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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第128話  そして更に迷宮を巡る(話を聞きつけて駆け付けた広場での出来事)


 広場までの道のりを駆け足で十分ほど走ると、迷宮都市のちょうど中央らへんにあるダンジョンへのゲートのある広場に着いた。ここはクロノスたちが入ったのと同じゲートだ。


「エリクシールを見つけた同業者がいるのはここか?」

「また勘違いじゃねぇだろうな‼」

「いや、今度のは本物っぽいぞ。さっきギルドの職員が鑑定をしにきたらしい。」

「でもよぉ、鑑定結果はまだ知らないんだろ?だったら…」

「なら帰れよ。信用してないんならいても邪魔だ。」

「はん‼情報を独り占めしようったってそうはいかないぜ。」


 クロノス達のいた通りは興味の無い者だらけだったが、広場まで来るとそこには情報の真偽をこの目で確かめようとする者や、情報に確信を持って来た者。そんな街のあちこちから詰めかけた人間であふれかえっていた。その盛況ぶりはすさまじいもので、普段の夜の広場はダンジョンから帰ってくる者とそれを迎える者くらいしかいないらしいのだが、今は昼間と同じくらいに人がいた。


「エリクシールを見つけたってやつはどこかな?」

「前の方にいるんじゃない?」

「そうだろうな…お、ゲートの真ん前にそれっぽいのが…もっと前に出るぞ。レディ、お手をどうぞ。」

「あら、気が利きますのね。オホホ…なんてね。いこいこ。」


 クロノスは人混みの隙間から先の方にいるそれらしき人間を見つけた。そしてナナミの手を引いて人の波をかき分けて突き進む。


「おい押すなよ‼」

「はいどいてどいてー。暴れ牛クロちゃんのお通りだよー。」

「なんだおま…うわぁ!?」

「吹っ飛ばされた‼」

「なんなんだあいつ…」

「強そうだし絡まれても勝ち目がなさそうや。お前らもどいてやれ。」


 クロノスはときどき進路の邪魔になるおジャマ虫君を掴んで放り投げてまた進む。そんなことを繰り返すうちにようやくゲートの目前までたどり着いた。


 そこではゲートの手前で群衆を前に何人かの男達が声高々に叫んでいた。その中の一人が腕を天へと掲げており、その手には薄茶色の酒のボトルのようなものが握られていたので、おそらくは彼らがエリクシールを見つけた冒険者パーティーのメンバーなのだろう。


「見ろ‼これこそあの伝説のエリクシール…その瓶に他ならない‼俺達は成し遂げたのだ‼」

「俺達が見つけたんだぞ‼」

「そうだ‼すごいだろう‼」

「ギルドの職員にも鑑定してもらった。詳細はよく調べないとだがまず間違いないと思っていいとよ‼」


 男たちはそれを指し示してエリクシールであると聞いていた群衆に宣言していた。


「すごいお宝はああやって見せて自慢するのね。」

「あれはなナナミ。ああして自分たちが手に入れたと多くの人間に教えて自分の名前をアピールする狙いのほかに、もし盗まれても正当な所有者が誰であったのかわかりやすくする目的もあるんだ。誰にも気づかれないようにこっそり運び出す奴もいるが、たいていは群衆の前で堂々と宣言して冒険者としての名に箔をつけるものさ。」

「そうなんだ…でもあの瓶本当にエリクシールなのかなぁ…?」

「ギルドの職員が鑑定したと言っているがそう簡単に決めつけられるもんでもないだろう。俺は本物を見たことないしわからん。ここまで来てやっぱり違いましたなら笑いもの…ちょっとまて。彼らは…」


 エリクシールを見つけたと叫び続ける冒険者のグループたち。クロノスは彼らに見覚えがあった。


「あれ?私もあの人たち会ったことある‼」

「だよな…イグニス‼君イグニスじゃないか!?」

「おお、終止符打ちじゃないか‼」


 それは隣のナナミも同じだったようで彼女も反応していた。クロノスはそれで確信を得たようで彼らの話を聞く群衆の最前列からその中のボトルを握りしめる男に大声で呼びかけると、男の方もクロノスに気づきこちらを向いて返事をしてくれた。


