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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第15話 冒険者、供に(秘密の宝を見つけましょう)

――クロノスがファーレン氏の屋敷へ向かう少し前の事――


「…あった。ここだ。」


 屋敷を探索を続けるファリスは、屋敷の一番奥。食料庫の壁の前に立ち、壁紙をナイフを使って引きはがして地壁を露出させた。そしてその壁を手で叩いて音を確かめてみるが、それは他の壁と全く同じ反応であった。


「やっぱり、これだけなら駄目だ。でも今なら、これが使える…「センス・サーチ」!!」


 ファリスが隠し通路や目に見えない仕掛けを発見することができる盗賊の魔術であるセンス・サーチを使用すると、すぐに壁の一部に違和感を見つけることができた。そしてナイフを構えて違和感の元に向かって「一点突き(セントラル・ストライク)」の技を打ち込むと、壁の中からカチリと何かが動く音がした。ファリスは壁から少し離れ変化を待つが、それから30秒ほど経つと、ガタガタと揺れて部屋の中央辺りの床が開き、奈落から階段がせり上がってきてカチリと音を立て床に固定された。


「父さんは私が冒険者の術技を覚えるまで待っていたというのか…とにかく、急ごう。」


 もたもたしているとその間にデビルズの誰かが戻ってくるかもしれない。階段の安全を確かめると、ファリスはその階段を走って駆け下りていくのだった。






「ここが一番下か?随分降りた気がするが…」


 長い階段下りていくと、やがて最下層へ到着した。一寸先も見えない暗闇では歩けないと「トーチング」の魔術で光源を生成して明かりを確保すると、目の前に鉄製の巨大な扉があるのを見つけた。魔法の仕掛けの施錠等を解除するための「解錠アンロック」の魔術で扉の鍵を開けようと考え、魔術を使うために鍵穴を探すファリスだったがそれらしいものはどこにも見つからず、もしやと思いリング状のノブを回して手前に引けば、ギギギと大きな音を立てて扉は簡単に開いた。「解錠アンロック」の魔術が必要ないということはここがゴールなのだろう。足元に注意しながらファリスは扉の奥へ向かった。


「む…これは…!!」


 扉をくぐった先の部屋。真っ暗な空間をトーチング魔術で発生した光源を操作して天井に浮かせて照らすと、そこには財宝の山があった。有名な芸術家の作品と思われる絵画や彫刻。木箱に溢れるくらい入っている無数の金貨とインゴットにされた金塊。そして業物と思われる剣や槍といった武器。あいにくファリスはそれらに対する知識を持ち合わせていないので金貨以外の価値はさっぱり掴めなかったが、これだけの量だ。金銭価値に換算すれば相当なものになるであろうとファリスは思った。


「なるほど、父さんの隠し財産部屋と言うことか。…でも私が欲しいのはこれじゃない。」


 ファリスは目の前の黄金や財宝達には目もくれず、武器が置かれたエリアを必死で探しまわった。やがて銀でできた甲冑を足で蹴り倒し、隠れていた通路を発見すると、その最奥に一本の剣が仰々しく飾られているのを発見した。あれこそがファリスの求めていたものである。


「あったぞ…!!我がフーリャンセ家の家宝の剣、イノセンティウス!!」


 剣の名前を叫び、それを手に取ろうと駆け出すファリスだったが、剣まであともう少しと言うところで殺気を感じ真横に飛びのいた。直後ファリスが先ほどまでいた床に無数の矢が突き刺さり、ファリスは油断して罠を踏んだのかと思ったが、自分の後ろに何人もの弓を構えた男たちがいるのを確認して驚いた。後をつけられていたのかと。


「ファリスぅ。すげーじゃねぇか!!見ろよ、この金銀財宝ザックザク!!ハハッ、こりゃすげぇ!!天国はここにあったのか!?」


 宝に感動する声には聞き覚えがあった。ファリスは相手の顔を確認しようとしたが暗くてよく見えなかったので、トーチングで生成した光源を相手近くの天井へ浮かせ、明るくなった広間で男たちの顔を確認した。


「オレとしたことが油断した。よりにもよって一番知られてほしくないヤツに知られてしまうとは…!!」


 そこにいたのはデビルズのメンバーの浮浪児、ゼルだった。


「良くここがわかったな。」

「いや俺たちもびっくりしてるんだぜ。あの日この屋敷を制圧したときは金目のものがほとんどなかったから、先客が入ったか下働きの奴らが逃げ際に盗んでいったとばかり思っていたが…いやぁ、まさか地下の隠し部屋があったなんてな。隠し部屋が無いか俺たちも今まで必死に探していたけど、冒険者の術技が無ければ仕掛けが解けないのなら、なるほど納得だ。都会暮らしの俺たちデビルズに、薄汚い冒険者なんかいるはずないもんな。」


