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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第126話 そして更に迷宮を巡る(合流してからの夕食での出来事)


「すっかり暗くなってきやがった。」

「あーあ…今日ももう終わりか。」

「久しぶりに美味い飯が食えてよかったぜ。ダンジョンではクソまずい保存食ばっかだったし。」

「だな。俺は宿のベッドが恋しかったよ。明日からまたダンジョンに行くのめんどくせぇなぁ…」

「早く宿に帰って寝るよ。並ぶの面倒だから朝一番にゲートに行かないと。」


 時刻は午後の七時の少し前の夕暮れ時。夏前の季節ゆえに日没まではそれなりに長かったが、それでも夕日は刻一刻と沈み夜の世界がやってくる。


「ただいまー。」

「おう、お前今日何してた?俺は武器屋で剣の調整してもらってきた。」

「俺は知り合ったやつらとカードしてきた。へへ…大儲けだったぜ。」

「ほぉ、楽しみやがって…俺も女でも買ってくるんだった。でも今はどこも混んでいるし金吹っ掛けられるからなぁ。」

「なら次こそお宝手に入れて大儲けしようぜ?そしたら女なんて十人でも二十人でも侍らせればいい。」


 ダンジョンから帰ってきた挑戦者は稼いだ金を地上で食事や賭け事それに女など、それぞれ思いのままに使って英気を養い、明日また入ることになるであろうダンジョンの準備のために一人また一人と宿への帰路へと着く。


「合流したし明日に備えて一杯やろうや。」

「おおいいなそれ。どこの店にすっか…」

「お兄さんがた‼飲むならウチの店に寄ってくんな‼サービスするぜ‼」

「まだ宿が決まっていない人はウチの宿にまだ空きがあるよー‼近くに夜でもやってる飯屋があるから食いっぱぐれないよー‼」


 夜が近づいてはいるが酒を飲む者やこれから色町に足を運ぶ者もまだまだたくさんおり、むしろこれからが書き入れ時の本番だとばかりに通りの飲食店は表に明かりを照らし店員を立たせて呼び込みをしていた。

 



「…お、女衆が来たようだな。」

「そうみたいだね。お~い‼」

「とうちゃ~く‼ありゃ、私達が最後かな?」

「いや、まだ旦那が来てないッス。遅れたけどナナミちゃんおかえりッス。」

「へへ…ダンツさんただいま。まぁもう夜なんだけど。でもクロノスさんも一人で行動するなって言ったり時間厳守って言ったりしてるのに自分が守らないんだからやんなっちゃうよね。」


 そんな中でこちらは迷宮都市を訪れていたミツユースの冒険者達。彼らもそれぞれの自由時間を終えて宿泊する宿の前に続々と集まって来ていたのだ。先に来ていたダンツ、キャルロ、アレン、ヘメヤ、オルファン、クルロが後から小走りでやってきたナナミ達女性陣に話しかけた。


「聞いて聞いて…‼」

「俺らなんとあのガルンドさんと会って、しかもお話までしちゃったッス‼」

「そうなんだ。すごいでしょ…‼」


 そう言って興奮しながら今日会ったことを集まっていた皆に語って聞かせていたのはダンツとキャルロだ。彼らは昼過ぎに出会ったガルンドと今までずっと話し込んでおり、更にそこに酒まで入っていたらしく、ガルンドから聞いた彼の数々の武勇伝をを赤い顔でまるで我がことのように誇らしげに語り、その目を子供のようにきらきらと輝かせていた。


「あのガルンドと会っただと…!?すげぇ…‼」

「しかも話しまでしたなんて十年先まで…いや、一生自慢できるよ‼」

「まったくだ…よかったなお前たち。」

「そうですね。あのお方にお会いできるなんてとても幸運なことでございますよお二人とも。」

「まさか迷宮都市に来てらっしゃったとは…うぅ、あたくしもかの伝説の人物とお話したかったですわ‼」


 それを聞く仲間たちも同様にそのことに興奮しており、驚きと羨ましさを併せ持つ目で二人の話を聞いていたのだった。

 

「しかしさすがはガルンドさんッス。昔の武勇伝をまるで世間話するかのように鼻にかけない…なんともできた人だったぜ…‼」

「私達とも対等に話してくれて本当にすごかったよ…‼」

「ああいう人を英雄って言うんだろうね。ガルンドさんの場合は冒険者だけど…」

「いやぁすごい‼そもそもあのガルンドさんが目の前にいて彼と話そうという気になるのがすごい‼さすがダンツ‼ミツユースの冒険者の中でも屈指のコミュ力の持ち主だよ‼」

「いーなー‼クルロさんは男にキョーミないけど、ガルンドさんだけは別だよ‼クルロさんにも話をさせろー‼」

「あの…」


 やれガルンド。流石はガルンド。あれはガルンド。それガルンド。さてはガルンド。もしくはガルンド。そんなことを言いながら皆が興奮に包まれる中で、ただ一人だけ冷静なナナミが手をあげて発言の許可を求めてきた。


「なにッスかナナミちゃん。悪いけどサインはあげらんないッスよ。」

「色紙代わりになりそうなものをいた店からもらったんだけど私達二人分しかなかったんだよ。ごめんね…」

「こっちにも有名人からサインをもらう文化があるとかそこは気にはなるけど…いや、そうじゃなくてさ…」


 サインは自分達の分しかないとガルンドに書いてもらったそれを見せびらかしつつ先に牽制したダンツとキャルロに断わりを入れて、それからナナミは言いたかったことを告げた。


