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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
154/163

第154話 そして更に迷宮を巡る(続々続々続・ナナミ達のパーティーの十階層目での出来事)



「これならどうだ‼瞬斬刃(クイックナイフ)‼」

「効かんわぁ‼」

「ちっ、これだけ速く投げても当たらないか…‼」

「今度はこちらの番だな…覚悟しろ小娘‼どりゃあ‼」

「くっ…ぐぁ‼」


 リリファの放つ高速の投げナイフ攻撃を見切り剣ではじき返して、自身も彼女へ渾身の斬撃を横なぎに放つジェネラルゴブリン。素早く重い一撃を受けまいとリリファは後ろへ飛んで躱したが、発生した強い風圧で着地のバランスを崩されて地面を転がってしまった。


「…隙ありだ‼」


 そのチャンスをジェネラルゴブリンは見逃さない。ゴブリンにしては大柄な体格な彼だが、それでもゴブリンとして身軽な体で素早くリリファの元へ駆け、転がっている彼女に向かって剣を振りかぶって上から叩きつける‼


「…‼」


 自分に迫りくる剣の影に死の気配を感じ取ったリリファ。あれを受ければ自分の華奢な体は真っ二つだ。リリファはそうなる前に地面を自分から更に転がって斬撃を避けた‼ほとんど反射的な行動だったが、自分のさっきまでいた場所の地面にジェネラルゴブリンの剣が深く突き刺さっていたのを見てほっとする。


「…はぁ、はぁ。」

「今のは斬ったと思ったが…見事な身のこなしだな。子供だろうになかなかやる。」

「子供だと…私だって立派な大人だ‼まだ成人にはなっていないが、初潮は来ているぞ‼」

「リリファちゃん‼子供扱いされたからってそんなことカミングアウトしちゃだめだよ‼そういうのは言わないものなの‼」

「うるさい‼だってこいつが子ども扱いするから私が如何に大人か教えてやろうかと…‼」


 遠くから魔術を撃ちながらナナミが注意してきたが、リリファはそちらにも食って掛かっていた。そういうところが子供なんだぞと、私とジェネラルゴブリンは思っていた。


「…コホン。お前たちが狙っていたのは一人をこちらに送り込んで我とぶつけるという作戦だったのだろう。それなら我はそいつと戦っている間、配下に命令を出せないし、無理に出そうと隙を作ればそのまま倒されるかもしれない。どちらにせよ配下か我のどちらかは()()()。それはなかなか良い策だとほめてやろう。しかし、悲しきかな…仕向けたお前が我との戦いについていけていないな。」


 刃にこびり付いた土を払う間ジェネラルゴブリンはリリファに話しかけてきた。リリファはその際も隙を探り彼の一挙手一投足を見逃さないようにしていたが、ジェネラルゴブリンには一部の隙も無い。迂闊に飛び込んでも剣で斬られるしナイフを投げてもはじかれて即座に詰め寄られてしまうだろう。そのくらいの気配を、ジェネラルゴブリンが会話の時間を作るためにあえて出しているのだとリリファは気づいていた。


「おそらくお前はこう思ったのではないか?「ジェネラルゴブリンは配下の強化と命令が本領で、本体は大したことはない。だから自分一人でも倒せるだろう。」…と。お前たちとの戦いでは我自身が戦っていなかったからそう考えてもおかしくはない。だが残念だったな。我は王でなく将‼我自身、その辺の輩に負けぬ鍛え上げられた肉体を持っている‼」

「…‼」

「ギギッ、図星かな?まぁそういうことになっているがな。我は自分がダンジョンによって生み出された守護者のモンスターであると知っているうえ、最初からこの状態で生まれてきたことも知っている。鍛えてもいないのに鍛え上げたとは言葉に(あや)があったな…すまんすまん。ギッギッギ…‼」


 鍛えることなく生まれつき最強の体を手に入れられてラッキ-だったと、ジェネラルゴブリンはゴブリンらしい鳴き声で笑っていた。


「くそ…くっ、ダンツにもらったナイフも切れたか…あとは…‼」

「ギッギッギ‼なんだその紅く錆びついたナイフは?そんなもの何の役に立つ。」

 

 リリファが取り出した赤錆だらけのナイフを見てジェネラルゴブリンはゴブリンらしく笑う。


「(さて、この小娘の相手をしていても時間の無駄だな。)」


 見えない隙を探り続け突っ込んでこないリリファに退屈を覚え、ジェネラルゴブリンは彼女に悟られぬように戦っている配下の方を見た。実は彼はリリファと打ち合っている間も命令こそ出せなかったものの、きちんと配下の戦局はその都度確認していたのだ。