 ゼルはゲラゲラと笑い、それにつられて弓を構える少年たちも笑い出す。


「…!!冒険者を馬鹿にするな!!」

「あん?ファリス、お前も冒険者のことは嫌いだと思っていたが…まあいいさ。」


 ゼルは仲間たちへ指示を出し、弓からナイフへ装備を変更させてからファリスを取り囲ませた。ファリスは自分のナイフを構え抵抗の意思を見せるが、多勢に無勢なことは十分承知であった。ファリスは冒険者の術技とナイフ裁きこそ持ち合わせていたが、所詮は暗黒通りの一浮浪児。多少技術に覚えがあるとはいえ、それだけでは数の差は覆せない。ゼルの指示で下っ端たちが襲いかかり、始めの内こそ華麗に攻撃を避け応戦するファリスだったが、いつのまにか後ろに回っていた下っ端の大柄の少年に持ち上げられ、それ以上動くことができなくなった。

 

「離せ!!デビルズの小汚い餓鬼が!!お前たちからは外道の臭いしかしない。」

「まあ落ち着けって。宝が手に入ればお前をどうこうするつもりもないんだ。約束もあるしな。」

「約束?フッ、お前たちに約束と言う概念があることにオレは驚きを隠せないな。」


 持ち上げられながらも余裕を見せるファリスだったが、ゼルが立っていたところを横にずれ、後ろに隠れていた一人の少年を見せつけると、動揺の色を隠せなかった。少年の正体は、ファリスの浮浪児仲間で、先ほどまで彼女が自宅に匿っていたはずのダグだったからである。


「ダグ!?どうしてここにいるんだ!?」

「あ、いや…これは…その…」


 ダグがなぜここに、それもデビルズなどと一緒にいるのか。疑問を解決しようと頭の中の情報を整理したファリスだったが、すぐに答えにたどり着くことができた。そしてそのことを声に出そうとしたがゼルが横に割って入ってきた。


「ダグ君がさー、教えてくれたのよ。ファリスっちが父親である大幹部ファーレンの遺産の在処を知っていて、それを手に入れるべく俺たちの隙を見てドサクサに紛れて動き出したって!!」

「オレを売ったな…ダグ!!」


 ダグの裏切りにファリスは怒りを隠せなかった。元々仲間などとは思っていなかったが、腐れ縁程度には思っていたのだ。自分が浮浪児に落ちた時からの付き合いであるこの少年にはどうしても非情になりきれなかった。それが仇となった。


「わりぃなファリス。ゼルの奴とはお前に手出ししないってのと、この隠し財産の中からほんの少しだけ譲ってもらう約束をしてたんだ。俺には金が必要なんだよ。街中でケチなスリをしてもそれじゃあ全然足りないくらいに。」

「いったいお前はそんなに金を集めて何がしたいんだ!?それはデビルズの連中に魂を売ってでもやりたいことなのか!?」


 ファリスは詰問し、自分を拘束する大柄の少年の脛を勢いよく蹴った。大柄少年はあまりの痛みでファリスを掴んだ腕を離してしまう。拘束を解いたファリスはダグの元へと詰め寄ろうとしたが、自分を取り囲む下っ端たちに取り押さえつけられてしまう。しばらくダグを睨み付けるファリスだったが、突然天井の方から大きな音が聞こえ何事かと上を見る。音は天井にいくつか取り付けられた地上から空気を通すパイプの穴の中から響いており、おそらく屋敷の方で何かあったのだろうと推測できた。だがここは地下深くの空間。音だけでは地上で何が起こっているかなど確認するすべはなかった。


「お、どうやら集まってきたみたいだな。いやここの隠し財産を見つけたら裏町中で暴れているデビルズの幹部とまだ捕まっていない下っ端どもがここに集まる算段だったのさ。ここのお宝を運ぶためにな。でもそれだけにしちゃ騒がしいな…もしかしたら警備兵を連れてきちまったか?」


 下っ端にはある程度犠牲になってもらわねぇとなと、ゼルが考えているところに、階段の方から物音が聞こえる。しばらくして扉の先から何人かの、ファリスよりも幾らか年上の浮浪児が入ってきた。おそらくあいつらがデビルズの幹部ということなのだろう。


