表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
117/163

第117話 そして更に迷宮を巡る(ダンジョンから帰還後のゲートのある広場での出来事)



「おかえりなさいませ。ええと…クラン猫の手も借り亭のパーティーの皆さまですね?人数は六人でお間違いないでしょうか…ん?皆様は二層目からの挑戦だったと記録にありますが、この短期間でどのようにして二十八層まで…はぁ、転移の罠で二十層以上も下に…よく生きてられましたね。え?レッドウルフのマーナガルフのパーティーに会って共闘?それはまぁ幸運なことで…確かに彼もあなた方の後にクランの人間でパーティーを組み挑戦していますので、階層的にはその辺にいたのでしょうね。いや運がよかったですはい。」


 迷宮ダンジョンの二十八層目でマーナガルフたち赤獣傭兵団のパーティーと別れ、そこから地上に戻ってきたクロノス達。出迎えた中年の男職員がクロノス達がかなり下の階層に行っていたことに疑問を覚えていたのでその理由を説明すると、わりとあっさりした反応が返ってきた。


「なんか反応が小さいな。もっと驚いてくれてもいいんだぜ。」

「そりゃそうです。ここは迷宮ダンジョンですよ?最初と人数が足りなかったとか、顔がトカゲに変わっていたとか、人数が一人増えていたけど可愛いしどうでもいいむしろウェルカム‼とか…そんなことばっかりです。私の驚きの感情はすっかりすり減ってなくなってしまいました。たとえ一桁台の階層から二十台の階層に一気に落ちたということがここでの仕事十五年目の私でさえ初めて聞く事例であったとしても、それが私の知る限り連続階層移動の最短記録であったとしてもです。」

「ふぅん。随分珍しい事例だったんだな。俺は知らないが最速記録ってことは何かイイ物でももらえるのかな?」

「いえ、なにもありませんので。あったらそれ目当てで無茶な行軍をされかねませんから。ですが転移の罠に関しましては過去の自由者の資料という点では貴重なので今後の参考にさせていただきます。そして皆さまが無事であるのならこれ以上我々が言うことは何もございません。ここに戻ってこれたということは生きているってことですから。逆に戻ってこないのならそれは死んだということ。さ、次の方を迎えなくてはなりませんのでどいてくださいね。マップについての情報があればあちらへどうぞ。ドロップアイテムや宝の鑑定もそちらでお願いします。」

「そうかい。それじゃご苦労さん。定時まで頑張ってその先の残業でくたばってくれたまえよ。」

「ふふ、ギルド職員魂見せてしぶとく生きてやりますとも。どうもありがとうございました。またの挑戦をお待ちしております。…さて、次の帰還者はバンデッドカンパニーの…」


 ここにいては次の帰還者の邪魔になってしまう。クロノスは薄味の対応をした担当の男性職員にい加減という意味での適当な別れを告げて、仲間たちに合流する前に広場の端にある鑑定書になんでもくんの中身を鑑定しに向かった。





「旦那、収穫はどうですかい?例の情報があれば言い値で買いましょう。」

「すまない。そちらについてはさっぱりだ。そうだ‼宝箱から宝石が出たんだが…」

「よしてくだせぇ。今はあの例の霊薬の前には宝石も石ころみたいなもんだ。誰も興味ないぜ。」

運び屋(ポーター)受け付けてるよー‼今からでもすぐに出れるよー‼」

「おい坊主雇うぜ‼いくらだ?」

「毎度‼一階層で銀貨これくらいだよ。」

「高くねぇか?ぼったくりじゃねぇか‼」

「いやならいいよ。この値でも出す奴はいるよ。今は人が足りないんだ。俺ももう三日は寝ないで潜りっぱなしさ。」

「それ大丈夫なのかよ…まぁいい頼むわ‼」

「あいよ‼それじゃあ…」



「こっちはまだ朝っぽいね。太陽が真上よりもまだ東側だよ。」

「…なんかまた人がいっぱいに増えてる。ダンジョンに入る前の三倍くらいはいるよ。ダンジョンへの挑戦者もいっぱいだね。」


 そう言ってアレンが広場にいた挑戦者と思われる武装して荷物を背負った人間を左手の指を十の桁。右手の指を一の桁として折って数えていたが、その数が九十九を超えてしまい折る指がなくなったので諦めていた。


 現在のこの広場はクロノス達がダンジョンに入る前よりごった返しており、列順を巡っての言い争いや情報を求める呼びかけの声が絶えなかった。間違いなくエリクシール目当てでやってきた後続の連中も多いのだろう。

 中には肩がぶつかったとかすれ違いざまに睨んできたとか言い掛かりをつけてからの小規模な喧嘩も巻き起こっており、アレン達が魔貨とドロップアイテムの鑑定と換金に行ったクロノスを待っていた間にも既に五件ほどの小競り合いが発生してそのすべてで原因となった人物が負傷してギルド職員や憲兵に担架で運ばれていった。幸い大きな怪我ではないようだったので、行先はおそらく病院ではなく牢屋である。


