第145話 そして更に迷宮を巡る(ナナミ達のパーティーの十階層目での出来事)
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氏名:ヘルクレス・バーヴァリアン
性別:男
年齢:58歳
ランク:S級
クラス:魔導戦士
携わった活動:レイドクエスト「麒麟擬きの群れ退治」参加及び指揮、レイドクエスト「ドガスサラマンドラの群れ退治」参加、アムゥールの街のハウリング・オーガ単独討伐、指名手配犯「盗賊頭のレイリンター」捕縛、「蛇道大熊大盗賊団」壊滅及び構成員捕縛、「ミミミッミック海賊団」壊滅及び総船長レオリー・ハヴォバック捕縛、ストーンミミックの群れ単独討伐、悪質冒険者クラン「狭間の盗人」壊滅…等
現ランクでのクエスト達成率:83.4%
冒険者としての総合評価:人の上に立つ才と個人の実力は間違いない。だが集める人材に問題がありすぎるので責任取って最後まで面倒見なさい。考えなしにホイホイスカウトすんなし。
上半身裸で三メートルを超える巨体が特徴の男。とにかく目立つ個性のため一目見れば彼とわかる。それでわからなければわからないほうに問題があると断言したい。
各地の荒くれ者冒険者を取りまとめたクランであるバンデッド・カンパニーのクランリーダーを務めている。そして既婚者で三人の子供と七人の孫がいて、妻を除いて全員が同クラン所属の冒険者。
超がつくほどの大柄で強面なため会った人間は思わず萎縮してしまうが実際はかなり気さくな人物で、大きな体に見合った広い心の持ち主でもある。そのためか友人は多く、彼がクランリーダーを務めるバンデッド・カンパニーが今日にいたるまで多くのクランや実力のある冒険者と協力関係にあるのはヘルクレスの実績だとする主張する声もあるほどだ。
しかし一方で身内に害をなす相手には一切の容赦がなく、一度自分やクランへ喧嘩を売れば武を持って制裁をして、一定のけじめをつけるまで許さない厳しい面も併せ持つ。このやり方でたてつく生意気なクランは規模や勢力を無視して遠慮なくぶっ潰して壊滅させてきたので、現在では表立って対立するクランはない。
また武器を交え戦った相手であっても優秀な人間であれば気に入り自分のクランに取り込むこともある。ただ引き入れる冒険者にもギルドから見れば問題児である人間が混ざっていることも多く、彼らがバンデッドカンパ二―の参加に加わったあとでヘルクレスやクランの名を笠に着てあちこちで好き勝手やっている事実も確認されており問題視されている。このことについてヘルクレスは表面上は言い聞かせておくと言っているが割と自由にさせている様子で、本人による取り締まりの強化を強く願う。
そんな彼の荒々しさに人々がつけた二つ名は賊王。荒くれ者を束ねる族長ならぬ賊長という意味合いらしくまさに彼の生きざまをよく表した二つ名だろう。冒険者的にも短く覚えやすいのが高評価点だ。
自身の戦闘では愛用の夫婦という銘のふたつの戦斧を自慢の肉体で力任せに振い、敵を屠っていく乱暴なスタイルを得意としている。魔導戦士として魔術を扱うこともできるが、魔術は主に地属性魔術による戦闘の補助が目的で攻撃目的ではあまり使わない。とはいえ攻撃的な魔術が使えないわけではなく彼が扱う地属性魔術には、大地を裂き山を割り世界を揺さぶると言われているくらいに強力な上級魔術も揃っている。
戦闘中は加減を考えないため、彼に倒されたモンスターは損傷がひどく素材の価値を大きく落としてしまう。そのため団員が途中で止めさせてとどめや素材の回収を受け持つんだとか。
父親は先代の同クランリーダー。クランの長となる前はソロで大陸のあちこちを歩き回り荒くれ者の集団と喧嘩の売り買いをしてはそこを一人で壊滅させてきた。そうした中で仲良くなったり気に入って子分にしたりした人間が現在のバンデッドカンパニーの団員となっている。クランリーダーになってからは威厳を保つために一人称を俺から儂に変えたらしいが、気を付けていないと戻ってしまうらしい。
