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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
139/163

第139話 そして更に迷宮を巡る(クロノス達のパーティーの二十三階層目での出来事)



--------------------------


種族名:サハギン

基本属性:水

生息地:大陸中の水深の浅い海域に広く分布(一部河川でも確認)

体長:100~150センチメートル(成体)

危険度:D


 海域に棲息する中型のモンスター。地域や生態により細かく種類が分類されているが、本項では主にサハギン種全体の大まかな特徴を記載する。


 魚の体に筋肉質の腕と足が生えた風貌をしている。その足は見た目どおり筋肉が発達しておりそれを使い水から上がって地上を歩くこともできる。水中ではエラ呼吸をするが肺呼吸も可能で地上では体が乾かない限り活動が可能。魚としてのひれや尾も発達しているのでもちろん水中での泳ぎも得意。


 群れ単位で活動しており大きな群れでは数百匹単位になることも。食性は強い肉食性で普段は水中で魚を捕らえて食すが、種類によっては海藻や貝などを食べていることも確認されている。基本的には生きている獲物しか食さず、自分が捕らえたわけでない生き物の死骸は見つけても食べることは無い。

 

 乾燥した陸地では長期間暮らせないうえ生餌しか食べないため飼育が難しく、なにより見た目がやや人を選ぶので魔物使い(モンスターテイマー)には使役獣としてあまり人気が無い。「魔物使い(モンスターテイマー)の冒険者が選ぶ使役獣にしたくないモンスターランキング」において、常に上位をキープしているらしい。


 やや怖めの風貌もあって多くの者は勘違いしているが、ほとんどのサハギン種は大人しい性質で陸地の生物を捕食対象とみなしておらず、人間と出会っても積極的に襲ってくることはない。襲われるのは大抵人間の側から攻撃してきたときやどうしても獲物が獲れず飢餓状態になっているなどの極限的な状況の話である。水辺で遭遇してもなるべく刺激せずやり過ごせば余計な戦闘にはならない。遭遇の機会が多い港街や漁村の住人の間であっても間違った知識が出回っているので、ギルドでは正しい情報を広めていくことに注力したい。


 もし戦闘になった場合、サハギンは敵に三叉槍(さんさやり)を突き刺して仲間と海に引きずり込んで溺死させようとしてくるので、遠距離から弱点である炎、雷、氷属性の魔術や技を飛ばして反撃を行うこと。たまに槍を投合して攻撃してくるのでそれだけ注意。全滅させなくとも何匹か倒した時点で残りは逃げていくので深追いは不要。ただし種類によっては死者を弔う文化があるらしく、死骸を取り戻そうとする行動をとることがあるので、そのときは死骸は海に流して返してあげた方がいいかもしれない。どうせ倒しても高い素材は得られない。


 成体は個体ごとに錆から守るコーティングが施された金属製の三叉槍(さんさやり)を所持しており、それを使って狩りや外敵との戦闘を行う。使用されている金属は地域やサハギンの種類によって異なり鉄、銅、金、銀、いくつかの金属を組み合わせた合金など様々ものが使われているが、群れごとの金属の種類は統一されている。彼らがこの武器をどのようにして製作しているのかは一切不明。この三叉槍(さんさやり)はギルドでも買い取っているが人間が使う武器としては質が低いので金や銀など高価な金属でできていない限り買取価格は低め。


 また、三叉槍(さんさやり)は個体ごとに決まったものを所持しているらしく、実験で一匹のサハギンから三叉槍(さんさやり)を取り上げ他の三叉槍(さんさやり)数十本の中に混ぜてその中から選ばせても、必ず同じ三叉槍(さんさやり)を見つけ出すことに成功している。他にも二匹のサハギンから三叉槍(さんさやり)を取り上げてそれぞれ別の方を返還したところ、拒否反応を起こして投げ捨ててしまっている。なお、二匹を同空間に収めて再実験したところ、拒否反応を起こした後で投げ捨てずにお互い三叉槍(さんさやり)を交換して元の正しい持ち主の元へ戻って来ている。彼らがどのようにして自分の武器と他の武器を見分けているのかは今後の研究課題として大変に興味深く、引き続き実験や調査を重ねていく。


