第138話 そして更に迷宮を巡る(ナナミ達のパーティーの九階層目での出来事)
「早い時間から並んでてよかったね。」
「そうだね。おかげでさっさとダンジョンに入れてよかったよ。もし後ろの方にいたら今頃まだ並び続けていたかもしれないよね。」
水平線の先まで海が広がり、そこから波がざざぁと押し寄せては引き返す…そんなどこかの海岸地帯の浜辺のような穏やかな光景のマップを歩きながら不意にそんなことを呟くのは、クロノスの仲間の冒険者少女ナナミだった。彼女の発言にアレンが同意して波が引いた後の濡れた砂地を踏みしめて歩く。
「それにしても海まであるなんてホント迷宮ダンジョンのマップってバリエーション広いわよね。でも海なら洞窟や迷路みたいな鬱屈したとこじゃないから歩いていても飽きないわ。」
「でもそのせいでマップごとに出てくるモンスターは違うし歩き方も変えなきゃだから、その分手間になってるよ。おんなじようなマップの方が同じ歩き方ができて楽だと思うね。」
「クロノスさん達はどんなマップに出てるのかな?面倒なとこじゃないといいけど…おっと。」
少し強い波が足元まできたので陸側へ飛んでそれを避けたナナミは、自分達よりも遥かに高難易度である二十五階層にいるクランのリーダーの心配をしていた。
クロノス達S級の共闘組がダンジョンに入ったのと同じくらいの時間に、ナナミ達も中央広場ではない街の中の別の場所にあるゲートからダンジョン内に入っていた。目的はクロノスの方と同じくエリクシールの見つかったというマップに挑戦するためである。ただしナナミ達が向かっていたのはトーンとグロットが見つけた十層目の方だ。
これはクロノスからの指示であり、彼曰く「いくら俺でも二か所同時には存在できないからそっちは任せた」とのこと。クランリーダーに頼られ自分達だけでやるミッションを与えられメンバーはそこそこやる気にはなっていた。
一同は十層目に挑戦するために、まずはシヴァルが教えてくれた条件で九層目から攻略を開始した。トーンとグロットがたどり着いたエリクシールのある十層目のマップは、いきなりゲートから十層目に入ったところでどうやっても出ることができないマップらしい。
「イゾルデさんは本来ついてこないのが普通だからいないことに文句言えないし言うつもりもないけど、クロノスさんがいないのはかなりの戦力ダウンかも。…あ、そうだ。しるしるくん出てきて。」
ナナミが短杖をホルダーから外すとそこから使役魔導獣のしるしるくんがもにゅんと出てきた。
「オヨビデスカナナミサマ。」
「うん。今から魔術使うからこのブレスレットで魔術に何か変化があったのか見て。」
「カシコマリマシタ。ケイソクヲオコナイマスノデナニカホノオノマジュツツカッテイタダケマスカ?」
「はいはーい。それじゃ…ファイアボール‼」
ナナミは彼(?)に腕に填めている以前購入した赤色のブレスレットの性能を確かめてもらうために適当な魔術を繰り出し、海の向こうへ飛ばす。着水した火球は周囲の海水を少し蒸発させて掻き消えた。
「わ!?ナナミ姉ちゃんいきなりどうしたのさ?」
「驚かしてごめんねアレン君。ちょっと買った装備品の効果のほどを確かめたくてね…じゃあ今度は外してと…ファイアボール‼」
驚いたアレンに謝ってからナナミはブレスレットを外して、もう一発火球を海の同じ所へ飛ばして同じように着水させた。
「しるしるくんどう?」
「…ケイソクカンリョウ。ドウヤラホノオゾクセイノマジュツノマリョクショウヒガ、ヘイキンデ0.4パーセントケイゲンサレルヨウデスネ。ホカノホノオゾクセイマジュツデモ、オナジコウリツリョウダトスイソクサレマス。」
「げ、そんだけ…しかも威力が上がるとかじゃないのね。」
「マドウグデモナイシハンヒンデアレバ、ソノテイドデモリョウヒントイエルデショウ。ソレトイリョクニヘンカガアレバ、コントロールシヅライノデハ?」
「それもそうか。0.4パーセントだって百回使えば40%も減ると考えれば何もないよりはマシよね。見てくれてありがとしるしるくん。戻っていてね。」