普段の恰好は丈夫なズボンを穿き上半身は戦斧を固定するためのベルト以外何も身に着けていない。本人は「上を着ると暑くてすぐに汗まみれになって気持ち悪いから着ない方がマシ。それと現役の頃金が無くてズボンを買うだけで予算オーバーするから上は何も着ていなかったからその名残りだ」と述べていた。頭によく被っている動物の頭蓋は自分が狩りで仕留めた獲物の物で、いずれも高ランクモンスターのものである。いくつか持っており定期的に洗ってローテーションで被り変えているらしい。
高ランク冒険者特有の派手な個性が目立つ人物ではあるが、白い髭と髪、それにしわくちゃの顔が示すとおり彼が普人族の冒険者の中でもかなり高齢な現役冒険者であることを忘れてはいけない。体力の衰えから普人族の冒険者はだいたい三十台後半が現役の限界と言われており、ほとんどはそこまでに引退するかクランの後方支援などに回り戦闘の一線を退く。そんな中でここまで現役を続けている普人族はヘルクレスをおいて他にいないだろう。モンスターや動植物の知識も豊富で、ときに冷静にものごとを見抜くベテランの冒険者としての貫禄も持ち合わせているのだ。ただしクランを統べる立場であること忘れ若い時のように自ら前に出て戦おうとする悪癖もあり、その点はクランの団員や担当職員のバーヴァリアンが上手く抑えようとしている。
担当職員であるスズラン・バーヴァリアン嬢とは実の夫婦で結婚四十年の熟年夫婦である。お互いに気心知れた仲ということで担当の変更もずっと行われておらず、相性の不一致により担当の変更が多いS級冒険者の中でここまで長続きしているのは珍しい。
スズラン嬢は元はバンデッド・カンパニーの本拠点のある街のギルド支店の受付嬢だったが、いろいろあってヘルクレスに惚れられプロポーズされ、何度か断った後に彼の性根の悪さに折れて同意した模様。それ以外にも結婚までには苦節の紆余曲折の道のりがあったらしく、当時のことは伝説として女性ギルド職員を中心に語り継がれているらしい。聞きたい者はその辺の女性職員をとっ捕まえて聞いてみるといい。たぶん誰でも答えられるくらい有名な話だから。
なお、ヘルクレスと結婚したことについてスズラン嬢によれば「私があれとくっつかなかったら誰があの図体がデカいだけのガキの嫁になるんだ?かっこよかったのは私が折れたプロポーズの時くらいのもんさね。」とのこと。
スズラン嬢は結婚したためフルネームを明かしているが、本人の希望により平等に扱ってほしいそうなので、他の女性職員と同様に公の場では姓の方のバーヴァリアン嬢と呼ぶように。
完全な私的興味であるが、身長150㎝と女性の中でも小柄なスズラン嬢が三メートルを超える大きなヘルクレスとどのようにして夜の夫婦生活を営んで三人の子供をもうけたかはギルドでも話題の種…(ここから先は赤茶色の染みができていて読むことができない。)
~筆記されるギルド職員の皆様へのお願い~
冒険者個人詳細資料はギルド職員なら誰でも自由に作成・編集が可能なフリーの資料です。個人を誹謗・中傷するような内容や根拠の無い情報は書き込まないでください。この資料は皆様の善意によって成り立っております。ご理解・ご協力賜りますようよろしくお願い申し上げます。
それと人のプライベートに野暮突っ込んでんじゃねぇ。挽肉にすっぞ。
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「―――少し喉が渇いたな。何かなかったか?」
「はいお茶。ビスケットもあるから一緒にどうぞ。」
そう言って飲み物を所望するリリファにナナミが茶の入った水筒を手渡した。
迷宮ダンジョンに限らずダンジョン全般で大事なことだが、飲料水は節約して飲まねばならない。ダンジョン内では安定して水場を求めることが難しいし、もし水場を見つけたとしても生水のままでは飲めないので一度火を通さなくてはならないので手間がかかるのだ。そのため遠慮なく安心して飲める持ち込んだ水は何よりも大切であり、途中で切らすなど言語道断である。