「喰らえっ、クルロさんのスーパースラッシュ‼」

「ギギッ‼」

「ああっ‼受け止めてるんじゃないぞ‼ちゃんと斬られろよ‼」

「(ふむ、配下たちもだいぶやられ苦戦はしているが、まだ二十は残っている。人間どもは我が命令を下さねば何もできぬと思っているようだが、同胞もある程度なら自分で考えて動けるのだ。あれならもう少し時間を稼がせてそれから我自身が戦線に加わればすぐに巻き返せるだろう。減った数に関しては人間どもを片付けたそのあとでダンジョンに生み出されるのを待てばいいさ。そうすればすぐに群れの規模は元通りだ。それよりも…)」


 次に見たのは仲間に補助魔術をかけたり支援の電撃魔術を放っていたセーヌだった。


「ショックサンダー‼…オルファンさん‼キャルロさんの魔宝剣の切れ味が落ちて魔術しか使えなくなってます‼」

「任せてください‼剣の神よ、一刻の鋭さをかの者へ…「エッジ・チャフ」‼」

「これで大丈夫…アレン君‼ニャルテマさんへ二匹向っています‼そちら側へ寄って彼女を守ってください‼」

「わかったよ‼」「にゃ、頼むにゃ‼」

「(さっきから指示を出しているあの女…たしかに魔術の使うタイミングも指示の判断もいい線をしているが、指示のほうはとりわけ有能なわけではない。あの程度の指示、意思疎通ができているのなら人間達側の誰にでもできたことだろう。)」


 ならばなぜセーヌが指示役に徹しているのか。彼女がパーティーの暫定リーダーであることを知らないジェネラルゴブリンは一つの仮説を導き出していた。


「(指示ができるのではない…指示を受けても動けないから指示役の方をせざるを得ないのだ。そう‼この中でもっとも疲労しているのがあの女ということだ‼)」


 考察から結論へ移行したジェネラルゴブリンは、同時にリリファをその場に残して走り出した‼「…どこへ行く気だ!?私はこっちだぞ‼」呼び止めたリリファを無視して向かうのは、彼女ではない新たな標的のいる場所。


「危険でもないお前と遊ぶのは終わりだ‼我はこの戦いに確実に終止符を打つために、最善の手をとらせてもらおう‼」

「なに…!?おい待て‼…くっ、足止めに失敗した‼そっちへ向かったぞ‼」


 リリファとの戦いを放棄したジェネラルゴブリンは、まっすぐとセーヌの方へ向っていく。リリファは追っても間に合わないと悟り仲間に警告をした。


 リリファの声でジェネラルゴブリンの進路にアレンやクルロが立ちふさがり奴を足止めしようとしたが、ジェネラルゴブリンは走りながら力任せに剣を振って彼らを吹き飛ばしてしまう。


「(人間は命を惜しみ仲間の死をいつまでも未練がましく嘆き…たとえそれが戦いの最中であってもだ‼一人、一人殺せれば奴らはたちまちにぶり形勢は逆転する‼一番弱っているあの女を殺す‼)」

 

 ジェネラルゴブリンの狙いは最も弱っていそうなセーヌを仕留めることだった。一人が死ねば他はパニックを起こし連携ができなくなると考えたのだ。それを実行するためにジェネラルゴブリンは更に足を急かす。


「こいつ…スパイダーネット‼」

「む…配下を縛り上げた網か。この程度…むぅん‼」

「何!?」


 縛り上げられ動けないゴブリンアーチャーたちにとどめをさしていたヘメヤが横を駆け抜けようとしたジェネラルゴブリンにすれ違いざまにスパイダーネットを絡ませて動きを封じようとしたが、ジェネラルゴブリンは体中の筋肉を膨らませて強度としなやかさを持つヘメヤのスパイダーネットを力任せに引きちぎってしまった。自慢の網がいともたやすくプチプチと引きちぎられて驚くヘメヤを後にしてジェネラルゴブリンは更にセーヌへ接近する。


