第149話 そして更に迷宮を巡る(続々・ナナミ達のパーティーの十階層目での出来事)
「ギャギギギ‼」
「慌てずもっと待ってから…ここ‼ファイアボール‼」
「ギャギー‼」
こちらに襲ってきたゴブリンをぎりぎりまで引きつけて、ナナミが魔術を素早く唱えた。生み出された火の玉をゴブリンは至近距離からもろに喰らい、全身を炎に包まれて息絶え消える。
「よし‼ゼロ距離なら避けらんないでしょ?マーナガルフさんの教えが生きてるぅ‼さぁ、次はどいつかしら!?」
「ギギッ‼」「ギギッ‼」「ギギッ‼」
「え、三匹いっぺんはちょっと…あ待ってストップ‼」
単体での敵との戦い方をものにして調子に乗っていたナナミが次の相手を催促すると、挑発に乗ったゴブリン三匹がいっせいに向かってきてしまう。ナナミは慌てて制止したがあいにくゴブリンに言葉は伝わらず止まってはもらえなかった。
「しょうがない…ここで使っちゃいますか。ストック解放「ヒートウェーブ」よ‼」
ナナミは奥の手として杖にキープしていた魔術の一つをここで解放する。直後に杖の先端の水晶が赤く光り輝き、そこから熱波の渦が巻き起こった‼
そしてナナミが杖を振ると熱波は前方へ飛び、三匹のゴブリンを巻き込んで吹き飛ばしたのだ。
しかしゴブリン達には深い火傷を負わせることができたものの、仕留めるに至っていない。ナナミがとどめのためにまた別の魔術を唱えようとすると、自分とゴブリンの間を一つの影が遮った。
「追撃はまかせろ‼投合刃‼」
「「「ギッ…‼」」」
「やった‼リリファちゃんナイス‼」
割り込んできた影の正体であるリリファは、ナナミが魔術を唱えるよりも早く三本のナイフを投げ飛ばし吹き飛んで宙を舞うゴブリンにそれぞれ見舞ってやる。ナイフはすべてゴブリンに命中。そして奴らは息絶えた。
「ありがとう。三匹も仕留め損なったらもったいなかったからよかった。かと言って残りのストックはこれ以上使いたくなかったし…」
「仲間が仕留め損なった敵の片付けも盗賊の仕事だ。ところで魔力の方はまだ大丈夫か?」
「…やばいかも。言われたらなんとなく切れそうな気がしてきた。」
「ポーションを飲め。」
「ありがとう。んぐんぐ…‼」
ナナミは人体の魔力が切れた時特有の気分の悪さが一気に表層に表れたのでそれを訴える。リリファがダンジョンポーションを手渡してくれたので、顔を上げポーションの瓶を逆さまにして口に含み、手は腰に当てて風呂上がりに牛乳を飲むおっさんがごとく豪快に飲みだした‼少々はしたない気もするが、こちとら命を懸けた戦いの真っ最中だ。魔術師にとって魔術が一切使用できなくなる魔力切れは剣を失った剣士に等しい。つまり何もできない役立たずである。むしろ手足で殴る蹴るができる剣士の方がまだマシ。それを避けるためならばちょっとくらい勘弁してほしい。
…ところでポーションが入っていたなんでもくんだが、クロノスが借りていたものを持ってきたわけではない。というか向こうにもあって使われていたことは皆さまもおわかりだろう。ではどこから調達したのかというと、クロノスが自分の借りていたなんでもくんを剣で真っ二つに斬ったら二つになったのだ。中身も公平に等分されているらしい。普通の人間が斬っても普通に壊れて使い物にならなくなるだけだが、そこは自分の技術の高さが異次元だから…とクロノス本人は言っていた。なんじゃそりゃと思うかもしれないがつまりはそういうことなのだ。というわけでナナミ達も物資にはあまり困っていない。今のように負傷や魔力切れを起こせば即座にポーションや傷薬で癒すことができていた。
「ぷはぁっ‼不思議なお薬で元気復活‼みなぎる謎の即効性‼さぁさぁ何発でも魔術撃っちゃうよー‼」
