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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
147/163

第147話 そして更に迷宮を巡る(クロノス達のパーティーの二十五階層目での出来事)



「…それで?こいつ…これははいったい何なんだ?」


 マーナガルフが頭上にいる敵を見上げてそう言った。 


「私は知らん。こんなのは初めて見る。」


 ディアナがそう返し彼女もまた敵を見上げていた。


「さぁ?儂にもサッパリだ。そもそもデカすぎて全体像がわからん。」


 そしてヘルクレスもそれを見上げたのだった。…みんな見上げてばっかりだって?仕方ない。巨漢のヘルクレスですら見上げねばならないくらいそいつは高いところにいるのだ。


 …正確には、そいつの頭部。つまり頭がはるか上空にあって、体は目の前にある。視界はそいつの体に埋め尽くされ、そこから奥はまったく見えない。



「大きいな…ここまで大きいと単に大きいという言葉でなく、巨大という言葉が似あうぞ。」


 クロノスが前にあるそいつの足の一つをぺしぺしと叩いて感想を述べた。そう、相手はとにかく大きいのだ。ヘルクレスよりも、前に戦ったイエティよりも、ずっとずっと大きい。クロノスは前にミツユースの街で海辺を散歩している時にクジラという海原を泳ぐ大きな生き物を見たことがあったがおそらくそれよりもずっと大きい。あちらは三十メートルほどの体高があったが、目の前の存在の体長は五十メートルよりも大きいと推測できる。どんだけデカいんだよとツッコミたいがついでにこの空間もそうとう広い。


「いったいなんなんだこのカメは…」


 それはとてつもなく大きな甲羅とそこからにゅっと伸びた四本の足と雁首を持っている。敵の正体は巨大なカメの石像だったのだ。だがそれを敵と言っていいのかは大変疑わしい。なぜならそれはまったく動く気配を見せず、何もしてこないし何もしていないからだ。

 


 二十五階層目にたどり着いたクロノス達は休む間もなくすぐに先へと進んだが、坑道のようなマップの一本道をただひたすらが進ませられただけで他には何もなかった。十分ほど歩いたところで端から端まで数㎞はありそうなとてつもなく広い今の空間に出たので、そこで宝箱や守護者のモンスターを探そうとしたのだが、すぐに中央にバカでかい例のカメの石像があったのを見つけたわけだ。しかしそれはじぃっとしたまままったく動かない。それがカメの形をしていることに気づいたのも先ほどの話でそれまでは形状の把握にも苦労していたのだ。なにせデカいんだもん。それから進展もなく今にいたるというわけだ。



「カメの石像がどうしてダンジョン内にあるんだ。しかもこれだけ巨大なものが。」

「ダンジョンに理由を求めてもムダというものだぞディアナ。ダンジョンではそこにそれがあるからとしか言いようがない。強いて言うなら誰が置いたかと言われたら作った神々のどなかが置いたとしか言えないな。それにこうしてかすかには動いている以上はやはりモンスターだ。」


 クロノスがカメの石像に近づき手を当ててみると、感触は石そのものだったがどくんどくんと生物特有のかすかな鼓動の動きが感じられた。


 ダンジョンの中にいる生物は一部の動植物を除きあとはモンスターと外部から侵入した挑戦者のみだ。このカメの石像が不思議な罠に引っかかって姿を変えられた哀れな冒険者…とは思えないので、これは間違いなくモンスターなのだろう。


「だがこれはいかんせん非現実的な光景であるとしか思えん。」

「うーん…?」

「どうしたシヴァル?」


 クロノスに倣い自分も手を当てて調べていたディアナは、そこでうんうんと頭を捻っていたシヴァルに気が付いた。これがモンスターであるのならすぐにでも飛びついてきそうなものだが…ディアナは疑問に思い彼に声をかけた。


