第131話 そして更に迷宮を巡る(続・次の日の待ち人待つ広場での出来事)
さて、クロノスとイゾルデがシヴァルを待つ広場から場所は移ってここは迷宮都市の裏路地近くに構えられた靴工房である。ここでは店主の靴職人が客の持ち込んだ靴の傷んだ部分の修理や弱い場所の強化をしていた。
「あーこりゃだいぶ傷んでやがるな…皮を張り直すだけじゃだめだ。ここだけいっそ切り落としてまるまる作っておくか。客の希望は耐水と耐火か。追加代金もらわないと…」
簡単な修繕程度ならわざわざ職人に頼まなくても腕の器用な者なら自分で直すこともできるかもしれない。しかしこの街で装備の修理といったら素人に簡単にできる物ではない。なぜなら持ち込まれた靴の持ち主の大半は迷宮ダンジョンの挑戦者である。再び入ることになるダンジョンの多様で過酷な環境に対応できるように、特殊な技術で加工を施さなくてはならないものだってあるのだ。そのため店が混んでいようと客たちは職人に修理を依頼しなくてはならなかった。
「おい、靴の修理を頼む。できれば今夜までに仕上げてほしいんだが。」
「へい…でも今込んでいてな…」
「…おっ、昼の鐘が…おいジジイ‼俺今日はもう帰るからな‼」
「なんだと!?このクソ忙しいときに限って帰るとかテメェふざけんじゃねぇよ‼」
時計塔の鐘が十二時を告げる音を街中に響き渡らせ、その音は工房の中にまで届いた。それを聞いた 浮浪児の少年ゼルは作業の手を止め掃き捨てるように店主の爺に帰宅を告げると、店主は同じく暴言のように言い返してきた。
「この客の数を見てよく帰るだなんて言えるもんだな。えぇ?…すんませんちょっち待ってくれ客人。おいクソガキあっち見て見ろ‼」
低い声で脅すように言う店主が指し示す先、工房で作った商品を置くところをゼルが見れば、そこには新しい靴を買おうと棚の靴を眺める客や、修理の対応をしてもらおうと列を作って待つ客がたくさんいた。今も店主は客の相手をしており、そのために店主の作業の手はしょっちゅう止まってしまっていたのだ。
「見ての通りだ。こいつらがいるからちっとも作業が進まん。客だから無下に追い返すわけにもいかないしな…」
「いつもはジジイ一人でも相手できるくらいにがらがらな暇工房なくせに、今日はどうしちゃったんだよ。閉店前の大セールか?」
「アホが。今日はどういうわけか客が多いんだ。商工会の連中にもなるべく働いて工房を稼働させてくれって頼まれているから俺も昼の一杯を我慢してせっせと働いているってのに…てめぇ昼帰りたぁいい度胸じゃねぇか?」
「んなこと言ってもよぉ。弟の風邪がまだ治ってないから帰って面倒見ないとなんだよ。」
「まだ治ってないのかよ…そいつもう駄目なんじゃないのか?」
「ふざけんなよ。お前みたいな老いぼれよりは長生きするさ。」
「ハッ、言うじゃねぇか。それなら帰れ帰れ。それと帰るならこの靴持ってけや。帰ってそれの修理でもして靴の造りをもっと覚えな。…よっと。」
店主の爺はゼルの帰宅を許可して足元に置いてあった何十足もの靴が積まれた籠をテーブルの上に置いて彼に持って帰るように言った。
「持って帰れって…すごい量だな。なんだよこんなにたくさん…」
「知るかよ。さっき広場で注文聞いて集めてきたんだが、俺だってこんなにあるとは思わなかったんだよ。全部今日の客の注文だ。なんかダンジョンからすげぇもんが出てきたから同じもん手に入れるために今夜ダンジョンに入るんだとよ。それで今日の夜までに仕上げにゃならんから忙しいのなんの…お前みたいなぺーぺーでも使いたいくらいなんだ。今日のは俺がやるからせめてそれだけやっとけや。基礎は覚えさせたんだから実践やればちっとはマシになるだろう。汚すんじゃねぇぞ?」
「わかってるよバーカ‼見てろ、ジジイよりもうまく直してやるぜ。」
「言うじゃねぇかクソガキ。こっちはこの迷宮都市で靴職人やって五十年だぞ。何か月かそこらのガキに負けたらそれこそ引退だ。その辺の余った皮使っていいからそれも持ってけ。」
