第146話 そして更に迷宮を巡る(続・ナナミ達のパーティーの十階層目での出来事)
十層目のマップを歩いていて林の中に大きな遺跡を見つけたナナミ達。その中にエリクシールとそれを守る守護者がいるのだと考えてその中へ入って探索を続けていた。
「なんか仕掛け全部解かれててちっとも面白くないね。」
「面白くなくてけっこう。私たちは遊びできているわけではないんだぞアレン。罠とかが残ってたら残ってたで私が解除しなくてはならないから実に楽なもんだ。私の手間も省けて助かっている。」
「それにしてもさぁ、どの部屋にも何もないってかなりひどくない?」
「もしかしたら外観だけなのかもしれませんね。」
「先に来た人がぜんぶ回収していったんじゃないの。そこにも足跡があるし。」
床には泥で、外から吹き込んで溜まった砂や土の上に、人間の足跡がいくつもあったので、さすがにナナミ達も先に来た人間がいることに気付いていた。その先駆者にも出会うことは無かったが、先の解除された罠をはじめ、あちらこちらで人がいた跡が見られたのだ。
遺跡の中は天井が外の光を透過する不思議な造りでできていて、壁の方からも窓の役割を持つ穴から光が差し込んでいるのでそこそこ明るく歩きやすかった。更に心配していた罠に関しても道中で足元や壁にそれらが仕掛けられていた形跡があったのだが、何者かによってすべて解除されており、開きっぱなしの落とし穴や仕掛けが壊され毒矢が転がっているところを何事もなく通り抜けられた。もしかしたら先に来たと思われる挑戦者が解除したものがそのままなのかもしれない。
始めのうちは彼らに遅れをとったと思ったが、こういう副産物があるのなら後手でも利点があるだろう。ナナミ達はそんな顔も知らぬ先駆者に感謝しつつ罠のなくなった安全な道を進む。実際あえて遅れて行動することで先発した冒険者に遺跡の罠を解除させて自分達は楽々進み最後に追い抜いて出し抜く…そんなずる賢いやり方をする冒険者もいたりするのだ。
それからナナミ達は部屋を見つけたらその都度中を確認したが、そこはすっからかんな殺風景でお宝など何一つも見当たらないしモンスターも罠もない。これはどの部屋も同じでとにかく何もなくがらんとしていて、まるで引っ越し前の新居…いや、どちらかと言えば夜逃げ直後の借り家のようだった。
やがて特に成果が出ないまま探索を行うパーティーのやる気は徐々に失われていったのだが、遺跡の一番端にあった最後の部屋に入るとようやく大きな発見をしたのだ。
なんとその部屋には地下へと続く階段があった。それは床がぱかりと開いて下からせりあがるようにして出ていた状態で、いかにもさっきまで隠し階段として隠されていましたといった塩梅だったが、すでに仕掛けが作動して出切った後だ。これも先駆者が見つけだしたのだろうか。
「壁にスイッチが埋め込まれていたようだな。他の壁は傷ついていないからセンス・サーチで探してから掘り返したんだろう。」
「ここまで仕掛けが解かれているのなら先に来た連中も下にいるのかな!?お宝ザックザクで持ち帰るのに苦労してたりして‼もしそうだったら手を貸すふりして横取りだ‼剣を抜いたら正当防衛ってことで返り討ちだ‼」
「やめてよクルロさん。相手が強かったらどうするのよ?」
「そんときはすたこらさっさで即退散‼でも帰った時にチクられて指名手配ついちゃうかもね‼」
「絶対にやめてよね。シャレになんないから。」
とにかく地下が怪しいとやる気を取り戻したパーティーは、逸る気持ちを抑えて階段を降りていく。焦って転げ落ちたら痛いじゃすまないもんね。それに先に来た誰かがすっころんだらしく、階段の途中に血の跡がこびりついていたのでクルロが大爆笑していた。
階段を下りきるととても広い部屋に出た。広さで言えば上の遺跡の端から端までの面積と同じくらいあると思われ、遺跡の真下がまるまるこの空間であるようだ。
