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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第144話 そして更に迷宮を巡る(続々・クロノス達のパーティーの二十四階層目での出来事)


--------------------------


種族名:イエティ

基本属性:氷

生息地:ホワイトクレシャス連峰

体長:3~5メートル(成体)

危険度:A



 一年中雪の降り積もる寒い山に群れで棲息するコング種のモンスター。全身を新雪のような白い毛に包まれているが地肌は黒いことが体毛の薄い顔面部から確認できる。大型のモンスターで知られるコング種の中でも比較的大柄。寒冷地の生き物によくみられる特徴である。


 コング種は巨漢で厳つい見た目をしているため危険なモンスターであると思われている。たしかに実際に戦うことになればA級冒険者であっても苦戦するほどの手ごわい相手だが、ほとんどの種は植物の葉や木の実、花などを主に食す草食性で、森の賢人と呼ばれるほどに大人しい性格であり、縄張りを荒らさなければ襲ってくることは無い。しかしイエティは肉食の傾向が強い雑食性でたいへん獰猛な性格をしており、人や獣の姿を見つければ積極的に襲ってくる。これは植物の生えない厳しい雪山で生きていくうちに性質を変化させたと考えられ、過酷な環境では贅沢を言う余裕も他者を思いやる寛容性もないということだろうか。


 前述の通りイエティは肉食であるため餌の確保のために群れで狩りを行う。当然人間も襲われるので遭遇は大変に危険。そのため棲息地であるホワイトクレシャス連峰は領有国のフィルブルンと冒険者ギルドの許可なくして入山できないのだが、そこには希少な薬の材料に使える部位を持つモンスターや毛皮が高値で取引されている獣も棲息しており、無許可で入りイエティに襲われる冒険者やハンターなどが跡を絶たない。不法侵入者は救助対象外のため数を把握されていないが、数年に一度の調査で見つかった人骨の数から推測して年間百人ほどの犠牲者が出ているもよう。


 群れの最も大きな雄の個体がその群れのリーダーとなる。成熟した雄は他にリーダーの兄弟にあたる雄だけで他の個体はすべて雄の子と雌。それ以外の成熟した雄は単独で行動しており、他の群れのリーダーに戦いを挑み、勝利すると新たなリーダーとなれる。この時負けた雄と兄弟は群れを追い出され単独または兄弟で行動をし、他の群れを探して新たな群れのリーダーになる機会をうかがうわけである。ちなみにリーダーとなったことを自覚した個体は、体毛の色が変色し銀色に近い色合いになる。


 体毛は体から分泌されるワックス状の物質に包まれており、これで体毛に高い防寒性を与え寒さから身を守る。それと同時に体毛に柔らかさと強靭性を加える性質もあるので、崖の落下などの衝撃からも身を守ってくれる。これは外敵からの攻撃でも同じことが言えるため、物理攻撃は効きにくい。


 イエティと戦いになった場合、怪力と転がり攻撃に注意すること。多少の防具では一緒に潰されてしまう。厚い体毛に包まれているため斬撃と突撃の攻撃は殆ど本体へ届かないので、物理攻撃は打撃を中心にしつつ距離をとって離れたところから飛び道具や魔術で攻撃したい。特に熱さには不慣れなうえ毛皮のワックスが高い可燃性を持つため、炎属性の魔術が有効。高温で丸焼きにしてしまおう。

 氷の魔術を得意としており、その中でもフリーズスタチューと呼ばれる手から氷柱を生み出して投げつけてくる攻撃は、氷の重さに押しつぶされたり氷結に巻き込まれ氷漬けにされてしまう危険な魔術。接近戦を避けて距離を取るとそちらで攻撃してくるので群れ全体の動向に注意。

 ここまで言っておいてなんだがそもそもイエティと戦うなど無謀そのものである。なぜなら戦いの場所となる雪山が人間にとって非常に厳しい環境であるからだ。寒さと防寒具の重量で思ったように動けないし、足場一つとっても少しの油断で崖下へ真っ逆さまということにもなりかねない。さらに戦闘の余波で雪崩が発生する危険もある。どんなにすぐれた武力を持っていても雪山に慣れたイエティと互角に戦える場所がないのだ。イエティの危険度は冒険者が最大の力を発揮できる場所で戦ってもAのままで、雪山ではSに足を突っ込むとも言われている。