 ギルドのモンスター資料より抜粋

 参考文献「海賊イーギーの海の友達」より抜粋

 参考文献「よわむしサハギン」より抜粋

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「さっきの階のサイクロプスはなかなかの強敵だったな。」

「ギャハハ‼んなわけないだろ‼あんなん俺様の爪の血錆にもなりゃしねぇよ。もっと手ごたえのあるモンスターに来てもらいたいもんだぜ‼」

「今回の我々の目的はモンスターを狩ることではない。余計な戦闘はする必要がないな。」

「ディアナに同意だな。…ん?なんだあいつらは…‼」



 クロノスたちS級パーティーは、一つ目の巨大な鬼のモンスターサイクロプスが何体も歩き回る山岳地帯のマップを抜け、続く二十三層目へと駒を進めていた。



 二十三層目のマップ。そこは空に血のように赤くてまんまるな満月と、地面のところどころから生えている黄色くて尖った謎の結晶のみが唯一の光源の、真っ暗な夜の森の中だった。シヴァルによればこのマップは正しく目的の二十五階層にたどり着くための手順通りに進めている証拠とのこと。


「あってるあってる。…なんだい?信用できないのならついてこなくてもいいんだぜ。アハハ…」

「「「「…」」」」


 そう言ってへらへら笑うシヴァルはなんとも胡散臭かったし、何よりも腹立たしかったのだが、行きたいマップへたどり着く方法を知るのは彼ただ一人だけなのだ。一同はエリクシールとそれを必要とする人のためだと我慢して大人しく言う通りにしていた。



「あぁぁぁぁ…」

「なんだコイツら?オーイこんばんはー?本日はサイアクの夜っすねー‼」

「うぅぅぅぅ…」

「あぁぁぁぁ…」

「おぉぉぉぉ…」

「うぅぅぅぅ…」

「オイコラ。あーうー言ってないでなんか反応しろや。…駄目だこりゃ。こっちの言葉がまるで聞こえちゃいねぇ。」


 そんな一行が枯れ木の森の中で出会ったのは奇声をあげる人間の集団だった。数は十人前後と言ったところで全員が男だ。彼らはみな目の焦点があっておらず衣服もボロボロで、マーナガルフが呼び掛けてもこちらに気づく様子をまったく見せずに一人一人が言葉にならない声でただひたすら呻くだけだけだ。


 普通の人間ならこのような奇怪な光景に出くわせば途端に錯乱しそうなものだが、そこはクロノス達冒険者。まったく怯むこともなく冷静に彼らを観察していた。


「恰好を見るに…コイツら冒険者だよな?」

「おそらくそうだろう。武器とか持っているし。」


 男達の服装は皮鎧や籠手などボロボロであるが確かな武装が見られ、手にはしっかりと剣や斧を持っている。しかし武器は長年手入れされていないようで全部に錆や刃こぼれが目立ち、これでは武器としての機能は期待できなさそうだ。

 

「ダンジョンでくたばった冒険者がアンデッドにでもされたのか?」

「戦場で死体を放っておくとまれにそうなるって聞いたことはあるが、ダンジョンでも同じことになるのか?」

「うーん…その辺はダンジョンごとに違ってくるな。死体を放置しておくと異物としてダンジョンの修復の際に消されてしまうところや、逆に何もされずにただ腐っていくだけってところもある。もちろんマーナガルフの言う様にアンデッドとなってダンジョンに使役されるところもある。迷宮ダンジョンはたしかアンデッドになるパターンだったはずだ。」

「じゃあ決まりだな。こいつらは前にここでくたばった冒険者がアンデッドになったってことだろ。さっさと斬り刻んでやるぜ。」

「ちょっと待ってよマー君。彼らは違うと思うよ。ダンジョン内で死んだ人間がダンジョンの力によってアンデッドになり新たな冒険者を襲うってのはよくあることだけど、肉体はどんどんと腐るからそのうち形を維持できなくなっていきやがて動けないほどになっていつかは朽ちて消える。でも彼らは衣服こそボロボロだけど肉体の方に劣化は見られないね。それにもしアンデッドやゾンビの類なら僕たちがこれだけ近づいていたら気づいて襲ってくるはずだよ。そういった行動は見られないし…」