「お、やりぃ。じゃあこれとこれ…じゃまた明日遊びに来てやるよ。ボッチの寂しいジジイ。」
「もうくんなバーロー。薄汚い浮浪児のクソガキが。」
はたから見ればあと少しで手が出そうな口喧嘩に思えてしまうくらいに言い合う二人だが、これはいつもの通りであり、この二人が出会ってからの今までの関係である。罵り合うような仲だが口の汚い者同士それなりにウマが合っているのだ。
「へん。ジジイがくたばるまで通ってやるぜ。そしたらこの店も俺のモンだ‼…まかないはパスタ茹でて作っておいたから伸びる前に食えよ。じゃあな‼」
「おう‼下手くそな飯でも胃が埋まるならありがたくいただいてやるぜ‼」
ゼルは昼飯があることを伝えて、店主がぶっきらぼうに手を振ったのを見てから山のように積まれた靴の入った籠を抱えて工房を出ていった。
「…ったく、爺さんも人使いが荒いし口が汚くて嫌になっちゃうぜ。あんなんだから嫁さんももらえずずっとボッチだったんだよ。あーヤダヤダ。あんな頑固偏屈爺にはなりたくないね…それにしてもすごい量だな。前が見えねぇ…」
自宅までの道のりを店主に文句を言いながら歩くゼルは、預かった靴を一足たりとも汚い地面に落とさないよう注意して歩いていた。
「もう裏通りだから盗まれないようにもしないと。あいつら金目のものはなんでも奪おうとするもんな…」
ゼルが警戒していたのは靴を落として汚すことだけではなかった。自分が今歩いている裏路地に居座る浮浪者の大人に靴を奪われないようにすることも大事である。
修理待ちのぼろぼろの靴など盗ったところで金になるとは思えないが、最低でも自分が履くのに使うことはできる。そもそも食い詰めて人生お先真っ暗な浮浪者。なのに怪しい薬だけはきっちり金を払ってラリる連中など、どんな理由で襲ってくるかもわからないのだ。ゼルはそう考え警戒をより一層強くしながら街の裏通りを歩いた。
「…あっと‼ごめんよ。前が見えなかったんだ…」
「…ああ、気にするな。そんなもの持って前が見えないのならぶつかったこちらが悪い。」
気を付けて歩いていたゼルだったが、靴の山で視界が奪われていた向こう側で誰かにぶつかったのを感じた。そして彼が大ごとにならないように謝罪の言葉を口にすると、向こうもこちらが悪かったと言ってくれたのでゼルはほっと胸をなで下ろした。
「悪いね…(ほっ、変な奴じゃなさそうだ。裏通りは何かと難癖つけて金を脅し取ってくるのもいるからな。…それにしてもつい謝るなんて俺も丸くなったもんだ。ちょっと前まではミツユースでデビルズの特攻役だなんて意気っていたのに落ちたもんだぜ…ん、この声…?)」
昔を懐かしむゼルはぶつかった人間の姿は見えなかったが、その声に聞き覚えがあったことに気付く。なので籠を地面に置いて向こうへ周りその姿を確認すると、そこには見覚えのある少女が一人立っていた。
「…リリファか。お前の方から会いに来るなんて期待してなかったけどな。」
ゼルがぶつかったのは貿易都市ミツユースにいたときの浮浪児仲間で、今は冒険者をしている少女リリファであった。彼は正体が予想と同じとわかり少し安心していた。
「昨日お前んとこの兄ちゃんに会ったぜ。」
「私もその話を聞いてこの辺りにお前が住んでいるとあいつに教えられてな。イノセンティウスの振りの練習にも飽きたからからお前が悪さをしていないか様子を見に来た。」
リリファはそう言って紅い剣身が特徴的な短剣を取り出して退屈気に振り回していた。
「ただ投げるのも違う。斬るのも普通のナイフと変わらないどころかむしろずっと低い。ダンジョン内でも大した効力を発揮する気配も見せないし…ホントに宝剣としての力が残っているのか?クロノスはいらないなら俺が引き取ると言ってるがそうするのも癪だし…ジムの奴なにが迷宮都市で鍛えれば少しは使えるようになるだ。この通りただの飾り物にすぎないじゃないか。私はもっと…あのときダグが使った時のようなものを…」