 エリクシールを見つけたと言っていたのはクロノス達がダンジョンの四層目で出会い、一緒にマップの攻略をしたB級冒険者イグニスの率いるパーティーであった。イグニスに続き仲間であるギース、ヴァリスト、マットの三人もクロノスに気づいてまとまってやってきた。


「…今日は稲妻の女はいないのか…?」

「君はマットだったな?ここにはいないから安心しろ。それにしても君たち俺らと別れてからそんな下の階層まで行ってたんだな。」

「いや…あんたらと別れて何層か探検した後、一度地上に戻ってきたんだ。それでいっそ下の階層を様子見でって意見がまとまって、俺達の最高到達記録だったこの階層に挑戦してみたんだ。」

「そしたらこの通りってわけさ。悪いな先に見つけさせてもらったぜ‼」

「よせよギース…へへ…‼」


 そう言ってギースがイグニスの腕を持ち上げてそこの握られたボトルをクロノスに嬉しそうに見せつけてきた。イグニスはふざけるギースを叱るがそれも笑いながらで、前に会った時はそこまで感情を出すような男にも見えなかったがこれが本来の彼なのかとクロノスは思った。あるいは目的のお宝をついに手に入れたことで気が昂っているだけなのかもしれない。


「ふぅん…手に入れたことは素直に称賛しておくよ。…あれ?…なぁ、よければそのエリクシールをもっと良く見せてくれないか?なに、ここまできて盗みはしないさ。」

「ああいや、それは…ちょっと勘弁してくれないか。」

「…?」


 薄茶色のボトルを見ていたクロノスはそれに何か違和感を感じた。それでなんとなくエリクシールの実物を確かめさせてもらおうとしたところ、イグニスは少し躊躇して断ってきた。その行動にクロノスは少し疑問を覚える。


「なんだ?見せてもらおうとした男は知り合いみたいだが…」

「なんで見せてやんねぇんだ?」

「もしかして…偽物?」


 イグニスの対応の不審さはクロノスとのやりとりを見ていた群衆にも伝わり、しだいに彼らは疑心でざわつき始める。


「…あ!?お前ら違うぞ‼これは間違いなくエリクシールの瓶だ。さっきギルドのお偉いさんにも見てもらって前に出たものと同じ奴だってお墨付きももらえた‼最初からいた奴はその時のことを見ていただろう!?」

「ああ。」

「俺も聞いたぞ。それは本物だって‼」


 慌てて説明するイグニスに最初の方からいたらしき冒険者が何人か同意して擁護してくれた。


「本物というのは俺も疑ってないんだけど、ならどうして見せてくれないんだ。」

「えっと…それは…わかった。言うよ。どのみち皆が落ち着いてから説明しようと思ってたんだ。」


 クロノスに問い詰められたイグニスはやがて意を決したようにもう一度瓶を持ち上げ、広場全体に向けて叫んだ。


「実はこのエリクシールの瓶…中身は空なんだ‼もう使ってしまったんだよ。…こいつに。」


 イグニスはそう言って持っていたボトルをひっくり返して中から一滴の液体も零れ落ちないことを見せてから、空いていた方の手で仲間の一人であるヴァリストを指し示した。指名されたヴァリストは照れくさそうな申し訳なさそうな、なんとも言えない表情で語った。


「エリクシールの入っていた宝箱の置いてあった場所は、守護者のモンスターがいたところで…そいつとの戦いで俺いい一撃もらって死にかけちゃったんだ。それでダンジョンから戻るときに…っ…‼ちょっとまってくれ。こういう視線には慣れてないんだ…」

「大丈夫かヴァリスト?皆の注目で参ってしまったか。ここからは俺がまた話す。ありがとう…」


 ヴァリストは額に手を当てその場にしゃがみこんでしまった。どうやら群衆の興奮の視線でプレッシャーを受けて耐え切れなかったらしい。そんな彼にイグニスは彼の背中をさすってあげてから、代わりに自分が再び話し出した。


