第151話 そして更に迷宮を巡る(続々続・クロノス達のパーティーの二十五階層目での出来事)
「まったく迷惑をかけてくれる…それにしてもみんな心なしかどこか生き生きしているようにも見える。軟弱な雑魚相手の日常に退屈しているんだろうか?なんせ全員根は血に火が灯れば燃焼を通り越して爆発するような暴れん坊の連中だしな…この調子であのカメくんを引き付けておいてくれたまえ。さてと宝箱がすべて燃え尽きる前に回収しないと。」
マーナガルフ達がタートルスタチューの相手をしている間に再び宝箱が山となり積み重なっている場所の前まで戻ってきたクロノスは、マーナガルフがこちらへうっかりと弾き飛ばしてしまったタートルスタチューの怪光線を浴びて燃え始めた宝箱の山に目をやった。
宝箱の山は今のところ光線が直接当たってしまい駄目になったものを除けば中身が露出するほどひどく燃えているものはない。だが、もたもたしていたら既に燃え尽きた宝箱と同じ運命になるのは目に見えている。
「宝を守る防衛機能は…そのままか。部屋の魔力が減って機能が止まっていたりしないかと思ったが、そう上手くもいかないな。」
クロノスはまず試しにと手を伸ばして宝箱に触れようとしてみたが、やはり周囲の地面を囲む線の真上にきたところで手はぴたりと見えない壁に阻まれてしまいその先に持っていくことはできなかった。次に拳を握り壁のある場所を思いきり叩いてみれば、拳は線の真上を突き抜けそのまま先の方へ入り込めた。しかしクロノスが手を開き殴る状態を解除すると、途端に力が跳ね返るのを感じ取りそのまま押し戻されてしまった。
「やはりこれはこういう罠の一種なんだろう。攻撃だけが通るのは、この壁自体はとても脆いから…壊されたら壁の意味が無いから攻撃だけは通すことで壊れないようにするんだ。攻撃が通っても中のお宝をとれないのならやはり防ぐことには成功しているわけだからな。こんな壁、これまでいろいろなダンジョンや遺跡に挑んだが初めて見るぞ。いったいどんな構造をしているんだか…大陸にはまだまだ俺の見たことのないいろんなものが溢れているんだな。まぁ俺は専門家ではないから構造を調べるようなことはできないし、今やることはそれじゃないんでね。独り言はここらにしておいて、と…始めようか。」
見えない壁の構造を再確認し終えたクロノスは腰に下げた愛しきヴェラザードが選りすぐった剣の最後の一振りを鞘から引き抜き、それを自分の正面にまっすぐに構えた。
「おそらくだがイグニス達は仲間の誰かに盗賊がいて、そいつの技で壁の中に入らずともこちらに宝箱を引き寄せたのだろう。盗賊の技にはスナッチ・スティールをはじめとしてそういうのがいくらでもあるからな。たとえ真実が異なったとしてもあれだけの大人数が集まれば何か手があったはずさ。一度目は逃げながらそれでうまくいって今回も同じように…と考えていたら、タートルスタチューの迎撃はそこまで甘くなかったと。だけど俺達の中には盗賊はいないから別の手段を使うしかないな。特殊な技だから使うのは久しぶりだけどうまくできるかな…?」
そう言ったのを最後にクロノスは剣を構えたまま目を閉じて静かに黙りこくってしまった。
「…」
その光景は一言でいえば異様だった。背後でタートルスタチューと戦う仲間達がどっかんどっこん大音量を出しているのに、彼の周りだけ音が空間から奪われたような静けさだ。そしてクロノスの剣を構えて目を閉じたままの体勢はまるでどこかの国に仕える騎士の儀礼の一環かなにかのようであり、彼が実際に鎧姿であったのなら本当にどこかの国の騎士ではないかと見紛うほどだ。…なによりも、これだけ黙った状態であるのは普段からうるさいクロノスにしては珍しい。
クロノスは、背後での騒々しい仲間達の繰り出すこれまた騒々しい戦闘音をまったく気にすることもなく、ずっとその体勢を黙って続けていた。
…さて、クロノスはあのまま何も変わっていないのでこのまま見ていても退屈だろう。彼に何か変化があるまでの間に視点をマーナガルフ達の方へと変えてみるとしよう。
「コウドウニシショウアリ‼マリョクエネルギーモウバワレテイルモヨウ‼フッキヲココロミマス‼」