「そのナイフ変わった色してんな…あとダグがなんだって?あいつ死んだんだろ?」
「…なんでもない。忘れてくれ。」
ゼルに尋ねられたリリファははっとしたように、投げナイフのように空に回転させていた紅い短剣を持ち直し、素早く太腿のナイフホルダーにしまって片付けていた。
「冒険者ってのもずいぶん暇なんだな。俺なら見ての通りしっかり堅気でやらせてもらってるから心配ないぜ。」
「ふむ、そのようだな。その山積みの靴を見れば嫌でもわかる。まっとうにやっているようで安心した。…こんな状態のがこの量か。お前も大変だな。」
リリファはゼルの持ち物であった靴の積まれた籠を見てその中から無造作に一つ手に取って、ゼルを大変だなと彼を労った。素人に靴のあれこれなどはわからないだろうが、傷み具合からゼルがどれだけ苦労しなくてはならないのかを感じ取ったのだろう。
「それにしてもお前一人で裏通りまで来たのか?ここらは危ない連中がいるから来ない方がいいぜ。いくらお前が元浮浪児だからってそんないい格好してたらこのあたりの連中には上物の餌にしか見えないし、さっきのナイフみたいな高そうな金目のものも持ってるんだからさっさと帰った方がいいぞ。」
「裏路地の住人の汚れた性根なら私も知っている…同時に雑魚に不覚をとる私ではない。それに一人じゃないぞ?仲間も一緒だ。一人行動はするなと口を酸っぱくして言われているんでな。」
「仲間?他に誰も…」
「にゃふふふ…薄汚れ殺伐とした裏社会に生きる擦れたショタっ子‼しかも労働者属性まで付いてる‼アレン君とはまた違ったショタ…たまらんのにゃあ…‼」
「な、なんだこのネコ女…!?」
リリファがそう言いゼルが自分の横に気配を感じて首を向けると、そこには茶トラの猫耳と茶黒の縞尻尾が特徴的な見知らぬ猫獣人の女がいて、ゼルの臭いをくんかくんかと鼻をひくつかせて嗅いでいた。
現われた猫獣人の女は街の人間にしては変わった格好なのでおそらくリリファの冒険者仲間なのだろう。しかし冒険者特有の変わった風貌も手伝っていきなり現れた猫獣人にゼルはおっかなびっくりであった。
「おいニャルテマ。ゼルが不審がってるぞ。裏通りはガキでも危険を感じたら即ナイフを向けてくるからその辺にしておけ。」
「にゃあ…でもまだどのアバズレも手を付けていなさそうなショタっ子…食べちゃいたいにゃあ。」
「よしとけ。こんなヤツどうせ変な病気を持ってるだろうから感染されるぞ。」
「にゃにゃ…ぺろりと舐めたかったのに残念にゃ。」
「ほっ。助かった…」
リリファに忠告されてニャルテマは残念そうにしながらゼルから離れる。怪しい女が離れたのでゼルは一安心していた。
「…いくら二人いるからって両方女だったら意味ないぞ。むしろ女が増えたってだけで喜ばれるぜ。」
「にゃふふ~ん‼そこの浮浪児のショタっ子。とっても甘いのにゃあ。冒険者二人、その辺の浮浪者ごときにちょっとやそっとじゃやられないのにゃ。」
「そういう油断が良くないんだぜ。冒険者だから街の人間は雑魚。そうやっていい気になって裏通りに入り込んで痛い目見た冒険者は何人も知っているよ。特にこの街は冒険者が多いから浮浪者も対処を心得ているのが多いんだ。先月もあんたみたいにいい気になって浮浪者蹴って遊んでいた屑な女冒険者が五人くらいまとまっていたんだけど、この辺取り仕切る親玉と子分三十人に袋叩きで動けなくされてから全員犯されてたぜ。あいつらそのあとどうなったんだか…うっかりしているとお前も同じ穴に入るぞ。」
別に冒険者の行く先なんか気にしちゃいないけどなと、ゼルはそんな風に言いつつもリリファを心配して教えてくれた。
「そういう可能性もあるだろうな。そうなったのはそうなった奴らが本物の馬鹿だっただけの話だと思うが、私達も以後気を付けるとするさ。」
