第118話 そして更に迷宮を巡る(壊された大通りと拠点の宿屋での出来事)
ヘルクレスとその子分とともにイゾルデを探しに来たと思われる騎士二人組から逃げてきたクロノス達。ヘルクレスの子分の中にいた迷宮都市に先に来ていた先発隊の一人は、しばらく迷宮都市にとどまっていただけあって街の中の道にそれなりに詳しかったので、念のためにと追っ手を撒く目的で裏道や街の住人の家の軒先や空き家の壁の穴まで通り、予定していたよりも遠回りよりも更に回り道をすること小一時間。小道から大通りに出たあたりでついに心配はなくなっただろうと確信をして一行はようやく立ち止まった。
「ここまで来れば大丈夫だろう。追手もまったく追ってきていないみたいだ。心配なら子分に連中の居所を探らせてくるが…」
「いや、そこまでしてもらわんでもいい。逆に目立ちかねないからな。そうだろイゾルデ嬢?」
「うぅ…」
ヘルクレスの提案を断ったクロノスがイゾルデに確認をとると、彼女は静かに呻いてていた。
イゾルデはクロノスとナナミに引きずられて追手から逃げる間にすっかり冷静さを取り戻しており、先ほどの失態を振り返って後悔していたのだ。そこには先ほどまで商人の男に突き付けていた怒りの気持ちはすっかり消え去っており、今は皆に迷惑をかけてしまった罪悪感で落ち込んでいた。パーフェクト・ローズも持って歩くのに大変だからとしまっており、道行く人間がさっきの広場でのイゾルデを見ていたとしても今のイゾルデを見て同じ女性であると判別はつかないだろう。そのくらいに彼女は気変わりしていた。
「うぅ…申し訳ございませんわ。大したことがないと言われあたくしの思いを否定されたと思ってしまい、つい熱くなってしまいましたの…」
「別に気にしなくていい。俺も考えるよりも前に手が出ることはよくあるからな。」
「しかし運が悪ければ自分から騎士達に見つかってしまうところでした。謝罪させてくださいまし…」
「俺たちは気にしていないが…謝罪というなら素直に受け取っておこう。」
「私たちは全然気にしてないから大丈夫だよイゾルデさん。ほら、元気出して。」
「ありがとうございますの。うぅ…」
イゾルデの謝罪を受け取って彼女のフォローに回ったナナミ達。クロノスは懐の大きくて深い団員達に敬意を払ってから周囲に怪しい人物がいないか探っていたヘルクレスに話しかけた。
「ヘルクレスもありがとうな。おかげで助かったぜ。」
「おぉ、気にすんな。冒険者どうし困ったときは助け合いよぉ。おめぇのクエストの依頼者なんだろ?なんか訳ありの客取っちまったみたいだな。」
「訳ありだがそれはそれで可愛げがあっていいものさ。」
「おめぇの変わった客好きは昔からだな。だがイゾルデ様もなかなかの度胸でいらっしゃる。あんなでっけぇ剣を振り回すさま、思わず見とれちまったぜ。」
街を歩いて逃げ回っている間にヘルクレスはクロノス達の受けているクエストについて彼らから聞かされており、それでイゾルデのことも理解していた。もちろんイゾルデがポーラスティアの姫君であることは知らされていないが、それでも彼女から仄かに漂うやんごとなきオーラを感じ取り丁重に扱っていたのだ。
「ありがとうございますわヘルクレス様。正義の賊と名高い冒険者であるあなた様にそういわれると元気が出てきましたの。」
「やめてくれよ鼻がくすぐったい。照れちまうぜ。」
「それよりも大分歩き回ったがここはどの通りなんだ?宿屋はどっちの方にある?」
「ここは…って、なんだ。ここは君たちが壊した大通りじゃないか。」
リリファに尋ねられてクロノスがようやく周囲を見渡せば、ここがかつて赤獣傭兵団とバンデッドカンパニーの一部が大喧嘩を繰り広げ、ディアナが率いるワルキューレの薔薇翼と騒ぎを駆け付けたギルド職員に拘束された大通りであったことに気づいた。通行人よりも多くいるかもしれない赤獣傭兵団の団員やバンデッドカンパニーの団員がそこかしこで壊れた建物や道の修理をしていた。
「お前たちの宿は近いのか?」
「そこの小道に入った先の通りが俺達が滞在している宿だよ。と言ってもまだ一泊しかしていないがな。」
外から戻ってきてリリファを部屋まで送った後に他の男性陣と寝ようとすれば、下の階からイチャコラする男女の矯正が聞こえてきて眠るのが大変だったと、クロノスは少し前のことを思い出して呟いてから未だに破壊の後を残しつつも道や建物の修理を行う男たちに目をやった。
「おい、釘足りねえぞ。そこの下の奴釘の入った箱よこせ‼」
「下から投げていいかー?そりゃ‼…やべっ、蓋開けたまんまだった。」
「おい店主のおば…姉ちゃん。この壁の色は青でよかったのか?」
「…違う違う。夕焼けみたいに真っ赤な赤だわさ‼酒を酌み交わす男どもの絵が描いてあった‼たしかそうだわね‼」
「どさくさに紛れて壁の模様替えしてもらおうとしてるんじゃねぇのか?まぁいいや。赤のペンキは…」
「俺力持ち‼これもこれも軽い軽い…っと‼おい‼道の穴まだ空いてんのかヨ!?歩きづらいから先に埋めとけヨ‼」
