第124話 そして更に迷宮を巡る(続・それぞれのチームでの出来事)
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〇アンリッタ、リューシャ、リルネ、セレイン、ルーシェ、ラウレッタ、クレオラ、エーリカ組
「かんぱーい‼…そらどうした?先輩の音頭に付き合えよ。」
「「「「か、かんぱーい…」」」」
酒がなみなみと注がれた大ジョッキを片手にアンリッタが付き合いの悪い後輩たちだと叫ぶと、セレイン、ラウレッタ、クレオラ、エーリカの四人が仕方なく弱弱しい声を出した。しかし四人は酒の席を楽しんでいるという感情は皆無で、みな心ここにあらずといった勢いだった。
彼女達がいたのは昼間からごった返す酒場だった。そこではダンジョンから戻って来て亥の一番に酒を求めやってきた冒険者や、その日はダンジョンに挑戦せずに休みを決め込んだ挑戦者などがまだ日が出ているうちであるというのに各々に酒やつまみを味わっている。
そんな酒場になぜ彼女たちがいて、それも酒を呷っていたのか…それには深い理由があったのだ。
事件現場の検分が終わり、後片付けを含めたギルド職員への引き継ぎを行ってその場の仕事を終えたセレイン達は、死体を始めて目撃した気休めために午後からはもう休めと、聞き込み…もといセレイン達よりも先に来て彼女達と同じようにゲロった隊員の介抱を行っていてやっと戻ってきた副リーダーのロウシェからお暇を頂いたのだ。
ところが彼女たちは初めての、それも下手人によって荒らされた惨たらしい死体を見てしまったことで心身的ショックが大きかった。呆けてしまい何もできなかったセレインたちに、同じく午後から非番だったアンリッタとリューシャ。それと隊員が全員休みになったのでおまけに休みになったリルネが気を利かせ、気晴らしに酒を飲むぞと彼女たちを誘って酒場に連れてきたというわけだ。はい深い深い。
「…ぷはぁ‼真昼間から飲む酒は格別に美味いぜ‼しかしまぁさすがに刺激が強いと思っていたが…まさか全員ゲロっちまうなんてな‼」
「それは…あんなの見たら誰だって…どうやったら人間がああなるのよ…」
「お昼ご飯まだ食べてないときでよかった…」
初めての死体を見たセレイン達五人は、一人残らず嘔吐してしまっていた。だが幸いなことに昼飯前の時間帯で誰も胃に殆ど朝食も残っていなかったので、床への被害は軽微であった。後から来た団員の一人などは出店で買った軽食を胃に含んでから現場に向かったことが災いとなり、一番公衆の場の床を汚した罰として一人でそこの後片付けをさせられていた。
「まぁ災難だった。ここは私の奢りだから飲め飲め‼そして全部忘れちまいな‼嫌なことがあったら魔法の黄金の水に限るぜ。それこそ死体を見た日にもだ。」
「わーいさすがはアンリッタ先輩。タダ飯だー‼」
「ごちに…なります…」
「リルネとリューシャは自分持ちな。」
「「ケチ。」」
奢ってくれないアンリッタに文句を言いながら、自分払いでもいいと頼んだ肉料理をはじめとする色とりどりの料理の数々。それを先輩三人は各々好き勝手に摘んでいく。
「お、これウマい。そっちもくれよ。」
「全部食べちゃダメだから…ちゃんと後輩の分も残して…」
「んく…んく…ぷはぁっ‼ビール最高ー‼お姉さんおかわりー‼」
美味い美味いと料理を次々口へ運び、そして手に持ったままの酒を一気に飲むのも忘れない。ワルキューレの薔薇翼の団員とてプライベートでは無礼講だ。そうでなければお堅いクランの団員などとてもじゃないがやってられはしない。
「私たちの奢りなんだから遠慮なく食え食え。食うのも体を鍛えるうちだぞー?」