「わかりゃいいんだ。浮浪児仲間の言うことは素直に受け取っておけよ。…で、俺にまだなんか用があるのか?俺さっさと帰って飯にしたいんだけど。」
「いや、特に用はない。お前の件は物のついでだ。ダンジョンに入る前に靴を見直しておこうと思ってな。この辺に靴屋が一軒あると聞いたんだがどこにあるのか知らないか?」
「あぁ、それならあっちの方…表通りとの間にあるよ。今日は混んでいるけど他よりは少ないから相手してもらえると思うぜ。」
「そうか。靴屋はどこも混んでいて受付をしてくれなかったから困っていたんだ。礼を言っておく。…ではな。」
「ばいにゃらにゃ少年。今度お茶しようにゃー。」
目的地を知ったことでもう用は無いとリリファとニャルテマはゼルに別れを言って去っていった。
「なんだったんだあいつら…まぁいいや。俺も靴、靴っと…」
すぐに去っていった二人にゼルは訝しむも、自分には関係ないと靴の籠を持ち直して帰り道を急いだ。
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「来ませんね…スペードのジャックですわ。」
「まだか…‼あいつが見つけやすいようにここにいると言うのに。いつまで待ってればいいんだ。少し飽きてきたぞ。…ちっ、ブタか…パス‼」
―――はい。これまた場面は広場に戻ってクロノスとイゾルデのターンである。二人は未だに姿を見せる気配のないシヴァルをまだかまだかと首を長くして待ち続けていた。
「もういいでしょう姫さ…イゾルデさん。この男はここに置いて兵の詰め所に戻りましょうや。仲間が一部屋片づけて貴方の待機所を作ってくれていますぜ。俺もベッドで寝っ転がりたい。…クイーン。ハートとダイヤで二枚だ。」
「お前はひ…イゾルデさんに口答えするな。俺達は黙って護衛を全うすればよいのだ。…キング、回ってエース、2、3を出します。」
「何っ!?一気に四枚出しやがったコイツ…‼」
「さっきから一人だけ場にカードの出が悪いと思っていたが手札に抱えていたのか。」
「次のあたくしの番で手札を使い切って一あがりするつもりでしたのに…計算がずれてしまいましたわ。」
「あむ…ふふ、俺が隊の中で一番カード勝負は得意なのはカーフもとうに知っていだろう。このヨーク、遠慮なく対等な相手をせよと命じられた以上、イゾルデさんとて容赦は致しませんよ?」
そう言ってイゾルデの護衛の騎士ヨークは三人に向ってサンドイッチを頬張り不敵に微笑んでいた。
こいつらはさっきから何をしているのかって?見ての通り広場に置いてある休憩用のテーブルに腰をかけて昼食を食べながらカードをして遊んでいるんだよ。
さっき昼の鐘が鳴ってしまったのでクロノスとイゾルデは広場の出店で適当に昼食を見繕い、イゾルデの護衛の騎士二人も彼女の命で席に着かせて、とうとう四人でカードをしていたのだ。だって暇なんだもん。誰だって暇ならカードくらいするさ。
「…さて、俺が四枚出した以上、皆さんは同じ枚数かそれ以上を出せなければもう一度俺のターンなわけですが…勝負する方はいますかね?」
「…パスしかないぜ。」
「俺もだ。」
「あたくしもございませんの。」
「それならば…5から9までの五枚‼」
「なぁ!?」「なに!?」「まぁ…‼」
「皆さんの手札は四枚以下なのでまた俺の番で最後の一枚を出して…あがりです‼」
「嘘だろ‼」「…やるな。」「さすがは我が国の騎士ですわ…」
カードをやるから人数合わせに参加しろとクロノスが言ったとき護衛の騎士の不真面目な方であるカーフはかなり乗り気だったが、真面目な方のヨークは姫に俗な遊びを教えるなと大変にお冠であった。
しかし人数が多い方が楽しいですわとイゾルデに命じられるまま仕方なしにやっていると、彼の勝負師魂に火が灯った。どうやら彼は非番の日や休憩時間には隊の仲間とけっこうカードをやっていたらしく、既に四試合目を終えた今となっては彼の手元には四人の中で一番多くのコインが並んでおり、まさに一人勝ち状態であった。