「動くな‼くっ…どれだけ元気なのだ…バインド・ソーンよ‼もっと奴の魔力を吸い取れ‼」
タートルスタチューはマーナガルフの策略でひっくり返された後で首と手足にディアナが喚び出したバインド・ソーンのツルに巻き付けられて、今度こそ完全に動きを封じられていた。力任せに引きちぎられそうになってもツルは互いが絡みついて複雑に編み込まれており、暴れてもその衝撃が四散して伝わることで簡単には切られないようにしてある。そこにバインド・ソーンのもつ特性の魔力吸収能力がタートルスタチューのエネルギーをどんどん吸い取っていく。
「ハイジョ‼ハイジョ‼」
「暴れるな…‼S級四人でなんとか抑えられるほどとは…何がS級がいれば倒せるだ…‼このモンスターは危険度Sの中でも格付けすればトップクラスのS++となるくらいには強いぞ…‼」
「ガッハッハ‼なんでこんなモンスターがダンジョンの比較的浅い階層にいるんだろうな!?あれか!?若い連中が言う隠しボスって奴か!?どうでもいいがそのまま押しとどめておけよディアナぁ‼」
「わかっている…貴様らこそ間違ってツルを切るなよ!?これでもけっこうギリギリなんだ‼」
「わーってるって。囲んで叩くぜ…おりゃ‼おりゃ‼喰らえ‼」
「ガッハッハ‼袋叩きも立派な戦法よぉ‼どらぁ‼せいやぁ‼どっせえぇい‼」
「ブモオォォォ‼ブモオォォォ‼」
ディアナがバインド・ソーンで手足と首を雁字搦めにして動けなくしたタートルスタチューの全身を巡り、ヘルクレスとマーナガルフとキングミノタウロスのミノミノ君がそれぞれ武器を持って叩いたり削ったりして袋叩きにしていく。なお、ディアナはタートルスタチューの拘束を一人任されてバインド・ソーンの操作に集中しているため攻撃には参加していない。
S級冒険者二人と同じS級冒険者シヴァルの所有する強力な使役獣による猛攻。これが普通の相手だったらとっくに跡形も残っていないだろう。しかしタートルスタチューは二人と一匹の集中攻撃を受け続けてもなお、相変わらずその硬い肉体は攻撃を受け付けず、わずかに石の欠片をぽろぽろと地面に零すのみ。大きく割れることは決してなかった。マーナガルフ達もシヴァルが肉体の硬さは部位によって微妙に異なると言っていたので、どんな攻撃がどこに有効かを調べるために片っ端からいろんな場所をいろんな技で攻撃しながら探っていたのだが、どこもかしこも柔らかいという単語を使うには失礼だと思えるくらいには硬かった。けっきょく、どこを攻撃しても効率はさして変わらないだろうと、マーナガルフ達は思い思いに全力で攻撃を続けていたのだった。
「これでどうだ…神滅狼疾斬‼」
「そりゃあ、魂撃割破だぁ‼」
マーナガルフとヘルクレスは全力を籠めて思いきりの一撃の斬撃と打撃を叩き込む‼…が、それでも少し大きい欠片が甲羅から割れてぽろりと落ちただけ。それ見て二人はそれまでに作った欠片を一個ずつ蹴り飛ばしてからやってられないと追撃を止めて肩で息をしていた。
「ぜぇ…ぜぇ…ちくしょうが…‼」
「なんちゅう硬さだ…今のは前にやったレイドでモンスターの親玉を真っ二つにした儂の最高の一発だぞ…‼こんなん繰り返したらコイツを粉々にしきるのに何か月かかるんだ‼」
「オォン?息が上がっちまったのかよ?これだから年寄りは…‼」
「ガハハ…テメェもじゃねぇか。」
「ギャヒヒ、はぁはぁ…クソが。息があがっちまったのなんて久しぶりだ。整え終わったらもう一発…‼」
「…ダメだね。やめやめ。相手が硬すぎるよ二人とも。あ、パシャパシャ君もう少し横からのアングルでも撮っておいて。」
ただ一人戦闘に参加せずパシャパシャ君に指示をして撮影を続けさせていたシヴァルが、無駄だと攻撃を止めるように言ってきた。なおミノミノ君はシヴァルの命令で先に攻撃を止めて控えていたのでマーナガルフとヘルクレスほどの疲労はなかった。
「タートルスタチューは本来は防御に全振りしたモンスターで光線や回転攻撃はおまけみたいなものなんだ。おまけであの威力なんだもんさっすがはSランクのモンスターだ。惚れ惚れしちゃうね‼石の体はいったいどんな鉱石で構成されているんだろう…うわぁ、本当に連れて帰って調べたいなぁ…‼」
