第142話 そして更に迷宮を巡る(クロノス達のパーティーの二十四階層目での出来事)
「あーさぶ…さぶさぶさぶさぶ…‼ブルルルオォォン‼」
そう言って体中を震えさせ、それからオオカミのような咆哮を空へ放つマーナガルフ。しかしその獣の遠吠えに似た怒りの叫びは吹きつける雪風吹にかき消されてしまった。
「あークソ…ぶえぇーっくしょい‼鼻水も何もかも凍っちまいそうだ…さっきから風もビュンビュンうるせぇぜ‼もっと静かに吹けや‼」
マーナガルフはとてもおっきなくしゃみを一回してだらだらと鼻水を垂らしながら吹きすさぶ風に文句を言うが、風からしたらまさにどこ吹く風…そんなの知るかばーかといった具合だろう。当たり前だが何の反応も返してこない。
そんな風に向けて、マーナガルフは一言バカヤロウと叫んだ。
二十三層目を突破したクロノス達のパーティーが次に来た二十四層目のマップ。そこはすべてを凍てつかす吹雪が吹きすさぶ一面の銀世界だった。スタート地点は前の階層に戻る水晶と地上に帰還するための水晶がぽつんとふたつ置いてあるだけであたり一面雪野原。
クロノスが大声を出してそれの跳ね返りを聞いたところ、このマップの端には天高い壁が四方を囲っており、自分達はその中にいるらしいとのこと。今回のマップには限りがありその中でゴールを探すのだろうと、氷点下のこの世界で一行は二十五層目に繋がるゴールを目指し道なき道を歩き続けていた。
「やってらんねぇぜクソが…‼」
「我慢しろマーナガルフ。俺達は一度地上に戻って次の日に別のマップに入りなおすだけの時間は残されていないんだ。」
「それはわかってる。だがよ…よりにもよってなんでこんな一面雪景色なんだよ‼今までにこんなマップ無かったしあるなんて情報屋から一言も聞いたこともなかったぞ!?」
「それはたまたま君と弟分たちが到着しなかっただけだし、たまたま情報も手に入らなかっただけだ。迷宮ダンジョンのマップはなんでもありだからな。無いものを探す方が手間だ。」
「あの情報屋帰ったら覚えとけよ…ん?つーかオメェら寒くないのかよ?」
まったく関係のない情報屋に八つ当たりしてやろうと、マーナガルフは拳を振い空想の中の情報屋をタコ殴りにして意気込んでいたが、そこで彼はあることに気付いた。それは自分と同じく特に厚着でもない服をしている仲間たちが誰も寒いとも一言も言わずにけろりとしていたことだ。クロノス達は自分の頭に降り積もり塊となっていた雪を振り落とす仕草こそするもののそれ以外は平常通り。
「こーんなさっむい場所だぜ。そんなとこ何時間も歩いていたらそろそろ凍傷で耳や鼻のひとつ痛みもなく落ちてもおかしくないってのに…なんでオメェら平気なんだ?」
「…なぁマーナガルフ。逆に聞くがオメェは寒いのか?体が凍り付きそうなほど?どっか凍っちまったのか?」
「…オォン?んなわけないだろうが。これはただのフリに決まってんじゃねぇか。誰が凍傷だコラもう適応した。オメェらがこんくらい平気なバケモンだってのもとうの昔から知ってますよーだ‼」
ヘルクレスに尋ねられマーナガルフは素面に戻って彼を睨みつけていた。さっきまで寒い寒いと震えていたのに今はなんともなさそうだ。そういえば彼がくしゃみのたびに飛ばしていた鼻から垂らしす鼻水も目から流れる涙も今まで何一つ凍っていない。これはいったいどういうことだろうか。
冒険者の能力の評価項目には、敵と戦う戦闘能力だけでなく自然環境への適応力というのもある。冒険者が討伐するモンスターが暮らしている。あるいはクエストの納品物となる珍しい動植物が生息する地は、並みの人間ではたどり着くことすら厳しい過酷な環境であることも多いからだ。もちろんその場にとどまり滞在することはもっと困難である。
標高差の激しい山岳地帯、足元のぬかるむ湿地、毒の植物が生い茂るジャングル、気温五十度を超える砂漠、逆にクロノス達が今いるような氷点下の雪原地帯…いかに武人として優れていてもそのような地である程度の生存ができるような環境への適応力がなければ冒険者としての素質はない。