「ガルンドって…だれ…?てゆーかクロノスさんまだ?おなかすいたから早くご飯に行きたいんだけど。」

「「「「え…」」」」


 ナナミがやっと絞り出した一言。それを聞いて全員が一瞬固まってしまう。



 そして街の夕暮れ空を一羽のカラスがかぁと鳴いてその日の終わりを告げたところで、全員が一斉にはっと意識を取り戻す。


「「「「ええ~~~~~~!?」」」」


 そしてナナミ以外の全員がこいつ何言ってんだとばかりに驚きの叫びをあげた。セーヌやイゾルデは下品に叫ばずまだ大人しかったが、皆と同様に驚いた目でナナミを見ていた。


「ナナミさん本気ですか!?あのガルンド・シロイツですよ!?」

「そのおじいちゃんシロイツって姓なのオルファンさん?そのガルンド…って人のどこがすごいの?なんかの有名人?」

「…マジかよ。」

「オルファン。素が出ちゃってるッスよ。」

「ナナミちゃんなんで冒険者やってるッスか?知らないでなんで冒険者ができるッスか!?正直あの人の前にはクロノスの旦那がどこ行ったかなんて道端の犬の糞よりどうでもいいッス‼むしろ自分で踏んだら嫌だからどこに落ちてたか知りたいぶんそっちのが大事かも‼」

「え…クロノスさん可哀そうじゃない…?犬のフン以下とか…」

「こいつ…Sランク冒険者知らなかったりガルンド知らなかったり…いくら何でも無知すぎだろ。むしろ人の世に生きていてどうやってあれの名を知らずに今まで生きてこれたんだ。」

「なんで呆れるのよリリファちゃん‼仕方ないでしょホントに知らないんだから‼」

「ナナミ姉ちゃんが昔いたところは話に聞いたけど…さすがに常識に欠けているよ。冒険者じゃなかったおいらでも知っているくらいなのに…今度おいらと学校に行って勉強する…?」

「えぇ…そこまで言われなきゃいけないの…?」


 仲間達にあまりにもディスられすぎて、ナナミはなんだか悲しくなってきた。こういうときなんやかんやで一人味方をしてくれる我らがクランリーダーもいまはいないことが彼女の悲しみに拍車をかけていた。


「まったく…相変わらず食うことに全部持ってかれているやるだなお前は。」

「うぅ…いくらなんでもひどい言われようだ…こうなったら…泣くよリリファちゃん?」

「泣こうが喚こうが勝手にしろ。まさかお前がそこまで無知だとは思わなかったぞ。」

「言ったな!?なら大人げなくぴーぴー泣いちゃうもんね…‼」


 リリファにも呆れられそしていよいよ女の武器を取り出して泣くかというところで…


「その辺にしておけ。ナナミはこの大陸でない場所から転移魔術とやらで飛ばされてきたんだ。文化も何もかも違うところだし、いくら何でもそこまでガルンドの名前は伝わらないだろう。」

「あ…‼うわ~んクロノスさ~ん‼みんながいぢめるよ~‼」


 ナナミを抱きしめて頭をわざとらしく撫でまわし彼女を慰める仕草をしてみせたのは、さっきまでこの場にいなかったクロノスだった。どうやら集合に間に合ったらしい。それを受けてナナミもわざとらしく泣くふりをするのだった。


「あーよしよし。かわいそーになー。」

「おいお~い…‼ナナちゃん悲しいよ~‼これは美味しいスイーツが無いと泣きやまないぞ~‼」

「はいはい。ごはんの時にご馳走してあげようなー。」

「…やったね‼」

「よぉ旦那。やっときたッスか。みんなもう集まっていたッスよ。」

「すまないな。遊びに手間取ってしまった。」

「遊び…?」


 クロノスが仲間達に謝罪をしてそれから遅れた理由を告げた。すると演技だったので簡単に泣きやんだナナミが何かに疑問を持ったのか、抱きついていたクロノスの胸元を鼻で嗅ぎ始めた。


「すんすん…石鹸のいい匂い。ちゃんと別口でお風呂に行ったんだね。でもこの薔薇の香り…それとレモンの香り…なんか二つくらい混じってる…?どこのお風呂に行ったの?」

「それはきっと女物の高い奴にゃ。やっぱりエッチな店に行ったに違いないにゃ。」

「えー!?フケツなんだ‼フジュンなんだ‼」

「違いないな。きっと宿を梯子(ハシゴ)をしたんだろう。女をとっかえひっかえでな。」

「さて、どうだろうか?(…よし、血の臭いは消えてるな…)俺で最後かな?」


 ナナミの真似をして鼻を立て匂いを嗅いでそれからクロノスの昼の行動を勘繰りする女性陣。クロノスは彼女達に別の臭いが気づかれなかったことに安堵してからあからさまに惚けて見せた。指摘されたことは当たらずとも遠からずであったためだ。だがそれをはっきりとは言わずに話を終わらせて、それから周囲を確認してメンバーがきちんと揃っているか見ていた。