「ゼル。首尾はどうだ?」

「ルガルさん。いやバッチリっす。見てくださいよこれ!!」


 ゼルに話しかけたルガルと言う少年は近くにあった絵画を一つ手に取り、それをよく観察して素晴らしいと一言だけ呟いた。どうやらそれは彼にとって満足のいくものだったのだろう。


「どうすっか?ルガルさん。それにナヴァーロさんとロイディさんも。これ全部俺が見つけたんすよ!!」


 自分の手柄を幹部格の少年たちに主張するゼル。それは普段の態度からは想像もできないほどに彼らに「かしこま」った物で、こいつにそんな態度ができたのかと驚くファリスだったが、すぐにその視線はデビルズの幹部達へと向いていた。


「(こいつらがデビルズの幹部級。今のデビルズを支配する存在か。)」


「これで約束通り俺も幹部の仲間入りっすよね?」

「ああ、その通りだ。まだローヴァの奴が来ていないが、あいつが来たらすぐにでも認めよう。だがその前にちとまずいことになった。警備兵をふり切れなくてな。何人か屋敷の中にまで入ってきたようだ。もちろん下っ端が応戦しているが、なんせただの浮浪児だからな。薬をやっているとはいえ、いつまでも持つまい。協力してくれるか?」

「もちろんっす!!おい、お前ら。上に行って加戦してこい。」

「でもゼルさん。ファリスの奴はどうします?」

「そんなもん今はどうでもいい。ナイフを奪って縛りあげたら、その辺に捨てておけ。」


 ゼルはファリスを取り囲む仲間達に指示を出した。仲間たちはそれに答えると、ファリスを捕まえ、ナイフを全て取り上げてから縄で縛り上げて床へ転がした。そしてゼルの指示で宝に混じる武器を可能な限り手に持つと、階段を上って地上へと向かった。その間に広間に残った3人の幹部はそれぞれ宝を物色し始めていた。



「よお、縛って悪いな。ま、お前に恨みはないし、宝を持ち出したら解放してやるからちと待ってくれや。」


幹部に相手にされず手持ち無沙汰になったのだろう。ゼルがダグを連れてファリスの前にやってきた。


「宝などくれてやる。父さんの遺産とはいえ、浮浪児の今のオレには必要の無い物だ。だが、これは…このイノセンティウスだけは置いて行ってほしい。」


 ファリスは縛られた状態でゼルに頭を下げた。心の中ではどうしてこんな奴にと腹立たしい気持ちだったが、ナイフを奪われ縛り上げられた今の状態では、抵抗することも難しいだろう。仕方がないだろうと憤怒する自分の心に必死に言い聞かせた。


「イノセンティウス?ああ、あの壁に飾ってある剣のことか。これだけのお宝があるのにこの剣一本だけってのは、何かすごい価値があるのか?どれ、よっと…あれ?抜けねぇ…」


 ファリスの懇願を聞き、壁に飾られた剣を手にするゼル。鞘から剣を引き抜こうとするゼルだったが、どれだけ力を入れても、ピクリとも動かなかった。


「それがどんなものかはオレも知らないが、我が家に代々伝わる大切な剣だそうだ。父さんは生前オレが冒険者の技を覚えたら託すと言って屋敷のどこかにこれを隠していた。それがここだったわけだが…とにかく、今日もここへ来たのはそれを手に入れるためだけで、一緒に合った財宝はどうでもいいんだ。」

「ふーん。金があれば剣なんて幾らでも買えるだろうに…」


 鞘が抜けないことで興味を失ったのか、ダグはその剣で床を軽く叩いてからそれを足で蹴り飛ばした。その光景を見て怒りの心を抑えきれなくなったファリスはゼルに叫んだ。


「我が家の大切な剣を、なんて奴だ!!それはお前のような下衆が触れていい代物ではない!!」

「あん…なんだと?」


 ゼルは縛られながらも吠えるファリスに近づくと、至近距離から顔に向かって強烈な蹴りを放った。顔めがけて迫る蹴りを体をよじって避けようとするファリスだったが、上手くいかず頬に直撃する。口の中を切ってしまったのだろう。口元から血を流すファリスだったが、服を掴んで持ち上げられゼルに睨み付けられた。


「お前、誰に向かってその口聞いてるんだ?俺はデビルズの幹部になる男ゼル様だぞ?」

「ふん…なにを偉そうに…お前のような馬鹿が幹部とは、デビルズも堕ちたものだな…」


 ファリスの暴言が気に障ったのだろう。ゼルはファリスを金貨の山に向かって投げつけた。ファリスがぶつかった衝撃で山になって積み上げられた金貨が音を立てて飛び散ってファリスに降り注ぐ。衝撃を受け止められず、あちこちにぶつかる金貨の痛みに悶えるファリスにゼルは近づいてさらなる暴力を振るおうとした。


