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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
137/163

第137話 そして更に迷宮を巡る(クロノス達のパーティーの二十二階層目での出来事)



「しかしすごいもんを見てしまったのう。まさかあ奴らが全員手を組むとは…」

「お疲れ様でございますガルンド様。」

「…ヴェラザードか。おぉ、それにコストロッターとバーヴァリアンも。」

「夜間遅くにお疲れ様ですガルンドさま♪」

「ババァにゃきっつい時間だよ。お互い大変だなガルンドさんよ。」


 クロノス達が中央広場のゲートの前から姿を消しから数分後。一般の挑戦者がどんどんとゲートに入っていくのをガルンドがぼんやりと眺めていると、そこに現れたのはクロノス達の担当職員であるヴェラザード、コストロッター、バーヴァリアンの三人だった。


「まさか迷宮都市にいたS級全員が手を組んでダンジョン攻略とは…儂は一杯食わされ気分じゃぞ。お主らが前もって儂に教えといてくれたらよかったものを…」

「申し訳ございませんねぇガルンド様。しかしこれはジジイ達の希望でございましたので。」

「ガルンドおじちゃんをびっくりさせてやるんだーってマー君たち張り切ってたよ‼」

「あ奴ら寄ってたかって年寄りをいたぶりおって…お主らも担当冒険者の希望を可能な限り叶えるのが専属担当職員の仕事とはいえこれはやりすぎじゃ。」

「申し訳ございません。しかしこれが我々のギルドに課せられた最重要命令ですので。」

「そうやっていつもはぐらかすんじゃから。まったく年寄りの心臓に悪い。はぁ…」


 小言を申すガルンドだったがヴェラザードにいつものようにしれっとそう返されてしまい、ため息を一つついていた。




「あの紅い目…そうか‼」

「おい相棒。一人で何納得してんだよ?」

「あのレッドウルフや賊王といた紅目の男についてだよ。」


 広場に残るダンジョンに行かず様子を見ていた面々は、最初にゲートに入っていったS級冒険者たちを見たことで未だ呆けている者もいる。その中の一人が彼らを引き連れていた紅目の男について見当をつけて一人で納得していた。 


「あれか?よくわからんが四人の知り合いなんじゃないのか?冒険者だろうけども…あいつが何かあるのか?」

「お前こそわからないのか?あの男は終止符打ちだ。ほらSランクの…間違いない。終止符打ちだよ‼」

「なんだと…!?たしかにこの街に来ているとか来ていないとか噂はあったが…」

「ああ。雰囲気を感じなかったからまったく気づかなかった。…どうしてSランクが五人とも一緒にダンジョンに…!?」

「あいつらエリクシールを手に入れるので争ってたんじゃないのか?」

「誰かが雇ったのか…でもS級五人をなんていったい誰が…」

「失礼しますわ。ちょっとよろしいですの?」


 あの男はかの終止符打ちであったと彼らは肩を震わせて話し合っていたが、そこに声がかかり二人で振り向くと、そこにはドレス姿の若い女性が立っていた。隣には護衛と思わしき鎧姿の男が二人おり、それらの特徴からそれなりの身分の人間であると即座に理解した。