「シツレイシマス…」
しるしるくんの計測結果にはじめはがっかりするナナミだったが、彼(?)に補足をされて気を持ち直す。そして礼を言うとしるしるくんはまたもにゅんと杖の先に消えていった。使役魔導獣は出しているだけでも持ち主の魔力を消費し続けるので必要のないときはしまっておかねばならない。これが魔力の温存が重要なダンジョン内であればなおさらである。
「さてと、私の効率の方はしるしるくんに証明してもらえたからあとはモンスターと遭遇したらみんなの戦いの連携を確認しないと。でもこのメンバーで戦えるのかな?」
「まぁまぁナナミちゃん‼クロノスとお客さまは抜けたけど、二人の代わりに入ったつよーい仲間がいるじゃない‼マイナスどころかプラスにおつりがきちゃうぜ!?」
「うん。こいつに同意するのは癪だけど最低限の役には立つよ…」
そう言って前の方を歩く仲間の中から声をかけてきたのは、魔宝剣をぶんぶん振り回してアピールするクルロとそれに呆れるキャルロの二人だった。
彼らの元いたダンツたちのパーティーも九層目は攻略しているが、まだクリアはしていない。シヴァルによれば「あーそのマップか。そこはちゃんと踏破してくれないと例のマップに行けないから最後までやってね。あとそっちの二人は魔法剣士ならナナミちゃんの方に入れた方がいいね。そういう計算なんだ。」とのことなので、すでに十層目以上をカルロ時代に踏破している実力もあるクルロとキャルロの二人は、ダンツたちのパーティーから外してこちらに組み込んだ。前述の通りクロノスとイゾルデが抜けて前衛が心もとないこのパーティーには穴埋めにちょうどよかったし。
「でもダンツさん達大丈夫?前衛が二人も抜けて四人でダンジョン攻略できるのかな?」
ダンツたちは行楽中のマップを踏破し、そこのゴールでシヴァルに言われた通りの行動をとって十層目で合流の手はずだ。しかしナナミ達のメンバー問題は解決したが今度はダンツたちのメンバーが減ってしまった状態である。ダンツたちがいくらミツユースの中堅冒険者で固めたパーティーとはいえ、前衛主戦力のクルロとキャルロが抜けたらかなり手痛いだろう。
「平気でしょ…だってシヴァルが穴埋めに使役獣のモンスター貸してくれたし。」
この新たに発生した問題を解決したのは、シヴァルが所有する彼が使役するモンスターだ。クロノスがシヴァルに頼み込み、それを二匹ダンツたちに貸してもらっていた。
その二匹とは、一匹がシヴァルの相棒である黒いザコウサギことノワール・ヴァイス・シュバルツ・ダークネス・シャドウ・オンブル・ソンブル・ブラスハドゥ・カドヴェイ・ムーン・スリュンナ・マルモーント・ネクロズヴァルド・ステル・エトワール・ミュイナイト・ノーチェナットラスト・ブラックハイラビットのブラック君。そしてもう一匹がブレードリザードマンのスパスパ君だ。彼らはダンジョンに入る前の時点でシヴァルの手元を離れていた。シヴァルの肩に常に乗っているブラック君が彼の発言の際にぎゅうぎゅう言っていなかったのはこのためである。そうだっけって思った人は一話前を読もう‼
二匹はシヴァルからダンツたちに預けられるときに主である彼からしっかりと命令を受けていたのでダンジョン内でもダンツたちの手助けをきちんとやってくれるだろう。
「仮にもS級冒険者が使役するモンスターだよ‼どんな敵が来てもコテンパンの返り討ちだっての‼」
「あのザコウサギってザコウサギの癖に魔術も使えるらしいよ。ニャルテマも何もしなくていいから助かるって喜んでたしね…」
「でも心配だなぁ。強いからこそなんかの拍子にダンツさん達に襲い掛かりでもしたら…」
「クロノス兄ちゃんが大丈夫って言ってたしいいんじゃない?それに今更心配したところで助けにもいけないしするだけ無駄だよ。」
「アレン君は達観しているねぇ。そだね。とりあえずあっちは心配するよりも戦果の期待でもしておこうか。」
彼らはシヴァルが連れてきた六匹の使役モンスターの中でも賢く協調性があるとのことなので、主のシヴァルがいなくとも自分で考えて行動をすることができるだろう。そう信じてあちらはひとまず置いておくことにした。