「ほどほどにしておけよ。万能なダンジョンポーションも連続で使うと効果が薄まってくるそうだからな。」
「わーってるってリリファちゃん。全快じゃないのもなんとなく感じてる。しっかしこのゴブリン達もしつこいわね。そっちが何もする気がなければこっちだって命までは取らないわよ。それっ、ファイヤボール‼」
「ギャギー‼」
魔力を取り戻したナナミは一言呟いてから、その間に詰め寄って来ていたゴブリンに火の玉を浴びせそいつを黒焦げにしていた。
ジェネラルゴブリンが呼び出したゴブリン達と戦っていたナナミ達。最初はただのゴブリンだとやや侮って挑んだのだがその認識が甘かったとすぐにわからせられた。なにせジェネラルゴブリンが減ったとは言っていたものの、ゴブリンはまだ百匹はいるのだ。大してこっちは六人。いくら弱いゴブリンでもその数の差は実力で覆すのは難しい。数の暴力は最強なのだ。
だんだんと押されたパーティーは、今は大部屋の壁を背にして戦っていた。この状態は一見すれば追い詰められた劣勢にも見えるが実はそうとも限らない。逆に後ろからの攻撃を気にする必要がなく、ただ前から来る敵だけに注意していればいいからだ。これはパーティーの人数が少ない場合には有効な戦術の一つである。そうポジティブに捉え戦闘を続けたが、だんだんとナナミのように体力や魔力が尽き欠けるものが出始めてきた。他のメンバーもやはり体力の消耗が激しく、ポーションを使いつつも徐々に力を削がれてきていた。
「ナナミ、ストックしておいた魔術はあといくつ残ってる?」
「…もうほとんどないわ。一番多かったファイヤボールはさっさと打ち切っちゃったし、ヒートウェーブは中級魔術だから今のが一発だけ…残るはとっておきのフレイムドラゴンと氷属性の方が何個か、ぜんぶ一発ずつ。」
「詠唱の手間がないのはこの戦局では重要だ。私たちが引き付けてる間になんとかストックを作れないか?」
「ムリ‼杖に魔力を注ぐのに集中しなきゃだし、普通に撃つよりも時間がかかるわよ‼」
「まいったな…私の方もナイフがもう尽きそうだ。投げた後に拾いに行けないからな。」
「なんでもくんの中に予備があったはずでしょ。」
「それを使った果ての枯渇だ。サハギン戦での消費も痛かった。使い切りの安物を数に数えてはいけないな。あと残っているのは…」
リリファが太腿のナイフホルダーに唯一残っていたナイフをそっと撫でる。それはリリファの家が所有していた宝剣イノセンティウスの破片から作られた特別なナイフだった。今回のダンジョン探索でも目立った活躍はしておらず、はたから見ればもはや無用の長物で他のナイフと同じようにさっさと投げてしまえばいいように思われるが…リリファにはそれをおいそれと使えない理由があった。
「(イノセンティウス…どの局面で使うべきか。あの賊王の爺が言っていた通りなら、使いどころを見極めないとな…間違っても投げナイフに使うわけにはいかない。)」
「リリファちゃん、さっきので倒したのは何匹めだっけ?」
「…ああ、六匹だ。あいつら分が悪いとすぐに下がるから思ったよりも仕留められていない。そっちはどうだアレン?」
「ぜぇ…ぜぇ…あ、数?おいらとセーヌ姉ちゃんで四匹だね。と言っても全部セーヌ姉ちゃんがやったんだけど。あいつらちょっと怪我するとすぐ後ろに逃げるから案外倒せた数は少ないよ。倒したのもセーヌ姉ちゃんが逃げるゴブリンを雷の魔術を飛ばしてとどめを刺したんだ。この数の差だもん。逃げる背中をズドンと撃って卑怯なんて言わせないさ。」