「大負けだぜ…持っていた金殆どヨークに取られちまった。」
「フフ、金が無ければお前も護衛をサボって遊びに行くことはできまい。」
「お前それが目的だったのかよ…」
「冗談だ。一割もらえればいい。残りを返してほしくば真面目に護衛を務め上げろ。」
「ちぇっ、一生懸命務めさせてもらいますよっと。」
「それが普通だ。そらよ…」
渋々ながらも承諾したカーフに、ヨークは手元のコインを返していた。そしてクロノスとイゾルデがカードを集めて半分こしてからシャッフルして新たな山を作り、それからカードを各自の手元へと配る。こうして次のラウンドが始まるのだった。
「日差しの下でのカードというのもまた新鮮だな。薄暗い酒場の剣呑な雰囲気でやるアウトロー感も王道だが、こうしてお日様の下で包み隠さずにするのも斬新でそれは何とも言えない。」
「こういった庶民の遊びも楽しいのですが…あの、シヴァル様は…」
「来ないな。全く来ない。…クラブの7。」
このようにカードを使って遊び退屈な時間が訪れることはなかった一行だったが、肝心の本題はまったく訪れる気配を見せるころはなかった。イゾルデに何度目かの同じ内容を尋ねられクロノスはそっけなく返してカードをテーブルに出していた。
「今更なのですが…呼び出しもしていないのに来るものなのですか?せめて宿に書置きを残しておくとか…」
「実は俺も昨日のうちにそうしておくべきかと考えていたんだが…どうやらあいつは俺らよりも先に宿を追い出されていたらしい。客が多くてまず一人で宿を借りてたあいつから追い出したんだとよ。あそこはあくまで連れ込み宿…男女の逢瀬が優先さ。」
「連れ込み宿…?普通の宿ではないんですの?」
「え?君はキャルロから聞いていなかったのか?俺達が泊っている宿の本来の使い道は…」
「おい。」
クロノスが首をかしげるイゾルデに説明しようとしたが彼女の横の席にいた二人の騎士のうち一人が席を立ち、クロノスの肩をまるで握りつぶさんと言った勢いでがしりと掴んできた。目は血走っておりこれはまるで親の仇を前にした復讐者の気配である。…何が言いたいのかと言えばようは変なことを姫様に吹き込んで汚すなってことをこの騎士は無言で釘を刺してきたのだろう。
「(ヨークは真面目な奴でな。姫の護衛ってことで張り切って悪いことを覚えないようにって目を光らしてるんだ。今日のところは許してやってくれ。)」
「(なるほど。君も護衛を相方が暴走しないように見守るのは大変だな。この件が終わったら一緒にこの街の色町へ遊びに行こう。出世払いということで俺が奢ってやる。)」
「…マジっすか!?やりぃ‼へへ…もうあんたのこと旦那って呼ばせてくれよ‼まったくこいつもあんたみたいに頭が柔らかければ「カーフ‼護衛中に私語は厳禁だぞ‼俺達はカードに付き合うだけでよいのだ‼」…へいへい。煩いのなんのってやんなっちゃうね。それじゃあ旦那、またあとで…」
「まったく困った奴だ…」
ヨークに叱られてカーフはイゾルデの後方に戻って再びカードに関すること以外は無言の護衛役を務めだしていた。彼の態度にヨークもやれやれと首を振って手元のカードに集中する。
「騎士たちが騒がしくて申し訳ございません。しかし彼ら十三番隊は雑務をする役であり礼節よりも対応性に重きを置いて活動しておりますの。普段の彼らは民のため奮闘しております。ですので多少の無礼は大目に見てやってくださいな。」
「別にそこは気にしちゃいない。騎士ってのはどいつもこいつも重苦しい人間とは限らないし、中にはこうやって雰囲気を作って場を柔らかくしてくれる奴も時には大事だ。」
その点二人はいいコンビで大変好意的だ。そうクロノスは答え、手札をすべて伏せてテーブルに置く。