そうそう。ちなみにナナミ達のパーティーのメンバーリストはこんな感じだ。
―――――――――――
ダンジョン挑戦者名簿
・ナナミ・トクミヤ (D級魔術師・猫の手も借り亭)
・リリファ・フーリャンセ(F級盗賊・同上)
・セーヌ・ファウンボルト(B級治癒士・同上)
・アレン・ヴォーヴィッヒ(E級戦士・同上)
・クルロ・ジルフェノン (C級魔法剣士・無所属)
・キャルロ・ジルフェノン(C級魔法剣士・無所属)
―――――――――――
以上六名。この場合の無所属はクランや団体に属している冒険者でないことを意味してる。そのためクルロとキャルロが普段入っているパーティーは別である。
この通り珍しい職業である魔法剣士のクルロとキャルロの二名がいるというのはそこそこ目立つがそれ以外で役割に被りもなく、まぁまぁバランスがいいパーティーと言えるだろう。なおリーダーは最高ランクのB級のセーヌが彼女自身を除くメンバーの満場一致で指名されている。
「やはり冒険者としてまだブランクのある私ではリーダーに不向きではございませんか?クルロさんにお願いしたいのですが…」
「クルロさん面倒なのはヤーダから任せた‼」
「クルロをリーダーになんてしたらきっとろくでもないことになるよ…セーヌは十分強いから大丈夫…」
「しかし私はもともと人に指示を出すのはあまり得意ではありません。本当に大丈夫でしょうか…」
「いいのいいの‼セーヌなら一番問題なさそーだし‼てゆーか美人に命令されたい‼」
「じゃあセーヌさんが正式にリーダーで決定ね。書いとこっと…」
遠慮がちにリーダーの座をを断ろうとするセーヌを無理やりリーダーに就任させて、ナナミは名簿の写しのセーヌの名の前の部分に(リーダー)と追加で記入していた。
「これでよーし。…へー、クルロさんとキャルロさんはジルフェノンって名字なんだ。そういえば上…じゃなくて下の名前は知らなかったわ。」
陰鬱な洞窟や迷路とは違い太陽みたいなものが空にあるこのマップは明るかった。なので、地上で書いた名簿の写しを何気なく見ていたナナミはそう呟いた。
「カッコいいだろー‼昔から気に入ってるんだ‼」
「大好きってわけではないけど無難ではあるよね。姓は生まれつきで結婚や養子入りでもしない限り変えられないから変なのじゃなくてよかったよ…」
「名字は古代文明から受け継がれたものなんだっけ?どういう意味なんだろ…」
「えっとね。ジルフェノンは「光照らし闇払う姉弟」だったかな‼「ジルフェイド」とか「シィルフェノン」とか似た姓もあるけど、そっちはそれぞれ「風に触れる愚か者」と「泣き帰れぬ遠洋航海」で全然違うから気をつけて‼古代語は単語同士くっつけただけじゃその意味にならないから似た発音や文字の並びでも意味は全然違うんだよね‼」
「姉弟ねぇ…今の二人にぴったりの苗字だね。それにしてもクルロ兄ちゃんは古代文明語わかるの?博識だね。」
大陸に暮らす人々が持っている姓は、はるか昔に栄え滅びた古代文明で生まれたものが受け継がれたものだと語り継がれている。しかしその名称の意味までは本格的な古代語の勉強をした者にしか理解できず凡人は意味など知ることなく一生を終える。そんな古代言語についてすらすらと語るクルロにアレンが食いついた。
「魔法剣士になるために昔ガンバってちょっとだけ勉強したんだよね‼それがわからないと魔術の本読めないし‼あの時は女の子とイイコトするのも控えて頑張ったな…‼馬鹿な冒険者でも魔術士とか魔術メインで戦う奴なら誰でも、それこそ字が読み書きできないアホでもある程度は知っているよ‼ナナミちゃんも魔術士だから少しは読めるしょ!?」
「え、えっと…」
「ねぇねぇ。じゃあおいらのヴォービッヒってどんな意味!?」
クルロの質問に口もごってしまうナナミだったが、アレンが横から訪ねてきたのでクルロの興味がそちらへ行ったことで、すぐに解放された。
「たしか…「平原を駆ける白狼」だったかな!?いい苗字だよね‼」
「へー…カッコいいかも‼」