「ありがたいんですけど…私いらないです。」
「私も…」
「先輩方…アレを見た後でよくお肉なんて食べれますね…」
アンリッタが自分だけでは食べきれぬと大皿ひとつを手に持ってそれを後輩たちの前に差し出すが、彼女たちは一人残らずそれを断り、そのうちの一人であるクレオラが皿を押し返した。
「当然私だって嫌だったぞ?でも腹減ってんだから食うさ。それに見ちまったもんはしょうがねぇ。せめて酒飲んで美味いもん食って嫌なことは忘れるべきだ。ほらこれならどうだ?」
「パスです先輩…おぇ…」
げんなりとしている後輩たちの前にアンリッタが新たに野菜の肉巻きを焼いた料理を差し出すが、彼女たちはそれを見て先ほどの裏通りでの惨状を思い出し、口に手を当ててげーげーと吐く仕草をした。それは縁起ではなく、胃の中の物が先の嘔吐で全部無くなっていなければおそらくまた吐いてしまっていただろう。
「もぐもぐ…ところでアンリッタ。あの死体だけどさー…」
「やめてくださいよリルネ先輩‼食事の場で死体がどうのこうのはこれ以上よしてください‼」
「ごめんねークレオラ。すぐ済むからさー。」
「それで死た…おっと、それがなんだって?」
「あれクロノスさんの仕業っぽいねー。」
「…なに?クロノスだと…」
リルネが話す最中に骨付きの肉を齧っていたアンリッタの手と口が同時に止まる。そしてリルネが口にした言葉の中にあった一人の男の名前に食いついてきたのだ。
「あいつ迷宮都市に来ていたのか?」
「うんそうだよーアンリッタ。そもそもアンリッタはレッドウルフと賊王を捕まえた日の時にも、クロノスさんがいたこと知ってた?隊長の近くにいたらしいよー。」
「その時もいたのかよ!?あの時は喧嘩した冒険者共を捕まえるのに夢中で気づかなかったぜ。確かにあんなことできるのはあいつくらいか…それでクロノスは今どこに?」
「さっき拠点に借りている邸にまで遊びに来てたんだ。隊長が応対しているはず。今頃私たちと同じくどこかで一緒にご飯でも食べてるんじゃないのかな?」
「なんだ。それを知っていればお前たちを呼びに行ったときに会っていたのに…」
「…しょ、食事の同伴…!?ディアナ隊長が…百合の花の総本山が…あの駄男と…‼うがあああああ‼」
アンリッタは残念そうにしながら止まっていた肉への対応を再開して食べ直した。すると、隣の席でさきほどまでげっそりとしていたセレインが突然覚醒して叫び出した。そして頭をぶんぶんと楯に振ってテーブルにがんがんと打ち付け始めたのである。
「あ、セレインが拒絶反応を出しちゃった…」
「やれやれ。これだから過激派はー。男とご飯だなんて話だけでこんなになるんだから嫌になっちゃうよねー。」
「リルネ先輩。セレインはこんなですけど過激派の中でも穏健な方です。」
「そうそう。きつい人はこっちのディアナ派の方にまで男子禁制を強いてくるんですよ。」
「この間なんて仲良くなったよそのクランの男の子に健全なデートに誘われておしゃれして非番の出かけようとしたら、どこから聞きつけたのか私を囲んで行かせないようにしてくれたし‼おかげで行けなくて向こうには私が嫌ってるんだって思われて、関係気まずくなっちゃった。どーすんのよ来月彼のいるクランと合同のお仕事なのに‼クランの人全員に睨まれたら針の筵だよ‼」
「そんくらい許してやれよ。ラウレッタも次に会った時に相手方に事情をしっかり話してやんな。同じクランの仲間なんだから主義主張に多少の違いはあれど、仲良くしなくっちゃだぜ。」
「アンリッタの…言う通り…」
「ほうほう、はいひょーふはいひょーふ…」
