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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
143/163

第143話 そして更に迷宮を巡る(続・クロノス達のパーティーの二十四階層目での出来事)



「マーナガルフ…あれは岩なんかじゃないぞ。もちろん雪をかぶっているわけでもない。ああいう色なんだ。」

「ああ、俺様も今ごろやっと気づいたぜ。いくら猛吹雪だからってあんな大岩が転がってくるハズがねぇ。ありゃモンスターだな。」


 より一層近づいてくる白い塊の集団をモンスターであると断定したクロノスとマーナガルフ。もしかしたら毛皮を被った人間である可能性も無きにしも(あら)ずだが、並みの人間は先ほど出会った者たちのようにかちんこちんの氷像と化すくらいの寒さの環境だ。クロノスたち以外で平気で歩き回れる人間がいるのなら見てみたい。…つまりはあれが人間である可能性は絶対にない。


「さぁて、いったいどんなモンスターだ。さっさとこっちまで来いよ。儂が叩き潰してやるぞ。」

「僕はコンコン君を見てないとだからみんなでよろしく。死体が黒焦げになってもいいなら手伝うけど?」

「最終的には火葬までしてもらいたいがライセンスを回収する前に残らず灰にされてはかなわん。相手は私たちでやるから終えるまでに氷を溶かしておけシヴァル。」

「りょーかいでありますディアナさん。それじゃコンコン君がんばって。」

「コオォン‼」


 大量の白い塊はこちらまであと百メートルのところまで迫ってきていた。クロノスたちは武器を取り出してそれらを待ち構える。


 クロノスはなんでもくんから取り出した三本しかない虎の子である剣の一本を、マーナガルフはグローブに取り付けた鍵爪を、ヘルクレスは背中の戦斧の片方を、ディアナは腰にさげたレイピアを、そしてシヴァルは…キュービフォックスのコンコン君に氷を溶かす指示を出すため戦う気が無いらしい。頑張ってねと完全に他力本願だった。



 そんなことをしながら白い塊がこちらへ到達するのを待ち、あと三十メートル手前というところになると、白い塊がのそりと起き上がりそこから手と足が伸びてきた。


「いよいよおでましか。いったいどんなモンスターなんだか…」

「IAAAAA‼」

「オォン?ありゃあ…サルか?」


 岩の正体は大きな白いサルだった。サルは立ち上がりこちらに向かって雄たけびを上げてきた。身の丈は相変わらず三メートルを超す巨体でそこに手足も加わったことでさらに大きく見える。


「なんだあの白くて毛むくじゃらのデカいサルは!?あんな大きさのサル見たことねぇ‼」

「特徴的に言ってくれてありがとうマー君。おかげでそっちを向かなくても種類を特定できるよ。えっと、白くて毛むくじゃらでおっきなか…肌は露出していない?」

「ああ。全身真っ白け…いやまて顔は毛が少ないぞ。地肌は真っ黒いな。」

「地肌は黒…うん。わかったよ。彼らはね…」

「早よ教えろや‼もう来ちまったじゃねぇか‼」

「YETIIIIII‼」


 マーナガルフが伝えてくれた特徴と聞こえてくる雄たけびから、敵の種類を絞り出したシヴァル。それと同時に白いサルの群れがこちらまでたどり着いてしまった。


「YETIIIIII‼」

「ちっ、ばかでけぇ声のサルだな。」

「サルじゃなくてコングだね。あれはその中のひとつ「イエティ」だよ。鳴き声からそう付けられた名前なんだ。特徴をあげるとするならさっきマー君が言った通りの見た目であることと、氷の魔術を使えるってことかな。もちろん力もかなり強いよー?握手したら手がボキボキになっちゃうぜ。」

「だれがあんな毛むくじゃらと握手なんざするか‼仮にやったとしても握りつぶし返してやらぁ‼」

「YETIIIIII‼」

「攻撃がくるぞっ‼」


 シヴァルが悠長にイエティの説明をしている間に、その中の一匹が手のひらを上に向けて構えそこから氷柱を生み出し両腕で持ち上げ、こちらへ向かって勢いよく投げてきた。


「避けろ‼」

「どわぁ!?」


 放たれた氷柱は空中を山なりに飛んでそれからクロノス達のいるところへ降ってくる。イエティは軽々しく投げていたが、氷の塊である氷柱の重さなど何百キロあるかわかったものではない。これをまともに受けたら自分達であってもただでは済まないと、全員が左右に飛んでそれを避けた。