「…いやぁディアナさん。実はどっかで見たことあるんだよねこのカメの石像。」

「知っているモンスターなのか?」

「いや、僕も間違いなく初見なはずなんだけど…なんだったかなー?」

「シヴァルが思い出すのを待っていても仕方ない。襲ってこないのならそれでけっこう。さっさと後ろの宝箱を頂くとしよう。」

「オォン?まだ見つかってないだろうがよ。どこにあんだよ。」

「そうだと思ったんだが…ほらそこ。石像の後ろにたくさんあるぞ。」

「お、本当だ。」


 クロノス達の目当てであるエリクシールの入っている宝箱はこの空間に出た時には見当たらなかったのだが、巨大なカメの石像の左後ろ足の先に山のように積まれていた。さっきまでは石像の足が死角となり隠れて見えなかったがクロノスが動いて視点を変えたらすぐに見つけられた。


 宝箱は積み重なっていたが見える範囲でも五十はあり、どれもこれも箱本体がきんきらきんの金色に輝いていていかにもな風貌をしていた。間違いなくあれが正解だろう。…その周りの地面に謎の白い白線が描かれているのが若干気にはなるが、とにかく目当てのものを見つけることができた。


「あの宝箱の中にエリクシールが…あれを入手すれば目的は達成ということか。」

「だな。このデカブツも動く気がないのならちょうどいい。宝箱だけもらってさっさとずらかろうぜ。よし、運ぶの手伝えよデカブツ仲間の爺さん。」

「おお‼儂なら十個は持てるな。」


 何もしないならそれでよしとマーナガルフがヘルクレスを伴い、堂々と構えたままのタートルスタチューを無視してその後ろへ回り込んで宝箱の山へ近づいった。その間もタートルスタチューはクロノス達が入ってきた入り口の方に首を向けたまま立ち尽くしているだけだ。



「さぁて、ホントにこれ全部にエリクシールが入ってるんだろうな?まぁ全部開けて見りゃわかるだろ。こんだけの宝箱全部にエリクシールが入っていたら売ったらいくらになんのかな?…やっぱり鍵はかかっているか。まぁ持って帰れればギルドでだれかが開けてくれんだろ。」


 近づいてわかったが宝箱にはどれも鍵がかけられていた。クロノス達の中に鍵の解除が得意なメンバーはいないし、無理やり開けて何かの仕掛けを作動させてしまい中身が台無しになっても面白くないので宝箱ごと地上に持ち帰る形になるだろう。


「これだけの量は五人で持っても持ちきれんな…おいクロノス‼なんでもくんを貸せ‼全部しまって運ぼうぜ‼」

「ああ、俺も今行く。」

「早よ走ってこいや‼ったく、これでやっと帰れるぜ。こんだけありゃ俺様の取り分も当然あるよな?エリクシールなんて売ったらいくらになるのやら…きっと毎日上玉の女を侍らせて高級な酒と肉を飲み食いし放題だぜ…へへ、よっと…」


 なんでもくんを持っているクロノスがこちらへ歩いてくるまでに、マーナガルフが舌なめずりしながら宝箱の一つに手を伸ばしながら白線の内側に足を踏み入れると…


「ピ、ガガガガ…‼」

「なんだぁ?おおっと…ずいぶん強い揺れだな‼」


 突然頭上から大きな音が響き渡り、驚いたマーナガルフは宝箱に伸ばしていた手をさっと引く。直後に強い揺れが地面からも伝わってマーナガルフとヘルクレスはなんとか転ばないように体勢を整えていた。


「なんだ!?急に揺れが…」

「罠かなにかかな?」

「頭上に気を配れ‼破片が落ちてくるぞ‼」

「おっと…とりゃあ‼」

「あたたた…いてっ‼あはは。」


 揺れはクロノス達の方にも等しく伝わり、天井からは砂ぼこりが降りそそいでクロノス達の頭に積もっていた。まれに大きな石の破片も降ってきたので、クロノスとディアナはそれを避けたり手刀で叩き割ったりしてやりすごしていた。シヴァルはどんくさいので破片を避けれずに全身にもろに浴びていたが何事もなくへらへらと笑っていた。



