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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
129/163

第129話 そして更に迷宮を巡る(続・話を聞きつけて駆け付けた広場での出来事)


「来るって誰が…」

「騒がしいのう。少し静かにならんのか。」


ナナミがクロノスにそれを訪ねようとしたその時、どこからか男の声が聞こえてきた。


「え…なに?声が…」

「今の誰が…」


 その声は広場にいる群衆の喧騒の中でなぜかよく響き、そこにいた全員が聞き取ることができた。謎の声を耳に入れたことで暴れていた全員が一瞬動きを止めてその声の正体を探ろうとする。

 

「おい‼空から何か落ちてくるぞ‼」

「星…星だと!?」


群衆の中にいた二人の冒険者が気づいたのは、星々の瞬く空から星が一つ落ちてきたことだった。


「…いや、あれは星じゃない。…剣?」


 否、それは星ではなかった。それは一本の剣だったのだ。なぜ彼らがそれを星と見間違えたのかと言えば大きさがかなり大きく、刃先から柄の先端にかえてまでの全長は、おそらくは大人の男が四人か五人は縦に並んだ時と同じくらいあっただろうからだ。


「ここに落ちてくるぞ‼ゲートの前から下がれ‼」


 大剣の落下地点がゲートの前であったことに一人が気づいて呼びかけ、前方にいた群衆は足を止めた。


 それから大剣はぐるぐると空を割いて回転しながらやがて地上の予測通りの場所へ降り立ち、ゲートの手前でぐさりと地を(えぐ)るかのように突き刺さり、土煙を周囲に爆散させた。


「…」


 風が土煙を運んだのちにそこに残った大剣は地面に刺さりっぱなし。それはまるで魔王の城へ挑む勇者の行く道を遮る魔界一の門番のようだった。それを見て皆は思わず息を飲む。


「…デカっ!?なにあれ!?あんなおっきいの誰にも持てないでしょ!?」

「なんて大きな剣なのでしょう…あれと比べたらあたくしのパーフェクト・ローズなど果物ナイフに等しいですわ。」


 地面に刺さったことで大きさをしっかりと確認できた巨大な剣。イゾルデとナナミはそれをまじまじと見て驚いていた。


「でけぇ剣だな。いったい誰の剣だ?」

「そもそもこんなでかい剣を人間が持てんのかよ。いったいどのくらいの重さがあるのやら…」


 突然の剣の襲来にゲートに入ろうとしていた冒険者たちの足は止まってしまう。だがいくら大きいと言ってもそれには限りがあり、別に剣など無視して横からその先へ行けばいいだけである。しかしその大剣を見たものはどういうわけかそれ以上は足を踏み込むことができず、結果いつまでも前に進めなかった。まるで冒険者として挑む勇気や張り合う度胸が崩れて失われてしまったかのように。


「ねぇ待って‼あの大剣…もしかして…!?」

「あの剣…俺も知ってるぞ‼あれの持ち主は…‼」


 自分達の足を止めた原因の大剣に混乱する群衆だったが、次にそれの意匠をよく見たものは

それが誰のものであるかに気づいていた。そして同時に、その大剣と持ち主の両方を畏れた。


「あれは…なんでアレがここに!?」

「待て…ならあの人がこの街に来ているのか!?」


「じゃから落ち着きなされよ。少し頭を冷やさんか。」


 ざわつく群衆の前に新たに現れたのは、一人の老いた爺だった。


「まったく、儂もいちいち剣を出すのは大変なんじゃからもっと年寄りを労わってほしいのう。」


 そんなことを言いながら彼はてくてくと歩いてきてやがて地面に突き刺さる大剣の前で止まると、群衆の方をくるりと向いてその場の全員に自分の顔を良く見せた。そこで冒険者たちは己の頭で描いた大剣の持ち主の予想を確信へと変え体を震わせていた。


