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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
123/163

第123話 そして更に迷宮を巡る(それぞれのチームでの出来事)


―――――


〇ナナミ、リリファ、セーヌ、イゾルデ、ニャルテマ組


「あ~久しぶりのお風呂気持ちよかったー‼」

「そうでございますね。なにせ二週間ぶりですから。」

「うんうんそうでしょそうだよねセーヌさん‼そもそも入らないという選択肢事態ありえなかったんだよ。いつだったかメルシェさんが入れるときに入っとけって言ってたことが今になって身に染みるよ。お風呂の温度が高かったからあんまし長く入れなかったのはちょっと残念だけど、それでもすっきりできたなぁ。お風呂屋さんの中で少し休憩してきたはずなのにまだまだ体が暖かくて汗が止まらないわ。」


 そう言ってほくほく顔で通りを歩いていたのはナナミ、リリファ、セーヌ、イゾルデ、ニャルテマの女性組の五人だ。彼女たちは先ほど入ったばかりの風呂の感想を述べながら、温まった体を風に当てて冷ましていた。


 彼女たちが宿屋で解散した後何よりも優先して真っ先に向ったのは、都市の中にいくつかある公衆浴場のひとつだった。そこでダンジョンで溜まった体中の汚れを洗い流し、ゆっくりと入浴してきたのだ。…あ?入浴シーン?んなもんあるわけねぇだろ。


「それにしても驚いたわ。湯船にいろんな薬草がネットに入れてたくさん沈められていて、お湯が緑色なんだもん‼それの臭いでお風呂場中きっつい臭いでぷんぷんだったしね‼」

「迷宮都市の入浴施設はみんなああいう風みたいらしいな。」

「それはだにゃナナミちゃん。ダンジョンから帰ってきたやつは高価なダンジョンポーションを使わずに戻って来て怪我をしているままの人間も多いからにゃあ。普通の湯だと傷口が直接浸かると感染症とかがどうのこうのだからダメってことで、治療を目的に傷に効く薬草をたくさん入れているらしいにゃ。にゃあも一回目に帰って来てから初めて知ったのにゃあ。それにダンジョンから戻りたてのやつは臭いがすごいからにゃあ。それよりも強い臭いで誤魔化して互いに臭いを気にならなくしてるらいにゃ。」

「たしかに。あれだけきつい臭いが脱衣場でも浴場でも溢れていたら誰も個人の悪臭なんて気にしないだろうな。」

「そうにゃリリファちゃん。薬草の中には効能はそれほどでもにゃいんにゃけど湯の色を強く変えるのも混じってるそうだにゃ。体を洗ってから湯につかっても湯を真っ黒にするやつもいるくらいにゃからね。薬草風呂のおかげでニャルテマさんもお肌ツヤツヤにゃ‼…にゃふぅん…♡」

「おっ‼同族のイイ女…いでっ‼」


 ニャルテマが(しな)を作ったポーズで色っぽく呟くと、近くを歩いていた猫獣人の男冒険者が見惚れて進行方向の先にあった食堂の看板に激突していた。それを見てニャルテマは「にゃあもまだまだ捨てたもんじゃにゃいにゃ。」と言って、照れと鼻血の二つで真っ赤な顔を摩りながらもこちらに手を振ってくれた男に同じように手を振り返した。


「イゾルデさんは臭いとか大丈夫だった?」

「ええ。確かに鼻には少し厳しかったですが慣れてしまえばどうということはなかったですわ。何より美容のためならばいくらでも我慢できますの‼」

「満足しているみたいでよかった。そういえば迷宮都市に来た日は入らなかったもんね。リリファちゃんはどうだった?」

「…気持ちはよかったが戦いで傷をつくったところがまだ染みる。風呂に浸かってるときは直接湯がかからないように庇うのが大変だった。」

「良薬腕に痛し、ってところかな?我慢できるんだからえらいえらい♪一緒に入ってたリリファちゃんよりもいくつか年上っぽい女の子なんて怪我をしたとこをお湯に浸らせてめっちゃ痛そうにしてたんだから。」


 久しぶりの入浴でご満悦だったイゾルデからその感想を聞いたナナミが次にリリファに質問すると、彼女は擦り傷よりも少し深い傷を作っていた腕を抑えてそう答えた。


「痛いんならダンジョンから戻る前にダンジョンポーション使っておけばよかったんじゃない?クロノスさんも「君たち乙女が柔肌に傷を残しているのは男として看過できない。ポーションは高いからと遠慮せずにじゃんじゃか使ってくれたまえ」って言ってたよ。」