「悪い悪い…木屑を投げ込むゴミ捨てにちょうどいいから残してたんだ。そのうちいっぱいになったら泥をかぶせて蓋をしておくぜ。」
「おらっ、金づちそんな振り方したら釘がまっすぐ刺さんねぇだろ‼」
「うっせぇよ爺さん。俺らんとこじゃこれでいいの‼」
「いいわけないだろ‼」
赤コートの冒険者や野盗のような出で立ちの男達。彼らは赤獣傭兵団の団員とバンデッドカンパニーの団員だ。専門家でないが故に修理作業にはところどころ粗が目立つが、少数いる指導者の大工と思わしき人々に指導され何とかやっているようだった。
だがクロノスは彼らの人数を簡単に数えて疑問に思った。それはこの場にいた彼らがあの日喧嘩をしていた人数と同じかそれ以上の数がいたからである。はじめは雇われた大工やクエストを受けた冒険者が混じっていたからかと思ったが、どうやらそれは違うらしい。ぱっと見てそれと思わしき人物を除外してもまだ団員の数は多かったらだ。
謎に思っていたクロノスにヘルクレスが察して半分正解だと教えてくれた。
「通りの復旧作業にはあの晩街の外に作った陣地で野営していた連中も数に入ってんのさ。喧嘩をしたのは一部だけだったがクランの連帯責任ってことでな。文句言いながらも助け合ってくれている。団員同士交代交代で大工の真似事して、そんで休憩に酒飲んだり女買ったり…そんな感じで二週間体よく使われているんだ。ギルドに拒否不可能な罰則クエストってことにされてんのさ。正解半分ってのは大工やよその冒険者が混じって人数が膨らんでいるってのは本当だからだな。そいつらの雇い賃は儂とマーナガルフ持ちなんだ。ギルドめ自分たちが払わないからって町中の大工を片っ端から連れてくるんだもんな。おかげで財布が素寒貧だぜ。まぁ腕は確かだからおかげでだいぶ進んでいるが。」
ダンジョンでの稼ぎもあるが全然足りやしねぇと、ヘルクレスは大きな手でやれやれと仕草をとって見せていた。
「そうだ‼ダンジョンでマーナガルフに会ったぜ。しかもクランの団員を何人か連れていた。…そして君まで自由にしているとは。よくギルドが許してくれているな?」
「自由なのは儂と戦いが強い腕の立つ何人かだけだ。後は残らず通りの修理に駆り出されておる。マーナガルフめ随分壊してくれたものじゃな。赤獣の団員や人夫と協力して二週間近く交代交代でやってくれているが、いまだに終わりが見えん。」
「君もノリノリで壊していたじゃないか。それよりもマーナガルフと君は渦中の人物…本来なら率先して修理しなければギルドも許してくれないだろう。なのにどうして呑気にダンジョンに挑戦している?マーナガルフの奴はディアナに聞けと言っていたがちょうどいい。君の口から話せよ。」
「なぜと言われてもな…迷宮都市に来たのも元々ダンジョンに挑戦するためじゃし。いろいろ急ぎの事情があるんじゃよ。ギルドからも許可を得ておる。それは…「親分‼おかえりなさい‼」…おお子分ども‼真面目に働いとったか!?」
睨んできたクロノスに事情を話そうとしたヘルクレスだったが、自分に気づいた作業中の子分がこちらに走ってきたので地が震えるほどの大声で返事をして、通りを歩く人間をびっくりさせていた。しかし作業をしていたバンデッドカンパニーの団員と赤獣傭兵団の団員は特に驚くこともなく、ヘルクレスを手を振って出迎えていた。
「いや見ての通りバリバリ働いてますぜ。レッドウルフのヤローがめちゃくちゃやってくれたもんだからホントに大変で…どさくさに紛れてまるまる一軒立て直させるがめつい商人もいるもんでまいっちまう。商品の弁償までは要求されなかったのは幸いだが…見てくれよあの壁の大穴。あれも赤獣の連中がやってくれたんだぜ。人手が間に合わなくて未だにほったらかしだ。」
「おいおい、あれはお前んとこの親分が俺を投げつけて開けた穴だぞ?人のせいにすんなよ。」
指をさしていまだに直されていない店舗の壁を示したが、木材を背負っていた赤獣傭兵団の冒険者がこちらへやってきて突っ込みを入れてきた。トレードマークの赤コートは暑いからか腰に結ばれており、頭にはタオルを巻いて着ているのは真っ赤なシャツ一枚だった。これでは赤コートの男ではなく赤シャツ男である。
「そういや一人店に投げ込んでいた気がするな…あれお前だったのかよ。丈夫な体持ってんなオイ。お袋さんに感謝しておきな。」
「おうともよ。さー運ぼ運ぼ‼まだあるからお前も無駄話してないでさっさとやれよ。」
「無駄話じゃねぇよ。今は大事な報告してんの‼それじゃ親分失礼します。…聞いてるのかよおいってば…‼」
男はヘルクレスに一言挨拶してから赤シャツの男の方へ行きそのまま軽口を叩きあっていた。その後ろ姿にかつていがみ合っていたクラン団員同士の姿は無く、まるで年季の入った仕事仲間といった感じだ。
「向こうの団員の面倒も見ているのか?」
「マーナガルフと交代でダンジョンから戻ってきた時はちょくちょくな。あっちもダンジョンに挑戦している身じゃしサボっとらんか見ないといけない。前まではマーナガルフの奴が何かと突っかかってきていたが、喧嘩の後に皆で酒を飲み交わしたら団員同士に至るまですっかり仲良くなってしまったわい。あいつらなぞ贔屓の娼婦が同じだとかで…」