そして冒険者の頂点であるクロノス達S級ともなればその適応力も並大抵のものではなく、例えば活火山のマグマのプールにダイブしようが、氷の漂う氷点下ぎりぎりの海原を泳ごうがピンピンしている。…らしい。らしいというのはそれらがいずれも自称あるいは他称でそんなところへ行ったのを誰も見たことがないからだ。とにかく、そう例えられるくらいに彼らの環境への適応力の幅が広いことは間違いない。
今彼らが寒さに凍えないでいるのも肉体が外気を察知して体の内から熱のエネルギーをこれでもかと発しているから。もちろんそのためには相当なエネルギーを食物の接種から補わなくてはならないが、それに関してはクロノスがなんでもくんからエネルギーを作り出すための高栄養の保存食を出してみんなに配り、歩き出す前に十分に食していた。そして流れ出る体液が凍らないのも、氷点下でも凍らない不凍成分を体が作りそれを体液に混ぜているから。それらを利用してクロノス達はこのクソ寒い空間を何時間も平気で歩き続けていられると言うわけだ。現に今の彼らはこの雪道を特別な装備をしているわけでもないのに何時間も普通に歩いている。
「寒さへの工夫は君もできるはずだ。できるからこそSランクに昇級できたんだろうし。昇格試験だとか言われて呼び出されて崖下に突き落とされたことなかったのか?」
「そりゃあできるがよ…凍らないってだけでそれでも寒いもんは寒いんだよ。感覚は普通の人間と同じだからな。」
「感覚だけで実際になんともないなら気にすることないだろ。こんなの少し冷え込むくらいだ。俺だって最初は寒かったがもう慣れた。むしろこれでもかと滾る体の熱と相殺して気持ちいくらいだ。」
「そうだぞマーナガルフ。心頭滅却すれば火もまた涼し…同時に氷もまた温いということだ。」
「あはは。僕はもっと冷たい体の友達を扱うこともあるし彼らが住まう極寒の地に遊びに行くこともあるからね。こんなん準備するほどでもないよ。マー君は感覚をもっと鈍感にするといいんじゃない。」
「勘弁してくれ…Sランになって一年の若輩をいじめんなよ。」
「できないのー?オオカミの癖して。やーいマー君Sランの面汚しー‼」
「ガキみたいなこと言ってんなアホシヴァル。お前らはわかったがそれにしたって…さすがにヘルクレスのジジイの上半身裸は寒いどころじゃすまないはずだがな。」
そう言ってマーナガルフはクロノスやディアナやシヴァルと同じく何食わぬ顔で歩くヘルクレスを睨みつける。ヘルクレスだけは相変わらず上半身は背中に戦斧を固定するためのベルトを巻いただけのほぼ半裸だった。
「ガッハッハ‼儂は毎朝タオルで寒風摩擦しているからな‼こんな冷風むしろ涼しくて気持ちいいくらいだ‼」
「元気だな…こいつは絶対長生きする。俺様が死んだ後でもぴんぴんしてそうだぜ。」
「縁起でもないこと言うなレッドウルフよ。だがまぁ元気ではいてやるさ。ガッハッハ‼」
ヘルクレスは歩きながらポージングをとって隆々な筋骨を見せつける。うんざりした様子のマーナガルフはそれを無視して舌打ちをひとつした。
「あたりは寒いし風は当たると寒いしジジイは見ていて寒いし…寒いのリンチでなんかもう帰りたくなってきた。どうせ俺様はコストロッターのお嬢の風邪が治ったからエリクシールなんざ必要ないし迷宮ダンジョンに挑むこともないんだ。金目の物を見過ごすのはもったいない気もするがここらでおさらば…」
「させると思うか?ルーシェの目を治すまではこき使ってやるからな。」
「…そうだった。なんであのとき俺様は雑魚っちゃんのガキ女の目を斬っちまったかな…おかげで今の俺様が風紀薔薇にこき使われて大迷惑だ。」
「人とは過去から未来に一過性を持っている。過去の己の業は今の己に引き継がれていると自覚しろ。」
「へいへい。わかりましたから説教は勘弁してくれ。冷えた耳に障る…」
冗談で帰ると呟いたマーナガルフはディアナに鋭い眼光を向けられてレイピアを突き付けられ、己の過去にしでかしたことを割と本気で後悔してもう一度舌打ちをしていた。
「再三に言うが諦めろマーナガルフ。このマップを抜けるまでの辛抱だ。」
「そういうことにしておくぜクロノス。あーあ、それにしてもこのマップどう考えても踏破させる気ないだろ神サマ。俺ら以外でここを通り抜けられるのなんて…おっ、人間発見…案外いるもんだな。おおい‼」