「…ガルンドだ…‼」

「ガルンド・シロイツ…‼」

「なにっ!?あのジジイがガルンドだとっ…!?」

「なんてこった…‼」


 冒険者たちが一斉にその爺の名を呼び、群衆の中の傭兵や商人などがそれを聞いて驚く。彼らも姿は知らなくてもあの爺の名前だけはようく知っていたからだ。



「ああ…ついに生ける伝説と対峙してしまいましたの…‼」

「マジで…?俺は夢でも見てんのかな…」

「俺も同じ気分だよ…だが現に目の前にいるぞ…‼」


 現れた爺をゲートから少し離れたところで騒動の成り行きを見ていたイゾルデ達も目撃しており、彼女もまた二人の騎士と共に彼の姿に恐れおののいていた。


「あの人がガルンド…だからガルンドって誰よ‼やっぱり私にはあの人がただのおじいちゃんにしか見えないんだけど!?」


 三人とも同じように体を震わせかの者と出会えたことに身を震わせて興奮していたが、ナナミだけはやっぱりあの爺が何者なのかよく理解できていなかった。しょうがない。本当に知らないんだもん。


「知らないとはいえあれをただの老爺扱いとはな。しょうがないから教えてやろう。」

「後学のためにお願いしま~す。」


 そんな飄々とした態度の彼女に、クロノスはやれやれと首を横に振ってから優しく教えてあげた。


「あの爺の名はガルンド・シロイツだ。元冒険者で今は冒険者ギルドの本部で幹部をやっている老人さ。それと若くないとか年寄りには大変だとか自分で言っているけど、めちゃくちゃ元気だからなあの人。」

「元冒険者…みんな知っているくらいの有名人ってことは何か二つ名とかがあるの?」

「ああ、ある。そもそも知名度の高さと二つ名はセットだ。奴の二つ名はな…「ハイドラゴンバスター」っていうのさ。引退したから元ではあるけど俺と同じSランクだよ。」


 そう言ってからクロノスはガルンドについて話した。



 ガルンド・シロイツは現役のころは大剣士(ビッグソーディアン)職業(クラス)を持つ、とある種のモンスター討伐クエストを専門に受ける冒険者であった。彼は「竜屠りの牙」と言う物騒な名を持つ相棒の大剣一本とその身一つで獲物を狩り続け、冒険者の頂点であるSランク冒険者に上り詰めた猛者である。


 では彼の獲物とはなんぞや?答えは彼の武器の名にある。竜屠り…すなわち(ドラゴン)。それが彼の唯一狙う狩りの獲物(ターゲット)なのだ。


 ドラゴンは一匹一匹が強大な力を持つモンスターで、普通の人間が戦ったところで全く相手にならない。それはモンスターとの戦いの心得がある冒険者であっても同じことで、並みの実力のCランク未満の冒険者では、たとえドラゴンの中でも数が多く比較的に格の低い下級クラスのドラゴンが相手であっても、一匹を討伐するのにも最低で三十人前後の冒険者でそれ専用の討伐チームを組む必要があるほどだ。それだけの数で挑んでもまず三割は確実に死ぬので、ドラゴン討伐のクエストは冒険者のクエストの中でも最高難易度に指定されている。


 それでも下級クラスはまだ倒せる範囲であり、これが中級クラスのドラゴンともなると、もはや何百人の戦士が集まったところで牛に挑む蟻のようなもので、人間界に現れた中級クラスのドラゴンを倒しきれずに国が滅んだことだって一度や二度ではない。これが更に上の上級クラスのドラゴンともなれば…もはや考えたくもない。とにかく、ドラゴンとは本来それほどに危険な存在だということを理解してほしい。


 しかしハイドラゴンバスターの二つ名を持つ男ガルンド・シロイツは、そんな危険なドラゴンを一人でいとも容易く倒してしまう力を持つ。一応倒すだけなら彼と同じSランクであるクロノス達や一部Aランクにの冒険者にもできるが、彼の場合その先がすごい。次にそんな彼の伝説の一つを話そう。



 何十年も前のことだ。危険なドラゴンが数多く棲まうと言われている北方の山岳地帯の果てにある山…「霊峰ドラグセンド」より、一匹のドラゴンが同族との勢力争いに負けて人間の住む領域へ逃げ込んできた。


