいからな。レッドウルフや賊王のところのは血の気が早いから下手すりゃ返り討ちに遭うし、もし捕まえてもテメェのケツはテメェで拭けがあそこの方針だ。助けにこない可能性もある。…そもそもオオカミヤロウは自分の分はないし、賊王はさっさと街を出て行きやがったしな。」

「…」

「そんで神飼いはソロ冒険者だからとる人質がいないし、終止符打ちのところは既に客に納品済みでエリクシールを持ってないとあっちゃあとうぜん除外さ。なんでも依頼者はこの国の王族だとか。さすがに国とやりあう気なんてない。」

「(ずいぶん詳しく調べているわね…そう、クロノスの方も依頼を達成したの…やっぱり組んだのは正解だったみたいね…)」

「だからおめぇらにしたのよ。目の見えない女なら逃げることはできないから捕まえるのは楽だし、風紀薔薇(モラル・ローズ)は手下を見捨てることなどできるはずがないから絶対に取引に応じる。」

「フフフ…確かに隊長は優しいからきっと助けに来てくれるでしょうね。でも取引なんかには応じないわ…全員怒った隊長に魔界植物の肥やしにされるのがオチよ…それに、逃げたところで私が全員の顔を見ている…」


 明かりもない薄暗い建物の中だったが、時間は既に早朝を迎えているのでリューシャには男達ひとりひとりの顔がしっかり見えていたし、当然彼女はこんなことをしでかした馬鹿ども全員の顔を仔細残らず頭に叩き込んでいた。自分の知る限り指名手配を受けているほどの凶悪な犯罪者はいないようだが、ギルドが調べれば別の国で犯した罪状の一つや二つ出てくるような連中だろう。叩けば埃が出る冒険者は案外多い。


「取引が成立しようと失敗して逃げようとも私が貴方たちの顔を覚えているから…それをギルドに報告すればあっという間にどのだれだか特定されて、すぐに指名手配されるわよ…もしかして…?」

「もしかして目の見えてる自分は取引なんて関係なく口封じに殺される、とか考えてるか?ははっ、安心しろよ。交渉が上手くいけばどっちも綺麗な体で解放してやるさ。言っただろう?俺達は紳士的だって。」

「まぁ本音を言うと、俺らだってワルキューレの薔薇翼なんかと事を構えたいわけではない。あそこを敵に回すのは大陸中の女冒険者を敵に回すのと同じようなもんだし、お前らのボスは子分が一人でもひどい目にあえば必ずや地の果てまで俺らを追いかけてくるだろうしな。誰が好き好んでS級冒険者を敵に回すかよ。」

「おっと、別にお前らがブサイクだから手を出したくないわけじゃないぜ?むしろ上玉だよなぁ…その綺麗な体をスキにできないなんて残念だぜぇ?ギャハハ‼」

「クズ共め…‼」


 リューシャは男達の下品な態度に舌打ちをするも、手を出すつもりがないのならと少しだけ安心した。自分だけならともかく、ルーシェまでひどい目に遭わせるわけにはいかない。いや、自分だってこの体を目の前の薄汚いゴミ同然の輩に好きにされたくはない。相手にその気が無いのならありがたく思っておこう。


「お前が気にしてるように顔が割れたってかまうもんか。エリクシールを裏ルートの闇商人に売って大金を手にすれば、どこへだって逃げれるし匿ってくれる奴がいるだろう。あれはそれだけの宝だ。」

「そうそう。せっかく金が手に入物をこんな女の目を治すのに使っちゃあもったいないよなぁ‼」

「きゃ…‼」


 男達が顔を隠さないのはただ単に見られても逃げおおせられるだろうという慢心らしい。どうやら本当に金に目がくらんで後先考えない連中だったようだ。しかし一応手は打ってあるらしく、男達の中でも大将格の男がルーシェの顎を持ち上げて遊び震える彼女の反応を楽しんでから、椅子に腰かけてルーシェと話を続けた。