ヘルクレスがどうでもいいしできれば大衆の面前で喋らない方がよさそうな団員の個人情報まで話し出したところで、街の中央の方から迷宮都市の時刻を告げる鐘がごうんごうんとけたたましく鳴り響いた。鐘は十回鳴らされたので今は十時ということだ。
「すまんが交代の時間になってしまった。儂らはこれから建設の作業に入らねばいかん。明日ダンジョンに入れるようになるまでに少しは手伝わんと。頭がサボっては子分に示しがつかないからな。それに母ちゃん…げふん。バーヴァリアンにも叱られてしまうからの。」
「ダンジョンから戻ってすぐにか?君の体力ならともかく、一緒に戻ってきた団員がつらいだろうに。」
「戻ってくる前にゴール地点でたっぷり寝てきたから大丈夫だ。それに儂らが作業に入らんと今やっている連中が休憩に入れんからな。今やってるのは早朝から作業してた奴らでこれから朝飯になるんじゃ。レッドウルフの子分どもも遠慮して休憩しないと困るし…なぁに、終わった後に美味い酒と飯待っているのなら、子分たちもこれくらい屁ではないわい。」
「本当は娼婦にでも飯の炊き出しをやってもらおうかと思ってたんだが、今は迷宮都市に客が多くて本業が忙しいって断わりをいれられてしまってな。なんとギルド職員の別嬪さん達がまかないの飯を用意してくれてんだ‼」
クロノスに説明するヘルクレスの横から彼の子分が嬉しそうにそう言ってきた。
「飯を配ってくれるとこまで手伝ってくれるからこれを機にお近づきになろうってみんないい子ちゃんというわけだな。」
「だから真面目にやってんのな。実に実直なことで。」
「まぁおかみさん…ゲフン。バーヴァリアンの婆が一緒にいてしつこく口説こうもんなら、地面とキスさせられちまうからみんな警戒してるんだけどな…」
「まぁそううまくいくわけないわな。それができるなら俺など入れ食い状態だ。」
「ガッハッハッハ‼…というわけで、時間が惜しいからマーナガルフや地上のことは儂のことも含めてディアナに聞いておくれ。今はあいつは街の西の高級住宅街にクランの名で邸を借りている。そこを拠点にして団員の女達とともに今の迷宮都市で粗相をやらかす馬鹿をいじめたり、儂やマーナガルフを顎でこき使っておる。まったく人使いが荒い女じゃて。そればっかりは儂の妻さんといい勝負だ。」
「わかったよ。二週間近い流れは全部ディアナに聞くことにする。」
「助かる。…おし‼野郎ども‼飯食いにいけや‼そんでもう一仕事体張って終わった後は酒を飲んで女を抱かせてやるぞ‼」
「「「おおーーー‼」」」
ヘルクレスがダンジョン帰還組の子分たちに大声で呼び掛けると、子分たちもまた大声で返す。そして上着を脱いでシャツ一枚や上半身裸になった彼らは解散して、事前に決めていたのであろう作業の持ち場に向っていった。そして彼らと交代で作業をしていた団員たちは我先にと一目散に向こうへ駆けていった。おそらくそちらに食事とそれを配るギルド職員がいるのだろう。用意を手伝って仲良くなりたいというわけだ。
「では儂もこれで…まずは外の陣営の休憩組にダンジョンへ行くよう伝えに行かねば…あいつら一人でも遅刻してたらケツを蹴ってやるぞ。ガッハッハッハ…‼…おっと、ディアナのいる高級住宅街の場所はわかるか?」
「ああ、確かクエストの依頼客やダンジョンから出た宝を買いに来た奴らの中でも金持ちの連中が滞在に使うところだろ?それならだいたいの場所はわかる。」
「なら案内はいらないか。評判のワルキューレが常駐してくれるってんで、荒くれ者が怖い金持ち連中やその護衛の人間も大喜びさ。住宅街に入ってすぐの赤い屋根のでっけぇ邸だ。たぶん団員が入り口に突っ立ってるから行けばわかる。それではな…‼」
クロノスにディアナの居場所を伝えてから、ヘルクレスは高笑いをして陽気にどすんどすんと地面を踏んで揺らす勢いで立ち去っていった。
「ねぇ、ヘルクレスさんの言っていたバーヴァリアンさんって…」
「ヘルクレスの専属担当職員にして彼の妻だ。喧嘩の時にヘルクレスを倒していた人を見ただろう?ジジイのヘルクレスと同じくあちらもかなりの婆さんだがまだまだ目をぎらぎらさせている現役の元気な人さ。彼女は名前を公表しているが公私を混同しない目的で職員の時はバーヴァリアン名義で活動している。その時に名前を呼ぶと誰であろうと怒られるから気をつけろ。」
「そうなんだ。次会ったら気をつけるわ。」
「とりあえずここにいてもイゾルデがまた騎士に見つかるかもしれない。とにかく宿屋に行こう。」
クロノスは建設作業をするヘルクレスの子分たちに改めて礼を言ってから、宿屋のある通りに向った。
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「宿の更新がされていてよかったですね。」
「ダンツたちは戻って来ていたみたいだな。」
「ああ、これで宿の心配はもうないな。」