「突破された…来るぞセーヌ‼」

「私のほうに…‼」

「ギハハハハ‼死ねぃ‼」


 数々の妨害をすべて力ではねのけてあっという間にセーヌの前にたどり着いたジェネラルゴブリンは走る勢いのまま地面を飛び、彼女の頭上から全力で死の一閃を放った‼



 かきん。



 何かがぶつかり砕けたような音がした。着地の勢いで下を見ていたジェネラルゴブリンは、それが女の骨が斬撃で砕ける音なのだと思った。


 顔をあげればそこには頭かそうでなければ肩口から真っ二つに割れて止めどない血を噴き屍と化した女がいるはずだ…勝利のための決定的な一歩を歩んだとジェネラルゴブリンはほくそ笑み、自らの顔をあげて女の無残な姿を想像しながら確認した。


「…おろ?」


 だが顔をあげたジェネラルゴブリンは間抜けな声をあげてしまう。視線の先には期待していた真っ二つの女がいなかったからだ。いや、女はいる、いた。…無傷で。


 躱されたか?ならば今のは何の音だ?そこまで考えたジェネラルゴブリンは。次に自らの剣を見てその疑問を解決する。


 女は斬られていなかった。その代わりに、自分の剣の刃が根元近くから折れてなくなってしまっていたのだ。否、折れたのではない。刃の失われた断面は、すっぱりと切断されていて断面からわずかな白煙があがっていた。


「…」

「な、に…‼」


 そして目の前の女は、よく見れば同じく白煙を立ち昇らせる見慣れぬ棒状の武器を構えていたのだ。それを見てジェネラルゴブリンは驚き同時に察する。あの音は剣が切断された音だったのだ…こいつが剣をあの得体の知れぬ武器で切断したのだと。そして同時に疑問に思う。この女のどこにそれだけの力が残っていたのだと。


「どういう…ことだ?」

「ざ~んねんでした。その人…こんなかで一番強いんだよ。」


 先の無くなった剣を視界に入れたまま目をぱちくりとさせるジェネラルゴブリンに、近くまで駆け付けたナナミが答えてくれた。それはもういい笑顔で。例えるのなら、複雑に練られた悪戯が成功して無邪気に喜ぶ子供のような…そんな()()()()()()()()()()…そんな笑顔だった。


「…な、そんなことは…」

「終止符を打つ…終止符打ち。その言葉を、私の主のその名は…やすやすと使っていいものではございませんよ…‼」


 ジェネラルゴブリンは言っていた。この戦いに終止符を打つと。終止符打ち…その言葉は、セーヌの耳にもばっちり届いており、同時に彼女の琴線にも触れていた。セーヌは、彼のことを人知れず主神とはまた別の主と呼び慕っている程度には大好きなのだ。偶然だったとはいえその言葉を騙る輩を許すはずがない。


「あ「失礼致します‼」…!?」


 殺気を出すセーヌにジェネラルゴブリンが何かを言おうとしたが、それは一番近くにいたセーヌにも聞き取れなかった。発言と同時に感情と力を爆発させた彼女の攻撃が彼を襲ったからだ。


雷環(らいかん)電里(でんり)霆元(ていがん)霹谷(へきこく)靂交(れきこう)震裂(しんれつ)‼」

「が、がぁ…ガギッ…!?」


 セーヌによる目にもとまらぬ速度のトンファーの突きがジェネラルゴブリンの体のあちこちに刺さる。そう、刺さるのだ。一撃一撃が重く鋭いその振りは、まるで肉を刺し貫くがごとく激痛を感じる。


 セーヌの技にはまるジェネラルゴブリンはなんとか殺戮の嵐からの脱出を図ろうとしたが、まるで自分から攻撃を喰らいにいくような感覚に陥ってしまい無様に受け続けるしかできない。そうしている間にもセーヌの打撃は次々と体に深く打ち込まれていく。


「(なんだ…この女の攻撃は…体がうごかない…‼それになんだこの技は…この女は回復や補助の魔術を使うのではなかったのか…!?)」


 ジェネラルゴブリンは攻撃の中でも後方支援を行うはずのセーヌがこれだけの威力の物理攻撃ができることに疑問を抱き続けていた。が、しかし、彼はそもそもの根底から間違っているのである。 



 セーヌは別に疲れていたわけではない。むしろ仲間の誰よりも万全な状態を保っていた。体力が尽きたのではなく暫定リーダーとして何か不測の事態が起こった時のために体力を十分に温存しながら動きを抑えていたため、それがジェネラルゴブリンにとって不調に見えたに過ぎないのだ。


