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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第116話 引き続き迷宮を巡る・二日目(続々続々続々・迷宮ダンジョン内二十八層目での出来事)


「次の曲がり角の先がゴール…じゃなくてスタートだ。やっとこさ着きそうだぜ。」

「長かったね。なんだかんだでもう二日は経ったんじゃない?」

「…」

「どうしたリリファよ。目的地を目の前にしてたまった疲れが体から漏れ出してきたのか?」

「いや…そんなことではなくてな。なぁクロノス、お前も人に戦い方を教えるときはマーナガルフのようにもっと具体的にしないか?」

「どうした急に。それに、それじゃあまるで俺の教え方が悪いみたいじゃないか。」

「いや悪いでしょ。だってクロノスさんの教え方っていっつも要所要所でパッとしてドンっとしてバビューン‼…みたいな感じのが混じってるから全部意味が分からなくなるんだもん。」

「そんなことはないぞ。俺は今までの冒険者人生の中から厳選された情報と経験を元に最上級の学習法を考え、それを君たちに施しているつもりだぜ。」

「ならあそこに歩いているモンスターをどうやって倒す?口頭で言ってみろ。」


 リリファが指さした先には子供一人分はある大きな白いキノコが根元から大根のような太い足を生やしてテクテクと歩き回っていた。


「…♪」

「キノコが歩いていますの。」

「キノコだ。楽しそうだね。」

「オォン…キノコだと?」


 キノコに足が生えて頭の傘を振ってらんらんと楽しそうに歩くわけがないので、あれもダンジョンのモンスターの一種なのだろう。そう思いナナミやイゾルデもとくに突っ込むことはなかった。二人ともいい加減に迷宮ダンジョンの理不尽さに慣れてしまっていた。


「…あのキノコのようなものはなんなのでございましょうか?生物…なのですよね?」

「あいつは「アルキノコ」だセーヌ。植物系のモンスターであいつも地上ではなかなか珍しいモンスターだぞ。んで、意外と悪くない味で一度食べるとやみつきになるから珍味として高値で取引される。あれはダンジョンモンスターだから死体は残らないが、倒すとまれにあれそっくりのキノコを落とすらしい。それを適切な環境で育てると増えて半永久的に採れるから、そこから一財産築いた冒険者もいるとかいないとか。」

「そうなのか。それで、どうやって倒す。」

「そうだな…あれは大人しいモンスターだが敵意を感じると毒の胞子を全方位にまき散らしてくる。それを吸うと体がふらついてまるで酔っ払ったような状態になるからまともに戦えない。だからまずは…」

「まずは?」

「奴の傘よりも上に飛ぶんだ。胞子は傘の裏側から出るし重いから案外飛ばない。だから上の方なら胞子の影響はない。」

「おお‼ちゃんとわかりやすい‼それから飛んでどうするの?」

「そこまでできたのなら後は簡単だ。真上からだと攻撃を今度は傘で防がれるから、ヌッとやってドンって感じで簡単に終わる。」

「「「…」」」


 クロノスが妄想の中でアルキノコを仕留めて得意げになっていたがそれを一同は白い目で見ていた。原因は簡単で単純。最後が…最後が何言っているかよくわからないからだ。


「…最後でダメじゃん。どうして知識とか動きとかわかるのにそうなっちゃうのさ。」

「そう言われてもな…俺としてはちゃんと伝えているつもりなんだが。」

「ギャハハ‼天才のことなんておんなじ天才にしかわかんねぇよ‼時間の無駄だ‼そらよ。」

「マーナガルフさん…わ。キノコ倒しちゃってる‼」


 不服そうなナナミを理解できないクロノスだったが、そこにマーナガルフがそう言って肩にアルキノコが落としたアルキノコそっくりの巨大なキノコをひっかけて戻ってきた。そしてこちらに着くなりキノコをどさりと床に投げた。どうやらクロノスが説明をしている間に向こうへ行きアルキノコを倒してしまったらしい。


「クロノスの言う通りにやったらドロップアイテムまでもらっちまった。とてもやりやすかったぞ。」

「嘘ぉ!?あれで伝わったの!?ちょっと私たちにも教えてよ‼」

「やだね。めんどくせぇ。」

「さっきはマーナガルフさんはうまく教えてくれたじゃない?」

「ギャハハ‼俺は普段からバカな子分たちの頭を意識して教えなきゃならんからな。自然とわかりやすくなってるさ。まずは泥水啜っても生き残れ。そうすりゃおのずと覚えていく。」

「そんなもんかなぁ…?」

「そんなものだ。凡才は気長にやんな。冒険者として生きてりゃ体が勝手に動けるようになるもんだ。」

「(…あれ?地味においら達バカ扱いされてない?)」

「それよりもお前らてめぇがどれくらい恵まれた環境にいるのかを理解した方がいいぜ?なんの気まぐれかせっかく終止符打ちさんが面倒見てくれてんだからよ。本当に珍しいことなんだぜ。」

「クロノスさんが誰かと一緒にいるのはそんなに珍しいの?」

「珍しいも何も…そんなに何人も人間を隣に置いているのを迷宮都市に来て初めて見た。俺はSランクになる前からこいつと知り合いだが、その頃から終止符打ちさんの隣にいるのはヴェラザード嬢か、そうでなければ奴隷の女のガキくらいと相場は決まっていた。」