「んあ?じゃあどういうことだよシヴァルのセンセ。こいつらめちゃくちゃ臭いぞ‼おぇ…‼」


 男達からは男特有の何とも言えない臭いがこれでもかとこちらまで漂ってきており、マーナガルフは思わず鼻をつまんで苦しそうにしていた。


「確かに臭いけどさ。これは死臭ではないよね。そんくらい君ならわかるでしょ。」

「そりゃな。こちとら傭兵だぜ?血と肉の腐った臭いくらい戦場でいくらでも嗅いでる。…だがこれはそんなんじゃなくて、どっちかというと戦をしていないときのはっちゃけた傭兵共が夜の街で遊んで出す臭い…おぇ…」

「結論を言うとね…彼らは死んでないよ。まだ生きている。」


 シヴァルは鼻をつまんでから最も彼らに近づいていき、ばらばらの焦点の男達の視界に向けて手を振ったり拾った石を投げつけて見たりしていたが、相手側にはなんの反応もなくただ同じ呻き声を出すだけだった。ちなみに何があるかわからないとシヴァルも不用意に触ってはいない。


「シヴァルよ。それでは彼らはいったいどうしてしまったのだ?まだ生きているということは助けることは…」

「ストップディアナさん。あなたは近づかない方がいい。」

「…?」


 助かる見込みがあるのなら助けるべきかと男達に近づいて自分も調べようとしたディアナは、シヴァルに引き留められてしまう。


「僕やマー君とかは別に大丈夫だろうけど、あなたは彼らに襲われるかもしれない。」

「彼らはアンデッドの類ではなかったのではないのか?まさかダンジョン内で気が狂っているというのか。たしかにそれなら女の私を襲ってくるかもしれないな。だが私は暴漢ごときに屈するか弱い女ではないぞ。」

「あー僕もそう思うんだけどさ。とにかくディアナさんはそこから動かないでね。…彼ら体は無事っぽいけど精神(こころ)がぶっ壊されているようだね。おそらく精神干渉を行う高度な魔術を扱えるモンスターに操られている。…この状態を見るにあいつかな?みんな、その辺に何か変わったところはないかい?普通とは違う怪しい気配とか…近くに彼らを支配しているモンスターがいるはずだよ。」

「わかった。」


 ディアナをその場にとどめたシヴァルに周囲の異変を探すように指示されてマーナガルフとヘルクレスはきょろきょろとあたりを見渡す。しかし周囲を探っても枯れ木と黄色の水晶が立ち並ぶだけでこれといっておかしな点は見当たらない。



 男達の呻き声を背景音にして怪しい気配を探すこと五分少々。ついぞ何も見つからず、マーナガルフが探索を放棄した。


「だ~やめだやめだ‼なんもいねぇぞ。」

「儂もだ。気配を感じねぇな。」

「おかしいな?ちゃんと探してよね。」

「珍しくマジメにやってるぜ俺様は。だけど俺はモンスターの気配とか探るのは苦手だからな。特定の臭いとかなら辿るのなら得意だがその相手がわからないんじゃあな。」

「儂もだ。獣や人間のなら足あとや痕跡で追えるが特殊なモンスターとなるとちょっと難しい。」

「僕の予想が正しければそのモンスターが近くにいるはずなんだよね…姿を隠しているのかな?あれは気配を隠すのも上手だからこの暗がりでは僕でもそうそう見つけらんないぜ。」


 マーナガルフとヘルクレスは特殊なモンスターの気配には鈍感であるらしく、シヴァルの言うような敵の気配は見つけられなかった。S級冒険者といえど得意不得意はあるのでそこは仕方ない。シヴァルもこのマップ特有の暗闇で目が十全に力を発揮できず苦労していた。


「僕も普段ならモンスターの痕跡を見逃したりはしないんだけどね…このとおり月と結晶くらいじゃ真っ暗で何も見えないから役に立てないな。暗闇を照らす友達を連れていればよかったんだけど今日いる子たちはそういったのできないしなぁ。」