「(お貴族様かね?どこかの冒険者を雇った依頼人ってとこか。)」

「なんだい姉ちゃん。今はアンタに構っている場合じゃ…ぐっ!?」

「うおらー‼どけどけ庶民共‼」


 美しい容姿に見とれながらも男が断わりを入れようとしたところに、女性の横にいた二人の男がそいつを突き飛ばして無理やり道を開けた。


「なにしやがる!?」

「なにしやがるとはこちらの台詞だ。お前たちが道を遮っているからこのお方が先に進めんのだ。」

「あんだと!?この女が何様だってんだ‼」

「わからないのか無礼者‼ここにおわす御方をどなたと心得る…貴様らが軽く口を聞いて良いお方ではないんだぞ‼」

「なんだこいつら…どこの国の奴だ?」

「おい真ん中の女…あれ俺見たことあるよ‼」


 護衛に食って掛かる二人の男。しかしそれを見ていた周囲の連中が次第にざわつき始める。


「この国のお姫様じゃないっけ?えっと…イザーリンデ姫‼」

「そうそう…‼俺この国出身だから知ってるもん‼」

「そうだ‼ここにおわすのは、この王国の姫君にあらせられるイザーリンデ姫様である。者ども、無礼であるぞ‼道を退けぃ‼」

「やべ…へへー‼」


 イゾルデの背後から新たに現れたマックアイに怒鳴られ男二人はへりくだりつつ横に逸れ道を開ける。人波が真っ二つに分かれたそこをイゾルデは歩いて行った。




「おぉ‼これはこれはイザーリンデ姫様にございませんか。お久しぶりでございますのう。」


 イゾルデ達がゲートの近くまでくると、そこでヴェラザード達と話していたガルンドに姿を捉えられて話しかけられた。


「…お久しぶりでございますわガルンド様。かの生ける伝説ハイドラゴンバスターとこうしてまたお話しできるなんて光栄でございますの。」

「ほっほ…今の儂はつまらないジジイでございますじゃ。それにしてもなぜ貴方様が迷宮都市に…そういえばクロノスの奴が雇われたと言っておったの。」

「はい。彼には傘下の冒険者含め大変よく働いてもらっておりますの。そして他のS級を雇ったのもあたくしですわ。」

「ほぉ…それはまた大盤振る舞いですな?一国の姫君と言えどあ奴ら全員を納得させる方法はそう見つからんと思いますがな。」

「それならご心配に及びませんわ。それぞれに報酬としてそれぞれエリクシールを一本ずつ差し上げる手はずですの。この街を訪れてすぐの内は使えない手ではあったのですが、ここへ来てエリクシールのありかが知れたことで皆さんどうやら焦りがあったらしく、雇ったクロノスの号令でなんとか手を組ませてもらえましたわ。」

「なるほど。エリクシールが欲しいのは皆同じ…それにクロノスが発端ならば他は断ることも無いか。特にシヴァルの奴は絶対に他の奴からは言うことを聞かんからな。」

「…」


 事情をイゾルデから聞いてクロノス達が組んだ理由に納得し、うんうんと一人で頷くガルンド。イゾルデはそんな彼の顔を本人に気づかれないように、されどじっくりと注意深く観察していた。


「(…ふぅ。ガルンド様はイザーリンデ姫様に以前何度かお会いしたことがあったはず。この様子だと入れ替わっていることには気づいていないようですね。)」


 ガルンドの表情を読み取って、彼が自分の正体に気付いていないことを知ったイゾルデはひとまず自分がイザーリンデ姫を演じ続けられていると安堵した。目の前の爺を乗り切ってしまえば他に誤魔化せない相手はいないだろうが、やはり自信を持って演じていた者が一度でも見破られてしまうとどうしても演技に自信を失ってしまうものだ。それがプロの影武者であったというのならなおのことである。


「(ダンジョンでは私…あたくしが着いていってもきっと足手纏いにしかなりませんわ。ナナミさん達の方も急なメンバー変更だけでも対処に苦労されているでしょうからそちらに行ってもお邪魔でしょう。ならば地上に残ったあたくしの役目は…自らを偽り最後までイザーリンデ姫様として演じ切ること。今日こうしてここにいたのはイザーリンデ姫で、城のベッドで眠っているの影武者を助けるためだと人々に信じ込ませることです‼)」


 今のイゾルデは今まで目深に被っていた大きな帽子を外しており、それがないため顔もばっちりと見えている。服装も豪華なドレスで着飾っておりこのドレスはマックアイが持ってきた物で、先ほど兵士の詰め所の部屋を借りてそこで着替えていたのだ。そこには今までの用にイザーリンデ姫であることを隠す意図はまったくなく、広場でも突然この国の姫君が現れたことでかなり驚かれていた。