手を頭の後ろに組んで退屈そうに歩いていたマーナガルフは前方に五つの人の影を見つけた。他にも頑張っている見上げた根性の挑戦者もいたものだと前へ走っていき彼らに追いつき、声を掛けたのだが…
「へへっ、よぉ兄弟。お互い寒い中大変だな。」
「…」
「なんだよ?寒すぎてお喋りもしたくないってか?冷たいこと言うなよ…って、今のはギャグじゃねぇぜ。ギャハハ‼」
「…」
「おいおいこれでもだんまりかよ。せっかく会えたんだからもっと友好的に…って、なんだこりゃあ!?」
寒いのを紛らわすためか珍しく友好的に接していたマーナガルフだったが、相手がなんの反応も返してこないため軽く小突いてみる。しかしそれでも相手は微動だにせず、さすがにおかしいと思ったマーナガルフが彼らをよく見てみるとあることに気付いたのだ。
「こいつら…全員凍ってるぞ‼凍って死んでやがる…‼」
そう、その人間達は、五人全員が体を半透明の氷に包まれ動かなくなっていた。彼はずっと氷の彫像と化した氷漬けの死体に話しかけていたのだ。
「わぁ、見事にカチンコチンだねぇ。これだと板に釘が打てそうだ。」
「どうやってこいつらを持つんだよ。それとも釘の先をこっちに向けて板の方を叩くのか?」
「マー君なら持てるんじゃない?ちょっとやって見せてよ。」
「んなこと言ってる場合か。」
死体に出会っても踏んだ場数か誰も臆することはなかった。そしてどこからか板と釘をそれぞれ取り出してやってみろと言ってくるシヴァルを小突いてから、クロノスは五人の氷漬け死体の確認を行った。
「…歩行の仕草があるな。歩きながら少しづつ弱っていって知らぬうちに凍ったんだろう。眠るように凍っただろうから苦しまず逝けたのならせめてもの救いか。」
「まぁこの寒さだ。このマップのためだけにマトモな防寒装備なんて用意してないだろうし…すぐにゴールまでたどり着けばいいと急行軍で歩いてそのまま凍ってしまったんだな。…足が地面にくっついてるぞ。」
ヘルクレスが巨体を活かして死体の一つを持ち上げてみようとしたが、足の裏が地面にくっついており無理やり持ち上げると割れてしまいそうなのであきらめた。
「…氷漬け死体というものを私は初めて見たのだが、このように氷に包まれたようになるのだな。本で読んだ内容だと、凍死死体は体の水分が飛びミイラのようになるから氷は張り付かないとあったのだが…そんなことはどうでもいいか。みたところ冒険者のようだ…女もいるな。リーダーが無能で帰還の判断を誤ったのだろう。可哀そうに…せめて許可証を回収しておいて地上に帰ったらギルドに死亡を伝えておこう。」
五人の中に女性の姿を見つけたディアナは同じ女性として身の上を憐れみ祈りの仕草をしてから、彼女達の体中を触って冒険者の許可証を探そうとしたが、全身くまなく半透明の氷に包まれていて衣服に触れることすら敵わずライセンスを探すどころではなかった。
「…無理か。無理やり氷を砕こうとすれば中の体も砕けてしまうかもしれない。死人に鞭を打つような真似はしたくはないな…できれば綺麗な身で葬ってやりたい。クロノス、貴様はたしか炎の魔術が使えたな?それで少しづつ溶かせないか?」
「無理だな。この寒さと風じゃあ炎魔術で少しづつ溶かしてもそこからまた凍ってしまう。やるにしてもここに小屋を建てるか雪で雪洞を作ってその中でやらないと…」
クロノスは炎属性の魔術をいくつか使える。少し前まではそのほとんどをすっかりと忘れてしまっていたが、ナナミやミツユースで知り合いになった魔術師の冒険者の魔術の特訓になんとなくつきあっているうちに、多くを思い出していた。
しかしそれらはせいぜいが中級くらいの低い威力のものばかりで、この寒風の中熱を維持するだけの力はない。上手く使うためには熱を外へ逃がさないように風を遮る建物を作らなくてはならない。だが道具もないなかでそんなことするのも手間だし、だいたい道を急ぐ自分達にそんな時間は許されない。
「いくらできないことをできるのが俺達といってもそこまでの時間も建物も彼らに作ってやることはできない。死人をこのままにしておくのが可哀そうというのにはいたく同情をさせてもらうがな。」
「そうか…」
「可哀そうだがこうなる結果もまた冒険者の運命の尽きのひとつさ。俺達にできるのはこれを教訓に同じような結果になる同業者が出ないように伝えていくことさ。」