「この階に来てからだいぶ夜目に慣れてきたがそれでもまだ暗いもんは暗いな…カンテラを持ってきているが出そうか?それともディアナに光源になりそうなのを用意してもらって…」

「それはやめてほしいなお爺ちゃん。あんまり明るくしすぎると関係ないモンスターを呼び寄せちゃうかもしれないからね。」

「おっといけねぇ。儂としたことがうっかり…」


 ヘルクレスが自分の腰に下げた大きなカンテラを手に取り明かりを灯そうとしたが、シヴァルがそれを止めた。


 夜の自然で明かりを灯して避けられるのは所詮獣だけの話。こういった暗闇で不用意に急な光源の確保をすると、ときに好奇心の強いモンスターをおびき寄せてしまうことがある。中には強い光や火をまったく恐れない手強い敵もいるので、冒険者の間で暗闇で足元を照らす以上の光の放出はまず周囲の警戒や棲息するモンスターの確認をしてからが絶対だ。そのことを失念していたヘルクレスは慌ててカンテラをしまっていた。


「ハン。そんなにモンスターにビビるこたぁないんじゃねぇの?もし襲ってきても俺らなら返り討ちだろ。」

「油断はよくないぞマーナガルフ。いくら儂らS級冒険者といえど大陸は広くまだわからないことも多い。ダンジョンのモンスターや罠にだって儂らが解決できない毒や呪いがある可能性だってあるんだからな。」

「ジジイが説教かよ。」

「説教じゃねぇ。年寄りとして長年の冒険者やってきた勘と経験からの忠告だ。ランクなんぞ関係なく死ぬときゃ死ぬ。こないだも一人Aランクがクエスト中に死んで話題になったじゃねぇか。」

「ああ…海でクラゲをいじめていたらソイツがとんでもない毒を持ってたとか…」

「それなら僕も聞いたよ。今まで大陸のどこにも見られなかった新種のクラゲだったって。姿が記された資料をガルンド爺さんに見せてもらったけど、あんなクラゲはじめてみたよ。」

「なんつー名前だったっけ?」

「新種だろ?名前なんてないだろうに。」

「いやそれがよぉ…なんかその場に居合わせた冒険者の一人がカツオノナンタラだから絶対に触るなって周囲の仲間に呼びかけていたらしいぜ。」

「なんだ知ってる奴がいたんじゃねぇか。」

「そのクラゲじゃないけどお爺ちゃんの言う通り油断はよくないよね。このマップに来てからまだ一度もモンスターに遭遇していないから、出現するモンスターの種類がわかるまで下手な手を打たず行動は定石をとろうよ。…それでクロノスとディアナさんの方はどう?」

「「…」」

「お、その様子は…‼」


 敵の探知をすっかり諦めて無駄話をしていたシヴァルたちはクロノスとディアナの二人に問いかけたが、二人は目を閉じて黙りこくっていた。その反応を見たシヴァルは色濃い期待を二人に抱く。


「…ディアナ。」

「…ああ。吐息の数がここにいるのよりも一人、いや一匹分多い。貴様はどう思う。」

「右に同じだな。さっきから心の鼓動の音が余分にある。シヴァルの言う通り近くに何かいるぜ。」

「見つけたのかい?さすがはクロノスとディアナさんだ。野蛮で繊細さの欠片もないオオカミと山賊さんとは大違いだね‼」

「んだとコラ‼俺様はお上品じゃ‼」

「ガッハッハ‼言ってくれるわ‼」


 どうやらクロノスとディアナはそれぞれ人の耳に聞こえるか聞こえないかくらいの、わずかな呼吸と心音を聴きとってそれぞれ怪しい気配に気づいていたようで、互いにそれを確かめ合っていた。ついでにシヴァルは大喜びでマーナガルフはきゃんきゃん犬のように吠えヘルクレスはうるさく笑っていた。他のモンスターを騒音でおびき寄せてしまうかもとかまったく気にしていない。