「今言った通り俺達が持ち帰ったエリクシールは使ってしまった‼これの入っていた宝箱は守護者のモンスターに守られていた。俺達は戦ったが歯が立たずに命からがら逃げてきたんだ。その際に何とか奴が守る宝箱の一つだけを持ち出せて水晶の部屋で帰る前に開けてみてその中にこれが入っていたのだ。しかしそれもこうして仲間に…仕方なかったんだ。戦いで負ったヴァリストの負傷はそれほどまでにひどかった。ダンジョンポーションも尽きていたし、こっちに戻って来てからでは治療が間に合わないとリーダーとして判断した。いくら大金と化すエリクシールとはいえ、それを得るために仲間の命が無くなっては元も子もない。どうかそれを理解してほしい‼」

「それは…そりゃエリクシールをどう使うかは手に入れた奴の自由だけどよ…」


 イグニスの言い訳にも似た説明を聞いた群衆は、もったいないと内心思いながらも彼を責めるつもりはなかった。


 いくらエリクシールが貴重で大金と化すであろう存在だとしても、群衆の中の誰かが言った通りエリクシールを誰に使おうがどこへ売ろうがそれは手に入れた本人たちの自由だろうし、それが仲間の命のために使ったのなら人としてむしろ称えるべきことだ。


 それに…群衆たちは今持ち帰られたエリクシールがどう使われたかは実はどうでもよかったのだ。注目は別に…イグニスの説明の中にもう一つあった。


「一つだけ…ってことはもっとたくさんあったってことかい!?」

「…っ‼」


 手前の女の冒険者が皆が思っていたことをはっきりとイグニスに尋ねると、彼は黙ってこくりと頷いてその質問を認めた。


「ああ…これは持ち出せた宝箱に一本だけ入っていたんだが、宝箱は他にもおんなじようなのが何十個もあった。俺達がよほど幸運ならその中からエリクシールが入った当たりを偶然引き当てた…と考えたいが、そんな幸運は信じられない。おそらくはあの宝箱ひとつひとつに同じように…‼」


 そう語るイグニスの目は夢見る少年のようにきらきらと光り輝いていた。握る拳はぷるぷると震えており、最後の一言をなかなか口から捻り出せない。


「落ち着けイグニス。言えないなら俺が言ってやるよ‼聞け…‼」


 やがてそんな彼を見かねて仲間の一人のギースが今まで黙っていた分も爆発させるように叫んだ。


「エリクシールはたくさんある‼二十五階層目の俺達が出たマップに‼守護者に守られて何十個も‼」

「「「うおおおおおおお‼」」」


 ギースのその言葉で、衆目の興奮は一気に最高潮にまで高まり、一人残らず猛々しい雄たけびを上げる。その目はもはやイグニスたちを疑いをまったくもっておらず、本当に彼らがエリクシールを見つけたことを認めていた。


「なぁ、あったのはどのマップだったんだ!?二十五階層の、どのマップから…」

「待った‼先に俺らのパーティーに教えてくれ‼金なら払う‼いくら出せばいい!?言い値で買おう‼」

「守護者のモンスターってどんな奴だった!?ドラゴン?ナーガ?サンドワーム?」


 群衆はもっと詳しいエリクシールのありかの情報をイグニスや仲間から聞き出そうとして、我先にと彼らの元へ詰め寄った。


「落ち着け‼守護者は強力なモンスターだった‼だからリーダーとして今のメンバーでは敵わないと判断して帰ってきてしまったが、もっと戦力があれば必ず奴を倒せる‼俺達はパーティーの調整と探索の準備をしっかりとやりなおして、もう一度あのマップへ行くつもりだ‼そして残りのエリクシールも全て頂く‼そのために…守護者を倒すために仲間がもっと必要になる。だから協力者を募りたい‼一緒に守護者を倒してエリクシールを山分けにしよう‼」