「…リルネは後輩へのアドバイスの時くらい食うのやめろよ…」
クラン内のとある派閥に不平不満を言う後輩たち。そこに先ほどの死体を見たという消沈はどこにもなく、すっかりと元気を取り戻していたようだった。そんな彼女達へ先輩たちはそれぞれアドバイスを送ってフォローした。
人間三人集まれば派閥が三つ出来上がると言うように、多人数の所属団員がいるワルキューレの薔薇翼でもクラン内の有力団員が筆頭となった派閥がいくつかある。もちろんクラン内でのことなので団員で同士で亀裂が生まれる程の劣悪な関係ではないが、やはりうるさく言う者もいるのだ。
過激派とは「男はケダモノ‼男は女の敵‼近づくな見るな話しかけるな触るな餌をやるな連れて帰ってもウチじゃ面倒見れませんヨソはヨソでウチはウチ‼女の子は女の子同士でもっと深く交流するべきだと思うの‼男は男同士で勝手によろしくやってなよ‼」を信条とする、ワルキューレの薔薇翼という百合の花園を永遠絶対にしたいという連中である。そのため現クランリーダーであるディアナの考えである「常識の範囲で節度を持てば異性との交流もOK。恋愛だってかまわないぞ。」なディアナ派とはまさに水と油の関係である。前者は近年になってから生まれた派閥で、ディアナよりも前の代から引き継がれている後者に比べてまだまだ規模は小さいが、ここ数年で急速に勢力を伸ばしているため他の派閥に危険視されている。
ちなみにここにいるメンバーの内訳は、セレインのみ過激派で残りはすべてディアナ派ないしは中立派である。セレイン以外健全な範囲で異性との交流を容認するごくごく普通の女性である。というか健全な女なので異性にも興味あるし恋愛だってしたいと思っている。
「それにしてもディアナ隊長があんなに男とした親しげに話をするなんて、あの駄男何様のつもり…‼そしていったい何者なの!?」
「何者…何者って言われたら…」
「S級冒険者だよな。それだけであたしらみたいなC級以下の雑魚冒険者と比べたらかなり偉い。」
「私はB級だけどねー?」
「先月昇格したばっかだろ。それにSの前には同ランク以外全員一緒だ一緒。張り合いになんねぇよ。」
「アンリッタさんもあの駄男のこと知ってるんですか?リルネ先輩もあれと知り合いだったみたいだけど。」
「お前まで駄男と呼ばわりかエーリカ…それよりクロノスのことか。知ってるも何もあいつは…‼」
「Sランク冒険者終止符打ち‼およ…?」
説明をしようとしたアンリッタにかぶせて発言したリルネだったが、そこで酒場の空気が凍り付くのを感じ取った。同じように違和感を感じた仲間と自分たちのいたテーブルの周囲を見ま渡せば、先ほどまでに騒いでいた冒険者たちが一斉に黙ってしまったのである。
彼らは皆一様に顔を真っ青にして額から滝のような汗を流して、手に持った酒のカップは手の震えで揺れて中身がテーブルに飛び散っている。
彼らは誰も彼もがまるでこれから審判を受ける罪人であるかのように緊張した面持ちだった。それを見たリルネはいっけねとテヘペロしてこう言った。
「みなさーん。今の会話は関係ないでーす‼終止符打ちなんているわけないので忘れてお酒を楽しんでくださーい‼」
「な、なんだよ…脅かすんじゃねぇ…ほっ。」
リルネの呼びかけを聞いた者たちは先の者と同じように安心して、再び酒を楽しみ仲間と雑残に勤しみ始めた。
「これでよし…っと。ここの人たち、みんな悪さに覚えがあるっぽいねー。」
「どうする…全員顔を確認しておく…?…凶悪犯罪者がいるかもよ…?」
「やめとこうよ。びっくりして暴走されても困るし。だいいち私たちは今は非番。後でそれとなく報告しておこう。」