「んで、隠れているのはどこにいるんだよ?俺様が爪でぶった切ってやるから教えな。」

「しっ…‼あそこにいる。動かれちゃたまらんから目を合わせるなよ。」

「あそこって…なんもいねぇじゃねぇか。」

 

 クロノスとディアナがあえてその場所の方を見ないようにして懐で隠した指を使って指示したが、そこはなにもない空中の一点であり、ただ暗闇が広がっているだけだ。


「気配を消したうえで姿も隠してるんだ。普通に見ただけでは何もないように見えるだろうな。…ディアナ。」

「あぁ任せておけ。私が今姿を引きずり出してやろう…そこだ‼」


 クロノスのの呼びかけに頷いたディアナは、懐から投合用のナイフをさっと取り出して目を付けた場所へ向けてそれを勢いよく投げる。


 宙をまっすぐ突き進んだナイフは空中の何もないところで何かに刺さったようにぴたりと制止した。


「止まっただと…!?」

「隠れていた奴に刺さったのだ。そこにいるのはわかっている…出てこい‼それとももう一本欲しいのか欲張り者め。」


 空中で止まったナイフにマーナガルフは驚いていた。そんな彼にナイフが敵に当たったことを伝えたディアナは、ナイフをもう一本取りだしてそこに向けて警告をした。



「…キャハハハハ‼」


 するとそこから女の甲高い笑い声が響いてきて、空中で止まるナイフを中心に空間がゆらゆらと揺らめきだしたのだ。


「空間操作の魔術で隠れていたのか…いや、あれはそうじゃないな。…布?」


 空間が歪んでいたと思っていたクロノスだったが、揺らめいていたものの正体に気付いた。それは暗闇と同じ色の無地の布であり、薄暗いところで揺らめきまるで空間に揺らぎができていたように見えただけだったと言うわけだ。


「布じゃないよ…マントさマント‼キャハハハハ‼隠れていたあたいを見つけるなんてなかなかやるね‼」


 見えづらいが一度見えてしまえば闇に溶け込む布を視界にとらえるのは容易だった。しばらく布を見ていたクロノスに、先ほどと同じ声の女が布をマントであると訂正してからそれを翻して姿を見せた。なおマントに突き刺さったディアナのナイフは相手がマントを翻した際に勢いでぽろりと外れて、今度は落ちた先の地面に突き刺さっていた。


「このモンスターが男達を操っている正体か。」

「人間の言葉をしゃべりやがるのか…?」

「テメェがこの野郎どもをおかしくしている正体か。オラもちっと顔を良く見せな…お!?」


 マントを翻して姿を見せた者にヘルクレスとマーナガルフは武器を取り出して威嚇していたが、次に二人は相手の顔と体をよく見て体が固まってしまった。そしてヘルクレスが喜々として叫ぶ。


「こりゃあ…とんでもねぇ別嬪じゃねぇか‼しかもなんて恰好…‼」



 そうなのだ。その人物は金髪の耳の尖った美しい顔立ちの女性で、マントの中の体はボンテージのきわどい衣装に身を包み…これは包んでいるとは言わない‼上と下の局部を除きあとは革のベルトを巻いて固定しているだけの裸同然のスケスケだ‼なんたる卑猥‼