 一分ほど経つと揺れは徐々に収まりを見せ、ついには完全に消失した。一同は衣服に纏わりついた粉塵を払いのけつつ無事を確認しあったが、だれも負傷はなかったようだ。


「…収まったか。なんだったんだいったい。」

「おいマーナガルフよ。あのカメ…」

「オォン?あの動かないゴミがどうしたって…んなぁ!?」


 マーナガルフはヘルクレスが自身の指で誘導してきた先を面倒そうに視線で追い、最初に音のした上の方を見上げると…


「…」


 そこにはこちらを向いたタートルスタチューの顔があり、そのぎょろりとした無機質な目と自分の目があったのだ。その顔は相変わらずの無表情であったが、どこかに殺意と敵意が確かに感じられ、マーナガルフはとっさに後ろへ飛び退き手足を地面につけて姿勢を低くし、全身の毛を逆立てて威嚇する。その姿はまさに獣のようであった。


「…」

「ガルルルル…‼コイツさっきまで動かなかったのに…‼」

「…シンニュウシャハッケン‼シンニュウシャハッケン‼」

「オイオイオイオイ…しかも喋るとか。」

「じゃあやっぱりコイツが守護者だったんだな。さっきの揺れはコイツがこっちを向いたときの足踏みかよ。」

「コレヨリ、ハイジョコウドウカイシシマス‼」

「大丈夫か!?いまそっちに…おわっ‼」

「シンニュウシャハイジョ‼ハイジョ‼」


 カメの石像の敵意は明らかに宝箱を取ろうとしたマーナガルフとヘルクレスの二人に向いている。クロノス達も急いで合流しようとしたが、地団太を踏むカメの石像の四本の大きな足が邪魔をした。いくらクロノス達と言えど、何トンあるかもわからない足に踏みつけられてはたまったものではない。たぶん死にはしないが面倒くさい。なので、その場にとどまるほかなかった。


「その白線の内側への侵入が起動のトリガーだったんだね。いやあからさまに怪しかったけども。」

「なるほど…宝箱を取ろうとすると動き出すってわけか。そりゃ人のいないときに動いても意味ないもんな。おい聞こえるかそっちの二人‼そっちに行けないからこのまま両方向から攻めるぞ‼」


 宝を得るのに戦闘を避けることはできないようだ。クロノス達は武器を取り出して向こうの二人へ呼び掛けた。

 

「ギャハハ‼わかってらぁ‼そりゃあ守護者との戦いなしに宝箱だけ頂いたいてハイさようならとはいかないよな‼いいぜ‼このまま戦わず終わりってのも締まりが悪いと思ってたところだ…やってやろうじゃねぇか‼」

「ガッハッハ‼しょうがねぇなぁ…最後の一仕事やったるぜ‼」


 マーナガルフとヘルクレスもタートルスタチューと戦う方向で気合いを入れ直したようだ。体躯で威圧する相手をまったく恐れずに爪と戦斧をそれぞれ構えていた。



「テキイサッチ。コウゲキジュンビ‼ジュンビ‼」

「まだ準備の段階か…ちょうどいい。また動き出す前に速攻で…おいシヴァル。君もいつまでも考えてないで早くモンスターを出して戦ってくれ。」

「ちょっとまってくれよ…ありゃ?ま、まさか…わ、わ、わ‼これは…こいつは…‼」

 

 謎の巨大なカメの石像はさっきから大声を張り上げているがまだ攻撃してくる気配はない。今のうちに先制攻撃をしようと考えていた一同をよそに、シヴァルだけはいまだ一人で頭の中から記憶を引っ張り出していたのだが、突然わなわなと震えだした。その目はまるで信じらんないものを見てしまっていると言わんばかりで、視線は巨大なカメの石像に釘付けで他に目移りする気配は微塵もなかった。…目をそらしたところで視界の殆どはカメの石像に埋め尽くされてしまっているのだが。


