第150話 そして更に迷宮を巡る(続々・クロノス達のパーティーの二十五階層目での出来事)
--------------------------
種族名:ジェネラルゴブリン(種族は元の種を参照)
基本属性:無
生息地:大陸全土に広く棲息
体長:およそ150センチメートル程度
危険度:B
ゴブリンの群れの中からまれに生まれてくるゴブリンの突然変異個体。そのため種族は元のゴブリンの種類に準じる。発生率はおよそ一万匹のゴブリンに対して一とかなり低く、普通のゴブリンの群れの規模が数十匹から百数十匹程度であることを踏まえると、数百の群れに一匹出るか出ないかくらいの確立である。
同じく突然変異である職持ちゴブリンとは別に扱われるので注意すること。同じ種のゴブリンよりも一回り大きいのが特徴で、他に後述の特性により長としての自覚から通常のゴブリンとの差別化を図るため派手な武装や装飾を行うので見分けはつきやすい。
ジェネラルゴブリンがひとたび生まれると、群れのゴブリンはそいつが大人になるまで大切に育て、以後大人になれば無条件でそいつに従い、その支配下で群れの繁栄のために尽くす。その尽くしっぷりはたいしたもので本来は本能に基づき自分本位の行動をとる通常のゴブリンが群れのためならば自ら命を投げ出す行為もいとわなくなる。
知能がゴブリンのなかでも飛び切りに高く群れの長としての自覚を持ち、さらにゴブリンを指揮して効率のよい群れの運営を行える。ただゴブリンを支配するだけでなく配下のゴブリンを物理的に強化する能力を持ち、恩恵を受けたゴブリンは通常よりも少し強くなる。さらに個体の素質を見抜いて適切な役割を与えるほか、戦闘の才能のある個体は職持ちゴブリンにすることができる。素質を持つ個体と与える武器さえあればゴブリンアーチャーやゴブリンメイジも生み出し放題なので、群れの戦力は飛躍的に上昇する。そんな群れが食料を求め人間を襲いに来たら半端な村や集落ではとても太刀打ちできない。
強化した群れで人のみならず、ときには他のゴブリンの群れまで襲い群れに吸収する。吸収に吸収を繰り返した結果万を超えた大群となりそれが人の集落を襲い、駐屯の兵や雇われた冒険者・傭兵ではとても対追い出来ずに、その地を支配するバルード国の軍隊が出動するはめになったこともある。軍はたかがゴブリンと侮り軍事演習気分で挑んだがその結果、なんとゴブリンの数の暴力に屈し惨敗。多数の死傷者を出してしまい撤退を余儀なくされる。けっきょくこの件は冒険者ギルド預かりとなりモンスター討伐の専門の冒険者を多く集めたレイドになるまで発展し、軍隊の消耗とレイドの費用と冒険者への支払いでバルード国は手痛い損害を被ることとなった。事の詳細は「バルード国の超大群ゴブリン討伐レイド」を参照されたし。以上の事柄もあってジェネラルゴブリンがいる群れは危険度が大きくなる前に討伐を行うべきであるとの認識が強くなり、ギルドではジェネラルゴブリンの支配する群れの発見した場合の報告に多額の懸賞金を懸けている。
ゴブリン討伐のクエストの際や冒険中にゴブリンの群れに遭遇した際に、「職持ちゴブリンの数が群れの規模に対して異常に多い」、「ゴブリンが普通より強く理性的な行動をとる」…等の違和感を感じたらジェネラルゴブリンがいる可能性があるので、たとえその姿を見ることがなくとも早めの撤退の判断をして最寄りの冒険者ギルド支店へ報告をすること。間違っても中途半端な戦力で挑もうとしてはいけない。ジェネラルゴブリンの指揮する群れはモンスターの討伐を専門に活動する場数を踏んだ高ランク冒険者であっても苦戦することもあるのだ。軽はずみな行動は君をあっという間に見せしめの晒し首にすることだろう。