「おいこの国のお姫様だってよ‼美人だなぁ…」「本当だな。オイラたちを雇ってこき使うあのデブの婦人とは大違いだぜ。」「コラそこ、目移りしない。美人ならここにもいるじゃないか?」「ガサツなおめぇとは大違いだよ。」「なんですって!?」「お姫様なんてオレっち見るの初めてだよ。リーダーにも教えてやらにゃあ…」「確か主がポーラスティアと関係を作りたがっていたな…ふむ、伝えておくか。」


 現われた姫君で盛り上がり、何人かは噂を広めるため、あるいは知り合いに情報を伝えるために広場の外まで走っていく。それを見届けイゾルデは策がうまくいったと内心で喜んでいた。


「(これでいいのです…このまま話を広めてください。そうすればイザーリンデ姫が迷宮都市に来ていたことになりすの。後から調べてもそれが私であったと気づく者は誰一人いないはずですわ。)」

「さてさて騒がしくなってきたの。イザーリンデ姫様もこんなところで立っているのも退屈じゃろう。ギルドの方でお待ちいただいた方が…」

「いえ、それにはおよびませんわ。あたくし、ここで雇った冒険者が戻ってくるのを待たせていただきますの。」


 広場で立ちっぱなしで人目を引くイザーリンデ姫を支店に連れて行こうとしたガルンドは、彼女にそちらでクロノス達の帰りを待つように勧めたが、彼女はそれを了承しなかった。そこにマックアイが割り込んで伝える。


「姫様はこの広場で待つそうなので持て成しは不要。気を使わなくてよろしいですぞ。」

「そうですかの?しかしクロノス達がいつ戻ってくるのかなぞわかりませんぞ?帰還時間の打ちあわせでもしましたかな?」

「いや、エリクシールを手にするまで戻ってこないと言っておった。マップのランダム性についてもその点は心配ないとも言っていた。」

「(心配ない…?あぁ、シヴァルの手引きじゃな。)…しかし一国の姫を持て成しもせずこんな場所で立ちっぱなしにさせるというのもギルドの礼儀が疑われてしまうのう…」

「ガルンド様‼実は先ほどのクロノス様達の向かった階層なのですが…」

「…なに?二十五階層ではない?詳しく聞かせぃ…それではイザーリンデ姫様。儂は外させていただきますので失礼。何か所望があれば近くの職員に申しつけてくだされ。それでは…コストロッターとバーヴァリアンよお主らも手伝え。」

「はーい。失礼しますイザーリンデ様‼」

「ババァにもうひとっ働きさせるつもりかい。やれやれ…失礼しますイザーリンデ姫様。」


 ガルンドはイゾルデにぺこりとお辞儀をして、同じく一礼したコストロッターとバーヴァリアンを連れて去っていった。




「ふぅ…」

「どうかなさいましたか姫様?」

「いえ。なんでもありませんわ。引き続き護衛に励んでください。」

「はっ‼」


 ガルンドを見送って姿が見えなくなった後、正体がばれることなく会話を終えたイゾルデはもう一度大きく息を吐いて緊張をほぐす。そしてヨークに声を掛けられまたすぐにきりりとお姫様モードに戻った。自国の騎士であり自分の護衛であるとは言えカーフとヨークもまた欺く対象であるのだ。油断することはできない。


「(どうやらガルンド様はうまく誤魔化せたようですね。あの方もそういったものを見抜く力はそこそこあったはずですが…さすがは影武者です。)」

「(あらヴェラザードさん。あなたはガルンド様に着いていかなくてよかったんですの?)」


 ガルンドがコストロッターとバーヴァリアンを連れて立ち去った後、一人残ったヴェラザードがイゾルデにこっそり話しかけてきた。なお彼女はクロノスとの連絡役という立場なので護衛を無視して自由にイゾルデと話ができる。


