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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第125話 そして更に迷宮を巡る(続々・それぞれのチームでの出来事)



「うおっ‼なんだアイツ…!?」

「全身が光っているぞ…‼」

「冒険者には変わった風貌の者も多いと聞く…しかしあれは面妖すぎる…‼」

「目ェあわせんようにしとこ。」


 道行く人々の注目をいろいろと集めていたのは、全身を輝かせ光を纏う一人の男であった。その肉体はきらんきらんと金色に光り輝いており、男は衣服をしっかりと着込んでいたが、服の部分も内側の肉体からの光で光って見えた。


「…」


 男は道を歩いている間中好奇の目に晒されて、すっかり気分がげんなりとなっており、歩き方にもどこか元気がない。その怪しい男はいったい誰か…などとつまらない押し問答をする気もない。単刀直入に言えばそいつはクロノスだった。


「うぅ…衆目の視線がしんどい…ディアナの奴、本気でピカピカにしてくれたものだぜ…」


 クロノスは自分をこんな目に合わせた麗しき犯行者の名を呟いて、つい口から怨嗟の声を漏らしてしまった。



 ディアナと風呂に入ったクロノスはそこで彼女に誠心誠意の奉仕を受けて、それから丹精込めて磨き上げられた。なぜか本来なら台所の流しの掃除に使う硬い硬いタワシを使われて、それはもう、ごしごし、ごしごしとである。それは雇われたての加減を知らぬ張り切った新人掃除婦ですらドン引きするくらいの勢いだった。

 

 そんな彼女の洗いっぷりを小一時間受け続け、遂には光り輝いて見えるくらい綺麗にされてしまった。その結果が今の状態に至る理由というわけである。


「覚えてろディアナよ。エリクシール争奪戦が終わってライバル関係が解除されたらきっと気持ちいいと思えるくらいのお仕置きをしてやる。これを受けた君はついもっとやってと懇願するくらい俺に病みつきに…しかしそれはそれとして、いい湯だった。最初は遠慮したがやはり美女との入浴はたまらなく気持ちいな。」


 ぴっかぴかに輝き文句を言いながらもクロノスはほくほく顔であった。なんだかんだ言ってもダンジョンから戻って来てその汗を流せたのはよかったし、なにより冒険者の中でも屈指の美女であるディアナが背中を流して一緒に風呂に入ってくれたのだ。これが嫌だという男はもはや男ではない。ただのホモ野郎である。


 クロノスは自分に良くしてくれたディアナにすっかりと心の淀みも落とされてしまい、彼女の湯に浸かる裸体を思い出せば、全身をぴかぴかにされたこともどうでもよくなってしまうのだった。


「背中を洗ってもらう際に体に当たった柔らかく弾力に溢れたアレは間違いなく彼女のアレだ。いやそれ以上に直接まじまじと目にしたし、それよりすんごいことしてもらったのは違いないが…やはり見えずに感触だけというのは男の浪漫をくすぐってくれるぜ。正直肌と肌が触れ合うよりも…」

「何が触れ合うッスか?」

「泡風呂だったから湯船が泡まみれになって彼女の魅惑的な肢体が最後まで拝めなかったのが実に残念だが、それはまたの機会の楽しみということにしておこう。もちろん彼女に飽きるなんてことはこの先英英に訪れないだろうが…そうだなダンツ?」

「いや俺に話を振られてもなんのことだかサッパリ…つーかなんでそんなにピッカピカなんッスか旦那?」


 素敵な記憶に蓋をして続きはまた今度と言ってから、クロノスはいつの間にか隣にいたダンツに話を振って彼を困らせたのだった。






「なんか向こうでピカピカに光っている男がいるとかで巷の話題をかっさらっていて、さてどこのバカだそりゃと見に来れば…まさか旦那だったとは思わなかったッス。それとさっきオルファン達といたアレン君に会って話を聞いたッスよ?そっちは昼前に帰ってきたとか。この二週間まったく戻ってこなくてちょっとだけ心配してたッス。」

「優しいな君は。ヴェラなんてもっと冷たい対応だったぞ。」

「それはヴェラザード嬢の旦那への愛情と信頼の裏返しと思っておけばよろしいッス。」

「なるほど。確かにそれは一理ある。いや、百理はあるな。ヴェラも可愛い女だ。」

「それに比べそんなんでいちいち心配していた自分がなんともなさけないッスね。旦那への信頼がまだ足りない証ッスよ。」

「そんなことはない。心配しすぎはよくないが人の身の安全を祈る心に間違いはないぜ。」


 ダンツと合流したクロノスがいたのは、通りにある食堂の一つだった。ダンツと話しているうちに腹が鳴りそれで昼食がまだだったことを思いだしたので、道がてら見つけたここに入り、遅れた昼食を頂くことにしたのだ。

