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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第156話 そして更に迷宮を巡る(続々続々・クロノス達のパーティーの二十五階層目での出来事)



 ――――よし、というわけで宣告の通り時を巻き戻して場所も移動してみたぞ。ここは迷宮ダンジョン二十五階層目のクロノス達がいるマップだ。まずはクロノス達が置かれている状況を再確認してみよう。


 えーと…Sクラス危険度モンスターのタートルスタチューと宝箱を守る攻撃以外を通さない見えない壁の二つを突破したクロノス達。後は宝箱を開けてその中にあるエリクシールを手にして地上へ帰還するだけ。マップのスタート地点へも一本道をただ戻ればいいだけだし特に困難はないだろう。




「んぐ…だめだ。」


 …だったのだが、ひとつ問題があった。そのひとつが大問題だったのだ。クロノスはその問題に目下挑戦中であった。あったのだが、解決できずに今しがた放棄したところである。


「まったく開かない。俺にも無理‼どうなってるんだよこの宝箱は‼」


 手に入れた四つの宝箱のうち一つを前に、クロノスはがっくりと項垂れていた。そう、宝箱を開けようとしたのだが蓋がどうやっても開かないのだ。


 宝箱に鍵穴はついていたが実はそれはダミーであり、なにもしなくても開くようになっていた。だが、押しても引いても上げても下げてもなぜかどれだけ力を入れても蓋がまったく開かないのだ。クロノスだけでなくディアナもシヴァルもマーナガルフもヘルクレスも、一人一人があらゆる方向から開こうと挑戦してみたが誰一人開けることはできていない。まるで蓋など最初から存在せず、これはこういうデザインのひとつの塊であるかのような…そんな風にも思え始めていた。


「もっと力を出したらいいんじゃないのか?」

「これ以上力を入れたら箱がぶっ壊れてしまうぞ。それは君も試しただろうヘルクレス。」

「まぁな。儂がやったら箱がメキメキ音を立ててやがった。」

「それでいいだろもう。箱はムリヤリぶっ壊しちまおうぜ。」

「中身になにかあったら危ないだろうが。」

「それをうまく避けてはしっこの方をイイ感じにうすーくカットしてその断面から取り出すようにしてだな…ここにいる連中ならそんくらい朝飯前だろ。なんなら俺様がやってやろうか?」


 そう言ってマーナガルフが爪を光らせて宝箱の端に片目をつむって狙いを定めていた。しかしそこにシヴァルが待ったをかける。


「それは駄目だよマー君。この宝箱…ちゃんとした手順を守って開けないと中身が台無しになるタイプだ。というか箱の方になにかあれば即座に発動する。コンコン君の炎で燃やしても駄目。箱はきんきらきんだけど材質はなにかの木でできてるみたいだから、ディアナさんの魔界植物の中に有機物を溶かすことができる「アシッド・ローズ」があったはずだから、召喚してそれで朽ちさせてみるってのもアリかもだけど…」

「やめておこう。箱になにかあったら中の仕掛けが発動してしまうのだろう?」

「さすがディアナさんは賢いね。その通りだよ。」

「んだよ。メイワクなダンジョン主もいたもんだな。」

「たまにあるんだよね。勝手知らぬどこの誰かもわからない輩に取られるくらいならいっそ中身諸共どかーん…ってやつ。神様もキチンとした手順を守ってもっていってほしいってことなんだろうね。だから、壊すのはナシだよヘルクレスのおじいちゃん。中身がどうなってもいいんなら話は別だけど。」

「…っと、ととと。」


 シヴァルが大して信じてもいない神を立てて、宝箱を力任せに開けようとすればたちまち中身も失われることになると警告してきた。戯言だと流したいところだが、シヴァルはこういった仕掛けの構造になんでか妙に詳しい。とりあえず従うべきかとマーナガルフに続けとばかりに愛用の戦闘斧(バトルアックス)である夫婦(めおと)の片方を振りかぶり箱の端っこを輪切りにしようとしていたヘルクレスが慌ててそれを引っ込めていた。


「ならどうするか…方法がまったく思いつかん。」

「つーかさ、べつに俺様たちで開けなきゃいけないル道理もないだろ。もう地上に持って帰って専門の箱開け屋に開けてもらおうぜ。パンはパン屋、鍵は鍵屋ってな。鍵はないんだから箱屋かね?」