 躱された氷柱は誰にもぶつかることなくクロノス達の真後ろにずどんと音を立てて突き刺さり、冷気で周囲に白い靄を生み出していた。



「あのサイズの氷の塊を楽々投げるとは…なかなの怪力だな。」

「…それだけじゃないぜディアナ。今の氷柱を見てみろ。」

「なに…なっ…!?」


 クロノスに言われたディアナが後ろを振り向いて氷柱を確認すると、氷柱が落ちた場所の地面が雪ごとみるみる半透明の氷に覆われ、あっという間に氷の海が出来上がってしまっているのが見えた。


「あの氷には周囲を巻き込んで凍らせる性質があるのか…‼」

「その通りさディアナさん。今のはイエティが得意としている氷の魔術「フリーズ・スタチュー」だよ。今は地面だけだったけど喰らったものはたちまち凍りいて氷像のいっちょあがりってわけ。いくら丈夫な僕らでも凍らされたらどうすることもできないよ。」

「そうか…さっきの氷漬けの人間は吹雪で凍ったわけではなく、こいつらにやられたのだな。」

「うん。そうやってイエティは凍らせた敵をその場に残して縄張りを示すのさ。「ここから先は俺達の巣だ。これ以上入ってくるとこいつらと同じく氷漬けにしてやるぞ。」ってね。なんせこんな雪原では目印になるものが何一つないからさ…倒した侵入者を無駄なく使うための知恵を持ったわけだ。それとこの氷像にはもうひとつ使い道があるんだよ。お腹がすくとこれを取りに来て巣に持ち帰り溶かして食べるんだ。」

「じゃあ彼らにとって今の俺らは…」

「のこのこやってきた侵入者兼新しい保存食兼縄張りの氷柱の素材ってとこかな。もしかしたら食料の横どりに来たと思っているのかもしれない。それが全部いっぺんにきたら…君ならどうする?」

「凄い腹立つ。なんで順番に来ないのかそもそも来んなし…そんな怒りで相手をボコボコにしたくなるだろうな。」

「YETIIIIII‼」


 クロノスの予想は正解であるようだった。一番前にいるイエティがまるで「その通りだよ覚悟しろよバカヤロウども‼」と言わんばかりに咆哮をかましてくれた。

 

 つまりは戦うしかないと言うことだ。クロノスはより一層気を引き締めてイエティの集団を確認する。



 イエティの数は全部で十八体。それぞれ体長に個体差があり三メートルほどのヘルクレスと同程度のサイズの個体から最大で四メートル強の個体までいる。大きな個体は毛の色が若干くすんで灰色がかっているが、あれは群れのリーダーだろうか?そいつは一番遠くにいてクロノスと同じようにこちらの様子を伺っていた。


「十八体か…シヴァルを除けば俺達は四人だから一人あたり四体か五体の討伐がノルマだな。できることならあの奥にいるボスっぽいのだけを倒してさっさと終わりにしたいんだが…」

「無理だよクロノス。…あ、無理ってのは倒すのがじゃなくてね。普通の人なら一匹も倒すことなく即ミンチか氷漬けだけど皆なら余裕。無理ってのはリーダーだけ倒すことだよ。君の思う通りあれは群れのリーダーだ。あれは群れがやばくならないと動かないし下っ端も絶対にリーダーの前まで通してくれないからどのみち何体かは倒さないとだね。」

「だよなぁ…ああめんどうだ。」

「そうかぁ?ちょうど体を動かして温めたかったんだ‼喧嘩ならいつでもどこでも三度の飯より優先してやるぜ‼一匹二匹葬ってもかわいそうだ。まとめてぶった斬ったらぁ…ギャハハ‼」


 めんどうくさそうにするクロノスとは裏腹に、戦いが大好きなマーナガルフは戦いになると知りやる気満々、寒さなんてこの風で飛んでいって気にならなくなりましたという感じだった。


「たしかに…雪野原を延々と歩かせられて退屈はしていた。クロノスも面倒だとは言いながら戦いを否定するつもりはないのだろう?」

「…まぁな。気晴らしにはなるか。」


 しかし戦いに意欲を示すのは何もマーナガルフだけではない。クロノス達も冒険者の中ではそこそこ好戦的な人間だ。彼一人に美味しいところをすべて持っていかれてたまるかと足を前に出してイエティの群れへ向っていった。