「了解…」
反応した者たちの処遇をリューシャがリルネに尋ねたが、面倒だと彼女が止めたので特に何もしないことにした。しかし今の光景を見ていた後輩たちにはそれが上手く伝わっていないようだった。
「あのリルネ先輩。今の人たちなんだったんです?」
「ん、ああ…悪いことした子はねぇ。あの人の二つ名を聞くとビビっちまうんだ。まぁみんなは気にしなくていいよー。」
「はぁ…」
「悪いことした覚えがないのなら問題ないぞ。それこそ路上で立ちションくらいなら大丈夫だ。」
「立ちションなんてしません‼だいたい女でどうやってやるのよ‼」
「知らないのかクレオラ。そりゃまずしゃがんで…」
「はいクレオラもアンリッタ先輩もやめやめ。年頃の乙女が立ちションなんて言うもんじゃないよ。」
「エーリカも立ちションって言っちゃってるよ…」
死体を見たショックも吹っ飛んでしまい、彼女たちはクロノスという男のことが気になって仕方ないようだった。なのでリルネは酒を一杯飲んでから彼の話をし始めた。
「あのおにーさんはねー。昔ワルキューレの拠点に出入りしていたことがあったのさー。何年もいる団員ならみーんな顔見知りのはずだよ。それと隊として行動するときはリルネでいいってー。てゆーかいつでもどこでも呼び捨てでいーよ。」
「そうは言われても…やっぱり先輩を呼び捨ては慣れないなぁ。」
「エレインを見習いなよー?活動中はちゃんと呼び捨てだよ。」
「それより…拠点にあの駄男が出入りしていた?男が?なんで?」
ワルキューレの薔薇翼は拠点内に男性が入るのは絶対厳禁である。それはたとえ依頼を持ち込む依頼人であっても、ギルドのお偉いさんであっても、それが男ならたとえ会いに来た団員の家族であっても例外なく全員がである。男がディアナやその他団員に用があるときはギルドの支店に呼び出してそこで会合をするのが基本だ。
「過激派が台頭する前はもちっと緩かったよー?君らが入る前の話ね。まぁそれでも出入りしていた男は団員の家族かクロノスさんくらいだったけど。」
「家族の方はいいとして…なんでまたその人だけ出入りしていたんですか?」
「それはねーエーリカ。団員達の戦闘訓練のためさー。…あ、おねーさんおかわりー‼」
話の途中で酒がなくなったリルネは復活した周囲の雑談に負けないくらいの大きな声で店員を呼んだ。すると店員の女性が元気よく返事をして巨大なピッチャーを持ってきて、そこからリルネの差し出したカップに酒を注いでから戻っていった。
「お酒の注文は紙に書かなくても誰が何を何倍飲んだが覚えているらしいねー?カップにも泡を計算してぎりぎりを攻めて注ぐし…これはもうちょっとした職人芸だと思わない?ねーねー。」
「それはわかりましたから早く話しの続きをお願いします。戦闘訓練って?」
「んく…ワルキューレの薔薇翼って戦いでは個人プレーよりも集団での戦略に重きを置いているしょ?」
「はい。それならお互いの不足した技能を補って皆が役目を持てると…」
「そうなんだけどさー。その結果個人での能力が随分落ちちゃっていてねー。そ・こ・で‼何年か前に団員個人の実力を底上げしようと、特別講師だとディアナ隊長殿が連れてきたのが…‼」
「あの駄男ってわけですか…」
「そうそうー。あのお兄さんの強さはさっき戦った時によくわかったでしょ?攻撃避けまくりだったしー?」
「そうあの駄男よ‼私たちの攻撃をことごとくよけてくれちゃって‼当たれば勝てたのに…‼」
「あ、復活した。」
さっきまで頭をテーブルに打ち付けたダメージで気絶していたセレインが、クロノスの話を耳にしてがばっと起き上がってきた。