 

 食堂は昼時のピークも過ぎて客足が減って来ていたのか、席に案内されるのを待たされることも無かったし、注文してからの給仕も非常に早かった。それがディアナと風呂で格闘して体力を減らしてすきっ腹状態であったクロノスには嬉しかった。

 そのような理由で気分がよかったクロノスは料理を運んできた給仕の娘に代金と共にチップを多めに握らせたら、とても喜んでもらえたので更に気分がよくなった。そこに女性が美人系というより可愛い系の女であったことが、先程ディアナという美人系筆頭を堪能したクロノスにとっては口直しにちょうど良かった。


「お待たせしました~‼こちらになります‼」

「おっ、きたきた…いただきま~す。あむ…」


 そんなクロノスの昼食は、食堂のおすすめだと給仕の娘が教えてくれたパスタのトマトソースがけだ。トマトは食堂の経営者の自家栽培で今朝採れたての新鮮な物を使っているそうで、それが鶏の挽肉と炒め合わせられており、調味料のスパイスの絶妙な加減も加えたぴりりとした酸味と辛みのハーモニーがこれまたたまらない一品である。


「…美味い。これは…何度でも食べたくなる。」

「ありがとうございます♪パパ…店長も喜びます‼」

「経営者は君のお父さんなのか。会ったことは無いがきっと生真面目で妥協を許さない人なのだろう。丁寧な仕事ぶりがトマトの味にまで表れているよ。君はどう思うダンツ?」

「…確かにこれは美味いッスね。うちのお母ちゃんの大雑把なパスタとはえらい違いだぜ。」


 同じく昼食をまだ食べていなかったというダンツもクロノスと同じ料理を頼んでおり、実家の母親の料理の腕と比べ感想を述べていた。


「ウチのは家族五人分を一つの鍋で適当に茹でるうえに、大皿にソースをかけたのを取り分けるからどうしてもソースが少ない損な人間が出るッス。だからこうして一人でソースが多いところも少ないところも独り占めできる料理が俺のたまの贅沢ッスよ。」

「だが家族のぬくもりを味わえるそういう食べ方もたまには羨ましいと思えるものだ。」

「そうッスね。俺も家を追ん出されるその日まで楽しもうと思うッスよ。…その日が来るかもわからんが。」


 二人では好き勝手に雑談をして昼食を味わっていた。本当は食事の合間に情報の共有をしようと思っていたが、命を懸けるダンジョンの張り詰めた空気からそれぞれ午前中に解放されたクロノスとダンツは、この緩い空気を味わうことにすっかりと夢中になってしまっていた。




「あ~食ったッス。まともな飯は地上に帰ってきたことを実感させてくれるぜ。」

「その通りだな。…ごちそうさまでしたっと。」

「何だいそれ?飯の前にもなんか言ってたし…」

「ん?ああ、神に食事ができることの感謝みたいなものかな。ナナミが食事の最初と最後に毎回やるんだが、あいつの料理はこれをしないと食べさせてもらえないんだ。朝はセーヌが担当だが昼は猫亭にいるときはだいたいナナミがやってくれるからな。面倒なものでもないし俺も毎回やっていたらすっかり癖がついてしまった。」

「神に感謝ッスか。教会の連中みたいな格式ばったお堅いものでもないしいいッスねそれ。どれ俺も…ごちそうさまでしたっと。」

「ありがとうございました。もうお客さんも少ないしゆっくりしていってくださいね。それでは…」


 クロノスに釣られて真似をしたダンツ。そして空になった食器を最初と同じ給仕の女性がタイミングよく持っていく。どうやらお客が少なくなったので手持ち無沙汰になっていたようだ。


「ありがとう。…さてダンツよ。情報収集はどんな具合だ?どこかの連中がエリクシールを手に入れたとか言い出していないか?」

  

 ここは女性のお言葉に甘えてゆっくりいさせてもらうことにしたクロノスとダンツは、女性の顔と同じくこれまた可愛らしい尻がふりふりと遠ざかっていくのを見送り、再び真剣な顔で中断していた情報の交換を再開することにした。…ちなみにさっきまでのクロノスの光は店の中に入ろうとした時に、給仕の娘にあまりに眩しすぎて入店禁止と言われそうになったので、クロノスが気合いを入れたら引っ込んだ。引っ込んだったら引っ込んだのだ。


「俺らが地上に戻ってきた時に、それっぽいものを見つけて持ち帰ってきたって話をいくつか辿ってみたッスけどね…どれもこれもみんなガセだったッス。辿っていくと必ず途中で安くない情報料が必要になってアホらしくなっちまう。需要を見込んで偽の情報や偽物売りつけたいあくどい連中の仕業ッスよ。」