「…やった。やったぞ‼ヒャアッホウ‼ウヒャア‼ヒエッチュウ‼ウォンウォンチュウ‼」

「なんだ?シヴァルが急にぶっ壊れたぞ。」

「違うな…これはシヴァルがすごいモンスターに出会った時に出す歓喜の表現だ。」

「オォン?こいつモンスターに会うたびにこんな奇天烈な反応すんのかよ。マジ不審者だな。」

「ならこのでっかい石のカメさんはそれほど珍しいモンスターってことか?」

「そういうことだろうな。おいシヴァル‼このでっかいカメさんはモンスターでいいんだよな?」

「ウェイヤー‼ヒーハー‼ワナビーシリアー‼スペペペッポーン‼」

「…聞けや‼」

「ワーイワーイワーイ…あ痛!?」


 自分の世界に浸かってしまいまったく帰ってくる気配のないシヴァルをつい思いきりがつんと殴ってしまった。仕方ない。クロノスは元々手の早さに定評のある冒険者なのだ。


 無抵抗でそれを食らったシヴァルは空中を三半回転してから地面に叩きこまれそそまま大地とキスをした。しばらくぴくぴくと痙攣していたが、しかし大事はなかったようですぐにがばりと起き上がる。


「いたたた…もう、ひどいよクロノス。頭が破裂するかと思ったぜ。」

「君が破裂だぁ?するわけないくせになにを言うか。」

 

 クロノスはわりと本気で殴ってみたが、これが普通の人間であれば棒で叩き割ったスイカのようになるだろう。昔、街から街への移動のため治安の悪い街道を歩いていて野盗に出くわしたときに、たまたま手元に武器がなかったので仕方なく素手で今と同じように殴ってみたら前述の通りになったことがある。その時一緒に行動していた冒険者にドン引きされたことは今でもまるで昨日のことのように覚えている。


 だがシヴァルの最弱とはいえそれはS級の、それも肉体に限った範囲での話。S級昇格のための条件の一つである「崖から突き落とされても無傷で谷底から帰ってくる」を達成しており冒険者の中でも圧倒的な耐性を持っていることには変わりないので、今回は痛いと感じるだけで済んで現実へと戻ってこれた。


「それでこのでっかい石のカメさんはなんなんだ?その反応を見るになんなのか知っているんだろう。」

「違うよ‼こいつはでっかい石のカメさんなんかじゃない‼こいつは…スタチューだ‼」


 話を戻しこのでっかいカメの石像がなんなのかをクロノスが尋ね直してみれば、シヴァルは目をかっと見開いて勢いよくそう答えた。


石像(スタチュー)?スタチューってガーゴイルみたいな石でできたモンスターのことだったよな?」

「そうだよヘルクレスのおじいちゃん。スタチューと言えばガーゴイルが有名どころだよね。他にもいろいろいるけど例えば…「面倒だから今はいいぞ。」…あいあい、しかたないね。」


 スタチューとはモンスターの一種にあたり、無機物でできたゴーレムのように肉体が石や金属でできているモンスターである。普段は石像や彫像のふりをしてまったく動かないのだが、生き物が油断して近づいてくると突然動き出して襲うのだ。ヘルクレスが言った通り怪物などをかたどった姿をしているガーゴイルが有名所だろう。


 だがスタチューにカメの姿をした種類。しかもここまで大きなものがいたことなどクロノスもマーナガルフもディアナもヘルクレスも、初めて知った。


「そりゃ誰も見たことないだろうさ年齢的に。もちろんこの僕もね。本当に初めて見た…‼」

「君もか?古今東西のモンスターに高い見識を持つと称される君が?」

「悔しいことにそうなんだよ。こいつはスタチューの中でもとびきりレアなスタチューで、名前を「タートルスタチュー」って言うのさ‼そもそも僕は迷宮ダンジョンでこいつを探していたんだよ‼あは、特別な時期の特別な時間にしか行けないマップにいるのなら通りで見つからないわけだ‼」

亀の石像(タートルスタチュー)…名前そのまんまじゃねぇか。」


 シヴァルの答えは実になんの捻りもないシンプルなものだった。しかし彼がこれだけ興奮しているということは名前とは裏腹にそれほどまでに珍しいモンスターなのだろう。


「そりゃあね‼なにせ僕らが生まれてくるはるか昔…そう、はるか昔に、あの憎き滅竜鬼のあんちきしょーが人間界に存在する個体を絶滅させやがったんだ‼信じられるかい!?絶滅ってことは全個体だよ全個体‼おかげで僕は生まれてこの方本物を拝んだことは無く、いつも過去の文献を涙と鼻水を垂らしながら当時を羨み会いたいな会いたいなーって眺めるだけ…」