 このように全体的に危険なモンスターであるので、基本的には戦いを挑まない方が好ましい。肉は油分が多くてまずく、骨なども錬金術や薬学の素材として有効な使い道を発見されていないので需要が無い。得られる素材も毛皮程度のものなので倒す意味がない。

 一応として現地に暮らす少数民族の間ではその毛皮を使った防寒具が使われているが、毛皮の臭いがとにかく臭い。しかしこの臭いはイエティを恐れる山の獣が逃げていき彼らに襲われないという大きなメリットがある。…ただしイエティ自体には効かないうえ、同族の臭いに興味を持ちむしろ向こうからやってくる。これを利用してイエティを狩りたい実力者が雑魚を集めないようにしつつイエティだけを呼び寄せる道具として用いることがあるらしいが、とにかく臭いので使用後は風呂に入り香料で身を清めたほうがいい。まず確実にしばらくは街に出禁になる。少なくとも僕は三か月街に入れてもらえなかった。それほど臭いのだ。臭いし防寒用の毛皮には他にもっといい素材もあるので亀とカルガモの商業ルートでも殆ど流通していない。欲しけりゃ自分で取って来いよ。僕はイエティはキライじゃないけど毛皮は二度とごめんだね。



 ギルドのモンスター資料より抜粋


 参考文献「冬山の珍獣!?真っ白毛の雪男」より抜粋

 参考文献「マルシレアス・ドゥシャンはなぜコングに挑むのか?」より抜粋

 参考文献「フィート山岳調査隊報告書」より抜粋

 参考文献「シヴァル・レポート~クソ寒い地で出会った素敵な友達編(でも彼ら臭いんだよなぁ…)~」より抜粋

 参考文献「THE・COMGMAN~荒ぶる野生最強の獣~」より抜粋

 参考文献「知りたい大陸の文化・雪山の少数民族とその暮らし」より抜粋


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「YE…TII…‼」

「うん、いい感じだ。少しでも間違えると力が自分に逆流して腕がぐちゃぐちゃになっちゃうんだよなコレ。あのときは痛かった…もっとやれば感覚を思い出すだろう。…というわけで張り切って次にいこうか。なぁに、最後の一体になるくらいには痛みもなく逝けるようになるさ…」


 二匹目のイエティを一匹目と同様に伏衝破を使い内部から破壊尽くして血飛沫を吹かせ消滅させたクロノス。彼は三匹目となるイエティに狙いを定めプレッシャー・フィールドによって増大した重力のかかる空間をものともせずそちらへ歩いていく。


「YETII…‼」

「はっはっは。そんなに喜ばなくてもいいんだぜ。そこまで期待されるとお兄さん頑張っちゃう‼」


 一方で逃げることも抵抗することもできなくなった哀れなイエティは悲痛な声を出して仲間へ助けを求めたが、返ってくるのはそれを歓喜の声だと誤解したクロノスの気合いの意志表明だけだった。仲間はといえばヘルクレスの放った重力の魔術に囚われて動けず何もしてくれることはない。イエティは助力の要求が無駄とわかり己が命の行方に絶望するだけしかできなかった。


 えげつないかもしれないがこれが弱肉強食…身の程もわきまえず食う者へ喧嘩を売った食われる者の末路なのである。イエティは自分の身にこれから起こる出来事を想像して少しずつ訪れる死神の足音に戦慄して気が狂いそうだった。




「おおやってるやってる。さすがはクロノスだな。もたもたしてたらあいつに全部とられちまうな…それじゃあ儂も張り切っていこうじゃねぇか‼ガッハッハ‼」

 

 クロノスが三匹目のイエティを血の噴水にしていたところでヘルクレスはそちらを見るのを止め、両手に二つの戦斧を持って自分のノルマを果たすべくイエティのもとへ走っていく。


 プレッシャー・フィールドは既に常時の五倍もの重力を周囲へ発生させており、それは術者であるヘルクレス自身にも平等に重さを与えている。しかしヘルクレスはクロノスと同様にそれをものともしていない。それどころかどたどたと勢いよく走っては雪を蹴り上げていた。直後に雪は重力でどすんと地面に落ちる。