 マーナガルフは閃いた。自分達に開けないのなら開ける人間に代わりに開かせてしまえばいいと。


 彼が提案した箱開け屋とは、ダンジョンで手に入った宝箱を金を払うことで代わりに開けてくれる店のことだ。そこではギミックに精通した専門家がいて、冒険者が持ち帰った未開封の宝箱の仕掛けを解いてくれるのだ。


 宝箱には素人には解けないような複雑な鍵が仕掛けられていたり、開けるとまず回避不可能な罠が発動するタイプなどがある。そういったものは鍵開けを得意とする盗賊(シーフ)などがいなくてはその場で開けることができないうえ、いてもそいつの技量が足りないと仕掛けが解けないし失敗したときのリスクは大きい。そうしたものはダンジョン内で下手に開けると危険なのでそのまま地上に持ち帰り専門職の彼らに対価を支払い開けてもらうというのが定番である。というかその場で開けるというのは、なんでもくんを持っていなくて荷物がかさばるのが嫌だとか今すぐ中身を見たくて持ち帰るのを待ちきれないとか、そういう理由がない限りあまりとらない選択肢だ。


「賛成。そもそも俺らの中に鍵開けに精通した人間はいない。もともとそうなるだろうとは思っていたし。」


 マーナガルフの提案には全員が賛成の意を示していた。S級だって常軌を逸しているとはいえ立派に人間だ。できること得意なこと、反対にできないこ不得意なことは当然ある。いま置かれている状況は後者にあたるわけだ。自分の手で開けられないことは決して恥ではない。むしろムキになってこのまま挑み続ける方がよっぽど子供じみている。



 ならば善は急げと、クロノス達はコンコン君を抱きかかえるシヴァル以外の四人がそれぞれひとつずつ宝箱を抱えてマップのスタート地点へ戻ろうとした。


「…む?」

「どうしたディアナ?」

「いや…なにか…音がしないか?」

「音?そんなのどこにも…する。この中からだ。」


 クロノス達の活動音だけが反響する静かな広場の中で、最初に気付いたディアナに続きクロノスが宝箱に耳を当ててみる。すると宝箱の内部から、かちこち、かちこち、と規則的な音が聞こえてくるのだ。


「なんだこりゃ。」

「俺様のからも聞こえるぞ。」

「儂のもだ。カチカチ聞こえてくる。」

「あ、まずい。みんなストップ。この宝箱持ち出し感知の罠がある。音は移動距離を測る針が振れる音だ。あったところから一定距離引き離すと爆発するよ‼」

「なに!?」


 シヴァルがまたも待ったをかけ、全員が足を止めた。ただの爆発程度ではクロノス達は被爆したところででどうということはない。しかし中身のエリクシールは別だ。爆発なんてされようものなら硝子づくりの小瓶はたちまち粉々である。仕方ないので来た道を少し引き返して宝箱の山の前まで戻ってきた。


「なんなんだよ‼デカいカメとバトって、見えない壁を突破して、それから開かないし持ち出そうとすれば爆発する宝箱‼いったいどれだけエリクシールを渡したくないんだよ‼くれる気がないなら最初から置くなし‼」


 戻って来てから宝箱を足元に置いて、クロノスが理不尽さに憤慨していた。ここまで我慢していたのにとうとう堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。これでもけっこう耐えた方だと思う。大人しいのは同格の冒険者の視線を気にして大人なふるまいを心掛けていたからなのだろう。しかし仲間はこれでこそクロノスだと言わんばかりにぎゃんぎゃん喚いて壁を蹴り大穴をいくつも開けている彼を微笑ましく見守っていた。


「おりゃおりゃ、おりゃあ‼…ふぅ、すっきりした。」

「気は晴れたようだな。なら宝箱の開け方を改めて考えるとしよう。」

「そうだな…やっぱりここで開けて中身だけを持って帰らなくてはならないということだろう。手に入れられるのは己が手で得た者のみ…その他の力を借りることは許されないと。」

「めんどくせぇな。ならイグニスや最初の連中はどうやって中身を手に入れたんだ。」

「そりゃあ、ここで開けたとしか考えられないよね。コンコン君ちょっと降りてね。」

「コオォォン…」


 シヴァルは腕から降ろしたコンコン君が名残惜しそうに自分を見てくる罪悪感を受け止めながら、クロノスが持っている分の宝箱を確認する。どこから取り出したのか目にルーペまで添えて本格的な調べ方だ。