「そろそろあの女も来る頃だろう。おめぇらを捕まえた時に、近くにいた浮浪者に手紙を持たせていたんだ。」

「そうそう、いつまでも広場に来ない団員を心配して、風紀薔薇(モラル・ローズ)は他の団員に見に行かせるか自分からこっちまで歩いてくるだろうさ。そして道中でその浮浪者から手紙を受け取って、俺達が二人を人質にとっていることと交換条件としてエリクシールを渡せと言っていることを知るわけだ。」

「そんでこれから取引をして俺達は迷宮都市からおさらばってわけ。というわけで悪いがそっちの目の見えない女にはこのまま()()()のままでいてもらうぜ。代わりに俺らが儲けた金でたんまりと遊ばせてもらうわ。」

「そんな…エリクシールはルーシェを治すためのもの…‼あなたたちなんかに渡さない…‼」

「おぉ、せいぜいわめけわめけ。どうせ何もできやしない。可哀そうな女だ…せっかく希望が目の前まで来たのに、このままめくらのままだなんてな。」

「…‼」

「おう、いい反応だねぇ。かわいがってやりたいが、さっきも言った通りこちとらビビりの小悪党でね。風紀薔薇(モラル・ローズ)の報復が怖いから何もしねぇよ。…お嬢ちゃん、顔は悪くないんだから冒険者なんてやめてエロい方の按摩(あんま)でもやったらどうだ?もしなるってんなら俺一番の客になってやるぜ‼げっへっへ…‼」

「こいつ…ふぅ…‼」

「おうその目‼そそるねぇ…‼」


 男達は目も見えずおびえるルーシェを指さして嘲笑していた。それを受け誰よりも怒っていたのはルーシェ本人ではなく、リューシャの方だった。とはいえ今は何もできないので、彼女は頭の中で男達を仕留める算段をいくつも立てながら興奮する心を落ち着かせようとする。それもまた男達にとっては滑稽な姿に見えたようで、全員下品にげらげらと笑っていた。


「そのまま悔しがっていろ。…さてと、そろそろ来てもいいころだが…ちゃんとひとりで来るだろうな?もしも数で取り囲むようならどっちか引きずってナイフを突き立てて脅してみるか…んあ、来たようだな…嬢ちゃんたちも静かにしてな。」


 ナイフを投げて暇を潰していた男の一人がぴくりと耳を動かしそう呟いた。斥侯職か何かなのか人より耳がいいようだ。そのうち他の男達の耳にも静かな外のほうからこつこつと靴が地面を擦る音が聞こえてきた。その音が聞こえた途端に男達は一斉に黙り、騒ぐなと睨まれルーシェとリューシャも黙ってしまう。


 そして空き家の古い扉の向こうから、ノックの音が響いてきた。男達は黙ったままいっせいに頷くと、そのうちの一人が足音を立てないようにそろりそろりと扉へ近づき、ノブを回してそっと引いて開ける。そうすると朝日を背にして人間がひとり屋内へ入り込んできた。


「よぉ風紀薔薇(モラル・ローズ)。おっと、こいつらをひどい目に遭わせたくなかったら素直にエリクシールを…ありゃ?」


 他の男たちがルーシェとリューシャに刃を突き立てる光景を見せ、自分も侵入者へナイフを向けそう警告する男だったが、すべて言い終わる前に男は気づいた。空き家に入ってきたのは、ディアナではなかったのだ。


 入ってきたのは、紅い目の一人の若い男だった。背はそこまで高くなく体は鍛え上げられているわけでもなくかといって中肉というわけでもない。顔は整っていてかなり中性的でかろうじて男だとわかる程度。もしも髪を伸ばしたのなら、ボーイッシュな女だと間違える者の方が多いことだろう。男冒険者は一瞬酔っ払いか浮浪者が間違えて入ってきたのかと思ったが、その男は酔っているようには見えないし、格好も汚れたものでなかったのでそのどちらでもないとすぐに考えを否定した。ではそうでないのなら…男冒険者はその男へ誰何(すいか)する。