そのことを知っているリリファは受け取った水筒から中身をすべて飲み干さないように気を付けながらちびちびちと喉を潤す程度に飲んだ。一緒に勧められたビスケットは小腹も空いてないし、せっかく潤した口内が乾くのが嫌だからと断っていた。
九層目の探索をしていたナナミ達は襲い来るサハギンの群れを退けた後、いくつかの罠や他種のモンスターからの襲撃を乗り越え、なんとか次の階層へ繋がる水晶のある小部屋を見つけることができた。ちなみに小部屋は砂浜の中にぽつんと壁に囲まれるようにして存在しており、ナナミが「海浜公園の公衆トイレみたい」とか言っていた。残念ながら(?)中にあったのは青い水晶と赤い水晶の二つだけで、便器の類はなかったので用足しはできなかったのだが。
そしてシヴァルに教えられた目的の十層目へ行くための手順を踏んでから転移を行い、今はスタート地点の小部屋で十分な休息をとっていた。
汗を掻いた者は水晶を盾にして着替えて水分を補給し、歩きっぱなしで足が疲れた者は自分でマッサージをし、小腹が空いたものは栄養満点で消化が早いがとにかく味の微妙なギルド印の携帯食を口に含む。そして無駄に体力を使わぬようあとはだんまりだ。これからこのマップにいるはずの守護者との戦いに臨まなければならないからだ。体力は少しでも取り戻しておきたい。前の階層での戦闘の疲労もあったので誰も積極的に会話しようとはしていなかった。
そうそう、実は彼女達が休憩をしていたのにはもう一つ理由があって…おや、だんまりに飽きたのか元気な子供の間で会話が始まったようだ。少し聞いてみよう。
「しかし守護者との戦いがどんなことになるのか予想できないな。戦う場所の地形はどうなっているのか、守護者がどんな攻撃をしてくるか、配下のモンスターはいるのか…もう少し情報が欲しかった。」
「しょうがないでしょ。トーンくんとグロットくんも逃げ帰るのに必死だったって言ってたし。その中でお宝だけはしっかり持ち帰るのは冒険者根性に優れているというべきね。」
そうのなのだ。実はこのマップに来てエリクシールらしきアイテムを見つけたトーンとグロットは、自分達はエリクシールにもう興味が無くこれ以上挑む気はないからと、十層目で遭遇した宝を守る守護者の情報をギルドに知っている限り売り渡し、ギルドはそれを無償で公開していた。
ギルドからすれば挑戦者たちに勝ち目があるかどうか、もしくは犠牲の出ない戦いを考えてもらい、余計な犠牲者が出ないようにしたいのだろう。そのおかげでナナミ達もそのモンスターに対して前もって有効な作戦や準備をすることができた。
「だけど公開したって言っても本当にちょびっとだけだよね‼なにせ二人ともほぼ瞬殺で死にかけながら逃げたらしいし‼」
「あの情報だけだと実際に戦ってみないとまだ不安が残るよね…」
「クルロ兄ちゃんもキャルロ兄ちゃんも、おいら達なんてまだいいほうだよ。なにせこれから戦う守護者のモンスターがどんな奴なのかはわかってるんだから。大変なのはあっちの方だよ。」
アレンの言うあちらとはもちろんクロノス達の向かっている二十五階層目の話だ。
トーンとグロットとあとついでにギルドが気前よく十層目の情報を教えてくれた一方で、二十五階から引き返してきたイグニス達は二十五層目で宝を守っている守護者が何であるのかは一切明かしておらず、手を組んだ者達にも二十五層目で合流したときに話すから万全の準備だけしておけと言って教えていなかった。彼らは自分達でもう一度エリクシールを狙うつもりなので、大切な情報を明かせば他者に先に守護者を倒される可能性があると考えたのだろう。もしそうなったらエリクシールも残らず取られてしまうだろうから当然と言えば当然だ。
中には金をいくらでも積むからと言ってなんとか情報を求めようとした者達もいたが、イグニスがそれをすべて蹴り結局二十五階層目の方の守護者の正体はわからずじまいであった。
「でもクロノスさんはちっとも気にしていなかったよね。」
「そうそう、ノーヒントだけどそれがなんですか?って感じだった。普段は事前の情報を制す者はなんたらとか言ってるくせに。シヴァル兄ちゃんも「どんなモンスターがいるのかわからないほうがワクワクするぜ‼」とか言っちゃってまったく心配してなかったよね。」
