第14話 冒険者、供に(時間を稼ぎましょう)
暗黒街の通りではミツユースの警備隊とデビルズの下っ端たちとの戦いが激しさを増していた。
「相手は所詮子供。力の上で奴らが我らに勝てる点はない!!日ごろ鍛えた筋肉を今こそ発揮するのだ!!」
戦局はミツユース警備隊捕縛部隊隊長ライザックが指揮する警備隊の面々が有利に展開していた。鍛えられた肉体に喰いを損ねる機会の多い浮浪児たちでは敵うはずもなく、また一人また一人と捕えられ縄で縛られ一か所に集められていく。
「いいぞ!!もっと押してしまえ!!」
「しかしライザック隊長。相手はなにやら混乱している様子。下手に動けばいらぬ怪我を負うかと…」
指揮を奮うライザックに中隊長の一人が意見した。デビルズの子供たちは目があらぬ方向を向いており足取りもおぼろげで、時々訳の分からぬことを口走っている。不気味を通り越してもはや哀れに見える子供に中隊長は同情した。
「おそらく薬か何かをやっているな。先日倉庫街にある裏組織の違法薬物の類がごっそり盗まれたと報告があったからな。本来は猛獣を興奮させて見世物にするための物らしい。まったく仲間に使うとはデビルズの幹部とはどのような屑なのか…」
そう言ったライザックに向かって警備隊の包囲網を突破した、血走った眼の少年が一人ナイフの刃を向けて走ってきた。ライザックが中隊長に視線を向けたことで隙ができたと思ったのだろう。
「ギャッハヒヒヒ!!」
「むぅん…捕縛業「刃外し」!!」
ライザックは向かってきた少年の刃先が自分に突き刺さるかと言った瞬間、手刀で少年の手首を叩く。痛みに悶えた少年はしびれる手で持てないナイフをその場に落とし、手首を抑えて唸る。
「そして捕縛業…「息落とし」!!」
ライザックは動けない少年の背後に素早く回り込み、鍛え上げられた腕で少年の首を力強く絞めた。
「グッ…!!ガァ…ア!!」
苦しさに悶えながらも少年は抵抗を試みて自分を絞めるライザックの腕に思い切り噛みつこうと試みる、しかしライザックの鋼の装甲のような腕から逃げ切れるはずもなく、皮膚までは到達しない、噛もうともがき唇から血が出始めたところで頭に酸素が回らなくなり、小年は気を失った。
「かわいそうに。数多の犯罪に加担していたとはいえ、まだ年端もいかない子供を捕えねばならんとはな。」
ライザックは少年の脈を確認し、命に害はないことを調べ安心すると少年を後ろに控える兵士に引き渡した。
「まったく、捕縛業も確実に安全とは言えなんだ。呼吸が間に合わずに命を落としたり目覚めても後の障害に苦しむこともあるのだ。」
「隊長殿!!サーベルの抜刀許可を願い出ます!!やつらも刃物や飛び道具の類を使っています。このままでは我々の中にも犠牲者が…」
「ならん!!」
駆けつけた別の中隊長の申し出を、ライザックは一喝して即断した。
「犯罪者とはいえ相手はまだ子供!!こちらが本気を出せば軽い命なぞ簡単に消し飛ぶ。いかに避けられぬ罰を待つ身とはいえ、裁判を受ける権利くらいあるわ。そのくらい体で受け止めよ!!まったく、何のために普段から地獄のような…いや、地獄そのものの特訓を受けさせていると思っておるのだ!!それにだ…」
正義感が強くたとえ犯罪者にも公平な権利をと普段言う頭の硬い男。ライザックは続ける。
「暗黒通りの監視員との密約を忘れたのか?これだけの力を持つ我らが抜刀すれば、必ず裏で勘繰る輩が出る。だからデビルズの捕縛は、己の肉体と申し訳程度の警棒。そして罪人を縛る縄だけにせよと。もし破れば、どうなるか…」