「(ええ。特に他の仕事もありませんし、逆に暇を持て余しているだろうとギルドに仕事を押し付けられても面倒ですからしばらくご一緒させていただきます。)」

「(そうですか…しかしあなたはよかったんですの?あたくしの正体をギルドに報告しなくても。)」

「(本来ならばそうさせていただきますよ。しかし私の仕事はS級専属担当職員として、担当であるクロノスさんの冒険者活動が円滑に進むようにサポートを行うことでございます。そしてそのクロノスさんにこの件を黙っていろと言われたら、たとえそれがギルドの不利益であっても一番に優先しなくてはなりません。したがって報告などとてもできませんとも…報告できなくて残念ですはい。)」


 本当は報告したいけど担当の要望だからできないんだ本当に残念だなー無念だなー…と、大変悔しそうに耳打ちしてきたヴェラザードだったが、それが本心でないことはイゾルデにもわかっていた。おそらく彼女は黙っていた方がいいと個人で判断して聞かなかったことにしているのだ。たとえそれがギルドの利益を考えてのことだったのだとしても、イゾルデには彼女が味方でいることが心強かった。


「…恩に着りますわ。」

「どうぞお気になさらず。これが私の仕事でございますので。何かあればお申し付けください…喉が渇いたとかでも結構でございますよ?」

「何かあったらその時はお願いしますわ。なのであなたも楽にしていてくださいな。」

「了解いたしました。それでは後ろにおりますので。」


 その言葉を最後にヴェラザードはイゾルデの背後に控えてじっとしていた。冷たい目で瞬き一つしない彼女のまるで等身大の人形(ドール)のような(たたず)まいはまさに貴人に仕える従者といった様であり、知らない人間が見たらヴェラザードがまるでイゾルデの秘書か何かのように見えたことだろう。その姿がイゾルデにとっては何故か両横で武装して自分の護衛をする二人の騎士よりも頼もしく思え、それが可笑しくて思わず口元が釣り上がってしまった。


「(あたくしにできるのはこうして皆さんの帰りを信じて待つことだけ。我が愛しのパーフェクト・ローズよ…あなたを人前に出すのはあたくしが姫様でないことを知られてしまう危険性があることがわかりましたの。なので、しまい込んである空間からあたくしを見守っていてくださいね。そして共にクロノスさん達の帰還を祈ってください…)」

 

 雇い人をダンジョンへ送り出したイゾルデ。残された自分にできることといえば後はただひたすらダンジョン探索の成功を願い祈ることだけである。


 イゾルデは首に掛けたペンダントを胸元から取り出して、そこの中に入っている愛剣を異空間にしまっておくマジックアイテムである特別なコイン越しにパーフェクト・ローズに話しかけた。そして後は目を(つむ)りただ祈るばかりだった。


「(あたくしは神聖教会の信者ではありません。そんなあたくしに神は助力などしないかもしれませんがそれでも…皆さんどうかよろしくお願いします。あたくしにエリクシールを…‼)」


 イゾルデはそれだけ思い、それからすぐに余計な思考を打ち捨て去って祈りに没頭した。




―――――



「…ん?今誰かが俺達の無事を祈っていた気がするぞ…?」

「アォン?俺様らの心配するってなんじゃそりゃ…オラそこ、「翔空狼牙斬」じゃあ!!」

「グゲエェェェェ‼」


 ぴたりと足を止めたクロノスに反応したマーナガルフは、彼の方へ振り返ると同時に爪で繰り上げの斬撃を放つ。

 

 そして目の前に接近していた、頭に一本の鋭く白い角を生やし顔には巨大な一つ目を持った全長三メートル超の緑鬼…サイクロプスを斬りつけた‼


「グガアァァァァ‼」

「チッ、目ン玉は守りやがったか。図体デカい癖して素早いヤツ。」


 マーナガルフの斬撃を真正面からまともに喰らって大声を張り上げるサイクロプスは、これまで並みの威力の攻撃では傷つくことがなかったはずの自慢の筋肉質の肉体に縦三本の切れ跡が深く残し、そこから真っ赤な体液を噴出した。しかしとっさに片腕で顔を庇ったので弱点の大きな目の負傷は防ぐことに成功した。そんな相手の見事なプレイをマーナガルフは拍手の代わりに舌打ちで褒めていた。