 

「うーん…たぶんこれ、開けようとする人間のある状態を感知して開くタイプだと思うんだよね。」

「ある状態ってなんだよ。」

「ずばり…魔力、だね。肉体がなんらかのコンディションを示している時にだけ出る特殊な魔力の波長、それを感知するんだ。開ける人間がその状態になれば簡単に開くはずだよ。」

「だからその状態が何でどうやったらなれるのかを聞いてるんだよ。」

「それは僕にだってわからないよ。わかってたらここまで苦労はしないさ。」


 シヴァルだってもったいぶって知らないふりをしているわけではない。知ってたら多少の出し惜しみはしてもなんやかんやで教えてくれるはず。だって彼もさっさと地上に帰りたいし。タートルスタチューという魅力的な存在がいなくなった今、シヴァルはダンジョンにすっかり興味をなくしていた。




 それから五分ほど彼らは話し合い、ああでもないこうでもないと宝箱の開け方を議論しあって思いつくものは片っ端から試してみた。が、とくにこれといった確信を掴むに至らず成功もせず、その時間を無駄にしてしまうだけに終わる。


「(イグニス達も最初の連中もエリクシールはダンジョン内で飲んだ。つまり、ダンジョン内で宝箱を開ける方法があるんだ。知ってたわけではなく、偶然その方法を見つけ出した。その条件とはいったい…ん?)」

「Gyaooo‼」

「なんだ?」


 彼らが箱を開けた時、彼らはどういう状態だったか…考えていると突然上空からモンスターの大きな鳴き声がとどろいた。一同は新手かと一瞬思ったが、敵意を感じないこととなにより顔をあげて直接姿を見たことでそれが敵ではないとわかった。


「あ、ストーン君。そういやしまい忘れていたよ…いっけね。」


 モンスターの正体はシヴァルの所有するストーン君だった。彼はシヴァルがしまい忘れていた間ずっと大人しく飛び回り気づいてもらえるのを待っていたらしい。「ストーン君はメスだよ」…え、そうなの?ごめんごめん。次から三人称は彼女にしておこう。


「タートルスタチューと戦っていた時もけっきょく待機させたまんまでわるかったね。いい子で静かにしていて偉かったよ~。さぁ戻れ‼」

「GYAAAA‼」

「…あ。」

 

 ストーン君を片付けようとシヴァルがモンスターをしまう魔道具をかれ…おっと彼女に向けて放ると、ストーン君は光に包まれて魔道具の中へ帰っていく。しかしシヴァルに褒められたことが嬉しかったのか完全に姿を消す直前で暴れまくっていたストーン君は、尻尾を天井にずどんとぶつけてしまった。それで崩れた岩の塊がちょうどその真下にいたクロノス達へ襲ってくる。


「わっと‼」

「危ないじゃねぇかクソシヴァル‼」

「あはは、ストーン君も中から謝ってるから勘弁してやってよ。」


 直径が五メートルはある大岩を全員さっと避けたが、ストーン君の起こした粗相は飼い主であるシヴァルの責任であると彼には非難轟轟であった。シヴァルさすがに悪いと思ったのかへらへら笑いながらも謝った。


「ストーン君はもともとすごく小さいモンスターなんだ。それを僕が体を大きくしまくったから、体の細かいコントロールが上手くできないんだよね。」

「ならさっさとしまえばよかったんだ。」

「ごめんよマー君。すっかり忘れていたんだって。」

「まったく…シヴァル、君はモンスターの扱いをもっと慎重にしたまえ。今の大岩にしたって俺達だから避けれたし、仮に当たっても大したことはないだろうがな。これが他の一般人ならどれだけの重傷を負っていたか…下手をすれば死んだかもしれないぞ。…ん?」

「どうしたの?」

「怪我…うーん…」


 シヴァルに怒っていたクロノスが自分の発言にはっとする。そして次にもやもやしている思考の海に手を突っ込むイメージをして、その中からやっとひとつの仮説をサルベージしたのだ。