「たしかにあいつはそんなこと言っていたが…こんな傷でいちいち使ってられるか。その金で飯をたらふく食いたい。それに前からずっと疑問だったんだが、そもそもどいういう仕組みで傷が一瞬で治るんだ。ダンジョンで会った赤獣の連中は切断された手足が跡もなく繋がっていたし…治癒士(ヒーラー)が使う治癒術での出血を止めたり青痣や腫れが収まったりするのとはわけが違うぞ。正直不気味に思える。」

「う~んたしかにね…でもクロノスさんもヴェラさんも過去の使用記録で副作用とかがあったことはないって言ってたし。ダンジョンポーション自体、冒険者ギルドができたころから何百年も売っている物らしいし。デメリットとかないのならありがたく使えばいいんじゃない?怪我したまんまでその後の生活に支障が出るよかマシでしょ。」

「だが支障なく自然治癒で治せるのならやはり私はそっちのほうがいい。というかナナミは疑問に思わないのか?普段食ってばかりのくせしてこういうちょっとした疑問にはすぐに考え出すのに。」

「食べてばっかは余計だよ‼でもまぁ…これに関しては体感型のゲームか何かだと思えば…そっか、もしかしてダンジョンってそういうものなのかな…仮想の空間で仮想の肉体で…そういえば可視化はできないけどスキルの概念もあるっぽいし魔術の属性とか状態異常とか装備品の効果とかもろRPGだし…」

「また考え出した…どういう頭の中身持ってるんだこいつは…」

 

 ナナミはこの大陸とは違う大陸から飛ばされたきたらしい。向こうでは平民にあたる普通の身分だったらしいが、それにしては文字の読み書きが完璧だったり数の多い複雑な計算ができたりよくわからない難しい言葉を知っていたりする不思議な女性だ。本人曰く「ギムキョウイクの賜物」なるものらしいが、平民に一見必要なさそうなことまで教えるとはどんだけ暇で豊かな国なのだと呆れるリリファだった。


「ところでお昼なんだけど何食べるー?」

「また食うことに戻ったか。どんな切り替えしてるんだ。」

「うるさいなぁ。ダンジョンポーションなんて誰にもよくわかんないなら考えても頭が疲れるだけだよ。ナナミさんは専門家でないのでそういう人にふってください。とにかく何か食べようよ‼みんな何か食べたいものとかある?」


 空腹君の存在感に気づきナナミはダンジョンポーションの話をその辺に放り投げて打ち切ると、十二時を告げる鐘の音を背後にして皆に昼食の希望を訪ねた。


「…安くてたくさん食べれるものがいいぞ。」

「にゃあは昼飯はにゃんでもいいけど、デザートに甘いものが食べたいのにゃ。」

「皆さんの要望に合わせます。予算の範囲で選びましょうね。」

「勝手を知りませんのでおまかせしますわ‼」


 四人からはそれぞれの希望が返ってきたが、それは具体性に欠けていてナナミには参考にしにくかった。彼女的にはパンよりパスタとか肉を頬張りたいとかもっとそういうのを期待していた。


「安くてたくさん食べられて甘いデザートが出るところ…とりあえず適当に予算を決めてメニューの種類がありそうな食堂にでもしようか?お昼時だから早く探さないと席がいっぱいになりそうだし…あら?なにかしら…」


 ナナミがきょろきょろと辺りの飲食店を見回してどこかよさそうな店がないか探していると、その先にひとだかりができていたのを見つける。彼女は一瞬人だかりができるほどの美味しい料理店かと思ったが、どうやらそうではないらしい。


「なんの人だかりだろう…ちょっと見てくるからそこで待ってて‼何食べたいか適当に考えておいてね‼」

「あ、おいナナミ…‼」


 騒ぎの正体を探るためナナミは仲間をその場に残して人だかりの先を目指した。






「なんだ?通行止めか?」

「おいおい勘弁してくれよ。この道は隣の大通りに出る近道なんだ。通してくれよ。」

「こちらワルキューレの薔薇翼…封鎖してる…通れない…別の道を通って…あっちもそれなりに近道…」

「ちっ、しょうがねぇ。あっちの道にすっか。」

「ご迷惑…おかけします…」


 人だかりをかき分けて最前列にたどり着いたナナミ。その先にいたのは建物と建物の間にある裏通りへの道を木造りのガードフェンスで封鎖して侵入を阻止して、通りたい人間を別の道へ誘導するマフラーで口元を隠した小柄の女性冒険者だった。