「なんだお前?外には見張りがいたはずなんだがな。風紀薔薇(モラルローズ)以外は通すなって言っておいたのにどうやってはいってきたんだか…」

「(あ…)」


 リューシャは入ってきた男をちらりと一目見て、すぐ正体に気付いていた。しかし自分を捕らえた男達には知らない顔であったようで、空き家へ侵入してきた謎の男に武器を構えて警戒をしていた。


「見張りが通したってことは…まさかとは思うが、お前風紀薔薇(モラル・ローズ)のつかいっぱしりじゃないだろうな?女は危ないから男を寄越したのか…おい、手紙は読んだのか。人質が大事なのなら本人がひとりで来いと書いたはずだぜ。それともこうして人質がいる状態でなんか企んでいるつもりかぁ?よせよせ、こいつらがどうなっても…」

 

 男はそう言って人質の方を見たが…


「あん?」


 そこにあったのは二人を縛るのに使っていた縄だけ…柱に縛り付けていたはずの彼女達がいなくなっていた。それだけでない。彼女達へ刃を向けていたはずの複数人の仲間達も、一人残らずいなくなっていたのだ。どこへ行った?男がいなくなった双方を探しつつもう一度現れた男の方を見た。


「…がふっ!?」


 その矢先、自分の脇腹あたりに衝撃が走るのを男冒険者は感じた。男が衝撃を受けた部分におそるおそる手を伸ばすと、そこには自分が持っていたはずのナイフが根元まで深く腹に刺さっていたのである。


「がぁっ…‼どうして…‼」


 自分に何が起こってるかは理解できているはずなのに、なぜそうなったのかはまるで理解できない。ともかく、原因は間違いなく目の前の謎の男にあると、男冒険者は脇腹の苦痛に耐えつつ、そいつを睨む。

 

「…‼その紅目…てめぇ、終止符…あがが…‼」


 しかし男冒険者はそこで冷たい目でこちらを見る男の正体に気付いた。そして恐怖で顔を歪めてしまった。「ゆ、許して…」男は出血と恐れですっかり覇気のなくなった青い顔で謝罪の言葉を口にしようとしたが、言い切る前に視界が真っ暗になってその場に倒れてしまった。


「え、なにが起こったんですか…!?教えてくださいリューシャさん…‼」

「…」

 

 目の見えないルーシェは状況がつかめずリューシャに尋ねたが、リューシャには答えることができなかった。彼女もまた何が起こったか理解できなかったから?違う。何が起きたのか知っているからこそ、それをルーシェに伝えることができなかったのだ。


「あ、あう…」

「いてぇ、いてぇよう…」


 男達の呻く声。そして上から床へぽたぽたと垂れる彼らの血。それは脇腹から血を流し倒れる男の仲間だった。消えた男達がいたのは、空き家の天井だった。彼らはそこで血塗れで、まるでイモムシのように丸まった状態で張り付いて痛みに苦しんでいたのだ。しかしどれだけ動いても天井にまるで接着剤でくっつけられたかのように張り付いたままで、落ちてくる気配は微塵もない。


 そして彼らと同時に消えたリューシャ達は、謎の男が両腕に抱えていた。男は二人の縄を解き両腕で抱えて持っていたのだ。しかし、小柄な女性とはいえ人間二人という重たい荷物を持ち上げているはずの男は、まるで今持っているのは布切れか何かだと言わんばかりに平然としている。


「あの、先輩…私たち、今どうなってるんですか?誰かに抱きかかえられているみたいですけど…」

「そうね…」

「私たちを捕まえた奴ではないですよね?ではこの人は…わぁ!?」


 急に男に脇から降ろされてしまい二人は冷たい床に転がされた。拘束も解かれているのですぐに起き上がったが、二人は無言でたたずむ男へ視線を送り、自分達もまた黙ったままでいた。



 だが直後、その静寂は破られることとなる。


「とりゃあ‼」

「…隊長?」

「おい馬鹿者‼人質もいるのに早まるなと言っただろうが‼見張りを気絶させた途端に中へ入りおって…‼」


 無言の空間を破壊したのは、空き家の扉をすらりと伸びた長い脚で蹴り破って入ってきた新しい顔だった。リューシャはその顔にも見覚えがあった。なぜならそれは自分達の身内であり、本来人質とエリクシールの交換のために来るはずのディアナだったからだ。物音を立てて入ってきたディアナの方を向いた男に、彼女は詰め寄ろうとしたが、足元にルーシェとリューシャを見つけて先にそちらへ声をかけた。