何事もなく宿までたどり着いたクロノス達。受付で帰還を告げ宿の更新をしようとしたところダンツたちによって既にそれが行われているとわかった。店員によればダンツ、クルロ、キャルロ、ニャルテマ、オルファン、ヘメヤの六人とも大きな怪我もなく帰還したらしくどうやら無事であるらしい。彼らの無事を喜び二階の借りた部屋に階段を上がって到着した。
「さぁ、この扉をくぐれば今回のダンジョン探検は一度終了だ。」
「うん。拠点に帰るまでがダンジョンでしょ?それなら何度も聞いたよ。」
「君たちの頭が覚えるまで何度も言うさ。特に帰りは魔貨や宝なんかの金目の物を持っていることに加え、危険な場所から帰ってきたという気の緩みがどうしても出てくるからな。そこを狙った盗人に気をつけろという意味を込めての言葉であると、俺の先生も口を酸っぱくして言っていたことだ。…む。鍵が開いているな。ダンツたちがいるのかな?」
クロノスが受付で返してもらった男部屋の鍵を使おうと扉に手をやると、鍵が開いていたことに気づく。
泥棒の可能性もあるので念のために少しだけ開けて中を覗くと、そこには見知った文字通りキノコ頭の男と猫耳の女がいて、扉が開いたことに気づいて視線を向けていたのでクロノスは安心して扉を全開して中へ入った。
「おうクロノス帰ってきたか。」
「だから言ったのにゃ。旦那がいれば全員普通に帰ってくるって。」
宿屋に戻ってきたクロノスが男部屋の扉を開けると、部屋の中には備え付けのテーブルでカードをしていたヘメヤとニャルテマの二人がいた。彼らはクロノス達全員の姿を確認して出迎えてくれた。
「二週間まるまる帰ってこないもんだからみんなして心配してたんだぞ。クルロなんぞ死体なしの葬式の準備をする勢いだったが、お前が本当に戻ってきたら殺されかねないからってみんなして止めたんだ。」
「勝手に死んだことにすんなよ。この通り全員ぴんぴんしている。他の連中はいないのか?というか二人して男部屋で何してたんだ?まさか…」
「「違う違う誰がこんなヤツと‼」」
ヘメヤの冗談にクロノスが返してから二人が男部屋にいた理由を男女の仲を勘ぐって尋ねれば二人は必死に否定した。二人は息ぴったりに答えたが、それは関係を隠したいという方ではなくあからさまな拒絶の色が見て取れたので、クロノスはからかうのをやめて話を続ける。
「俺達も帰ってきたのはついさっき…ちょうど太陽が昇るのと同時くらいだったんだ。それでダンツがさすがにそろそろ戻ってくるだろうから念のため連絡役に誰か部屋にいてくれってな。」
「それでカードをやってビリ二人が待つって条件で、負けたのがにゃあとヘメヤだったにゃ。それで真のびりっけつを決めていたら白熱していつの間にか旦那たちが戻ってきたというわけにゃ。」
「またくだらんことで白熱して…まぁおかげで出迎えてもらえたわけか。」
「依頼人も問題なしだな?なら言うことはないな。一応他の報告をしようか。」
「頼むよ。こっちは二週間地上にいなかったからこっちでの進展がわからなかったんだ。」
「俺たちは二週間で三回戻ってきていたんだ。戻ってくるたびにエリクシールを求めた挑戦者やそれを買い取ろうとする商人と貴族の異様な熱気昂ぶりようを感じ取ったよ。」
クロノスが頼むとヘメヤは頷いて現状の説明を始めた。なお、彼はどさくさに紛れてテーブルに並べられたカードをぐちゃぐちゃにして劣勢だったニャルテマとの決戦を強制的に引き分け試合にしていたが、あくまで暇つぶしであったらしくニャルテマも特に文句は言わなかった。
「まずエリクシールの噂についてだが、こちらは他の同業者や傭兵に本当の情報だとほぼ確定されてしまっている。今迷宮都市にいるやつでエリクシールの話を知らない奴はいないし、全員それ目当てだと思う。もう隠しても意味がない。」
「それは知っている。ダンジョンのゲートからここへ来るまでの間に話を何度も聞いたし、商人の男にもそれで絡まれてしまった。」
「とりあえず下の誰も行っていない階層にあるんじゃないかとの検討がほとんどで、みんな少しでも下の階層を攻略しようと躍起だ。それで怪我人や死人も増えてしまっているがな。」
俺達が返ってきた後に来た一団は半分くらいが死体同然でそれはひどいありさまだったと言って、ヘメヤは話を続ける。
「次に少し前にあったマーナガルフとヘルクレスとの喧嘩だが、二つのクランの喧嘩を起こした団員は全員ギルドとワルキューレの薔薇翼に捕らえられた。あの晩無事に逃げおおせた奴も街中の炙り出しで今は全員捕まってしまったらしい。」
「あんなにいたのに全員捕まえるなんてギルドも優秀だな。ワルキューレの薔薇翼の女どももかなりできる。」
「そうだなリリファ。俺達も一回目に帰還したときに色町の女に匿われていたのが見つかって抵抗を試みた赤獣の団員を一人見かけたんだが、ワルキューレの女どもが見事な連携で倒して捕縛していた。俺はワルキューレの薔薇翼は始めた見たがあれはすごかったよ。」
「それで二つのクランの団員はどうなったの?」