ジェネラルゴブリンの群れが危険なことは間違いないのだが、実は危険なレベルにまでなるまでに勝手に群れが崩壊してしまうケースも多い。というのも、ジェネラルゴブリンの中には計画を見誤り無茶な命令をして配下のゴブリンを苦しめ、その結果ついていけぬとゴブリン達に革命を起こされることがあるのだ。革命により長の座を追われたジェネラルゴブリンは死ぬか、生きていても群れから追放される。群れから追放されても数での行動が前提の生活をするゴブリンは一匹では何もできないので、そのまま獣や他のモンスターの餌食となるか野垂れ死ぬ。運が良ければ他のゴブリンの群れに入れてもらえることもあるが、そうなってもジェネラルゴブリンとしてのカリスマは失われただのゴブリンの一匹として残りの生涯をすごす。研究者グループの調査によれば体格もだんだんと小さくなって他のゴブリンと見分けがつかなくなるそうだ。
基本的にはゴブリンは人を襲うが、ジェネラルゴブリンの中には人間との共存が最も効率がいいと判断し近隣の人間の住まう地へ赴き、早々に和睦を申し入れて棲家を荒らさないよう願いでて辺境の地域の村人などと交流を行っていることもいるらしい。具体的には村人から農作物や工業製品を提供してもらう見返りに、山で採れるキノコや薬草を代わりに採取してくれたり、狩人の狩りの手伝いをしたりゴブリンの生態からは考えられないことだらけである。それらは実例の報告がないため所詮噂の域を出ないが、もし本当だったとしても村人が外部に漏れないように存在を秘匿するはずなので真偽のほどを裏付けるのは難しいだろう。だが火の無いところに煙は立たぬと言うように、そういった実例があるからこそそんな話が出てきた可能性もある。大陸のどこかには本当にゴブリンと人間が静かに暮らす土地があるのかもしれない。とはいえジェネラルゴブリンがそういった判断をするのはそれが一番効率が良いからというだけのこと。もしも方針を転換すればあっという間に仲のいい隣人から何もかもを奪う略奪者へと変わることは想像に難くない。もしもゴブリンとの交流を密に行っている村や集落がある場合、ただちにギルドへ報告を入れてほしい。重い罰則もないしそれを理由に監督者を派遣する必要もあるからだ。
ギルドのモンスター資料より抜粋
「ゴブリンって本当にザコモンスターなんですか?」
「ギットル・フォフマン~ゴブリンと暮らした90日間~」
「特殊なゴブリンを学ぶ基本編」
「小鬼に学ぶ大将軍記」
「ゴブリンの知能実験まとめ」
「ゴブリンの背比べ」
「なぜゴブリンは人を襲うのか?~架空の村をつくり実験したアーフィン博士のレポート~」
…より抜粋
--------------------------
ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃり‼
金属の重低音を奏で、回転する刃がタートルスタチューの甲羅の外周を回転する。そこにじゃりじゃりと甲羅の底で地面の砂をひき潰す嫌な音も混ざり、さらなる不協和音をダンジョンの空間中にまき散らしていた。
甲羅と刃、ふたつの組み合わせで通る先にあったあらゆるものは粉々に砕かれた。タートルスタチューが吐いた冒険者の遺品や肉片も甲羅が踏みつぶし、跳ね上がったものは刃がずたずたの細切れにしてしまいもはや石ころや砂粒と見分けがつかないほどだ。これではクロノス達はもう…
「…危なかったな。天井が武器を刺せ、かつ安易に外れない仕様でよかった。ありがとう迷宮ダンジョン創ったどこぞの神様。」
「おう。人間やればできるもんだな。」
「ケッ、俺様が先に見つけたんだぜ。感謝するんだな。」
「わかったわかった。おーよちよちワンチャンいいこでちゅね~ごほうびに干し肉あげまちょうね~。」
「オォン?ぶっ殺されてぇのか…?」
「小物みたいな台詞を吐くなよマーナガルフ。」
はい。皆様の予想通りクロノス達はぴんぴんしている。少なくとも互いに罵り合う程度には余裕だ。この程度でくたばってもらっては困るのだ。だが彼らはタートルスタチューに蹂躙されている地面にいるわけではない。ではどこにいるのかといえば彼らがいたのは…この空間の天井だった。
回転する刃で襲ってきたタートルスタチューが突っ込んできたとき、全員が跳躍して武器を天井に差すことでそこに留まっていた。地上のすべては奴の支配下だが、天井まではそれが及ぶことはない。地面に逃げ場がないのなら上へ逃げればいいじゃないかということだ。しかし天井までの高さは数十メートルはある。それだけの距離を跳躍一つでたどり着き、片手一本武器一本で耐える姿は普通の人間ではありえない光景だが、流石は全員S級冒険者と言ったところか。先に散った挑戦者達では不可能な方法であろう。