「させるかぁ‼全部俺様のモンだ‼先輩方はすっこんでな‼」


 まず最初に仕掛けたのはマーナガルフだった。彼が一番乗りだと戦闘狂の血を熱く滾らせ、滴らせていた鼻水を指で飛ばし鍵爪をぺろりと舐めて獲物を独り占めするために前へと飛び出した。


「おいおい鼻水はまだいいけどイエティの氷攻撃までこっちには飛ばさせないでくれよマー君?凍り付いたらまた溶かし直しになっちゃう。」

「安心しろよ。テメェにイエティごとぶつけてカチンコチンにしてやるからよぉ‼されたくなきゃ戦いが終わるまでに死体の氷を溶かしておきな‼さぁてまずはどいつを屠ってやろうかなぁ?…よし決めたぜ。まずはソイツだ‼()()()()()()()()()‼」

「YETIIIIII‼」


 遠くにいるシヴァルとそんなやり取りをしてから、十八匹ものイエティの中からマーナガルフは真ん中くらいの大きさの個体をこれだと見繕い、それに向けて自分に敵意を向けさせる技「ヘイトハウリング」を使い誘い出す。それに乗った一匹はまっすぐに彼の元へ走っていった。


「YETIIIIII‼」

「へっ、遅いんだよ‼そらっ「アイアンクロウ」‼」


 イエティが腕を力任せに大きくスイングしてマーナガルフを吹っ飛ばそうとしたが、マーナガルフは両脚に力を込めて大きくジャンプして相手の頭上に飛んでそれを躱す。そして空中で素早く両腕を振るいこちらを見て呆けていたイエティの顔面目掛け鋼鉄の斬撃を浴びせた。


「UOTIIII‼」

「まずは一匹…んなぁ!?」


 地面に着地して「斬撃で頭が割けて即死だバーカ」と、得意げにイエティを見据えたマーナガルフは驚いた。イエティはまだ生きていたからだ。それどころか頭部のどこにも傷一つ着いていない。白い体毛がいくらか千切れて四散しただけである。


「おかしい…俺様はちゃんと食らわせたぜ‼」

「これは…「YETIIIIII‼」…っく、一点突き(セントラルストライク)‼」

「UOTIIII‼」

「効いていない…!?」


 マーナガルフを見ていたディアナが別のイエティからの攻撃をそいつの股座を潜り抜ける形で背後に回り、そこからイエティの背中にレイピアを突き刺した。しかしそれも深くは刺さらずにはじかれてしまう。


「はじかれたのか?どうなってやがる…俺様の爪だぞ。人間の腕なら軽くぶった切れるのに…」

「私のレイピアもだ。心臓とはいかなくてもそれなりに肉を貫ける。背骨や肋骨に防がれた気配もなかった。というか皮膚に達していないなこれは。」

「ちょい二人とも。イエティは全身を深い体毛に覆われているんだ。そしてその毛は柔らかさと強靭さを兼ね備えていて斬撃と突撃は生身まで届かないからあまり効かないよ。生半可な攻撃はSランの君らでもダメージにできないからもっと強くやんないと。」

「あんだと?だがこれ以上の威力を出したら武器が…」

「来るぞマーナガルフ‼」

「YETIIIIII‼」


 攻撃を躊躇する二人に今度はこちらの番だとばかりにそれぞれが攻撃した個体ともう一匹の計三匹が雄たけびをあげて、あらわれたときと同じく体を丸めまとめて転がってきた。その速さはとても素早く、積もった雪を巻き込み白煙をあげながら二人へ向っていく。その姿はまるで崖から転がる大岩のようだ。これを食らえば並みの人間は挽肉よりもひどい目にあうだろう。


「今度は転がり攻撃か‼もう一度横に避けるぞ…‼」

「いや、この至近距離では横に逸れても他に当たる。受け止めるしか…」

「受け止めだぁ!?…上等だコラやってやんぜ‼」

「…二人ともちょっとどけ‼」


 避け切れないと判断し守りの体勢に入ろうとした二人の前にクロノスが飛び出して立ちふさがった。


 クロノスは転がってくるイエティの一匹の懐へもぐりみ、巨体に踏みつぶされる直前で剣を鞘から抜いて…「重の力を一点に合わせ、重ねる…重凌抜星(ちょうりょうばっせい)‼」