ライザックは年にしてはたるんだ腹の1つもない鍛え上げられた体を両腕で包み、気持ち悪く身震いした。そのそぶりを見ていた中隊長二人は、内心気持ち悪いんだよ筋肉ハゲ親父!!と感じて苦虫を噛んだような顔をする。たが、すぐに表情をまじめな物へ戻した。もし顔に出したことが知れたら明日以降の訓練を2倍にされてしまうだろう。しかも食事の量も倍にされて。飯抜きでは効率が悪いだろうとライザックは普段から警備兵達に過剰な食事を強いていたが、警備兵達からすれば厳しい訓練の途中で食べた物を吐きだす方が辛く、いっそ飯抜きにされた方がマシだとさえ思っていたのだ。そういえば隊長の奥方は冒険者ギルドに併設している食堂の女将をやっているのだとか。隊長でこれなのだから厨房を管理する妻は果たしてどれほどの量の料理を一回の食事と言い張り冒険者に提供しているのだろう?中隊長たちはその光景を想像して戦慄した。
「ん?なんだお前達。そんな顔をして…」
「「なんでもございません隊長!!日頃の訓練の成果、一同より一層発揮しまするる!!」」
そう言って中隊長二人は指示を出すべく、各々の展開する部隊へ今の話を伝えるべく足早に駆けていく。その身にまとった筋肉と、それによって増大した体重からは考えられないほどの速度で。その途中で暴れる浮浪児が何人か跳ねられてしまった。
「ぐえ…」
「何だ…あの筋肉ども…」
衝突の衝撃で動けなくなった浮浪児が、捕縛係に捕らえられていく。それでいいのだと状況を見守っていたライザックは、自分も頑張らねばと前線に出ようと…したところで足が止まった。
「あやつは…!!」
ライザックの視界に入ったのは一人の男であった。争いに巻き込まれぬようにと逃げ出していく裏町の住人達とは反対に、どうやら騒動の中心に飛び込んでいくようだ。男の正体をライザックは知っていた。そして頭に作ったいくつもの太い血管でできた青筋を指で押し戻して、飛び跳ねるように男へと向かっていく。
「うおらー!!てめ、クロノス!!」
「まったく、どいつもこいつも聞き出す前にすぐ気絶しやがって。これじゃあアジトの場所もわからな…ん?あ、ライザックのおっさん!?」
ライザックの大声に気付いた男、クロノスは驚きの声でライザックを迎える。そしてクロノスの懐に飛び込んだライザックはクロノスの服の襟を掴み、クロノスが逃げる間もなく彼を地面の石畳。暗黒通りの恐ろしさ故に修理工も訪れず禿げた地面が露出するそこに頭から思い切り叩きつけた!!
「どうだ!?上級捕縛術「鎧潰し」!!投げる力に相手の体重を重ね、その勢いで武装を突き抜け咎人の臓物を潰す大技の味は!!」
大きな音を立て地面に頭をめり込ませるクロノス。衝撃からそこらで戦う警備兵と浮浪児も驚き、いきなりの惨状に動きが止まる。これだけの攻撃。並の人間なら生きてはいないだろう。しかしクロノスは掌を地面に立て、頭を引っ張り出すと、何事もなかったように土ぼこりを取払う。
「おまっ!!…いや、君っ!!超極悪犯罪者にしか使用が許可されていない上級捕縛術をこんな純粋な悪意の欠片もない一般市民に使ってるんじゃねぇよ!?まったく、並の人間なら今頃生命と死の女神の袂までたどり着いて、女神と一緒に転生先を思案しているところだったぜ。」
「ふん、犯罪者予備軍の化け物が言えた口か。」
何事もないように振舞うクロノスとそれが当然であるかのような口ぶりのライザック。二人の会話を口をポカンと開けて呆然と聞く両陣営だったが、クロノスの「あ、どうぞ続けて。」という声に我を取り戻し戦いを再開した。
「地面へのめり込みはヴェラの回し蹴りで馴れてるんだよ。君、他の冒険者にやったら豚箱行きだぞ?主に殺人罪で。」