 女性は皮鎧の武装をしているが小綺麗な身なりであり、一見すると冒険者であるかどうかわかりにくいが、同業者特有のオーラのようなものを放っていたためかナナミには彼女が冒険者であるとすぐにわかった。

 

「すいません。何かあったんですか?」

「ん。ちょっと事件…通りたくても通せない命令…」

「通りたいわけじゃないけど、どんな事件があったんですか?」


 ナナミは誘導をする彼女にこの先で何があったのか尋ねると、女性は事件があったから封鎖していると教えてくれた。事件と聞いてナナミは野次馬根性が出てきてそれがなんなのかつい訪ねてしまった。


「殺人事件…犯人分からず…」

「殺人…そりゃあまた…」


 女性が告げた事件の内容が殺人事件であったことでナナミは思わず絶句し聞かなきゃよかったと後悔した。そしてこの街が本来粗雑で荒くれ者で通っている冒険者の街の一つであったのだと改めて思い出す。


「被害者全部で七人…全員浮浪者の模様…」

「七人って…それ普通に極悪事件じゃないですか。」

「そう…だからお嬢さんも一人歩きには気を付けて…」

「一人…いけな。そういえばクロノスさんに一人になるなって言われてたんだった。戻らなきゃ…‼」

「クロノス…?ねぇあなた…」

「こっちだ‼早く来いよ‼」


 クロノスに再三言い含められていたことを思い出したナナミが、来た道を戻ってなかまの下へ戻ろうとしたちょうどその時、人をかき分けて新たな女性がこちらにやってきたのを見つけた。


「アンリッタ先輩ちょっと待って…ルーシェが…‼」

「ごめんねみんな…私がこんなでなければ…」

「気にしないでルーシェ。私たちはチームなんだからこういう時こそ助け合わないと‼」

「そうそう。ここでのロスは現場での働きでリカバリーしてくれたらいいさ。」


 その女性の後ろには更に六人ほどの女性が引き連れられていて、みな道を封鎖する女性と同じように装備のどこかに薔薇の模様があったので、同じ所属の人間だとすぐにわかった。


「おう悪かったな。だが現場に着いたぞ。さて…見張りご苦労リューシャ。誰も通してないだろうな?」

「もちろん…それが命令だから…ロウシェさん達は…事件の目撃者がいないか探しに行った…」

「さっすがリューシャ先輩。よっ大魔王‼」

「リルネ…それ褒めてる…?だいたいあなたと私は同輩…先輩呼ばわりされると不快…控えめに言ってうぜぇ…」

「もちのろんですー。私とリューシャ先輩が実は血よりも固く結ばれた姉妹だってこともねー。」

「笑止…あなたと姉妹になった覚えはない…」

「またまたー。私とリューシャは同じ男と「その辺にしとけ二人とも‼」…おっとおジャマ虫だねー。へいへい先輩様。ただいまー。」


 駆け付けた女性の中のリルネという名前の女性が見張りをしていたリューシャと無駄話をしていると、六人を連れてきた女性が二人を叱って話をやめさせた。


「あなたのせいで怒られた…」

「はいはーい。まじめにやりますよ。」

「よしよし…おいセレインたち。この先にに事件の被害者さんがまだ転がっている。お前たちはリルネ以外死体を見たことなかったよな。これから見てもらうから覚悟しろよ。被害者には悪いが冒険者として勉強になることだ。」