「まさか、その宝箱を開ける条件とは…()()()()()()()()()、とか言うんじゃないだろうな…」


 クロノスのつぶやきに全員が「それだ」と同意した。


「エリクシールは死以外のあらゆる状態を完全回復させる秘薬。それをしまっておく大切な箱の開封条件が生命に関するものであったとしてもおかしくない。」

「とても貴重なものなんだから、ここぞというときにしか使っちゃダメ‼…ってことになってたかもしれないね。」

「そんで冒険者二組の方もタートルスタチューと戦えば大抵のやつはタダではすまねぇ。どっちも死にかけて開けることができたってわけか。」

「自分で言っておいてなんだがそんなうまい話があるのかよ?」

「なら代案を出せ。それ相応にふさわしい物ならそっちに考えを切り替えてやろう。」

「…あ~りません。なんも思いつかないもん。それにそれなら納得はいく。あのカメと戦えば確実な負傷は免れないからな。そのために配置された守護者というわけでもないだろうが。」


 そう都合よくいくものかとそれを言ったクロノス本人が疑るが現状他に当てがあるわけでもない。とりあえずは開封を試みる者が瀕死の重傷下にあることを仮定して話を進めることとした。


「つまり、この蓋を開けるためには触った人間が死にかけていなくてはならない。普通ならタートルスタチューとの戦いなどでそれほどまでに傷ついて勝手に条件クリアとなるのだろうが、見ての通り俺達は全員無傷さ。それを試すためにまずは誰かが負傷をわざと受けなくてはならないわけだ。」

「なら決まりだな。これから俺様たちでシヴァルをタコ殴りにして瀕死の状態にしちまおう。そんで宝箱を開けさせるんだ。完璧だな。」

「ちょ、なんで僕!?」

「あったりめぇだろ。こんなかで一番楽にボコれそうなのがテメェ以外にいないんだぜオォン!?」

「ダメでしょ‼」


 マーナガルフが出した「シヴァルをボコボコ大作戦」は本人の意思を尊重したうえで却下された。いくら何でも納得できないのは当然である。


 何はともあれ、負傷が前提である開け方なのならその回復手段を用意しておかなくてはならない。クロノスがなんでもくんからダンジョンポーションを探し出して地面に置く。


「幸いなことにダンジョンポーションはある。なんでもくんを斬り分けたときにナナミ達の方へ多めに渡したが少しだけ残しておいてよかった。瀕死になったはいいがエリクシールを使わざるを得ない状況はこれで回避できる。」

「んじゃさっそく…」

「まったまったまって‼こういういっしょに置いてある宝箱って、実は性質をリンクしていたりするから、仮に僕一人をボコボコにしても生体情報を記録されて同じ魔力でぜんぶは開かないよ‼」

「ならダンジョンポーション使ってテメェを治してからもう三回半殺しにして、合計四回開ければ万事解決だろ。」

「いくらなんでもそれはイヤだよ僕は‼」

「そもそもだが…宝箱を開けるためにはどのくらい死にかけていなきゃならないんだ?重傷っつってもいろいろなレベルがあるぞ。骨が折れる、内臓が破裂する、手足が千切れる、他にも考えうるだけでいろいろだ。どの程度痛めつけておけばいいのやら…」

「ひとしきり試そうぜ。」

「ひどい‼」


 拳をぽきぽきと鳴らしてシヴァルを叩きのめす準備をするマーナガルフにシヴァルがやめてくれと突っ込んだが、ほとんど無視されていた。


「痛いのなんて御免だね。しかも四回もだなんてお断りだい‼やるなら他の人も痛い目みてよ‼」

「ならやってみろや。S級四人、テメェだけで重傷を負わせてみな。」

「う…たしかにそれは厳しいかも…君ら無駄に硬いし。」

「仲間割れはよせ。我々は一時的にとはいえパーティーを組んだのだぞ。そのようなことしたら宝を手に入れたあとの奪い合いと何も変わらん。あくまで全員が納得する方法で、だ。」