「ああお前たち、無事だったか。賊は…どうせ全滅だろうな。今の()()が取りこぼしなぞするものか。しかし捕まって男どもに囲まれるとはかわいそうに…なにもされなかったか?」

「ひどいことはされませんでしたが…そのひと…」

「む?見ての通りクロノスだ。お前たちがいつまでも広場に来ないものだから心配してこちらから邸へ走っていたら、浮浪者が寄越した手紙でお前たちとエリクシールを交換しろという要求を知ってな。急いでここまで向っているときにたまたまこれと出くわしたのだ。こちらの事情だからと秘密にしたかったが今のこいつの前で隠し立てはきかん…事情を吐かされた挙句にここまでついてこられてしまったのだ。別にいいと言ったのだが、今のこいつは少しばかり、その、()()()()()()()()()から放っておくわけにもいかなくてな。」

「そう、やっぱり…」


 床に這いつくばる一人の男と、天井に張り付いた男達を交互に見て状況を確認したディアナは、続いて混乱するリューシャに事情を話す。それを聞いてリューシャは納得していた。


「えっと…つまり、その…」

「安心してルーシェ。私たちは助かった…」

「ほっ…」

「さすがはクロノス…でも前に会った時は随分様子が違っていたけど…というか昔に戻ったみたい…」

「まぁいろいろあったのだ。タガが外れたというやつだな。おいクロノス‼きちんと手はずを踏んでから入ると打ち合わせていただろう‼なぜ飛び出した。」


 はっと思い出したようにディアナがクロノスへ問い詰めると、彼はそこでようやく口を利いた。


「…堂々と入ったほうがいいと思った。知らない顔、そして予想にない顔が出てくれば敵に一瞬の混乱と隙が生まれる。状況を判断して十分だと思ったからその一瞬で排除を実行したまでだ。」

「ほぉ、やっと減らず口が戻ってきたか。私が探しに行ったときは、血を求め裏通りにいたならず者を片っ端から無言で仕留めていたのにな。」

「今しがた相手にしたのでようやく冷めた。冷めたからこそ殺さずに済んだがな。」


 クロノスが低い声でそう言った途端、天井に張り付いていた男達が一斉にどさどさと床へ落ちてきた。ディアナは頭上から落下物を器用に避け、床へぶつかった衝撃で飛んだ男達の血を手刀の風圧で飛ばして自分やルーシェとリューシャへかからないようにする。そして同じように血を一滴も衣服に飛ばさずに避けていたクロノスへ、呆れた様子の視線を投げかけていた。


「ぐぅ…」

「いてぇ…‼」

「ふん、クズどもが。同じ冒険者として恥ずかしいな。終止符打ちと私を前にして命があるだけ感謝することだ。私の部下へ手を上げたのだから私刑(リンチ)にかけてやりたいところだが、先にギルドへ引き渡しだな。…二人も怖かったろうに。」

「別に恐ろしくもないです…こうしてクロノスに助けてもらいましたから。ありがとう…」

「この状態のクロノスを見てひるまぬとはさすがは暗殺者(アサシン)だな。まぁ無事だったのならいい。ついでだ。またよからぬ輩が出る前にこれをさっさと使い切ってしまうか…おまたせルーシェ、持ってきたぞ。」

「あ…」


 ディアナは床に座っていたルーシェの前で身を屈め、懐から布の包みを取り出した。そして布を解いていくと、そこから一本の小瓶が現れた。ディアナはそれの口を開けルーシェの口元へ運んでいく。

 

「これは…?」

「お前を治すため苦労して手に入れたものだ。さぁ飲め、これでお前の目は元通りになる。」

「は、はい。んく…」


 ディアナに飲むように諭されたルーシェは半信半疑ながらも、それを飲もうとしたが、目が見えないので瓶にどの程度が入っているかもわからずに瓶を傾ける角度もおっかなびっくりで、とにかく飲むのに苦労していた。