「死体…やだなぁ…」

「なんだぁラウレッタ?ビビってんのか?」

「そ、そんなことないです‼」

「いい度胸だ。それじゃついて来い。…言っとくけど綺麗な死にざまじゃないからな?ちょっとえぐいけど吐くなよ…」

「このセレイン…死体の一体や二体で怯んでられません‼」

「いい度胸だねセレイン。どれ私も…」

「そこにフェンスがあるから気をつけてねルーシェ。」

「は、はい…あっ、ぶつかっちゃった…」

「大丈夫?手を貸すよ…」

「がんばれ…新人応援キャンペーン…さて…」


 そう言ってアンリッタと呼ばれた女性がフェンスを跨いで裏通りに入っていく。他の女性達も彼女に続いて裏通りに消えていった。そして全員が向こうへ行ったのを確認して、最初からいたリューシャは再び通りの誘導を再開して立ちふさがって侵入者が出ないようにしてから、事の顛末(てんまつ)を見ていたナナミへ話しかけた。


「ごめんね騒がしくて…」

「いえ、大丈夫です。それにしてもワルキューレの薔薇翼では新人が死体を見る勉強もするんですね。」

「そう…素人に死体を見させることは割とどのクランでもやってる…冒険者の活動に死体はつきもの…クエスト現場でモンスター被害に遭った犠牲者だったり…挑んで返り討ちに遭った同業者だったり…活動していれば嫌でも見ることになるから…だから急に見ても取り乱さないように機会があったら見させられる…私も昔は見るたび吐いた…けどもう慣れた…」

「すごいですね。私なんて未だに慣れないんです。今日午前中にダンジョンから戻ってきたんですけど、そこでも亡くなった冒険者の死体を見ちゃって…その人たちは死んだばかりだから比較的綺麗だったけど、正直見ていい気分になるものじゃないですよね。」

「それでいい…死体を恐れるのは自分がそうならないための警戒心からくるものだから…慣れる方が異常…そういうのはすぐ死体の仲間入り…それよりあなた…クロノスと知り合い…?」

「え…クロノスさん?知り合いっていうか同じクランの所属なんです。ダンジョンに挑戦するために一緒に来ているんですよ。」

「そう…ならあっちの死体は…ならこれ以上の検分はいらないかも…」


 見知らぬ女性と思わず死体談義で盛り上がってしまったナナミ。するとその女性がクロノスの名を出してきて知り合いか尋ねられた。ナナミがそれを肯定するとその女性は何かを納得したように一人で頷いていた。


「お姉さんクロノスさんとお知り合いなんですか?」

「お姉さんじゃなくてリューシャ…ワルキューレの薔薇翼の平団員リューシャ…あなた…彼に会ったら伝えておいてほしいことがある…」

「彼ってクロノスさんのことですか?いいですよ。どうせ夜には合流の予定だし。リューシャさんでしたっけ?何を伝えればいいんですか?」

「ヤニクとオーギーは故郷で元気に育ってる…」

「…ヤニク?オーギー?それって人の名前ですか?というかリューシャさんはクロノスさんとどういう関係…」


 ロウシェが口に出した内容にナナミは頭にハテナを浮かべていたが、その時に先ほどアンリッタが仲間を連れて消えた裏通りの方から叫び声が飛んできた。



「いやーーーーーー!?ナニコレ!?人!?人なのコレ!?おろろろろ…‼」

「うっぷ…‼これは…」

「どうやったらこうなるのよ…うっ‼」

「人数が確認できない…ぜんぶ混ざってぐちゃぐちゃ…うえええ…‼」

「あ、あのみんなどうしたの!?そんなにひどいんですかリルネさん!?私には血の臭いしかしなくて…‼」

「ルーシェは知らんでだいじょうブイ‼にしてもこれはひどいなぁ。あの人も後片付けする人のこと考えてほしいなー。まだあの人の仕業と確定じゃないけどどうせ隊長殿が言質とってるでしょ。」

「やっぱ刺激が強すぎたか…この光景は私たちの隊も半分駄目だったからな。吐くならあっちでな…現場を汚すなよ。」



「なに!?どうしたの‼」

「大丈夫…彼女達新人の試練…私もあっちに行かなきゃ…それじゃ伝言よろしく…あ…それと…」


 叫び声を聞いて慌てるナナミを落ち着かせたリューシャは仲間の様子を見に行くために自分も裏通りへ向かおうとした。しかしその前にまだナナミに伝え忘れたことがあったのを思い出して振り返ると、彼女の肩をがっしりと掴んでそれを伝えた。


「まだ欲しくないのなら…あなたも避妊はしっかりね…」

「…は?」

「どうせあなたも彼の愛人でしょ?…あれに目を付けられるとはあなたもかわいそう…あれからは絶対に逃げらんない…ただ負けを認めて気持ちを受け入れるだけ…じゃ…気を付けて…」