「むりむりー。あの人がその気になったら私達なんてイチコロだぜ?」
「そんなことないわよ‼作戦が途中でバレなければ…‼」
「確かに…」
「ちょっとエーリカまで‼男の肩を持つって言うの!?」
「そういうわけじゃなくてさ…考えてもみなって?あの人は私たちの攻撃をただ避けるだけで反撃は一度もしてこなかったろ。」
「そういえば…‼」
「もしあの人が少しでも攻撃に回ったら私たち…どれくらい持っただろうねー…」
リルネにしては重苦しい言葉が出た。それを受けて後輩たちもクロノスの実力をなんとなく理解したようだった。
「リルネさん。あの男が講師だという話…よくわかりました。」
「でしょでしょー?」
「いや、さっきのリルネの話、嘘だぞ?」
「「「「えっ!?」」」」
酒を飲みながら黙って聞いていたアンリッタが先ほどまでのリルネの話が全部嘘だと言ってきた。
「ちょ…リルネさん!?」
「あはは‼ウソウソー‼やーい、引っかかってやんの~‼」
エーリカがリルネに抗議をしようと彼女の方を振り向けば、リルネは両足をぱんぱんと叩いて盛大に爆笑していた。
「もう‼ふざけないでよ‼」
「本当は遠征に行った土地であいつと出会ったリルネが気に入って勝手に連れ帰ってきたんだ。団員の知り合いでもない男を拠点に招き入れたってことで当時は大騒ぎだったんだぞ。」
「いいじゃんー。クロノスさんもいた土地からチャルジレンまでの道のりがわからないって困ってたんだからー。困ったときはお互いさまだよー?それに私だけの責任じゃないし?一緒に遠征に行った隊の人間全員の連帯責任さー。」
「一緒に行った連中はもう全員冒険者辞めちゃったからお前ひとりに責任がまとまったんだ。」
「それひどくないー?共同借金じゃないんだからー。」
「隊長や副隊長も驚いただろう…遠征から戻ってきた団員を出迎えたら男が混じっていて、それがあの終止符打ちだったんだから。」
「でも全部が嘘じゃない…戦闘訓練してもらったってのは本当…」
「まぁな…実際あいつが出入りしてくれたからワルキューレの団員個人の戦闘能力は平均三割増しで上昇した。」
「三割!?一人に教えを受けただけでそんなに上がるもんなんですか!?」
「そうでしょー。あの人って我流が目立つけど剣でも弓でも拳でも扱えるし、もはや武器ならなんだって使いこなすんだから‼教え方は若干癖があるしなんもしゃべらなかったからわかりにくかったけど…まぁ隊長殿が翻訳してくれたからなんとかなったよー。隊長殿が天才語を凡人語に変換できる天才でよかったよー。」
「なんにも喋らなかった?」
「うん。あの人超に更に超を山盛りにしたくらくらいの無口でさ。おっそろしいほど一言も口に出さないんだよね。ごくごく稀に一言二言呟くんだけど、みんなそれを聞くまで唖(※先天的・後天的に喋れない人のこと)なんだって思ってたくらいだもん。」
「ちょっと待ってよ。さっきはぺらっぺら喋ってたじゃない‼どこが無口よ‼」
リルネの話しに待ったをかけたのは、先ほど男を拠点に入れたと聞いたときに落ち着きを取り戻すために頼んだ紅茶を飲んでいたら噴き出してしまい汚れた口元をハンカチで拭っていたセレインだった。こいつ落ち着きねぇな。
「そうだね。ぜんぜん違ってた。おしゃべりなあの人も素敵だったなー。」
「おしゃべり…マジでそんなことになってるのかあいつ。ますます会って見てみたくなったぞ。」
「さっき現場で道の見張りと誘導していたら…あの人のクランの団員の女の子に会った…」
「そうなのかリューシャ?てゆうかクランに入ったのかよあいつ…」