 ここはダンジョン内でゴブリンと戦っている最中に別の罠やモンスターが襲ってこないとも限らない。パーティーのリーダーとはそんな不測の事態を常に考えて行動しなくてはならない。今まではそれは本来のリーダーであるクロノスの役目だったがここに彼はいない。ならばその役目は自分がしなくてはならないとセーヌは判断して、そういうときのために彼女はあえて力をキープして戦っていた。なので弱く見えただけ…実際はまったく疲労などしていなかった。


 そもそも本来なら、セーヌの手加減なしの全力であれば、百匹はいたゴブリンの群れをジェネラルゴブリン。…その()()諸共殲滅できた。一人だけで。なぜなら彼女はB級冒険者、その中でもA級に片足を突っ込むだけの戦闘能力を有している女性だからだ。


 それでも一人で倒そうとしなかったのは、一番の理由として今の自分は積極的に敵に攻撃をする職ではない仲間の支援が目的の治癒士(ヒーラー)だから。役目を逸脱した行動はたとえ攻撃のためであってもパーティー全体の崩壊につながるかもしれない…それを警戒してのことだった。


 だが今は脅威が自分に襲い掛かってきた。ならば遠慮はいらないとセーヌは治癒士(ヒーラー)の役目を一時だけ捨て、破壊力のすべてをジェネラルゴブリンへ注いだのである。

 


「…ふぅ。以上で終了でございます。」

「か、体が動かん…それどころか、体中を雷が駆けずり回っているような…女‼我に何をした!?」

「一説に、人が雷に打たれて死ぬのは、実は全身のそのツボに雷撃を一気に受けてしまうのではないかとも。また、金縛りはこの技の名からとられてつけられた名ではないかとも言われております。」


 技が終わっても動けないジェネラルゴブリンに、セーヌは今しがた使った技の説明をする。


「どういう…ことだ…?」

「つまりでございますね…貴方の全身を巡る特別なツボに、雷の魔術打撃を余すことなく打ち込ませていただきました。私の家に代々伝わる秘伝の技のひとつで、本来は治療に用いるものなのですが強く打つことで対象の生命力を暴走させます。名を…「雷鳴金昴流(らいめいかなすばる)」といいます‼」


 そう言ってセーヌが説明を終えた途端、ジェネラルゴブリンに異変が起こった。


「が、が、が、が、がが、ががが、が、がが‼」


 腕が、足が、腰が、首が、その他体中のあちこちが…変な方向にいびつにひしゃげ始めたのだ。本来曲げられない方向に無理に曲がる肉体とそこから噴き出る血液に、ジェネラルゴブリンの頭と口は激痛を訴えた。 


「がっ、ががっが、ががが、が、がが、が、がっがっがっが…‼」


 体が変な方向にひしゃげながらジェネラルゴブリンは地面から浮き上がり後方へ勢いよく吹っ飛んでいった‼そして再び地面に接触して大激突。それからボールのようにごろごろぼんぼんと地面を弾んで転がることおよそ二十メートル…やがて止まったのだ。



「が、がぁ…‼」


 地に伏して痛みに悶えるジェネラルゴブリン。それでもまだ息はあった。血まみれの体を起こしてなおも戦おうとする。


「ぐ、ぐが…‼体が…動かん…‼」

「もう貴方は動けません。全身の骨と臓物を砕き、神経の機能を電撃でかく乱させましたから。立つことも難しいでしょう。」

「おのれ…まだだ。我が動けなくともまだ配下が…‼」

「そっちももう終わったよ。」


 自分が動けないのならと、ジェネラルゴブリンはまだ生き残っているゴブリン達に命令をしようとしたが、そこにゴブリンと戦っていたはずのアレンが声をかけた。そこには先ほどまでいたはずのゴブリンもゴブリンブレーダーも一匹もおらず、そこらに魔貨とドロップアイテムのがらくたが転がっていた。ゴブリン達はいつの間にやら壊滅していたのだ。


「な…まだあれだけいた配下が…一匹残らず…だと…!?」

「ナナミ姉ちゃんのアイスニードルで怪我をしたのばっかりだったからだいぶ戦いやすかったよ。数が減る度にこっちも連携する余裕ができたし、後半になるほど楽勝だったね。それにザコのゴブリンを片付け終えたブラック君とスパスパ君もこっちに加わってくれたから早かったんだ。というかほとんどあっちがやってくれたし。」