 クロノスが剣を抜きながら何やら呟いた。すると転がってくるイエティがクロノスに衝突する寸前で両者の接点が一瞬光り、次の瞬間にはイエティが体を広げて宙を舞っていたのだ。


「UGYAA…AAA!?」


 自分に何が起きたのかイエティにはさっぱりわからなかっただろう。次に宙を漂うイエティにどこからか下から上へかけての斬撃が走った。斬撃を浴びたイエティは縦に真っ二つ。ピンクと赤の肉体の断面を露出させて左右の地面へ沈み、消えてなくなった。


「YETIII…‼」「YETIII…‼」

「あ、君たちももう斬れているぞ。だから楽になりたまえよ。お疲れ。」

「「YETIII!?」」


 仲間が一匹やられたことで残りの二匹は転がるのを止めてクロノスの前で停止して警戒したが、クロノスにそう言われて初めて自分の視界がずれていることに気が付いた。視界だけではない。体もまた半身が縦にずるずるとずり落ちていた。


 二匹のイエティは自分がもう死んでいることに気付き、仲間の後を追って同じように真っ二つとなり消える。…と同時にクロノスの剣も砕け散った。



「(重凌抜星(ちょうりょうばっせい)…初めて見た。敵にかかっている重力の力を一瞬だけ剣に集めその力を斬撃に乗せて斬る技…しかも斬撃は周囲にも波及する。どうやってるのか俺様にはマジで原理がわかんねぇ。つーか手元の動きが早すぎてぜんぜん見えなかったぜ。やっぱとんでもない化け物だなアイツは。)


 クロノスの動きをじっくり観察していたマーナガルフが誰にも知られることなく舌を巻いていたが、彼の舌を巻かせた張本人は特に何事もなかったかのように砕けて刃がなくなった手元の剣をじっと見ていた。


「なるほど。たしかに武器を犠牲にした大技なら倒せる。…が、今ので剣があと二本になったじゃないか‼三本しか持ってきてないんだぞ‼」

「あーそれはご臨終だね。あれご臨終って死に際のことだっけ…じゃあ残念でしただね。でもやったのは君じゃないか。」

「それは君がやれって言うから‼剣返せよ‼直せよ‼」

「もうわがままなんだから。ならマー君とディアナさんがやってよ。こっちはもう半分溶かし終わったよ。ほらこの子なんて手が出始めてきてる。」


 早よしろと催促してきたシヴァルの方では、コンコン君の熱気で死体を覆う氷が溶け始めていて、たしかに一人の手が氷から露出してだらんと垂れていた。あちらの作業は順調に行っているらしい。


「二人だってクロノスに負けないくらいの大技を持っているはずでしょ?それを使えばイエティなんて一撃さ。さぁ使った使った。」

「やだね‼そこまでやったら今度は俺様の爪が壊れるわ‼この間自分で壊して高い金払って修理させたばっかなんだぞ‼」

「私もレイピアを犠牲にしてまでやりたくはないな。魔界植物も寒さに弱いから喚ぶことはできないぞ。枯れさせてしまうと契約主にあとでこってり絞られてしまう。」


 武器を犠牲にする覚悟で大技を使えばイエティを倒せることがわかった。しかしそれではあまりにもコストパフォーマンスが悪すぎるとディアナもマーナガルフもお断りである。クロノスも壊れた剣をなんでもくんにしまったが次を出そうとはしなかった。



「YETIII…‼」

「なんだよ全員武器ロストが嫌で打つ手なしかよ。防御に特化した敵というのも厄介だ…幸いにも向こうもすぐには仕掛けてきづらい空気みたいだな。お互い寒い思いをする前にこのまま帰ってくれないかな?そしたら逃げる背中からずどんと…」

「ガッハッハ‼」



 攻撃するのに消極的な三人は、あっという間に仲間三匹をやられて警戒するイエティたちをしばらく見て別の手を考えようとしたが、そこに巨体が立ちふさがった。イエティではない。それは仲間のヘルクレスだった。