 霊峰を下りたドラゴンが見つけたのは、獣のように鋭い牙も爪も持たず、同族のようにあらゆるものを焼き尽くす炎の吐息(ブレス)も全てを溶かし尽くす毒の唾液も吐けない。そんなか弱い存在である人間だった。


 ドラゴンは彼ら人間を小さく食いごたえがないが前述の通り抵抗する力をほとんど持たず、小さいがゆえに一口で食べやすい…そんな大変に都合の良い餌だと目をつけた。そして山を追われた際に失った体力を取り戻すために霊峰に近い辺境の村々を襲ってそこの村人を喰らおうとしたのだ。


 しかしながらドラゴンにそれは叶わなかった。なぜなら最初に襲った村にたまたまガルンドがいたからだ。しかも空を飛んで村に到着してから最初に見つけて食おうとした若い人間の雄が彼だったのだ。選んだ村が別の村なら、食べようとしたのが別の人間だったのなら、少しは人間を喰らうことができたのかもしれないのになんと不運なことか…しかしその不運が命取り。結局ドラゴンは人間を一人も喰らうこと叶わず、ガルンドによって細切れにされてしまい、村人のその日の晩のスープの豪華な具と化した。


 襲ってきたドラゴンを何事もなく片付けて村人がそれを材料に作ったスープを飲んだガルンドは、また来たら危ないだろうからという理由で山岳地帯に乗り込み、それまで人類が誰も踏破したことなく、冒険者にとっても最強で最恐で最狂で最凶と名高い地のひとつである霊峰ドラグセントを、まるで散歩でもするかのように単騎で踏破してそこに棲まい覇を競う千匹の中級クラス以上のドラゴンを一匹残らず屠って殺した。それ以来霊峰ドラグセントは新たにドラゴンが棲みつかず信仰も失われ、今やただの山となりかつてドラゴン棲んでいた跡を残すのみとなったとか。



「――というのが、あの爺の数ある伝説の一つさ。他にもあるがだいたいドラゴンがムカついたので殺しましたー‼的なワンパターンだからいちいち説明はしない。詳しく知りたければどこかの図書館や書店で関連書をお求めくださいお客様。近代歴史の文献やおとぎ話の絵本にも出てくるくらいの人間だからあの爺さん。そういうのって話をかなり盛られる傾向にあるが、あの爺さんに限ってはだいたい本当にあったことだからな。」

「ドラゴンって…こっちに来てからやっぱりとんでもないファンタジー生命体だってのは知ったけど、そんなあっさりと倒せるもんじゃないでしょ…冒険者なり立てのころに、もし出会っても死にたくなかったら全力で逃げろって教わったんだけど。」


 クロノスから話を聞いたナナミは、ようやくあのお爺さんがどれほどの人間だったのかを知り、恐れおののいていた。


「倒すだけなら俺にもできるがな。あの爺さんのおっかないところは現役で狩ったドラゴンの累計討伐数(キルスコア)にあるのさ。あの人はとにかくドラゴンを狩り続けた…あの大剣を片手にこれまで斬り裂いた竜の数は推定で百万を超えるとか。ギルドが記録しているのでそれだから未申告もあわせれば千万いくんじゃないのか?それだけの数は俺でも無理だ。第一に俺はドラゴン専門ってわけじゃないし。」

「それだけではありませんわ。彼の方(あのかた)は魔王クラスのドラゴンをこれまでに七体も討伐していますの。この功績に勝てる者などどこの国の騎士や武将にもおりませんわ。」

「魔王クラスなんて初めて聞いたんだけど。なんか厨二臭い…でももちろんすごいんだよね?」

「すごいすごい。俺でも会いたくないもん魔王クラス。会おうと思って会える存在じゃないけどな。…これでガルンド爺のすごさがわかったろう?あの爺さんは現役を引退してもなお冒険者業界に影響力を持っているのさ。冒険者はいい加減で傲慢だがな…それでもあの爺さんがギルドの幹部として目を光らせている限り俺達は度を越えた非常識はできない。俺ら冒険者が従っているのは実はギルドでなくて、もしかしたらあの爺なのかもしれないな。」