「おぉ‼さすがはディアナさん。話がわかるね‼」

「それにシヴァルを四回嬲るなどそんなことする必要もあるまい。瀕死の人間は宝箱の数と同じく四人必要なのだろう?それならすぐに用意する方法がある。」

「なにかアテがあるのかい、ディアナよう?」


 首をかしげるヘルクレスに「その通りだ」と言い放ち、ディアナはレイピアを抜いてその先端をある一点に指しむけた。


「「「?」」」


 ヘルクレスとマーナガルフとシヴァルの三人が仲良くつられてレイピアの先端の方へ視線を移すと、その先にいたのは…クロノスだった。


「…俺?」

「ああそうだとも。クロノス、貴様が私たち四人を手に掛ければ簡単に事は進むだろう?」

「えっ、それは…むむ。」


 クロノスの発言を己の手で彼の口をふさぐ形で物理的に制したディアナは、強い眼力で話を続ける。他の者に一切の間髪を与える気はないようだ。


「確かにS級とはいえ無抵抗の人間を嬲り、瀕死にするだけならばこの中の誰にでもできる。全員丈夫ゆえ少し時間はかかるがな。だが瀕死、重傷の細かい定義がわからない以上、確実に死にかけていると認めてもらえる状態にせねばなるまい。だがしかし、賊王には、レッドウルフには、神飼いには、そして風紀薔薇(モラル・ローズ)には、できない。九割九分九厘…すなわち、99.9%殺し、わずか0.01%だけ生かしておける技術を、私たちは持ち合わせていない。」

「…」

「それは確かにそうだな。俺様もガチでやりあって相手を殺すことはできても、ギリギリのギリで生かすなんてできないぜ。」

「儂もだ。ほぼ殺す、はちっと骨…本音を言うなら無理だ。」

「だろう?というかすべての冒険者の中でもそれができるのはクロノスだけだ。そう、終止符打ちである貴様だけが持つ力だ。」


 まるでこの男のことは自分が一番よく知っているとばかりに得意げな顔で話をするディアナを、マーナガルフ達は珍しいものをみたとばかりにまじまじと観察してた。そうしているうちに、シヴァルがディアナの案に乗り気になっていった。


「うーん、痛いのはイヤだけど、クロノスだったら僕もいいかな。君にだったらこの体を好きされてもいいぜ?」

「気持ち悪いぞ。さすがにドン引きだから言い方を考えてくれ。もしくは今すぐ実はやっぱり僕は女の子でしたー‼的な展開にしろ。」

「あはは、いくら僕でもいきなり女にはなれないね。でも君にやってもらえるならいいというのはホントだよ?それほどまでに君は親友としての誇張ナシで信頼できる存在だ。いや、ここはビジネスライクに同業者として終止符打ちの技術に信用できるって言っておこうかな。少なくとも、マー君にズタボロにされるよりは痛くないと思うよ。だってあんな爪でひっかかれたらたまったもんじゃないよ。」

「あんだと?ひっかき以外にも蹴りや殴りも加えてやるぞ。」

「やめておけマーナガルフ。当のシヴァルはそれでいいようだな。私も票に入れたら二票。例えヘルクレスとマーナガルフが拒否してもクロノス本人が認めれば多数決で勝ちだな。」

「…ケッ、痛い思いをしたくないから嫌だってわけじゃないが…しょうがないか。俺様も乗ったぜ。」

「面白れぇじゃねぇか。そういやこの間、儂クロノスのことを思いきり殴っちまったからな。けじめのためだったとはいえやりっぱなしってのも性に合わねぇ。儂も賛成するぜ。好きにしな。」


 クロノスは四人を傷つけることに抵抗があったが、当の四人は全員それに乗り気だった。まるで今から痛い思いをするのが自分ではないかのようなあっさり具合だ。だがそれには訳がある。彼らはクロノスの力を知っているのだ。だからこそこんな無茶なやり方に賛同できるのだ。それにはやれと言われたクロノスも困り顔だ。


「あのなぁ…そんな使いっぱしりの買い物に行ってくるようなノリで死にたがるなよ。ひとつしかない命の行く末を簡単に預けてもらっても困る。」 

「そんなにイヤそうな顔をするな。本当に死ぬわけではないのだから貴様が罪悪感を感じる必要はない。他に方法も思いつかないんだし、どうかひとつ試してもらえないかクロノス?皆貴様の腕を信用しているから頼めるのだ。」

「そんな信用、高級なシルク布に包んで菓子折りセットで送り返してやりたいね。だが…迷宮ダンジョンの探索にもだいぶ飽きてきたところだしな。今回だけは、君たちの信用に応えてやろう。やってやろうじゃないか。半殺しならずほぼ全殺し、大嫌いな終止符打ちの二つ名だがその名にかけて必ず成功させてやろう。」


 さっさとエリクシールが欲しい。こんなことでいつまでももたもたしていられない。思いきりのよさも優秀な冒険者の証だと、とうとう折れたクロノスはディアナの提案に乗った。