「おいてめぇ…‼」

「アァン!?なんか用かよ雑魚が‼」

「なんだとぉ…オラ‼」

「グェ…‼よくも…くたばれ‼」

「ぐふっ…‼」

「ざまぁ…見やがれ…がくっ。」

「両方倒れたぞ。」

「おーい職員さん。こっちこっち‼」


 今もまたガンを飛ばされたと因縁をつけて突っかかっていた六件目の加害者兼被害者二名が、忙しいのに仕事を増やすなとぼやくギルド職員に足を引きずられて連行されていく光景を目の当たりにして、アレン達はうんざりしていた。


「しかしいくらなんでもいきなり増えすぎじゃない?」

「噂があちこちに伝わってそれから来た人たちがたくさんいるんじゃない?私たちの時はまだピークじゃなかったとか。」

「でもナナミ姉ちゃん。さすがに昨日今日でここまでには…」

「そりゃ入った時から十三日経っているからな。それだけあれば噂は野を越え山を越え谷を渡り海を泳ぐ。情報ってのは時には風よりも早いものさ。」

「お、クロノスさん鑑定終わったの?」

「ああ。モンスターからドロップした素材と魔貨は全部値が付いた。地図はまったく描いてなかったからもちろん儲けなしだが最初のマップは金にならんし、最後のところは突然だったから描いてなくても仕方ないだろう。あの謎の本は鑑定に時間がかかるからと言われたので預けてきたぞ。」

「本…あぁあれね。私あれもう少し中身読みたかったんだけど。」

「どうせ君でも読めなかっただろう。もっと読みたけりゃ鑑定が終わって帰ってきたときに読むといい。呪いの品なら無理だけどな。それにしても魔貨が他の連中の持ち込みが多すぎてほとんどレートを割っていたのは少し残念だったな。普段ならもっといい値がつくのに…」


 ナナミ達が待機していた広場の端の方に鑑定所から戻ってきたクロノスがコインの入った袋を見せてじゃらじゃらと音を立てて下品に見せびらかしていた。普通ならそんなことすればスリや強盗のいい的だが今回の場合は的があまりにも手強い。的自身もそのことを理解しての行動だ。


「けっこうたくさん入ってそうだな。」

「経費とその他諸々を差し引いても今の時点で一人銀貨二十枚は渡せるぞ。やっぱり迷宮ダンジョンは儲かるな。」


 どうやら結構な金額になったらしい。他の挑戦者の持ち込み量が多いので安いとは言っているが景気がいいことだ。


「大金じゃないか‼それだけあればしばらく贅沢できるぞ。」

「しめて相場の八割ってところだが…今は持っていてもしばらくはどんどん値が下がるだけだから全部金に換えてきた。後で分け前を渡す。」

「ありがとう。って…いま十三日って言った?」

「うん言ったとも。」


 喜び分け前の確約をクロノスにさせたナナミだったが、寸刻前の彼の発言を引きずりだして驚いていた。


「時間の経過がおかしくない?いつの間にそんなに経ったのよ。せいぜい五日かそこらでしょ。」

「いいや、間違いなく十三日だぜ。君はダンジョンの中で何回食事をして何回眠った?」

 

 おかしいぞとナナミがクロノスに因縁をつけて彼がからかっているだけだと疑ったが、クロノスに質問で返された。そして少し考えてすぐに正確な回数はわからないことに気づいたのだった。

 

「そんなの覚えてないし、ダンジョン内では間食や仮眠ばっかりでちゃんとしたのは摂ってないでしょ。」

「そうだ。普通の一日三食睡眠八時間…それがダンジョン内ではできない。当たり前をしないから体内の時計が狂って正確な時間がつかめなくなるのさ。ミツユース近郊のダンジョンのように一日二日の泊りならそこまで狂うことはないが、それ以上になると歯車の狂いの幅は倍では済まないくらいに大きくなってくるんだ。」

「納得いくようないかないような…なんか時間を損した気分よ。」

「決め手はあの転移の罠だな。あれで大幅に時間の感覚が狂ったのを感じた。ダンジョンの中は星も太陽もないから一度ずれれば俺でもわからない。幸い俺の思っていた日とは大きく違わなかったがな。」

「十三日…ずいぶん経ってるんだね。おいらダンジョンの中の時間経過なんてさっぱりわからなかったよ。」

「私も。せいぜい一週間くらいかと思ってた。まさかほぼ二週間経ってるなんて。」

「それだけ経てば地上の流れも変わるだろう。今はどんな風になっている…お‼イゾルデ嬢。こっちに…‼」

「どうしましたの?…あ‼」


 クロノスに呼ばれたイゾルデははじめ何を言われたかわからなかったが、クロノスと同じ方を見てそれに気づくことができた。



 ダンジョンのゲートが設置されている広場の出口付近。そこには広場に入退場をする人混みに紛れて皮鎧の姿に背中に赤のマントを掛けて腰には剣を携えた二人組がいて、出入りする人間を見張っていた。性別は両方男だ。どちらも皮鎧越しに筋肉の締まった痩せた体躯が見えたが彼らは兜を脱いで顔を出しており、そこから覗ける顔にはどちらも少しの顎ひげを蓄えていたので間違いない。