「シヴァルくぅ~ん?テメェも戦いに加わってくれてもいいんだぜぇ?つうかやれ。一人だけ楽しやがって、ぶっ飛ばすぞ。」
「やだよ。僕なんかがやっても何の足しにもならないさ。それと何もやっていないわけじゃないよ。ミノミノ君に頑張らせていたし…ほら、さっきからコンコン君に一か所を延々と熱させているけど全然効いてないよ。」
シヴァルの足元でキュービフォックスのコンコン君が一生懸命に火炎を吹いてタートルスタチューの甲羅の一か所を熱させていたが、マーナガルフにはあまり効果がないように見えた。それは事実だったようでシヴァルもすぐにやめさせていた。
「ね?よくわかったでしょう。ま、こんだけやっても壊れない君らの武器とそれを扱う君たちの腕はやっぱり素晴らしいことは知っているけどね。こういう防御全振りの相手はやっぱり滅竜鬼みたいなモンスター絶対殺すウーマンじゃなければムリだね。もしくは武神か破界坊主のおじさん。」
「ギャハハ…確かにあの三人ならこんくらい屁でもないだろう。全員俺らなんて可愛く見えるほどの命知らずでぶっ壊すことに全特化した冒険者だからな。というか一人はこのカメを絶滅させた張本人じゃなかったっけか?…だけどよぉ、今この場にあいつらはいないんだぜ。そしてあの馬鹿力連中みたいな火力は今の俺らにはとてもじゃないが出せねぇ。出せってんならもっといい武器がいる。とりあえずこの爪を魔銀に換えるくらいはしないとだな。」
「わお。それじゃあ絶対にムリだね。」
「ケッ、冗談だ。だがどんなに時間をかけてもこれじゃあいつまで経っても仕留めらんないぜ。おい風紀薔薇。テメェ石を溶かす消化液を出す魔界植物とか出せないのかよ?」
「見くびってもらっては困る。私の喚び出せる魔界植物の種類は千種を超える。アテがないことはない…のだが、私はこのカメの躾で手一杯でな。他を喚び出す余裕は全くないのだ。またこれを暴れまわらせてもいいのなら話は別だがな。」
ディアナの魔界植物は主に絡め手や毒などを使う戦い方に用いるものである。その中にはマーナガルフが所望するような石を溶かす性質を持つ魔界植物も確かにある。だがディアナは先に言った通りタートルスタチューを押さえつける仕事があるので手いっぱいであり、他の植物を喚び出している余裕などとてもない。気を抜けばツルはあっという間に引きちぎられてしまうだろう。なので残念ながらこの方法は使えなかった。
「じゃあダメじゃねぇか。無理なら無理って言えよ。」
「うるさい。貴様こそ自慢の爪が役立たずなくせに。レッドウルフらしく爪が駄目なら牙で噛み砕いて見せろ。しかし困った…我々で駄目となると、いよいよクロノスに頼らないと…そういえばクロノスの方はどうなってい…る!?」
力自慢のマーナガルフとヘルクレスで駄目ならあとはクロノスしかいない。なんやかんや言っても彼は同じS級の中でもこと戦闘能力においてはトップクラスであることは誰もが知っているし認めている。
そう思いディアナは敵にツタを千切られないように油断はせずそちらに意識を残しつつ、かろうじてできた余裕でクロノスの方を向いて様子を伺おうとしたが、そこで開いた口がふさがらなくなってしまった。
「…‼」
「どうした…うっ‼これは…殺気だと!?」
ディアナの様子を不思議に思い同じようにマーナガルフがクロノスの方を見ると、途端に苦虫を噛んだような顔になった。なぜなら、クロノスのいる方から並々ならぬ殺気が漂ってくるのを感じたからだ。
「殺気ということは…新手のモンスターが来たのか!?」
「マジかよオイ…タートルスタチューだけでも面倒だってのに…」
「いや、違う。これは…クロノスのものだ。」
「…」
殺気の出元は新手のモンスターではなく、そちらにいたクロノスからであった。彼は目に見えずとも確かに存在する禍々しい殺気をこれでもかと放ち、ずっと黙ったまま剣を構えてその場に立ち尽くしていたのだ。
「あいつ何してんだ?あんなに殺気なんか出して…」
「あれは…」
その異様な光景に仲間達はタートルスタチューとの戦いも忘れ魅入ってしまう。ただその中で一人、シヴァルだけは冷静にクロノスが何をしているのかに気付いていた。