「短い間とはいえパーティー組んで共闘した相手を手に掛けるのはちょい気が引ける。特に淑女である君に手を出すのは俺の良心が…」

「フッ、貴様はやると決めたら女子供、老若男女関係なくやる男だ。やってくれると信じている。…ただまぁ、少しの引け目が微塵でもあるのなら、帰ってから私を存分に労わってくれ。」

「まぁ老体に鞭を打たない程度に頼むわ。」

「ギャハハ‼まさか終止符打ちさんのアレを自ら進んで体験するハメになるとはね。迷宮都市に来て一番の地獄だぜ。」

「それじゃあコンコン君とミノミノ君はここに入っていてね。…巻き添えになると確実に死ぬから。たぶんとは言わないよ。絶対に死んじゃうから。」


 それぞれの覚悟が決まり準備をはじめる。準備と言っても先ほど出したダンジョンポーションをなんでもくんにしまいなおしたり、シヴァルが使役獣を魔道具に戻した程度のことだったが。


「そういやクロノス。オメェ武器が無いじゃねぇか。」

「…そうだった。剣三本は見事にロストしてしまったんだ。なんでもくんに代わりになりそうなものは…ないな。」

「そうかい。なんなら儂の夫婦(めおと)をどっちか貸そうか?斧は使えたよな?もし使うなら旦那の方を勧めておくぜ。」

「いや、いらない。マーナガルフの爪も、ディアナの指揮者(コンダクター)も、シヴァルの杖だって借りる必要はない。そもそも壊したくない。君らだって貸したものが壊れて戻って来てほしくはないだろう?」

「…そうかい。いらねぇってんなら貸さねぇよ。」


 クロノスは武器の貸し借りを断った。しかしそのことについて誰も言及することはない。武器もなしにどうやるのか、それを彼らは知っているから尋ねることはないのだ。


「いつでもいいぞ。貴様の好きな時に嬲るといい。」

「待った。…少し集中する。さっき使った殺気出すやつの比じゃないから、しばらく構わないでくれ…」


 そう言ってクロノスは、息を大きく吐いてから立ったままで目を閉じた。宣言した通りその集中力は並大抵のものではなかった。これから四人の実力者を屠るために瞑想の世界へとしばしの旅立ちだ。ディアナ達はクロノスが次に覚醒するときを大人しく待つことにした。




「クロノスのやつ、まただんまりしやがって…ところでコレいつになったら終わるんだ?」

「知らないよ。そもそも今のあのおしゃべりの状態が、元を知る僕たちにとっては異常なわけでしょ?なにがどうなって今のああになったのかもわからないのに、反対のアレに戻る過程なんて誰にもわかるわけがない。でもクロノスがやると言ったんだ。大人しく待っていようよ。」

「やれやれ…まさか終止符打ちのアレを受けることになるとはな…ディアナにマーナガルフ、おめぇらアレやったことあるか?アレっつぅのは、終止符打ちと、直接やりあったことがあるのかって話な。ちなみに儂は初対面でやる羽目になった。子分が街娘に粗相をやらかして偶然居合わせたあいつとぶつかることになってな…結果は惨敗よう。」


 クロノスの準備が終わるまでの間、暇を持て余すヘルクレスが気恥しそうに頭を掻きながら残りの三人にそう尋ねてきた。ディアナ達も退屈であったらしく渋ることなくそれに答えてくれた。


「ある。あの男とは一度決闘をしたことがあるのだ。その原因はこちらの不手際、身も蓋もなく言えば私の完全な勘違いだったのだがな。それを経て二つ名に相応しい冒険者であると知った。年下の男に負かされたのはあれが初めてだったよ…」

「俺様は前に一度な。まだ俺が冒険者になってなくてどこぞの傭兵団で木っ端な傭兵の下っ端やってた時だ。そこの団の人間性は最悪な連中ばっかでよ、そんなかに詐欺強姦強盗殺人違法品の密輸密売のスーパースペシャルコンボやらかしたバカがいたんだ。そこに嗅ぎつけてきた終止符打ちさんがやってきて…あとはまぁ、想像通りだ。当時の俺様も終止符打ちの名前だけ知ってたけどよ。そんときはまさかそいつがそうだと知らなくて、傭兵団にカチコミかけにきた身の程知らずと勘違いして他のやつらと一緒に迎え撃ったのさ。他の傭兵も全員叩けばホコリどころか汚物がこぼれるような連中だったし嗅ぎつけたそいつを返り討ちにして闇に葬るつもりだったんだろう。結果はご期待の通り重罪と指名手配のやつだけキッチリと、だ。…俺様はまだその時は冒険者っつーのを小馬鹿にしていたもんだが、思い知らされたぜ。ケッ、思い出しただけで当時の自分の若さに腹が立つぜ。」