「んでんで、セーヌのファウンボルトは「雷神様の一番の従者」‼」
「わぁ‼セーヌさんにピッタリじゃん‼」
「ありがとうございます。」
「それとナナミちゃんのトクミヤは…そんなのあったかなぁ?まぁ時代の途中で適当に作られたのもあるし…それにナナミちゃんは違う大陸の出身だもんね。文明レベルで違うってこともあるか…」
「あはは…そうかも。そういうことにしていてキャルロさん。」
ナナミの姓の由来は知らないと残念そうにするキャルロに、ナナミは適当に誤魔化しておいた。ナナミはこの世界の人間ではなく、この世界の住人にあちらの話は伝わらないのでしょうがない。
「あとはクロノスだけど…リューゼン…これも私が学んだ中では聞いたことないな…」
「そうなの?」
「古代文明語は地域や国ごとの遺跡でも微妙に違くて未だに意味がわかっていないのも多いからね…方言ってやつかな…私達が知らない地方の言葉なのかも…」
「キャルロ‼たしか「リュービト」とか「シャジーゼン」なんてのがなかった!?」
「うん…「竜操りし蠱惑人」と「紅のすべて」だっけ。まぁさっきも言った通り似た言葉でも意味は全然違うから…ふたつをくっつけて「フェロモンムンムンな真っ赤ですべてのドラゴンを惑わし操る者」なんてのにはならないだろうし…」
「なんでそんなに短い文字がそんな長ったらしい意味になるんだ。まったく理解に苦しむな。」
「そうは言われてもそういうもんだとしか言いようがないし…そうだ。リリファちゃんのフーリャンセの意味は…」
「いい。興味が無い。」
ずっと前の方で会話にも参加せずにだんまりだったリリファがここで口をはさんできたので、キャルロがリリファの姓の持つ意味を教えようとしたが彼女はそれを断って前方の索敵に戻ってしまった。
このように一行は探索中の退屈を解消しと緊張をほぐすために話をしていたのだが、リリファだけがそれに乗り気でないようで先ほどからずっと一人であまり実入りのなさそうな警戒を続けいた。
「リリファっちノリ悪~い‼せっかくパーティー組んだんだからもっとノリノリで行こうぜ‼」
「うるさい。ダンジョンの外でならいくらでも相手してやる。だからお前たちももう少し真面目に探索をしろ。」
「真面目チャンはイイコトかもしんないけど、ダンジョン内ではそういうのに限って真っ先に首チョンパしたりするんだぜ‼」
「こんなところでくたばってたまるか。私はまだ死ねないんだよ。賊王のジジイに言われたことも試していないし…」
「賊王…そういえば昼間の話なんだけど、リリファちゃんは賊王のヘルクレスに呼び止められて一人であの場に残っていたけど…なんの話だったの?」
「ああ。ちょっと武器の使い方について教わっていた。クロノスの適当な話よりもよほど有意義だったぞ。Sランク冒険者は一人残らず人格破綻者だと聞いていたがまともな者もいてよかった。」
「破綻者ねぇ…確かにあの大きさで普人族ってのは破綻しているけど…でもいったい何を習って…ストップ‼海になにかいる‼」
「なに!?」
「無駄話していたからダンジョンの女神様がモンスターけしかけてきちゃったか‼」
リリファがヘルクレスの元に残った理由を聞こうとしたキャルロだったが、何かの異変に気付き魔宝剣を構えて海の方を向いた。彼女の呼びかけで仲間も足を止め真面目になってそちらを見る。
しかし海は空からの太陽のような光源からの光を浴びてきらきらと輝き、波も小さく静かでこれといった存在は何もない。もちろんキャルロが言うような敵の影もどこにも見当たらなかった。
「何もいないけど…」
「いや…さっき波の間で何かが光った。海の中にいるね…クルロも見たでしょ…?」
「当然‼どうする!?」
「じゃあ…見てこいクルロ。」
「ちょ、キャルロ!?それ死んでまうやつですやん‼クルロさん死んでまうやつですやん‼カルロ時代だったらアウトでしたよ‼」
「駄目か…ついでにくたばってほしかったけど。相手は油断させて奇襲するつもりだろうから…こっちから引きずり出す…‼ファイアボール‼」
「…‼」