「「「うおおおおおおお‼」」」


 イグニスの仲間を募ると言う発言を聞いて群衆は再び雄たけびをあげた。


「ねぇ、アンタの名前ヴァリストって言ったっけ?エリクシールを飲んでどんな感じだったんだい?」

「ああ、すげぇなエリクシールって‼俺は守護者に噛みつかれて足が千切れかけて皮一枚でつながってただけなんだけど…飲んですぐに足がくっついて傷が塞がって痛いのが無くなったんだ‼それだけじゃねぇ…こないだ買った安娼婦に感染(うつ)された性病も治って股が痒くなくなったし、昔っから悩みの種だった足の指の水虫もすっかり消えちまった。それに前に火起こしに失敗して火傷した腕も綺麗になって…とにかく、何もかもが治ってしまったんだよ‼飲んだ俺が断言するぜ‼こいつに治せないものはない‼」

「すげぇ…それなら母ちゃんの病気も…‼」

「これなら贔屓の旦那もいくらでも金を積む…‼」


 何人かがヴァリストからエリクシールを飲んだ感想を尋ねてその効果が確かなものであることを直接聞き、入手により強い熱を燃やしていた。



「(そうか…やはり考えていた通り何個も同時に出てきたんだな。それなら…)」

「終止符打ち…よければお前にも参加してもらいたい。二十五階層を探索できる人員は貴重だしそのうえ守護者とも戦わなくてはいけない。お前が加わってくれたら大きな戦力となる。」

「ん?ああ、そうだな。一つ手に入ればいいんだしそれなら…」


 騒ぐ群衆の中で自分の考えに裏付けをとっていたクロノスに、イグニスが仲間に加わらないかと誘ってきた。


「なぁ‼仲間の募集の話、詳しく教えてもらいたいんだが‼」

「打ち合わせはいつやるんだ!?代表者だけでいいのか!?」

「あっちで詳しく教えてくれよ‼」

「ああちょっと待て…‼すまない終止符打ち‼また後で…おい押すなって‼」

 

 そしてイグニスにクロノスが返事を返そうとしたら、彼は瞬く間に募集に乗ろうとする者や情報を得ようとする者達に囲まれて連れていかれてしまった。残されたクロノスは質問攻めにあうイグニスと仲間を見つめて一人呟いた。


「次が見つかった時点で覚悟はしていたが…すごい熱狂だ。イグニスたちはしばらく冒険者の間で話題の的であるだろうな。」

「イグニスさん達が人気者になるのもそうだけど皆の興奮もすごいよね。何週間もまったく成果が出なくて皆も我慢の限界だったのかもね。私たちはどうするの?イグニスさん達の仲間になって一緒に探す?」

「うーん…どうだろうか?彼らは何十個もあったというが…それはあまり得策でもなさそうだな。ヴァリスト君が火傷を負った妹用に一つ欲しがっていたからその分は確保されるだろうけど、あとは売って山分けだろう。他の連中は金がもらえればそれでよしかもしれないが、俺達は金を受け取っても意味ないんだぞ。」


 イグニスは仲間思いの冒険者だ。共闘する人間だって無下に扱ったりはしないだろう。だから手を組めば確実に見返りはあるとクロノスは思っている。しかし彼らと手を組もうと考えるのは何もクロノスだけではないだろう。イグニス自身が大声で募っていたし。

 

 もしもイグニスに同調して守護者討伐に参加しても、参加した団体の数がエリクシールの残り数よりも多ければ、すべてを換金されてその金を団体数で割ることになるだろう。


 発見者として発言権がありそうなイグニスたちなら自分達の分のエリクシールを確保できるだろうが、一団体に過ぎない猫亭では、仮にいくらか金を積んで自分達だけエリクシールを報酬としてもらおうとしてもいくらかかるか分かったものではないし、同じように欲しがった人間が複数出てくればもはや交渉にならずに奪い合いの大喧嘩に発展する恐れもある。なにせ当の品は不死の霊薬だ。その魅力に惑わされる可能性は十二分にあり得た。


「それじゃあどうするの?」

「それは…「クロノスさん‼」…その判断は雇い主に従うべきだろうな。」


 クロノスがナナミに答えようとしたところで、広場の入り口から人をかき分けゲートの前の方までイゾルデが追いついた。その後ろからはマックアイにより護衛役に指名された二人の騎士が遅れてやってくる。