天井には光輝く水晶が設置されていてそれが空間全体を隅々まで照らしているので地上と同じくらいに明るく見通しはよい。しかし天井の一部が崩れその下に瓦礫の山を作っていたりしてあまり状態はよくなさそうで、何かの拍子に崩落する危険性も十分に考えられた。
「ここは…」
「わお‼いかにもってカンジ‼」
「…しかしここにも何もございませんね。」
ただこの部屋もこれまでと同様にこれといったものはなく、先に来ている者もどこいもいやしない。あるのは崩れた瓦礫と壁に空いた穴だけだ。
「…ハズレだな。ところどころ崩れていて危ないし、いきなり天井が崩れて巻き添えを食らっても癪だから早く上へ戻ろう。」
「とんだ期待外れだったね。」
「ちょっとまって二人とも。あそこ、真ん中になにかある…」
ここでも収穫はなかったと引き返して上へ戻ろうとしたリリファとアレンを引き留めたナナミはそう言って部屋の中央辺りを指さした。そこは一見何もないように感じられたが床より少し高く盛り上がっており、よく見れば大きな穴が掘られていた。
「ん?上にもなにか…なんだろうあれ?」
さらに穴からは何かいびつな丸い形のものがいくつも飛び出していたが、ここからでは穴の中にあるそれがなんであるのかわからない。気になったナナミはそれをよく見ようとひとりテーブルに向って歩いて行った。
「おい、一人で動くなよ。罠はなさそうだが注意しろ。」
「わかってるってリリファちゃん。しるしるくんカモーン。」
「オヨビデスカナナミサマ。」
平気だと忠告してくるリリファへ手を振ったナナミは杖から使役魔導獣のしるしるくんをもにゅんと呼び出し、念のため警戒させる。
「ワナノタグイヤカクレテイルモノノハンノウハアリマセン。ドウゾオススミクダサイ。」
「サンキューしるしるくん。さてさて、いったいこれはなんでしょうねっとっ…!?」
とうとう穴の前まで辿り着いたナナミは、上から覗き込む形でその物体の正体を調べようとした。しかし、次の瞬間まるで蛇に睨まれた蛙のように固まって動かなくなってしまう。
「…どうした?」
「あ、あわわわ…‼」
「落ち着け。そら…」
「ん…ゴクリ。あわわわ…‼」
慌てたナナミに驚いてリリファが駆け付ける。彼女が背中をさすってやるとナナミは息を呑みこみ、少しだけ冷静になることができた。だが体の震えは収まることがなく、胸から何かよくないものがこみあげてくるのを感じた。目の前にあるのは、それほどまでにおぞましいものであったからだ。
「な、ななななな、なな、なまむぎなまごめなまなまごっ‼」
「落ち着け。それと噛んでるぞ。」
「これが落ち着いてられますか‼だってあれ…あれ‼」
あれが何かわからないのかと言わんばかりの口調でナナミはぷるぷると指先を大きく振るわせて先を指し示した。
「…生首だな。それも人間の。」
震えるナナミの一方で、同じように穴の中を覗き込んで正体に気付いたリリファはしれっとそれを答えた。
リリファの言う通りで穴の中には、人間の生首がいくつも積まれていたのだ。ひとつふたつではない。その数は見えるだけでも十を超え両の手の指だけではとても数えきれないくらいだ。生首は無造作に積まれており下に隠れている分も合わせればその数は…ナナミはそれ以上は考えたくなかった。
「なになに…うわっ!?これはむごい…‼」
後から駆け付けた仲間もその生首の山を見て驚いていた。驚かない方が難しいだろう。
「この首…まだ新しいよ。下の血が濡れてるし、ダンジョンならそのうち消えてなくなっちゃうから…」
「ってことはクルロさんたちよりも前に来た挑戦者かな!?…あ、コイツたぶん階段で転んだ奴だ。鼻から血が垂れてる‼」
「主よ…貴方の御許に彷徨える魂をお導きください…」
「あわわわわわ…え、まさか…‼セーヌさんちょっとどいて‼」
「どうなされましたかナナミさん?」