 彼らは一人が広場を出ていくダンジョンから戻ったばかりの挑戦者を一人一人まるで選別でもするかのようにじろじろと顔を確認しており、もう一人が広場に入ってくる冒険者や傭兵に片っ端から声をかけて持っている姿絵を見せていた。


「失礼。この顔の女性を探している。見ていないか?」

「あん?…いや知らねぇな。人探しかい?」

「そうだ。我々ポーラスティア騎士団はこのお方を探して迷宮都市を訪れている。」

「かなりの美人だがいいお人なのか?あんたらのお仕えしているお貴族様とか?」

「君たちは知らなくていいことだ。この迷宮都市にいるかもしれないんだ。もし見かけたり情報を聞いたりしたらこの街の兵士詰め所まで知らせてくれ。もちろんタダとは言わない。それなりの謝礼を出そう。」

「金が出るっつーなら断る意味はないな。頭の片隅に置いとくよ。知り合いにも言っておく。」

「よろしく頼む。それではな…」

「おい、また外れじゃないか。いい加減疲れたぜ。そもそもこの広い街に俺ら二人だけって…どう考えても人員配置間違ってるだろうに。」

「仕方ないだろう。あの方がこちらに来ている確率は低いと隊長が予想して他へ人手を向かわせたのだから。お前も広場を出る人間から目をそらすな。見逃しがあったらどうするつもりだ。」

「んなこと言ってもよぉ、面倒ったらありゃしねぇ…なぁ、ここの娼館に遊びに行こうぜ。さっき冒険者が言ってたけどダンジョンで得た大金搾り取るために上玉が揃ってるんだと‼」

「今は任務中だ。そんなこと言ってる場合か。もし姫が城にいないことが国の内外に知れ渡れば…むぐっ。」

「お前も口を慎めよ。焦るのはわかるが名前を声に出すな声に。それこそ周囲にバレちまうぜ。」

「すまない。しかし人手はこれ以上割けないし冒険者ギルドに知られるわけにも…おいきみ。この姿絵の女性を探しているんだが…」


 聞き込みを行っている方の男は尋ねた人物に見込みなしとわかると情報を買うと伝えてから会話を打ち切り新たな人間に声をかけて同じように姿絵を見せてその人間の情報を訪ねていた。その横でもう一人の男が相変わらずダンジョンからの帰還者を見張る。それを何度も繰り返していた。




「(…ギルドはイゾルデのことを把握していないのか?ヴェラはギルドに告げ口していないみたいだな。)…イゾルデ嬢。彼らに見覚えは?」

「ええ。知っておりますわ。」


 彼らの観察を行っている間に聞き耳を立てていたクロノス達が話し合った。ちなみにあちらと距離は結構離れているし周囲の人間の声でよく聞こえないので、リリファがわずかな音を察知できるようにする「集話(ピックボイス)」の魔術を使って全員が聞こえるようにしていた。


「…あの方々はどちらさまでございますか?」

「彼らは王都の騎士団の方々ですわセーヌさん。直接の知り合いではありませんがあたくしも顔に見覚えがありますの。ええと、あの装備は第十三番隊のものですわね。今は鉄鎧を着ていないので確証は持てませんがおそらくそうですの。彼らの隊は王都の外での任務が主で、任務があればポーラスティアの国土であればどこでも駆け巡りますわ。」

「つまり騎士団の雑用隊ってことか。人探しをしているようだがあの絵…君の顔に似ているな。」

「目がよろしいのですね?あたくしには見えませんが…ですが似ているというか十割方あたくしに違いありませんの。どうやらあたくしが城を抜けたことに気づいてこちらまで捜索の手を伸ばして来たようですわ。」

「影武者がいるんじゃなかったのか?」

「…誤魔化しきれなかったようですね。」


 迷宮都市に来るまでの道中でイゾルデは自分が城に不在の間、影武者に自分のふりをするよう命令してきたと言っていた。だがこうして近くに捜索の手が来ているということは、身代わりに気づかれてしまったということだろう。イゾルデがそのことを正直に答えるとクロノスも「一国の姫に好き勝手させるはずもないか。」と大して気にも留めていなかった。


「影武者が裏切って君の不在を喋ったか君の目撃情報から足取りを掴んだかどっちかだな。」

「前者はありえませんの。あたくしに影武者がいることは騎士団の方々は存じてはおりません。それに仮にも影武者ですわ。あたくしの命令ならば偽っていることをたとえお父様…王様にだって漏らしません。そもそも彼女は今…いえ、少なくともあたくしには彼女が口を割るとはとてもですが思えません。不可能です。しかし迂闊でしたわね。あたくしの足取りを追って迷宮都市まで探しに来るとは…彼らはあたくしの目的を知るはずないのですから影武者に気づかれてもミツユースに寄ればそちらを探しに行ってこちらには来ないと思っていたのですが…」