  クロノス達「S級全員で共闘して手っ取り早くダンジョン攻略してエリクシールゲットだぜチーム(仮名。長いのでクロノスが最初に命題した以外で誰も使っていない)」がいたのは、枯れ木や岩があるだけの起伏の激しい荒れた山岳地帯のマップだった。


 見晴らしも良く人工物系の罠もなさそうなので先行役も必要ないだろうとスタート地点から仲良く一列で歩いていたクロノス達がさっそく遭遇したのは、先ほどのような大きな図体に一つ目のモンスターであるサイクロプスであった。


 そのサイクロプスは苦労もなくクロノスが一撃で斬り倒したのだが、それ以来歩くたびに一定間隔で違う個体に出くわし、どいつもこいつも馬鹿の一つ覚えのように襲ってきた。一つ覚えとはいえ相手は岩をも砕く硬い肉体と岩も握りつぶす力を持つサイクロプス。S級といえど手は抜けないとサイクロプスが襲ってくる都度、一人一人が順番で梅雨払い役を担当して一人で倒していた。それが今はマーナガルフの番だったと言うわけだ。 




「グウウゥゥ…‼」

「オウオウ、深く抉ってやったのに元気じゃねぇか鬼くんよぉ。しっかし緑色の体のクセして人間みたいな赤い血を出すんだな。前に襲ってきたのはどいつも芋虫みてぇな緑色の血だったが…コイツだけなんか特別なのか?」

「それはねマー君。あれは普通のサイクロプスじゃなくてブラッド・サイクロプスだからだよ。彼らは個体数がとても少なくて群れを形成できないから繁殖期以外はあちこちに散って他種のサイクロプスの群れに混じって生活をするんだ。でね、彼らに仲間だよ怖くありませんよ仲良くしようよってアピールして仲間に入れてもらうために肌の色を変える擬態能力が発達したんだよ。原理はよくわかってないけど赤い血を肌に通すと体の表面の色が自由に変えられるってわけ。いま目の前にいるベーシックな緑色のサイクロプスだけじゃなくて、赤、青、黒、黄、桃色、紫色なんかのサイクロプスにも擬態できてそのバリエーションは僕や師匠が見つけただけでもなんと三十六種類もあるんだぞ‼こういった大きくて複雑な細胞を持つ生き物は肌の色を変えるだけでもとても体力を使うからそういう風に進化して種として生き残るのはあんまりないからすごいんことなんだぜ?それと繁殖期が来ると少ない仲間で集まって雄はそりゃもうクロノスの目の色と勝負できるくらいに綺麗な紅色に輝くもんさ。昔はその宝石みたいな肉体を求めて数多のハンターが挑んだんだけど、さっきも言った通り繁殖期以外は他のサイクロプスに紛れているから普段は見つけづらくて事前にマークしておけない。そもそもサイクロプスって肉弾戦最強だしここみたいな見晴らしのいい荒地や山岳に暮らしているから不意打ちは難しい。だから多くの狩人や冒険者が無策に真正面から挑んでは返り討ちにあって胃袋の中に…そして数多の犠牲の末、遂に一人の冒険者の男が繁殖期の美しい紅色に輝く雄を仕留めることに成功したんだけど残念ながら色が変わるメカニズムは死ぬと失われてしまうらしくて、残ったのはくすんだ醜い色のブラッド・サイクロプスの死体とそれを倒すために使ったあらゆる経費の借金だけ。生け捕りにしないなんてほんと哀れなオチで…」