「君がずいぶんと興奮するかと思えば既に絶滅した種だったのか。ま、アティルが滅ぼしたのなら仕方ないか。なにせ滅竜鬼だもんな彼女。」


 タートルスタチューが希少な種を通り越して既に絶滅した種であった理由を知りクロノスは納得した。その犯人が滅竜鬼の二つ名を持つ冒険者アティル・ジキンハイスだというなら間違いはないだろうと。クロノスは彼女がそういう人間であることを知っていた。 


「でも‼今日はこうして本物に会えた‼ねぇねぇ連れて帰っていい!?家で飼いたいよ‼いっぱい仲良くなっていっぱい研究してあわよくば繁殖させてみたい‼」

「増やせんのかコイツ…?だが連れて帰るのは無理だろう。ダンジョンのモンスターは外には出せない。」

「あーくそそうだった…やっぱり迷宮ダンジョンのコアを入手して操らなきゃか…でもこのダンジョン最終階層はまだ見つかってないんだっけ。悔しいなぁ…‼」


 ここがダンジョンの中であったことを思い出しシヴァルは残念がっていた。クロノスもシヴァルがここまで悔しがっているのを見るのは久しぶりだ。やはりそれほどの希少な種のモンスターなのだろう。話の中で絶滅種だと言っていたくらいだし。



 シヴァルはしばらく未練がましくタートルスタチューをちらちらと見て、それからあーうーと項垂れていたが、だれも彼に妥協を許さずにいると、とうとう諦めたようで投げやりに両腕を天に放って叫んだ。


「あーハイハイいいよいいですよ‼僕の物にならないんだったらもう知らない‼」

「ようやくその気になったか。…だがもう少し早く決意をしてほしかったな。あちらの準備が終わってしまったようだ。」

「ピ、ガガガガ…キドウジュンビカンリョウ。」

「えー?なんだゴメンゴメン。僕なんか無視して勝手にやってくれればよかったのに。」

「そうしたかったんだがな…あれをお前が知っているというのなら話は別だ。見たことのないモンスターに無策で挑みたくなかったのだ。」


 もたもたしているうちにあちらの準備が終わってしまったようだ。ディアナ達はクロノスとシヴァルがやり取りしている間に三人だけで仕掛けたかったが、未知のモンスターに対してどう動けば正解なのかわからずに結局シヴァル待ちのまま動けなかった。


「コウゲキシマス‼コウゲキシマス‼ユウグンハハナレテクダサイ‼」

「そっちに行くぞ‼気を付けろ‼」

「わぁーってるぜ。だがどんな攻撃が来ようとも…‼」


 タートルスタチューの狙いは宝箱を奪おうとしたマーナガルフとヘルクレスだった。


 二人はタートルスタチューがこちらに走ってくるのかと身構えたが、タートルスタチューは足を前に進めることなくただ口をぱかりと開いただけだった。すると喉の奥から細長い筒状のものが飛び出してきて先端をゆらゆらと動かし標準をマーナガルフとヘルクレスに定めていた。


「なんだありゃ?」

「石造りの体だし喋るし普通の生体じゃないと思っていたがあんなものが飛び出してくるとはな…なにをする気だ?」


 タートルスタチューの口から意外なものが登場してあっけにとられる二人。その間に標準を絞り終えた筒は動きを止め、それから中央の穴から光が漏れ出ていく。そこから変な音もする。文字であらわすときゅわんきゅわんきゅわん…って感じの、何かエネルギー的な者が集まっていくようなそんな音。


「…じいさんよぉ、ありゃヤバそうだぜ。」

「先手必勝だ‼何かしてくる前にやってやらぁ‼」

「やめたほうがいいよ‼今のタートルスタチューはたぶんものすごく熱くなってるからこれ以上近づいたら火傷じゃすまないよ‼」

「なんだと…あれは何をする気なんだシヴァル!?」

「教えてあげるよ‼タートルスタチューは…口から超高熱・超高エネルギーの破壊光線を吐けるんだぜ‼カッコいいだろう!?あれを真正面から喰らったらさすがに僕らでも一瞬で蒸発して無くなっちゃうかもね‼」