リリファの質問におなじように戦っているアレンが愛武器の大嵐一号を降ろしてからそう答えた。今の彼の武器は先端にハンマーのヘッドが取り付けられており、それを振って近づくゴブリンを強引に殴り飛ばしていた。この組み合わせの装備は見た目からしてかなり重そうで、彼の額にもやはり疲労の色をさらけ出す玉汗が流れている。
「やっぱクロノスさんがいない中ではセーヌさんが一番頼りになるわー。」
「皆さま、調子が悪ければ少し休んでいてください。その分は私が働きます。ポーションの効き目が薄ければ私が回復魔術を…」
「大丈夫だから…セーヌさんも休み休みね。あとセーヌさんの回復魔術はヒール以外ビリビリするから緊急時以外では遠慮したいです。」
セーヌはナナミ達が疲労したぶんフォローに魔術を余計に使用しているので、消費する魔力がどんどん増えていっている。ナナミ達平凡な冒険者とは一線を画すB級冒険者ということで表情はいつもと同じマイペースのあらあらうふふにちょっとばかりの緊張が見える程度で、息も切らさず汗もかいてはいない。しかしこのまま負担が彼女一人に集中すれば限界が出てくるのも時間の問題だろう。
「(一番強いセーヌさんが倒れるようなことになればそれこそ全滅は免れないわ。セーヌさんさえ元気ならこの人の回復魔術で仲間の体力を多少は戻せるから、できればもっと体力を温存しておいてもらいたいけど、でもこの人率先して動こうとするからなぁ…とにかく、頑張らないと…‼)」
「お気遣いいただきありがとうございます。それよりも…戦ってわかりました。あちらのゴブリンさんは少し普通のものと様子が違うようでございます。…雷飛弾‼」
「グゲッ…‼」
ナナミに礼を言いつつ、襲ってきたゴブリンに屈んでからトンファーで見事なアッパーカットを決めてまたもや一匹仕留めたセーヌ。彼女はそんな中でも敵の観察を怠ってはいなかったようで、これまでに戦って掴んだ感覚からそう感想を述べた。
「セーヌ姉ちゃんの言う通りだと思う。このゴブリン達、変っていうか…お互いを庇いあっている?」
「そうね。違和感は私にもあったわ。」
セーヌの言葉に皆が同様に頷く。ナナミ達が疑問に思っていたのは、戦っているゴブリン達の行動にあった。通常のゴブリンは攻撃を受けて一撃で死ななかった場合、痛みでのたうち回るか臆して逃げ出すかのどちらかで、そいつがいなくなれば新たに元気な個体が代わりに前に出てくるので今度はそちらと戦う。しかしそれは役割分担をしているというわけではなく、痛いから逃げるゴブリンと元気なので前に出て戦いたいゴブリンの利が一致してそう見えるだけの話。本能から起こる当たり前の行為であり作戦も何もあったものではない。
だがこのゴブリンたちは一体が負傷するとそいつは無暗に騒ぎ立てず痛みを堪え冷静に後ろへ下り、その際にそのゴブリンを庇うように別のゴブリンが前に出てきて戦い、怪我をしたゴブリンが下がるまでの時間を稼ぐ。これは通常では見られない行動だ。
「それにただ突っかかってくるだけじゃないわ。なんか飛び込む順番を守っているっていうか…他のゴブリンとぶつからないように立ちまわってる。今まで戦ったことのあるゴブリンは攻撃のときは我先に飛び込んでくるからお互いがごっつんこすることも多いのに、そういうの一切ない。なんていうか…」
「役割を持って戦っている、か?」
「そう‼まさにそんな感じ‼」
「そりゃそうだよ‼なんたってジェネラルゴブリンの配下にいるゴブリンだからね‼おりゃ喰らえ‼」
「ギャギー‼」
「どういうことクルロさん?」
今しがた剣で打ち合っていたゴブリンを魔法剣で胴から真っ二つに叩き斬って一撃で仕留めたクルロ。彼が少しの間ゴブリンの突撃が止んだタイミングで話しかけてきた。