「あー、クロノスってばアレやっちゃうつもりだね。そうかアレならたぶん…ディアナさんなら知ってるでしょ?」
「…ああ‼アレをする気か。なるほど合点がいった。」
「オイオイ‼なに二人だけ納得しちゃってるんだよ。クロノスはあんなに殺気ムンムン出して何をしようとしているんだよ!?」
「…‼」
マーナガルフが勝手に納得する二人に問い詰めていたそのとき、ついにクロノスに動きがあった。彼は目をかっと見開いて、そして前に向かって歩き出す。
しかし目の前にあるのは道を阻み攻撃以外を通さない見えない壁。その体は攻撃以外のすべてをはじく壁に阻まれてしまい進むことはできなかった…と思いきや、クロノスは壁のあると思われる地面の線を踏み越えて、その先へずんずんと歩いて行ったのだ。
「入れた…っつーことはあれで何かの攻撃をしているってことか?だが宝箱をとろうとすれば攻撃を止めることになる。そうなったら途端に攻撃じゃあなくなって追い出される。どうするつもりだアイツ。」
壁の中に入れたのは、殺気を放つクロノスを壁は何かの攻撃をしている状態であると認識したかららしい。しかし内部で攻撃以外の行動をとれば即座に壁の外にはじき出されてしまうのは先に確認済み。
どうするつもりかとマーナガルフがクロノスの動向を伺っていると、次に彼は信じられない行動をとった。
「…」
「…オォン!?宝箱を普通にとりやがった!?んなことしたらはじき出されて…‼」
攻撃以外の行動が許されない空間の中で、クロノスは宝箱をそっと手に取り持ち上げたのだ。それはすなわち攻撃行為を止めたということに他ならず、彼はすぐにでも宝箱をその場に残して壁の外にはじき出されてしまうだろう。マーナガルフはそう思い心配したが…あ、いや、心配したのはクロノスの身ではなく、彼がいなくなったあと確実に地面に落とされるであろう宝箱の方であったのだが…
「ありゃ…なんも起こんねぇ…?」
しかしクロノスは壁の中から排除されることはなく、その場に居続けることができた。それどころか手にした宝箱を片手持ちにして空いた手で何事もないかのように二つ目の宝箱に手を伸ばしている。予想外の光景にマーナガルフはお口あんぐりである。
「オイオイオイ…普通にとれるじゃんか。やっぱり攻撃以外はできないってのはなんかの間違いだったんじゃねぇの?」
「いや、調べた通りあそこでは攻撃以外の行動は許されない。だからクロノスは攻撃している。貴様にはそう見えないのか?」
「オォン?テメェ、箱を持つことのどこが攻撃…」
ディアナに不思議なことを尋ねられマーナガルフはもう一度目を凝らしてクロノスを見てみた。
やはり彼はただ宝箱を持っているだけだ。死角にナイフを隠し持っているだとか、口元を動かして魔術の詠唱を行っているだとかそんなことは一切なく、攻撃しているようには素振りすらも見えない。
…だが、マーナガルフは、ただ宝箱を持っているだけで攻撃と言えるような行為を一切していないはずのクロノスに、だんだんとおかしな感情を持ちはじめた。
「…している。ただ宝箱を持っているだけなのに、俺様にはアイツが攻撃しているように見える…?なんだこの変なカンジ…でも、アイツはただ宝箱を持ち上げただけだ。なにも…‼」
「してないよねぇ?でもしているように見える…不思議だよねぇ?」
不思議を通り越して不気味な感覚に襲われるマーナガルフ。しかしそれはクロノスを見ていれば見ているほどに募っていくのだ。答えを知っているシヴァルはマーナガルフの様を眺めへらへらとほくそ笑む。自分だけが理解できないことにマーナガルフはだんだんと苛ついてしまう。
「ヘラヘラと笑ってんじゃねぇ‼アレはいったい何なんだ!?もったいぶらずに教えろや‼」
「あーハイハイ。そうカッカしないでよマー君。」
「だから早よ教えろ。」
「えーどうしよっかなー?マー君怖いからなー?」
「なんだと‼もっと怖くしてやろうかオォン!?」
「わー怖いよー助けてコンコン君‼」
「コオォォン‼」
「埒が明かん…私が話す。クロノスが今使っているのは「殺戮空間」という名の技だ。」
「殺戮空間…なんじゃそりゃ。」