「ふん。そんなこと百も承知だ。我はギルド職員のように器用ではないからな。」
「ホント不思議だよなー。なんであれだけ派手にあちこち叩きつけられているのに死者の一人も出ないんだろ?…というか、何の用だ。」
「知れたこと。野次馬に灸を据えただけだ。おおかた騒ぎを聞きつけ、どさくさに紛れ込んだのだろう。」
ライザックはクロノスを地面にたたきつけたことに詫びを入れることもなく、クロノスを睨み付けた。大抵の犯罪者は睨まれただけで恐れをなし、尋問であれば知っていることの全てを吐き出して気を失うと言われる「鬼の眼光」と呼ばれるそれを、クロノスは平気な顔で見ていた。というか「このおっさん右の鼻穴から鼻毛出ているなー。両方からたくさんならいっそワイルドでかっこいいのに片っぽから一本とか超ダゼェ。出かける前に鏡見とけよ。ガサツな男共であふれる詰め所でも1つくらいあんだろ。」とライザックの顔をまじまじと観察して考えていた。
「そんなことないぜ。俺は監視員にきちんと許可を貰って入ってきましたー。」
「何?嘘を付け。お前が暗黒通りに入れないことは知っているぞ?嘘ならもっとましな…」
「嘘じゃないさ。監視員のジムってやつ。ジム・イーガランド。知ってるだろ?本人に聞いてみろよ?まだ倉庫の屋根でいじけているかもだけど。」
「破道爆斧のジムか…!!冒険者の伝手を頼ったか。」
卑しいやつめ。ライザックはそういって、部下に変な癖が流行るといけないからと滅多に吐かない唾を、クロノスの顔目掛けて吐いた。クロノスは慌てて避けるが、唾は止まらずそのままクロノスの後ろで戦っていた浮浪児の鼻元にかかる。浮浪児は一瞬鼻に付いた何かに気を盗られてしまい、戦っていた警備兵のタックルを受けて気絶した。
「うわっ汚いじゃねえか!!」
「お前たち冒険者の腐れねじまがった魂と比べれば遥かに高潔だから安心しろ。」
クロノスは抗議したが、ライザックは謝りもしない。それもいつものことだった。
ライザックは冒険者が嫌いだ。危険や事件に冒険心が疼くと言って突っ込んでいくし、突っ込んだ挙句に命を落とす。欲深く粗暴で規律も統率もなく各々が勝手バラバラ。こんな奴らでも都市内に住まいを持てば、一般市民として我らが守る対象なのかと。
「(これがただの野次馬根性溢れる一般人ならば関係ない。それだけならばどんなに自分勝手だろうと、我らが守るべき愛すべき人民の一人一人であるのだから。しかしそれだけで済まないから我はこいつらの事が嫌いなのだ!!)」
ライザックが冒険者を嫌いな本当の理由。それは冒険者が単純に強いことである。冒険者になりたてのF級やそれに毛が生えた程度のD級などはまあいい。しかしC級レベルになれば一国の兵卒と互角かそれ以上に強く、ランクを上げていくにつれてその力はどんどん強まりA級ともなれば自分たち一都市の警備兵如きに個人で勝てる者は一人もいないだろう。例えそれが警備隊捕縛部隊長として一日に十数時間の体を鍛えるための厳しい特訓を続け、それに見合った実力と肉体を持つライザックであってもだ。
「(我は悔しいのだ。あっさりとお尋ね者を捕まえるその実力が。我の今までの努力を否定されたようで!!)」
筋肉だらけの肉体に似合わない賢い頭でライザックは理解していた。野蛮とはいえ冒険者も己と同じく一般市民をモンスターや犯罪者の脅威から守り、共に戦ってくれる同志だと。しかしこれまでに鍛えた筋肉という筋肉が彼らを拒む。己のこれまでの努力は何だったのかと。奴らは禁忌の呪法で肉体を改造しているのに違いない!!正直羨ましい!!なれるなら今からでもミツユース警備隊捕縛部隊長の任を辞して冒険者となり、秘密の肉体改造でこの自慢の筋肉を更なるウハウハウホウホムッキムキボディに仕上げたいと!!でもそんなことしたら上さんに怒られてケツを蹴りあげられるに決まっている。コワイ!!ライザックが冒険者を嫌う一番の理由。それは自分よりも強いことへの嫉妬だった。