「まぁ発見の第一報からだいぶ経っているからな。エリクシールではなく、それに追随する情報で儲けようと企む連中は出てくるだろうな。貴重な素材やモンスターが出てくるたび起こることだ。」

「そうッスね。素人や経験の浅い冒険者はここで引っかかって大損しちまう。旦那の仕事の延長ってことでヴェラザード嬢にもギルドの規約違反にならない範囲で人の流れを見ていてもらったッスけど、本当に手にしてこっそり街の外に持ち出したって話もなかったッス。」

「これだけ目があればもし見つけてそれをこっそり街の外へ持ち出そうとしても、すぐに気づかれるだろうしな。…というかヴェラの奴そんなことしていたのか。俺にはギルドの仕事を押し付けられたと文句を言っていたが…」

「それもやってたッスよ。それをしながらこっちの頼みにも応えてくれていたぜ?Sランク担当って忙しいッスね。」

「彼女には頭が上がらないな。」

「あんないいお人が就いてくれるなら俺も本気でS級目指してみたくなるッスよ。ま、それはそれとして。人に頼らず真面目にダンジョンに挑戦している連中だが、こっちには少し動きがあって…」


 次にダンツは冒険者を雇ってダンジョンの怪しい階層に挑ませたり、自分自身でダンジョンに挑戦してエリクシールを探すライバルの動向について教えてくれた。


「最初はお互いに情報をひた隠しにしていたみたいだが、さすがに何も発展がなくてしびれを切らしはじめたみたいで…そういうとこは依頼者やパーティー同士で結託してエリクシールがありそうなマップや階層を絞っているみたいッス。」

「絞るとはどんな風にだ?」

「例えば…どこかのパーティーが怪しい階層に挑戦して着いたマップを虱潰しで隅々まで探索して地図を完成させる。そして収穫の無かったマップの地図は結託者全員で共有して他のパーティーは一切探さないッス。そんで一つの階層のマップが全部出尽くしたらまた次の階層を…みたいな具合だ。」


 確かにそれならエリクシールのないとわかったマップを他の者が探さなくていいので大幅に時間を削減できる。


「だがそんなんでなんとかなるんだろうか。ひとつ階層にいくつマップがあると思ってんだか。それにたどり着くのはランダムだから被りだってあるだろうに。」

「でも結託しているところ…仮に結託組とするッス。結託組は既に三十団体七十パーティーを超えているとか。被ったら被ったで共有している地図を使って最速攻略して次の階層のマップ埋めを勧めちまえばいいッス。」

「それもそうか。」

「地図のおかげで簡単に次の階層に進めるもんだから一日に何階層も進めているッス。連中はもう十五階層前後までは殆ど見終わっているとか。もともと低い階層は挑戦者が多いからマップも最初からほとんど調べる尽くされているのがあるッスから地図も潤沢に揃っているしな。後はそこから下は行ける人間が半分もいなくて殆ど地図も作られていないから二十層目以降が怪しいとかなんとかって酒場でその連中の仲間が愚痴っていたッス。」

「(シヴァルが言っていた怪しい階層は23~27階層目だったか。連中も無駄足踏んで時間がかかっているとはいえ着々とそこに近づいているな。)」


 シヴァルかが以前教えてくれた怪しい階層を誰にも聞かれぬように心の中でのみ語り考えるクロノス。

結託した連中がその階層へどんどんと近づいていけば、いずれはそこにたどり着かれてしまうかもしれない。彼らは各階層で取りこぼしをしないように探しているようなので、その辺りの階層に本当にエリクシールがあるのなら、確実に見つけられてしまうだろう。


「ダンツ。君は俺の考えていることがわかるか?」

「もちろんッス。例のシヴァルの言った階層でしょ?だけどそこまで結託組を心配する必要はないと思うぜ。さっき結託組の下っ端のふりして連中が集まっているところをちょっと見てきたッスが…連中はそこまで実力のある連中じゃないぜ。だいたいは自分の実力を誤魔化して他の奴に探させて自分は甘い蜜を分けてもらたいってだけのCランクあるかないかのぺーぺー。そういった奴らじゃ二十より下の階層にはたどり着けないッス。俺は迷宮ダンジョンは今回が初めてだったけど、潜ってみてよくわかった。」

「なるほど。下の階層のマップはすべて調べつくすのは骨だろうな。守護者や一発即死の罠もあるし…託組のパーティーを解体して効率や実力の高いパーティーを作ってもそれじゃ精々二、三チームできるかできないか。それにしてもよく聞き出せたな?」