「零さないように気を付けろ…全て飲み干さないと意味がないそうだからな。少ないようで多いような量だからな…ゆっくり飲めよ。」

「…ん、んく!?げほ…‼」

「しまった…‼すまない、急ぎすぎた…」

「…貸せへたくそ。俺がやる。」

「あ、おい‼まったく、せっかちなやつめ…」


 ディアナが手助けをしていたがそれでも上手く飲めずにルーシェが苦労していると、しびれを切らしたクロノスがディアナから瓶を奪い、ルーシェの口元に手を添えて手助けしてくれた。ディアナはやれやれと呆れていたがそういった技術は彼女よりもクロノスの方が上だったらしく、ルーシェは先ほどよりも苦労せずに苦しむことなく瓶の中身を飲んでいき、ついに中身はすべてなくなった。


「これが本物なら全部飲めば治るはずだが…ルーシェ、何か感じないないか?」

「えっと…あれ?」


 ディアナに尋ねられ自分に起こった変化を探すルーシェは、目に強い刺激を感じた。しかしそれは痛みではなく、どこか心地の良いすっきりしたものだった。そして彼女は視界に光が、形が、色がみるみる戻ってくるのを実感する。


「あの…目が、ぜんぶ見えます‼今まで通り、見えるようになってます…‼」

「そうか、よかった…」

「おめでとうルーシェ。完全復活ね…」

「はい、はい…二人ともありがとうございます…うぅ…‼えぐっ‼」


 再び目が見えるようになった感動からか、ルーシェはたちまち泣き出してしまう。それを喜ぶディアナとリューシャは二人で彼女を慰めた。 


「効き目は抜群だな。傷跡すら残らないとは…ついでに俺も祝っておいてやるよ。」

「もっと柔らかい言い方をしてもいいだろうに。」

「まだ力が抜けてないんだよ。喋るのに意識を持っていったらたちまち元通りだ。」

「あ、あなたもどなたか存じませんがありが…え?」


 目に涙を溜めるルーシェ。彼女がクロノスにも礼を言おうとしたところで、言葉が詰まる。周りの惨劇が目に入ったわけではない。それよりも彼女の目に強く焼き付けられたのは、エリクシールを飲ませてくれたクロノスの紅く透き通った瞳だった。


「あ…」

「どうしたルーシェ?」

「…何もないなら俺は行くぞ。まだ少し暴れたりないんでな。」

「ああ。ただ凶悪なのはあらかた貴様が片付けたようだからな。小物は骨の一本二本で勘弁してやれ。」

「わかってる。だいぶ抑えがつくようになってるから心配するな。朝になったし腹がすいたら終いにして仲間達のところへ戻るさ。ここにいるうちにまた何かあれば呼べ。じゃあな…」


 ルーシェが空にしたエリクシールの小瓶を興味なさげにそこらに放り投げてから、クロノスは空き家を出て行ってしまった。その後ろ姿を三人は見送る。


「…さて、ルーシェの件も片付いた。とりあえず邸に戻って事の仔細を報告しなくてはな。散り散りになった他の部下も一度集めよう。ルーシェの完治を見てもらわないとだしな。」

「はい…行きましょうルーシェ?…ルーシェ?」

「…」

 

 空き家から出て行こうとするディアナを追うためにリューシャがルーシェへ呼び掛けたが、彼女は返事を返さず呆けていた。


「ルーシェ…ってば‼」

「…えっ、あ、はい‼ごめんなさい今行きます‼」


 リューシャに大声で呼ばれてルーシェはようやく我に返って二人の後を追った。だが歩きながらもルーシェはずっと思い出していた。あの男の瞳の色を。


 終止符打ちの紅い瞳は、罪に覚えのある咎人にとっては、地獄の火炎のごとく恐怖の象徴そのものだ。しかし、それに値しない、無垢で善良な人間にとっては果たしてどう映るのだろうか。



「あの目…きれいな色だったな…」

 

 まるで宝石のような輝きを持つ瞳。ルーシェはそれを思い返していつまでも呆けていた。



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