「どうだろうな。俺たちがミツユースを発って二週間経っている。君が城を抜けた時間まで含めればもっとだ。それだけあればミツユースを調べつくしてこちらへ向かったことまで掴むのはそう難しいことではないと思うね。むしろ国のエリートがこれで探しに来なかったらこの国の騎士団の情報網や捜索能力に疑問を覚えるね。」


 探しに来たということは普通に優秀なのだろうとクロノスはイゾルデが彼らに見つからないようにする策を考え出していた。


「君は騎士団の人間と親しいのだろう?ならばあちらは君の顔をよく知っているはずさ。さすがに顔を見られて他人の空似のそっくりさんとは言い切れないだろうな。話を聞く限り幸いにしてこの都市を探しているのはあの二人だけ…広場から離れれば見つからないだろう。イゾルデ嬢は帽子を深くかぶれ。君たちは彼女を囲むんだ。なるべく違和感なくな。」

「うん。」「ああ。」


 クロノスはイゾルデに帽子で顔を隠すように伝え周囲を仲間たちに囲ませた。囲んだといってもイゾルデはこのメンバーの中でクロノスの次に身長が高いのでそこまで隠せてもいないが、気休めというやつだ。


「ご迷惑をおかけしますわ。」

「クエストはまだ終わっていない。君が連れ戻されて記念すべきクランとしての初のクエストに水を差されたらたまったものではないからな。ならば君を庇うのも仕事の内だ。」

「これからどうするの?」

「いったん部屋を借りた宿に戻ろう。部屋の中まで捜索はされないだろうからな。それにダンツたちの方の成果も確認しておきたい。」

「そういえば戻ったら手紙で進捗を知らせるって決まりだったね。おいらたちは一度も戻ってきていないから地上が今どうなっているのかも教えてもらおうよ。」

「そのつもりだ。宿の予約が二週間だったがダンツたちが戻って更新してくれているだろう。宿屋はあっちだから…チッ、よりにもよってあいつらがいる方かよ。」


 宿屋の場所への最短経路は聞き込みをしている騎士達がいる方だ。遠回りになるが仕方ないとクロノスが舌打ちをして次に早くたどり着ける経路を頭の中で確認して見つけ出し、仲間を伴って先頭を歩き出した。


「回り道になるが反対の方から行くぞ。イゾルデはもっと帽子を深く被れ。」

「これ以上は頭が入りませんわ。帽子が破けてしまいますの。」

「いい帽子なんだから丈夫だろう。顔が全然隠れてないじゃないか。何か顔を隠す物…なんでもくんの中にオシャレな仮面とかなかったかな?」

「あってもクロノスさん基準のオシャレじゃあ被らせたくないかも。あからさまに顔が見えるのにあたかも中身が見えないような骨の形のフルフェイス仮面とか出てきそう。金髪の元気ショタっ子に裏切りの意味を持つ名前とか付けて呼ばれそう。」

「失礼な。君の言っていることは相変わらずわからんが小馬鹿にされていることはしっかりわかっているんだがらな。だいたいそれは仮面ではないだろう。なんだよ骨の隙間から顔が見えるって。」

「だがちょっと待てナナミ。クロノスは服のセンスは悪くない。もしかしたら仮面もファッションの一部としてみれば変なものは出してこないのではないか?」

「服以外のセンスもいいぞ俺は。まるで俺のセンスが何もかもいい加減かのようにふるまうのはよせ。」

「よう旦那‼ちょっといいかい?」


 クロノスがセンスがないと切り捨てたリリファに不満を漏らしていると、横から声を掛けられた。今は急いで宿に戻りたいのにとクロノスが少し苛立ってそちらを向くと、そこには商人とみられるひげ面の男が気持ち悪く愛想笑いをしていた。


「何か用か?今は急いでるんでね。くだらないことなら後にしてくれ。」

「そう怒るなって。さっきゲートのところでちょい立ち聞きさせてもらったんだがアンタら二十八層から帰ってきたんだって?そこまで行って帰ってこれるなんて腕が立つんだな。どいつもこいつもよくて二十層手前までが限界でそこまで着いたら帰ってきてるのに。今の迷宮都市には腕利きもだいぶきているがそこまで深いところに無傷で行って帰ってこれるのはそうそういないぜ。ところで…」

「言わなくてもわかる。エリクシールを見つけなかったか…だろう?」

 

 クロノスの読みはその通りだったようで商人の男はにたりと笑って首を軽く振っていた。ダンジョンに入る前はエリクシールのことを隠していたが、ここまで人がいるともはやその名は隠せていないだろうとクロノスは魔法の秘薬とあえてぼやかすのは止めにすることにした。というかそこかしこでエリクシールエリクシールと聞こえてくるし。

 商人の男はまだあまり人が行っていない場所に行った挑戦者なら何かめぼしい情報を手に入れてきたはずだと考えているのだろう。そしてゲートの近くで見張りに立って下の階層から帰ってきたクロノス達に商機ありと目をつけ声をかけることにしたというわけだ。