キャルロが炙り出しのために魔術を詠唱し剣の先から火球を生み出して海に向けて打ち込むと、海面が爆発して水柱を飛ばす。そして海水の雨が降りやむとすぐに海の中からざばぁんと勢いよく敵が飛び出してきた。
「ギシャシャ‼」
「来たね…こいつがそうか…‼」
「うわぁ‼おっきな魚!?」
飛び出してきたのは、人間の子供と同じくらいの体長の緑色の魚だった。全身ぬるぬるの体にいくつかの鋭く尖ったひれ。さらに口の中にはぎざぎざの歯が無数に見られ、噛みつかれたら痛そうだとナナミは思った。
「ギシャシャ‼」
「…いやまって。あいつら足が生えてる‼てゆーか腕もある!?しかもなんか武器持ってるし‼」
海からあがってこちらへのしのしと歩いてきた魚を見てナナミは叫んだ。そう、奴らには腹の少し後ろに緑色の筋肉質な足が生えており、それで体を支えて歩いるのだ。ついでに魚には足と同色のこれまた筋肉質な腕が胸のエラの近くから伸びており、どいつも片手に先端が三本に別れた槍を持っていた。
「ギシャシャ‼」
「半魚人ってこと…!?キモッ‼目が魚だから死んだ目してるし‼」
「あれはサハギンだよナナミちゃん‼肉食の亜人モンスターだ‼人間も大好物‼」
「げぇ…食人性!?」
「群れで行動して船を襲ったり浜から陸にあがって近くの村を襲うんだよ‼」
「陸にあがって…てことは地上でも戦えるのよね!?」
「うん‼あいつら魚の癖に肺で息ができるんだ‼それに一度狙った獲物は執念深く追ってくるから内陸に逃げてもムダだね‼」
「リーダーのセーヌさん‼どうするのか指示を出しちゃって‼」
「仕方ありませんね…幸い個体の戦闘力は高くないと見えます。戦いましょう。」
「了解だよセーヌ姉ちゃん‼でもけっこう数いるなぁ…」
セーヌの号令で一同は戦いの準備に入ったが、クルロがナナミに説明していた間にもサハギンは一匹また一匹と次から次へと海からあがってきていた。既にその数は十匹ほどになっており、海の方にもまだサハギンの頭部がいくつも確認できるのでおそらく二十は超える数がいる群れなのだろう。
「ギシャシャ‼」「ギシャシャア‼」「ギシャ‼ギシャ‼」
「うう…たしかに足も結構速そう。これは逃げてたら背中にあの武器ぶっ刺されるよね?」
「うん。サハギンの持ってる三叉槍には気を付けて‼リーチがあるから離れていても攻撃が届くし時々遠くまで投げ飛ばしてくるよ‼そんで槍が相手に刺さったらそのまま槍ごと海中に引きずり込むんだ‼相手も力は強いし複数で引っ張ってくるから海に落ちたらおしまいだよ‼あと弱点は…」
「ギシャシャ‼」
警告をしていたクルロのところにサハギンのうち一匹が飛び出して三叉槍をまっすぐに伸ばして攻撃してきた‼
「よっと…炎よ激しく燃えろ‼」
クルロは刺突を横に素早く跳ねて避けると魔術を唱えだす。すると両腕で持っていた魔法剣が炎に包まれた。
「喰らえ「爆炎剣」‼」
「…ギシャアア‼」
そしてその炎を纏った魔宝剣を振りかぶり、腕を伸ばして無防備となったサハギンの本体をカウンターとばかりに袈裟斬りした。
サハギンは斬撃をまともに受けてしまい、胴体に斜めの痛々しい傷を作る。そして直後にその傷から炎が巻きあがりサハギンの全身を包んだ。炎に焼かれサハギンはみるみる魚の丸焼きと化していく。
「ゲ…グギャ…‼」
「グガァ‼」「ギシャア‼」
「はい「氷槌撃」‼それと「雷臥衝‼」
「「ギギャアア‼」」
どんどん焼けていく仲間を心配することもなく、近くの別のサハギン二匹がクルロに向かったが、それらにもクルロは凍てつく斬撃と電雷がほとばしる斬撃をそれぞれにお見舞いしてやった。
「炎に氷にあと雷…その辺の属性攻撃ならだいたい効くよ‼特に雷はよく効くからセーヌとナナミちゃんは後ろで魔術撃ちまくって‼」
「わかりました‼ではナナミさん‼」「わかったわ‼」
「アレン君は二人を妨害するサハギンから守ってね…リリファちゃんは走り回って遊撃…‼」
「了解だよ‼」「わかった‼」
「じゃあクルロさんとキャルロは奴らの引き付けだね‼そらサハギンども‼こっちへ来いよ‼」
「「「ギシャシャ‼」」」