天井まで飛べないシヴァルのお友達のキングミノタウロスのミノミノ君とキュービフォックスのコンコン君は、シヴァルが一度魔道具に戻して退避させ、ストーン君は一匹だけ飛んでいるのでそのまま飛行体制を維持させてた。そんなわけで、彼らはタートルスタチューに気付かれることなく延々と奴の攻撃をいなし続けていたのだ。
「よっと…少しきついがこのままの体勢でもしばらくは持たせられる。君たちは平気かな?」
「舐めるんじゃねぇ。あと三日は余裕でぶら下がれるぜ。腕を入れ替えれば一週間だコラ。」
「そうか、それは頼もしい。しかしいつまでもこうしているわけにもいかないか…あのカメがどれだけ回転を続けていられるかなんて予想できないし、イゾ、イザーリンデ姫君のために一刻も早くエリクシールを手に入れねば。」
「それは私も同じ気持ちだ。これ以上ルーシェを苦しめてたまるものか。」
全員天井に留まり続けるだけの体力は十分に持っている。マーナガルフが言っているのは決して強がりではなく、水と食料さえあれば彼らは一週間でも二週間でもこの体勢でいることができるだろう。しかしこんなことを続けていてもエリクシールが手に入ることは絶対にない。欲しければ行動を起こすべし。すなわち下のタートルスタチューをなんとかして宝箱を取得せねばならないのだ。
「だが下りればあれの餌食になっちまうぜ。あんなナマクラの刃で切られるような脆い体してないつもりだが、岩まで削るとなるとただでは喰らいたくない。」
下ではタートルスタチューが飽きもせずぎゃりぎゃりと刃を回転させながら、地面を滑るように移動し続けている。ときどき回転を止めて首を覗かせ、あっちへきょろきょろこっちへきょろきょろしていた。おそらくはどこかへ消えたクロノス達を探しているのだろう。だが結局は姿を捉えられずに見つからないとなれば地面全てを転がるだけだとまた回転をはじめ、壁にぶつかれば刃が壁をぼろぼろにしてから反対方向へ跳ね返り、また壁にぶつかって破壊してその繰り返しだった。
「またタートルスタチューの動きを止めたいが、一度動き出したアレをまた封じるのは厄介だな。」
「さっきのは止まってる状態だから動きを抑えることができたわけだしね。刃が出てたらミノミノ君もディアナさんの植物も掴めないよ。」
先ほどは動きを封じることができたが、それはタートルスタチューがまだほとんど動いていなかったときの話だ。足を掴んでいたミノミノ君はすでにシヴァルが引っ込ませたしディアナのバインド・ソーンも引きちぎられてしまっていてタートルスタチューの自由を縛るものはもうなにもない。その状態でまた動きを封じろとは残酷で現実を見れていない発言としか言いようがない。
「何よりエリクシールの入ってると思われる宝箱は置き去りにしてある。見えない壁が侵入者を阻むし、しかも攻撃だけは貫通するとか…宝箱を取りに行く隙にタートルスタチュー本体が宝箱に突っ込んだら大変だ。現に…」
「あっ、また宝箱の方に来たぞ‼」
「チッ、狼飛斬‼」「蹴空刃‼」
下で跳ね返るタートルスタチューの軌道を見張っていたディアナが叫ぶと、クロノスとマーナガルフがそれぞれ片手で武器を掴んだままマーナガルフはもう片方の腕の爪で、クロノスは足の蹴りで斬撃の攻撃を器用に繰り出し、それを素早くタートルスタチューに向けて放った。
二つの斬撃は真下のタートルスタチューにしっかりと命中したものの、どちらもカキンと気持ちいい音を立てはじき返されてしまう。はじかれた斬撃が壁に刺さって消えるのを見届けたクロノスとマーナガルフは二人仲良く揃って舌打ちをしていた。
このように上空からの攻撃は鉄壁の防御態勢をとっている奴には笑ってしまうくらいに効いていなかった。彼らだってそんなことは先ほどから同じことをやっていたので理解しているのだ。ではなぜ効かないとわかっていて何度もそんなことをやっているのかと言えばだ…
「よし‼なんとか逸らせたな。」