「配下のゴブリンの指揮をとって群れを有効に使う…それがジェネラルゴブリンの能力なのさ ‼」
「あのリーダーっぽいゴブリンにそんな能力があるの?」
「あるあるのありまくりだよ‼ナナミちゃんもっとモンスターの勉強しなよ‼えっと、ジェネラルゴブリンは…忘れた‼キャルロ解説よろしく‼」
「お前も人のこと言えないじゃないか…女の子と宿屋にじゃなくて一人で図書館に行けよ…はぁ。」
得意げに言って締まらない愚かな自分に悪態をつきながらも、キャルロがため息を一つして教えてくれた。
「有名な話だけどゴブリンは実はそこそこには賢いんだよ…木や石で簡単な武器を作るし、火を起こして肉や果実を焼いて食べるし…ついでに社会性を持つ群れでの暮らしをしているわけだからね。でも人間と比べたら所詮はゴブリン…敵との戦いでは群れをうまく指揮ができるボス的な奴がいなくて個々が勝手な判断をして戦うから…その知能をいまいち発揮できない。でもたまーに突然変異で群れの中に生まれるジェネラルゴブリンは知能が普通のやつの何倍もあって…」
「そうか。ジェネラルゴブリンが指揮することでその知能を最大限に発揮できるわけね。」
「そうそう…あれ一匹が群れにいるだけで下手な人間の盗賊団なんかよりもやっかいになるんだ。村が丸ごと乗っ取られたとか農場が占領されたとか…そんな話は数えきれないよ。ジェネラル一体の危険度はBランクあったはず…あれがいると群れ全体の危険度も上がる…ゴブリンでここまで危険度が跳ね上がる条件は他に聞いたことないよ。」
「指揮だけじゃなくて実際に一体一体が強くなってもいるみたいだけどね‼この種類のゴブリンにここまで硬いのはいないよ‼おかげで武器が痛み放題だい‼修繕費で女の子一晩買えちゃうよ‼」
クルロが持っていた魔宝剣は片刃がすでに刃毀れだらけで使い物にならなくなっていた。何度もゴブリンを斬ったことでその反動がきていたのだろう。「これじゃあ剣じゃなくて鈍器だよ‼カッコ悪くて女の子にもてないぜ‼」とクルロは刃毀れした面で次に襲ってきたゴブリンを怒り混じりで叩いていた。それに呆れつつ魔術を放つキャルロの剣もクルロほどではなかったが、それでもだいぶ摩耗していて魔術の威力もだいぶ落ちていた。魔宝剣士の魔術は魔術の媒体に使う剣の状態に依存するので、剣が傷つけば魔術の方も弱まってしまうのだ。
「その通り。ゴブリンは我のような正しき指導者の導きの元、最大限の力を発揮させることができるのだ。」
そう言って敵陣の奥から出てきたのはジェネラルゴブリンだった。彼は戦いが始まったらすぐに姿が見えなくなっていたが、群れの奥に潜んで戦況を見守っていたらしい。前に出た今も盾を持った他のゴブリン数匹に守られてナナミ達の飛び道具などの攻撃からも防げるようにしており、まさに敵軍の大将といった風貌だ。
「仲間の後ろでこそこそするなんて卑怯なやつ‼勇敢なお仲間が泣いてるぞ‼」
「卑怯でもなんとでも言うがいい。我は自分の命の重みを理解しているから配下を犠牲にしてでも生き延びねばならんのだ。お前たち人間にもいるだろう?その人間が持つ才や個性を引き出し、適切な役割を与えることのできる特別な者が。それを指導者と言う。指導者は前には出ないのだ。もし命を失えば群れ全体の終わりだからな。」
「正論…‼ゴブリンの癖して生意気な‼ようは自分の命がカワイイってことでしょ‼恥ずかしくないのかよ‼」
「クク、その生意気で我が身が可愛いゴブリンの策に苦戦を強いられているのはどこの誰だろうかな?」
「くっそー‼ゴブリンの分際で生意気だぞー‼」