「まずは本当に斬撃が効かないか改めて確かめてみようじゃないか‼そのまま動くなよ…爆砕斬‼」

「YETII‼」


 ヘルクレスはイエティの一匹の前まで来ると二つの戦斧を重ね合わせて頭上へ持ち上げ、それを勢いよ斜めに振り下ろしてイエティを斬りつけた‼



 その一撃はまるで爆破が起こったような強い衝撃をイエティへ与えたが、肝心の斬撃はマーナガルフが試したときと同じようにはじかれてしまい、イエティに大したダメージを与えることはなかった。


「おぉ‼たしかに斬撃は効かねぇなぁ。だがこれは毛が防いでいると言うより、滑っているって感じだな。毛になんか塗ってあんのか?」


 戦斧を当てたことでイエティの体に秘密があると見抜いたヘルクレスは、向こうでスノウウルフの睨みににこにこへらへらとしていたシヴァルへ声をかける。するとシヴァルが飛びかかってきたスノウウルフの鼻を「あっちで呼ばれたからちょいタンマね。」と言って手で制して怯ませて答えてくれた。


「ヘルクレスおじいちゃんご明察‼イエティの体毛は体から分泌される油でコーティングされているんだ。それがしなやかさと硬さと受け流しやすさの秘密さ。おかげでイエティは凍らないし衝撃からも身を守れる。クレバスから落ちたって大したけがもないんだよ。」

「ほぉ、いい毛皮じゃねぇか。こいつがダンジョンのモンスターでなけりゃ、はぎ取って持ち帰りたかったぜ。」

「実際イエティの棲む寒冷地に暮らす原住民は衣服の材料に使ってたりするみたいだよ。ただとっても獣臭いから使うのはおすすめできないかな。」


 「現地で借りたのを着させてもらったけどとにかくあれは臭かった…でもその臭いのおかげで山の獣がイエティを怖がって襲ってこないメリットもあるんだけどね。イエティの仲間は逆に飛んで来ちゃうけど。」と、スノウウルフの鼻先を抑えながら語るシヴァル。そこにもう一匹のスノウウルフが牙をむき出しにして飛びついてきたがそれは横からマーナガルフが爪を振い、シヴァルに抑えられていたスノウウルフ諸共細切れにしていた。


「臭いでザコ避けの効果もあるのか。それならますます欲しくなってきたぜ。山とかにいると好奇心の強いモンスターが寄って来て作業がやり辛いんだ。そっちにゃイエティなんていないし臭いも街の外に住んでる儂らには関係ねぇ。風呂に何日も入らない子分だっていることだしな。どっかで流通してねぇかなぁ…いや、それともコイツ倒せば落とししたりするのか?」

「はい伏衝破。…およ?なんだこれ…イエティの毛皮か?」



 ヘルクレスがそう期待していたところでクロノスが四匹目を倒して消滅させた。するとイエティが消えた後に大きな毛皮が残っていたのである。クロノスは落ちていた毛皮を拾い上げて質を確かめていた。


「ドロップアイテムってわけね。どれどれ…うわ臭い!?なんだ…ペッペッ‼口の中にダイレクトに臭いが入り込んできた感じがする‼臭すぎて臭い味がする‼」

「おぉ、やっぱりドロップアイテムとして落ちてくるじゃねぇか。こりゃ本腰入れて宝の女神を惚れさせなきゃな‼あぁ女神様、どうか天の果てから儂の雄姿を見ていてくださいねっと…‼」


 更にやる気を出したヘルクレスは、素晴らしい戦いをすると天から宝を与えてくるという言い伝えのある宝の女神に高らかに宣言して、まだ立っていた目の前のイエティに向けてもう一度戦斧を構えた。


 そしてふたつの戦斧を重ね合わせるようにして、下から斜め上にフルスイングをする。刃はイエティの毛の表面を滑るように渡って上に


「YETII…‼」

「斬撃はやっぱり効きませんってか?だとしたら…テメェの体をよく見て見な。」

「YETII…!?」


 重力で動けないながらも「お前の斬撃なんかぜんぜん効きませんが?」といった得意げな表情を見せるイエティだったが、ヘルクレスに言われどこか違和感のあった自分の体をよく見てみた。


 すると、ヘルクレスに戦斧で斬られたところの白い毛が、真っ赤に染まっていた。これは…自分の血だ。それに気づいたイエティに遅れて激痛が走る。重力と合わせこれには耐え切れないとイエティは蹲ってしまった。