「それよりも全員揃っているのか?いない奴は返事しろ。」

「うわ、すんごいベタ。」

「ちゃんと全員いる。クロノスで最後だ。」

「クルロもばっちりいるにゃ。」

「朝から女の子と遊びまくって財布がすっからかんになったから戻ってきた‼」

「こいつ…ダンジョンの魔貨でけっこういい報酬を得たはずなのにそれを全部使い果たすとは…‼どんな神経してやがる…」

「ちゃんと物の補充は済ませたよ‼えらいえらい‼」

「それをするのが普通にゃ。」

「ダンジョンでなんか足りないとか言いだしたら置き去りにしてやるッス。」

「まぁまぁ、あまりクルロを責めるな。これがこいつなりの気の発散のさせ方なんだろう。」


 クルロの女遊びの激しさに呆れる仲間達だったが、クロノスはそれに物申した。


「準備の方にきちんと金を使えたのなら後は個人の報酬だ。どう使おうがそれはそいつの勝手だよ。」

「さっすがクロノス‼わかってるねー‼」

「旦那はあんまりクルロを甘やかすなッス。こいつカルロ時代よりもさらに手に負えなくなってんだから。前はもっと分別つく奴だったのに、そういうの全部キャルロに持ってかれたみたいで…」

「私としてはクルロにも少しくれてやりたいくらいなんだけどね…あぁでもそしたらクルロの屑なのがその分移ってきそうだからやっぱりヤダ。」

「いいじゃないか。なんか名前が似てるからほっとけないんだよ。クルロとクロノス…ってね。まぁウチのカワイイ子猫ちゃん達に手を出したら…消すけど?」

「怖‼クロノスめっちゃ怖いよ‼警戒しなくてもナナミちゃん達には手を出さないってー‼…今のところは。」

「今のところは…?」

「うひぃ!?こえー‼クロノスこえー‼キャルロたすけてー‼」

「ちょ…邪魔なんだけど…うわっ!?クロノスさん怖‼」


 クルロの言葉に反応して紅い目をきらりと光らせて目を細めたクロノス。目を向けられたクルロはびっくりして今や姉と弟くらいの体格差となったキャルロの後ろに隠れたのだった。そしてクロノスと目が合ってしまったキャルロまでビビってた。


「まぁその辺にしてくれッス旦那。全員揃ったみたいだしこれから晩飯ッスか?」

「…ああ。昼に店主の対応のよさそうないい店を見つけたからそこへ行こう。それとも誰かリクエストでもあるか?」

「ないでーす‼」

「右に同じ。」

「そうか。なら話の続きはそこでにして早く行くぞ。大人数だから遅れると席に着けないかも。」

「そりゃ大変だ‼すぐ行こう‼」

「それってどこ?…あーふんふん…それならクルロさん知ってるよ‼案内したげる‼さーイゾルデさま御一行レッツゴー‼」


 話もそこそこに夕食を摂るため宿の前から移動を始めた仲間達。クロノスが店の場所を皆に教えるとクルロが知っていたらしく、彼が前になって案内を買って出てくれた。その後ろを全員が着いていく。





「ゴーゴゴゴー♪地獄の釜の中までみ~ちあんな~い‼悪い子は釜で煮て茹でて蒸してそれからそれから…どーん♪」

「なんだよその歌。」

「私達…っていうかカルロの故郷に伝わる歌だよ。久しぶりに聞いたな…懐かしい…」

「浮気者は~切り落とせ♪男だったら埋めちまいな…いやまて‼先に俺に殴らせろ~♪」

「ひっでぇ歌詞ッス。」

「クルロの歌声が妙に上手いのがより一層むかつくにゃ。」

「へいへいへ~い‼…あっ、お姉さん今ヒマ?クルロさんと遊ばなーい?」

「ふふふ…お呼びじゃないわ。すっこんでなさい小僧。」

「わーい見事に辛辣に振られちゃったぞ‼失敗玉砕大敗北♪じゃねー‼…お‼イイ女十人目‼」

「やめてよもう…‼」


 誰よりも前を歩くクルロはいつの間にか宿に置いていた自分の魔宝剣を持ってきており、それをぶんぶんと振り回して歌いながら先導してくれた。そして時々すれ違う女性に軽く声をかけてナンパをしては相手にことごとく躱され敗北していた。しかし上機嫌なのかクルロはまったく落ち込まないし凝りていない。そうこうしているうちにまた一人の女性に声を掛けようとしてダンツとキャルロに止められていた。


「そう遠くはないしクルロにまかせて大丈夫だろう。俺らは道がてら雑談でもしてようぜ。」

「そうだね。」


 手が空いたと最後尾に回ったクロノスは同じく後列で歩くナナミやセーヌと話しをすることにした。


「しばしの休暇はどうだったナナミよ。風呂に入ってきちんと気の発散はできたのか?」

「そりゃもうばっちりよ‼おっきくてあったかいお風呂に入って、食堂で手のかかった美味しいお昼ご飯山盛りデザート付きで食べて、それから街でのショッピング‼…といっても特に買う者もないからほとんど出店を冷やかしただけだけど、見たことないものがたくさんあって新鮮だったよ。イゾルデさんにも楽しめてもらえたし。それにいいアクセサリーを買えたよ。ほら…」


 ナナミが右腕の袖をまくってクロノスとセーヌに艶のいい柔らかい地肌を見せると、そこには桃色の紐に凝った装飾の着いたブレスレットが一つ填められていた。以前はそこになかったものなので、おそらくそれが買った品なのだろう。ブレスレットをまじまじと見ていたクロノスにナナミが説明してくれた。


「これは「桃色のブレスレット」って言うんだって。セーヌさんは買うとこ見てたよね?これを身に着けてると炎属性の魔術の消費魔力が減るとかお店のお姉ちゃんが言ってた。」

「炎魔術か。君にはぴったりの装備品じゃないか。」

「私もそう思って買ったんだ。まぁこんなのつけただけで効果があるとは思えないけど…でもこの世界若干こっちのゲームみたいな法則入ってるからなぁ。そんな高くも無かったし…ま、気休め程度ね。これっぽちで過度な効果ははなから期待してないわよ。」