「「え。」」


 シヴァルがそう得意げに言ったので標準を向けられていたマーナガルフとヘルクレスはすぐに逃げようとしたがそれは遅かった。直後に充填を終えたタートルスタチューの口の砲筒から光とともになんかすごい光線が放たれて、その真ん前にいたマーナガルフとヘルクレスを包み込んだ。



 光線の直径は太く、横並びしていた二人をすっぽりと覆いこんでもまだ余裕があるくらいはある。横に避けても逃げきれないだろう。


「ちぃっ‼迎撃してやらぁ‼刹破斬(せっぱざん)‼」


 マーナガルフが両爪を振って斬撃を起こしてそれを向かってくる光線にぶつけたが、斬撃は光線に呑み込まれあっさりとかき消されてしまう。


「ならば…アースウォール‼」


 今度はヘルクレスが魔術で地面の土を盛り上げてあっという間に土の壁を作りだした。が、土壁に光線が当たるとそこから真っ赤に染まっていき、遂には穴が開いて土壁はぼろぼろに崩れ去った。それでも光線は勢いをおさめることなく襲ってくる。


「防げないだと!?クソが…上に飛ぶぞ‼」

「その必要はない。」



 光線が二人に衝突する直前、間に影が割って入る。それはクロノスだった。彼は剣を取り出して…



「斬り受けるのではなく、斬り逸らす…極鏡刃(きょくきょうじん)。」


 クロノスは軽く剣を縦に振った。するとどうにもならなかった光線は剣斬を受けて真っ二つとなり、横へ逸れて飛んでいった。


「うぉっ!?」「うわっ!?」


 ふたつに分かれた光線はヘルクレスとマーナガルフの真横をすり抜け、遥か先にある空間の壁に衝突。壁を徹底的に破壊して光と轟音と熱をまき散らす。


 壁はかなり遠かったがここからでもわかるくらいに広範囲が真っ赤に光り、どろどろとしたものが床に零れ落ちていた。それは間違いなく高熱の光線を浴びて溶解した壁のなれの果てであり、もしあれを人間が浴びていればどうなっていたか…ヘルクレスとマーナガルフは己がそれなりの丈夫な肉体を持っていることもしばし忘れて戦慄した。



「ふぅ…やはり曲げるのが正解だったか。持ち手がかなり熱いんだけど。」


 一息ついて剣を振ったクロノスは、咄嗟の判断で最適解の技を選べたことに安堵していた。選べなかった場合は三人仲良く蒸発だっただろう。この三人ならば黒焦げになる程度で済んだかもしれないがもしもを考えればなかなか良い判断だったといえる。


 流石はクロノス。さすくろ‼…と、言いたいところなのだが、その代償は大きかった。それはクロノスの剣だ。彼の持っていた剣は剣先が真っ赤に溶けてなくなっており、柄は黒焦げで白煙を登らせていた。それを持っているクロノス自身には大きな火傷はなさそうだったが、伝わる高熱で玉粒の汗を額から流していた。


「やれやれ、残りの二本の剣の内一本を失って後残すは一本だ…これもいつまでも熱いしもういーらない。」

「余計なことを…別にテメェに助けられなくてもこんくらい…」

「確かに君たちならあれくらい耐えられるだろう。そうでなきゃギルドから賜ったSの称号を返還してもらわないとだからな。だが君たちが耐えたとして…後ろの宝箱はどうなる?」


 仮にヘルクレスとマーナガルフが光線の攻撃を受け止めたとしても、その余波は後ろにあった宝箱の山にも伝わるだろう。現に最初の揺れで山から転がり落ちた宝箱のひとつが逸らされた光線の軌道上に入っていたようでそれをまともに受け、どろどろに溶けてなくなってしまっていた。中身もぐずぐずの灰になっておりあれでは何が入っていたのかももうわからない。


「俺達の目的はあれなんだぞ?失っては意味が無い。ここは攻撃をまるまる逸らして後ろの宝箱へダメージを与えないのが最適解だと思っただけだ。」

「チッ、そういうことにしといてやらぁ。…あんがとよ。」

「男の礼なんて嬉しくないね。そして軽々しく礼をしたら男の格が落ちるぞ。男の礼はここぞというときにとっておけ。それよりも下手にここにいると宝箱が危ない。場所を変えないと…」