生首を観察する仲間の横で相変わらず震えていたナナミだったが、彼女は急に何かを思いついて震えを無理やり抑え込み、神に仕える者として死者の安楽を願って祈るセーヌを退けて前に出た。そして首を一つ一つ検めだしたのだ。
虚ろな目を見開いて生を失った首はまるで命のまだあるナナミ達を羨んできているようにも見え、それがナナミには耐えがたいものであったが、それでも目をそらすわけにはいかない。ナナミには早急に確かめなくてはならないことがあったのだ。
「これはちがう…これもちがう…ほっ、いないかった…」
生首は下を向いているものや他の首に埋まってしまい顔がよく見えないものもある。手を突っ込んで動かすと今度こそ吐き戻してしまいそうだったので、ナナミは代わりにしるしるくんに生首を転がさせてなんとか下にある見えなかった生首まで確認した。そして全部の顔を見た後で自分の嫌な勘が外れたことがわかったようで、ほっとして生首の山からしるしるくんを呼び戻した。
「ナナミちゃん何を探していたの…?」
「いや、まさかこの中にダンツさん達がいやしないかと思っちゃって…」
ナナミが心配していたのはこの中にダンツたちの首がなかったかだ。しかしそれは杞憂だったようで首をすべて確認し終えたナナミはその中に知り合いがいないことに安堵していた。
「なに?ダンツたちがいないか心配だったの!?ナナミちゃんけなげー‼」
「むしろなんでみんなそんなに冷静なのよ?生首よ?」
「おいらはなんか異常な光景すぎて怖いとか恐ろしいとかそういうのは感じないかな。」
「前に裏町で犯罪組織を抜けようとした裏切り者が晒されていたのを見たことがあるからな。」
「どのようなことがあっても死体に驚くのは死者へ失礼でございますから。亡くなられた身元のわからない旅人や浮浪者のご遺体の埋葬のお手伝いをしたこともありますので。」
「冒険者やってるともっとグロい死体見るときあるし…」
「きれいに首だけの死体なんてそこまでなんとも…腐った死体とか獣に喰い荒らされた死体とか罠でぐちゃぐちゃになった死体とかもっとエグイ死体もあるぞ‼」
「冷静ね…二人を冒険者の先輩として初めて尊敬してるかも…それに三人も肝っ玉が太いというか…私は駄目です…耐えらんない。」
ナナミだって旅をする中でモンスターと戦って重傷を負った冒険者の死に目に立ち会ったこともあるし、盗賊に襲われたのか森の中で身ぐるみをはがされ死んでいた旅人を目撃してこともある。回復魔術というファンタジー要素(ナナミ談)があるとはいえそれ以上に…それ以下に医療技術が未発達なこの世界では死は日常で誰だって常に隣り合わせなのだ。なので、元居た世界よりは死についてある程度の耐性ができていたと思っていた。
しかしそんな耐性を得てもなお胃からは出せ出せ吐き戻せと胃液と消化物のブレンドが訴えてくる。その嘔吐を抑えるのが精いっぱいで、これだけの生首はとてもでないが見れたものではない。そんなこともあって思いのほか冷静に首を観察していた仲間達、特に棒切れで生首を突っついたり転がしたりして調べていたキャルロとクルロに、ナナミは初めて尊敬の念を覚えていた。
「いったいだれがこんなことを…」
「決まってるでしょ。ダンジョンの中に猟奇殺人者なんているはずないよ‼とうぜん敵だろう…ねっ‼ファイアボール‼」
すべてを言い切る間際にクルロはくるりと振り返り、間髪入れずに向こうへ向けて火の玉の魔術を放つ。
飛ばされた火の玉は壁にぶつかり爆散し、当たったところに黒焦げとひびわれを残していた。天井からも石の欠片と埃が降って来て、ナナミ達は頭がごみだらけになっていた。
「わっ、わっ、いきなりどうしたのクルロさん!?衝撃で天井が崩れたら危ないじゃない‼」
「わかってるんだよねー‼そこにいる奴…出てこいや‼それとももっとすごいの欲しいのかい!?欲しがりさんめ‼」