「YETII…‼」

「痛いか?肉まで斬れたのはありえないってか?今のは軽く斬ったんじゃねぇ…叩き斬ったんだ。力任せに無理やりな。」


 クロノスも試した通り武器を犠牲にする覚悟の大技ならば斬撃でもイエティを斬ることができる。だがヘルクレスの武器には傷一つ付いていない。


 その理由を教えるため、ヘルクレスは両手の戦斧を倒れているイエティに見せつけながら語った。


「マーナガルフやディアナは武器を壊すのが嫌で全力を出せないみたいだが俺は違うぜ?このふたつの戦斧「夫婦(めおと)」はダチのドワーフ特性の高耐久。俺のような暴れん坊の聞かん坊が力任せに振り回しても傷一つ付かないし、手入れもせずにその辺に放り投げておいても錆の一つも出てこない。まさに俺のような野蛮人にふさわしい武器だ‼だからこうして全力でたたっ斬ることだって遠慮はいらねぇ…優れた武器に出会える運も冒険者の実力だぜ‼ガッハッハ‼」

「…‼」

「おいなんだよ?…死んじまったぜ。弱っちいの。」


 笑い飛ばしながら講釈を垂れ流していたが、そのイエティはヘルクレスの放った力任せの斬撃で胴体に深い傷を作って既に絶命しているので彼の話など聞いているはずもない。直後に消えてドロップアイテムの毛皮をその場に残した。


「おおこれが…くんくん…ぅぺっ!?本当に臭いなコレ‼こんなの家に置いておいたら母ちゃんに殺される‼」


 落ちたイエティの毛皮を拾い上げ鼻を当てて臭いを確かめたヘルクレスは、そのなんともいえない臭いに絶句して雪の上に投げ捨てていた。便利な道具より妻の機嫌を損ねない方が大事だ。持ち帰って自分に何が起こるかを予想して戦慄する。


「まぁいいや。質はいいもんだしこんだけ寒けりゃ虫も付いてないだろう。持って帰って洗ってみれば臭いも少しはマシになるかもな。子分どもにもくれてやりてぇな…ならもっと倒すかな‼ガッハッハ‼」


 さらなる毛皮の獲得のためにヘルクレスは毛皮を腰に下げ次のイエティに向っていく。



「そら、爆砕斬‼覇戦連刃‼つづけて割天砕だぁ‼ガッハッハ‼どうでぇ効くだろう!?」

「YETII…‼」


 ヘルクレスは新たな獲物に先ほどと一度同じ爆裂の斬撃を袈裟懸けに浴びせ、息つく間もなく斬り込みの嵐を繰り出す。それから飛び上がりイエティの頭上から脳天をかち割る一撃を繰り出した。こうして瞬く間にまた一匹屠られた。


「斬撃を止める自慢の毛皮?そんなんより俺の技を見てくれよガッハッハ‼お前らの毛皮も簡単に斬り捨てられるだろ‼」

「YETII…‼」



 ヘルクレスは地属性の魔術やイエティに有効な打撃技ももちろん使える。しかし、ヘルクレスはイエティに有効な打撃技でも魔術でもなく、あえて、イエティにまるで自分との実力の差を見せつけるかのように効きづらいはず斬撃の技だけで屠っていく。そのたびに気持ちよく飛んでいくイエティの肉体の一部。それは腕であったり足であったり、頭部の上半分なんてのもある。…今の個体なんて頭から股先にかけて縦半分に真っ二つだ。これは重力を操り自分の縦の斬撃にさらなる重みを加えて繰り出した結果だろう。


 ヘルクレスに命を屠られイエティは一匹、また一匹と真っ二つになって消えていく。イエティたちはヘルクレスを恐れつつも重力と恐怖の二重の意味で動けないこの状態になにもできずにどんどん死んでいった。




「どりゃあ‼」

「YETII‼」

「ガッハッハ‼大したことないぜ‼」

「…終わったようだな。この荒々しさはさすがは賊王といったところかな。」


 ヘルクレスが七匹目のイエティを脳天から真っ二つに勝ち割ったところで声をかけてきた。自分のノルマである七匹のイエティを先に倒し終わったクロノスは、ヘルクレスのもはや作業ともいえる一方的なイエティの蹂躙を眺めることにしたのだ。別に早く倒そうと思ったわけではなかったが、後になる程ヘルクレスの重力の魔術と伏衝破の使い方に慣れてきたので自然と効率が上がっていた。