「あはは…まぁあっちはたぶん大丈夫でしょ。なにせ面子が面子だし…それよりもこっちだよ。」
いくら情報があるといってもわかっているのは守護者のモンスターの種類といくつかの攻撃方法だけ。トーンとグロットでは碌な戦いにもならずに瀕死の重傷を負って逃走したのですべてを知れたわけではないのだ。逃げ帰るのに必死で周りの地形もよく覚えていなかったらしい。
守護者のモンスターの名前がわかったので、地上にいるうちにシヴァルがそのモンスターの特徴を教えてくれたが先にキャルロが言ったようにあとは実践にて知るほかはないだろう。
「作戦は立てたしあとはダンツさん達が来ないか一応待っているけど…」
「誰もいらっしゃいませんね。」
「…来ないかー。来たら戦力が増えて心強いんだけどね…」
これがナナミ達が休憩をしていたもう一つの理由だ。これから守護者との避けられない戦いのために休憩と作戦の見直しをして、ついでに他にダンツたちが来ないか待っていたのだ。少ない人数とはいえ四人とシヴァルが貸した使役獣二匹の戦力は、人数だけで言えば単純に二倍近くの戦力増強になるので来ると来ないでは大きな違いだ。
しかしかれこれ一時間ほど待ってはいるが、ダンツたちはおろかその他の挑戦者がやってくることも引き返してくることもいなかった。
「ダンツさん達は「俺達が先に来たらそっちを待って絶対に先には行かない。てゆーか俺らだけでは守護者は無理ッス。」って言ってたから、先へ行ったなんてことはないと思うけど…まだ九階の攻略が終わってないのかな?」
「それにしたって他の連中すら来ないとはどういうことだ。私たちの他にもここを目指す挑戦者はいたはずだ。全部が全部二十五階へ行ったとは思えないぞ。」
「他のマップに出ちゃったんじゃない!?クルロさんたちはシヴァルのおかげで出るマップを選べたけど、本来はランダムだからね‼たしか十階のマップは三十種類くらあったと思うし、どんなに殺到しても運任せならここに来れるのはそうそうはいないよ‼」
「私たちが来る前にここへ来た人はいたかもしれないけど…戻ってくる気配もないね。まだ探索中なのかそれとも…」
ナナミ達が九階層目を攻略していた間にこのマップへたどり着き先へ行った挑戦者がいた可能性はある。だがそちらも誰も戻ってはきていない。小部屋の壁に一つだけあった通路への穴からは、物音ひとつ立たなかった。
「もしかして…先こされちゃった?それとも返り討ち…?」
戻ってくる者がいないということは、既にエリクシールをたんまり手に入れて地上に戻ったか、もしくはこの先で散ったか…悪い予感がナナミの胸をよぎった。
「それはわかんないよ。向こうへ行ってみなけりゃわかんない。」
「そうでございます。どちらにせよ、我々がこの先へ行くことに変わりはありません。」
「そうだよね…イゾルデさんの依頼を達成しなきゃ‼うん、これ以上待っていても仕方ないしそろそろ行かない?」
「いいぞ。さすがに休憩するのにももう飽きたと思ったところだ。」
「武器の手入れもとっくに終わってるよ。」
わずかな手入れの怠りがこの先の戦いでの明暗をわけることになるかもしれないと入念に手入れをしていたがそれもばっちりのようだった。リリファは何気なく見ていた短剣の一つを。アレンはすっかり相棒になり馴染んだ大嵐一号をそれぞれしまっていた。
「じゃあ行こう‼絶対に勝つよ‼」
ナナミ達は装備の確認をもう一度よくしてからその場を片付けて、小部屋に一つだけあった穴から出ていった。
――――
小部屋の穴を出るとそこは真っ暗な洞窟の中だった。しかし遥か先の方で小さな光の粒が見えたので、ナナミ達はそこを目指してまっすぐに進むことにした。どうせ他に道は無いし。
曲がり道も横道も本当に何もない一本道を足元に注意しながらカンテラの明かりを頼りに三十分程度歩いていると、遂に光の下へたどり着いた。そしてその光に向かって行くと…
「まぶしっ‼…なにここ?」
「…外だな。」