「…ああ、よしてくれないか?さすがに直撃は熱そうだ。」
「え…?」
叱ってきたナナミを無視したクルロが新たな魔術の詠唱を行い隠れている相手を脅すと、火の玉をぶつけた壁の横にあった瓦礫の山から、のそりとひとつの影が現れた。他に誰もいないと思っていたナナミに驚きの感情が表れる。
「クルロさんはこの部屋に来たときから気づいていたぞ‼こそこそとこっちを見てやんなっちゃうな‼攻撃を当てられても文句は言えないよ‼」
「ほう、最初から気づいていたのか?これでもだいぶ気配を消していたのだがな。」
「どこの誰だろーね‼指名手配にある奴ならとっちめて懸賞金を…ってありゃ?ただのゴブリン…?」
クルロは隠れていたのが人間かと思っていたようだがそれは違った。姿を現した相手は、緑色の肌が特徴的な一匹のゴブリンだったのだ。
しかしそれをただのゴブリンと呼ぶには些か語弊があるだろう。クルロもすぐにそれに気付いて心の中で訂正していた。
まずそのゴブリンはとても大きかったのだ。普通のゴブリンは大きくてもせいぜい一メートルに満たないまさに小人といった大きさだが、そいつは140センチ程度…人間の子供くらいはあり、ゴブリンにしてはかなり大きく胴回りもずっしりと太い。
更に頭には金属でできた兜、体には皮のプレートを身に着けて、腰にはそれなりの長さの剣を滞納していて装備万全とはこのことを言うのだろう。武装するゴブリンだけならば珍しくないが、人間のようなここまでしっかりとした装備をするゴブリンはそうそう見られない。なぜなら、普通のゴブリンにはそのしっかりとした装備品を作る技術が無いからだ。
せいぜいが木や骨を適当に形を整えただけの棍棒だったり、木の皮や獣の皮を剥いで作った衣服だったり…以前ダンジョンでクロノスが対峙した高クラスのゴブリンのような種類ならともかく、緑色の通常のゴブリンには装備を作るなんてことはできない。もちろん人間の持ち物だった装備を拾ったり奪ったりして使うことはあるが、まともな手入れなどできないのですぐにぼろぼろにして使い物にならなくなる。しかしそのゴブリンの装備品はいずれも念入りに手入れされているように見え、そんな気配は微塵もない。
そしてそのゴブリンが最も変わっている点と言えば人の言葉を流暢に喋っていることではないか。普通のゴブリンはゴブリンのぎゃあぎゃあと鳴く仲間同士のコミュニケーション用の啼き声しか出せない。ここまではっきりとした喋り方は全モンスター中でもかなり珍しい。
いったいこのゴブリンはなんなのだろうか…ナナミ達はそれを疑問に抱きながらそいつと対峙していた。
「えーっと…あなたはゴブリンなんですか?」
遂に痺れを切らしたナナミはゴブリンにあからさまなことを尋ねてみた。もしかした彼がゴブリンではなく、ゴブリン顔の人間である可能性も無きにしも非ずと考えたからだ。それにしっかりとした格好で相手もこちらの出方を待っていたため、何か言わなくては失礼ではないのかと思ってしまったのだ。
「そうだ。我は人間でいうところのゴブリンという存在である。」
「あ、やっぱりゴブリンだったんだ。」
丁寧に尋ねたのが功をなしたのか、相手ははっきりと認めてくれた。問答無用で襲い掛かられると心のどこかで思っていたナナミはほっとしていた。しかしまだ質問したいことはある。すぐに切り替えて次の質問をした。
「そこにある人の生首について…何か知らない?」
「知っているとも。知っているも何も、そいつらを殺したのは我らだからな。」
「っ…!?」
あっさりと答えたゴブリンに驚きナナミ達はいっせいに敵意を向け武器を構える。人を殺めたと知ったことでこのゴブリンが明確に敵であるとわかったからだ。すぐに切り替えができたのはもともとゴブリンはモンスターで人間に有効的な生き物ではないと知っているから。むしろ今まで普通に会話をしていたことが不思議だった。