斬撃でタートルスタチューを仕留めようなどとは夢にも思っていない。クロノス達の狙いは奴の動きを調整することにあった。攻撃はダメージに繋がらないがそれでも若干の軌道をそらすことはできる。それでタートルスタチューは回転を続けたまま宝箱の山の脇ギリギリのところを滑っていった。今のようにタートルスタチューが宝箱の山に衝突しそうになるたびにクロノス達は天井から攻撃を放って奴の軌道をどうにか逸らしていたのだ。
「ふぅ、これで四度目。だが何度も同じやり方でうまくいくとは思えないな。」
「さっきまでは都合のいい方向から来てくれたから逸らせたが、場所が悪ければ次の保証はないぜ。下に降りない限りいつまでもこんなめんどくさいことを続けなきゃなんねぇ。幸いあのカメ公は宝箱を人質にとるような太い真似はしてこないがな。」
「マー君マー君。それを言うなら人質じゃなくて宝質じゃないのかな?」
「るせぇよクソシヴァル。それだと宝を質屋に入れたみたいじゃねぇか。冒険者と傭兵にとって質屋は物の墓場と同義だぜ。なんせ借りた金は返さないし逆立ちしても返せないのが冒険者と傭兵だからなぁ‼ギャハハ‼…それよりてめぇもモンスターとオトモダチだとか抜かすなら今すぐ下に降りて奴と交渉してこい。」
「やだね。降りたら僕なんか甲羅に踏みつぶされるか、そうでなかったら弾き飛ばされた挙句に刃であっというまにミンチになっちゃうさ。S級最弱の防御力を舐めるんじゃないよ。えっへん。」
「最弱で威張ってんじゃねぇよ。なんでこんなんがS級に収まってんだ…」
シヴァルがS級冒険者であるのはその頭に収まっているモンスターの知識やら奴らを操る能力やらが卓越を通り越してもはや超越しているからであって、本人の戦闘能力は異常に人間離れした回避能力と強敵を前にしてもへらへら笑い続ける胆力を除けば、ほぼほぼ無いに等しい。彼はそのことを鼻をふんすと鳴らし息巻いて伝えマーナガルフに呆れられていた。
「それにここは居心地がいいね。タートルスタチューが回転する刃をしているときの観察にちょうどいいや。あの状態で近くにいるとなんでも斬り刻まれちゃうから豊富な観察記録にも近くで採ったものは殆どないんだよ。絶滅したモンスターの新しい記録なんてありえないから何物にも代えがたい貴重な財産だ。僕にとってはお宝や魔貨なんかよりもよっぽどダンジョンのメリットだと思うね。」
「俺はうっとうしいんだが…こんな時に記録を取ってるなし。」
実はシヴァルだけは武器の杖を天井に突き刺してぶら下がり続けるだけの力はないので、クロノスの背中におぶさる形でそこにとどまっていた。そして自分の肩にはフォトゴーレムのパシャパシャくんを乗せてタートルスタチューの姿を記録させ、自分はどこからかインクが込められた状態の持ち出し用の筆を取り出してあのカメの雄姿の詳細をじっくりとノートに書き込んでいた。
「…あ‼見て見て‼今壁にぶつかる一瞬、刃の動き変わった‼…なるほど。いくら鋭利な刃といっても壁にぶつかれば大なり小なり傷がついちゃう。だからああやることで衝撃を抑えて…‼うわぁ、まだだれも発見したことない新発見だよこれは‼」
「あんまり暴れるな。いい加減落とすぞ。」
「いいじゃない減るもんでもなしに。」
「減るんだよ。俺の心が、ごりごりと、ヤスリにかけられたみたいにな。どうせおんぶするなら美女がいい。そんで胸のたわわを背中にいかんなく押し付けていただきたいね。野郎の胸板なんざ嬉しくもない。もはや拷問です。」
シヴァルのおかげでクロノスは一人だけ体勢の維持に随分苦労させられていた。シヴァル一人ならどうということはない。問題は彼の肩のフォトゴーレム。こいつはシヴァルの肩に乗るくらいに小さいくせにその重量はなんと二百キロあるのだ。シヴァルは平気そうにしているがそれは魔術で自分への負担をよそへ流しているから。そのよそってのが他ならぬクロノスのことであり、だがらクロノスはその重さをしっかりと骨身に受けているの。なので正直このままこいつを蹴り落としてやりたいと思えるほどにうんざりしていたのだった。