「そういう装飾品は効果があるとはされていますが、都合よく数値で見たりはできませんからね。装備して反映されているかやはり体感しにくいものですね。」

「そう、そこなんだよねセーヌさん。私のいたところではそういうの数値の変動とかスキルの名前とか可視化できたんだけど…あ、ゲームの話ね。」

「よくわからんが数値とかで見たいのなら君の連れている魔導生物に見てもらえばいいんじゃないのか?なんかやたら高性能みたいだしそういう機能もあるだろう。」

「それもそうね。あとでしるしるくんに見てもらおうっと。」


 クロノスの提案を受け入れたナナミは、袖を戻してブレスレットをしまった。


「話は戻るが久しぶりの風呂はどうだった?君は毎日入らないと気が済まない人間だったからな。」

「最高だったよ‼でも湯船とまたしばらくお別れなんて日本人として辛いです…お風呂が…好きだから…‼」

「そんなに好きなのか。」

「クロノスさん。女性は誰でも入浴に関心を持っております。粗雑な冒険者いえどやはりダンジョンから帰ってきたら気分をすっきりさせたいのでございます。」

「まぁそれは男である俺も思う。汗臭くないようにできてもやはり汗は流したい。それとイゾルデはお姫様だ。髪を洗わせられて大変だっただろう?」

「え?そんなことなかったよ?普通に自分で洗えてた。迷宮都市に来た最初の日も軽い行水だったけどきちんと自分で拭いてたし。お姫様って髪を洗うのにもいいシャンプー使ってるんでしょ?なのに文句も言わずに貸した安い石鹸で頑張るんだもん。我慢強いよねあの人。」

「そうでございますね。イゾルデ様本人にも気を使わなくてよいと言われているので助かっております。」

「は…?」


 ナナミとセーヌは特に何ともないようにイゾルデの洗髪の様子をクロノスへ語って聞かせたが、クロノスはそれを聞いて驚きぴたりと固まってしまった。彼の驚く顔を見て二人は首をかしげると足を止めて続きを語る。


「なんかおかしかった?乾かすのも一人でやってたよ。イゾルデさんけっこう髪長いし流石に大変そうだったから私が火の魔術であっためて乾かすの手伝ったら喜ばれちゃった。みんなも便利だって寄ってくるから私はドライヤーかーい‼なんて言っちゃって調子に乗ってやってたら他の冒険者もどんどん集まって来て…」

「(そうか…ならやはりディアナの言っていたことは…)」

「…クロノスさん?どうかなさいましたか…?」

「…あ、ああ。なんでもない。なんでもないよセーヌ。」

「なにをしていますの‼早く行きますわよー‼」


 なんともないとセーヌに返事をすると、そこで前の方からイゾルデが注意を入れてきた。どうやら止まっていた間に歩く仲間と距離を作ってしまっていたらしい。


「あ、待って今行く‼クロノスさん行こ?」

「…ああ。」

「もしやどこか気分が優れないのでしょうか?それなら…」

「いや問題ない。行こうセーヌ、ナナミ。」


 ナナミがイゾルデに伝えて、彼女とセーヌはクロノスと一緒に仲間達の後を追った。その間もクロノスは昼にディアナと一緒に風呂に入った時の会話の一部を思い出していたのだった。



――――



「――ところで話は貴様の依頼人のことになるのだが…おい、聞いているのか?」

「(せっかくディアナと風呂に入ってるっていうのに…泡でもうアレが見えなくなってしまった…‼それよりもすごいことをしたって?チラリズムは男の浪漫だろうが…‼正直モロ出しよりも興奮する…‼)」

「おいクロノス‼」

「…え、ああ…どうしたディアナ。」


 薔薇の香りが立ち込める泡塊がもこもこと湯船を満たしていたのでディアナの胸は上半球しか拝めなかった。水の中まで泡だらけなので潜ったところでお目当てのそれはお目ににかかれないし、なにより目に染みるだろう。クロノスはそれを拝むことをあきらめてディアナに気を戻した。


「貴様の依頼人…彼女はイザーリンデ姫様ではないか?このポーラスティアの姫君の。」

「さぁ…と惚けても無駄か。それで正解しているんだからな。…どうしてわかったんだ?」


 ディアナの前で下手な誤魔化しは自白と同じである。だからクロノスは正直に答えておく。それからなぜわかったのかと彼女に寄って尋ねた。


「私はあの方に何度かお会いしたことがある。私はギルドの使者としてポーラスティアの王城に登城することもあるからな。それにダンジョンに潜る前のマーナガルフもあの夜に貴様といたところを見ていて、たぶんそうじゃないかと言っていたんだ。」

「やっぱマーナガルフは知っていたか。あいつは物覚えがいいからな。しかし君に気づかれたとなると…これは俺のカードを全部晒さなくてはならないのだろうな?」

「ああそうだ。御身の安全のために、街の警備のために、ここで全部吐け。一枚でも隠したら容赦せん。」

 

 隠し事は許さんとディアナに後ろから腰を抱き締められた。しかしこれが決して愛の抱擁ではないことをクロノスは知っている。もし嘘や隠し手札があれば彼女は容赦なくクロノスの腰の骨を折ってくるだろう。実際前に一度似たような機会があったときに、うっかり答えを間違えて骨に(ひび)を入れられたことがあるのだ。とにかくあれは痛かった。それ以来クロノスは彼女の前で不要な手札隠しはしないと心に決めていたし、そもそもここへ来た時点で自分の持っている情報はすべて伝える気でいたのだ。