「だから我は冒険者が嫌いなのだ!!特にA級以上の秘密の肉体改造法を知っているに違いない奴らはな!!」
「いやなんのことだよ!?俺たちだって努力しているさ!!見えないところで頑張ってるっつーの!!」
「うるさい!!今日こそお前を絞め上げて冒険者の異常な肉体の強さの秘密を聞き出し、我の今後の人生をまだ見ぬ更なる筋肉で豊かにしてくれるわ!!」
「隊長!!ライザック隊長!!」
再びクロノスに襲いかかろうとしたライザックだったが、駆けつけた警備兵に呼びかけられそちらを振り向いた。
「前線部隊から報告であります!!」
「何の用だ!?今忙しいから後にしてくれ!!今は我の大切なセカンドマスケーションライフの第一歩を…」
「隊長こそ何をおっしゃっているのですか!?暗黒通りのデビルズメンバー捕縛は本作戦の第一優先任務でありましょう!!遊んでいる場合ですか!?」
「チッ…クロノスよ。命拾いしたな。」
「なんだかよくわからんが助かった…のか?」
どうやらこの兵士は常識人であるようだった。立場を物ともせず、ライザックを叱りつけてクロノスへの興味を失わせたうえで、報告を続ける。
「暗黒通り中で戦うデビルズのメンバーの生き残りが次々と一か所に集まっております。」
「何!?どこへ向かっているのだ!?」
「推測するに、奴らがアジトにしている数年前に抗争で殺害されたファーレン氏の屋敷だと思われます。正気を保ったものだけに声を掛けながらどんどんと大きな塊になっているようです。その中にデビルズの頭を勤める男のステューデンがいるのも確認済みとのこと。幹部達は捕えたローヴァ以外どこにいるかは定かではありませんが、おそらく先行して屋敷へ向かった物かと。」
「そうか。奴らめ勝ち目がないと籠城する算段だな…デビルズの奴ら少しは頭が回るようだ。」
兵士の報告にライザックは眉をひそめた。デビルズがただ自分たちのアジトに立てこもるだけなら何も問題はない。我らの鍛え上げた筋肉パワーで全て壊せば問題ないからだ。問題があるとするならば彼らがアジトにしているのが裏の人間とはいえミツユースの一市民。それも名高いファーレン氏の屋敷であることか。
ファーレン氏は裏社会の人間に似合わず心優しい人物であった。そのためあちこちの困っている人々に報酬を顧みない善行を施すことをいとわず、とある裏組織の大幹部の立場を活かして堅気に手を挙げる筋者を締め上げ、顔は四角くごついが心は慈悲の女神よりも丸くて暖かい男だと言う者もいた。本人は感謝されるのを嫌がり防犯アドバイザーの仕事のうちと言っていたが、その防犯アドバイザーの仕事ですら無償の施しであったことをみんな知っている。結局それらの好意が裏の人間から顰蹙を買い抗争の際に真っ先に殺されてしまったのだが。彼の死後も彼の事を慕う人間は表にも裏にも多い。もしもデビルズを捕縛するために彼の屋敷を壊せば彼らはどのような行動をとるか。もはやライザックの辞任と屋敷の弁償のための警備隊予算削減だけでは済まないだろう。ライザックよりも上の立場の人間数人の首が飛ぶ。物理的に。
「ふん。普段はファーレン氏の事を嘲笑う連中の癖に、いざとなれば防犯アドバイザーの影に泣きつくか。しかし困ったな。とりあえず散らばった兵を集めて…」