「ディアナ隊長殿が言ってたけど、クランリーダーになったんだってー。」
「マジか‼あれがクランリーダー…柄じゃねー‼アハハ‼」
クロノスがクランリーダーをしているとリルネに聞かされたアンリッタが片手でテーブルをばしんばしんと叩いて一人で爆笑していた。
「先輩方…あの男とどういう関係なんですか?三人ともディアナ派ですが、かといって積極的に男性と関わるような人ではなかったですよね。戦いの指導を受けただけにしてはやけに親しげなような…」
「関係、ねぇ…うーん…あ、ありがとー。…そうだ‼」
なかなかしっくりとくる言葉が見つからない様子のリルネだったが、店員が新たな料理を運んできたところに礼を言うと、ちょうどよくそれを思いついたらしい。走りながら思いついたと手を叩いていた。
「彼は初エッチのお相手かな。」
「ぶぅーー!?」
「おへぇぇえええぇぇ!?」
「ぶっ!?えっほうおっほ…‼変なとこ入った…ゲホゲホ‼」
リルネから衝撃的な発言を聞き、会話に加わっているセレイン、クレオラ、エーリカは、それぞれが口に含んでいたものを噴き出して、うら若き乙女が出すようなものとは思えない奇声をあげてせき込んだ。
「それも嘘ですよねリルネさん…‼」
「うん。私たちってほら、男とあんまり接点がないでしょー?だからいい年して男の一つも知らないのは流石にどうかってディアナ派の中の男を知らない連中で話があってさ…もういっそ皆でお金を出し合ってプロの男娼で捨てちゃうかーって流れの時にー。あ、そういえば今拠点にちょうどよく男が一人出入りしてんじゃーん‼無口だけど顔も悪くないしこれでいいかー‼って。まぁあの人が思ったよりも女の扱いが上手くて半分以上がどハマりしちゃったんだけど…」
「なんでそんなにサラッと涼しげに嘘がつけるんですか…」
「クレオラ。こいつのひょうきん者っぷりはワルキューレの薔薇翼随一だぞ。今更の話だ。」
「えー?ぜんぶホントだよー?クロノスさん舌使いとかとっても上手いんだぞー?あれは病みつきになっちゃうよ。ね、アンリッタ‼」
「ぶっ!?なんであたしに振るんだよ!?嘘は一人で完結しておけ‼」
「え?だってアンリッタもクロノスさんとヤ「わーわー‼ウソ‼これも嘘だから‼お前たちも真に受けるんじゃねぇぞ!?」…もう、恥ずかしがり屋さんめー。」
両手をぶんぶんと振り回して誤魔化そうとするアンリッタ。いちおう後輩たちはリルネの言っていることを酒の席の嘘だと思っているが、アンリッタの必死さがかえって真実味を増しているような気もしてくる。
「(リルネさんが同年代の先輩の中でも浮いてるのが、あんな会話を普段聞いていると本当によくわかるね。)」
「(あれで二十五歳なんだから驚きよ。悪い人ではないんだけど…私、この話信じないから…)」
「(僕もそうする…)」
「(あわわ…花畑が…百合の花畑が知らぬ間に害虫に荒らされている…駆除しなきゃ…あわわ…)」
酒の席だとすべてを流すことにしたクレオラとエーリカ。その横でセレインは手を振わせて水をざばざばと飲んで気を紛らわしていた。
「みてみて…双子の息子…ヤニクとオーギー…実家からよく写真が送られてくるの…写真は店に頼むと高いのに親が張り切っちゃって…」
「わぁかわいい‼…あれ?双子なのに髪の色が違うんですね。写真は白黒だから色までわかんないけど…」
「うん…ヤニクは私と同じ赤…でもオーギーは黒…クロノスの髮の色とも違うしどっからきたのやら…きっとどっちかの先祖に黒髪がいたのよ…」
「黒髪とは珍しいですね?」
「でも目の色はどっちも父親譲りの紅い色…実際に見ると宝石みたいできれいなの…」