「…」
しかし複数の人間に武器を向けられあからさまな敵意を放たれてもなお、ゴブリンはそれに動じることなく腕組みを続けたままだ。相当な自身でもあるのか持っている剣の鞘を外してもいない。それがなんだか不気味にも思え、ナナミはゴブリンからもっと話を聞こうとして再び声をかけた。
「どうしてこんなことを…‼」
「そんなこと決まっている。そいつらは皆、我らに攻撃してきたからだ。ダンジョンモンスターとして返り討ちにしたまでのこと。首だけにしたのは胴体もあるとかさばって邪魔だったからだ。本当は遺跡の外に見せしめとして置いておいてお前たち人間がこれ以上この場に来ないようにしようかと思ったのだがな。しかし目立つ場所に置いても少し目を離すといつの間にか消えてしまうからそれはできなかったのだ…そこのもしばらくすれば消えてしまうのだろうな。」
「(ダンジョンの修正力…というか今このゴブリン、今自分のことダンジョンモンスターって…‼)」
「ふむ。お前たちはいきなり襲ってこない冷静さを持っているようだ。今までの連中は我らの姿を見つけるなりすぐ仕掛けてきてとても耳を貸そうという気はなかったからな。」
ゴブリンの話を聞いたナナミは、彼の発言の中に気になる物を見つけた。しかしゴブリンの方はそれに気づく様子もなく、ぺらぺらと話を続ける。
「攻撃してこないのならちょうどいい…今度はこちらから尋ねたい。貴様ら人間は何故最近になってこうここに詰めかける様になったのだ?」
「…どういうこと?」
「もともとはこのマップにはあまり人間は来なかったのだ。ところがここ最近になって何故だか多くの人間が現れるようになった。」
「(最近…シヴァルさんが言ってたよね。このマップは星の並びとかの関係で数百年に少しの間しか出てこないって。)」
「その様子だと何かを知っているらしいな。だがまぁその理由まで知るつもりはない。人間から確証を得られれば我はそれでいい。遺跡の外は密林が広がっているのを見たか?あの先にも空間は続いていて果てを見た者はいないくらいに膨大に自然が続いている。他のモンスターにさえ気を付ければ食べるものも水もあるし、今までは退屈ながらも平和に暮らしていたのだ。だが先にも言った通り、ここのところ人間が大挙として押し寄せてきた。そして我らを見つけると襲い掛かってきたのだ。」
「倒して魔貨を回収しようとしたんだね。」
「ゴブリンは弱いモンスターだから簡単に倒せると思ったんだろう。」
「我らは死ねば肉体は消え、後に金属の塊を残す。それは人間にとって価値のあるものらしいな。だが我らとて死にたくはない。必死に戦い仲間を散らしながら時には逃がし時には殺し、なんとか退け続けていた。そこの首は我らに挑み敗れた者達の末路だ。」
ゴブリンはそこまで強いモンスターではないので油断して仕掛けたのだろう。だが見ての通りで目の前のゴブリンはどうみてもただのゴブリンではない。実力を見誤り強いモンスターに挑み負けたのならそれは冒険者として相応しい末路とも言える。
「こいつらは我らの仲間を面白半分に殺め消し去ろうとした。これならば戦うほか仕方あるまい。だが…お前たちはこのように敵意をもちさえすれど我に無意味に襲ってくるようなことはしない。そこで我らもまずは忠告しようということにして我が代表として姿を見せたのだ。」
「忠告?」
「そうだ。我らとしては別に戦いたいわけではない。無益に戦えば無駄に命を散らすくらい知っている。このまま大人しく帰ってくれまいか?見たところそちらには女子供がずいぶんと多い。戦士と呼ぶには些か不足…今ならば尻尾を巻いて逃げることを認めよう。なに、背中から攻撃しようとも思わん。ダンジョンの強制力によって戦いという思いは産まれるが我慢できないほどではない。」
「戦わなくていいの?それならこっちは大助かりだけど…」