「連中は大通りを派手に破壊したことや街の中での少々行き過ぎた行いを咎められて、ペナルティとして通りの修理をさせられている。連帯責任で喧嘩と関係のないあの時外にいた奴らも駆り出されてな。ギルドの職員が見張っているから今まで大人しく修理に勤しんでいたようだ。」
「ギルドの人怖いもんね…」
「あれには俺も逆らおうと思わん。それにペナルティと言っても交代で休憩をとっているし、働いた分だけ日当はきちんと出ているらしいからそこまで不平はないようだ。ただその間もマーナガルフとヘルクレス。それにそれぞれの一部の団員は作業に参加せずダンジョンに挑戦しっぱなしらしい。ダンツがギルドの職員に聞いてきたらしいがあいつらの行動は許可しているらしい。何故かは教えてもらえなかったそうだ。」
「その件は大丈夫だ。後でしかるべき人物に聞きに行く。他は何かあるか?エリクシールの情報とか。」
クロノスがエリクシールについて聞いたがヘメヤもニャルテマもいい顔をしていなかった。そちらは収穫なしということなのだろう。
「すまないな。イゾルデ嬢に何か土産があればよかったんだが…」
「あたくしなら大丈夫ですの。もともと期待薄なのはわかっておりましたから。お気を病まないでくださいませ。」
「そうか。なら他に報告することは特にないか。…ああ、ダンジョンで得た収入は好きにしていいと言っていたから全員で分けたぞ。もう使った奴もいるから金は返せないからな。特にクルロのやつが。」
「それは聞くまでもない。結構な収入だがたぶん迷宮都市にいる間になくなってしまうことも含めてな。」
「うむ。冒険者に宵越しの金は持たないな。」
クロノスの言葉にその通りだとヘメヤは笑っていた。そして次にニャルテマがダンツパーティの今日の予定について話してくれた。
「それで今日のにゃあらの方針にゃが、みんなそれぞれ情報収集やりながら地上で一日好き勝手するつもりにゃ。どうせ明日までダンジョンには挑戦できにゃいし。ダンツは酒場で冒険者に話を聞きながら酒飲み。オルファンは出店で土産探し。キャルロはダンジョンでぬるぬるしたモンスター斬った時に魔宝剣の調子が悪くなったからって武器屋に見せに行ったにゃあ。」
「クルロは?」
クロノスがクルロの行方を何気なく聞くと、ヘメヤは聞かなくてもわかるだろうにとため息をついた。
「クルロは四日も開けて女の子とイイコトしてないとアソコが腐るって地上に帰ってくるなり広場から色町に一目散にゃ。一回目と二回目の帰りもそんな感じで…にゃあは女だから知らないけど、体を洗わないと嬢を買わせてもらえないんじゃないかにゃあ?」
「高い店は洗ってくれるところまでセットだぞ。まぁ最低限身なりを整えてないと入れてくれないみたいだが…ここは冒険者の街だからな。ダンジョンでの儲けを差し出せばある程度融通利かせてくれるんじゃないか。」
クロノスの言う通りで、死が隣り合わせの過酷な環境のダンジョンから戻ってきて、食事、睡眠、着替え、洗体等の諸々を全部後回しにして汚れた体のまま色町へすっ飛んでいく冒険者は多い。しかしそんな不清潔な彼らであっても多くの嬢は快く出迎えてくれるのだ。…だってその時が確実にお金を一番持っている時だから‼嬢の目は冒険者に向いていても心の目は懐に向いているのである。お金が欲しいからそんなことやっているのだ。金のない貧乏冒険者に用なんざ無ぇ‼
「にゃはは。荷物もあるしせめて宿までそれを運んでから解散しようとは言ったんにゃが、あいつ目が血走っててもたもたしてたらにゃあが襲われかねないもんだからほっとくことにしたにゃあ。おかげであのやたら重い魔宝剣まで運ぶ羽目になってえらい迷惑にゃ。」
「運んだのは俺だ。お前は大して苦労していないだろうが。」
ニャルテマに反論してヘメヤが男部屋のクルロのベッドの上に置かれていた彼がキャルロと分裂してから新たに購入して使っている魔宝剣を指でで指し示した。ちなみに彼がカルロ時代の魔宝剣はキャルロが持っている。さすがに高価とはいえ一本の剣を二人で共有するのは使いづらいだろうとミツユースの自由市でたまたま売っていたそれを折半して買ったらしい。
クロノスはろくな手入れもされておらずむき出しの魔宝剣を見て「己の武器を人に預けて女を優先とは。冒険者としてはらしくても剣士としてはどうなんだか。」と己のことを棚に上げて呟いていた。
「これだから魔法剣士は扱いにくいったらありゃしないにゃ。にゃが個人で魔力の調整が必要らしい魔宝剣を何の調整もなしにそのまま使いこなしたり、盗賊でもないのに罠の察知ができたり、曲がり角の死角に潜むモンスターに先制攻撃を仕掛けて一発で仕留めたりするのは、冒険者として優秀なのは間違いにゃいけどにゃ。」
「魔法剣士の職業がキャルロと被っているはずなのにそれを感じさせず、あいつを意識して役割を完全に差別化させていた。女癖の悪さ以外では間違いなく優秀というのはパーティを組んでみてわかった。」
「確かにあいつは冒険者の中ではかなりできる方だと思う。女癖がなければな。あるいは強さの秘訣はその女のおかげかもな。同時にキャルロもかなりできるようだしなんなんだあいつら。というかカルロ。というかあいつらの元のパーティー。」