「おう、この通りよ。今のが最後だぜ。なんでぇ結局ぜんぶやっちまった。」

「いや、あと一匹残っている。」

「…そういやボスがいたんだっけな。あいつ、何もしてこなかったぞ。」


 クロノスもヘルクレスも七匹ずつのイエティを倒し最初のクロノスが斬ったものも併せて計十七匹。残すのはリーダーの銀色の毛のイエティだけだ。奴は仲間がクロノスとヘルクレスに倒されていく間もじっと見ていただけで何もしてくる気配はなかった。今も他がすべてやられたというのにその場に立ち尽くすだけである。


「………」

「まさか重力で動けないです…なんてダサい理由じゃないよな。」

「…YETII‼」

「…だよな。マジギレの直前は静かなのは人間と同じか。」


 クロノスがからかうとリーダーのイエティは顔に怒りを張り付けたような表情を見せてこちらに向かって吠えてきた。仲間をすべてやられて大変にお怒りのようだ。


「群れをぶっ壊して悪かったな。また一から作り直せよ。」

「YETII‼」

「完全にお怒りじゃないか。そんなんで許してもらえるはずもないだろう。これが人間だったら俺だって許していない。」

「ガッハッハ‼あいつもせめて俺を討ち取らないと面子が立たないってか。俺にやらせろクロノス。男同士、一対一でやりてぇ。」

「あいよ。それじゃあ俺は向こうのワンちゃんたちと戯れてこようかな。」

「ぜひそうしてよクロノス‼なんかさっきからどんどん来てるからさ‼いやん、僕のお尻なんて噛んでもおいしくないよ~‼」

「ガルルルル…‼」


 向こうでは相変わらずシヴァルがスノウウルフの攻撃を器用に避けて逃げ回り、そこにマーナガルフとディアナが現れて斬り伏せる光景が続いている。スノウウルフは獣の本能でシヴァルを一番の弱者であると見抜き、彼を積極的に襲っているのだろう。そのため二人はシヴァルをおとりにしているようだ。戦いの間にさらに数は増えたらしく、スノウウルフは既に見えるだけで五十を超えている。


「あの程度ならイエティ一匹のが格上だな。ディアナとマーナガルフも苦戦するはずがない。だけどシヴァルが食われてもやだし行ってくるわ。」

「おうよ。そっちが終わるまでに倒しておくさ。」

「じゃあ頼む。あと君、儂から俺になってるぞ。直さないとバーヴァリアン嬢が厳しいじゃないんだったか?」

「おっといけねぇ…つい興奮してしまった。気を付けておくわ。」


 「相変わらず生涯現役の爺さんだぜ。」とクロノスは残るリーダーイエティをヘルクレスに任せシヴァルたちの方へ歩いて行った。この状況でのろのろと歩いているのは少しでも遅れて着いてディアナとマーナガルフに一匹でも多く倒しておいてもらいたいからなのだが、特に誰も文句も言わなかった。





「さぁ、お互い集団を取り仕切る猛者として…殺しあおうや。」

「YETII‼」


 残されたヘルクレスは怒りで我を忘れ空へ咆哮を繰り返すリーダーイエティを待ち受けた。


 準備はできたとヘルクレスがくいくいと手招きしてリーダーのイエティに呼び掛けると、奴は待っていましたとばかりに四つ足でこちらへ猛ダッシュしてきた。ヘルクレスが魔術を使わなかったことで自分も力で倒してやろうと思ったのだろう。フリーズ・スタチューは投げてこなかった。


 しかもヘルクレスの重力五倍のプレッシャー・フィールドの中でもお構いなしにずんずんと歩いてくる。他のイエティには耐えられなかったがそこはさすが群れのリーダーといったところか。


「俺の重力をものともしないとはやるじゃねぇか…いいぜ。喰らってやらぁ‼群れのボスにふさわしい最高の一撃を見せてみな‼」

「YETII‼」


 ヘルクレスは怯まず向ってくるリーダーイエティを高く評価して、挑発しながらノーガードの体勢で迎えうつ。攻撃をあえて受けたうえで倒す。そうすることで自分が格上であると証明するつもりのようだ。