「…話を戻すが、俺達だったらあのカメ君を倒す方法などいくらでもある。奴の危険度はSランク。S級冒険者がいなければ討伐など夢にも思えない…だが裏を返せばS級がいれば倒すことができるということだ。」
「当然だ。誰も勝てないとは思っていない。あの巨体で迫ってこなければあんな雑魚、一分もかからん。」
「血気盛んで結構なことだ。でも落ち着けディアナ。カメはいいんだカメは。文字通り目下の問題はあの宝箱があること…あれのせいで暴れることができない。」
宝箱の周囲は侵入者を拒む見えない壁が発動しており宝箱を持ち出すことはできなくなっている。しかし攻撃行為とそれによって発生した衝撃のみは貫通する構造であるらしく、クロノス達が下手に暴れると宝箱を破壊してしまい自滅行為である。この空間は広いのでそこから離れて戦えばと思うが、戦闘の余波でどんなことがあってもおかしくない。宝箱の中にあると思われる瓶の脆さはタートルスタチューがいくつか吹き飛ばして地面に落とした時に確認済みだ。
「攻撃行為ならその身ごと中へ入れることはわかっている。しかしその中で攻撃以外の行為をすれば、即はじき出されてしまう。それは私の植物でも試してみた。」
実はそれ以外にも秘密があるんじゃないかと、天井にいる間にディアナが自分の魔界植物を操って壁の中にそれが入れないか試していた。使ったのはツタの先端を魔力の指揮でくねらせて動かし、目的の場所で一瞬で硬化させて槍のように鋭利に尖らせ突き刺すことができるスピア・ローズという植物だ。
刺突攻撃の瞬間は壁の中に入ることができた。しかしスピア・ローズの硬化を解き宝箱を取得させようとした途端、外に押し出されてしまったのだ。他にもいくつかの植物で試したが結果は同じで、攻撃の一瞬は中に入れたのだが、その後宝箱を取ろうと攻撃を止めてしまえば途端にはじき出されてしまった。
「ようは俺達が暴れられるように先に必要分を回収できてしまえばいいんだ。あの宝箱のひとつひとつにエリクシールが入っていることを確認しなくてはいけないが…あると仮定しても、五つ。」
「それ以上はいらないのかよ?莫大な金に換えられるんだぜ。」
「予備を考えてもいいが、欲張りすぎると自滅するのが冒険者の世の常だ。とりあえず五つを目標にする。」
「俺様の分は無しかよ。つまんねぇな。…まぁいい。代わりに後でなんか奢れよな。」
エリクシールがいくつもあるので、あわよくば自分の分も…と考えていたマーナガルフはその考えをふいにされつまらなさそうにしていたが、すぐにそれを頭の中から消して欲を忘れ去って新たな欲を催促する。半端な思考は妨げになる。この辺の切り替えの早さがプロの冒険者意識の違いか。奢りも半端な思考に思えるがそれくらいなら大丈夫だろう。セーフセーフ。
「だけど変な壁はカメ公を倒さないと無くならないんだろ?」
「タートルスタチューを倒すためにまず宝箱を。宝箱を手にするためにまずタートルスタチューを…見事に矛盾しているな。」
「ああ。それに関しては心配ない。先に入る方法なら既に検討がついた。偉大なる先人とさっき試行してくれたディアナに感謝だな。…というか、俺達はひょっとしたら勘違いをしていたのかもしれないぞ?見えない壁を解除するためにはまずはタートルスタチューを…そんなことをする必要はない。」
「どういうことだ?」
「攻撃だけが突き抜ける。それはつまり…」
「待てクロノス…下に動きがあったぞ。」
「っと…なんだなんだ?また無駄に俺達を探しているのか?」
ここでクロノスは会話をいっかい止めた。下界のタートルスタチューに新たな動きがあったらしい。「一番いいところで…」とクロノスはぼやいたがタートルスタチューがこちらの都合に合わせてくれるはずもない。仕方なしと皆と同じように下界を見下ろした。
「………」
タートルスタチューは先ほどまで元気よく地面を転げ回っていたのに、今はぴたりと止まっていた。また一時停止してクロノス達を探しているだけなのかと思いきや、今は首だけでなく引っ込めていた足も出して立ち上がった体勢でいた。刃はしまわずにそのまま出しっぱなしになっていたが、そちらの回転も一度止めたのか落ち着きを見せており今は停止後のわずかな余力でゆっくりと力なく甲羅の周りをきゅるきゅる回るだけだった。