「僕なんかしょっちゅうだよ。大親友だもんね、あはは。…ホントに連れて帰っちゃダメな、それこそギルドでも見逃してくれないような僕でもさすがにヤバいかなコレって思えて罪悪感が湧いちゃうような友達を欲に逆らえずにこっそり連れて帰って育ててたら、どこから聞きつけたのかスゴイ顔で無言でやって来て…いやあの時だけは僕も焦ったね。ぶるる…」

「いったい何を飼おうとしたんだよ。」

「そんなのは今はどうでもいいでしょ。とにかく思い出しただけで…おしっこ漏らしちゃいそうだよ。」


 雑談で各々が終止符打ちとの思い出を記憶の中から引きずりだして語りあっていた。…が、全員あまりいい記憶ではなかったようで苦虫を次々と口に入れては租借しているような不愉快と恐怖の混じった表情である。あのシヴァルですら苦笑をまじえながらへらへらして、すぐに頭の中に思い出を戻していた。


「無理に思い出さなくてもいいぞ。どうせすぐにまた見れるのだからな。あの寡黙なギルドの犬の面をな…フフ、見て見ろ私を…体が震えている。これは武者震いかそれとも本能が恐怖を叫んでいるのか…情けない話だ。部下にはとても見せられないな。誰も見ていないダンジョンの中だからこそ、こうして醜態を晒す方法を立案できるのだがな。」

「…そうだな。俺様もさっきから体中が震えてきやがる。早く準備が終わらねぇかな。とっとと終わらせてほしいもんだ…ぜ?」

「儂もだ…あそこでじっとしている男がこれからあの終止符打ちになるのかと思うとガタガタと…いや待て。こりゃ地面が震えているぞ。」

「なに?また揺れ…!?」


 自分達の体が勝手に震えているだけかと思っていたが、どうやらそれは違ったようだ。震えているのはここの何もかもだった。壁も床も天井も、ごごごと大きく揺れていた。



 何事だとディアナ達が周囲を見渡すと、突然背後に大きな気配を感じた。彼女達はS級冒険者。間違っても背後に不意をつかれる人間ではない。当の本人たちがそのことに驚きながらも振り返ると、後ろには巨大ななにかがいたのだ。それは…


「シンニュウシャ‼シンニュウシャ‼」

「…タートルスタチューだぁ!?」


 突然現れたモンスターの正体を知りヘルクレスが驚愕した。何十メートルもある巨大な体にそこから伸びる首と四本の手足。全身は石造りで姿は大きなカメの彫像そのもの…


 それは、先ほどクロノスが真っ二つに斬り捨てたはずのこのマップの守護者のタートルスタチューだったからだ。


「さっき倒して消えたはずではないか‼もう一匹いたのか…!?」

「そんなはずはねぇ‼さっきまでどこにもいなかったんだぞ‼いきなり湧いて現れたみたいだった…‼」

「いや…コイツは、再出現しやがったんだ。」

「そんなわけなかろう。いくらなんでも早すぎる…倒してから一時間も経ってないぞ。」


 ダンジョンの守護者は倒すと数日から数か月程度の期間を経て、再びダンジョンによって生み出される。しかしいくらなんでもさっき倒したばかりの個体が再出現というのは異常だ。慌てる四人へタートルスタチューが気を利かせてくれたのか語ってくれた。


「タートルスタチューハ、スンゴイオタカラヲマモル、チョウユウノウナシュゴシャデス。マンガイチタオサレテモサイユウセンデフッカツシマス。」

「マジか…守護者まで特別製かよ‼」

「参ったな…クロノスはあの通り動けない。私たちで食い止めるぞ‼」

「ミノミノ君、コンコン君、ストーン君‼引っ込めたばかりで悪いんだけどまた出てきて‼」


 クロノスは恐ろしく集中していてタートルスタチューが現れたことにも動じていなかった。おそらく自分の世界に浸かるあまりに、そもそもタートルスタチューが再出現したことにすら気づいていないのだろう。彼の邪魔はさせないとタートルスタチューの前へ四人が立ちふさがる。


