第12話 冒険者、供に(身支度を整えましょう)
先日間違えて13話を12話として投稿してしまいました。こちらが正しい12話になります。
暗黒通りの道を悪臭を撒き散らし、歩く子供が一人。ジムに生ごみの捨て場に叩き落されたファリスである。立ち込める悪臭に道行く人々は鼻を抑えるが、悪臭の浮浪児など珍しいものではないのだろう。文句を言う人間は誰一人としていなかった。
「ああもう!!臭いが全然落ちやしない!!どうして海の方に落としてくれなかったんだ。心配しなくてもミツユースの住人なんだから泳げるわ!!あの監視員め。誰だか知らないが覚えていろよ…!!」
ファリスはジムの顔を見ていなかったので、自分をゴミ捨て場に落とした下手人がだれかわからなかったが、いつか正体を暴き今日の仕返しをしてやろうとまだまだ成長途中でまな板な胸に強く誓った。一方でジムは大恩師の子供にひどく恨みを買われたことに気付いていないが、まぁ強く生きてほしい。
「まぁ肥溜めに落とされるよりはマシかも知れないし、何よりクロノスの奴を撒けたのは大きいか。万が一にもあいつが暗黒通りに入ってくるまでにどこかに隠れないと。着替えたいし、一度家に帰るか。」
クロノスがファーレンとの約束で暗黒通りに立ち入れないことを知らないファリスは、追ってくるかもしれない彼から隠れるために、急いで自宅へ帰ることにした。自宅と言っても父親と住んでいた屋敷は彼の死後、乗り込んできたデビルズに占領されてから帰っていない。
「まずはシャワーを浴びたい。流石にクロノスも今の住処は知らないだろう。」
悪臭を撒き散らしながら歩みを進めるファリスだったが、そこで通りの住人が騒がしいことに気が付いた。
「それにしても騒がしいな?これだけ騒げば監視員が黙っていないだろう。どこかででかい抗争でもあったのか?」
どちらにせよ、そいつらは監視員によって喧嘩両成敗だろうなと、ファリスは顔も知らぬ者たちに内心同情した。
生ごみの水気で濡れた靴の足取りは重い。やっとのことで自分が住処にしている崩れかけのアパートの前までたどり着くと、階段から見知った顔が下りてくるのが見えた。浮浪児仲間のダグである。
「おいファリス、探したぜ。いったい今までどこに行って…って、クッサ!!お前なに!?なんでこんなクサいの!?ありえねぇ!!」
顔を歪め鼻を抑えるダグに拳骨を一発見舞い、階段を上ってファリスは自分の部屋に向かった。臭いのは私だって同じだ。とにかく、一刻も早く私はシャワーを浴びて着替えたいんだ。そう思ったファリスは崩れかけて入り口のドアも無い私室に帰還すると、玄関にどこから見つけてきたのか「NO ENTRY」と書かれた立札を置いた。そしてそれを無視して入ろうとしたダグを「入るなっつってんだろ!!」とナイフの柄で殴り気絶させると、衣服を脱ぎ去りバスルームに入っていった。
近くに大きな河川が2つあり、上下水道も発展しているミツユースでは、たとえスラム街であっても水道をひねれば新鮮な水が出る。さらに湯が欲しければ、魔石をセットして使う加熱を行う魔道具を使えば容易に手に入るのだが、前に住んでいた屋敷ならまだしも、スラム街を兼ねた暗黒通りにそんな便利なものはない。シャワーから噴き出る冷水を浴びながら全身に染み込んだ悪臭を流し、もし海に落とされていたら帰るまでの道のりで風邪をひいていたなと、自分をゴミ捨て場に落とした監視員の評価を改めるファリスだった。ジム君知らない所で恨まれて今度は助かったぞ。良かったな。
「さっき警備隊の連中が裏町の中にまで入ってきてさ。デビルズの奴らをどんどん捕まえている。監視員も1人も出てこないし、侵入の許可は出ているんだろう。ついに恐れていたことが始まりやがった。」
シャワーを浴びて浴室を出たファリスは、バスタオルを体に巻いたタオル一丁の状態で浴室の水で戻した干し肉を火を起こして軽く炙り、その横で気絶から復帰したダグから騒ぎの原因を聞いていた。
「ムカつくやつらの大掃除ってのは見ていて気分がいいけど、仲間に間違われたくはないからな。…その干し肉どうしたんだ?」
「さっき拾った。」
この干し肉はゴミ捨て場に落とされたファリスが偶然捨てられていたのを見つけて持ち帰った物だった。転んでもただでは起きられない。時に生ごみの中から食べられそうなものを食ってでも生活しなければならないのが浮浪児だ。