「そんなことせずとも、先に宝箱をぜんぶなんでもくんの中にしまっちまえよ。」

「その通りだな。それなら…あたっ‼…なんだ?」


 ヘルクレスに言われた通りになんでもくんの中に入れられるだけ宝箱を入れようと、宝箱の山に近づいたが、地面の白線よりも内側に行こうとすると、何かに頭をごつんとぶつけてしまいそれ以上進むことができなかった。


「なんだこれ…見えない壁みたいなのがある。白線から中へ進めん。」

「オォン?さっきまでんなモンなかったぞ。」

「ボウエイキノウ、キドウシテオリマス。ワタシヲタオスマデ、ハクセンノウチガワニシンニュウシテ、タカラバコヲモチダスコトハデキマセン。」


 クロノスは試しに見えない壁をがんがんと力任せに殴ってみたが、まったく先へ進むことはできない。これには彼も少し驚いた。そこにタートルスタチューが丁寧に説明してくれた。


「この透明な壁は普通の材質じゃないな。おそらく俺らでも壊せない。」

「カベハガンジョウナノデハナク、コノジゲンデノソンザイヲアイマイニシテオリマス。ナオ、コノカベハコウゲキヲカンツウシマスノデ、オキヲツケクダサイ。」

「こりゃご丁寧にどうも。丁寧ついでに攻撃もはじき返してくれたらよかったんだがな。」

「ピーガガガ…ツギノコウゲキノジュンビニハイリマス。」


 タートルスタチューによれば、この壁は肉体の出入りは不可能だが攻撃はどちらのものも貫通してしまうらしい。ということは下手に暴れてしまったら宝箱は攻撃に巻き込まれ中身諸共台無しになる可能性があるわけだ。クロノスがそれを理解してタートルスタチューに悪態をついたが、タートルスタチューは無視して次の攻撃の準備に入りだした。


「というわけで宝箱を守りながらあのカメさんを打倒さなくてはならなくなった。大変だが各自頑張ろうな。」

「マジかよ。守りながら戦うってのは一番苦手なんだが。」

「四の五の言うな。やらなくてはいけないんだ。…ところでシヴァル。」

「あはははすごいや‼…うん、なんだいクロノス?」


 頭上でこちらを見つめ次の攻撃の準備をするタートルスタチューを眺めまだ次の攻撃に時間があると読んだクロノスは、思うことがありシヴァルに尋ねた。彼は生のタートルスタチューの動きに相変わらず興奮気味でその他のことはどうでもよさそうだったが、それでも親友の言葉に貸す耳は持ち合わせていたようできちんと聞いてくれた。


「真面目な話だ。今の光線を斬ってわかったんだが…こいつ結構強そうだぞ。シヴァル、タートルスタチューのギルドで登録されている危険度ってどれくらいか知ってっか?」

「あん?あの滅竜鬼がわざわざ絶滅させた種だぜ。そりゃ決まってるでしょうよ。」


 答えるまでもないでしょうと言わんばかりにシヴァルはきょとんとしていたが、それでも聞かれたことだと素直に教えてくれた。


「絶滅したときの危険度のままだと…Sクラス。討伐クエストするならS級冒険者最低一名はいないと受けらんないレベルだよ。」

「そうか。なら先に来ていたであろうイグニス達は…」


 クロノスが心配していたのは先にこのマップに来ていたはずの冒険者イグニス達のことだった。


 実はクロノス達がこの階層に来たときは、スタート地点にイグニス達はいなかったのだ。てっきり守護者との戦うためのメンバーの頭数が揃い先に来ていたかと思ったのだが、ここへ来るまでに会わずじまいだ。だからこそクロノス達も休まず急いで来て宝箱を独占されないようにしたというのに…彼らはいったいどこへ行ったのだろうか。