クルロとキャルロに限らず彼らが属する元のパーティーは一人一人が全員相当優秀な冒険者だ。現在は様々な事情から解散状態だそうだが、ぜひその辺を改めてやり直し冒険者として上に行ってほしいものだと思うクロノスだった。
「まぁあいつらのことは今はイイにゃ。あとは知っていると思うけど宿は更新しておいたにゃあ。といっても今は客が多いから三日しか予約できなくてそれ以上はダメって言われたけどにゃあ。今はエリクシールの需要でここみたいな連れ込み宿屋でも宿泊希望者がどんどん来てるにゃ。きっとどさくさに紛れて泊り賃上げる気にゃ。にゃあたちはまだ普通の値段で泊っているから値上げできないけど新しい客なら何も知らんから堂々と値上げできるからにゃ。それに人が多く来て盛りたい男女も多いから需要があるってことにゃね。」
「ニャルテマさん。盛りたい男女とは?」
「やべっ…なんでもないのにゃ。…そう‼ダンジョンへの挑戦でワクワクドキドキしている連中のことにゃあ‼そういうことにゃウン…セーヌもイゾルデも忘れてくれにゃ‼」
「はぁ…?」
ニャルテマの話によくわかっていないセーヌとイゾルデが尋ねてきたがニャルテマは苦笑いをしてごまかしていた。そして「今夜の騒音対策どうすっかにゃー?あまりに騒がしくて真下に部屋の無いこっちの女部屋までアンアン響いてくるにゃ」と一人で何やら考え出していた。
「…まぁそんなところだ。あとは本当になにもない。俺たちのパーティーはとりあえず下を目指し続けて今は九階層目ってところだな。お前たちは?」
「へっへーん‼いくつだと思うヘメヤ兄ちゃん?」
「ずいぶんな自身だなアレン?もしや俺達よりも下を行っているのか?…十層目とかか?」
「ぶっぶー‼おいらたちは二十八層目まで行きました‼」
「何!?あんなに厳しいダンジョンをどうやって…‼」
「あ~ヘメヤ。それはだな…」
驚いてありえないとアレンの言ったことを認められないヘメヤに、クロノスはそうなった経緯を説明していた。もちろんダンジョンの中でマーナガルフに会ったことも含めて。
「…よく生きていられたな。二十層台のマップに挑戦する奴もちょくちょくいたらしいが死人が出まくってるらしいぞ。あまりに効率が悪いから下の階層にエリクシールの可能性を見ている連中もほとんど行ってないらしいし。まぁこうして生きていられたならいいか…」
「心配させてしまったな。だがさすがに二十層台はこいつらには厳しいよ。再挑戦の時はもっと上をやり直すさ。…そういえば飛ばした階層はクリア扱いになるんだろうか?後でヴェラに聞くか。」
「ヴェラザード嬢は俺達が戻ってくるたびに会いに来ていた。クロノス達が戻ってこないのは心配していなかったようだが内心はわからん。会いに行ってやれ。」
「そうだな。心配しすぎで枕を涙で濡らして眠れぬ夜を過ごしているかもしれないし、後で会いに行くとしよう。」
クロノスは頭の中に自分の担当職員への報告の予定を入れ、それから手を叩いて全員に呼び掛けた。
「それじゃあヘメヤとニャルテマから報告も聞いたし…目的地に到着するまでがダンジョン探検。つまり宿屋に着いたということでひとまず終わりだ。全員お疲れ様。」
「ふ~やっと終わった~‼」
やっとのことで解散を告げられてナナミ達はわずかに残らせていた緊張を解きほぐしていた。特に安どの様子が顕著に見られるのはイゾルデで、彼女は拠点に戻るまでがダンジョンという言葉を真に受けて宿屋まで歩いていた時もまるで不意打ちを警戒するかのようにいつでも剣を抜けるようにしていたのだ。
「これから私たちはどうすればいいんだクロノス。すぐにダンジョンに再挑戦するのか?」
「落ち着けリリファ。迷宮都市のダンジョンは一日一回。ダンジョン内で日を跨いでも戻ってきた日には挑戦できない。これはSランクの俺でも破れない不文律なんだ。とりあえず明日にならなければ再挑戦はできないから今日は一日休みにしようと思う。イゾルデ嬢もそれでいいだろう?」
「そうしてくださいませ…あたくしも少し休ませていただきますの。」
雇い主のイゾルデに確認をとると彼女は疲れた様子でベッドの一つに腰かけていた。頭にずっと被っていた帽子も脱ぎ去っており、その様子は男性陣の部屋であることも気にせず今にもそのベッドに倒れこんで寝てしまいそうな勢いで、やはりなれないダンジョンの探索を長期間行い疲れが出てしまっているらしい。クロノスとしては正直イゾルデはついてこなくてもよいのだが、彼女は間違いなく次もついてくるだろう。他のメンバーもイゾルデほどではないが皆疲れた様子であり、やはり休息は必須であろうとクロノスは思った。
「それを聞いて安心したぞ。私も疲れた。体力には自信があるつもりだったんだが…長期間の探検で自分の実力の低さを痛感した。」
「リリファちゃんはその辺の若い男の人よりも体力あるって…あ~帰ってきたら疲れがどっと押し寄せてきたよー‼今日はこのまま寝てしまいたい…」
「あ、ナナミちゃんストップにゃ。」