「あの、ゼル。いや、ゼルさん。ファリスにあんまり手荒な真似は…ほら、約束!!約束が違う!!」

 

 ゼルの追撃を止めたのはダグだった。彼はゼルを後ろ手に抑え、ゼルの説得を試みる。


「ああ、何するんだダグ。俺は前からこいつがムカついてたんだよ!!なーにが暗黒通りの門番だ。ファーレンみたいな大した実力もないのに、お高くとまって、穏健派だとか言ってさ!!ゴミ捨て場でゴミを漁って、下を向いて道に落ちた小銭を拾って…卑しいったらありゃしない!!こいつが本当にあのファーレンの子かも怪しいもんだぜ!!」

「何を…!!訂正しろ!!この浮浪児コンプレックス野郎!!」


 ゼルの言葉に身を起こして反撃の言葉を口にするファリス。その言葉が油になったのか怒りに燃えるゼルはダグの静止を彼を殴りつけることで振り切り、ファリスに追撃の蹴りを加えた。


「お前なんかに!!お前なんかに!!俺の何がわかるってんだ!?物心ついた時から親はいない。周りの大人は欲にまみれて俺を利用する屑ばかり…食うものに困って盗みを繰り返す毎日。捕まれば軽蔑の視線を浴びて、見世物にされる!!」


 ミツユースは浮浪児の盗みには比較的寛容だ。だからといって罪にならないわけではない。捕まれば檻の中に入れられ、そこから出れば街の住人にまた蔑んだ目で見られる。子どもなのでどこにも雇ってもらうことができず、そうしてそのうち食うに困りまた罪を犯してしまうのだ。


「普通の奴らが羨ましいかって?そりゃあ羨ましいさ!!親がいて兄弟がいてダチがいて…毎日清潔な服を着て、明るい世界を歩いて、家に帰れば美味い飯と温かい布団がある。どうしてそれが俺にはないんだ!?俺は決めたんだ。幸せな奴を踏みにじって全てを奪って…天辺に立ってやるってな!!」


 普段の取り巻きがいない状態のせいか、ひどく感情的になっていたゼルは秘めたる心中を吐露した。視線は泳いでおりどこを見ているのかわからない。そういえばデビルズの多くは薬や酒に依存した「中毒症人間ジャンキー」だ。ゼルもその口だとしたらもう彼はまともではないのかもしれない。仮に精神の方に問題が無かったとして、強盗や放火をいとわないのはまともだと言えるかはわからないが。


 やがて騒ぎを聞きつけたのだろう。3人の幹部は物色を打ち切り、ゼルの元へ集まってきた。暴れるゼルだったが幹部たちの顔を見たとたんぴたりと暴れるのを止め、おとなしくなった。


「何事だ?この女は…?随分と痛めつけたようだが…」

 幹部の一人ナヴァーロが暴行で血まみれのファリスを見つけ、何者かとゼルの尋ねる。見ればルガルとロイディも同じ反応であり、どうやら彼らは入ってきた時に宝に夢中になるあまり、ファリスのことは気づかなかったらしい。


「ああ皆さん、なんでもないっす。こいつはファーレンの子で名をファリスと言って、この隠し部屋を見つけたやつなんですが、縛っていたら暴れるモンでちょいとおとなしく…ん、女…?」


 ナヴァーロの問いに彼らの機嫌を損ねるものかと、思いつきの嘘を並べて説明するゼルだったが、話の中で感じた違和感に気付き、ファリスの方を見つめた。ファリスはと言えばゼルに蹴られ続けたことで全身に痣や出血ができており、特にマフラーが取れ落ち顕わになった口元からは、おびただしい量の流血が見られた。

 

「なるほど、こいつがファーレンの…さてどうしたものか。」

「あの、やっぱり口封じに殺ってしまうんすか…?」


 ロイディの反応にゼルは急に弱気になった。先ほどは勢い余ってしまったが、ゼルはファリスともそれなりに腐れ縁である。デビルズに入る前はそれなりに交流もあったし、冷静になって急に情が湧いてきたのだ。ここで未来の大物ならば躊躇なく殺してしまえるだろうが、それができない辺り、ゼルも所詮小悪党止まりなのである。