「わかったよ…やれやれ。」


 前の自分と同じ(てつ)は踏まぬとクロノスは観念して、持っているカードをすべて晒したのだった。




 クロノスはイザーリンデがイゾルデと名乗っていることと、エリクシールを求めてダンジョンの中にまで着いてくる元気な女性であることをディアナに教えた。だって教えないとディアナが怖いんだもん。それにクロノスが話す間その言葉に嘘偽りがないか確かめるために、彼女はクロノスを抱きしめ続けていた。なのでクロノスは背中や首に当たる彼女のアレが心地よくて少しでも長くしゃべってそれを堪能したかったのだ。だから全部喋らずを得ないんだもん。これは仕方ない。不可抗力というやつだ。仕方ない仕方ない…


「…とまぁこんな具合ですぜ隊長殿。」


 心の中で神に言い訳を唱えながら全部ディアナに喋ったクロノス。彼女もその話を黙って聞いていた。イザーリンデが城に影武者を置いてミツユースに一人で来たことには少し驚いて眉を動かしていたが、次にダンジョンの中での話をしている間、彼女の表情が更に驚きや焦りに包まれ、それもあったので話している間もクロノスは退屈せず飽きなかったのできちんと事細かに伝えることができた。


「報告ご苦労。さて…いろいろ感想はあるが一番言いたいことがひとつ…貴様、一国の姫君をダンジョンの中へ連れていくとか正気か?」

 

 もう隠し事はないだろうと判断して尋問の抱擁を解き、再びクロノスの隣に来ていたディアナは開口一番にそう言った。


「最初は俺も止めたぞ?でも彼女自身が着いていくとしつこくてな。剣の腕に覚えがあったようだから浅い階層なら大丈夫だろうということにした。まさか遥か下まで落ちるとは思わなかったけど。」

「悪運の強い奴だ。しかし本当についている者はそもそもトラブルに巻き込まれないのだぞ。まぁ無事に帰ってこれたのならこれ以上言うことはないか。しかし一気に階層を転移とは危険な罠もあるのだな迷宮ダンジョンは。部下達もエリクシールを探すために行きたがっていたが止めておいてよかったか。やはり赤獣の連中には犠牲になってもらって正解だったな。」

「あいつらまだ生きてるよ。けっこう重傷者出してたけど。」


 クロノスが突っ込みを入れればディアナは物の例えだと返してきた。


「しかし姫は無事なのか。それならあの噂は虚言だったか…」

「噂?それはなんだそれは?」

「それを説明する前に…少しイザーリンデ様の身の上を聞かせてやる。どうせ彼女のことは大して知らないのだろう?」

「頼む。実はお偉い身分のお方ってこと以外何も知らないんだ。ポーラスティアに居を構えてまだそれほど経ってないし、それまでこの国に来るのもミツユースかチャルジレンに用があっただけだしな。」

「自分が住む地のことにもっと興味を持て。それでは…」


 クロノスの関心の無さに呆れつつも、ディアナはイザーリンデについて説明した。


「イザーリンデ様はポーラスティア国の国王カルヴァン王の第一夫人との間に生まれた姫君に在らせられる。長子ではあるが、ポーラスティア王国には女性に王の継承権はないからこれは気にしなくていい。年齢は二十歳だ。」

「なんか子供っぽく見えたがセーヌよりも年上だったのか…セーヌが大人の品格を備えすぎているだけか。」

「誰だそれは?」

「俺のとこの治癒士(ヒーラー)。俺がシスター姿の女性といたのを見なかったか?見たのならその子だ。そっちの子たちに負けず劣らず素敵な容姿だったろう?」

「そういえばいたな…いや、話を逸らすな。続けるぞ?…姫は昔からかなりやんちゃなお方であったらしく城を一人で抜け出すことがたびたびあったらしい。王はそれを見かねて、いざという時のために騎士団に武術を習わせていたとか。」

「剣術はそこからか。だがどうしてそこから武器が大剣に?」

「さぁ、それは知らん?むしろそれは私も初めて聞くぞ。だいたいあの華奢なお体でどうやって振り回すのだ。」

「案外平気そうだけど。」

「剣術の腕は目覚ましい成長で騎士団のトップの実力者とも渡り合えるくらいの腕にはなっていたらしい。その一方で座学の方も大変に優秀で、ヴェスバナヴの学園の入学試験では全科目トップで合格したそうだ。結局そちらには諸事情で入学されなかったそうだがな。以前教師の人間と話をする機会があったのだが彼曰く、勉学の席に着くときはやんちゃっぷりは身を潜めまるで別人のようになるんだそうだ。」

「あれが…?ちょっと見てみたいかも…」


 イゾルデは丁寧さを出してはいるがお世辞にもお嬢様とは言いにくい女性だ。間違いなく気品のようなものを感じるのだが、少なくとも落ち着いて何かをするタイプにはとても見えない。クロノスは机で真面目に勉強する彼女を想像して笑っていた。


「何をにやついている?気味が悪いぞ。」

「ああすまない。ちょっと想像してしまって…続けてくれ。」

「…そんなイザーリンデ様はポーラスティア貴族の間でも有名人なんだそうだ。美しい顔立ちと気品に溢れた優雅なたたずまい…二面性のギャップを霞ませてしまうくらいだ。貴族の若い男衆の注目をほしいままにしているらしい。私も以前お会いして言葉を交わす機会があったが、私が男だったらぜひあのような女性と親しくなりたいものだと思えるくらいには素敵なお方だったよ。長い髪は手入れが大変でいつもメイドの手を煩わせていると下手の女に申し訳なさそうに言っていたのがなにより印象的だった。」