「連中数が増えすぎて誰が勢力の人間か把握できてないッス。俺が言った時も外部の人間だと気づかずにぺらぺら喋ってきたし…新しく入った結託組の冒険者だと思われたッス。あそこにいるのはまともに戦う気がない大した実力もないエリクシールを売って山分けしたい連中とその依頼主ばっかりッス。そのうち頭打ちになって解散するッスよ。」

「後は危険視するのはエリクシールを自分で使いたいという理由で本気で欲しい連中だが、そいつらはエリクシールの仕様上山分けはできないから俺らと同じく少数でやっているはずだ。」


 エリクシールは一つの瓶の中身を怪我や病気を治したい者にすべて飲ませないと効果を発揮しない。そのため本気で欲しい連中は協力者にエリクシールを譲り受けるだけの正当な報酬を払わないといけない。しかしそれを真面目に払ったらおそらく国家予算クラスの大金になる。それはどんな依頼主だろうと不可能だろう。


「今のところ本腰入れて手に入れたいという奴はみんな少数精鋭ッス。それこそ一国の軍隊レベルで引き連れてきた馬鹿は聞かないな。」

「エリクシールの存在自体の信ぴょう性が増しているとはいえ、そこまで用意できるのはいないだろうな。それだけの人間を動かす金があるのなら、誰かがエリクシールを手に入れたらその金で買い取ればいいだけだ。」

「だな。とりあえず俺らのパーティーは引き続き下を目指すってことでいいッスか?」

「そうしてもらう方がいいだろうな。…いっそ君たちには結託しているところに紛れ込んでもらって情報を得てもらう方がいいだろうか。俺達だってまず例の階層まで行かなくてはいけない以上、最速攻略ができる地図は欲しいし。」

「旦那たちは二十八階まで行ったんだろ?ならそれより前の階層ならゲートで職員に頼めば後戻りしていけるんじゃないッスか?」

「たぶんそうだろうが君たちがまだ来れてないだろう?ならやはり地図は必要だ。」

「うッス。なら夜に皆で集まったら結託組に入る算段を早いとこどうするか決めないと…また明日すぐに行かなきゃだし…」

「あ、それなんだがな。もしかしたら明日もダンジョンに行かないことになるやも…おや?」

「どうしたッスか旦那。旦那の食指が動くような美人でもいたッスか?」

「それなら嬉しい限りだが…いや確かに美人ではあるが。あそこの席…」


 そう言ってクロノスが指をさした先にいたのは、自分達のいた窓際のテーブルよりも店内側にあるテーブルで食事をしていた客だった。




 席にいた客は男女二人組で、片方は若い女性でもう片方は老いた白い髭面の男性だ。テーブルの上には空になった皿が置かれているので、今しがた食べ終わったところなのだろう。しかしそれにしては二人の様子は少し変だった。


「ほれお嬢さん。なんでも好きなものをどんどんと頼むといい。こう見えて儂は高給取りなのじゃぞ?」

「いやもう食べたんだけど…もういらないんだけど…うぷ…」

「なに、若いうちは遠慮せずに年寄りから搾り取ってでもいっぱい食べるとよい。お嬢さんは冒険者にしては線が細すぎる。そのうち体力がついていかなくなるぞ?食わせるために道端で声をかけたのじゃから。」

「ごはん奢ってくれたのは嬉しいけど…これ以上は食べらんない。」

「いやいや…儂の上さんが現役の時はよく野生の殿豚(パレスピッグ)の大人を捕まえて、その丸焼きを一飲みにしていたものじゃ。」

殿豚(パレスピッグ)って子豚でも二メートルを超えるやつじゃないか…お爺さんの奥さんと一緒にしないでよ…てゆうかお爺さんの奥さんホントに人間?」

「失礼な。最近はちょっと太めじゃが、立派な人間じゃよ。ほれこの大皿ステーキなんてどうじゃ?」

「だからもう十分いただいたっての…なんなんだこのお爺さん…」


 女性は困った様子で白髪の老人が勧める料理を断ろうとしていた。どうやらナンパされて料理をごちそうになっていたようだが、爺のナンパの目的はそもそも食事を食べさせることにあったようで、女性は何度も満腹を伝えていたが、爺はまだ食べたりないだろうとメニューを見せ続けていた。



「はぁ…飯を食わせるのが目的とはなんともニッチな同期のナンパッスね。しかも爺さんがやるとは。」

「食べるのは悪いことではないが無理やりはよくないな。…おいダンツ。彼女…」


 本来ならクロノスもダンツも厄介な男に絡まれたものだとしばらく女性の反応を楽しんでから助けようと思ったが、それはいかなくなりそうだ。それは女性の方に見覚えがあったからだ。