「話を戻すが…こうしてカードでもやって楽しそうにしていればシヴァルもホイホイやってくると考えて…考えたところであいつはそもそも人と仲良く楽しくカードやるような人間じゃなかったな。そしてシヴァルが今どこにいるのかなんてまったくわからない。ダンジョンからまだ戻ってないのかそれとも新たな宿で朝寝坊でもしているのか…街から逃げていないことだけは確かだな。だがシヴァルは来る。俺がわっかりやすくこんなところでカードに勤しんでにいれば、確実に。あれはそういう男だ。」
「本当なんですの…?」
シヴァルの居所はわからないがそれでも自信満々にそう断定するクロノスはどこか誇らしげだ。それをイゾルデは疑った目で見るがそれでもクロノスの自身はかなりのもので、彼を見ているとだんだんと納得を覚えることさえできた。
「こうして瞼を閉じれば今にも奴が目の前に現れ…ん?かかった…‼」
「だ~れだ。」「ぎゅい。」
「離れろ馬鹿野郎。」
クロノスが何かを期待して腕を組み目を閉じて待っていると、突然自分の視界がリルネの時のように塞がれてしまった。が、しかしクロノスは先ほどまでと違ってかなり辛辣な対応であった。なぜならその柔らかい感触の持ち主が誰なのかを知っていたらからだ。
「やぁクロノス‼久しぶりだね‼君が広場でカードをやっている気配を感じ取って来てみればやっぱりそうだったよ。君がいなくて僕はもうさみしくてさみしくて…‼」
「ぎゅいぎゅーい。ぎゅぎゅぎゅい…‼」
視界が鮮明になり椅子の背に腕を引っかけて後ろを向くと、そこにいたのはご期待通りの大親友で枯草モヤシな細ガリボーイのシヴァルと、彼の相棒のブラックくんがいていつもと変わらぬようにへらへら、へらへらと笑っていた。
「ご無沙汰しておりますわシヴァルさん。クロノスさんの雇い主のイゾルデですの。覚えていらっしゃいましたか?」
「…ああどうもクロノスを雇えたラッキー淑女さん。えと…おっきなお尻のクマさんだっけ?」
「…イゾルデ・ベアパージャストですの。」
「あ~そんなんだった気がするよ。どうも…」
再会に挨拶をするイゾルデだったが、シヴァルはかなり適当な扱いだった。同じテーブルに着く二人の騎士に至っては視界に入っていると言うのに彼は全く反応なしであり、どうやらシヴァルはクロノス以外眼中にないらしい。
「クマさんとかどこぞの騎士さんとかどうでもいいんだけど、クロノスは何をしているの?」「ぎゅい?」
「やっと来てくれたか。会いたかったぜシヴァル。」
「…え。」「…ぎゅい。」
クロノスからその言葉を聞いたシヴァルはぴたりと固まってしまう。まるでそれは彼の周りだけ時を操る女神によって時が止められてしまったかのようで、それは見事な固まりようだった。その佇まいは公園の中央に設置された銅像の如く…「ぎゅいぎゅい。」…あ、待った。ブラック君は普通にシヴァルの頭の上でゆらゆらしている。別に時なんて止まってやしない。神界で時の女神も私ではないとはっきりと否定しているし。
「う…う…うぅ…‼」
動いていたのはブラック君だけだったが、しだいにシヴァルの方もなんか細かくわなわなと震えだしていた。目も喜びの涙で潤んでいる。…あ、今彼の目から涙が溢れて一筋の雫となり流れ落ちた。
「嬉しいよクロノス‼君の口から会いたいなんて言葉が出てくるなんて‼やっぱり僕と君は心と心でつながった大親友だったんだね‼さぁ…この流れで僕たちのメチャオキアイ海の底にあるフカインデ大海溝よりも深い深~い友好を、もっともっとも~っと深めるために南の海に棲息するモンスター「ニードルマンボーン」の体の棘が言い伝えにある通り本当に万本あるのか実際に捕獲して数えに…‼」
「行かないから。そもそもニードルマンボーンは沖合二十キロの深海百メートルのところにいる奴じゃないか。しかも成体は体調が二十メートル超。どうやってそこまで行き、かつ捕らえると言うんだか。」
興奮して意味の分からないことをまくしたて顔を近づけるシヴァルをクロノスは冷静にあしらっていた。
「さすがは僕のクロノス‼きちんとモンスターについての勉強もしているんだね‼僕も鼻が高いよ‼」