「ふーん。そうは見えないけどなぁ。」


 クロノスとイゾルデの話を聞いて彼をに恐れを抱いた後でも、ナナミはまだ半分疑っていた。彼女からしたらガルンドはどう見てもその辺のおじいちゃんにしか見えないんだもの。


「本当にすごいんだぞ?俺は何かやらかす度にあの爺に怒られるのが本当に恐ろしくて恐ろしくて…」

「そもそもガルンド様を怒らせるなどあなたは一体普段どんなことをなされているのですか。」

「そりゃしっかりと冒険者家業をだな…しかし恐ろしいは恐ろしいが、後で俺がいたことを知られたらもっと恐ろしい。…というわけでこんばんはの挨拶くらいはしてこようと思う。」


 そう言ってクロノスは挨拶をするために、ガルンドの元へ歩み寄った。 


「よぉ爺さん。昼飯時ぶりだな。昼はダンツとキャルロを構ってくれてありがとうよ。それと夜間出勤ご苦労さん。」

「およ?なんじゃいクロノス。いたのならお主がこいつらを止めてくれたらよかったんじゃ。見て見ぬふりして老体に鞭打たせるなんぞ虐待じゃぞ?」

「ひどいことを言ってくれるじゃないか。俺今日の午後はプライベートの休息返還して頑張ったんだぞ。」

「おぉ、ギルドに指名手配者の死体がいくつも引き渡されたと報告があったが、やはりあれはお主の仕業じゃったか。面倒だと言いつつもなんだかんだでやってくれるところは流石は終止符打ちじゃな。」

「るせーよ。俺は「昼下がりの木漏れ日漏れる木の下でお昼寝するのが大好きな猫さん」クロノスだ。そんな退屈そうな二つ名は忘れた。それとそんなドラゴンを何千体も殺した物騒な大剣振り回してな~にが虐待だ。」

「なに、これは相棒の剣じゃないぞ。あっちは自宅で飾り物になってすっかり埃を被っとる。これはレプリカじゃよレプリカ。外側だけで中身はすっからかんじゃから儂のような爺でも簡単に放り投げられる。さすがに現役のころのはもう持てんよ。なにせ二千キロはあったからのうあれ…いやぁ、われながらよくあんな重たいの背負ってあちこち旅ができたものじゃ。昔の若い自分が羨ましい‼」

 

 ガルンドは大剣を地面から片手でいともたやすく引き抜くと、笑いながらそれをぶんぶんと振り回していた。彼はレプリカと言っているが彼がその大剣を振る度に刃からひゅんひゅんと空を斬り裂く音が聞こえてきたので…おそらくあれもただの剣ではないのだろう。


「レプリカっつっても五十キロはあると見るねそれ。それを片手で楽に振るとかおっそろしい爺さんだよ。それで張り切ってゲートに詰めかける奴らを止めに来たのはよろしいが、君はこの騒ぎどう収めるつもりなんだ?君がこうしてこの場にいるうちはいいが、君が帰ったらすぐにまたゲートへ入ろうとするぞ。」

「ふむ…そうじゃな。」


 ガルンドは剣をもう一度地面へぐさりと差し込み、自分の動向を見守っていた群衆全員に聞こえるように言った。


「聞け‼ダンジョンへの挑戦者たちよ。儂が来たのはこの混乱を収めてギルドとして安定したダンジョンへの挑戦を提供できるようにするためじゃ。じゃがこの騒ぎでは一組ずつ入れるのもままならんと判断した。よって儂の権限で今よりダンジョンゲートを封鎖してダンジョンへの侵入を一切禁止することにした‼もちろん中央だけでなくこの街にある他のゲートも全部じゃぞ‼」


 ガルンドは平民には貴重な懐中時計を文字通り懐から取り出して時間を確認した。


「…今は九時か。ならば今日の残り三時間と明日の二十四時間。合計で二十七時間がよいじゃろう。開放は明日と明後日の狭間の深夜零時きっかりじゃ。それまではダンジョンには誰もいれん。」