「だあああああ‼うるせぇんだよォペチャクチャとよォ‼」


 滅多に見られない珍しいモンスターを前にして興奮気味に語るシヴァルにマーナガルフはキレた。しょうがないね。シヴァルの話マニア特有の早口の一方的なやつだからね。


「俺様が戦っている横で早口でゴチャゴチャよぉ…もうお前帰れよ‼邪魔なんだよ耳障りなんだよ‼なんなら俺様がその辺に埋めてやらぁオォン‼」

「アハハ、マー君怖~い。」

「落ち着けマーナガルフ。」

「いやん助けてクロノス♪オオカミさんに食べられちゃう♡」

「うわきもちわるい。だきつかないでへんたい。」

「どけクロノス‼ガルルル…‼」

「だからやめろって…あ、ほらサイクロプスが…」

「グガアァァァ‼」


 クロノスに抱き着くシヴァルに赤い髪を逆立てて威嚇してマーナガルフが目をそらした隙に、ブラッド・サイクロプスは逃走を図った。


「あ…待てコラ‼」


 すぐにブラッド・サイクロプスの逃亡に気付き爪を向けて追おうとしたマーナガルフだったが、奴は不規則な大きさのごつごつした岩が埋まる不安定な足場の山岳地帯であるにもかかわらず、巨体に似合わぬ俊足を見せつけて岩から岩へ跳ねるように移り、山の向こうへ消えて行った。


「テメェのせいで逃げられちまったじゃねぇか。クソ…‼」

「いいじゃない。戦いを向こうから打ち切ってくれたんだから余計な体力を使わないで済んだでしょ?」

「そうだな。俺達の目的はちゃっちい魔貨なんかじゃなくて二十五階層のエリクシールなんだからよ。」

「そうは言うけどよ…そもそもなんて俺様達は二十五階層に行かなかったんだよ?」



 そう。ぷりぷりと怒るマーナガルフの言う通りで、クロノス達はエリクシールの出たマップがある二十五階層に転移せず、なぜか少し前の階層であるここ二十二階層目から探索をスタートしていたのだ。



「さっきスタートの前に君が同じことを聞いたから同じことを言っただろうマーナガルフ。ディアナのベストがここなんだよ。」

「すまない。私は昔ここまで来てそれっきりだったのだ。パーティーで挑戦する場合は一番浅い階層を攻略した者の階層までしかいけないのだったな。」


 そう言ってクロノスの後ろでレイピアを専用の布で磨いていたディアナが謝ってきた。彼女はマーナガルフの直前でサイクロプスと戦っており、レイピアに付着したサイクロプスの体液は奴が死んだことで消えてしまっていたが気分の問題だと未だに細い刃の手入れをしていた。


「フン…この二週間さんざん俺様と子分をこき使っておいてだらしねぇな風紀薔薇(モラル・ローズ)。おかげでこうして面倒な思いをするハメになったぜ。」

「本当にすまない。よもや私が皆の足を引っ張ることになるとは…新人の頃よくミスをやらかして怒られていたな。その頃に戻った気分だ。」

「その辺にしとけやマーナガルフ。ディアナもまさか自分がダンジョンに入るとは考えてなかっただろうし、それに今は俺たちゃ仲間なんだからよ。仲良くしようぜガッハッハ‼」


 ディアナを睨むマーナガルフにヘルクレスがそう言って笑い、頭上で声を響かせていた。


「ヘルクレスの言う通りだ。マーナガルフも言い過ぎはよくないしディアナも謝りすぎるな。こうなること自体滅多なことでないんだから。それにここからじゃないと例のマップにはたどり着けないんだろ?」

「うんそうだね。どのみちここからスタートしなくちゃだったからディアナさんが気に病むことはないと思うけどね。」


 ディアナをフォローしたクロノスがシヴァルにそう問うと、彼はにたにたと笑って頷いた。


「迷宮ダンジョンのマップは地上から入ると階層ごとにあるマップのうちランダムに選ばれるか一回前に来たところしか出らんないから選ぶことはできない…ってことは俺でも知っていたが、まさか…」

「君が見つけたんだよな。任意のマップに出る法則。」

「うん‼星の位置とかその日の天気とかゲートに入る体勢とかその他もろもろ…そういうのでマップは決まるみたいなんだ。だからそれを満たしてゲートに飛び込めば好きなマップ選び放題ってわけ‼僕が受けたダンジョンの調査ってのも元はそれを解き明かすことだったんだよ。」