「ありゃキャルロじゃねぇッスか?アイツま~たナンパ受けてら。よっぽどモテるッスね。」

「見た目は普通の美少女だからな。実際は魔法剣ぶんぶんと振り回す元男だ。」

「あれは男にカウントしてもいいッスかね?本人は女の自覚あるし女性陣と一緒に寝たり風呂に入ってるッスよ。」

「めんどくさいからそれは置いておこう。さて、()()()()()()()()は少し待って女性が困り果てたところに、さっと登場して華麗に助ける方が好感度があがりやすくてお持ち帰りがしやすいのだが…身内の恋愛好感度を上げても仕方ない。特にキャルロの正体を知っているとな。さっさと助けるか。」

「へいッス。なに旦那の手を煩わせるまでもねぇ。俺が行ってくるぜ。」

「頼む…って、あのジジイ…‼ストップダンツ‼」


 女性が仲間のキャルロであることに気づいた二人は、彼女をナンパ爺の魔の手から救うために立ち上がることにした。そしてダンツが俺だけで十分だとクロノスを席へ残して一人であちらへ行こうとしたが、クロノスはそこで爺の方も自分の知り合いであったことに気づいてダンツを止めようとした。しかしダンツはそれに気づかず、ずかずかと二人の元へ向かっていき、そこまで離れた席でもなかったのですぐにたどり着いてしまった。


「おいおじいさん?若くないんだから無茶したら駄目ッスよ。ナンパは若者の遊びッス。年寄りは家で年寄り仲間とチェスでもやってな。」

「なんじゃ(わっぱ)?儂は自分が若いとは思わないが、それでも家でチェスやるほど年寄りではないわい。それともお主も飯が食いたいのかの?…なんじゃお主。男だが女だがわからん細さしよって。ほれ、奢ってやるからお主も食え食え。」

「いや違えよ。さっき食ったばっかの満腹ッス。」

「あ、ダンツ。ちょうどいいや助けて…このお爺さんにご飯奢ってもらったんだけど満腹って伝えても聞いてくれないんだ。」

「キャルロもキャルロで嫌ならきちんと断れよ。それともこんなお爺さんがお好みだったッスか?」

「そんなことないよ‼剣を店に預けて出たら通りで会ったこの人に「なんと細い腰元じゃ‼これは飯を食わせないといかん‼」って、あこれ面倒な奴だって逃げようとしたらぐいぐい来られて気が付いたらご飯を奢られていたんだ。」

「なんだそりゃ…って、旦那すいません。すぐに終わらせるつもりが…」

「大丈夫だ。」


 キャルロの話を聞いているうちにクロノスまでこちらにやってきた。自分だけで収集をつけられずに謝るダンツに手を振って、クロノスは白髭の爺と向き合った。


「あれ?クロノスさん達も戻って来てたんだ…」

「しばらくぶりだなキャルロ。その話は後にするとして…相変わらず変なナンパするんだなジジイよ。」

「このおじいさんクロノスさんの知り合い…?」

「残念ながらそうだ。…はぁ。見間違いであってほしかったがやっぱり爺さんかよ。」

「ふむ。やぁっと会えたぞ。のぉクロノスよ…」


 クロノスはキャルロに簡単に再会のあいさつを済ませると、椅子に座る爺の顔をよく見てそれが思っていたのと同一人物であると確認して心底面倒そうにしていた。反対に爺の方はお目当ての獲物を捕まえたと言わんばかりに大喜びであった。







「わっはっはっは‼まさかクロノスが先に唾つけていた女子(おなご)じゃったとは‼世の中狭いのう‼」

「そういうわけではないがな。だいたいそいつ女かどうかも怪しいし。」

「体は女だよ…?元を考えると自分でも面倒だからいいけど…なんか悔しいな。」

「俺は食指が動かん。カルロが相当な尻軽男だったらしいから君も相当に手を出しているんだろうし。」

「失礼しちゃうな。二人になってから私はそういうこと一度もしてないよ。男にも興味はないしね。…昔の記憶では女の子に手を出しまくっているけど女の子にもだよ。」


 クロノスとダンツは自分達の席を引き払い、こちらの席に合流して座っていた。そして白髭の爺に事情をあれこれ説明したクロノスは、その爺に笑われていた。


「クソジジイが…冒険者引退したんだからナンパの方も引退しておけよ。君が女の子を持っていくと俺の取り分がなくなるだろうが。」

「無理じゃ無理。男は死ぬまで男なんじゃ。だからナンパだってやるに決まっておろう。」

「女冒険者にイヤと言うほど飯奢るのが目的なのはナンパって言っていいッスかね?」

「微妙なところかも…これでも部下の女職員に手はださないしセクハラもしない。ギルド幹部の中では一番仕事するし良く働くし、細い女冒険者に飯を食わせようとする悪癖がないなら間違いなく真面目な爺さんなんだが…それでガルンドのお爺さんは何の用でこちらまで?そもそもいつからいたんだ?」