ゴブリンは引き返して遺跡から出ていくように忠告してきた。ナナミ達としては余計な戦いを避けられるのはありがたい。今は何もしてこないがいざ戦うとなったら相手は容赦ないだろう。それに我らと言ってるので当然他にも仲間のゴブリンがいるはずだ。それが何匹いてどこに隠れているのかわからない以上、決して油断はできない。間違っても穴の中の生首の仲間入りをするわけにはいかない。
「うーん…でもエリクシールの宝箱を探さなきゃでしょ?」
「でもどこにも見当たらないし…あ、ねぇねぇゴブリンさん。私達このマップにある宝箱の山を探しているんだけど何か知らない?」
「宝箱…ああ、あれか。」
ナナミがゴブリンに問うと彼は思い辺りがあったようで答えてくれた。
「そこの壁に穴が開いているだろう?そこの穴に入ると奥に部屋がもう一つあるのだ。そこは元は隠し部屋か何かだったようで宝箱が山ほど置いてあるぞ。おそらくそれだろう。我らには開けられなかったし食い物の匂いもしないから放っておいてのだが…そういえば前にここに迷い込んできたお前たちの仲間がそこまで入り込み一つ持っていったな。我らと戦って怪我を負った中で宝を持っていくとは大したものだ。」
怪我をして逃げ帰ったというのはおそらくトーンとグロットのことだろう。ゴブリンは彼らのことを褒めているようだった。
「それだ‼それがきっとエリクシールだよ‼」
「あの穴の奥だね‼すぐに探しに…‼」
「…待てぃ‼」
ゴブリンから思わぬヒントを得たナナミ達は喜び壁の穴へ向かおうとしたが、そこにゴブリンが持っている剣の鞘先を地面にがつんとぶつけ大きな音を鳴らすと同時に叫び、ナナミ達の注目を集めた。それに驚いてナナミ達も動かそうとしていた足をぴたりと止めてしまう。
「聞こえなかったのか?我はすぐにこの場を去れと言ったはずだがな…お前たち強欲な人間の目的があの宝箱なのだとしても、これ以上我らの棲まうこの地を荒らすことは許さんぞ。」
「でも私たちはそれに用が…お願い。一個でいいの。宝箱を譲ってもらえないかしら?」
「駄目だ。既に我の仲間はお前たちの侵入を受けかなり殺気立っている。お前たちが選べるのは、何もせずすぐにここから立ち去るか、もしくは…‼」
「そう…それなら悪いけど、戦うわ。」
「なに?」
帰るのか戦うのか。それをゴブリンに尋ねられたが、ナナミは戦う方で即答した。それにゴブリンは驚く。自分の話を大人しく聞いた彼女達なら、余計な戦いを避けて引き返すと思っていたからだ。
「人を殺すほどの力のあるモンスターとか正直怖いけど、目的のものが目の前にあるのにおめおめと引き返して何が冒険者よ。って、これ総意よね?私だけそう思ってるわけじゃないよね?」
「もちろん総意だ。少なくとも私は同じ考えだぞ。」
「おいらもだよ。」
「クルロさんもー‼それに…帰ってほしいのは実はそっちなんじゃない!?だってさっきから立て続けに挑戦者が来てそれと戦ってるんでしょ?だったらそっちもだいぶ戦力を消耗しちゃってると思うけど…違う?」
「…フハハハハハ‼」
クルロが尋ねるとジェネラルゴブリンは高笑いをし出した。
「その通りだ‼減りに減り続け既にわが軍は百を切っている。いくらあとからどんどん再出現できるダンジョンモンスターであるとはいえ、全滅したらさすがにかなわん。正直なところ帰ってもらいたいのはこっちだったのだ‼」
「じゃあこっちにとってはまたとないチャンスだね‼なにせ相手の戦力が一番弱まっている時に来たんだから‼」
「そうだな‼だが減ったとはいえ戦うというのなら話は別だ‼残りの軍で総力を持って死ぬ気で挑ませてもらうぞ‼」
「ひゃく…まだけっこういるのね。でもそれがエリクシールを手に入れるための試練だと思えば安いもんよ‼」
「どうやらお前たちにとって奥の宝はそれほどまでに魅力的なものらしいな。思えばそこの首もまた生きていたときはとにかくその宝に拘っていた。よかろう。見事我らを打ち破った暁には、いくらでももっていくがよい。」