「斬撃と突撃がダメならあとは打撃と魔術だな‼マーナガルフとディアナは下がってシヴァルのお守りでもしてな‼儂とクロノスでやる。」

「俺もカウントされてんのかよ?俺だってこれ以上剣は使えないんだぞ。」

「お前は打撃も使えるだろう?ほれ、普人の昇格の団員に教わったとかいう…」

「確かに使えるが…でもあんな得体のしれないモンスターに直接触れたくないな。変な病気とか感染らない?」

「極氷地帯にそんな危ない病気はないよ。…たぶん。」


 クロノスの質問にシヴァルは曖昧に答えていた。


 ダンジョンのモンスターは地上のどこかにいるモンスターを再現しているらしいが、それらが保有する病気や寄生虫まで再現しているかどうかまではわからない。モンスターだけのこともあるしご丁寧にそういったものがモンスターとして再現している時だってある。割と綺麗好きなクロノスとしてはその点を見逃したくはなかった。



「人間の病気は専門外だから断定できないけどダンジョンのモンスターからあれこれ感染(うつ)されたなんて話聞いたことないし大丈夫じゃない?てゆーか君なら何になっても大丈夫だって。」

「俺だって病に勝てないかもしれないだろ。ああもうわかったよ…やりゃいいんだろうが素手でよぉ‼」

「おう、その意気だ。頼もしいじゃねぇか。それじゃあ残り十五匹…二人で分けたらボスの一匹が余るが、そのあまりは儂が倒してやる‼行くぞ‼」

「おい持つなよ‼つーか俺三匹倒したけど!そしていきなり敵陣ど真ん中かよ‼まぁその方が楽だしいいけどさ…」

「「「YETIII‼」」」



 マーナガルフとディアナをシヴァルの方へ下げて、渋々ながらも素手での戦闘を了承したクロノス。そんな彼をヘルクレスが大きな手で掴み、自分の肩に抱え上げてそのまま敵陣のど真ん中まで走っていった。



「あいつらにちょこまか動かれても面倒だからまずは重力を落とすぜ。お前なら耐えられるだろ?」

「あれか…いいだろう。好きにしてくれ。」

「おうよ‼まずは重力三倍だ‼大地よ万人に試練を与えよ…「プレッシャー・フィールド」‼」

「YETIII!?」「YETIII!?」「YETIII!?」


 ヘルクレスがクロノスを抱える腕とは反対の腕で戦斧を振い素早く魔術を唱えた。すると、イエティたちはぴたりと動きを止めた。ヘルクレスの魔術を受けてダメージを受けたのか?否、奴らは自分の体が重く感じすぎて動けないのだ。よく見れば頑張って動こうと体を震わせていた。



 プレッシャー・フィールドは自分を中心に重力の力を強める魔術だ。重力とは地面があらゆるものを引っ張る力のことでそれがあるからすべてのものは地面に向って落ちていく。

普通の魔術士が使えばかかる重力は自分の周囲数メートルに二倍程度が限界だが、それを地属性の魔術が得意なSランクの魔導戦士(マギカウォリアー)であるヘルクレスが使えば、三倍以上の重力を範囲十数メートルの広範囲にかけることができる。

 

 もちろん効果は敵味方双方に及んでしまうのでこちらの行動にもかなり制限が出るはずなのだが…


「よぉし、これなら(やっこ)さんももう氷を投げらんないだろうぜ。それとお前ならこんくらい平気だろクロノス?」

「そりゃあな。君こそ老体に鞭打ってないか?年寄りは膝が悪いからな。」

「ガッハッハ‼自分の魔術だぞ!?潰されてたまるか‼」


 重力場の中心にいるクロノスと術者の本人であるヘルクレスはいつも通りけろりとしていた。この程度なら彼らには何の影響もない。



 しかし巨体のイエティたちには十分な効果があったようで、彼らは重くなった肉体を支えなんとか踏みとどまっていたが、身動きがとれず足の裏が地面の雪にめり込んでいた。


「もう少し強めておくか…四倍…五倍にしとくぜ‼」

「おい、こっちまで重くなるんだぞ。動けないことは無いが無駄に疲れる。さて…」

「YETIIIIII…‼」

「おぉ、元気だな。それなら君に最初にもらってもらおうかな。」


 ヘルクレスに更に重力をかけられ今度は地面に手を付けるイエティたち。どうやら完全に動くことはできなくなったらしい。


 クロノスはその中でもまだ辛うじて立っていた元気のある一匹のもとへてくてくと歩いていく。やはり味方には影響がなかったのかと思いきや、クロノスが歩くごとに足は地面に深く沈みこんでいるのでやっぱりクロノスにもかなりの重力がかかっているのだろう。