回転する刃(スピンカッター)を出させるな‼一度動き出されたら止められない‼その前に私がソーン・バインドで手足を封じるからマーナガルフとヘルクレスは首を狙え‼」

「よしきた‼」

「ストーン君は空中からストーンブラストで彼の気を引いて‼ミノミノ君はヘルクレスのお爺ちゃんとマー君と一緒に攻撃だ‼」

「UGAAA‼」「ブモオォォォ‼」

「シンニュウシャハ、ヨンメイ‼ソレトハイカノモンスターガサンビキ‼ゲイゲキシマス‼ゲイゲ…」


 迎え討とうとするディアナ達の心意気や良しと、タートルスタチューが彼女達に向ってもう突進しようとした。



「キ…?」




 だがその戦いはあっさりと終わってしまった。始まってもいないのに。



 なんでかって?タートルスタチューが、縦真っ二つに割れてしまったからだ。



「シンニュウシャ…テイセイ…シンニュ…ゴメ…イ…」


 そこで意識が途絶えたタートルスタチューは、ずうぅぅんと大きな音を立て二つに分かれた肉体が地面に沈んで消えた。


「なんだぁ?急に出たと思ったら急に消えやがったぞ?」

「いや、消えたのではない。倒されたのだ。倒したのは…‼」


 巨大な肉体が巻き上げた土煙がだんだんと晴れていく。左右に転がるタートルスタチューの爪と甲羅はやつのドロップアイテムだろうか?そしてその間にいたのは…クロノスだった。


「クロノス、おめぇがやったのか?」


 ヘルクレスの問いに彼は答えなかった。


 しかし不思議だ。剣を失ったクロノスは武器になるようなものを何一つ持ってはいない。魔術を使った形跡もなく、そもそもクロノスの魔術は中級止まり…タートルスタチューを真っ二つにするほどの威力の魔術はない。武器も魔術もなくいったいどのようにタートルスタチューを斬り伏せたのだろうか。


 斬撃でも魔術でもない。しかしそれでもクロノスはタートルスタチューを一瞬にして倒すという結果をそこに残したのは確かな変わりようのない事実である。そのことでディアナ達は気づいた。既にクロノスがさっきまでと違い、()()()()()()()()()に。


「オォン…このプレッシャーひっさしぶりじゃねぇの。」

「紛れもなく、終止符打ちの平常な状態だ。なんだ、やっぱり猫被ってたんじゃねぇか。」

「やっぱり君にはそっちの方がよく似合うよ。ぺらぺらおしゃべりする君なんてらしくないね。」


 各自が声をかけたがクロノスはまったく反応を示さない。したことといえば瞼を開いて紅く光る瞳をぎらぎらと滾らせたくらいだ。だがそれが何よりの彼の証なのだ…


 終止符打ちは口を開かない寡黙な犬だ。これがクロノスの本来の姿なのだ。そこには、ミツユースのおしゃべり猫など微塵も存在しなかった。


「…少し抵抗した方がよさそうだな。しなければ、死ぬ。」

「賛成。ちょっとマジメに暴れようぜ。」

「ギャハハ‼面白れぇ‼終止符打ちさんとマジ喧嘩かよ…何分持つかな?」


 矛先を消えたタートルスタチューからクロノスへと向けた四人は、全力をもって彼に向った。





 …それからどうなったって?それなら皆さんは先に見ていたのでご存知のはずだ。


 彼らはクロノスに、終止符打ちに望み通り、狙い通り99.9%殺されて、その状態で自らの血で濡れた地べたを這いつくばりながら辛うじて動かせる体のどこかをなんとか使って宝箱を開くことに成功した。そしてダンジョンポーションを使って人前にはとてもお見せできないような悲惨な肉体を綺麗に治して地上に戻っていったのである。



 そしてディアナ、ヘルクレス、マーナガルフ、シヴァルと、ついでにぶつかり合いの途中で何度か復活したタートルスタチュー数十匹を消し去ったクロノス。彼はどこかへと消えた。どこへ消えたか?そりゃもちろんわかっている。まずいメインディッシュを終えた後は、最後に食後のデザートでお口直しと相場は決まっているのだ。デザートが何だったのかは、また時を進めてさっきの時間へ戻って見てみるとしよう。




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