 そしてたどり着いたリーダーイエティが遠慮なく剛腕を振い、ヘルクレスの頭を思いきり殴りつけた‼


「ぐぅ…‼」


 拳はヘルクレスの頭頂に見事にクリーンヒット。頭への直撃は彼がかぶっている牛の頭蓋が防いだが、それには大きくひびが入ってしまい、内のヘルクレスの頭にもかなりの衝撃が走ったようだ。さらには足が地面に深く沈んでいる。強力な一撃にヘルクレスは身をよろけさせてしまう。


「…」

「YETII‼YETII‼」


 これだけの一撃、並みの人間ならば頭蓋が割れ脳漿が流れ出し血を吹き即死であろう。リーダーイエティもそれを確信して腕を掲げ人間でいうダブルバイセップスの体位を取り、勝利の雄たけびを上げる。しかし…


「…めぇ…‼」

「…YETII?」

「てっめ…これお気に入りだったんだぞ‼やってくれたなぁ‼」


 リーダーイエティの全力の一撃で頭部を殴られたヘルクレスはなんともなかった。自分のことよりもお気に入りの骨の被り物が壊されたことに怒っていたようだ。

 

「テメェの力はそんなもんかよ…ぜんぜん痛くもねぇ。もういい死ね‼」

 

 リーダーイエティに大した力はなかったとヘルクレスは興味をなくしてしまったようだ。それよりもお気に入りの骨の被り物を壊したこいつを懲らしめてやろうという思いの方が強いらしい。


 ヘルクレスは大きく飛びあがり、リーダーイエティの頭上へ行く。そして自分が拳をもらった場所と同じ場所へ拳骨を叩き込んだ‼


「YETII…!?」


 拳を喰らったイエティの頭部は深く陥没して穴が開いてしまいそこから血や脳漿やにじみ出る。一瞬の出来事にリーダーイエティは目と口をぱちくりさせて何が起こったのか理解できずそのまま死んでしまった。




「ああつまらなかったぜ。じっとしてるもんだからもっと強いのかと思ったが俺にビビってただけかよ。期待外れだ。この骨も気に入ってたのにすっかりダメになったな。また新しいのを狩ってきて作り直すか…そっちはどうだ!?」


 そう言って被り物をぽいとその辺に捨てたヘルクレスがスノウウルフと戦っている仲間に尋ねれば、「とっくに終わってるよ。」とシヴァルの返事が返ってきた。



「S級四人だぜ?Cランク相当のスノウウルフが束になっても相手になるわけないだろ。」

「コオォン‼」

「よしよし、コンコン君もしっかり氷を溶かしてくれたね。偉いよ。」


 五十匹以上いたスノウウルフは既にすべて魔貨とドロップアイテムと化しており、生き残りはまったくいない。S級四人相手では話しにもならなかったようだ。


 今は四人とも落ちている魔貨やドロップアイテムは必要ないと目もくれず、氷のほとんど溶けた死体に集まってそこから冒険者のライセンスを探していた。


「…見つけた。」

「こっちにもあったぜ。」

「この人の分もあるよ。」

「こっちとこっちのもだ。全員分見つかってよかったな。」


 どうやら死体の五人全員からライセンスを見つけ出すことができたようだ。別れて探していたようだが一人が一体の死体から探す時間でクロノスは二人分見つけていた。随分と手際がいい。


 ディアナは見つけた女性のライセンスからその女性の名前を確認していた。


「アイリア・マーシャルか…知らない名だがギルドに問い合わせれば身元が分かるだろう。他の仲間もライセンスさえ持ち帰れば…」


 ディアナは女性冒険者の死体から取り出したライセンスから彼女の名前を割り出した。そしてクロノス達が見つけたライセンスを受けとると、同じように彼ら一人一人の名前を調べていた。



 冒険者はよく行方不明になる。それは事件に巻き込まれてだったり、あるいは単に借金取りや因縁の相手から逃げるために姿をくらませているだけだったりとくだらない理由も多いが、大自然の中で死んでしまったり旅の途中で野垂れ死に誰にも気づかれずそのままであったりすることもある。


 ギルドでは消息の一定期間つかめない冒険者は行方不明扱いになり、冒険者ライセンスの権限を一時停止させられる。そうすることで権限停止の解除を求め近くのギルド支店へ顔を出させ無事を確認するためだ。しかしそれをやっても姿を見せない冒険者はよくおり、冒険者として活動するのに大切なライセンスを放置してまで現れないということはまぁ…どこかで死んでいると言うことであろう。