「何が僕のクロノスだ。せめて僕の下に大親友(ここ重要。テストにも出るよ‼←自分で言っておいてなんだが誰が大親友だ。テストになんて出ないから忘れろ)を付けろ。」
「ふふふ…わざわざ言葉の葉っぱにしなくても僕たちは見えない糸でつながっているってことさ‼」
「うわ…キモ。ちょっきん。」
「うわぁ‼見えない糸を切らないでくれよ‼…それよりそれ美味しそうだね。いっぽんちょーだい。」
「ぎゅいぎゅーい。」
シヴァルはクロノスが昼飯とカードの終わったタイミングでまた食べようとテーブルの端に置いておいた揚げポテトの袋を奪い取り、その中にあった最後の一本を取ってブラックくんと仲良く半分こして食べた。
「うーん美味しい。でも冷めてるから油が変な感じだなぁ。どうせなら揚げたてが食べたかったよ。」
「ぎゅいぎゅい。」
「ウサギに油物食わせるなよ。そしてもっと食べたいのならそこの出店で買って来いよ。あと最後の一本なくなっちゃったじゃん。」
「いいじゃない僕が来るまでにいっぱい食べたでしょ?」
「ぎゅーいぎゅい?」
「食べたのほとんど俺じゃないんだけど…まぁいいや。」
クロノスはシヴァルが食べて空にした揚げポテトの入っていた紙袋を手で握って塊にしてから近くのゴミ箱に投げ入れて、それから揚げポテトへの未練はばっさりと切り捨た。…本当のところはまだまだ食べたりなかったが、それよりもこの気分屋のシヴァルがどこかへ飛んで行ってしまう前に話を片付ける方が重要だ。なのでクロノスは本題をシヴァルに申した。
「実は君に用があって俺のところに顔を出すのを待っていたんだ。」
「ふぅん、用ってなんだい?…どうせダンジョンのことだろうけど。エリクシール見つかったらしいじゃないか。」
「そのエリクシールを手に入れるために確実な手を取りたい。ついては…ちょっと耳貸せ。」
先刻のリルネやヴェラザードとは逆に今度はクロノスがシヴァルの耳元で何やら囁いていた。
「あおぉぉん♡くすぐったいじゃないか。テクニシャンなんだからもう…」
「変な声を出すな‼息が当たっただけだろうが‼…ったく、気持ち悪い。俺が全部話し終わるまでしっかり聞け。」
「しょうだないなぁ。…耳たぶをはむはむしてくれてもいいんだぜ。」
「しないから。」
「もしくはがぶっとサメとかスッポンみたいに噛みついてくれても…」
「噛み千切られたいのか?お望みならしてやろうか?」
「君に一生消えない傷をつけられるならそれも本望さ。」
「…はぁ。まるでゼリーを叩いているかのよう。つまりは不毛だ。頼むから真面目に聞いてくれよ。少しの間でいいんだ…」
「はいはい。」「ぎゅいぎゅい。」
危害すらも喜んで受け入れ歓喜の奇声をあげると宣言するシヴァルにげんなりとしながら、クロノスは何とかすべて伝えることができた。
「…これで言いたいことは全部だ。君の答えを聞きたい。」
「あーはいはい…そのことね。勘のいい君なら気づくと思ったよ。そのことなんだけど、たぶん間違いない。僕は見つけたぜ。」
「そうか。ならちょっと俺のクランに協力してくれないか?もちろん君の分のエリクシールも用意する。」
「エリクシールもらえるなら文句はないけど…君たちの分はいいのかい?」
「大丈夫だ。全員分手に入る。」
「全員分…ですか?あたくしの分とシヴァルさんの分のふたつということですの?」
「さぁてね。今後の協力者の数次第ってところ…」
何やら引っかかる言い方をするクロノスにイゾルデは首をかしげていたが、彼の方は今後の方針を考えていたので答えるつもりもなかった。
「よし、これで目的は達した。後は彼らに使者を送らないとだな。形式はしっかり守ってくれとヴェラに言われたし…よし、手紙でも書くか。なんかだんだんとクランリーダーっぽくなってきたなぁ俺…‼」
クロノスは一人で自己評価を上方修正し、懐から取り出した紙になにやら書き綴り始めたのだった。