「あれは全身から圧倒的なまでの殺気を放ち、見るものすべての防衛本能を刺激して使用者が「攻撃を行っている」と錯覚させる技だ。あの技を使っている間はどんなことをしていようと、例え殺傷に関わらぬ行為であっても、そのすべてを攻撃を行っている状態だと認識させられてしまう。見えない壁の判断がどのようにされているのかは知らないが、人間と同じ感覚ならまず騙せるだろう。」
「ほぉ、どんな行動をとってもそれを攻撃と認識させる…ねぇ。」
ディアナに説明されたマーナガルフは、相槌を打ちながらも言っていることの半分もわかっていない。だが今こうして見ている自分がそう認識させられているのだから信じるほかないだろう。
「(俺様にはクロノスが俺様に攻撃してきているように見えるぜ…二人もそれぞれ自分に攻撃されているように見えているんだろうか?ってことは壁も…ヘンな技だぜ。)」
「変わった技だと思うでしょ?僕もそう思うよ。本来はなかなか仕掛けてこない相手に強引に先制攻撃させたり、カウンターで攻撃待ちの相手にタイミングをずらさせたりする技らしいけど、使いどころが難しいうえにデメリットがあるらしいから失敗作扱いだそうだよ。あの技を開発したところの人たちにとってはね。」
「つくった…アレもよそからパクった技なのか。元はいったいどこの誰のモンなんだ?」
「…普人の昇格だね。」
「んだと!?だがあそこは門外不出の…ギャハハ‼終止符打ちさんよぉ、アンタはデカい隠し玉どんだけ持ってるんだっつうの‼ギャハハ‼」
げらげらぎゃははと何かがツボに入って笑うマーナガルフ。その笑い声に出迎えられるように、いつの間にか四個の宝箱を器用に積み上げて抱えたクロノスが戻ってきた。
「よぉ…お待たせしましたねっと…この…通り…四つだ…」
「よくやったぞクロノス。」
「どうしたんだ?そんな喉が枯れたような声を出して。」
「あぁ、マー君それはね「おぉい馬鹿どもが‼手ぇ抜いてんじゃねぇ‼カメが動いちまうだろうがよ‼」…あ、やば。そっちの方忘れていた。」
クロノスの成果に喜び彼の働きを労っていたが、そこでヘルクレスに怒鳴られ一同ははっとした。自分達はタートルスタチューと戦っていたはずなのにいつの間にかクロノスの殺気に魅入られてしまい、そちらから気が逸れてしまっていたのだ。
「やぁゴメンゴメン。クロノスの方を見てたらそっちを忘れていたよ。写真はパシャパシャ君に任せていたし僕が見ていなくても大丈夫かなって油断してた。てへっ♪」
「これだから若い連中はすぐ新しいことに目移りしやがって…うおっ!?」
シヴァルたちの気がクロノスの方に向いていた間、 ヘルクレスが一人で攻撃を続けて勢いをなんとか抑え込んでいたようだが、タートルスタチューは体を大きく動かして彼を吹き飛ばし、さらにディアナが目を離し力が弱まったバインド・ソーンをぶちぶちと千切りはじめた。
「ちっ、面目ないぜ。倒すって言ってたのに仕留め切れなかった。」
「謝ることはないさマーナガルフ…約束通り…倒さずに抑えていてくれただけでよかった…」
「おい‼また動き出すぞ‼」
「マモナク、コウソクカラダッシュツシマス。ソノゴゲキメツ‼」
「まーたかよ。何度目なんだか…またひっくり返してやるぜ‼」
「その必要はない…なぜなら…」
「逃げられるぞっ‼」
その瞬間、タートルスタチューがすべての手足の自由を取り戻した。直前にディアナが新たなバインド・ソーンを喚んだがそれは間に合わずタートルスタチューの甲羅の刃が残らず斬り刻んでしまった。
「キケンナハンノウヲカクニン‼ユウセンテキニハイジョシマス‼」
クロノスの殺気を読んだのかタートルスタチューは近くの四人を無視してまっすぐに彼の元へ回転して飛ぶように地面を滑っていく。それを止めようとした四人だったが、回転の勢いのついたタートルスタチューには近づくこともできず、みすみす横を通す形になってしまった。
「クロノス‼そっちへ行ったぞクロノス‼避けろっ‼」
「自分から…来てくれたのか…ふふ…ありがたいな…こっちは…我慢の限界だったんだ…」
「ハイジョ‼ハイジョ‼」
高速で迫るタートルスタチューから逃げもせず、クロノスは何かをぶつぶつと呟く。