 シヴァルがガルンドを通してギルドから依頼されていたのは、迷宮ダンジョンの任意のマップに出る方法を探すことだった。そして彼はこの一か月ほどの調査を経てとうとうそれの解明に成功していた。


「まだ全部の法則を見つけたわけじゃないけど、まずはゲートに入るときにいろいろやって二十二階層目のこのマップに出てから、ここと二十三、二十四で特定の手順を踏んで進めば確実に二十五階層のエリクシールのあるマップに出る計算だよ。僕だって迷宮ダンジョンの好きなマップに出られれば好きなモンスターに会えるから真面目にやったんだぜ。」

「見事だシヴァル。さすが最近のマイブームはダンジョンモンスターなだけあるな。」

「もっと褒めてくれよクロノス‼そんじょそこらのザコ冒険者やダンジョン研究家には三年逆立ちし続けたってマネできない素敵な芸当なんだぜ?」

「ああすごいぞ親友。それで君は趣味の方のダンジョン調査と法則の綿密な計算をしつつ、誰かがエリクシールのあるマップに出るのを待ってたわけだ。」

「うん。エリクシール回収もついでの仕事だったからね。あとはエリクシールがあるマップを誰かが特定してくれるだけでよかったんだ。いくら好きなマップに出られてもどこのマップにエリクシールがあるのかわからなきゃ意味ないからね。」

「法則を捕らえていたのなら前に会った時に教えてくれても良かったんだぜ。」

「それはまぁ、いくら親友と言っても僕と君は冒険者の覇を争うライバルでもあるわけだし?もちろん君があの時それ相応の見返りを僕に払ってくれるなら断る理由もないんだけどね。」

「君が納得する報酬…払えそうもない。いや払いたくない。おぇ…」


 クロノスはシヴァルが求めてくるであろう報酬を自分が体を張って支払う光景を想像してえずいていた。シヴァルはそれを見て「失礼しちゃうなクロノス。まぁそれでこそ僕の親友なんだけどね‼」と、訳の分からないことを言って喜んでいた。


「あと僕らは確実に例のマップまで行けると思うけど、もし出直してまた入ることになったらもうエリクシールが手に入る可能性はないと思った方がいいよ。」

「どうしてだ?」

「それはねマー君…今回のエリクシールが出たマップは星の並び的に滅多に出てこない珍しいマップみたい。その星の並びも、一度出てもひと月かそこらしか維持されないから、今回を逃したらもうそのマップにはしばらく出れないよ。時間的に今日か明日にゲートに入る分が限界じゃない?」

「なるほど…今までこのダンジョンでエリクシールが見つからなかったのも、そのマップが出る条件が揃わなかったからということか。」

「そしてそのマップが出るタイミングが偶然我々が生きているうちにやってきて、最初の発見者やイグニスやトーンたちがそこへ出てしまったと。仮に今回の機会を逃したとすると、この次にまたそのマップに行けるのはいつになるんだ?」

「えっと、十層目と二十五層目の両方でしょ?そうだな…」


 頭上からヘルクレスに尋ねられ、シヴァルは頭を抱えて考えてから答えた。


「今回を逃すと…たぶん八百年後くらいにはまた出てくるんじゃない?僕は星の専門家じゃないから詳しいことはわかんないけど、それくらいに珍しい星の配列だったはずさ。」

「…つまりチャンスは人生で最初で最後ってことか。」

「違いないな。この中に八百年生きながらえる者がいるのなら話は別だが。」

「無理無理‼俺ら全員普人族だぜ‼そんな骨まで朽ちちまうような年月はアンデッドにでもなるしかねぇ。」

「そうだなマーナガルフ。だからこそとっととこの階層を踏破して二十五階層目まで急がないと。」


 クロノスの発言で他の四人も頷き、二十二階層目のゴールを目指して足を速めた。



本当はサイクロップス派だけど小さい「ッ」はスペルミスで打てなかったり「xt」とかになちがちだからあんまり使いたくない。

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