これからを思案して頭の中で作戦立て直すライザックであったが、ふと見ればその眼の先にクロノスが飛び込んできた。
「(そうだ、今はこいつがいた。)」
ライザックは普段己が毎日欠かさず礼拝している筋肉の女神ではなく、ほんの偶に、詰所の休憩時間に警備兵の部下たちと興じるトランプ遊びの前に祈る程度の幸運の女神に、心から感謝した。「幸運の女神よ、感謝する。でも幸運をくれるならカード遊びの時にも少しは与えてほしい。おかげでいつもビリで小遣いを毟り取られてしまう。上さんに小遣いの先払いを無心するたびに締め上げられる我の身にもなって下され」と。ライザックの祈りを遙か彼方の神界で見ていた幸運の女神は、「いやあなたが祈るたび私はいつも心ばかりの幸運を分け与えていますよ?ただあなたが部下のイカサマを毎回見抜けていないだけで…そういうのはどっちかと言えば賭け事の女神の管轄ですので。マイナーですけどちゃんといますから今度からそっちに祈ってください。」などと言っていたが、神託を受ける力の欠片の砂粒程の才能すら持っていないライザックにそれが伝わることは無かった。
「おいクロノス。」
「なんすか?」
祈りを終え、クロノスに声を掛けるライザック。その声は嫌々と言う感じなのはクロノスも感じていたが、面倒になりそうなので素直に聞くことにした。
「お前、ファーレン氏と知り合いだったろう?しかも何やら恩があるとか。屋敷はどれほどまで傷つけて大丈夫だ?」
「あ?何を言って…ああ、そういうことか。」
ライザックの問いの真をクロノスは即座に理解した。つまりこういうことだ。
Q:ファーレン氏の顔に泥を塗ったら、お前は我らをどれほど恨むか。恨まない場合、他のファーレン氏を慕う人々から、お前は我らを助けてくれるか。
ライザックは屋敷を傷つけたら彼を慕う人々はどんな復讐をしてくるのか。それが気になった。なので今目の前にいる、もし恨んで暴れられたら一番最悪な形になるであろうこの頂点の男、S級冒険者のクロノスに聞くことにした。仮にクロノスが怒らなかったら、彼に怒れる人々を宥めてもらえればいいのだ。他の誰にできなくともこの男ならそれができる。なぜならクロノスはS級冒険者だから!!ライザックは普段は大嫌いな、それでも人一倍詳しいその存在に期待を寄せて答えを待った。
「別に。どうでもいいぞ。なんなら派手にぶっ壊してくれ。」
「え…?」
クロノスの口から出てきた意外な答えにライザックは空いた口が塞がらない。反応を見せないライザックを無視してクロノスは話を続けた。
「実はファーレンさんから言われてたんだよね。俺が死んだら屋敷は解体してくれって。自分の娘ならともかく自分の死後に、誰かは分からん裏社会の輩に勝手に住みつかれるのは腹の虫が収まらないんだと。実際に今はデビルズに乗っ取られて奴らのアジトになってるんだろ?ファーレンさんの娘は堅気になって暗黒通りを出て行ったし、俺は暗黒通りに入れないからまぁ伝える義理もないって思ってたんだけど。」
「それは本当か?」
「ホントホント。正式な文書に認めてあるから。監視員のアトライアってやつに聞いてみろよ。君ならミツユースの行政のルートを使えばすぐわかるさ。でもあいつは秘密を守るのが仕事だから、このことを人には吹聴していないはずだ。これを渡せばいい。」
クロノスはそう言って懐から貝殻で作られた凝った装飾を施されたアクセサリーを取り出して、ライザックに投げた。ライザックは大きな手でそれを受け取ると壊さないように無くさないように慎重に丁寧にポケットに仕舞った。
「真偽のほどは定かではないが、とりあえずは信じてやる。礼を言うぞ。」