 目的の一匹の前にたどり着いたクロノスは、「どーやるんだっけかな?たしか…こうして、こう…あ違うそうじゃない…」などとぶつくさ呟いて、手のひらを合わせ目を閉じる。そして両手でそれぞれ拳を作ってそのふたつをとんとんとぶつけてから、右の方の拳を開いて掌をイエティの腹部にそっと触れさせた。


「YETII…?」

「…伏衝破。」

「YE…‼」


 手を当てているのに何もしてこないクロノスの行動を理解できないイエティだったが、クロノスが呟いた途端に掌から衝撃波が発生してそれはイエティの体の中へ吸い込まれるように消えていった。


「YE…TI…I…I…‼」


 直後にイエティの体が内から跳ねるように暴れまわり、遂には頭を上に向けて口から滝のように血を吐き出した。続いて体中が内側から盛り上がり血管が破裂してそこからも血が噴き出してくる。


「………‼」


 体中で暴れる謎の力にイエティはもはや抵抗などできない。走る衝撃がやっと収まると全身からの出血もなくなりそいつは動かなくなってしまう。そして手がだらんとぶら下がって地面に倒れると同時に消滅した。




「今の…伏破衝か?衝撃を外に漏らさず100パーセント体の内側に送るとかいうやつ。」

「そのようだな。以前クロノスが使っているのを見たことがある。」


 クロノスがイエティに放ったのは伏衝破という特殊な技で、マーナガルフが説明した通り手順を踏んで集中力を高めてから体の一点に力を溜め、そこを対象に接触させる。そしてそこから力を対象に流し伝え内部で力を暴れさせて破壊しつくすという恐ろしい技である。本来なら使うのにかなりの集中を必要とし放つまでに数分はかかる大技なのだが、ほぼノータイムで放てるのはクロノスだからとしかいいようがない。



「前に喰らったのは指名手配されていた罪人だったが、人間相手のあの技はそれはむごかったぞ。なにせ全身の血管から血が噴水のように噴出して体はのたうち回り罪人は死までのいくばくかの時を発狂して過ごす…」

「んなこたぁどうだっていい。だがあの技はたしか普人の昇格とかいうクランの門外不出の秘技だったんじゃあ…あそこの団員でもないのになんでアイツは使えるんだよ?」

「その中の一人に教わったと聞いている。あの男の神髄は秘技秘術の伝承者を(かど)かしてそれを貢がせることだからな。何年か前に我がクランの拠点に入り込んだ時も団員の固有技の八割を盗んでいった。正確には全員自分から教えてしまったのだが…」

学び覚えること(ラーニング)だっけか。マジでバケモンだよなアイツ…」

「そんなこと言ってないでさ二人とも‼ちょっとこっち助けてくんない!?」



「グルルルル…‼」


 シヴァルに呼ばれマーナガルフとディアナがそちらを見ると、シヴァルと氷漬け死体の周りにはいつの間にやら白い体毛のオオカミが何匹も集まって来ていた。


「スノウウルフだよ。なんかこいつらいつの間にかやってきて気づいたら取り囲まれていたんだよ。たすけてーへるぷー。」

「ウルフか…血の匂いを嗅ぎつけてやってきたか。」

「イエティが戦っている間に獲物の横取りしようとしたんじゃねぇの?モンスターにもそういう行動をするのがいるってのは知ってるぜ。だが横取りってのは賢い生き物がすることだ。立派な生存戦略だから卑怯だとは思わねぇ。」

「どちらでもいい。どれ、あちらのイエティは二人が頑張っているからな。こちらもいいところを見せなくては…手伝えマーナガルフ。」

「おうよ。植物を喚ねないからって足引っ張るんじゃねぇぞ風紀薔薇(モラル・ローズ)‼オオカミのやわっこい毛皮なら俺様の爪が痛むことはねぇ…イエティちゃんにぶつけられなかった俺様の怒り、代わりにオメェらがもらってくれや‼」

「グルルルル…‼」

「いいから早よ早よ~僕食べられちゃうよ~‼」

「コオォン‼」 

 

 後方からの別のモンスターの奇襲へはマーナガルフとディアナが対応することになったようだ。


 前ではイエティ。後ろにはスノウウルフ。まさに前門の虎後門の狼といったところ…前の方は大猿だが。


 前の方はクロノスとヘルクレスに任せ、氷漬けの死体とそれを溶かすコンコン君。それとついでにシヴァルを守るため、威嚇するスノウウルフへ向かってマーナガルフとディアナは駆けていった。



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