「おんやぁ?あたいの肉体美に惑わされちゃったのかい坊やたち‼そぉら…ちらり♡」

「「ごくり…」」

「あほか‼モンスター相手に欲情すんなし‼」

「「ぐはぁ‼」」


 金髪の女が空中で脚を組み替えてアピールし、マーナガルフとヘルクレスはそれを見てごくりと生唾を飲みこんむ。そこにクロノスが鉄拳で二人を正気に戻した。


「いつつ…あのモンスターはなんなんだ?そもそもモンスターなのかよ。人間のツラしてるし、なんか一瞬クラっと来たぞ。」

「マー君レベルでも魅了する力…あれはやっぱり僕の思っていた通りの相手だったね。」

「シヴァルよ。あの卑猥な女は本当にモンスターなのか?」


 ディアナが腰のレイピアに手をかけ金髪の尖った耳の女に向け警戒をしつつシヴァルに尋ねた。


「うん。あれは…サキュバスだよ。」

「なんだと!?…サキュバスってあの有名な‼」


 シヴァルが答えたモンスターの名を聞いたマーナガルフは驚愕して再度彼に確認をするが、それでもシヴァルは頷くだけ。どうやら答えに変わりはないらしい。



 サキュバスとは、夢魔と呼ばれることもある美しい人間の女性の容姿を持つモンスターだ。夜中に眠る男の枕元に訪れ淫夢(いんむ)を見せて精力を奪い取る。ときに直接姦淫を行い精力を奪うとされているのは有名な話であり、その辺を説明する必要はないだろう。



「精力を奪う力に優れており並みの体力の男は一晩精力を絞り上げあられると命にかかわるとか。男の浪漫だとか言う野郎もいるが、そいつは浪漫に命をくれてやれる男なんだろうな。」

「性欲を刺激される女の姿に変わるから人によって姿が違って見えるとか言われているけど…どうやら僕たちみんな同じように見えているみたいだからそれはなさそうだね。」

「キャハハハハ‼そっちの坊やはあたいのこと詳しいね‼」

「どうもありがとうお姉さん。どう?僕のお嫁さんにならない?サキュバスのお嫁さんなんてみんなに自慢できるや。」

「ありゃま、口説かれちゃったよ。でもお断り。あんたガリガリであんまり精力なさそーなんだもん。食いでのなさそうな男はキライだよ。」

「そりゃ残念だ。こういうときもう少し鍛えておこうかと思ってしまうね。」


 モンスター好きで理想のモンスターの嫁を探しているシヴァルがサキュバスに求婚を行うが、それはあっさりと躱されてしまう。しかしシヴァルも本気でなかったようで大して残念がってもいなかった。


「求婚している場合かシヴァル。あれは明らかに敵だぞ。」

「でもディアナさん。もしかしたらおっけーってことも無きにしもあらずでしょ?チャンスがあればアタックするのが男ってもんだぜ。」

「君の理論なぞどうでもいいが、喋るモンスターか…おい君‼」


  サキュバスは個体ごとに個性を持つが、獲物が人間であるからだろうか。共通して人の言葉を用いることができる。クロノスは話が通じるならとひとまず対話を試みてみることにした。


「…お、可愛い坊やじゃないか。そっちの厳つい長髪の男やバカでかい爺さんよりも好みだよ。わずかに残る幼さがそそるねぇ‼精力もいっぱいありそーだ‼」

「…そりゃどうも。これでもいい年なんだけど…そんなこと今はいいや。ところでここにいる男連中は君が惑わしているのか?」


 どうやら彼女はこの中でクロノスのことが一番の好みであるらしい。しかしその理由がクロノスの顔が童顔であることに起因するらしく、大人の男を普段自称しているクロノスは少しがっかりした。


 しかし今は自分のことで落ち込んでいる場合ではない。実年齢よりも若く見られたのだとポジティブに捉え直してサキュバスに呻き声をあげる男達を指して質問をすると、彼女は妖艶な笑みを交えて答えてくれた。


「ああそうさ‼あたいはこのダンジョンで生まれて、ここに男が来るたびに幻惑の魔術で精力をいただいて食べていたんだけど、いつも安定してここまで来る奴がいるわけじゃない。だからおなかがすく日も少なくなくてね…そこであたしは思いついたんだ。男を操り捕らえ生かさず殺さずすることでいつでも美味しい食事にありつけるようにすればいいって。いわば家畜だね。キャハハハハ‼」


 美しい顔に似合わずげらげらと語って聞かせるサキュバス。人間を家畜と平然と言うあたり所詮彼女もモンスターということだろう。


「おぉぉぉぉ…」

「おやおや、あたいの声を聞いて欲しくなっちゃったのかい?後でたっぷり相手してあげるからちょっと待ってな。そらこれで溜めてなよ‼」

「おぉぉぉぉ…」


 男たちの中の一人がサキュバスに向っていき腰を振る仕草をしていた。それに気づいたサキュバスはふわふわと彼の元へ舞い降りて、自身の豊満な胸に顔を埋めてやる。すると男は歓喜の声をあげて更に早く腰を振っていた。