「いや、頭の判断を待とう。まだ聞くことがあるかもしれないからな。ファーレンの肉親は知る限りこいつだけだ。殺してしまっては生き返らせることはできないからな…」


 ロイディの答えにゼルはホッとした。それから彼は助けてやると言わんばかりの目配せをして、ファリスにアピールした。先ほどまでファリスに暴行していた自分の事はすっかり棚に上げており、それを見ていたダグは呆れを覚え、先ほどゼルに殴られた箇所を手で押さえていた。


「そういえば頭ってどんな人なんすか?今まで俺じゃあ合わせてもらえませんでしたが…」


 そう言ってゼルは口に右手を当て考え込む。先代の頭が死に代替わりしてからのデビルズの頭の正体は謎に包まれており、幹部でもない所詮デビルズの下っ端をまとめる中隊長程度のゼルでは、幹部の顔をみることはあっても頭に会うことはできなかった。それどころか普段忙しい幹部が3人も同時に集まっているところも今日初めて見たのである。


「その謎も今日で解ける。なんせお前はこれから幹部になれるかもしれないのだからな。それにしても改めて見てもすごい量の宝だな。これだけあれば多くの組織を味方に付けて我々デビルズが暗黒街の覇権を握れる日もいよいよ見えてきたというもの。」

「まったくだ。邪魔だったファーレンが都合よく死んでくれてよかった。ついでに莫大な財宝を我々に残してくれたのだからな。あいつは福の神か何かか?」


 げらげらと笑う幹部達をファリスは、傷の痛みに耐えながらも侮蔑の眼差しで観察していた。頭と呼ばれる者はつい2年ほど前、突如として暗黒通りに現れた。そして先代デビルズの頭が死ぬと、その後釜に素早く座り、デビルズの中でも特に優秀な人間を幹部に据え、そこからミツユース中の浮浪児を傘下につけ始めたのだそうだ。その急速な勢力の拡大に裏町の組織も目を見張らせており、ファリスの父親であるファーレンもその一人だった。


「しかし頭もローヴァの奴も遅いな…まさか警備兵に捕まったなどと言うことは無いだろうな?」


 一向に来ることの無い頭ともう一人の幹部にルガルは苛立ちを覚えながらも天井を見上げる。地上では激しい戦闘音がいまだ続いており、デビルズの下っ端がまだ機能していることを示していた。


「まさかあれだけ強い頭とローヴァが負けるとは思えない…ん?どうやら片付いたようだな。」


 やがて戦闘音が止むと、階段を勢い良く降りてくる音が聞こえた。その音を聞いた幹部達とゼルはやっときたかと待ち構える。そして先ほど地上へ向かった下っ端の最後の一人が律儀に閉めた鉄の扉が再び大きな音を立てて開くと、その暗闇の向こうから一人の少年が入ってきた。


「来たぞ。この方が我らの頭、ステューデン様だ。ほら、挨拶しろ。失礼の無いようにな。」

 ルガルに小突かれ、ゼルは扉の前に立つステューデンに挨拶をしようと彼の元へ駆け出した。幹部達も小走りで彼の元へ集い、全員が揃うとゼルは元気よくステューデンに向かって挨拶をした。


「初めまして!!裏一番街の中隊長を務めているゼルです!!このたびは…」

 このたびは…ゼルは頭に描いたその続きを、緊張のあまり忘れてしまう。急いで続きを喋ろうともがき、彼はステューデンを品定めした。10代半ばのゼルよりも年下に見えたその少年は視線は明後日の方を見ており、なるほど未来を見すえる男とはこういうものなのかと思わせられる。あどけなさの残る幼い体躯に似つかわしくないスーツは、それでもまさに裏の人間であるとこれでもかと語り、その足元からは赤黒い血が…血が?


 疑問に思ったゼルは、幹部に目をやるが、その光景は幹部達にも理解できない物だったのだろう。そして4人でもう一度ステューデンを視界に入れるが、たちまち彼は前のめりに倒れ込んでしまった。そこで初めてゼルと幹部達の4人はステューデンが既に死んでいることに気が付いたのである。


「これは一体どういうことだ!?」

「どういうことかと聞かれても、死んだ事実も受け止められないのか?」


 幹部ロイディの言葉にどこからか声が返ってくる。ロイディが鉄の扉の向こうの暗闇を見ると、その闇の中から男が一人やってきた。


「誰だお前は!?」

「誰だお前と聞かれても、お前たち程度の小悪党。既に仲間に名乗ったならば、再び名乗る必要もないだろう。…なにより、いちいち面倒だしな。」


 暗闇から現れた男。それはクロノスだった。


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