「ぎゅう‼」「…」

「いやー、なんとか怪しまれずにセーヌさんのほうに行ってくれないかなーって思ってたんだよね。自分から来てくれてラッキーだわ。リリファちゃんの見立てのとおりね。」

「…まさか‼」

「ようやく気付いたか。お前は私たちの中でも最も弱っている者か、指令役となる者を優先的に排除すると思ったんだ。その二つを満たすように見えたセーヌになら、お前は確実に向かう。手こずっている配下ではなく自らが仕留めるためにな。」


 ナナミとリリファの言葉でジェネラルゴブリンは気づかされた。自分に向けられたリリファという子娘は自分を仕留めるための本命でなく、戦闘を放棄させより倒しやすいと思わせた相手であるセーヌという女に向わせるための、ジェネラルゴブリンを後方から引きずり出すためのおとりだったのだと。もちろんジェネラルゴブリンを直接妨害して配下に命令をさせられないようにするのもリリファの目的だったが、倒そうとまでは考えていなかった。


 セーヌを直接ジェネラルゴブリンのもとに送らなかったのは、実際彼女が指示役を仕方なくではなく本当にこの中で一番優秀にやってくれていたからだ。こちらはジェネラルゴブリンを倒すのは前提条件である。それに加え仲間の被害をゼロにするのも大切な条件だった。もしセーヌが直接ジェネラルゴブリンの元へ赴いて指示と支援を離れた際に誰かがゴブリンブレーダーにやられたら…セーヌが危惧していたように突然の第三者の介入があったなら…その万が一の対処をするためにセーヌには極力移動してもらいたくはなかったのだ。なので、ジェネラルゴブリンをセーヌの方へおびき寄せる作戦にしたのだ。


「途中で邪魔しようとして吹き飛ばされたりわざと弱い網を引きちぎらせたり…みんなでいい演技してたね。」

「私のような小娘が本命などとは笑わせてくれる。多少肉付きが良くなっても頭はゴブリンの浅知恵だったな。」

「グッ、グギッ…‼」


 遠くからリリファに嘲笑われ悔しそうにしていたジェネラルゴブリン。だが動かない体に全身の激痛の前ではもはや何もできなかった。



 あとはこのまま死ぬだけか…諦めかけていたジェネラルゴブリンの前に、一つの影が現れた。


「ギッ…‼」

「お、お前は…‼」


 目の前には宝箱を命令通り大事そうに抱きかかえるゴブリンがいた。戦闘の最初にジェネラルゴブリンの命令を聞いて隠れていたはずだが彼を心配して出てきたようだ。


「それを…寄越せぇ‼」

「ギッ…!?」


 それを見たジェネラルゴブリンは最後の力で起き上がり、ゴブリンを乱暴に突き飛ばしてから宝箱を強引に奪い取ってそれを開けようとする。


「これがあれば…傷が治る…我は生きることができる…‼」


 配下も討たれ自身も満身創痍。ジェネラルゴブリンは冷静な将としての理性を既に失っていた。残っていたのはゴブリンとしてのすべてを捨ててでも自分だけは生き残りたい…群れが壊滅的になった際逃げ出そうとするゴブリンの本能と同じものだけだった。目は血走っていてもはや最初の余裕などどこにも見られない。


「我さえいれば…我が生きていれば群れは不滅なのだ‼あぁそうだ‼またこれを飲めば…‼」

「醜い。醜態だなこれは。負傷して自分の死を受け入れようとしていたさっきとえらい違いだ。」

「うるさい‼まだ我は…あ?」


 少女に話しかけられ怒鳴り散らすように答えたジェネラルゴブリン。「まだ我は終わっていない。」そう言おうとしていたが途中で言葉が詰まってしまう。胸のあたりに違和感を感じたからだ。


 ジェネラルゴブリンの胸には剣が突き刺さっていた。突き刺さっていたというか体の内側から突き出ていた。剣身の真っ赤に輝く長い長い剣が。ゴブリンの血で更に真っ赤に染まって。


「な…?お前は盗賊の小娘…?どうやってここまで…‼」

 

 首元だけ後ろを向けたジェネラルゴブリンは、そこにセーヌに向かうまでやりあっていた少女リリファの姿を見つける。剣の柄は彼女が握っており、剣を背中から突き刺したのはリリファであると誰もがわかることだ。


 しかしジェネラルゴブリンはセーヌに吹き飛ばされたので人間の誰からもかなりの距離を空けていた。当然リリファとも二十メートル以上離れていたはずだ。だがリリファはその距離を一瞬で詰めていたのだ。