「今迷宮都市はエリクシールの話でもちきりだ。ついこの間までは一部の人間しか知っていなかったし眉唾な情報だと思われてたんだがな…二週間くらい前にSランク冒険者が三人も四人も取っ組み合いの喧嘩をしたそうだ。それでSランク冒険者が何の用で迷宮都市に?そりゃエリクシールしかないだろ‼じゃああの噂は本当か‼…ってことで信憑性(しんぴょうせい)が増したらしい。情報が不確かだと今まで静観決め込んでいた連中もやってきて我先にとダンジョンに入っているぜ。」

「あいつらが原因かよ…しらないしらない。あっちに行けよ。」

「そのあからさまな感じ…何かいい発見があったんだな!?なぁなぁ教えてくれよ‼贔屓にしている旦那様に必ず手に入れてきますって約束しちまったんだよ。教えてくれよ‼俺他の奴より出遅れてきたから情報戦に負けてるんだよ。エリクシールが出てくる宝箱のある階層やマップの情報なんてもう金貨出しても教えてもらえないんだよ‼」

「どうせ偽物の情報だろうがな。収穫は何もなかったっつてんだろうが‼深い意味もない‼」


 うんざりしたクロノスが商人の男をどけて歩き出そうとするが、男はそのたびにしつこく前を塞いで情報の提供を求めてきた。提供も何もクロノス達は本当にエリクシールのヒントなど見つけていないのだ。下の階層に行った人間ならばエリクシールを見つけたかもしれないという男の予想は悪くないが、今回は完全な外れだ。なのにきっぱりと断りをいれるクロノスへの疑いが空回りしてしまい男はあたかもクロノス達がエリクシールの情報を手に入れてきたと勘違いしてしまっている。


「頼むよ。旦那様の娘が大病で寝込んでるそうなんだ。そこを助けりゃ俺は晴れてあの家の御用利きの大出世さ。あんたらにも大きな仕事を回してやるからよぉ‼」

「ですから、あたくし達は秘薬を手に入れてはいませんので、どうか引き下がってくださいませ。」


 クロノスでは埒が明かぬとイゾルデが商人の男に丁寧に断わりを入れていたが、それでも男は食い下がらない。それどころかイゾルデの方にまで説得を試みてきた。


「姉ちゃんもいいじゃねえか。どうせあんたらが持って立って宝の持ち腐れだろ?エリクシールを使って治したい奴がいたとしてもどうせ大した理由じゃないだろうに。ここで大金に変えちまおうぜ‼いくらでも出すぞ‼」

「なっ…‼」


 男のその一言で、イゾルデはかちんとまるで時が止まったかのように固まってしまった。そしてわなわなと震えだす。


「おい姉ちゃんどうした?いくらでもって聞いて驚いてるのかい?」

「大したこと…ない…?あたくしの…目的が…‼無礼者‼」

「ひっ…‼」


 心配してきた男がイゾルデの肩に手を伸ばそうとした瞬間、イゾルデはスカートを捲りその下から大剣パーフェクト・ローズを取り出して、商人の男の首元に突き付けた‼


「お、おい‼いきなりあぶねぇだろ‼はやくそいつを仕舞って…」

「あたくしが…どれだけの思いで…城を出てきたと…‼それを…大したことがない…!?」


 商人の男は顔を真っ青にしてイゾルデに武器を収めるよう懇願していたが、イゾルデは目を虚ろにして目の前の男の話などまるで聞いていない様子でぶつぶつとなにやら呟いていた。


 二人のやり取りは周囲の人間にも目撃され、騒がれてしまうのかと思いきや対応は些か冷ややかで、イゾルデの大剣を見ても誰も彼もまたかといった感じだった。


「なんだぁ?また喧嘩か。今日で何度目だよ。」

「俺らがゲートの順番待ちしている間にこれで十四回目。」

「どうせ商人のおっさんがエリクシールの情報欲しさに強そうなやつにしつこく迫ったんだろ。」

「だよね。見つかってたなら今頃もっと大騒ぎになってるよ。あんな雑魚商人とはエリクシール抜きにしても商談したくはないわな。」

「しかしあんな大剣ダンジョンの中では振り回しにくいだろうに。完全に武器を選び間違えているだろ。」

「そもそもあの女どこからあんなモン出したんだ?今スカートを捲って出したようにも見えたが…」

「んなわけないだろ‼女がスカート捲って出てくるのは純白のパンツって相場は決まってるんだぜ?ケツの方に果物の模様がついてるとなお得点が高い。」

「は?スケスケで真っ黒のシースルーだろ?いくらお前でも許さないぞ?」

「いや待て‼いっそ何もはいてないってのは…‼」

「「バカじゃねぇの?」」

「大事なのは色でも種類でもなくてフリルがついてるかどうかなんだよなぁ…」 


 商人の男とイゾルデの小競り合いを見ても止めるような真似をすることもなく、好き勝手言い合う見物人たち。彼らは一方的に追い詰められた商人の男を心配もせず、交渉もできない三流商人だとむしろ男の商人としての実力を乏しめるありさま。パンツの種類を巡って殴り合いをしているバカ連中は放っておいていいよ。