「何よニャルテマさん邪魔しないで~。装備の手入れくらいはちゃんと後でするから~。ナナちゃんはこれから非生産的なニートになるんだから~。あ~ベッドに転がって高級なアイスを食べてながらスマホしたい~。」
「なにわかんにゃいこと言ってるにゃ。そうじゃなくて…ちょっと失礼…‼」
「わ‼ちょっとくすぐったいって‼」
クロノスに完全な帰還と本日の予定を告げられてナナミが男部屋の適当なベッドに寝転んだリリファを見習って他のベッドにダイブしようとしたが、それをニャルテマは抱き込んでブロックする。そしてニャルテマは不満そうにするナナミに顔を近づけ鼻をひくひくとさせていた。ニャルテマは猫の獣人族だが獣人族と言っても全身獣のように毛むくじゃらで顔の頬には横に伸びたお鬚…というわけでもなく、普人族との違いもせいぜいが頭部についた猫の耳と尻の尻尾とにゃあにゃあ口調くらいのもの。それでも時々顔同士が擦れればどうもくすぐったい。ナナミはニャルテマを押しのけようとしたが、彼女はなかなか開放してくれなかった。
「これは…なかなか癖になりそうな…フナッ‼」
「何よいきなり?ニャルテマさん…あ‼」
何やら呟いたニャルテマはぴたりと止まって目を見開き、顔を変な形で固めてぽかんとさせていた。ナナミは動かない彼女に問いかけようとしたが、その瞬間にそれがなんであるのか気づいた。
「それは…フレーメン反応?猫獣人でもするのね。…じゃあもしかして…」
「…クサイにゃあ‼ナナミちゃん臭い‼」
「やっぱり‼」
ニャルテマが突然叫びだすと、ナナミもつられて叫びだす。その顔はまるで海よりも真っ青で、瞳はこの世の終わりの暗闇かのように真っ黒だった。もともと彼女は黒目だが。
「広場はダンジョンから帰ってきた人でごった返して汗の臭いだらけだったから考えなかったけど…うすうす気づいていた。私、臭うんだ‼そりゃそうよダンジョン内で二週間もお風呂に入らなかったらそれは臭いって‼どうしよ…こんなばっちぃ体で歩き回ってたなんてこれじゃ汚い冒険者と何が違うの…‼」
「落ち着けよナナミ。君はもともと冒険者だ。それにダンジョンの中では全員休憩のたびに着替えたり体を拭いていただろう。しかも君たち女性陣は贅沢に火の魔術で沸かした湯まで使って。」
「お湯は火属性使いの特権よ‼それより早くお風呂に入らないと…‼汚れを落とさなきゃ‼」
「お風呂‼」
風呂、というキーワードに強く反応したのはイゾルデだった。彼女はベッドから飛び上がりナナミと同じように絶望の表情を作っていた。
「悪臭をまき散らすなんて淑女として最悪ですわ‼すんすん…これは香水では誤魔化せませんの‼すぐに身を清めねば…‼皆さん‼湯汲みに行きますの‼」
「そうだね‼はやく行こう‼」
「だがイゾルデは追手がいる。風呂に入れるのに外に連れ出すのは危ないんじゃないか?」
風呂へ行こうと述べたイゾルデにナナミが強く同意して、荷物から素早く石鹸と木製の水汲み桶を取り出すして二人で部屋の外に飛び出していこうとしたが、その前をクロノスが立ちふさがって止めた。
現在イゾルデは彼女を探しに来たと思われる騎士にその身を追われており、もし今不用意に街の外を歩けば彼らや情報料目当てでイゾルデを探す冒険者に見つかってしまうと考えたのだ。
「彼らは迷宮都市への捜索は二人だけだと言っていましたわ‼たった二人でみつかるはずがありませんの。それに探していたのはどちらも男性…女湯にまで探しには来ませんわ‼」
「しかし彼らの息のかかった金目当ての連中もいるだろうし…」
「それも大丈夫じゃないか?金で冒険者を釣って情報を集めていると言ったが、今の迷宮都市にいる冒険者は全員エリクシール目当てだから真面目に探す奴はいないだろ。そもそもイゾルデを探している奴がいるなど始めて聞いたぞ。おそらくまだそんなに話は行きわたっていない。簡単な変装をすればみつからないだろう。」
クロノスの疑問にヘメヤがそう答えるとイゾルデはならばとベッドに置いた帽子をかぶりなおした。
「これでよろしいでしょう‼これなら行ってもいいですか!?」
「そうだよね‼ばっちり変装できてるよイゾルデさん‼もたもたしてたら本当に探しに来るかもしれないよ‼ちゃちゃっと入って部屋に引きこもらせれば大丈夫‼ね、クロノスさん‼」
「うーん…それならまぁ。一応セーヌについてもらおうか。それならもし探している連中に見つかってもイゾルデを逃がせるだろう。」
「かしこまりました。お任せくださいクロノスさん。」
クロノスがセーヌに護衛を頼むとセーヌは即答した。イゾルデを止めようとしないあたり彼女も風呂に入って汗を流したいのだろう。セーヌだって女性である。 ダンジョンの埃にまみれた肢体がどうか潤ってほしいと、クロノスは願うばかりであった。
「ついでだからリリファも行ってこい。イゾルデを探す連中抜きにしても厄介な奴に絡まれるかもしれないからな。固まって行動した方が安全だ。」
「私はいい。一休みしたら部屋で体を拭いておく。」
「そんなこと言わないの‼リリファちゃんだって女の子なんだから‼ほら行くよ‼」