「なるほど。こいつらは君に絞り尽くされてもはや性欲以外の感情はなくなっていると。異臭の正体は男のアレか。」

「そういうことさ。最初は挑んて来たんだけど軽くいなして動けなくなったところを魅了の魔術を掛けながら徹底的に搾り取って骨抜きにしてやったのさ。この臭いは人間はオス同士でも臭うらしいけどあたいは大好きさね。おんなじ人間同士だろうに、こーんなおいしそうな臭いの何が嫌なんだか…さて、お終いだよあんた。」

「おぉぉぉぉ…」


 話を終えたサキュバスは自分の大きな胸に顔を埋める男をそこからどかして、まだ満足してないぞとばかりに唸る男の元から再び上空に飛び去った。そしてサキュバスは値踏みするような目でクロノス達を見つめる。


「またこうして美味しそうなオスが四匹も迷い込んできたね。今日は良い日だよ‼」

「そんなにたくさんいるんだしもう十分なんじゃないのか?」

「いやいや…こいつらは魔術で操って生かしながら搾っているけど、やっぱりだんだんと弱ってきているからね。オスは迷い込んでくるたびに確保しておきたいんだよ。だから見逃してあげないよ‼キャハハハハ‼」


 そう語るサキュバスからは、先ほどまではなかった殺気がむんむんとこちらまで伝わって来ていた。彼女はこれまでの冒険者と同じように、クロノス達をいたぶって動けなくしてからゆっくりと操るつもりなのだろう。


「ハッ、正体見せたなクソアマ‼モンスターだっつうんなら遠慮はいらねぇ…全力でやらせてもらうぜ‼」

「そうだなマーナガルフよ。儂らはこんなところでもたもたしてられねぇんだ。さっさとぶっ倒して先に進むぞ‼」

 

 サキュバスが敵であるとはっきりしたことでさっきは悩殺されかけていたマーナガルフとヘルクレスは、今度はサキュバスの色気にやられることなく、むしろ率先して屠ってやろうとばかりに爪と斧を光らせて彼女にお返しの殺気を放っていた。

 

「…」

「おいどうしたクロノス‼テメェまさかイマサラになってあのサキュバスに悩殺されたとかぬかすんじゃないだろうな!?」

「いや、それはない。ビッチは嫌いだ。」


 マーナガルフに発破をかけられたクロノスだったが、決して剣を抜こうとはしない。なぜなら彼は別のことを警戒していたからである。


「(おいシヴァル…こいつ自分がダンジョンで生まれたと言っていた。喋るだけでなくダンジョンモンスターだという自覚があるということだぞ。)」

「(そうだね。そうとう優秀な個体だよ。…頭も実力もね。)」


 クロノスが警戒していたのは、サキュバスが自身はダンジョンのモンスターであると自覚を持っているということだった。



 モンスターの中には人の言葉を理解し使用して人間と会話ができるのもいる。ダンジョンのモンスターにもそういったのが出現することがあり、皆例外なく強力なモンスターだ。


 さらにごくまれに自分がダンジョンによって生み出されたという自覚があるモンスターがおり、その力は先に述べたモンスターよりもずっと強力であるらしい。それなりに実力のある冒険者のパーティーでもあっさり全滅することもある。同時にダンジョンへの忠誠心もあるので戦いになるとなかなか先へ進ませてもらえず、マップ内なら自由に動き回るので時に一つの場所でどっしりと構えて待つ守護者よりも危険な存在だったりするのだ。