「あわわ…クロノスさんまずいことになってるよ。イゾルデさんを止めないと…‼」

「ふむ、イゾルデ嬢の下着か…そういや毎回スカートを捲ったとたんに覆い隠す程に巨大な剣が出てくるから彼女がどんな下着を愛用しているのか未だにわからないんだよな。彼女の下着…言われてみれば非常に気になる。だが俺はどちらかといえば生地の種類の方が…シルク…コットン…」

「また悪い癖が!?もう…‼」

「…そうか。いっそ報酬代わりに脱いで見せてもらうってのは…あいた!?」


 イゾルデの大切なところをガードする親衛隊。その正体について妄想を始めたクロノスを襲ったのは後頭部への衝撃だった。ナナミが杖の先端で思いきり殴ってきたのだ。


「なにするんだよナナミ。俺は今とても大切な…明日を、未来を創る想像を創造していたのに。」

「創造ってか妄想でしょ。くだらない。でもこっちの人の下着かぁ…確かになんちゃってファンタジーな世界観してるのに下着は一般庶民に至るまで先進国レベルなのは不思議よね。おかげで私も使っていても違和感ないのは助かっているけど…化学繊維は使われていないけど、もしかしたらロイヤルで麗しきお姫様クラスにもなるともっとすごい下着だったりして…‼うん、なんか私も気になってきちゃったぞ?これは困った…」


 そう言ってナナミはうんうんと頭を抱えて悩みだす。どうやらクロノスに触発されてしまいナナミの異世界人としての変なスイッチが入ってしまったらしい。


「な、な、な!?君も気になるだろう?だからここはイゾルデのクエストの報酬をやっぱり下着を見せてもらうってことに変更して…‼」

「なるほど‼そうしてやんごとなき身分のお方にしか広まっていない技術を庶民にも広めるって寸法ね‼食べ物とかも昔は偉い人しか食べられなかったものが庶民に知れ渡ってメジャーになったとかたくさんあったみたいだし‼それじゃあさっそく交渉を…」

「やめんか‼」

「「ぐえっ…‼」」


 話がおかしな方向になりさぁイゾルデにクエストの報酬を変えてパンツを見せてもらおうと二人が意気込んだところで、突然二人の後頭部に激痛が走った。リリファがナイフの柄を当てて二人を殴ったのだ。


「アホか。イゾルデのパンツがどうたらこうたら…今は何の関係もないだろう‼そしてこれからも何もない‼」

「もうなにすんのよリリファちゃん。いま庶民の下着の文化レベルが上昇する歴史の節目の瞬間がそこにあったというのに。リリファちゃんだって履き心地のいい下着を身に着けたいでしょ?」

「下着なぞどうでもいい‼汗を吸い取って蒸れなくてかぶれなければな‼それが満たせないならつけない方がマシだ‼」

「着けないのがマシってリリファちゃん女の子…それにスカートなのに…」

「もっと言えばスカートも嫌いだ‼冒険者になる前はズボンだったしスースーするし…便利なのは太ももにナイフホルダーをつけてナイフをすぐに出せることくらいだ‼」

「皆さんそんなこと言っている場合ではありません‼イゾルデ様を止めないと‼」

「あっとそうだった。さすがはセーヌ常識的な態度をありがとう。」


 リリファまでが話をそれ始めていたがセーヌがいい加減にしろと三人に呼び掛けてクロノス達は元の世界に戻ってきていた。


「だからやめてくれって俺が悪かったから…‼」

「あたくしへの侮辱…その命で償いなさい…‼」

「あーもうめちゃくちゃだよ。早く止めないと…」

「はいはいイゾルデ嬢落ち着きたまえ。どうどう…‼」

「きゃっ…!?」


 相変わらず目を虚ろにしてぶつぶつと呟くイゾルデをクロノスが背後から羽交い絞めにして抑え込んだ。


「三流商人‼今日を死に目にしたくなきゃさっさと引っ込みな‼」

「お、おぉ…今日のところは風向きがよろしくないから失礼するぜ。ああこわいこわい…‼」

「お待ちなさい‼今パーフェクト・ローズの血錆に…‼放しなさい‼」

「イゾルデさんいいこいいこ…‼」

「やば…‼あの人たちこっちに気づいたよ‼」


 クロノスが商人にひっこむように命令すると男は分が悪いとさっさと逃げていった。そしてクロノスとナナミが二人掛かりでイゾルデを抑え込んでいるとアレンが耳打ちしてきたので向こうを見れば、騎士の二人組が騒ぎを聞きつけて問いかけを中断してこちらに小走りで向ってきていた。