「こちらには二週間近く前から来ておったぞ。マーナガルフとヘルクレスの件の後始末でな…それと客が多いからと現場の業務も少しな。そしてヴェラザードに会ってお主もいると聞いて仕事の合間に探していたんじゃが、まさかずっとダンジョンに()ったとはな。綺麗好きなお主がそれだけダンジョンに籠るとは珍しい…」

「いろいろあったんだよ。そのいろいろを話すと君にも爆笑されそうだから教えないけどな。」

「ね、ねぇ…」


 話の途中で食後の茶を啜っていたキャルロが割って入ってきた。デザートの果実を摘むのに集中して居ればいいのにわざわざ話しかけてきたということは何か気になることがあったのだろう。その顔には恐る恐ると言った様子があった。


「クロノスさん…この人のこと今ガルンドって言わなかった…?」

「言ったけど?ガルンドって。それが?ああ、君はまだこの爺さんの名前を聞いていなかったのか?なら他己紹介してやろうか。この爺さんは…」

「よいよい。自分の名くらい自分でで名乗れるわ。」


 目の前の爺を紹介しようとしたら本人が自分であいさつすると言ったのでさせることにした。


「はじめましてじゃな。儂の名はガルンド。ギルドの本部で働いとるつまらないジジイじゃ。」

「ガルンド…あのガルンドッスか!?」

「…!?」


 白髭の爺が名前を名乗ると、まずダンツが驚いていた。次にキャルロもまた同様に驚愕しており、彼女の場合何も言わないのは驚きすぎて声になっていなかったらしい。


「ダンツよ。君の頭の中に思い描いているガルンドがどのガルンドか知らないが、まずそのガルンドで間違いないと思うぜ。」

「そりゃよかったッス…じゃなくて‼ガルンドっつったらあの…‼」

「驚きすぎだぞダンツ。セーヌがこの名を耳にしたときはもっと落ち着いていた。君も彼女を見習って堂としたまえ。」

「ムリッス‼だってあのガルンドッスよ‼あんな男の理想のシスターの原型みたいな女性と一緒にしないでくれ‼」

「全くだらしの無い…ま、そのガルンドが目の前にいたのなら驚きなのは当然だろうな。が、実際会ってみればこの通りつまらん説教ジジイさ。今日はこちらが注意していたがいつもはなんと小うるさいことだろうか。」

「誰が説教ジジイじゃ。失礼な男じゃのう。」


 クロノスがダンツに目の前の白髭爺を紹介すれば茶を啜っていた男ガルンドが抗議の声をあげた。


「すげぇ…あのガルンドが目の前に…冒険者を引退してチャルジレンにいるとは聞いたことがあったッスけど、まさか実物を拝める日が来るとは…」

「うん…すごいね…」

「驚きすぎじゃね?俺なんて旅先でなんかやらかす度にこの爺さんが飛んできて怒られていだぞ。ぶっちゃけヴェラの次によく会うギルド職員なんだが?」

「この人が飛んでくるって…旦那今までにどんだけのことやらかしてるんだ…」

「お主は儂を呼ばなくてはならないレベルの騒ぎを起こしすぎなのじゃ。もっとしっかりせい。」

「へいへい。それで何の用だジジイ。事件の後始末だけなら俺に会うことは無かっただろう。」

「ふむ、実はシヴァルのクエストの様子見も兼ねてな。やつのことじゃからどうせお主と接触してきただろう。やつのクエストが何なのかは聞いたか?」

「ダンジョンの調査とついでにエリクシール。」

「そうじゃそうじゃ…」


 ガルンドの質問はクロノスたちよりも先に迷宮都市を訪れていた友人シヴァルの目的についてだった。クロノスがぶっきらぼうに答えると、ガルンドは満足して茶を啜りながら頷く。


「あやつにエリクシールを持ってこいとは言ったのは実は儂なんじゃよ。しかし二週間経った今も何の連絡もしてこなくて困っておったんじゃ。エリクシールはあくまでついでじゃから見つからないのなら先にダンジョン調査の報告だけしてもらいたいのじゃが、お主はあやつがどこにいるのか知らないか?」

「さぁ…あいつとは二週間前にダンジョンへ挑戦するときに別れて以来だし知らん。その時に毎日地上に帰ってきているとは言っていたが、見つからないとなると…君に報告するのがおっかなくてどっかへ逃げたんじゃないのか?」