ライザックは報告に来た兵士に伝令を伝えると、足早にその場を離れた。おそらく今の話の真偽を調べ、それが本当ならば屋敷への強襲を仕掛ける準備のために。
「それでは伝令がありますので自分はこれで!!」
「ちょい待ち。」
「何ですか?要件なら手短にお願いします。」
「いや、すぐに終わる。」
クロノスは急いでその場を離れようとする兵士の肩を掴み、質問をする。
「ファーレンさんの屋敷にデビルズが集まっていると言ったな?」
「はい。確証はありませんが、ほぼ確定かと。その他のアジトや集会所は情報の限り全て抑えておりますので。取りこぼしもありません。」
「なら当然、デビルズの幹部級もそこに集まっているか?」
「先ほども報告した通り頭は群れの中に。姿の見えない幹部は既に屋敷にいるものかと。」
さすがにこれから部隊を整えたのでは全員屋敷の中に入られてしまうでしょうがと、兵士は苦笑気味に答える。
「あの、もう行っても…」
「ああいいぜ。ご丁寧にどうも。伝令よろしく。」
クロノスの冗談交じりの敬礼のポーズに真面目に敬礼を返し兵士は去っていった。会話の内容からクロノスがライザックとタメを張れる同格の偉い立場の人間と勘違いしたのかもしれない。実際はクロノスはミツユースの行政に何も絡んでいないし、一都市の警備隊の隊長など、S級冒険者の足元にも及ばないのだが。
「まぁ俺は人を率いるタイプじゃないからそういうところは素直に尊敬しているつもりだけどな。さて、時間は稼げた。今のうちに屋敷へ行くか。頭と幹部級がいるのなら顔を改めないと…」
長話をようやく終えてクロノスは本来の目的である幹部級の居場所。ファーレン氏の屋敷へと向かう。
ライザックにした話。実はクロノスが即興で作った嘘である。ファーレンの娘は堅気になどなっていないし、なんなら今この瞬間に目的を果たすためどさくさに紛れてファーレン邸に侵入しているかもしれない。それに監視員のアトライアは実在するが、許可文書を持たせた覚えなどない。あのアクセサリーは装飾に秘密の暗号が彫り込まれており、素人には分からないが要約すると「これから暗黒通りで破壊工作するから許してちょーだい」という内容だ。しかし嘘と言っても、屋敷を壊したからと言ってファーレンを慕う者が警備隊に手を出すことにもならない。それはなぜか。
「だってあの屋敷、今は俺の所有物だもん。ファーレンさんを慕っている人は暗黙の了解でファリス以外みんな知ってるし、持ち主がいいって言えば関係ないわな。」
クロノスは一言だけ呟くと、警備隊が突撃する前に急がねばと足早に駆けていくのだった。
クロノスがファーレンに受けた大恩。それはいたってシンプルだった。その内容は「お前が暗黒通りに入ると裏社会のパワーバランスがバカになってヤバいことになるんだお願いお願いしますお願いします俺が死んだら全財産お前にあげるから俺に恩のある奴らにもきちんと言い聞かせるからリリファには内緒にするけど絶対渡すからなんならリリファごとあげるからいらないんなら堅気にして暗黒通りから出してとにかく暗黒街には一生入らないでくれお願いします」と言うものだった。なんだかクロノスが恩義を感じるどころかファーレンが情けなく見える内容だが、S級冒険者であるクロノスに一都市の裏組織の大幹部が取れる手段などこのくらいの物だったのだ。と言う訳で、ちゃっかり大金がリスクなしに入ることになりファーレンに恩を抱かずにはいられなかったクロノスは屋敷に向かって走り続ける。ファーレンの屋敷の中身は、おそらく忍び込んでいるあの子も含めて全部俺の物だと。