「そんな…いくら何でもゲートを閉めるなんて横暴だぜガルンドさん‼」

「そうだそうだ‼挑戦者の邪魔だと…幹部になって冒険者魂腐ったのか‼」

「老いたなハイドラゴンバスターよ‼」


 一人がガルンドに抗議すると他もガルンドに誹謗の声をぶつけてきた。しかし彼はどこ吹く風でそれを聞き流して話を続け、言い返してきた。


「なーにを言うてるんじゃ。これはお主らのためでもあるのじゃぞ?」

「俺達のため…?」

「考えてもみぃ。ここにいるほとんどの連中は今日ダンジョンから戻ってきたばかりの奴らじゃろう。ならば今日はもう入れないから、極わずかにいる入れる奴との差が出てしまうのう。それに何の準備もせずにダンジョンに入ろうなど無謀を通り越して自殺そのものじゃ。何度も潜れば危なさは身に沁みとるじゃろう。」

「言われてみれば…たしかに。」

「儂は皆にこう言っておるんじゃ。今日はもう寝てゆっくり体を休め、明日一日を使ってしっかりとダンジョンに挑む準備をせよ。そして明後日に皆が公平な状態で確実な挑戦を行えと。」

「なるほど‼たしかにこのまま突っ込んでもエリクシールのある場所までたどり着けるかも怪しいな‼」

「ガルンドさんは俺達のことをしっかりと考えて皆にチャンスをくれたんだ‼なんていい人なんだ‼」


 彼の真意を解説を聞いてようやく読み取った者達は、やれガルンド。流石はガルンド。あれはガルンド。それガルンド。さてはガルンド。もしくはガルンド…そんなことを言って一人残らずガルンドを褒め称えた。さっきとはひどい扱いの違いである。


「さぁお主ら…これを聞いていつまでも油を売っていてよいのか?一流の冒険者とは機を逃さぬものじゃぞ。」

「そうだった‼こんなところで入れもしないダンジョンに無理やり入ろうとしている場合じゃないぞ‼」

「それならすぐに戻って寝るぞ‼明日は道具の準備だ‼」

「僕たちは空き地で連携の確認をしよう‼」

治癒士(ヒーラー)がもう一人欲しいな…どっかのパーティーからスカウトして引っこ抜こうぜ‼」

「ワシらはイグニスの野郎につこう‼」

「明日は一番に保存食の買い出しに行くぞ‼もたもたしてたら美味いのを他の奴らに買われてしまう。」

「俺は武器屋に剣の手入れをしてもらうぜ‼斬れ味最高にして守護者も一刀してやるさ‼」

「なんの‼俺は今日の内にやっておくぞ‼店主を叩き起こしてな‼」

「俺達は…運び人(ポーター)をたくさん雇うぞ‼」

「おい‼誰かあたいらと組まないか!?数で攻略しようよ‼」

「雇い主に経緯を伝えて軍資金を出してもらわないと…」

 

 挑戦者はゲートへ向かうのを止めて、仲間とあれこれ相談しながら他に出遅れるものかと我先に広場から走って出ていった。

 

「よしよし、こやつらはこれでしばらくは大人しいじゃろ。さて…イグニスと言ったな?」


 解散して帰っていく挑戦者を目で見送ったガルンドは、さっきまで人々にもみくちゃにされて質問攻めされていたイグニス達に視線を移した。彼らの方にいた人々も既に散り散りになっていて今日は解散して明日また詳しい話をということでまとまったらしい。


「ああそうだ…天下のハイドラゴンバスター様に名前を覚えてもらえるなんて光栄だぜ。」

「それは現役の時の話じゃ。今の儂は幹部の椅子に辛うじてしがみつく老いぼれよ。それよりもお主らはギルドで保護するからな。エリクシールは使ったのなら奪われようがないが、情報欲しさにお主らを攫って拷問する阿呆がいるかもしれないからの。」