抜け出た先はごくごく普通の見慣れた木々が立ち並び青々とした植物が自生する林の中。どうやらこのマップはスタートの小部屋のある洞窟から外の林へ抜け出る形になっていたらしい。
「目が…」
「少し慣らしましょう。モンスターには注意してくださいね。」
「うん…あれ?ねぇあそこ…建物みたいのがあるよ。」
暗い中洞窟からいきなりの明るい外に出たので、眩しいと感じる目を慣らしながらモンスターなどがいないかきょろきょろとあたりを見回していると、アレンが何を見つけたようだ。指で指し示して皆に伝えてきた。
アレンが指で示した先、木々と葉の隙間から見えるその奥には、切り揃えられた白い石が積まれた建築物が見えたのだ。
「わお‼遺跡かな!?ダンジョンの中にもあるんだね‼」
「まぁダンジョンが再現しただけだろうけど…もっと近くに寄ってみようよ…‼」
全員の目が慣れたので確認のために歩いて近づいてみれば、たしかにそれは何かの遺跡のようだった。建物の手前にある役目をまったく果たせていない壊れかけた壁には、謎の文字がびっちりと刻まれている。
遺跡を見つけたということにナナミ達は珍しがっていたが、冒険者としてそこそこのキャリアのあるクルロとキャルロは興味を示していたものの特に驚いてもいなかった。…キャリアとキャルロって似ていて紛らわしいね‼…そんなことどうでもいい?まぁまぁ。
とにかく、二人が遺跡というものに大きな反応を見せなかったことには訳があるのだ。なぜなら冒険者にとって遺跡はダンジョンと同じく見慣れた存在であるからだ。
大陸の各地には古代文明の残した遺跡が存在している。それはかつての都市が栄えた跡であったり信仰を集めた宗教の神殿があった跡であったり、もしくは何らかの研究施設跡であったりと様々なものがこれまでに見つかっている。
ほとんどの遺跡は当時の色をわずかに残すのみで素材に使われている石が風化してしまいまともな形を残してはいないが、まれに保存の魔術が施された特殊な造りのかなりよい状態の遺跡が現代まで残っていてそれが新たに発見されることがある。近年では新たな遺跡が見つかることはだいぶ少なくなったが、それでも山奥や密林などの人が踏み入らない場所にクエストや冒険で足を踏み入れた冒険者が、そこで誰も見つけていない遺跡を発見することもあり、今でもぽつりぽつりと発見例が報告されている。
そのような誰も手を付けていない状態のよい遺跡には考古学的に貴重な資料や、単純に価値のある宝石、貴金属、あるいは失われた技術でできた品が残されていることがある。当然そのようなものに胸躍るのが冒険者という人種だ。彼らはひとたび遺跡の噂を聞きつければ即座に駆け付けて誰よりも早く遺跡の宝を手に入れようとする。
冒険者の中にはそれらの遺跡発掘を行い財宝や遺物を手に入れることを専門に活動している者やクランもいるほどで、有名どころではクラン「もぐらの穴掘り」や「盗掘野郎」の二つ名を持つ冒険者ディグリーなどがあげられる。ただし、遺跡の多くはその土地を有す国に所有権があり発掘を独占することが多いので、彼らはそこでほぼ盗掘同然の発掘をしたり未発見の遺跡を探し国に知られる前に宝だけを持ち出したりしている。彼らは自分をトレジャーハンターであると名乗ることが多いが、行為はほとんど盗掘と変わらなかったりするのだ。
「へぇ、遺跡ってあんな感じなんだね。ミツユースの近くにはそういうのないんだよね。」
「昔はあったらしいぞ。ただ街が大きくなるにつれて郊外に道や畑を作るために森を切り開いたときにそこにあった遺跡を一緒に壊してしまったらしい。邪魔だったんだろうな。」
「そうなんだ…おいらはよくわからないけどそういうのって壊したらもったいないんじゃないの?」
「父から聞いた話だが当時は研究者からブーイングの嵐だったそうだ。しかし学会に調査や保存をしてもよいがその分の発生した損失を補填しろと要求したら黙ったそうだ。ミツユースにとっては街の発展が優先だったのだろうからただのボロ屋と変わらなかったんだろう。遺物も回収し尽くした後でいらない人間にとっては古い石細工ってだけだからな。ま、今や各国の状態の良い遺跡のある場所は観光地として栄えているらしいから、結果としては失敗だったのかもしれない。ミツユースのもかなり状態はよかったらしいし。」
