第13話 冒険者、供に(目的地に向かいましょう)
ファリスが向かったのは以前ファリスが父親のファーレンと暮らしていたファリスの「生家」である屋敷だった。しかし今はファリスはここに住むことはできない。ファーレンが死んだあとすぐにデビルズのメンバーがここを襲撃した。そして門番や下働きの者たちの多くを手に掛けて、たちまちこの屋敷を制圧したのである。その当時今よりも幼くただ泣きわめくファリスだったが、もしも生き残りのファーレンの手下が義理堅くもファリスを屋敷から連れ出し、他組織との抗争で命を落とすまでの間しばらくの間面倒を見てくれていなかったら、ファリスはそこまでの命だったかもしれない。
当時を振り返りながらもファリスは、今はデビルズのアジトとなった懐かしき我が家へと足を踏み入れた。外には見張りの一人もおらず、壊れかけて空いたままの玄関の扉を静かにくぐり物音を立てずに進入するが、中にも人の気配がしなかった。
「誰もいないな…騒動で全員出払っているのか?それとも…」
疑問に思ったファリスはあたりを見回す。もしも既に警備隊がこの場所に目を付け強襲していたのなら、必ず戦闘の跡がある。しかし屋内のあちこちに汚れや傷は目立つが、それは屋敷の掃除などできるはずもないデビルズの誰かがやったのだという想定内の物でしかない。
「一人もいないというのはおかしいが、奴らに限って逃げることもあるまい。」
血の気が多いデビルズのメンバーが、警備隊に恐れをなして一人残らず逃げ出したわけではあるまいに。謎が解決しないままのファリスであったが、誰もいないのならチャンスだと思い、さらに奥へと足を踏み入れた。
「うっわ。マジで賑やかだな。それにこれだけ騒いでも誰も止めやしない。貧乏人も喧嘩せずってのは、どうやら本当らしい。」
ジムに許可をもらい暗黒通りの中へと侵入したクロノスだったが、その中で彼が見たのは警備隊と浮浪児の子供との激しい衝突だった。おそらく浮浪児の方が噂に聞くデビルズの面々であろう。そいつらはいずれも目が不自然に泳いでおり、酒や薬の影響があることが見て取れた。浮浪児は捕まるまいとナイフや武器になりそうなゴミを振り回し抵抗を試みるが、しかしその戦力差は歴然で、厳しい訓練によって鍛え上げられた屈強な肉体を持つ警備兵たちに押さえつけられ、次々と捕縛されていく。
「しっかし血の気の多いガキどもだな。おとなしく捕まる奴が一人もいない。ん?あれは…」
どんどんと優位な盤面を展開する警備隊であったが、クロノスはその一角で苦戦している警備兵達を発見した。その戦場をよく見ようと近づけば、5人の警備兵達がたった1人の浮浪児を相手に苦戦している。さらに周りを見渡せば、負傷してその場に座り込む警備兵が何人もいて、この浮浪児がついさっきまで今以上の人数を相手にしていることが予測できた。
「くそっ。相手は一人だぞ!?数ではこっちが有利だ。取り囲んで押さえつけろ。」
「おそらくこいつはデビルズの中でもかなりの犯罪を犯している奴だ。絶対に逃がすな!!」
子供相手なので手荒なことはしたくないのだろう。警備兵は腰に下げるサーベルを誰一人として抜かず、警棒を持って戦っていた。
一人の警備兵の呼びかけで他の4人が浮浪児を半月状に取り囲む。浮浪児はじりじりと後退し、ついには壁に背中を付けてしまった。
「ぐひひ…取り囲まれちゃったなぁ。僕ちんもしかしてピンチ?」
「観念しろ!!もう何も出来まい。おとなしく縄に付け!!」
「ぐひゃひゃはは!!」
投降を呼びかける警備兵達に、浮浪児は気味の悪い笑みを浮かべ笑い出す。そこで初めてクロノスは浮浪児の顔を見るが、その顔は皮膚がただれており、一部は腐っているように見えた。あれほどの負傷ならかなりの激痛であるはずなのだが、痛みの神経が死んでしまっているのだろうか?