「仕方ないか…だがダンジョンには俺達も再挑戦させてもらうからな。」

「それは止めんよ。仲間集めはギルドでもサポートされてもらうからの。今日はエリクシール入手までの詳しい話を聞かせてもらうでな…着いて来い。」

「わかった。…というわけだ‼俺達と組みたい奴は明日以降にギルドの発表を待っていろ‼それまで装備や道具の準備をしっかりとしておけ‼他の奴にも伝えておいてくれ‼」


 イグニスは近くにいた自分達と組みたがっている挑戦者にそう伝えて、仲間と共にガルンドに連れられて行った。



「イグニスたちはガルンドが保護したか。今日のうちに話しの続きをするのは無理だな。ガルンドの爺さんも行っちゃったし俺も戻ろうかな?」


 エリクシールの話をもっとよく聞きたかったしガルンドにも伝えたいこともあったのだが、双方ともクロノスに挨拶もせずに去ってしまった。


「そうですわね。戻って皆さんにこの話をしなくてはなりませんの。」

「みんなきっと驚くだろうね。えっと、来た道はあっちだよね…あれ?なんかまた人がいっぱい来てるけど?」


 ここに留まる意味がないだろうと残る者達も次々と帰り始めており、クロノス達も帰る意思を強めて自分の通って来た広場に繋がる通りがどこだったかを選んでいると、その中の二つの通りとゲート前に見知った顔が現れた。



「中央広場が騒がしいと聞きつけて駆け付けてみれば…これは何事だ!?」


 広場の西の通りから入ってきたのは、ディアナと彼女が連れてきたクランの部下だった。


「でも隊長…なんかもう解散みたいな流れになってますよ?」

「確かに…これが冒険者のいつもの喧嘩の後なら怪我人が転がっているものだが…それも見当たらないしなにがあったんだ…?」



「おうなんだなんだ?もう解散か?せっかく飯を中断して様子を見に来たのに。」

「ちょっとその辺の奴に聞いてみますか。おいそこの…‼」


 南の通りからはヘルクレスが子分を引き連れてやってきた。彼らは事情を聴くためその辺にいた帰ろうとしていた冒険者に声をかけていた。



「ヒャッハー‼二十八階クリア‼地上の空気が気持ちいぜ‼飯と女をよこせぇ‼ギャッハー‼」

「マー君ちょっと下品だよ‼まずはお風呂‼」

「兄貴の言う通りだぜコストロッターのお嬢‼飯食って酒飲んで女を抱きたいぜ‼」

「もう‼みんなまで…」


 ゲートが光り輝いてそこから現れたのは、ダンジョンに挑戦中だったマーナガルフとその子分たちだ。彼らは久しぶりの地上の空気を吸ってから飯だ女だと騒いで一緒にダンジョンに行っていたマーナガルフの担当の幼女コストロッターに叱られていた。


「…ありゃ?なんでこんなに雑魚っちゃんが…?喧嘩か!?どこのどいつだ俺様も混ぜろオラァ‼」

「ぐへぇ!?」

「兄貴、そいつたぶん関係ないぜ。」

「なに?ギャハハ、そいつは悪かったなおっさん‼」

「もう気絶してるよマー君。」


 マーナガルフは広場にたくさんの人間がいたことで大好きな喧嘩を予想して、その辺の適当な冒険者の男に殴りかかっていた。



「ギャハハ。こりゃあ俺様をこき使ってくれている風紀薔薇(モラル・ローズ)様と喧嘩友達の賊王くんじゃねぇか。久しぶりー‼」

「相変わらず下品な奴だ。これは何事だヘルクレス?」

「残念だが俺も今来たばっかなんだよ。お前こそ何か知らないか?」

「なんだよ?俺様たちのお迎えじゃないのか?」

「違う。誰が好き好んでわざわざ貴様らをこんな真夜中に出迎えるものか。」

「君たち一足遅いぞ。情報の遅い冒険者は三流だと教えられなかったのか?