 死体が見つからなければその冒険者を死亡扱いにすることはできない。実は理由があって支店に顔を出せなかっただけで本当は生きており、後からひょっこりと姿を見せることもあるからだ。こういう例はけっこうあって、中には十年間行方不明でみんなどこかで死んでいたと思っていたのにある日突然ギルドの支店のひとつに顔をだし、その理由が樹海で迷子になってサバイバル生活をしながら十年間ずっと人間界に帰ろうとしていたなんてのもあった。


 一応ギルドでは冒険者が行方不明になったら期間を設け、それまでに消息がつかめなければ死亡扱いとしてもよいという規定があるが、行方不明の友人や家族がまだ生きていることを信じて死亡を認めないことが多いので、数十年間ずっと行方不明のままで資料上生きていることにされていることも珍しくない。


 そういった中で今回ダンジョンの中で全滅して死亡を伝える人間がいないなか死体を見つけてもらい名前まで割り出してもらったこの五人はかなりの幸運だろう。…一番の幸運は生きて帰ることなのかもしれないがその幸運を掴める冒険者はかなり少ない。冒険者の冒険は命懸けだ。賭けを行い命というチップを失う可能性は誰にだってあるのだ。



「なんでもくんに人間の死体は入らないから持って帰ることはできないぞ。置いていくしかない。」

「…わかっている。なんでも入ると言っておきながら案外不便なものだな。」


 ギルドで貸し出される特殊な空間魔術を施されたかばんのなんでもくんには、獣やモンスターの死体を入れることもできるがどういうわけか人間の死体は入らないため、この死体を持っていくことはできない。先に進まなくてはいけないクロノス達にはそのまま持ち運ぶことももちろんできないだろう。なので死体は老いていくほかなかった。


「せめて顔を覚えておこう。果敢にダンジョンへ挑み散った冒険者を…」


 ディアナが寝かせて並べて置いた死体に祈りの仕草をする。クロノスも隣で真似をして同じように彼らの魂が安らかに天へと還れるよう祈ったが、シヴァルとマーナガルフはどこの誰ともわからない人間に興味がなかったのか特に何もしなかった。


「けっ、くだらねぇ。人間死んだらただの肉の塊なんだよ。子分が死んだのならともかく、赤の他人にそこまでしてやる義理はないぜ。」

「死んだらモンスターの餌にすれば有益になるよ。刻んでその辺に放っておく?スノウウルフみたいなのがまたやって来て食べてくれかもよ。」

「本当に君は人間への配慮がないな。君にとっては人間も死ねばモンスターの餌のひとつか。」


 それからクロノス達は一緒に氷漬けになっていた武器や小道具など衣服以外で使えそうなものをすべて回収してなんでもくんにしまいこんだ。どれもこれも価値はそれほどではなかったが、もし地上で彼らの知り合いや家族を見つけることができたら形見として渡すことができる。たとえがらくたであっても身内にとってはとても大事な物だろう。


「死体は無理だが持ち運べる程度なら懐にしまっておけるぞ。指でも切って持っていくか?それが嫌なら髪の毛でも…」

「貴様は女の髪や指を傷つけろと言うのか?そんなことしても彼女がかわいそうだ。…男の方は指でも髪でもなんなら性器でも好きに斬り落とせばいい。私は知らん。」

「野郎の方は一切配慮がなく辛辣なのは実に君らしい。ま、男だけってのもなんだから全員このまま葬ろう。つーか野郎のアソコを切るとか俺もごめんだ。…よし、もうとれそうな物はないか?なら後はシヴァル頼むぞ。」

「はいよ。それじゃあコンコンくん、最大火力でよろしくね。」

「コオォン‼」


 クロノスが死体に油をかけ、それからシヴァルがキュービフォックスのコンコン君に命令するとコンコン君は死体に近づいて口から炎を噴出して、死体へ浴びせた。


 死体は油がかかっているので勢いよく燃え、どんどんと焼けて黒くなっていく。周囲には死体を燃やした時の嫌な臭いが立ち込め、それがクロノス達の鼻に突き刺さった。


「臭いでまたモンスターが来るだろうから早くこの場を去ろう。」

「いいじゃねぇか。野垂れ死んだ負け犬にはせめてもっと強いモンスターをおびき寄せてもらおうぜ。イエティに以上に強いモンスターだったら楽しい喧嘩になる。」

「また戦闘なんて気分じゃない。それに火の勢いは強いからすぐに炭になるよ。あとは風が人の形を崩して灰にしてくれる。」


 本当は埋葬できたら気分がいいのだが、焼ける臭いでモンスターが来る可能性は十分にある。クロノス達ならば何が来ても苦戦することはないだろうが、とにかく先へ進まなくてはならないのだ。戦う時間が惜しい。