「大丈夫だ。汚いのには慣れている。体を洗わなかった最高記録は…わかった行く。行くから‼」
リリファは元浮浪児なので身が汚れていることに慣れている。そのため風呂を断わり部屋に残ろうとしたが女性陣が怖い顔をして微笑んでいたので折れてしまいため息をついてからベッドから身を起こした。それを見たクロノスはナナミ達にリリファをぴかぴかにしてくれと頼むとナナミが任せてと答えてくれた。
「後はアレンと…君たちはどうする?」
「報告も終わったし俺も好きにさせてもらう。まずは俺も風呂だな。」
「にゃあもナナミちゃん達について行ってやるにゃ。みんなで裸の付き合いにゃあ。」
「おいらはミツユースのみんなに帰ってからあげるお土産を見に行きたいけど、やっぱり先にヘメヤ兄ちゃんとお風呂に入ってくるよ。改めて嗅いでみるとやっぱりひどい臭いだし、何日も入ってないから絶対気持ちいよ。楽しみだなぁ。」
「楽しみ方をよくわかっている子供だな。風呂上りにジュースを飲むともっと美味いぞ。奢ってやるよ。」
「わぁ‼ヘメヤ兄ちゃんありがとう‼」
「全員風呂か。そのあとの行動は各自で勝手にやってくれ。…おっと、全員にこれを。」
全員のこれからの行動を把握したクロノスは、懐から巾着を取り出してそこから何枚かの銀貨と銅貨を全員に配った。
「さっきの収入の一部だ。高い買い物をしなければ今日一日十分遊べる。財布の中など忘れて今日は楽しめ。」
「わーいやったね‼」
「よかった。持ってきたおこづかいだけじゃあ不安だったんだ。」
「あたくしの分もあるんですの?」
「ああ。君もパーティーの一員なのだから収入は山分けだ。好きに使うといい。」
「…‼それならそうさせていただきますわ‼自分でお金を出して買い物をするなんて初めてですの…‼」
クロノスから金をもらってウキウキして何に使おうかとイゾルデは喜んでいた。それを見たクロノスは護衛役に仕立て上げたセーヌに彼女から目を離さぬようアイコンタクトで念を押す。セーヌもそれに頷き「大きな妹ができてしまいましたね。」とイゾルデの身分を忘れて微笑んだ。
「俺達ももらっていいのか?」
「にゃあ達はにゃあ達で収入貰ってるにゃ。」
「こいつらの面倒見台。せっかくの休暇を潰すようだが、俺の分から出すから今日一日折れてくれ。」
「ああそういうことか。それならアレンはまかせておけ。風呂を出たらオルファンを探してそれから土産でも見るさ。ちょうどありがたい軍資金も出たことだしな。」
「にゃあは四人も見るんだから代金も四倍…冗談にゃ。仕方ないから一緒に遊んでやるにゃ。」
「クロノスも風呂に行くのか?」
「いや、俺は用があるから別行動。体もきれいにするから心配するな。」
「そんなこといってエッチなお店に行くんじゃないかにゃ~?」
「さぁな。さて…」
からかうニャルテマに適当な返事をしてクロノスは仕切り直しだと手を叩いて再度皆の注目を集めた。
「というわけで自由行動だが必ず二人組以上で行動して路地裏に入らないこと。晩飯時には他の奴らも来るだろうから集合はその時間で。いない奴もわかっているだろうが街で会ったら伝えてくれ。宿屋のことやこれからのことは夜に集まってから話し合おう。ではしばしの休日を楽しんでくれたまえ…解散‼」
「「「はーい‼」」」
クロノスが解散を告げるとナナミ達は元気に返事をして風呂に入るための桶と石鹸に加えタオルや着替えを袋に入れて各自いそいそと部屋を後にする。
そしてクロノス以外がいなくなって途端にがらんと静かになった部屋に一人残されたクロノスは、ベッドに腰かけて大きく息を吐きだした。
「…フゥー。なんとか全員無事に地上まで戻せたか。あちらにも被害はなし。預かるというのは骨が折れる…」
自分がいる限り最悪なことにはならないとは思っていたが実際守りながらの探索というのは大変なものだ。特に二十八層目でマーナガルフと偶然の出会いを果たさなければ重傷者を出していたかもしれない。クロノスはおそらくまだダンジョンの中で子分と楽しくモンスターを血祭りにあげている彼に伝わるはずもない感謝を一つすると、ベッドから起き上がり部屋を後にする。
部屋の窓が閉まっていることを見てから扉に鍵をかけ、それもしっかりと施錠されたことを二回確かめて、二階から一回に降りてそこにある受付で暇そうにしていた店員に鍵を預けてクロノスは宿屋を出た。外の通りは相変わらず人でごった返しており、すでにナナミ達の姿もそこにはない。長期間のダンジョン生活からの極上の風呂の湯を味わってくれとクロノスは耽りそれから道を歩き出した。
「しかしあいつら…汗が臭うと言っていたが、それは汗の出し方をコントロールできていないからだ。その気になれば水の匂いしかしない汗が掻けるし、それを引っ込めて水分補給を絶つこともできる。もちろん俺だって風呂には入るが…あいつらもまだまだだな。」
仲間達にまったく臭うと言われなかったクロノスはそう呟くが、そこまでの領域は冒険者の中でもなかなか達しはしない。無茶な注文を空につけて彼は目的地まで歩くことに集中するのだった。