「…動きが止まったけど、今度のは今までと違うみたいだ。燃料切れかな?」
「あのカメ燃料で動いてるのかよ。ますます生き物離れしてんな。」
「人間だって食べ物っていう燃料を摂取して活動をするじゃないか。タートルスタチューの場合は空気中の魔力を活動エネルギーに変えているらしいんだけど、元気に走り回りすぎてこの部屋の魔力が薄くなったのかもしれないね。」
「他に何も食わねぇのかよ。ゴーレムだって鉱石を齧って体の修復や肥大化をするのに本当に変なモンスターだ。まぁなんにせよ動かないんならちょうどいい。クロノス、結局何をしたいのか早よ教えろ。」
「教えるも何もやることはかわらん。俺があそこの宝箱をとってくるからそれまでの間、君たちにはあのカメと遊んで時間を稼いでおいてほしい。」
「時間稼ぎだぁ?遠慮しなくても動かない今のうちに全力全快でぶっ壊してやらぁ。」
「別に倒す必要はないぞ。なぜならあいつは…「テキハッケン。テキハテンジョウニニゲタモヨウデス。」…ん?」
マーナガルフに説明しようとしたそのとき、不審な声が聞こえクロノスがもう一度下界を見下ろすと、そこではタートルスタチューが伸ばした首をふりふりさせてこちらを見ていた。どうやらとうとうクロノス達を見つけてしまったようだ。
「見つかった…光線を吐いてきたら逃げるぞ。」
「大丈夫だよ。あれはそんなにポンポン撃てるもんじゃないさ。ましてや全力で走り回った後でならなおさらね。」
「カイテンコウゲキデハ、トドキマセン。ビームコウゲキハ、マリョクノフソクニヨリハナテマセン。」
「ほらね。彼もそう言っている。」
「ヨッテジドウハンダンニモトヅキ、ヒコウモドード、イコウシマス。」
「飛行モード…?なんかいやーな予感が…」
怪光線はエネルギーが足りずに撃つことができないと言われ安心したのもつかの間。タートルスタチューの機械音交じりの独り言を聞いたクロノスは自分の背中に悪寒が走るのを感じた。その予感はすぐに現実となる。
「ヒコウモードジッコウ。ユウグウンハマキゾエニゴチュウイクダサイ。」
タートルスタチューが再度足と首を引っ込めてまた甲羅と刃を回転をさせだした。しかし今度はその場から動き出そうとはしない。
だが回転が最高速に達すると、体重を傾けて甲羅を斜めに逸らし甲羅の穴から突風を噴出させたのだ。回転とそれに加え突風の勢い。それと甲羅は大きく斜めに傾きその角度はこっちに向いている…ここまで情報が集まれば、タートルスタチューが何をしようとしているのかは簡単にわかった。
ぶおおぉぉぉん‼
次の瞬間、タートルスタチューは轟音ともに地面を離れて浮き上がり、天井のクロノス達に向って勢いよく突っ込んできたのだ‼その速さはこれまでの回転床走りよりも遥かに速い。
「やっべ、こっちに来たぞ‼」
「ホントになんでもアリだなおい…降りるぞ飛べっ‼」
こちらへ向かって襲い来る奴を見てクロノス達は天井に刺していた武器を素早く外して脱出する。
どごおおおぉぉぉぉん‼
彼らが落下した直後、さっきまでいたその場所にタートルスタチューが大激突‼天井に大穴を作り突き刺さる。ついでに岩の破片を大量に弾き飛ばしてきた‼岩は大きなもので直径五、六メートルのものが数十個、地面へ着地したクロノス達へ容赦なく襲い掛かってくる。
「ちっ、落石はごめんだ。ここはシヴァルに任せるぜ‼」
「はいはい…全部食べちゃってストーン君‼」
「GYAAAAAA‼」
シヴァルの命令で空で待機していたストーン君がクロノス達の頭上へさっと回り込み、触手を伸ばして落ちてくる岩を掴んで口へ運んでいく、さすがにとり切れない岩もあってそれはストーン君の体にぶつかって砕け散るが、それでもストーン君は平気そうに岩を食べていた。
「なんちゅう頑丈さだ。あのデカイモムシ…柔らかそうな羽すら傷がつかないとか。」
「ストーン君だって。それに頑丈なわけじゃなくて体に弾力性があるのさ。野生の子は岩山で岩を食べている時に上から石が落ちてくることもあるからね。動きは鈍くて避けらんないからそれなら受け流してしまえっていう進化の結果だろうね。」