 三勢力は広場の中央に来たことで、同じように来た互いの存在を認識して集まり、この騒ぎの原因を訪ねていた。そこにクロノスもやって来た。迷宮都市にいるシヴァルを除いたS級が揃い踏みである。

  

「貴様も来ていたかクロノス。これはいったい何事だ?」

「遂にエリクシールが出たんだよ。詳しいのはその辺の奴に聞けよ。」

「なにっ!?詳しい話を聞かせろ…‼」

「おかしいね?俺は誰かその辺の奴に聞けよって言ったのに。」

「おかしいな?私からすれば貴様もこの場にいたその辺の奴なんだが。」


 仕方ないとクロノスは三人に広場で起こったことを伝えることにした。


「かくかくしかじかまるまるうしうしだ。」

「なるほど。そういうことだったのか。」

「そういうことかよ‼」

「なんだ喧嘩じゃなかったのかよ。ちょっとがっかりだぜ。」


 クロノスが説明をすると、三人は納得してくれた。


「しっかりと伝えたぜ。俺は帰る。」

「ああ。手間をかけさせてすまないな。」

「いいって。それじゃ。」

「ちょっと待ちなさいよ‼」


 …が、仲間であるはずのナナミが納得いかないと帰ろうと背を向けたクロノスの肩をがしりと掴み引き留めたのだ。


「なんだよナナミ?君は一緒にいたんだから別にいいだろう。」

「なんでそれで伝わるのよ!?前私がクロノスさんに同じこと言ったときは伝わらなかったじゃん‼」

「なんでってそりゃ…心でつながっているみたいな?」

「何よそれ‼ぜんぜんわかんないんですけど‼」

「心か…深いな。」

「俺は深いっつーか不快だぜ。男となんざ死んでもつながりたくないね。」

「ガッハッハ‼一理あるな‼」

「なんなのこの人たち…」

「それじゃあ今度こそ帰るからな。飯の途中で抜けてきたから腹八分目…いや、ここへ来るまでに運動したからまた空になってしまったから戻って何か胃にいれないと。もう遅いから何かあったらまた明日にしてくれ。どうせダンジョンには入れなくなってしまったから街のどこかで準備の名目で暇を潰しているだろうからさ。」

「そうか。ではそうさせてもらおう。」

「ギャハハ、お休みちゃ~ん‼」



 伝えることは伝えたし今度こそもう用は片付いた。クロノスがディアナ達に別れを告げて通りに戻ろうと歩きだすと、ナナミがもうひとつと話しかけてきた。


「さっきのはどうでもいいとして、一番大事なこと今になって思い出したんだけど…ひとつの階層にあるマップはいくつもあるんだよね。その中のどれに出るかはランダムだったんじゃないの?いくら二十五階層に行けても、エリクシールのあるマップに偶然出ることはなかなかないんじゃないかな?」

「その通りだな。よく覚えていたぞナナミ。だからこそ連中はなるべく早く二十五階まで行き、そのマップに出るまで侵入と帰還を繰り返そうとしているんだろう。」

「なるほどね。運が良ければ一日で。悪ければ何日挑んでもたどり着けないってことね。」

「そういうこと。だがたとえエリクシールのマップにたどり着けたとしても、そこで守護者を突破しなくてはならない。運よくマップを引き当て実力で守護者を黙らせる。これができるパーティーが現れるのにどのくらいの時間がかかるかは知らんが、それでもまだ時間はあるだろう。おかげでヴェラとシヴァルの帰還を待てる。」

「やっぱりまだ待たなきゃいけないの?てっきりエリクシールがいくつもある話についてかと思ってたんだけど。」

「それもあるんだが…一番大事なのは君がさっき言った話だ。」

「さっきの話?マップがランダムってこと?」

「そうだ。そしてもう一つ。」


 クロノスは振り帰り、後ろから騎士に横を守られて自分達の後をついてくるイゾルデの方を見ていた。


「…何かありましたの?」

「いんや。飯屋の場所はわかるよな?人が多いからもし君が俺達とはぐれてもちゃんと戻れるかなと思って。」

「ご心配なく。これでも記憶力には自信がありますわ。もしどうしても戻れなければ宿屋の位置も覚えていますのでそちらを目指しますの。」

「大丈夫ですイザ…イゾルデ様。俺らもばっちり覚えていますので。」

「何があったかマックアイさんにきちんと報告しなきゃな…」


 見られたことに気づいて話しかけてきたイゾルデににこりと下手くそに微笑んでクロノスは正面を向きなおした。


「エリクシールの入った宝箱とそれを守る守護者のモンスターか…あいつらは逃げ足ついでにひとつ頂戴したと言っていたが…本当に一つしか運べなかったんだろうか?もっと何か裏があるような…」