「マーナガルフとヘルクレスはやる気満々だが油断しない方がいいな。サキュバスの魅了の力を甘く見ていると俺らS級だって魅入られてしまうかも…」

「ならどうやって戦うのさ?僕らこのとおり男所帯だぜ。」

「それは…」

「ならば話は簡単だクロノス。」

「…ディアナ?」


 空中高くにいるサキュバスから目をそらさずにどのように相手を倒すか考えるクロノスに、都内にいたディアナが話しかけてきた。


「簡単ってどんな策で行く気だ?」

「貴様らが戦う必要はないということだ…私が出れば良い。」

「あ、おい…‼」


 自分が戦うと言ったディアナはつかつかとクロノスの前に出て、それからマーナガルフとヘルクレスすらも抜いてしまい、彼女はとうとう最前線へと躍り出た。


「クロノス…この雌豚は私に任せてもらえないか?男の貴様らでは惑わされてうまく戦えない可能性もある。さっきの階のサイクロプスでは運動不足だったからちょうどいい。」

「…いいだろう。君なら苦労するほどではないだろうし、女であるならサキュバスの魅了も意味がないから適任だ。というわけでマーナガルフとヘルクレスは引け。」

「オォン!?なんでこの女一人に任せなきゃならないんだよ‼」

「…なるほど。ディアナがやるんだな?なら儂は下るとするか。」

「ヘルクレスは話が早くて助かる。マーナガルフ君も下がれ。」

「アン‼どうして下がらにゃ…「下れ」…へいへい。わかりましたよ…‼」


 クロノスがマーナガルフとヘルクレスにそれぞれ下がるように言うと、マーナガルフは反発したがヘルクレスは納得して後方へ戻っていく。マーナガルフもはじめは渋ったがクロノスに威圧されて仕方なく戻った。



「これでいいだろう。それじゃ任せたからな。」

「ああ、任せておけ。たまには私が強くていい女であることを貴様に見せつけねばらなないからな。」

「頼もしいね。危なくなったら入るからな?」

「危なくなったらな。その時がいつくるかはわからないが。」


 ディアナを除いた全員が彼女よりも後ろに下がり、ディアナはクロノスに手を振ってから腰の鞘に納めるレイピアを引き抜いて空のサキュバスへその切っ先を向けた。



「なんだい?おばさんが一人なんのようさ。あたいが用があんのはそっちのオス四匹だよ。あたいはインキュバスじゃないから女に興味ないし、あんたは見逃してあげるからさっさと尻尾巻いて帰んなよ‼」

「それには及ばないし私は普人だから逃げる尻尾はついてないな。サキュバスよ…戦いの前にお前に敬意を払い我が名を名乗るとしよう。私の名はディアナ・クラウン。冒険者クランワルキューレの薔薇翼のクランリーダーをしている冒険者だ。私の手でお前を葬ってやるから覚悟して祈っておけ。…モンスターに祈る神はいたのかな?」

「…キャハハハハ‼あたいの相手をおばさんが一人でしてくれんのかい!?こりゃいいや‼パーティーの紅一点気取ってオス共にケツ振ってりゃイイモンをよぉ‼」


 ディアナがサキュバスに名乗りを上げて一人で倒すと宣言すると、彼女はげらげらと腹を抱えて笑いだす。


「生意気なサキュバスが。私はだらしない男もそうだが、それに進んで媚を売る女も嫌いだ。」

「あーもううっさいなぁ…さっさと這いつくばらせて、あたいのペットたちのおもちゃにしてアヘアヘ喘がせてやる。そしたら次はそっちのオス共だ‼あんたたち仕事の時間だよ‼後でご褒美上げるからあのおばさんをぼこぼこにしちゃいなさい‼」

「うぅぅぅぅ…‼」

「あぁぁぁぁ…‼」

「おぉぉぉぉ…‼」



 笑うのを止めて戦う気になったサキュバスが指を振ると、地上の操られた男達が一瞬びくりと動きを止めてから、一斉にディアナに向かって動き出した。どうやらサキュバスは自分で戦わず男達に戦わせるようだ。



「豚女に惑わされた三流冒険者どもめ…貴様らも一緒に正してやるとしよう。この風紀薔薇(モラル・ローズ)のディアナがな。」



 こちらへ歩くよりもやや速いペースでずるずると迫る男達に、ディアナは臆することなくレイピアの先を向け、自らの二つ名を宣言したのだった。





現実の多忙と執筆中の読み切りにリソースを割いているのでこちらの執筆と投稿のペースが遅くなっています。ご容赦ください。

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