「うぅん…?」
アレンとリリファが話をしている間に、キャルロが魔宝剣を抜いて警戒をしながら壁に空いた大穴から内側の様子を覗き込んでいた。
「周りの壁は壊れているけど、中の建物はかなり状態がよさそうだよ…どこも壊れていない。」
「マジ!?じゃあお宝ザックザクかもしんないね‼」
「どうする?行ってみる…?」
未発見の遺跡は誰も手を付けていない宝があるので大変魅力的だが、同時に侵入者避けの罠もそのまま残っていることがあるので油断はできない。設置された罠にかかり帰らぬものとなることも多いのだ。
それでも困難の先にある財宝に心躍らないはずもなく、クルロとキャルロは中に入りたがっていた。
「えーっと、入りたいのはわかるけど、そんなことしてる時間はちょっとないかな。早く先に…」
ダンジョンが地上にある遺跡を再現しているのなら、中を探せば同じように財宝がある可能性はある。しかし今のナナミ達にそんなことをしている暇はない。ナナミが二人を止めようとしたが…
「いえ、遺跡の中に行きましょう。」
「セーヌさん?」
セーヌが遺跡へ行くことに賛成してきたのだ。普段はあまり前に出ない彼女が珍しく積極的なことを不思議がるナナミだったがその理由はセーヌ自身が答えてくれた。
「トーンさんとグロットさんの話を思い出してみてくださいナナミさん。」
「あ、そうだった。あの中に…守護者と宝はあったんだよね…」
セーヌに教えられナナミははっとした。トーンとグロットがギルドを通じて挑戦者達へ言っていた内容に実はこんなものがあったことを思い出したからだ。
自分達は十層目に来て洞窟を抜けた後、林の先にあった謎の石造りの建物を見つけそこに入り、その奥で守護者に出会い戦って敗れたのだと。
「おそらくはその建物というのがこの遺跡のことではないのかと。」
「そもそもここで行き止まりだよ。この先…進めなさそうだね。」
ここまでの道のりも林の中の道なき道といった感じではあったが、それでも歩ける道のりだった。しかし遺跡から向こうは草木が今まで以上に深く生い茂っていてまともに進めたものではない。それはまるでこの先に行っても何も無いとダンジョンが教えてくれているかのようだ。これならトーンとグロットもさすがに奥の方へ進むくらいなら一度遺跡の中に入ってみただろう。
「こんなだったらまずは遺跡の中でゴールの小部屋を探してみるよね。」
「なら間違いないわ。この中に…」
「行くしかないね‼そこから入れそうだよ‼」
遺跡の中に侵入する方向で意見は一致したようだ。入り口はどこにも見当たらなかったが、建物の綺麗な壁に一か所だけ大きな穴が開いていたので、そこから入っていくことにした。
「(ねぇクルロ…)」
罠の探知を担当するリリファを先頭にして次にキャルロが遺跡に入ろうとしたとき、隣のクルロにこっそりと耳打ちしてきた。仲間に聞かれたくないことのようだ。
「(わかってるよキャルロ…‼おトイレに行きたいんだよね‼みんなには適当に言い訳しといたげるからとっとと行っておいで‼)」
「(違うわい…‼)」
「(冗談だって‼…穴の前に人間の足跡がいくつもあったね‼リリファちゃんも気づてるはずだよ‼ね、そうでしょ!?)」
「(…ああ。こんなの簡単にわかる。)」
クルロが一番前で罠を探すリリファに話しかけると、彼女は小さな声で返事を返した。
「(昔の足跡である可能性はないのか?)」
「(ダンジョンの修正力が働いてないってことはまだ新しいよ‼それに帰りの足跡は無かったから…中でばったり出くわすかもしれないね‼)」
「(まだ中を探検しているのか…そうでなければ戦っているのか…どちらにせよ、中で会ったのなら穏便にな。)」
「(わぁーってるって‼向こうが何もしてこないのならこっちも大人しくするよ‼あくまで友好的に助け合い‼)」
まかせておけとクルロは得意げに答え魔宝剣をぶんぶんとふりまわしていたのだった。