「当たり前だ。あいつらはいくらなんでもやりすぎたからな。このままだとミツユースの浮浪児全員がデビルズの傘下に入るか、怪しきは罰せよで浮浪児全員皆殺しか、どっちかしかなかったかもしれないからな。少なくとも監視員はそれくらいやる。」
さらっと恐ろしいことを涼しげな顔でファリスは答え、干し肉に火がよく通っているのを確認するとそれに勢いよく食らいついた。
「…まっずい。ゴミ捨て場の臭いが、これでもかと染みついている。乾き物は湿気を吸うから、当然と言えば当然か。だがこの味はゴミ捨て場由来の物だけではないな。肉自体は腐っていなかったから、冒険者が捨てたギルドの保存食だな。」
そう言ってファリスは、まずいまずいと言いながら干し肉の咀嚼を続けた。
ファリスが口にしたのは、ギルドが冒険者向けに販売している保存食のことである。秘蔵の技術により高い栄養価と高湿度高温下であっても数か月にわたってカビ一つはえない保存性の高さが売りであるのだが、この保存食。とにかくマズイことで有名なのだ。親の敵を討つかのごとく素材の味が無くなるまで大量に塗り込まれた塩。そして主人の無念晴らすかのように口の中の水分を奪い尽くす極限にまで乾燥された食材。これらの音がハーモニーを奏で、導き出される答えはとにかくマズイの一択であり、冒険者や旅人も飢えない限り食べる気が起きないと、目的地に着けばすぐに捨てられることも多かった。
「人間と言うのは案外何でも食えるものだな。火で炙ることを覚えたら、大抵の物は行けるようになったぞ。ダグも食べるか?」
「いやいい…浮浪児だから味に文句を言える身でないのは十分承知なんだが、目の前でマズイマズイって食われたら、もうお腹いっぱいだ。」
ダグの断りに、そうかと言って、ファリスは干し肉の残りを全て口に含んだ。しかし、最後の分はゴミ捨て場の生ごみの液体に浸かっていたらしく、ファリスは涙目を浮かべ横に置いたコップの水を口に注ぎ、何とかそれを食べきった。
「そこまでして食う必要あったのかよ。腹が減ったなら盗みでもすればいいんだ。」
「そこがお前ら欲深いただのスリと、オレのような高潔な精神を持つ穏健派の違いだ。それで、警備隊がデビルズを捕まえている間お前はオレに何をしてほしいんだ?」
まさかお前もデビルズの一員だったわけではあるまいと、ファリスはバスタオルをダグの視界を隠す形で彼に投げつけ、歪んで一段しか開かなくなったタンスの引き出しから着れそうな衣服を適当に見繕い着替え始めた。
「おいおい。男同士だろ?何を恥ずかしがってるんだか。」
「うるさい。お前如きに見せる素肌は、あいにく持ち合わせていないんだ。ほら、早く要件を言え。」
「それなんだけど、しばらくの間俺をここに匿ってくれ。警備隊はデビルズに関わった浮浪児だけを捕まえるって言ってるけど、どさくさに紛れて他にもお尋ね者を捕まえるつもりらしい。俺も結構睨まれてるからさ。なんかの拍子に捕まったらと思うと…」
ダグは身震いをして目的を伝えた。ダグはここのところ大金を狙った盗みを繰り返している。これだけ暴れれば当然警備隊の誰かが顔を覚えており、捕まればしばらくここへ帰ってこれないだろうと言うのはファリスの目から見ても明白だった。
「そういえばお前の住処は暗黒通りの入り口に近かったな。帰るに帰れまい。まぁ勝手にしろ。オレは出かける。」
着替えを終え、ダグに掛けたバスタオルを奪い取りひび割れたかごの中へ投げると、ファリスは玄関へ向かった。そして靴は代えが無かったので、半乾きでいまだ悪臭が漏れているそれを掃いた。
「どこへ行くんだ?」
「散歩だ。お前はゆっくりしているといい。仲間とは思っていないが、捕まって会えなくなれば少しは寂しいからな。デビルズが混乱しているのならオレにとってはチャンスかもしれない。」
とにかく機会を逃すものかと、ファリスは外へ飛び出していった。
「…はい。ファリスの奴、動きを見せました。ええ、後を追います。」
駆けていくファリスを見つめながら、魔石で作られた通信機の魔道具を手に持ちどこかへと連絡をする影が1つ。その影はファリスに気付かれないように後を追いかけるのだった。