クルロがジェネラルゴブリンに悪口を吐いてみたが、それが負け惜しみでしかないのは奴も理解しているようで皮肉を返されてしまった。彼は勝てぬと悟り地団太を踏んでいた。
「ちょっとクルロさん‼冷静さを欠いたら敵の思うつぼよ‼」
「でもさーナナミちゃん‼クルロさんもう悔しくって悔しくって‼これはもう女の子の胸の中で優しく慰めてもらわないとクルロさんの硝子のハートは元には戻らないなー‼」
「ああそうかい…なら粉々にしてゴミの日に出しときなよ。硝子は特殊ゴミだから処理業者にお金払って引き取ってもらいなよ。」
「キャルロ辛辣‼自分なのにホントひどい‼」
「自分だから辛辣なんだ。お前もういっぺん死んでおけよ…‼」
「二人とも喧嘩なら帰ってからやって‼それで?そちらの大将にあらせられるジェネラルゴブリン様は、どうしてまた安全な後方を捨てて危険な前線に出てこられたんでしょうかね?」
いがみ合うクルロとキャルロを宥めつつ、ナナミがジェネラルゴブリンに問うと、奴はそれに答えてくれた。
「もしかして勇ましい私たちに感動して、大将自ら一騎打ちにでも来ていただけたとか?それならこっちにもワンチャンあるんだけど。」
「まさか…‼いやなに、たった六人に随分と手間取っているようなのでな。これ以上配下を減らされたくもないし、とっておきで手っ取り早く殲滅するつもりだったのだ。…来い‼」
ジェネラルゴブリンが右手をさっと挙げて叫ぶと、奥の方から新たなゴブリンが何匹かやってきた。援軍で追加投入されたゴブリンだろうか?しかしそれがさっきまでのゴブリンとは違うことはナナミ達の誰が見てもよくわかった。
そのゴブリン達はジェネラルゴブリンと同様に皮鎧や布を着込んで武装しており、手には弓や杖を持っている。これまでは人間から奪ったであろう剣やナイフで戦っていたが、それらは人間でも技術の要求される武器だ。それを見てナナミ達は一気に警戒モードに入る。クルロとキャルロも喧嘩は置いて真面目になっていた。
「ゴブリンって弓が使えるの?それにあのローブを着て杖を持っているゴブリンはもしかして…」
「ギャギギャボール‼」
「わっと‼」
ローブ姿のゴブリンが何かを叫ぶと奴の前に小さな炎の玉が現れ、それがまっすぐこちらへ飛んできた。ナナミはぎょっとしてとっさに身をひるがえしそれを避けると、炎の玉は壁にぶつかって焦げ跡を残す。
「今のはファイヤボール‼そのローブ着てるゴブリンが魔術使ってきた!? 」
「あれはゴブリンメイジだよナナミちゃん…弓持ち方はゴブリンアーチャーだね。見るのは初めて?」
「う、うん。話には聞いたことあったけど…見たのは初めて。」
「棍棒や投石以外に文明的な武器を持って戦うゴブリンを総じて職持ちゴブリンって言うんだ。一つの群れに一匹か二匹いれば上等なくらいには珍しいのになんでこんなにたくさん…これもジェネラルゴブリンの能力かな。」
「そうだ。こいつらは普通のゴブリンだったが我が才を見抜き人間から奪った武器を与えたのだ。そうしたら今まで見たことのない力を発揮しだした。」
「職持ちゴブリンまで作れるの!?すげー‼」
「感心している場合!?さらにやばいことになったじゃん。」
ただのゴブリンだけでも数が多くて大変なのに、そこに魔術やら矢やら飛び道具まで扱う職持ちゴブリンまで現れてはたまったものではない。ますます不利になる戦況にナナミはうんざりしていた。
「危険度Bのジェネラルゴブリンと参加の百匹くらいのゴブリン(職持ちゴブリンあり)って、このパーティーの戦力なら間違いなくクエスト受注お断りなくらいの難易度じゃない?」
「そうだね‼ここは一度撤退して立て直した方がいいんじゃない!?」