「それはどうでもいい。また来るぞ。」
「ガ、ガガ…タイショウハ、シタヘトニゲタモヨウ。オッテゲキハ、ゲキハ。」
天井に突き刺さっていたタートルスタチューは、クロノス達が下へ逃げたことを激突の衝撃で揺らす頭部で確認するとすぐに刃を回転させ引っかかっていた場所をぎゃりぎゃりと削って破壊する。そして自由になった体は地面へ落っこちた。
「本体様もくるぜ‼」
「ここは儂がぁ…‼ストーン・ウォール‼」
落下の衝撃で起こった土煙と土砂が前方から大量に襲ってきたが、それはヘルクレスが土の大壁を魔術で生み出してすべて防いでくれたのでこちらに被害はなかった。今度こそしっかりと仕事をした土壁は衝撃からクロノス達を守った後にがらがらと崩れていく。
「よっしゃどうだ!?ただの衝撃ならこんくらいちょちょいのちょいよぉ‼」
「よくやったヘルクレス。しかし…何が飛行モードだコノヤロウ‼ただ単に風圧の勢いでぶつかってきただけじゃないか‼せめて下から風を噴射して浮き続けるとか、もっと何かあっただろうに‼飛行モードって聞いて実はちょっと期待したんだぞ‼男の浪漫をないがしろにしやがって…これは高くついたぞ。」
「落ち着けクロノス。すべきことをしよう。」
「…ああそうだな。それじゃあ方法はわかったんで…説明する時間も惜しい。先に言った通りに俺が必ず、確実に数を確保するから君達は全員で時間を稼いでいてくれ。」
「了解した。それでは行くぞ ‼」
「おう‼」「やったるぜ‼」「はいはーい。」
やるというからには何か策があるのだろう。少なくともクロノスが絶対という言葉を使えばそれは確実なのだ。ましてや絶対で確実ならばなおのこと。ディアナはクロノスを信じて宝箱を任せ、自分はマーナガルフ、ヘルクレス、シヴァルとともに地面を滑りながら回転する刃で迫ってくる巨大なタートルスタチューに向っていった。
「センメツタイショウ、ヒトリゲンショウ‼マズハ、ヨニンヲハイジョ‼」
「おい、いきなりクロノスがいないことに気付かれたぞ。」
「いいんじゃないか?どうせ奴さんは儂らから排除するつもりらしいしな。」
「やれやれ。クロノスに任されちゃったね。親友の頼みだもの、張り切っちゃおうかなー?もうひと働き頼むよ僕の友達‼」
「ブモオォォォ‼」「コオォォン‼」
シヴァルが両手に手に持つ魔道具を投げると、そこからしまっていたミノミノ君とコンコン君が元気よく飛び出してきた。彼らのことも頭数に入れ、ディアナが即興の作戦を考え出す。
「しかし時間を稼ぐとは言ったが、相変わらずの攻撃…上に逃げても駄目。下に降りてもまた襲ってくるだけ。どうすりゃいいんだよ。」
「よし。今のメンバーで有効な足止めを思いついた。」
「オォン?知るか。力でねじ伏せるだけだ。それがシンプルで一番いいぜ。ギャッハー‼」
「あ、おいマーナガルフ‼」
先手を取ったのはマーナガルフだ。彼はディアナの制止も聞かずに迫りくるタートルスタチューに向って駆けてゆく。そしてとある箇所まで着くと停止して、武器の爪を使い足元を深く抉りだしたのだ。
「まだまだぁ‼野獣乱狩アァァ‼…よし‼どうだ‼」
まだ足りぬと斬撃の嵐を繰り返した果てにできたのは、横一線の大きな窪みだった。マーナガルフは斬撃を止め完成したそれを確認して満足そうに頷く。
「何をしているマーナガルフ!?」
「もちろんこれで攻撃しているつもりだぜ風紀薔薇‼カメと遊ぶときはなぁ…逃げられないようにひっくり返してイジメるんだよ‼」
「いったい何を…‼来たぞっ‼」
ディアナはマーナガルフの謎の行動が理解できないでいた。そうしている間にタートルスタチューがぢどんどんと迫ってくるのでディアナは彼に避けろと叫んだが、マーナガルフは抉ってできた窪みの手前で自信満々に立ち止まったまま動くことはなかった。
「いくら貴様でも潰されたらひとたまりもないぞマーナガルフっ‼」
「ぎゃあぎゃあうるせぇな。ヒスってんなよクソ女。そぉらカメ公、こっちへいらっしゃいってな…」