 それだけ伝えてリューシャは足早にこの場を去っていった。そして一人その場に残されたナナミは相変わらず彼女の言葉を理解できないでいた。 


「愛人…クロノスさんとはそんなんじゃないんだけど…あの人クロノスさんとどんな関係なんだろ?それよりも何があったかわかったしみんなのところへ帰ろうっと。クロノスさんにも後で聞けばいいや。リューシャさんね…覚えた‼」


 ナナミはリューシャに疑問を覚えながらも自身の空腹を思い出して、仲間が何を食べるか決めてくれていることを期待して皆の下へ戻るのだった。



―――――――――――――――――――――


〇アレン、オルファン、ヘメヤ組



 ナナミがリリファたちの下へ戻り一人で行動するなと怒られていたちょうどそのころ。アレンとヘメヤとオルファンの三人は街の通りのひとつで、出店の出品を眺めていた。



「なんかあっちが騒がしくない?また冒険者が喧嘩でもしているのかなぁ?」

「冒険者の喧嘩なんて珍しくないよアレン。今はお昼時だから、どうせ店で出た食事に食べた後で髪の毛が入っていったとか因縁つけたり、同じ注文で自分よりも後から頼んだ奴の方へ先に来たとかで文句をつけたりそんなとこでしょ。中には財布を忘れたことを誤魔化すために脅す質の悪いのもいるから同業者としてはまいっちゃうね。ほっといてもワルキューレの薔薇翼の誰かかギルド職員が来てなんとかしてくれるでしょ。それよりもお土産選びに集中集中。」

「そうだね。どれにしようかなぁ…」


 治癒士(ヒーラー)の青年冒険者オルファンにそう言われ、出店の棚に所狭しと並べられたアクセサリーに視線を移すアレンだった。


 アレンとヘメヤは風呂で汗を流した後で風呂上がりのジュースを楽しんだ後、街を散策していたオルファンと早いうちに合流することができて、それから三人で土産を物色していたのである。主題はもっぱらアレンが懇意にしている少女のウィンに帰ってから渡すプレゼントであった。


「これなんてどう?「蝶の形のネックレス」。技を出すときにジャンプ力があがるって説明書きに書いてあるよ。」

「それはダメ。ウィンが言うには「蜘蛛女の異名を持つママの娘である私にとって蝶は食べ物。もちろん生きているのをそのままバリバリ食べているわけではないわ‼」ってことで蝶のアクセサリーはありえないって。」

「そうなのか…それじゃこれは?「妖精マークのブレスレット」。ダンジョンの罠を発見しやすくなってもし引っかかっても不作動になることがあるって。」

「それもパス。前に聞いたときにウィン曰く「普人が妖精マークのアクセサリーをつけると今夜OKって意味の隠語になるの。肌身離さず身につけさせて私を年中発情期のサル扱いしたいわけ?」って言ってた。」

「ウィンもなかなか辛辣だねぇ。ヘメヤの方は何かいい物あった?」

「これなんかどうだろうか。「金色の指輪」。装備すると雷属性の魔術のダメージと麻痺の状態異常を軽減してくれるとあるぞ。この効果でこの値段はなかなか掘り出し物だろう。」

「…ねぇ二人とも。ウィンは冒険者じゃないから二人が勧めるのをつけても意味ないよ。」

「そういやそうだった。装飾品となるとどうしてもそういう性能に目がいってしまってな。」

「ははは、僕もだよ。これも一種の職業病ってやつかな。」


 オルファンとヘメヤが勧めていたのはどれもこれも冒険者などの戦う人間が身に着けることで効果の発生する代物だ。しかしウィンは健全な街の中の一般人であるため装備してもその恩恵を受けることはできない。こういった品は効果の分値段が上乗せされているので、ウィンに送る用にした場合は効果の分の値段を無駄に支払うことになってしまう。それならばその分でもっと装飾品のグレードをアップするべきだろう。