「なぁんてね。的が並んでくれたおかげで当てやすくなったなぁ…それ、ぶうぅぅ!!」
浮浪児が息を吹きだすとそれはたちどころに炎へと変わり、その炎は端に立つ警備兵へ襲いかかった。
「ぐああああ!!」
炎を正面から浴びた兵士は声にならない悲鳴を上げてその場に倒れた。辺りには焼け焦げたにおいが立ち込め、兵士の士気を大きく下げる。
「あの炎…まさかな。」
警備兵の燃えるさまを見届けたクロノスだったが、その興味はすぐに炎を放った爛れた顔の少年に移っていた。
「デビルズの幹部ローヴァ。また一人討ち取ったよーん!!」
また一人警備兵を狂炎の餌食へと捧げたローヴァと名乗る少年は勝鬨の声を上げる。
「こんな雑魚に僕たちデビルズが捕まるもんか!!さぁ次は誰に…」
「おい。」
「うひゃあ!!君、誰!?」
優位な展開に調子に乗っていた炎を吹き出す浮浪児は、真横からの声に驚きそこにいた男に誰何した。見ればその男は警備兵共通の装備を見に付けておらず、かといって暗黒通りに住み着く浮浪者のようにみすぼらしい格好でもなかった。ならば、どこかの裏組織の人間だったかとローヴァは自分が知る限りの裏組織の人間の顔を頭の中から絞り出すが、ついぞ答えは出なかった。
「お前、誰なんだよぉ!!」
「あん?俺はクロノスっつーもんだ。それよりお前…火吹きのヴァロイだろ?お尋ね者の。」
クロノスの問いにヴァロイと呼ばれた浮浪児はドキリと心臓を跳ね上げた。そして爛れた顔から流れ落ちるくすんだ茶色の汗を袖で拭いとると、深呼吸を一つして落ち着こうとした。
「エヘヘ、ヴァロイって誰のことかなー?僕の名前はローヴァだよ。そんな奴知らないな。」
「嘘つけ。手配書の写真で見た焼け爛れた顔と、間延びしたようなふざけた喋り方で一発でわかったぞ。」
俺が一度見た手配書を忘れるわけがないだろうと、クロノスはローヴァと名乗る少年に、腰から下げた鞘に収まる剣を取出し突きつけた。
「国から国へ町や村を渡り歩き、夜な夜な放火を繰り返す変態野郎。焼いた建築物の数68と逃げ遅れ炭となった犠牲者の数34。怪しいよそ者だと自警団に何度か捕まっても、証拠不十分ですぐ釈放。そりゃそうだ。魔術に関しては素人の自警団が、まさか歯に仕込んだ魔石の存在に気付くはずもない。」
クロノスの言葉に、ローヴァ少年と彼を囲む警備兵はそれを黙って聞いていた。
「しかし手配書には年齢が35歳とあったが、ありゃ手配書のミスか?ギルドがそんなミスするとは思えないけど…パッと見、子供にしか見えないけどな。」
クロノスの疑問に違うと否定の言葉で答えられれば、ローヴァ少年に弁解の機会はあったのかもしれない。しかし正体を看破され焦るローヴァ少年はまたもや気味の悪い笑い声をあげると、クロノスの方を向いたのだ。
「ぐひゃひゃハハハ、その通り!!僕ちんこそ、あの火吹きのヴァロイだよ!!いやーよくわかったね?この姿になってから一度だってバレやしなかったのに。正解したテメェには、真正面からの火炎魔法をくれてやるよん!! どうしてぼくが子どもの姿をしているのかは、あの世でゆっくり考えるといいよ!!」
ローヴァ少年。いや、正体を明かしたヴァロイは、大口を開けて歯に埋め込んだ魔石に刻まれた「ブレスファイア」のワードを解放した。それによりヴァロイの吐息はたちどころに轟炎へと変わりクロノスを襲う。
「うおっ!!」
「どうだ!?全てを焼き尽くす禁じられた外道魔術ブレスファイアの味は!!って焼け尽きたのなら味わう舌も感想を述べる口ももうないかー。アハハ。」
この至近距離なら黒こげになって死んだだろうとヴァロイは笑い出すが、立ち込める煙が晴れるとそこにいるのは無傷の、衣服に焦げの一つないクロノスだった。
「ふぇぇぇっ!?どうして、どうしてこんがり焼けてないんだよぉ!!」
「さぁな。お前の炎が弱火なんだろ?」
目の前の出来事を理解できずただ狼狽えるヴァロイに、クロノスは剣の柄を彼の頭向けてに思い切り叩きつけた。「剣士」の数少ない打撃技、「大柄渾撃」である。
「…ぁ…!!」
大柄渾撃を頭にまともに喰らい、ヴァイロは声も上げられず白目を剥いてその場に倒れた。クロノスは剣の柄が曲がっていないことを確認し安堵すると、目の前の戦闘に動けないでいた兵士の一人を呼び寄せてヴァイロを縛るように命じた。何者かもわからぬ存在に命じられることに兵士は多少の不満を覚えたが、獲物を狩る目を終えないクロノスを見て逆らわない方がいいと思い、仲間たちとヴァイロを縛り上げ連行していった。
「そういやジムの奴に目立つなとか言われたような…まぁ、手が出たものはしょうがない。むしろ無駄な兵士の犠牲が出なかったことに感謝状を貰いたいね。」
ジムとの約束事があったことを思い出すクロノスだったが、すぐに今の行動を正当化した。そもそも無視を決め込んだ監視員の方が悪いのだ。きっとそうだ。責任は全部ジム君に取ってもらおうと。
「ファリスを探すだけと決めていたが、これはちょーっと面白くなりそうだな。何があったか知らないが、あの火吹き野郎がなんでガキの姿かもわかんないし。ま、デビルズ?とかいうあいつの仲間に聞けば何かわかるだろ。暗黒通りに入れる機会なんて滅多にあるもんじゃないし、ま、愉しみますか。」
そうつぶやいたクロノスは、すぐに考えを実行するために行動した。とりあえずデビルズのアジトに行くか。どこにあるかはわからないが、逃げ惑うデビルズのメンバーを捕まえてちょっと「尋ねれば(拷問すれば)」素直に教えてくれるだろう。子供とはいえ殺しや盗みをした者達だ。遠慮することは無い。
「いそがないと全員警備兵に捕まっちまうかも。それにしてもこんなに心が躍るのはここが死と血がコラボしている戦場になっているからか…あー、たーのしー。」