 いったい何をしたのか。どうやってここまで来たのか。そしてこの真っ赤な剣はなんなのか…本日何度目かもわからぬ思考の苦悩。ジェネラルゴブリンの賢いとはいえ所詮ゴブリンベースの知能は、激痛と混乱と疑問で吹っ飛んだ。


「ガガ…ギギ…ガッギ…!?」

「ゴブリンの頭では考えが追いつかないか。…私ははじめ、これを「メイヨヲマモルツルギ」と聞いて、てっきり私自身の名誉を守ることかと思っていたんだ。しかしこれは違う。」


 リリファの背中には翼が生えていた。真っ赤な翼だった。しかしふわふわの羽毛ではなく、まるで宝石のように透き通った紅で、ごつごつした鉱石のような、そんな翼だった。


「これが…この剣イノセンティウスが守るのは…相手の名誉‼命の極限で醜態を晒し、醜さそのものとなったものを死によって解放し名誉を守ってやること。それがこの宝剣の力。それがなければ赤錆だらけのがらくただ。クロノスも賊王ももっとわかりやすく教えてくれればよかったんだ。」

「ギギ、ギ…‼」


 リリファがなにやら呟いていたが、ジェネラルゴブリンにはどうでもよかった。今受け入れねばならないのは自分が死ぬと言うこと。そこでジェネラルゴブリンは思考が闇に沈んだ。



 ジェネラルゴブリンは死んだ。最後に醜態を晒しかけて、リリファにその名誉を守られたまま死んだのだ。その証として後には普通のゴブリンとは違う輝く魔貨だけが残されていた。




「やったねリリファちゃん‼ジェネラルゴブリンを倒したよ‼それにその剣なんか大きくなってるじゃん。イノセンティウス使えるようになったんだね‼」

「天使とか、柄ではないんだがな。そして使いにくい…使いにくいぞイノセンティウス‼せっかく使い方を理解したのに使いにくい‼こんなもんいるか‼」

「えーせっかく力が使えるように…ってあれ?羽と剣が…」

「一時的なものらしいな。少なくとも今の私には一瞬が限界ということさ。」


 不満そうにするリリファの背中から鉱石の翼がぽろぽろと崩れるように無くなり剣も元の短刀に戻ってしまっていた。今はまだその程度の実力なのだとリリファは駆けよってきたナナミにそう言ってイノセンティウスを太腿のナイフホルダーにしまった。


「…ギ、ギ、ギギーッ‼」

「おっと…‼」


 最後に唯一残った宝箱を持っていたゴブリンは群れが支配者もろとも全滅したことを知り、宝箱を放り投げてどこかへ逃げていった。生き残りのゴブリンは他の群れと合流したり一匹で生きて強くなったりもするが、たかだかゴブリンの一匹、ほぼほぼ他のモンスターに襲われて終わりだろう。それにどうせここはダンジョンの中、地上の人間に被害をもたらすことはないのでどのみち何もしなくてもよい。リリファは投げられた宝箱を落ちる前にキャッチしてそう思っていた。


「ついに手に入れたね。さ、はやく御開帳よ‼」

「なんだそのゴカイチョウって。慌てるな…最後まで油断はよくないぞ。…鍵もないし、罠もないな…」


 宝箱は手に入ったが盗賊(シーフ)として最後まで油断はしないリリファは慎重に箱を確認する。だが杞憂に終わったようで宝箱に複雑な鍵も厄介な罠のたぐいもひとつも仕掛けられてはいないようだった。リリファが蓋を開けると、そこにはクッションの一つもない中に小瓶が武骨に収められていた。


「これで間違いないようだな。違うものが入っていたらどうしようかと思っていた。」

「やったねリリファちゃん‼」

「お、手に入ったッスか。」

「みんな‼無事だった?」

「おうともにゃ。みんなピンピンしているにゃあ。」


 戦いで散っていた仲間達がナナミとリリファの元へ集まってくる。誰も大きな怪我はおっておらず、無被害で戦闘に勝てたようだ。


「さぁ‼すぐに帰ってイゾルデさんに渡してあげよう‼これでクエストクリアだよ‼」

「帰りも油断せずに戻りましょう。地上へ戻るまでがダンジョン探索ですからね。」

「「「はーい‼」」」


 そう言ってセーヌが皆に告げると全員が元気よく返事を返す。そして、パーティーは急いで地上への道を目指すのだった。




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