「燃え尽きる前に全員死体の顔を覚えておけ。地上に戻れば特徴からヴェラが似顔絵を描いてくれる。名前だけでなく顔まであれば知り合いを探すのももっと楽に…ん?」

「どうしたのクロノス?」

「いや…今そこに人影があったような…」


 話の途中でクロノスが雪原の向こうを眺める。そしていくつかの人影があったと訴えた。


「なにもいねぇじゃねぇか。モンスターと見間違えたんじゃねぇのか?」

「そんなことはない。影はイエティよりもかなり小さかった。それにあれは四足ではなく二足だったぞ。」

「じゃあイエティよりも小さいスノウモンキーとかアイスウルフマンとかだったんじゃない?こんなところを攻略する挑戦者なんて僕ら以外にいないよ。いたとしてここにいる人たちみたいにすぐ氷漬けになっちゃうよ。」

「…だよなぁ。俺疲れてんのかな?たしかに気配も臭いもあったんだが…」


 自分の体の状態を調べながらもう一度そちらを確認するクロノス。しかし体は絶好調だし目を凝らしてもそこには何もいない。さっきまでは人間の臭いもあったように感じたが今はもうまったくしなかった。


「見間違いさ。クロノスにだってそういう日はあるよ。人間くらいのサイズの二足歩行するモンスターが様子を見に来て僕たちの実力さにビビって逃げたのさ。」

「そうかなぁ?」

「おぉい‼魔貨とドロップアイテム集めてきたぞ。」


 見間違いだとシヴァルに諭されたがクロノスは納得がいかないようだった。そこにヘルクレスがイエティの毛皮に他の毛皮や魔貨をくるんで持ってきた。


「ああ、悪かったな。」

「構わないさ。毛皮が欲しかったし魔貨もついでだ。」

「しかし本当にくっせぇなその毛皮…なんか思ったよりも魔貨が少なくないか?俺様もっと倒したハズだぜ。風紀薔薇(モラル・ローズ)の仕留めた分も含めたらもっとある。」


 イエティの毛皮の臭いに鼻をつまみながら魔貨を数えたマーナガルフは倒した数が合わないと言ってきた。


「全部は拾えてないぞ。あちこちに散らばってたし手の届く範囲だけだ。」

「雪に埋まったのではないのか?雪はこの間にもどんどん降っているからな。」

「そうかもしれないな。戦いの余波で遠くに転がっていったのもあったような気がするしこの雪だ。何十枚レベルで見逃しがあってもおかしくないか。」

「諦めなよマー君。さすがに雪を掘り起こしてまで集めてらんないよ。」

「しゃあねぇな。ぐだぐだ言っていてもけち臭いか。」


 マーナガルフは見つからない魔貨を諦めたがそこまで未練はないようだった。



 それからクロノス達は燃やした死体から出た灰を少しずつ小袋に収め、既に半分ほど雪をかぶった死体をそのままにダンジョンの攻略を再開して歩き出す。


「…」

「どうしたのクロノス?まさかまだ人影がどうのこうの言うんじゃないだろうね?」

「コオォン‼」

「人影の話だけど…僕は信じるよ。いや、他のみんなも殆ど信じてるだろうね。」

「そう思ってくれるか?」

「思うさ。だって君の気配察知だよ?でも僕たちの目的は人影の正体を探ることじゃないでしょ。そんなの無視無視。みんなも余計なこと考えないようにスルーしてくれてるのさ。」

「…そうだったな。今の俺達の目的は次の階層へ進むことだ。」


 クロノスは思考を振り切って人影のことを忘れ歩くことに集中した。いよいよ目前に迫る二十五階層目へと進むために。



 クロノス達のここまでの損害はほぼゼロ。問題なく…「あつつ…スノウウルフから逃げ回ってたら靴擦れしちゃったよ。マメになったかな?」…軽傷者一名。




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