「オーケー。あなたたちを撃破すればお宝がもらえるのね。それじゃあ意見がまとまったところで…戦いましょうかゴブリンさん?」
「否。我はゴブリンにあらず。」
「え。違うの?だってさっき自分でゴブリンって…」
「たしかに我はゴブリンの一種である。しかし正確には…「ジェネラルゴブリン」‼この神々が創りしダンジョンにて生まれ、ゴブリン達を束ね導く偉大なる指導者である‼」
「…‼」
謎のゴブリンは剣から鞘を外してそのへんに投げ捨てた。そしてその剣を高く掲げ自らが何者であるかを名乗ったのだ。それを聞いてナナミたちは確信を持ち体中に緊張を走らせた。
その名は間違いなくトーンとグロットの証言を基にギルドが断定した守護者のモンスターと同じ名前であったからだ。
「やっぱり…こいつがここの守護者なのか…‼」
「では生き残りを賭けて殺しあうとしよう勇ましきダンジョンへの挑戦者たちよ…さぁ来い我が勇猛なる同胞よ‼この者達を打ち倒すのだ‼」
「「「「ギギーッ‼」」」」
ジェネラルゴブリンの号令で、どこかに隠れているゴブリンがいっせいに掛け声をあげた。それからこちらに向かってくるたくさんの足音が鳴り響き地面が揺さぶられる。ナナミはあちらこちらからたくさんの敵が集まってくるのを感じていた。
―――――
「…そろそろナナミ達が守護者の前まで辿り着いている頃だろうな。」
「んぁ?なんでんなことがわかるんだよ。」
「なんとなくさ。そう、なんとなく…な。」
「んだよそりゃ、相変わらずワケわっかんねぇ野郎だな。」
ナナミ達がジェネラルゴブリンと挑もうとていたその頃。こちらはクロノス達S級冒険者のパーティだ。不思議そうに尋ねたマーナガルフに適当に返して、クロノスは一人ぶつくさと呟いていた。
「ギルドが言っていた守護者の名前はジェネラルゴブリンだったっけ。」
「ああ、モンスターの専門家としてシヴァル先生はどう思いますかね?」
「まぁ、強さ的にはいい勝負になるんじゃない?ジェネラルゴブリンには配下のゴブリンの能力を高める力があるけど、その配下が少ないと力をいまいち発揮できないんだ。ナナミちゃんたちは九層目からのスタートでやや遅れているから、先に着いたよその挑戦者が適当にゴブリンの数を減らしてくれてると思うよ。」
「ほう。ちなみに先に挑んだ連中はどうなる?」
「んー?普通に死ぬでしょ。ジェネラルゴブリンだぜ?逃げれば命は助かるけど…エリクシールとやらを目の前にして逃げるなら、最初からダンジョンに挑まないよね。」
「赤の他人は死のうとどうでもよしか…少し残酷かもしれないがナナミ達の役に立ってもらおう。死にたくない奴は逃げればいい。…今頃既に死んでるかもしれないが。とにかく、向こうは大丈夫だ。事前に守護者のモンスターを知った上で対策を立てさせたし事前に休憩して体力を回復させるようにも言っておいた。もし万が一のことがあってもクルキャロの二人に引き際を測らせる仕事も任せているから駄目だったら帰るだろう。あいつらならきっとやってくれるさ。」
「ふーん。その根拠は?」
「ない。あるとしたら彼女達が俺の子猫ちゃんだからってところか。」
「んだそりゃ。」
「クランの団員を贔屓したい気持ちは同じクランリーダーの立場としてよくわかる。しかし、贔屓は本人たちのためにならないし、なにより…」
「俺としては彼女達の美しい勝利を願っているね。」と、シヴァルとマーナガルフに下手くそに微笑むクロノスに、ディアナが声をかけてきた。
「向こうよりも今はこちらの心配をしたいものだな。」
「…そうだな。俺達は俺達でこいつを倒さないとなんだよな。」
「………」
ディアナにそう言ってから、クロノスははるか上の方から自分達を見下ろしている戦いの相手を見上げたのだった。