「逃げたならあやつのお友達のモンスターの飼育係を魔砕の戦士に委託するだけじゃな?」

「飼育?屠殺(とさつ)処分の間違いだろう?」


 魔砕の戦士はモンスター殲滅を得意とする冒険者クランである。あそこの人間ならばSランクのシヴァルが所有しているモンスターといえど、情け容赦なく屠ることであろう。


「まぁ彼らはいずれもシヴァルの貴重なコレクションのモンスターだ。間違いなくそのうち連絡を取ってくるよ。つーか魔砕はシャレにならん。本当に可哀そうだからやめてあげて。」

「そうか。お主が言うのならそういうことにしておこうかの。もし次に会ったらとっ捕まえて儂の所まで連れて来てくれ。中間報告くらい聞いておきたい。」

「わかったよ。会ったらしっかり伝えておこく。それで俺へ伝える要項はお終いかな?」

「いや、それはシヴァルより先にお主に会ったら言っておこうと思ったことじゃ。実はもう一つ、こっちがお主への本題なのじゃが…」

「どれどれ…げ。」


 そう言ってガルンドが鞄から何十枚かの分厚い資料を取り出してクロノスに手渡してきた。クロノスはそれを何ページか捲って確認すると、少し苦い顔をして不愉快であることを誰にでもわかるように示して見せた。


「どうしたのクロノスさん。そんな苦い顔して。思いっきり不愉快なのが伝わってくるよ…」

「何が書いてあるッスか?俺らには読めないッス。」


 クロノスの表情を見て気になったダンツとキャルロが席を立ち、彼の見ていた資料を横から覗いたが、それにはまるでミミズがのたくったような法則性も規則性も欠片もない謎の字が端から端までびっちりと書かれていた。


「君たちに読めなくても無理はない。一部ギルド職員と一部冒険者にしかわからない暗号にしてあるからな。誰にでも読めたらそれこそ問題だ。」

「関係ないやつが目にしちゃ駄目な情報ってこと?」

「そうだ。これは迷宮都市内での人間の目撃情報だよ。けっこう厄介な指名手配者のな…普通一人分あれば問題になるであろうものが何十人分も。」

「そうじゃ。今迷宮都市にはいろんなところからいろんな挑戦者が来ておるじゃろう?その中にちぃっと厄介な人間も混じっていると情報が入ってな。エリクシールの情報が出始めたころは情報に信ぴょう性がなかったから、見つかったら幸運だと本気にしていない連中と、俺はエリクシールに賭けてるんだと本気にしている連中しか探していなかった。ところがマーナガルフとヘルクレスの一件で信ぴょう性が増して確実にあるじゃろうという風潮になって、外から次々といろんな連中が来るようになった…その中に大きな犯罪者もいたというわけじゃ。」

「…ふぅん。…お、こいつはどこかの国が匿ってるとかいう噂の…こいつなんてここ五年くらい消息が無くなっていた奴だ。…こいつ生きていたのか。他の賞金首狩りが殺したと聞いたが…」

「おいおい旦那…そいつら…」

「そんなんが今何十人も来ているの…?」


 クロノスはページを捲りながら、一人一人の情報を頭の中から引きずり出しては、こいつは大貴族の息子だからポーラスティアでは手が出せないとか、こいつは子供を二十人殺した変態快楽殺人者だとか、プロフィールの一部ややらかした犯罪の内容を喋っていく。中には公衆の面前では口を阻みたくなるような情報の人間まで混じっており、隣で聞いていたダンツとキャルロの顔がどんどんと青くなっていった。


「やはり知っておったか。詳しいの。」

「ったりめーだろ。俺は一度耳にしたお尋ね者の情報は忘れない。…偶に思い出せないだけで。」

「自身満々に言うのぉ。こいつらの目的もエリクシールなのじゃろう。もしくはそれで動く大きな金。中には国や大物の権力者に囲われてここポーラスティアの中にいるうちでしか手を出せない者もおる。一応そいつらを追って大物の賞金首狩りも何人も来ておるが彼らだけでは不安じゃて。…お主、少し掃除してくれないか?」