「…」
クロノスは五体の氷人形を放っておいて先に行こうとしたがディアナは脚を動かそうとせず、その中の気にかけていた女の冒険者から目をそらそうとしなかった。
「おいディアナ。」
「…あぁ。」
「(はぁ…悪い癖が出た。ディアナは同じ女の冒険者には厳しい態度を取りつつもかなり甘い可愛い女だ…これは情が湧いたな。後で後悔されて探索に支障が出ても嫌だし憂いは絶っておくか。)…おいシヴァル。」
「なんだいクロノス?そんな氷漬け死体なんて放っておいて早く先へ行こうよ。僕たちには時間がないんじゃなかったの?」
仕方ない女だとクロノスは呟いて、反面に同業者の死体に何の気もかけず誰よりも早くこの場を去ろうとしていた無関心で薄情な男であるシヴァルに話しかける。
「予定変更だ。レディに不機嫌になられてもいやだからこいつらのライセンスだけでも回収するぞ。どうせこの氷をこの吹雪の中で溶かせるような都合のいいモンスターを何か連れてきているだろ?」
「ん?まぁいるよ。メンバーはバランスよくどんな状況にもそれで対応可能が僕のポリシーだもの。こんな寒い場所でも活躍できるのだってもちろんいるぜ。」
シヴァルがブラック君たちを入れているのと同じ透明なガラス細工のような魔道具を取り出してクロノスへずいと近づけた。そこからはかなりの熱気が伝わってきており、中のモンスターはそれなりの力を持つ炎属性のモンスターだろうと推測できる。
「ブラック君とスパスパ君とストーン君は寒さには弱いんだ。だからこういった寒いマップに出た時のためにヒートなハートを持った友だちを一匹連れてきていたのさ。氷には炎って相場が決まっているよね。」
「そいつでその氷漬けも溶かせるだろ。ちょっとやってくれ。」
「…まったく、クロノスは女の人に甘いねぇ。そんなんでいつか悪い女に騙されても知らないよ。」
「いいから早よ早よ。」
「しょうがないなぁ…それっ、出てこい。」
やれやれと言いながらもクロノスに従い氷を溶かすことにしたシヴァル。彼は魔道具を空に向かって投げて中のモンスターを呼び出した。
「…コオォン‼」
魔道具から出てきたのは、めらめらと炎を滾らせる尻尾が五本に別れた真っ赤な狐だった。そいつが出てくるととたんにその周囲が少し暖かくなる。
「なんだこいつは?シヴァルが出したのか?」
「あぁ。わがまま姫のために氷を溶かして死体を取り出してやる。」
「…すまない。」
「へぇなかなかあったかそうな…あっちゃ‼こんな距離でもすごい熱いぞ。なんだこのキツネ!?」
マーナガルフがキツネに近づくとものすごい熱量を感じて後ろに飛び退いた。額には汗が浮かんでおりこの寒さのなかキツネの体温が相当な熱さであったと見える。
「こいつは「キュービフォックス」だよ。活火山の峰に棲んでいて幼体は火山から炎の魔力を吸って育つんだ。実はとんでもない食いしん坊でね、並の大きさの火山ならこいつの幼体が十匹いれば半年で休火山になるくらいに貪欲に魔力を食べるんだよ。体温は大人になるにつれて上昇するんだけどこいつでも二百度くらいあるよ。あぁ、キュービってのは文字通り九本のしっぽのことで幼体は成長するたびにしっぽが分かれて行って完全な大人になると九本になるんだ。つまりこいつは子供と大人の中間くらいってことだね。」
「…なぁ、たしかこいつ飼育禁止のモンスターだったよな。大人になると狂暴になるからって。」
「そうだよ。だから街では一度も出さなかったんだ。いやー魔砕の戦士の目をかいくぐってここまで育てるのに苦労したよ。あいつら危ないモンスターは持ち主が誰であろうとお構いなしに討伐しようとするからね。だから秘密にしといてね。」
「子は親に守られているから連れてくるのは生半可な覚悟じゃできないはずなんだが…」
「たしかにこいつを連れてくるとき親におっかけまわされたね。逃げ回ってるうちに麓の村が三つ焼け野原にされちゃったぜ。おっかけてくる親の体温で衣服が焦げはじめたときにはさすがに僕も死ぬかと思ったよ。なんせ大人は溶岩並みに熱いからね…まぁ村人も僕も死人は出なかったし犠牲者が出なかったのならセーフだよね。」
「「「「…」」」
「コオォン‼」
「よしよし…あちゃちゃ…‼」