「…」

「…おい‼タートルスタチューの口が動いているぞ‼」

「なに…‼」

「…キコウナイニイブツガセッショクシテイマス。ハイジョシマス…ハイジョシマス…オエッ‼」

「うわなんか吐きやがった‼汚なっ‼」

「避けろっ‼」


 クロノスがイグニス達の行方を案じていたところに、タートルスタチューが喉元をもごもごさせてから何かを吐き出してきた。タートルスタチューの口はクロノス達のちょうど頭上にある。このままでは吐しゃ物をそのまま全身に浴びてしまうだろう。そんなシャワーはごめんであるとクロノス、マーナガルフ、ヘルクレスの三人は後ろへ飛んでそれを避けた。


「これは…」


 地面にぶちまけられた吐しゃ物はしゅうしゅうと白い煙を噴出していた。それが熱差による蒸気なのか酸性が地面を溶かしているのかはわからなかったが、吐しゃ物をよく見るとその中にはぼろぼろになった武器や装備品が混じっていた。それらはいずれも血塗れであり、タートルスタチューが食べて体の内部を傷つけてしまいその血で汚れて…なんてことは血のない石の肉体でありえないことなので、おそらくその装備の持ち主だった人間の血なのだろう。


「マダイブツガノコッテイマス‼ノコッテイマス‼オエッ‼」

「ん?まだ何か…これは‼」


 口の中に残りでも引っかかっていたのかタートルスタチューは口をもごもごとさせ、もう一つ何か丸い物をを吐き出して地面にぶつけてきた。それは何回かバウンドしてからクロノスの元へころころと転がっていき手前で停止した。


 それを見てクロノスは少し驚く。見間違えるはずもない…それには見覚えがあったからだ。



「…よぉイグニス。少し見ない間にずいぶんと変わり果てた姿になってしまったじゃないか。あれか。男子三日会わざればってやつかな?…奥さんがいたんじゃなかったのかバカヤロウが。」


 クロノスはその丸いもの…イグニスの頭部に向けて皮肉を言った。当然それは何も返してくるはずもなく、ただ半開きの虚ろな目でクロノスをじぃっと見つめたままだった。


「じゃ、他のメンバーも…おいおいヴァリスト。故郷の妹さんの顔の火傷をエリクシールで治したいんじゃなかったのか?ギースとマットはそんなヴァリストの力になりたいんじゃなかったのか?いくら仲がいいからってあの世にまでパーティーぐるみで逝くんじゃねーよバカチンどもが。」


 先に吐き出されたものを良く見直せば、武器や防具だけでなく、人間の手足や胴体の一部と思わしきものもある。その中にはイグニスの仲間が身に着けていた衣服や武器の一部と思わしきものがあり…考えるまでもなく全滅したあとで食われたのだろう。



「あららお知合いだった?タートルスタチューは殺した相手を捕食する性質を持っているんだよ。栄養の補給が目的じゃなくて汚したテリトリーの後片付けのためらしいけど。お腹の中に消化機能の部分があってそこでゆっくり溶かしていくんだ。」

「…」


 シヴァルがタートルスタチューの生態を説明してくれたがクロノスにとってはそんなこともはやどうでもよかった。タートルスタチューを倒すことに、エリクシールを入手する以上の目的ができてしまったからだ。



「…宝箱を守り、イグニス達散った同業者の敵を討つ。あのタートルスタチューを倒せばそれらがいっぺんに果たせるんだ。実に楽なもんじゃないか。サイクロプス?サキュバス?イエティ?いやいや…そんなのいくら相手にしたって俺達にとっては冒険とはいえないだろう。冒険者なのだから実力相応の相手との戦いで冒険しなくてはな。」

「テキイカクニン‼テキイカクニン‼コチラノコタイモテキトシテニンテイシマシタ‼」

「ああそれでいい。殺意を持って全力で向ってきたまえ。…知ってるかタートルスタチューくん。猫ってのは食いしん坊でな…ときにはカメも喰うんだぜ?さてさて、石造りの君はどんな味がするんだろうな?」

 


 クロノスはそう言って目を紅く光らせて、持ってきた最後の剣を取り出しタートルスタチューに向けていた。


 クロノス達のパーティーの方でも迷宮ダンジョン最後の戦いが今、始まろうとしていた。





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