「やだよ。俺今クエスト中なんだぞ。そっちで手一杯なのにそんな面倒なことやっていられるか。うろついている賞金首狩りに頼みな。」


 ガルンドの用件とは迷宮都市にいる犯罪者のお尋ね者の捕縛であった。しかしクロノスはクエストを受けている身だからとそれをきっぱりと断る。


「そうか…まぁ今のところ全員大人しく潜伏しておるようじゃし、最後までそうであってほしいものじゃが…」

「安心しろ。全員の顔は思い出した。何かする気配があったら…その時はその時だ。」

「頼りになるの。さすがは終止符打ちじゃ。」


 ガルンドがクロノスの二つ名に太鼓判を押すと、クロノスはその名は捨てたと言って資料を雑に投げ返した。


「おっと…お主、大切な資料なんじゃから投げる…な…」


 ガルンドは宙から降り注ぐ資料を一つ残らず捕まえて、それからクロノスの方を見た。そして気づいた。



 クロノスの紅い瞳がぎらぎらと輝いていたことに。



「爺さん。こいつら…」

「ふむ。小者も多いが資料の分は全員死んでいても生きていても構わん。もし斬るのなら顔を改めなくてはならないから首だけ残しておいてくれ。…もしも対峙することになった時はな。」

「あいよ。もしも…のときはな。今は剣もないし自重しておくさ。さて…二度目のご馳走さんでしたっと。」

「大分食べていたな。三人分は食ったか?やはりお主の食いっぷりは気持ちいいの。これが女子(おなご)ならもっと奢りがいがあるのじゃが。」

「女の子にご飯をいっぱい食べさせたいのはわからなくもないが、相手と食べさせる量は選べよ。」


 クロノスはいつの間にか食べ終わっていたガルンドに奢ってもらった何人分もの食事の食器をひとまとめにしてから席を立ち、それからダンツとキャルロに伝えた。


「ああヤダヤダ。食後の感動と余韻が暗い話で台無しだ。…ダンキャロ。飯も終わったし俺は行くぞ。」

「ちょ…ひとまとめにしないでよ…」

「旦那はどちらに…?」

「午後のお楽しみ。それぞれ自由行動で次の探索の準備や気晴らしの遊びをしておくといい。また夜に全員で合流したら食事をしながら方針の話し合いをしよう。どこにいるかもわからんクルロにもそう伝えておけ。キャルロはダンツといるか女性陣見つけて合流すること。どうも君はナンパされやすい体質らしいからな。」

「了解ッス。」

「気を付けるよ…」




 クロノスはダンツとキャルロにそう言って二人が返事をするのを確認してから食堂を出ていった。彼が見送るまで見つめていたダンツとキャルロはクロノスが見えなくなった後に顔を合わせおしゃべりを始める。


「なぁキャルロ。旦那ってダンジョンから帰ってきたらどんな気晴らしをするッスかね?」

「さぁ…お酒…はあの人あんまり飲まないし、やっぱり男だから色町にでも行くのかな?」

「でも旦那ってミツユースでは色町に遊びに行っても酒場で嬢と話すだけで買わずに終わりらしいぜ。一緒にいった男連中がそう言っていたッス。中には旦那を良客だと読んであなたに買われたいのって食い下がる嬢もいるらしいが全部玉砕しているとか。実は街の酒を飲みつくす大酒呑みだから自重しているとか裏で結構街の女に手を出しているとかそういう噂は聞くけど…」

「その手の噂は実際のことでなくても有名人には付き纏うもんだよ。私なんてこの間セーヌは実はクロノスの愛人をやっているんだなんて噂も聞いたもん。」

「そりゃ嘘だろ。旦那はセーヌ嬢の高潔な人柄に惚れこんであの人に投資してんだから。他の男衆みたいに食いたい食われたいだの言っているのは単なる親近感アピールッスよ。」

「だよね。そもそも団員には手をださないスタイルだからって自分で言ってたし。まぁ手を出そうにも後は男と子供だけだから自然セーヌしか選択肢がないけどさ…何かお菓子がほしいかな。店員さーん…」

「は~いただいま‼」


 ダンツとキャルロは店員を呼びつけ茶菓子を頼み、クロノスのことを話題にして食後の雑談に本腰を入れ出した。それをガルンドは微笑ましく見てから茶を啜り一言呟く。


「以前は変わったとは思ったが…やはり根本はそう簡単に変わるもんでもないの。」

「何か言ったッスか?あ、そうだ…よければガルンドさんも俺らと何かお話ししないッスか?あのガルンドと話ができたなんて帰ったら仲間に自慢できるし。」

「私も。ガルンドさんの現役の頃の何か面白い話があったら聞かせてほしいです…」

「おぉ…年寄りの話を聞きたいなど世渡り上手じゃなミツユースの冒険者は。よいぞよいぞ。食後の一服にジジイの昔の自慢話でも語って聞かせてやろうかの…」


 後片付けの人員を揃えておくか…ガルンドはダンツとキャルロに聞こえないようにそう一言呟き、茶をもう一度啜った。そして喜ぶダンツとキャルロと雑談に勤しむのだった。






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