シヴァルはやはりマトモな手段でこのキツネを手に入れたわけではないらしい。キュービフォックスはシヴァルに体を摺り寄せる。シヴァルはそいつを撫でまわしたが熱さで手を雪に突っ込んで冷やしていた。
「あー熱かった。僕が並みのザコ冒険者だったら手が焼けてなくなってたぜ。」
「コオォン‼」
「この寒いのに元気で何よりだよコンコン君。さて、この熱量なら周囲の冷えに負けずにこの彫像を溶かすことができるだろうね。」
「なら早よやってくれや。このままだと俺らもこいつらの仲間入りだぜ。」
「ちょっとまっててよ。数十分あればすぐに終わる。こっちおいでコンコン君。」
「コン♪」
シヴァルはキュービフォックスを連れて五人が同じくらいの距離になる場所に配置した。
「それじゃあコンコン君よろしく。あまり強くしすぎると肉体が焼けるからすこし抑えてね。」
「コオォン‼」
シヴァルの命を受けたキュービフォックスは天へ可愛らしい雄たけびをあげて力を開放した。すると氷像の表面にうっすらと水滴が現れ少しずつ流れ出したのだ。どうやらうまく溶けているようだ。
「…よしよし。周囲の気温に勝つペースで溶け始めている。この分なら三十分もあれば完全解凍できるよ。」
「そうか。…というわけで氷が溶けるまで少し休憩にするか。」
「クエストの途中なのに足を止めさせてしまうな。わがままを言っているみたいですまない。」
「いいってディアナ。どのみちそろそろ一度休憩して食事を補給しないとだったからな。一度保存食を食べ直しておこう。俺らだってエネルギー源が切れたら氷漬けになりかねない。」
「こんなところで休憩するのかよ!?」
キュービフォックスで寒さはしのげると思ったがマーナガルフにはまだ不満があるようだ。休憩の準備をしようとしたクロノスに抗議してきた。
「いくらあったかくても外側から冷風が来て寒いっつーの。せめて壁のあるところで風を避けようぜ。」
「贅沢な奴め…しかし見ての通り世界一面銀世界…壁になりそうなものなんてないし、そもそもこの氷漬け死体を取り出さないとだから場所を動けないぞ。そこまで壁が欲しいならその辺の雪を集めて固めておけ。」
「それは時間がかかるからって却下しただろうが。…ん?おいあそこ。あそこになんかあるじゃねぇか。」
マーナガルフが指さした先。雪風吹の合間に見えるかどうかというくらいの微妙な距離のそこには、いくつもの白い塊があった。大きさはどれも三メートルくらいあり、たしかにあれなら吹雪を直接浴びなくても済みそうだ。
「なんだあれ?岩が雪で埋もれたのかな。」
「なんだっていいだろ。休むならあれの陰で休もうぜ。あそこなら近いしこれが溶けるのを見張りながら休めるぜ。」
「おいおい。コンコン君は氷を溶かさないとだからここにいなきゃだし僕も指示するために一緒にいないとなんだぞ。僕を凍えさせる気かい?」
「どうせ平気じゃねぇか。解凍係よろしく頼まぁ。」
「…」
「どうしたよヘルクレスのジジイ。お前が一番寒そうだからせめてあれの陰にいろよ。…あぁ。体がデカすぎて陰に入れないのを気にしていたのか?」
「いや、そうじゃなくてよ…」
早くあそこへ行こうと言うマーナガルフに引っかかったような返事をするヘルクレスは、白い塊を大きな指でさした。
「さっきまであんなところに岩の塊なんてあったか?儂はさっきあっちを見ていたがあんなもんなかったぞ?」
「雪の間に隠れて見えなかっただけじゃね?なんせこの吹雪だ。視界もだいぶ潰れるから少し遠いあれに気づかないでも仕方な…んん?」
「どうしたのマー君?」
「あの岩の塊ども…なんかさっきよりも近くに来てないか?」
マーナガルフが驚き、全員が白い塊を見直すと、たしかにさきほどよりも塊はこちらに近づいてきている気がする。それどころか直視している今もじりじりとこちらへ近づいてきている。
「やっぱり見間違いじゃねぇ。あれ動いてるぞ。」
「あの塊…岩なんかじゃない。」
「あぁ。動くということはモンスターだな。」
五人は警戒を最大限にあげて白い塊を睨みつける。その塊は今もどんどんとこちらへ向かってきていた。その速度は先ほどの止まっているのと変わらないような速度とはまるで異なり、こちらが気づいたことで開き直ったかのように速かった。