「待ってください姫…‼」

「姫速すぎ…‼」

「あなた方が遅いだけですわ‼重い鎧を着こんでいるとはいえ、つまらぬ婦女の一人くらいむしろ追い抜く気持ちで走りなさい‼」

「気がお強いこって。話は聞いていたかイゾルデ嬢?」

「ええ。後ろの方だったので発見者の話は聞こえませんでしたが、仲間を募ると言うことは広場の入り口まで伝わってきました。見つけたのは前にダンジョンで会った方々でしたわね。」

「そちらにも届いていたようだな。その通りでイグニス君の仲間になればエリクシールを手にできる可能性は高いようだが…どうするべきだと思う?」

「そうですわね。普通に考えれば彼らの仲間になって攻略を手伝うのが一番かと思いますが…可能性ということはまだ何か問題があるのでしょう?」

「ああ。」


 クロノスが先ほどまで考えていたことをイゾルデに話すと、彼女はやはりと納得してから答えた。


「確かにお金だけ頂いても困りますわ。あたくしお金には困っておりませんもの。それならば最初からエリクシールを頂きたいものです。」

「だろうな。これは冒険者のクエスト共通の事柄だが、いかに楽になるからと言って組む人間が多いほど一人の取り分は小さくなる。たとえそのお宝にどれほどの価値があったとしてもだ。ダンジョンのどこの階層でで見つかったのかはもう皆に知られてしまった。そして街中のエリクシールを求める人間が取るべき手段は二つに一つになった。」


 次にクロノスは指を二本ぴんと立てて、これからの方針を伝えた。


「一つ、大人数で楽して攻略してエリクシールから得られる金を仲良くわけるか。二つ、少人数で苦労してエリクシールを手に入れ独占するのか。その両極端だ。」

「そんな極まった選択肢しかないのですか…?」

「ない。少なくとも現状ではな。イグニス達が誇示のためにぺらっぺら話してくれたからその二択になった。」

「そうかもしれないね。クロノスさんの言う通り、みんながイグニスさんに協力する気があるわけじゃないみたいだよ?あそこの人たち…」 


 イゾルデは極端な選択肢のどちらにも乗り気ではなさそうだった。それとナナミの言う通りですべての人間がイグニスの元へ集っているわけでもなく、そこらで別の話し合いが漏れていた。


「…徒党を組む必要はねぇ‼二十五階層ってのはわかったんだ‼だったらイグニスの野郎に従うのはごめんだぜ。」

「お前とはいつも気が合わんがそれには同意だ。…よし、いますぐに人手を集めろ‼」

「おっ、あちらさんも動くみたいだな。俺らも負けてらんねぇ‼すぐに準備だ‼」

「俺達は…もう今日は行って戻ってきたから入れないぞ?」

「無理言って入れてもらおうぜ‼こんなチャンス人生で二度とないぞ‼」

「そうだ‼ルール違反がなんだ‼他よりも早く二十五階層へ行かなくては‼」

「誰よりも早くたどり着いてエリクシールを独り占めだぁ‼」


 イグニスの話を聞いた冒険者たちの中には、イグニスたちと組まずに自分達だけで二十五階層まで向かおうとする判断をした者も少なくなかった。


「エリクシールを手に入れるのは、この「二の太刀」の二つ名を持つ俺様だ‼」

「いいや…このワタシ率いるクラン「黒の彼岸花」の物さ‼」

「薄汚い冒険者連中め…エリクシールは俺ら「逆刃傭兵団」が頂くんだよ‼」

「冒険者も傭兵団もすっこんでいろ‼エリクシールは我らが主に献上するものだ‼」

「下級貴族の出の貧乏騎士様は引っ込んでな‼こういうのは金の力がすべてだ。ウチの商会が雇った百人の冒険者達で一気に…」


 そうして次々と大物らしき人物とその仲間の団体が二十五階層への挑戦に名乗りを上げて、ダンジョンに残るエリクシールは自分の物だと他へは一切譲ろうという気を見せなかった。なんとも強欲な連中であるが売れば何代も先の子孫まで遊んで暮らせる宝を前に、お手てにぎにぎで協力しようという話自体が無茶なのだろう。