セーヌとナナミが魔術の詠唱をはじめるとアレンがその前に立ちサハギンの襲撃から二人を守り、リリファは戦闘しているフィールドの外周を駆けだしてどこの場所にも即座に迎えるようにした。そしてクルロがモンスターの興味を引く技である「招獣叫」を繰り出してサハギン全体の攻撃を自分に引き付ける。
「全部を相手にしなくても何匹か倒せばたぶん残りは逃げるよ…こっちまで来た奴だけ離れたところから魔術を撃つんだ…‼」
「ギシャシャ‼」
「一匹来たよ二人とも…どりゃあ‼」
「エレキシュート‼」「ファイヤボール‼」
向かってきた一匹のサハギンが振るった三叉槍をアレンが大嵐一号で受け止めて、その隙に詠唱を終えた二人が横からサハギンに火球と雷球をぶつけた。二つの魔術をもろに受けてサハギンは真っ黒こげになってその場に倒れた。
「よしまずは一匹…」
「ギシャシャ‼」
「後ろだ…たぁ‼」
いつの間にか一匹背後に回っておりナナミを襲ったが、リリファが素早く駆け付けてサハギンの背中にナイフを刺した。
「ギシャア‼」
「セーヌ‼雷の魔術をナイフに当てろ‼」
「はい…サンダーボルト‼」
「ギッ!?ギギギギギ…‼」
セーヌが雷撃をサハギンに刺したナイフに向けて放つと、それはナイフに吸い込まれていきサハギンを体の内側から痺れさせる。内部から溢れ流れる電撃にサハギンは呂律を痺れさせて叫び、全身から煙を立てて絶命して消滅した。
「そっちもとどめだよ…「峰外し斬り」…‼」
「ギギ…‼」
クルロが瀕死に追い込んだ三匹にキャルロが体力の少ない敵を確実に仕留める技の峰外し斬りでとどめをさして、そちらもすぐに消滅した。あっという間に四匹を片付けて、残りの敵が一瞬怯む。
「敵が止まった‼ナナミ‼」
「オッケー詠唱はストック済みよ‼舞い上がれフレイムドラゴン‼」
「グオォォォォォ‼」
敵を監視していたリリファはチャンスだとナナミに呼び掛けた。
ナナミはすぐに杖にストックしていた魔術を解放して炎の龍を生み出した。大きな火龍は空中でとぐろを巻いてから、大口を開けて目にもとまらぬ速度でサハギンの集団に飛び込んでいく。
「「「ギャギャギャガ…‼」」」
火龍に食われたサハギン六匹は、龍の口から長い食道を通り胃袋の位置に送り込まれる。そこで息もできぬ猛烈な熱さにもがき苦しでいたがそれもほんの数秒の間の話。すぐに息絶えて黒い炭の塊と化し、龍の体内から外に吐き出されて浜辺に無造作にばらまかれた。地面に落ちた炭の塊は落下の衝撃で粉々に砕けちり、それから透明になって消えた。
「さすがナナミちゃん‼一気に倒しちゃった‼」
「全体に鑑賞できる魔術が使える魔術師はこういう集団相手にはよく刺さるね…」
「これで十匹‼まだやるのかしら。怖くかったら逃げてもいいのよ?」
「ギャギ…‼」
「えっ…ちょ、仲間がやられたんだから大人しく帰んなさいよ‼」
ナナミは近くに残された魔貨を一枚拾い上げてから、海から出てきたばかりの他のサハギンに解散を勧めたが、それがサハギンには挑発に捉えられてしまったようだ。更に多くのサハギンが現れて口元の牙をぎらつかせていた。
「ちょっとクルロさん‼何匹か倒せば残りは逃げるんじゃなかったの!?」
「あれー?そう思ったんだけどな‼まだ怖いのより怒ってるのがデカいみたい‼」
「文句を言っても仕方ありません。敵が利益なしと判断してくれるまで潰しましょう‼」
「あーもう…りょーかいですセーヌリーダー‼ほらアレン君三匹一気に来たからおねーさま二人を守りなさい‼」
「んな横暴な…いいさやってやるよ‼リリファ姉ちゃんとキャルロ姉ちゃんも手伝ってね‼」
「了解した。討ち漏らしは私がもらう。」
「右のは私が…クルロは残りを警戒して…相手が多いから一人でもやられるとそこから突き崩されるよ…」
「あーはいはい‼クルロさんのかっこいいところ見せてやるぜ‼」
「「「ギャシャシャシャ‼」」」
そうこうしているうちにもサハギンは海からどんどんと出てきて砂浜のナナミ達の元へ向かってくる。パーティーは魔術や斬撃を離れたところから飛ばしてその数を少しずつ地道に削っていった。