「へぇー。紅目も珍しいなぁ。…てゆうか父親…」
「これ一応秘密ね…終止符打ちは子供はいないことになってるから…ホントはいろんな女との間にたくさんいるみたいだけど…国とのパワーバランスがどーのこーのだから秘密ってヴェラザードさんが…強い人の子供はもれなく強いのがこの世の理だからね…いっぱい子供がいるのたぶん本人も知らない…」
「…忘れることにします。でも子供いいなぁ…私もそのうちいい人との間に欲しいなぁ。」
「ラウレッタはかわいいから…そのうちすぐにいい人が現れるよ…」
ぎゃいぎゃい言い合う連中に付き合ってられるかとリューシャとラウレッタは二人でリューシャの子供の談議に花を咲かせていた。
「やっぱりさっきの話…」
「し~て~ま~せ~ん~‼」
「ならアンリッタさんはまだ乙女…」
「誰が乙女だコラ‼私はしまくりの大人の女だぞコラ‼この間だって街で騒ぐ五人の男をまとめて相手してやったぜコラ‼」
「それ喧嘩の仲裁の話…」
「(ふふふ、後輩たちは死体を見たショックもすっかり吹っ飛んだみたいだねー。さすがはお酒の力だ。それとも私たちのトーク力のおかげ?さてさてー、いまごろ隊長殿はクロノスさんとお昼ご飯かな?それともお昼をほったらかしにして二人でイイコトしているのかな?隊長殿も相当溜まっているだろうからなぁ…今から行けば私も混ぜてもらえるかな…?私も久しぶりにお相手願いたいなぁ。でも隊長殿も計算高い女だから、自分を餌にいろいろ交渉しているのかもー。今要求すべきは…)」
「…あっ。うまく食べれない…」
身の潔白を騙るアンリッタと彼女と会話する後輩たちを酒の肴にして、一人酒を飲んでいたリルネが次の見たのは、そんな仲間達の煩い会話を耳に入れず、目の見えない苦労をしながら一人黙々と食事をしているルーシェだった。
「(ごめんよルーシェ。何か話題を振ってあげたいんだけど…目の見えない人に何て声をかけたらいいかわからないやー。隊長殿に止められてなきゃ私たちも非番の人員でパーティー組んでダンジョンに挑戦したいんだけどなぁ。でも私たちはダンジョン攻略の知識がないからミイラ取りがミイラってのは本当のことなんだろうねー。早よしろよ腐れ赤狼めー。さっさとエリクシールをみつけてこーい。街の警備にも飽きたぞー‼もしくはクロノスさんもディアナ隊長殿に誘惑されてエリクシールを差し出せー。隊長殿で足りないなら私も付けちゃうぜー?どっちでもいいから早よ早よー。)」
仲間の喧騒をつまみに一人酒を飲みながら、リルネはダンジョンに挑戦するクロノスとマーナガルフに心の奥から発破をかけていたのだった。
――――そのころのクロノス
「さぁ、せっかく風呂に入ったのだからもっと綺麗にしてやろう‼」
「洗いなら入る前にやった…いたたたたたた!?タワシでそんなに強く擦る奴があるか‼しかもそれ台所の流しとかに使う硬いやつ‼」
「台所の棚から持ってきた。まだ使っていない新品だから安心しろ。貴様の体は丈夫だからこれくらいでないと肌も削れないのだ。」
「削るって…肌は削るものじゃない‼」
「だが古い肌の下には新しい肌があるから古いのを削るくらいだと常に綺麗な肌を保てるのだぞ?部下達なぞ入浴のたびにこぞって全身を何十分も磨いているらしい。」
「いくらなんでも限度があるわ‼…あ痛!?石鹸の泡が…染みる…‼」
「もっともっと洗ってやるぞ?泡風呂は浴槽に使ったまま肌を洗えるのがいいところだな‼そらそらそら…‼」
そう言ってディアナはクロノスの背中をごしごしと削っていく。染みる泡に痛みを訴えながらクロノスはディアナに洗われ続けていたのだった。