「この技を使うとな…殺気が出っぱなしになってしまうんだ。抑えるためにはこの殺気を何かで発散させなくてはならない…その何かってのが…」
苦し気な顔をしつつもにこりと下手くそに微笑むクロノスに、タートルスタチューの回転する刃が襲い掛かった‼
決着は着いた。斬撃攻撃を受けて彼は真っ二つになってしまった。いや、彼ってのはクロノスのことではない。
「ガガ…?」
彼とはタートルスタチューのことだ。彼は、回転をぴたりと止めて巨大な肉体は縦に真っ二つになっていたのだった。ついでに断面から見える内部も石造りだった。
「ガガ…タートルスタチューノコンディション…フメイ。ゲンジョウガハアクデキマセン…‼」
自分に何が起きたのかさっぱり理解できない。タートルスタチューは顔も真っ二つになっていたが、どこからか発声して自分の異常を必死になって調べようとしていた。
そしてその前方には刃がぼろぼろになった剣を振り下ろして平然としているクロノスがいた。
「ガ…ガガピ…?イッタイ、タートルスタチューハドウナッテ…?」
「死んだんだよ君は。俺の放った斬撃によってさ。」
「ザンゲキ…?タートルスタチューハ、ムテキ…ソレヲキルナド、ニンゲンノハンチュウをコエテイマス…」
「知るか。現にできたんだから現実を見なさいっての。発散させなきゃいけなかったのは…殺戮欲求なんだ。殺戮欲求を満たすことでのみ殺戮空間の状態は解除される。別に倒さなくていいと言ったのは、最後に俺が君を斬りたかったからなのさ。でないと俺は殺戮欲求に呑み込まれ仲間を殺したくなってしまうからな。まったく、とんでもない欠陥技だよなコレ。使うことなんて滅多にないから集中に時間をとられてしまった。」
「ガガ…ガ…‼」
「だけども君を斬ったことで満足したよ。…俺の生前に滅んだ絶滅種のモンスターなど、滅多に斬れぬものだからな。是非一度斬ってみたかった。さぁ、巨躯で偉大なる守護者よ。敗者は眠るといい。」
「タートルスタチュー…コレイジョウノセイメイカツドウ、フカトハンダン‼ジ…ジバク、シマス…‼…ジバクカイロ…コショウ…!?イジョウアリ。イジョウアリ…」
「無駄さ。もう君は何もできない。何もかも、斬ったからな。」
最後の悪あがきだとタートルスタチューが何かをしようとしたが、クロノスが斬った時になにかをしたのか特に何も起こらず、「イジョウアリ…イジョウアリ…」と真っ二つになった体で延々と同じことを繰り返しながらタートルスタチューは二つの肉体を地面へ倒れさせて消え去った。
その場には並みの家一軒と同じくらいの大きさがありそうな巨大な魔貨と、タートルスタチューのドロップアイテムであろう甲羅と同じ形の大きな石が転がって残った。
「ふぅ…君もご苦労様だな。特に語る思い出もない短い間柄であったが、君は良い剣だったと思うぜ。君も眠り給え。」
クロノスはそう言って、剣身がぼろぼろに砕け散った最後の剣をそこらに思い入れもなく投げ捨てた。殺戮空間の使用リスクである殺戮衝動が収まったのだろう。その顔はすっきりとしたものになっており、調子もいつものものに戻っていた。
「…やっぱコイツってバケモンだわ。同じSランなのに実力差を感じちまうぜ。」
「謙遜することはないぞマーナガルフ。知識や他冒険者の統率能力も実力を測る指標だ。君の百人を超える荒くれ団員を実力で抑え込み配下に置く君の素質は素晴らしい。それを加味した総合力では俺など君に遠く及ばないさ。」
「ケッ、褒めたってなんもやらねぇぜ。」
実力差を感じたマーナガルフだったがクロノスに別の形で褒められて素直になれず後頭部をぽりぽりと掻いていた。
「まぁなんでもいいじゃねぇかマーナガルフ。守護者も倒したしエリクシールの入った宝箱も必要分手に入った。」
「それもそうか。」
「それもそうだぜ。さぁさっそく開けてみようじゃないか。」
「わお‼ついに中身の入ったエリクシールとご面会か。楽しみかも‼」
「なんでもいい。早く開けて確認してくれ。」
戦いは終わり宝箱も手に入ったが、これで終わりではない。宝箱を開けて全部に本当にエリクシールが入っているのかを確認しなければならないのだ。
クロノスは地面に置いた宝箱の一つに手を伸ばす。
「こ、これは…‼」