「でもさっき入ってきたところは向こう側だし…どっちにせよこの包囲を突破しなきゃ。」
ナナミ達が追い詰められていた壁は、この遺跡の地下への出入り口の反対方向にある。そのため逃げるためにはナナミが言う通りゴブリンの群れを突っ切るしかないのだ。このまま戦うにせよ逃げるにせよ衝突は避けられない。
「仮に一度突破して向こうへ全力で走っても、ゴブリンアーチャーやゴブリンメイジに背中を撃たれたらおしまいだ…矢が一、二本刺さったり火の玉浴びて火傷しても全力疾走できるんなら話は別だけど?」
「その意見は却下させていただきますキャルロさん。撃たれれば確実に転びますしその間に追いつかれてしまいます。その方法は矢が刺さった仲間を見捨てることになりますので。」
捨て身の作戦はセーヌによってばっさりと切り捨てられた。彼女なら間違いなく反対するだろうとわかっていたようで、キャルロも「冗談だよ…」とその作戦はすぐに忘れることにした。
「それじゃあこのままこっちの体力が尽きるまでゴブリンと戦い続けろって言うの?逃げるなら全員の体力がまだあるうちに決めないと…なにやってるのリリファ姉ちゃん?」
「…」
じりじりと距離を詰めるゴブリン達と対峙し、互いに牽制しつつもこれからどうするかを耳打ちするナナミ達。そんな中でリリファだけがひそひそ話に混ざることなく、背中の壁をあちこち触って調べていたことにアレンが気づいた。
リリファは壁をときどき優しく撫でるようにしたり、と思ったらどんと強く叩いてみたり…アレンにはその行動がさっぱり理解できなかった。だがひとつだけ、その行為は急ぎつつも何かを見逃さないように、冷静さが欠けないように気を付けてといったかんじなのはわかった。
「今センス・サーチで少しな…ダンジョンの中の造られたものとはいえここは遺跡だ。探せばどこかに一つくらいは…‼悪いがちょっと時間を稼いでくれ。」
「え、なにを…うわっと‼」
「ギャギャット‼」
何をしているのかと聞こうとしたアレンだったが、ゴブリンアーチャーが矢を撃ってきたので武器にそれを当て攻撃をいなす。自然リリファの前で彼女の盾となる形となったアレンは、前方の矢での追撃に注意を払いつつリリファの動向を見守った。
「よくわかんないけど…それが今のおいらの仕事なんだね?なら前は任せて‼」
「そうだ。そのまま頼む。えぇと…」
アレンの背中に隠れる形で、相変わらずリリファは何かを探し続けていた。その行動は他の仲間の目にもとまり、彼らも前を気にしつつリリファに目配せをする。
「…そこの小娘。敵に背を向け何をしている?」
「気づかれたか…おいお前たち。お前たちも少し守っていてくれ。」
「何か思いついたの!?」
「よくわかんないけど…時間を稼げばいいんだんね?」
「何か企んでいるな…その前に潰してくれる‼お前たちかかれぇ‼」
「「「ギャギギ‼」」」
リリファの怪しい挙動に気付いたジェネラルゴブリンが一斉にゴブリンを差し向けてきた。
「一発逆転の秘策守るべし‼いくよキャルロ‼」
「言われなくても…‼」
「「交刃斬‼」」
飛びかかってくるゴブリンをクルロとキャルロが合体技で相互する斬撃を生み出し斬り捨てる。さっきまで口喧嘩していたのにこういうときは息ぴったりだ。そこにゴブリンアーチャーとゴブリンメイジ数匹がそれぞれ矢と火の玉で攻撃してきたが、それはセーヌがトンファーで丁寧に撃ち落とした。
「ええと…あった‼壁の中か…ナナミ‼フレイムドラゴンでこのあたりの壁を壊してくれ‼」
「フレイムドラゴンって…たった一発しかない大事な大事な虎の子なんだけど‼」
「この遺跡の壁は硬いからそのくらいの大技でないと一撃で壊せん‼掘ってる暇はない‼いいから早く‼」