とうとうマーナガルフの目前まで迫ったタートルスタチュー。だが彼は不敵な笑みをしてそれを迎え撃つ。タートルスタチューの到達まであと五十メートル…四十メートル…三十…二十…十…
「マーナガルフ‼」
ディアナが叫ぶ。それと同時にタートルスタチューの肉体の最も端にある回転する刃がマーナガルフに当たりそうになる…が。
マーナガルフが刃の餌食になることはなかった。なぜならタートルスタチューが窪みに身を出したとたん、高低差でバランスを崩し前のめりにひっくり返って地面をごろごろと転がってしまったのだ。
やがて止まったタートルスタチューは甲羅の裏を天井に向けた状態でひっくり返ってしまい、その姿はさながら子供にいたずらでひっくり返されたカメである。
「セントウケイゾクニシショウガデテイマス。フッキシマス…フッキシマス…」
タートルスタチューは足をじたばたとばたつかせすぐに裏表を元に戻そうとしたが、転ばされることが想定外のことであったのか右に左にゆらゆらと傾くだけで、なかなか表に戻ることができないでいた。それを見てマーナガルフはにやりと悪党のようにほくそ笑む。
「ギャハハ…ちげぇよ。カメってのはひっくり返ったら首を使ってもとに戻るんだ。だがテメェはよぉ…甲羅のふくらみに対して首の長さがちと短いと思ってたんだよ。これじゃあひっくり返った時首が地面に着かないから、もしかしたらテメェは平地での運用が主でこんな風にひっくり返ることを想定して作られてないんじゃないかってな。やってみたら大当たりだぜ。さぁこれでカメちゃんは何もできなくなったなぁ?いたぶり放題なぶり放題だぜ。」
あっさりとタートルスタチューの動きを再び封じることに成功したマーナガルフは、両手の爪で互いを研ぎ合わせながら、いまだにもがくタートルスタチューに一人向っていく。
「カメってのは裏の甲羅は案外柔らかいモンなんだよな。食う時はいつもそうしてた。前の光線のお返しをしてやる…時間稼ぎなんてしゃらくせぇからこのままぶっつぶしてやるぜ‼ギャッハー‼」
「テキコウゲキカクニン。キンキュウジタイニツキ、キュウキョコノママボウエイコウドウヲオコナイマス。」
「…オォン?…オォン!?」
マーナガルフが甲羅の裏に攻撃しようとすると、タートルスタチューが身を守るために怪光線を放ってきた。しかし魔力が足りなかったのか、口から吐き出したのは最初に撃ってきたのとは比べ物にならないくらいの細く青白く弱弱しい光線だった。
「なんだその雑魚怪光線は‼んなモン屁でもないぜ…おりゃあ‼」
自分に向ってまっすぐに飛んできた雑魚怪光線をマーナガルフは爪を振って迎え撃つ。接触の瞬間は大きく光ったが、起こったのはそれだけで光線はあっさりと明後日の方向へと弾き飛ばされてしまった。
「ギャハハ‼なんだよそりゃ。「おいコラァ‼」…んだよクロノス。今こうしていじめを楽しんで…オォン?」
向こうから聞こえてきたクロノスの怒号に文句を言ってからマーナガルフが振り向くと、そこで彼の怒りの理由を知ることとなる。
「なに光線こっちに飛ばしてきてるんだ‼宝箱に当たったじゃないか‼」
なんとマーナガルフが弾き飛ばした光線は、偶然にも宝箱の山の方に飛んで行ってしまい、その中のいくつかに衝突してしまったのだ。全力よりもはるかに弱体化しているとはいえ光線は光線。当たった宝箱はめちゃくちゃに損壊して火を吹き燃え上がりだした。…しかも当たったのは山の比較的下にあった宝箱で、炎が他の高箱に広がりだしてしまった。
「俺はタートルスタチューの気を引いて時間を稼げと言ったんだぞ!?やる気あんのかオラ!?」
「やべ…悪い悪い‼遊びは終わりだ。とっとと仕留めてやる。」
「単独で行動するからだ愚か者。相手はSクラスの危険度のモンスターなんだぞ。全員で確実に倒す。」
「それみろ。一人で勝手に行動しやがって。」
「うるせぇ。わーったよわかりましたよ‼きょ・う・りょ・く‼すればいいんだろ‼」
「レッツユニオンだぜマー君。僕も応援しちゃうよ。」
「テメェとは死んでも組まねぇぞクソシヴァル。」
バツが悪そうな顔をしてマーナガルフはディアナ達と、変わらず起き上がれないタートルスタチューに向っていった。