「でもここはダンジョンに挑戦する人向けの装飾品の店だから、そういうのばっかりしかないと思うけどね。」

「それなら…ねぇ店のおじさん。普通のアクセサリーって置いてないの?」

「普通ねぇ…この街で売っているアクセサリーは他の店でも基本的に全部冒険者用の効果がついてるぞ。」

「え、そうなんだ。なら効果の分はどうしても上乗せされちゃうんだね…」

「買った奴が誰にやるかなんて知ったこっちゃないからな。故郷の娘にやるんだと言われて効果分値下げしたら、その娘も冒険者だったなんてこともありえるわけだし。」


 店主の言う通りで買った人間が冒険者に渡さないとも限らない。割高の代金を払うのを残念そうにしていたアレンに店主はアドバイスを送った。


「値下げはできないが絶対に冒険者じゃない奴に贈り物したいんなら、ハズレの効果がついてるもんを狙うといいぞ。」

「ハズレ…?」

「ようは冒険者がつけると逆にマイナスの効果になるもんならその分値引きされてるってこった。ちょっと待ってな…そら、これなんかどうだ?アチチ…」

「どれどれ…「炎のイヤリング」。触ると熱い。長時間肌につけていると火傷する。上記理由につき40%オフ。たしかに安いけど…」


 店主が「デメリット効果品。安いよ‼」と札がついた木箱を取り出しその中に手を突っ込んでガサゴソと漁って見つけたアクセサリー。それは確かに他と比べ随分安価であったが、アレンは納得いかなかった。それはそうだ。つけられないアクセサリーなど意味がない。現に持って見せている店主も熱そうにしており、時折投げるようにして持つ手を入れ替えていた。


「アッツ…‼こりゃ駄目だな。戻しとこう…送りたい相手ってのは普人族かい?それならこれは無理だったな。すまんすまん。これは体温が高くて火傷の心配のない炎獣族の冒険者や旅人とかが使うもんなんだ。あいつらは体温が高いぶん冷えると体を壊すから熱を持つアクセサリーは重宝されるんだよ。ならこっちは…」

「なになに…「早起きのリング」。毎朝八時きっかりに鶏の鳴き声が聞こえてくる。音はうるさい。ダンジョンでは地上の時間が関係ないので使いにくいので60%オフ…微妙だなぁ。おいらの家はパン屋だからもっと早い時間に起こしてくれるのなら便利だけど…うるさすぎて近所中から苦情がきそう。ウィンの所もその時間は寝ているひとが多そうだし…」


 アレンは色町がどういうところかは子供であるためよく知らない。しかし昼は寝て夜は朝まで客の相手をするという仕事であることはなんとなく知っていた。そのためこういった大きな音を朝に鳴らすアクセサリーはあまりいい顔をされないだろうとすぐにわかったのだ。


「なにか他に…「口笛吹きのチョーカー」…「マキマキマイマイの髪飾り」…「不運のミサンガ」…どれも微妙だ。普通の人がつける分にはデメリットがなさそうな効果のものを…お‼」


 アレンは山のように折り重なっていた箱の中身のアクセサリーを一つ一つ手に取って札から効果と値段を読み取り希望に沿う品を探していると、箱の一番底できらりと輝いたネックレスを見つけそれを手に取った。


「なになに…おお‼こりゃいいや‼おじさんこれ頂戴‼」

「まいど。なんかいいもんあったのか…ってそれは…‼」


 アレンがそのネックレスの札を読み取って効果に満足してから、店主の男に会計を所望した。店主はアレンの喜びようを確認してそのネックレスがどんなものであったか札を確認して驚いていた。 


「坊主…ホントにそれでいいのか?たしかに一般人には影響なさそうな効果だが…」

「うん‼値段も手ごろだしこれにするよ‼ウィンもきっと喜んでくれるよ‼」

「ならいいんだが…ま、まいど…」

「アレン君どんなのを買ったんだろう?」

「どれ、ちょっと覗いてみようぜ…」


 顔を引きつらせている店主の問いに大喜びで答えたアレン。それが気になりオルファンとヘメヤはアレンがいそいそとかばんにしまおうとしている、買ったばかりのネックレスの札を盗み見るとそこに書かれていたことを目にした。


「なっ…!?おいおい…」

「確かに一般人なら問題ない効果だけどさぁ…アレンくんも怖いもの知らずだね。」

「何が?」


 そう言って絶句する二人に首をかしげて代金を店主に払っていたアレンだった。



 


 …アレンが買ったアクセサリーは何かだって?それは今後のお楽しみかもしれないし、もしかしたら何の関係もないかもしれない。いつかの未来をお楽しみに。






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