「長い髪のお手入れね…お美しいのは俺も認めるがな。」

「だが最近衆目に姿をお見せになられていないそうなのだ。なんでも体調が思わしくないとかで、自分の部屋に籠っておられるらしい。ここのところ公務をすべてキャンセルして誰とも会われないのだとか。」

「あーそれたぶん影武者。本人が代わりに置いてきたって言ったし。さすがに隠しきれなかったみたいだけど…」


 イザーリンデは城を勝手に抜け出したことを悟られないように影武者を立てて置いてきたと言っていた。確かにそれなら顔を知る人間に会う機会を減らせるので気づかれる可能性を減らせるだろう。しかしそれは既にバレてしまっていたようで、ダンジョンから帰還した時に彼女を探す騎士の人間の姿を見かけていた。


 クロノスが騎士団の人間が迷宮都市にまで探しにきていたことをディアナに伝えると、彼女は頷いて肯定していた。


「そうだな。如何に影武者と言えど彼女に親しい者がいつまでも気づかないはずがない。だからこそ仮病をして姿を見せる頻度を減らすという手を取ったのだろう。実は私も騎士団の人間がここ数日ほど前から街をうろついているという報告は部下から受けていてな。先の噂もあってイザーリンデ様が大病を患って寝込み、それを治すために騎士団がエリクシールを探しに来たのではないのかと勘ぐっていたのだ。だが貴様から話を聞いてこれで合点がいったよ。実際はこの通り迷宮都市で何事もなく過ごしておられる。だから噂は所詮噂だったというわけだ。」

「…」


 納得だと心の(もや)を取り払うかのようにうんうんと頷いていたディアナ。しかしその隣で話を聞いていたクロノスには彼女の話したこと内容で新たな疑問ができたようだった。


「(影武者は寝込んでいる?それって本当に仮病なんだろうか…イザーリンデ様がエリクシールを使いたい相手ってもしかして…‼)」

「伝えたかったのはそれだけだ。」

「…ああ、わざわざ教えてくれてありがとうな。君のその情報は俺のクランの大切な財産となるだろうよ。」

「なに、気にするな。それにしても貴様のクランか…団員だという連中をあの夜にちらりと目にしたが、皆いい面構えだな。少々女子供が目立つが、それはこちらも同じこと。…もう手は出したのか?」

「俺は団員には手を出さないぞ。」

「貴様がか?あのシスターなぞ女の私から見ても随分美味そうだったではないか?私は同性愛者(レズビアン)はないが手が伸びていたかもと思えるくらいには魅力的だったな。」

「セーヌはミツユースの女神だから。彼女こそ神の妻にふさわしい人間だ。だから手は出させん。むろん俺自身も耐えている。」

「貴様…宗教にのめり込むような男だったか?信心深いのはよいことだがそれはさすがに…」

「違う。物の例えだ。彼女は―――」



――――――――――



「―――そうだ‼セーヌは女神‼絶対の象徴‼とくにあのふたつのたわわは…‼」

「何言ってんのクロノスさん?」

「…はっ。ここは…」


 ナナミに呼び掛けられて回想の世界から帰還したクロノスは、はっとなって我に返り周囲を見回した。


 そこは昼間クロノスが見かけた浮浪児の子供に料理の残り物をあげていた店で、自分たちは店の外の席でふたつの丸テーブルをくっつけて全員が顔を合わせられるようにして座っていた。テーブルの上には注文した料理と飲み物が所狭しと並んでおり、どうやらクロノスがトリップしていた間に店にたどり着いて料理も頼んだ後だったらしい。店内も店外も他の客でごった返しており、店員は料理や酒を忙しそうに運んでいた。


「いつのまに…」

「いつのまにって…いったい今まで何してたのよ?なんか歩いている間もずっとぶつぶつ言ってたし、お店に着いてからも席に座ってからも料理の注文をしてるときもずっと何を聞いてもウンウン言うだけだったんだけど。なんにも言わないから適当に頼んだからね。はいクロノスさんのぶん。」


 クロノスの席の隣に座るナナミは、クロノスに彼の分の飲み物(もちろんアルコール無し)と大皿から取り分けた料理を少しずつ乗せた取り皿を渡してきた。


「お、ありがとうな。気を使わせてしまったな。」

「いいって。どうせまたクロノスさんのおごりだし、ナナちゃんはこのぐらいやってあげますよっと。私がクロノスさんに給仕する役。」

「へー俺のおごりなんだ…え?」

「もちろんクロノスさんのおごりだよねって聞いた時もウンウン頷いてたよ。」

「…しゃあねえ。気分もいいしここは男の懐の大きさ見せてやるか。」

「やったね♪みんな~クロノスさんがおごるからじゃんじゃん食べて英気を養ってねー‼」

「ごちッス‼」

「クルロさん感激‼」

「おねーさーん‼追加注文お願いします‼これとこれと…」

「あとにゃあはこの魚のも食べたいにゃ。にゃーに、どうせにゃあらは払わないにゃ。にゃったら普段口にできないとびきり高いやつを食わしてもらうにゃ。」

「賛成です。それじゃ僕はこの分厚くておいしそうなステーキを…」


 ナナミがクロノスのおごりの席であることを、彼女にクロノスの相手をまかせ同じテーブルで既に飲み食いしていた仲間達に伝えた。彼らは持っていた酒のジョッキをぶつけ合い、新たな酒と料理を頼んで笑いあっている。…しかもどれもこれも高いやつを頼んでくれていた。クロノスはちゃっかり者の彼らにやれやれとため息をしてから自分の分を食べ始め、ナナミも負けていられないと料理を食べだした。