 

「もたもたしてらんねぇ‼おい職員、今から挑戦するぞ‼すぐにゲートを開け‼」

「ちょっと待ってください‼あなた方のパーティーは夕方に戻ってきたばかりではありませんか‼今日戻ってきた人は明日になるまで入れません‼それと一列になってきちんと順番を守って…‼」

「うるせぇ‼真面目にぞろぞろ並んでたら出遅れるだろうがよ‼」

「そうだ‼あとでペナルティをもらおうと俺は行くぞ‼」

「ですから入ろうとしても無理ですって‼だいいちそちらのパーティーはベストは確か十五階…わぁ‼」


 誰よりも早くに二十五階層にたどり着いてやろうと、この場に様子見で来ていただけで大した荷物も持ってきていないのに、とにかくダンジョンへ挑戦しようとゲートの前の職員へ詰め寄る者が続出した。


「皆さんせめて一列に並んで…お願いしますから…ああもう‼まったく聞いてくんない‼」


 ゲートを管理する女性職員も慌てて挑戦者を止めようとするが、人数が多くもはや大波のようになった人々を相手にしきれないようで押しのけられてしまっている。


「止まりなさい君たち‼聞かないなら武力行使でわかってもらうぞ!?」

「やれるもんならやってみな‼」

「宝を求める俺達を止められるもんなら止めてみやがれ‼」

「くぅ…‼数が多い…‼」


 ゲートを守る武装した二人の職員も槍と楯で挑戦者を威嚇してゲートを守ったが、しょせんは多勢に無勢というやつであろう。迫る何十人もの群衆の肉の壁には勝てずに、どんどん外側へはじき出されてしまう。


「くそ…応援を呼べ‼混乱状態で入れてもろくなことにならん‼」

「しかしこの数では…‼」


 応援を呼ぼうとする職員も人の波に揉まれて上手く広場を脱出することができない。それをクロノス達は少し離れた場所で見て、動向を見守っていた。


「パニックになっちゃったじゃないか。バカすぎるだろ。一日に一回しか出入りできないのは約束ごとではなく、絶対的な法則。例えるのなら石を空から落とせば地面に落ちるくらいには当たり前のな。無理やり突っ込んだって入れやしないさ。それに帰ってきたばかりの疲れた体でろくな準備もせずにダンジョンにまた入ったところでまともな攻略ができるはずもない。エリクシールがあったというのは二十五階層目だぞ?そもそもそこまでいける奴ってこの広場にいる中で一割もいないだろ。出遅れないように焦る気持ちもわかるけど少し冷静になれよ。」

「どうしよう…私たちも今日帰ってきたばっかりだから明日にならないと入れないよ?」

「だからそれは他も同じだって。今から入れる奴なんてほとんどいやしないさ。」

「しかしこれはどうにかしませんと。こんなことで暴動でも起こったら…」

「大丈夫さイゾルデ嬢。すぐに無駄とわかって大人しくなる。」


 警備の職員を追い出して空いた通路を通って我先にとゲートへ突っ込もうとする群衆。彼らの目は興奮と焦燥で血走ったものへと変わっており、もはや誰の制止の声も聞こえないだろう。

 

 イゾルデは広場での騒ぎが暴動に発展するのではないかと心配していたが、クロノスは特に気にも留めていなかった。なぜなら冒険者の騒動など常日頃からよくあることだし、賢い者ほど少し暴れたら頭が冷えてすぐに無駄な行動であると理解する。いつまでも騒ぐのはド素人か本当の馬鹿だと知っているからだ。


「そのしばらくの前に重傷者が出てしまいますわ‼前の喧嘩騒ぎの時のようにあなたが収めることはできませんの!?」

「心配しなくても街にはあの人が来ていたからな…すぐに駆け付けてなんとかする。…ほぅら来た。」


 クロノスは不安がるイゾルデを抑えて、何かを感じて星々の輝く雲一つない空を見上げたのだった。



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