「…あ。クロノスさん、ゲートからまた誰かが戻ってくるみたいだよ?」


 ナナミにそう言われてもう一度振り返ると、広場の中央のゲートが光り輝いていた。どうやらマーナガルフたちの後に誰かがまらダンジョンから戻ってきたらしい。いくらガルンドが入る人間を止めていたとしても戻ってくる人間を止めることはできないだろうからこれはむしろ当然である。


「さっきの話を聞けなくてタイミングの悪い連中だ。逆に人混みがいなくなった後で道が空いていて楽ともとれるか。…む。あっちにも見覚えが…」


 戻ってきたパーティーを見たらすぐに前を向きなおすつもりだったが、クロノスはそれをしなかった。なぜなら、今ダンジョンから戻ってきた人物たちにも見覚えがあったからだった。



「はぁ、地上はもう夜だな。さっきのマップは明るいところだったから違和感があるよ。」

「違和感があるとすればこの体の方だよ。なんせさっき…ん?なんか人が多くないか?夜ってこんなに広場混んでたっけ。」


 戻ってきたのはイグニスたちの後に出会った二人組の冒険者のトーンとグロットだった。クロノス達が彼らと出会った時は彼らは仲間が死んだので死体を地上に持ち帰るために帰還したはずだが、クロノス達がダンジョンであれこれ探検していた間にまた入りなおしたのだろうか。


 仲間を二人失ってるし宝も得たというのに、なおも挑むとはなかなかの度胸と欲である。クロノスはそう考えたが、帰ることで頭がいっぱいだったのでわざわざゲート前まで歩いて戻り話しかけようとまでは思わなかった。


「なんでこんなに人が…何かあったのか?」

「いいじゃないか。人がいるんだからついでに教えてやろうぜ‼おい皆聞いてくれ‼」


 ちょうどいいとトーンが広場に残っていた人間全員に向けて大声で叫んだ。ほとんどの者は先ほどの興奮から落ち着いたあとで、疲れもあったし興味もないとそれに耳を貸さなかったが、それでも何人かがトーンの方を暇つぶし感覚で見ていた。



「クロノスさん。あれトーン君じゃない?なにか言ってるみたいだけど…」

「いいよどうでも。エリクシール以上の衝撃発言でなきゃ、今日はもう誰も相手にしないことにした。」


 クロノスは広場にいる人間の中でトーンに興味のない側だった。ナナミは気にしているがもう先ほど以上の成果はないだろうと足を止めない。



「ぜんぜん注目されてないぞトーン。」

「…ふん。これを見てもそう言っていられるかな?見ろ‼」


 そう言ってトーンは自分の鞄をがさごそと漁って、何かを取り出そうとしていた。なおクロノスはそちらを見ていないので、これはあくまで声と音を聴いて彼がそうしたのだろうという推測である。


「俺達は十階層でエリクシールを見つけたんだ‼でも守護者のモンスターとの戦いで重傷を負って中身を飲んでしまった‼だけどまだたくさんあったんだ‼十階層だ‼エリクシールはそこにあるぞ‼」

「…なに!?」


 トーンの叫びを耳にしたクロノスは驚いて振り返り、それぞれ天に片腕を掲げるトーンとグロットの姿をしっかりと目に入れた。




 やってやったと誇らしげな表情の彼らの泥だらけの手袋をつけた手の中には、イグニスが持っていたものと同じ意匠のボトルが、しっかりと握られていたのだった。




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