「ん~‼人のお金で食べるご飯は美味しいね‼」

「だっはっは‼姉ちゃんたち食いっぷりがいいなぁ。最近の客は酒ばっか飲んで料理にはあんま手を付けねぇ。姉ちゃんたちみたいに食い気があると母ちゃんも俺も作り甲斐があるってもんだぜ‼そら次が来たぜ。ゆっくり居座ってたくさん飲んで食ってくんな‼」


 しばらく料理を味わって食べていた二人に、店主の男が新たな料理を持った大皿を運んでくる。その顔はクロノスが昼に見かけたけだるそうな感じとはまるで異なり、まがりなりにも商売人であるということをこれでもかと教えてくれた。


「店長ありがとう。おかまいなく‼」

「いいってことよ‼それじゃごゆっくり…だっはっは‼」


 店主の男は礼を言うナナミに豪快な接客で返したあと上機嫌な様子でさっさと去っていった。


「えーとこれは…フィッシュフライ‼ニャルテマさんの頼んだのだ‼…おいし~‼クロノスさんも食べて食べて‼」


 ナナミは今来たばかりの揚げたての熱気があがる魚のフライをひとつ摘まんで食べ、それの味が確かなものであると確認してクロノスに大皿を寄越してきた。


「そうか…どれどれ。」


 クロノスは皿に敷いてある葉野菜でそれを包めて一気に噛みつき一個の半分ほどを口いっぱいに頬張る。フライの魚は薄い銀色の皮がのった白い身で何の種類かはわからないが、淡白な味に塩味が効いておりいい感じだった。ボリュームがあるのも食べ盛りの成人男性として嬉しいところである。


「ほんとはウスターソースのいいのがあればいいんだけど…ま、これはこれでシンプルでいいよね。はいリリファちゃん。魚のフライだよ。これあげるからそっちのタレかかった肉団子ちょーだい。」

「ああ。これもタレが甘辛くて美味いぞ。」 


 そう言ってナナミはフライの二つ目をとってクロノスと同じように葉野菜に包んでおいしそうに食べてから残りを隣のリリファへ回して、それと交換で彼女から別の料理を入手していた。


「んふふ…今度はフライと肉団子を…いっしょにパンに挟んで食べちゃうぞ~。…おいしー‼一口食べたらマスタードをつけて…さらにおいしー‼」

「ほんとうにお前はよく食べるな。私も食いだめはするがこの体よりは入らない。お前は背は高いが特別大きな体格ではないのにどうやったらそこまで入るのか…」

「いいじゃないか。美味いものを美味いと言って食べれるのは幸せの証さ。そういう君もずいぶんたくさんとっているじゃないか?」

「こ、これはっ…その…‼」


 何をたべてもおいしいおいしいと料理を次から次に口にするナナミ。そんな彼女のクロノスとは逆の隣にいたリリファは呆れて見ていたが、自分の皿にも普段食べるよりも多くの食べ物がナナミの分に負けないくらいにのっていた。そのことをクロノスに指摘されて思わず顔を赤くしていた。


「いいじゃないか‼ダンジョン内では簡素なスープと非常食だけだったんだ。地上に戻ってきた時にきちんと食いだめしておかないと、また行ったときに飽き飽きしてしまうだろうし。」

「そうだよね。ちゃんと食べてリリファちゃんも大きくなろう‼」

「お前はそのうち横に大きくなるんじゃないのか…?」

「その時はもっといっぱい動いて痩せるも~ん。」

「…調子のいいやつだ。」


 空になった自分の取り皿に新たに料理を与えていくナナミに、リリファは聞こえぬようにそう呟いてから、再び食べることに集中した。


「二人とも仲がよろしいことで…っと。イゾルデ嬢は楽しまれているかな?」

「ええ、美味しいですわ。お構いしなくてよろしいですの。」


 右隣で肉団子の最後の一個を取り合う女子二人から目を離して、左隣で食事をするイゾルデに話を振った。彼女は彼女で味が濃く量重視の冒険者向けの食事に圧倒されつつも、おなかが空いていたようでどんどんと取り皿に気になる物を入れていた。


「前回の食事も豪快な食べ方でしたが、今回はビュッフェ方式の食事に近いですのね。たまに招待を受ける貴族のパーティのようで楽しいですわ。出されるものもいろんな地方の風土が漂いどれも興味深いですの。」

「ああそれな…ミツユースでもそのようだが、迷宮都市やチャルジレンは冒険者をはじめとしていろいろな地方から様々な人間が来るから、そいつらのところでの食文化も一緒に彼らが持ち込んでくる。それを商魂逞しい商会や飲食店がどんどん取り入れていつしか入り混じったメニューができあがりというわけさ。」

「なるほど…同じ国内でもこうも異なるものなのですね。ポーラスティアの首都は山向こうで冒険者もそこまで来ませんから他国からの文化というのが伝わりにくいんですの。ですからこういう体験は本当に貴重なのですわ。惜しむらくは量も種類も多すぎてあたくしの小さな胃ではすべてを味わいきれないことでしょうか。少しずつ食べればよいのでしょうが…どれも美味しくてそれぞれたくさん食べたくなるんですの。どうかはしたない女と思わないでくださいな。」