「なんの騒ぎだ!?」

「どうせまたくだらない喧嘩だろ?下手人は…女か。いちおう見ておくか?」

「あたりまえだ‼そのために足を動かしている‼」



「まずいな…早く広場を出るぞ‼」

「でもこの人混みじゃあ…‼」

「無理やりにでも押しのけろ‼アレンは先に行って道を切り開け‼」

「うん。はいちょっと通りまーす‼どいてどいて…むぎゅ‼」


 クロノスに命令されたアレンが大声で進行方向の人々を退けて前に進もうとしたが、何人か退けたところで壁にぶつかった。前をよく見ていなかったので気が付かなかったらしい。


「アレン君きちんと前を見て歩いてくださいね。」

「ごめんよセーヌ姉ちゃん。でもこんなところにさっきまで壁なんてなかったぞ。それにこの壁…なんか柔らかいし温いような…あれ?」


 セーヌに注意され素直に謝罪をしたアレンだったが、先ほどまでここに壁などなかったはずだ。第一ここはゲートのある広場で他に障害物は人以外に存在しないはずなので壁があるということ自体何かおかしい。


「おお、すまんなボウズ‼…む、お主どこかで…」

「声…うわぁ!?人!?」


 アレンは自分がぶつかった壁に手を当てて調べていたが、その壁が震えたかと思うと上の方から声が聞こえてきた。アレンが声の聞こえた壁の上の方を見上げるとそこには大きな人の首があったのだ。壁の上に首が置かれていたわけではない。この壁は人間の体だったのだ。しかしそれが三メートルはある巨体でとても大きかったのでアレンは壁と見間違えていたわけだ。人とわかるなりアレンは対応を切り替えて素直に壁男に謝罪することにした。


「いきなりぶつかってごめんなさい‼道を急いでいて前をよく見ていなかったんだ。」

「いいってことよ‼きちんと自分の非を認めて謝れるなんざ大物じゃねえか‼気にすんなよガッハッハッハ…‼」

「違いねぇ‼くっくっく…」「俺たちに礼儀なんてありやせんぜ‼」


 大男はアレンの謝罪を受け取って許してくれた。そして手で頭にかぶった角のついた動物の頭部を撫でで「子分どもにもこれくらい礼儀を持ってほしいぜ」と言っていた。隣には大男の仲間と思われる、こちらは普通の身長の男たちがどうように笑っていた。

 

「アレン早く道を空けろ…ってそいつは‼」


 そうこうしているうちにイゾルデを引きずってやってきたクロノス達。その中のクロノスはぴたりと立ち止まるとアレンがぶつかった大男を見て驚いていた。


 アレンがぶつかったのはとてつもなく巨大で身の丈三メートルはある白髭の老父だった。頭には角のついた動物の頭部を被っていて、腹は出ているが立派な筋肉の上半身裸の背中には左右にクロスさせた二本の戦斧(バトルアックス)をベルトで巻いて身に着けている。そして首には普通の人間の拳大の青や赤の宝石や魔石の原石に穴を開けて紐を通しただけのネックレスを携ていた。


「おうクロノスじゃねぇか‼二週間ぶりくらいだな‼こんなところでなにしてやがる!?」


 そう、彼はSランク冒険者の賊王ヘルクレスだったのだ。


「おいあそこ…‼」

「おお‼賊王じゃん‼この間大喧嘩していたっているS級の一人…」

「本当にでっけぇなぁ…何食ったらああなるんだろう?」

「いきなり現れた見たいだがどこから来たんだ?」

「ダンジョンのゲートから出てくるのを見たぜ。」


 突然のS級冒険者。それも目立つ背格好の老人の登場で周囲の関係ない人間も驚き騒いでいた。


「君の方こそ何をしている?」

「儂は子分とたったいまダンジョンから戻ってきたところだ。ダンジョンでちょい探し物をな。」

「君もマーナガルフと同じ…まぁいい。今は急いでいるんだ。そこを通してくれ。」

「急いでいる?ああ、追われてんのか。」


 クロノスが道を開けてほしいとヘルクレスに頼むと、彼は人よりも高い視点を活かして遠くの方から人をかき分けこちらに一直線に向かってくる二人の男達を見つけて、納得していた。


「どういうわけか知らんがこれじゃ話もゆっくりできやしねぇな。よし、おいヘイリー‼その辺の適当なやつを殴れ‼」

「ヘイ‼おりゃあ‼」


 事情を酌んで頷いたヘルクレスが隣にいた子分の一人に突然誰かを殴るように命令した。子分はそのような無茶ぶりでもきちんと答え、ちょうど後ろで仲間と談笑をしていた見知らぬ男の冒険者の後頭部を思いきり殴り飛ばした。


「それでさぁ、そしたらそいつ…ぐぶっ!?」


 巨体で目立つヘルクレスがいるというのにそれを気にせず仲間と会話する男は突然の痛みに頭をさするとすぐに後ろを向いてそこにいたヘルクレスの子分に怒りの形相で突っかかってきた。