「…わかりました‼ストック解放…フレイムドラゴン‼」
リリファに催促され、ナナミはやけっぱちで杖の先端から魔術を呼び起こした。
「GYAAAA‼」
「これは!?むぅ、この熱さ…‼あれを喰らえばひとたまりもない。総員後ろへ下れ‼」
「「「ギャギー‼」」」
「いまだフレドラくん、真ん前の壁よ‼」
「GYAAAA‼」
炎の龍が出現して熱波を巻き起こす。その熱を体感したジェネラルゴブリンはそれが自分達へ向けれるものと誤解を起こし、全ゴブリンを後ろへ下げた。その隙にフレイムドラゴンの術者であるナナミは、すぐにリリファが示した壁に突っ込むように命令をする。意思無き炎の龍は術者の命令に従い、何の疑問も持つことなく眼前の壁に思いきり激突する。炎の龍は壁にぶつかると同時に爆発を起こし打ち消え、火と瓦礫が飛び散り土煙を巻き起こした。
「げほげほ…‼これでいいのリリファちゃん!?」
「ああ十分だ。これなら…あった‼」
リリファはナナミを労い、土煙がすべて晴れる前にえぐれた壁の中から目的のものを見つけ出す。
そこにあったのは、赤い色のなにかのスイッチだった。
「そのスイッチなんなの!?いつだったかクロノスさんが押した手動の罠とかじゃないよね?」
「これは罠ではない。緊急用のスイッチだ。そういうのは壁の中に隠されていることが多い。勉強もたまには役に立つ。」
「緊急用…それなら‼」
「ああ、これを押せば…そらよっと‼」
スイッチのある場所はリリファの背よりも少し高いところにあった。リリファは地面を強く蹴って飛び上がると目の前に届いたスイッチを思いきり殴りつけて押した。
がこん‼がこん‼がこん‼がこがこがががが‼
どこかで何かが外れたり、逆にはめ込まれるような音が響いてきた。
「なんだ!?いったい何を…おぉ!?」
「「「ギャギャギャー!?」」」
続いて地響きと地揺れが起こりナナミ達は立っているのがやっとの状態になる。ゴブリン達も突然の音と揺れにパニックを起こし、ジェネラルゴブリンが落ち着かせようと叫んでいた。
「うわわ…すごい揺れ‼ねぇ、あのスイッチ押すと何が起こるの?」
「知らん。」
「え。」
ナナミがリリファの押した壁のスイッチについて尋ねると、彼女はあっさりと答えてくれた。そのあっさり具合はナナミがこの世界に来る前に好んで食べていた菓子のシンプルな塩味を連想させるほどで、我ながら美味い…上手い例えだなぁと現実から逃避しようとしたナナミだったが、揺れと轟音がそれを許してはくれなかった。すぐに意識を引き戻された。
「リリファちゃん。知らんって…」
「初めて見る遺跡の仕掛けを知っているわけがないだろう。こういう隠しスイッチがあることを知っていただけだ。少なくとも…ゴブリンに囲まれた状況よりはマシだろう。」
「…あーはいはい。うすうすそんなこったろうと思ってましたよーだ。リリファちゃん本当に冒険者に両脚浸かっちゃったね。」
「アハハ‼冒険者にはスリルがつきものだよね‼そう思うでしょキャルロ!?」
「元気だねクルロは…天井が落ちてきたら私を庇ってお前が先に潰れろよ。」
「来るべき何かにそなえ…今は神に祈りましょう。」
「みんななんでそんなに冷静なの?冷静っていうか呑気?冒険者ってある意味で怖いものしらずだよね。…本当に何が起こるんだよ!?」
彼女にしてはいい笑顔でそう答えたリリファ。仲間達は特に責めるでもなく、かといって慌てふためくわけでもなく…逆にパニックを起こして暴れまわるゴブリン達を他人事のように見ていた。
そして全員は願う。どうか今以上に悪い状況にはなりませんように…と。
轟音と地響きは、より一層強くなっていった。