「ははは…遠慮せずがんがん食べるといい。城に戻ったらこんな豪快な食事はもう味わえないだろうからな。」

「…そうですわね。今日はたらふく頂こうとおもいます‼では会話もこの辺で失礼して…」

 

 そう言ってクロノスとの話を打ち切ったイゾルデは、いつの間にか調達を終えていっぱいの料理がのった皿を手元に戻して、それの処理に集中した。


 右隣のナナミも左隣のイゾルデも自分が食べることに一生懸命になってしまっていたので、クロノスも負けるものかと自分のぶんを食べ始めた。食べるから傍らで他の人間が食べているところもちらりと見たが、ダンツたちもクロノスのおごりであることをいいことに高そうな酒をボトルで頼んで浴びるように飲んでいたし、アレンも普段食べない食事をこの機会にと口いっぱいに頬張って食べている。そんな光景をセーヌは酒精の弱い果実酒を飲みながら微笑ましく見ていて、同じように見ていたこちらと目が合ってにこりと微笑まれたのでクロノスも不器用に微笑み返したら顔を赤くされてしまった。


「セーヌの奴め、可愛らしく顔をまっ赤にして。おそらく酒で染まったんだろうがこっちが勘違いしてしまうだろうが…なんてな。…おっと、飲み物が無くなってしまったか。お姉さん、おかわり‼」

「はい‼ただいま‼」

「…食べるだけでいい気分になれるならそれで幸せなもんさ。明日からまた忙しいのだから…いや、結局ヴェラどうなっかなー?明日ダンジョンどうしよう…日帰りで…いや…」


 忙しい日々の合間のつかの間の休息時間。こういう時間がいつまでも続けばいいのに。そんなことを考えていたクロノスは、自分の持っていた木でできたジョッキの中身が空になっていたことに気づき、自慢の妻だと店主自ら言っていた年若い女の店員を呼んだ。そして店員返事をしてこちらにこようとしていたのを見つめながら、クロノスは明日の予定を考えていたところで…



「いたぞ‼あそこだ‼」

「逃げられないように全員で囲め‼」



 突然通りの方から大きな声がいくつも聞こえ、外の席で食事をしていた客と近くを歩いていた全員がそちらを振り向いた。


 そこには鎧姿の人間が二十人ほどいて、こちらに小走りで近づいてきていた。彼らの姿を目にした者たちは口々に口を開く。


「なんの騒ぎだ…?ありゃ武装したギルド職員でもなさそうだが…」

「逃げた盗人でも見つけたのかな。」

「盗人一人にここまで重武装するかねぇ?」

「あれは…‼」

「クロノスさん‼あの人たち…」


 食堂の外席で飲み食いしていた客たちはこちらに向ってくる鎧の人間達を、あれだこれだと予想して騒いでいたが、その中でクロノスは男達の正体に気づいていた。食事をしていた仲間達もクロノスと同じように騒ぎに気づき、食事の手を止めてそちらを見ていた。



「全員…囲め‼」

「「「はっ‼」」」


 男たちはどんどんこちらへ向かってきて、やがてクロノス達が食事をしていた店の外席のとある一か所を中心に一人の掛け声で周りを全員で円形状に取り囲んだ。


「おいおい…」

「なんだこいつら…」


 その一点とは言わずもがな、クロノス達が食事をしていたテーブルのだったのだ。周りを囲まれた仲間たちは若干混乱気味で、ヘメヤなどは骨付き肉を持ったまま口をぽかんと開けていた。外周で事の成り行きを見ていたよその冒険者達も事情が呑み込めず迷い気味だ。


「こ、これは何事ですか…!?」

「何って、見ての通り楽しい日常の終了だが?」


 やってくるなりこちらを取り囲んだ鎧姿の人物達を見たイゾルデが驚いてクロノスに疑問をぶつけたが、クロノスはそれをいい加減に返して男達を一人一人よく観察していた。


「鎧の下は昼の男どもとおんなじだな。彼らのついては君が一番見覚えがあるだろうに。」

「この方たち…騎士団の…‼…パーフェク…」

「ちょいまち。」


 クロノスにつられるようにして一人一人を鎧越しに観察したイゾルデは、そこでようやく彼らの正体に気づくことができた。そしてスカートを捲り上げて愛剣の大剣パーフェクト・ローズを取り出そうとしたが、その柔らかく冷たい女の手をクロノスが制した。


「何をしますの!?早く逃げないと…」

「今回は人数が多い、追いかける側も逃げる側もな…話がややこしくなるからちょっとあちらさんの言い分を聞こうぜ?」

「その通りですじゃ。姫様、話を聞いてくださらんか…?」

「…あなたは…‼」


 イゾルデ達を取り囲む鎧姿の十数人ほどの人間達。その中の一人だけ鎧の色が異なる一人が前に出て頭のヘルムのフェイスガードをがちゃがちゃと上にあげて顔を見せる。そしてやれやれと首を振ってから発言した。


「ようやく見つけましたぞ姫様。何をお企てか存じませぬが、老骨に鞭を打たんでください。わしゃもう腰がボロボロで…」

「…マックアイ!?あなたマックアイですの!?」


 兜の中から出てきたのは痩せこけた顔と口元の白いカイゼル髭の特徴的な爺だった。その顔を見てイゾルデは驚きその男の名を呼ぶ。


「そうです。マックアイでございますじゃ。あぁ腰が痛い…この年で遠征なぞするものではないですな。馬の背で揺すられるたびに腰が悲鳴を上げてもうたまらないったら…‼」


 呼ばれた男は彼女に返事をして腰を鎧越しにさぞ痛そうに(さす)って見せていたのだった。





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