「いきなり何しやがる‼喧嘩なら買うぜ‼」

「俺じゃねえよ。あっちにいった奴だ。お前さんのことキザったらしくてむかつくとか言ってたぜ~♪」


 ヘルクレスの子分は下手くそな口笛を吹いて向こうへ歩るいていくこれまた適当な男の冒険者を指で刺して、彼が真犯人だと男に伝えた。


「あ、あれ…そうだったのか。ありがとよ。あんにゃろ…‼」

「いいっていいって♪」


 子分の嘘をすっかり信じてしまった男は子分に礼を言ってから向こうの男へ一直線に駆けていった。そして男の元までたどり着くと同時に彼に声をかけ、男が振り向いた瞬間顔の真正面を気持ちいいくらいに思いきり殴っていた。


「いきなりなにしやがる!?」

「それはこっちのセリフだ‼くたばれ‼」

「喧嘩の押し売りか…!?んじゃあ買ってやろうじゃねえの‼喰らえッ‼」

「痛!?俺じゃねえぞ‼よくもやったな‼」

「おっと二対一とは卑怯じゃないのかお兄さん?俺はこっちに加わるぜ…ぐぇ!?」

「よそ見すんなよバカ。俺っちはこっち側だ‼」


 男たちは互いに勘違いをして取っ組み合いの喧嘩を始めたのだった。そして周りの冒険者や傭兵も巻き添えをくらい、その喧嘩に加わって押し合いへし合いまた周りを巻き込んで…いつしか広場中を巻き込んでいた。それを見たヘルクレスの子分のヘイリーは得意げにまた口笛を吹いて広がる喧嘩の流れに満足していた。


「冒険者の喧嘩団子…いっちょあがりでさ。」

「でかしたぞヘイリー。さすがは儂の子分一喧嘩の噴火のツボを見つけるのが美味い男だ。後で褒美をやろうかいの。さて…クロノスとそのお仲間共。こっちだ‼」

「助かる。みんなヘルクレスについていけ。イゾルデの剣の刃に気をつけろよ。」

「わかった‼さぁイゾルデさんも…‼」

「放しなさい‼あの無礼な男を叩き斬ってあげますわ‼は~な~せ~‼」

 

 イゾルデは体格に似合わない大きな剣をぶんぶんと振り回し足をばたばたと動かして抵抗をしながら、クロノスとナナミにずるずると引きずられていった。



――――――



「喧嘩はやめろ‼我々はポーラスティアの騎士だぞ‼逆らえば逮捕する‼」

「あん!?騎士様だか(キジ)様だか知らないケンケーンって煩いぜ‼おいらの邪魔すんじゃんねぇ‼」

「こいつら…これだから冒険者は…‼いい加減にしないと…」


 ヘイリーの引き金で広場中に伝わった喧嘩の渦に巻き込まれた二人の騎士たちは、暴れる冒険者や傭兵をかき分けながら最初の騒ぎのあった場所へ向かおうとするが、人が入り乱れて時に殴りかかってくるのでなかなか前に進めない。公務執行妨害で剣を抜いて無理やり進むかといい加減に痺れを切らしそうなところで…


「放しなさい‼あの無礼な男を叩き斬ってあげますわ‼は~な~せ~‼」


 取っ組み合いをする人混みの群れの向こうで一人の女性の怒号が聞こえてきた。彼らがそちらを見れば人の垣根の向こうで、帽子を目深に被った町人の格好の女性が大声で怒鳴り散らして大剣を振り回しながら男女二人に引きずられていく光景が偶然目に入った。


「あれは…パーフェクト・ローズではなかったか!?ならあの持ち主の女性は…‼」

「ああ…まさかマジでいるとは…イザ…イゾルデ様‼ヨークです‼十三番隊のヨークです‼」


 男の一人は一瞬見えた見知った文様がついた大剣とそれを持っていた帽子の女性に向かって目的の人物が普段使っている偽名を出して大声で呼び掛けるが、それは周囲の人間の喧騒にかき消され届けたい人物の耳までは入らなかったようだ。男がもう一度と呼びかけようとした次の瞬間、彼女の姿が人混みに紛れて消えてしまっていたことに気づく。慌てて探したが、騒ぎ立てる周囲の人間が邪魔ですっかり姿を見失ってしまっていた。


「見失ったか…‼だが確かにあれは…‼」

「顔は見えなかったがイザーリンデ様の体格に似ていたような気もする。あの服越しに見える思わず揉みしだいてから顔を埋めたくなるようなデカケツは間違いなくイザーリンデ姫だ‼」

「訓練をサボってそのような不義ばかり働いているお前が認めたのなら間違いはないだろうな。見失ってしまったが…探しに行くか?」

「いや…これだけ人がいるんだから俺達たった二人で探しても成果はないだろう。それよりも迷宮都市の周辺の村やチャルジレンの方を探している連中に伝えに行くぞ‼探し人は迷宮都市内部に在り。部隊総出で街の中を探せってな‼全員で探したほうが早い。」

「ああ‼早く姫様を保護しなくては…‼」


 騎士の男たちは互いに目配せしてから頷きあい、どさくさで殴り掛かってきた男を地面に沈めてから迷宮都市の出口の門の一つへと真っすぐに走っていくのだった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