「ヴェラさんはわかるけど、奴隷って…クロノスさん?」

「違うわい‼誤解だ‼俺がそんな犯罪しでかすわけがない‼」

「ギャハハ‼冗談だって‼あれだろ?あんたの隠し子だろ。毎回連れていたガキが違ったのはそれぞれ違う女とイチャコラやってこさえた…」

「違うっつーの‼どっちも、違う‼愛人でも奴隷でも隠し子でもありません‼」

「そうかぁ?俺はあいつらはクロノスの隠し子に違いねぇって子分と銀貨まで賭けたんだからそうだと言えよな。」


 マーナガルフが冗談半分に前に会った時に連れていた少女を隠し子だと言えば、クロノスは必死に否定した。なぜならその横でクロノスを見る仲間の目がどんどんと侮蔑に満ちたものへと変わっていたからだ。誤解は早めに解くに限る。


「知るかよそっちの事情なんて。君と会った時会った時毎に連れていたのは、たまたまクエストの成り行きで預かっていた子供だ。」

「だから冗談だっての。場を柔らかくしてやったんじゃねぇか。ジョークの伝わらないところはますますおんなじだな。見た目も言葉遣いもすっかり違うが間違いなくあんたは終止符打ちクロノス・リューゼンだな。…お、着いたぜ。」


 理由を話すクロノスを茶化したところでマーナガルフは足を止めた。長くまっすぐで足元が薄暗い通路を曲がった先に、小部屋へと通じる大穴が開いていたのだ。


「ふへぇ…着いたら疲れがまとめて襲ってきた感じがするよ。」

「早く怪我人を治療しませんと。」

「早まるな。見張りがいきなり攻撃してくるかもしれないから俺が先に入るぜ。後ろから来いよ。」



―――――



「誰だ!?…って、なんだ兄貴か。驚かすなよな…」

「ギャハハ。悪かったな男に飢えた痴女とかじゃなくて。見張りご苦労さんモルキーよ。」

「ああ悪い。さっきモンスターが近くまで来ていたから警戒していたんだ。今まともに戦えそうなのは俺一人だからな。」

「お前、ダンジョンのスタート地点にはモンスターは入ってこれないって教えただろ?槍下ろしてくれよ。狭くて入れねぇからよ。」

「そうだっけ?警戒を怠るなって言ってたのは兄貴だろうに。さぁ入った入った。」


 マーナガルフが穴から入ってきた途端、赤獣傭兵団の赤コートの一人で右目を隠すように頭に血の滲んだ包帯を巻きつけていた男が槍を突き付けて入ってきた者に脅すように問いかけてきたが、すぐにその正体が自分たちの頭であるマーナガルフであったことに気づいて安堵し槍を下して彼を小部屋に招き入れた。


「戻ってきたってことは…首尾は上々ですかい?」

「おう上出来だ。ほらよ。人数分だぜ。」

「おぉ…‼やったぜ。」


 マーナガルフが小部屋に入る直前にクロノスから受け取っていたダンジョンポーションの瓶をモルキーと呼んだ男に手渡すと、彼は上司が目的の物を手に入れてきてくれたことにほっとしていた。やはり物を実際に見れたことが大きいようだ。モルキーからは安堵の表情が見て取れた。


「ありがてぇっす兄貴。もうそろそろ何人か限界でいい加減不便な生活覚悟で地上に連れていくか、嫌ならこの場で介錯して終わりにしてやるか悩んでいたところだった。…ん?そいつらは…」

「客人兼そのダンジョンポーションの提供者(スポンサー)様だ。一人はお前も見たことあるはずだぜ。」

「見たことあるって誰だろ…終止符打ち!?なんでこんなところに…‼」


 客と聞いてモルキーが怪訝な顔でマーナガルフの後ろにいたクロノス達を見て、その中のクロノスに気づいた。一目で正体に気づいたあたり彼も先日地上の通りで喧嘩をしていた団員なのだろう。


「いったい何の用でダンジョンなんかに…ま、まさかこの間飲み屋で支払い誤魔化して店員の女の子のケツを撫でて外の通りで立ちションをした時の粛正に!?ぶるる…‼ち、違うんだ‼あれはホーメンスの奴が勝手に…‼」

「ちげぇよ。だいたい自分で全部暴露する奴があるか…いや、こいつの前ではそうなっちまうんだよな。まぁいい…おい、あっちもいろいろあってここにいるのさ。問題ないから入れてやれ。」

「へ、へい。皆さんどうぞ…」


 小部屋の外でマーナガルフとモルキーが話しているのを聞いていたクロノス達もモルキーに招かれて小部屋に入っていった。






「待たせたなてめぇら‼希望のジュースを持ってきたぜ。」

「おぉ…兄貴。」

「一人で奥に行っちまって戻ってこないから死んだかと思ってたぜ。」

「クソ、帰ってこない方に銀貨を賭けていたのに…なんで戻ってきたし。」

「ギャハハ‼くたばりぞ損ないで悪かったな真のくたばり損ない共よ‼」


 マーナガルフが奥の方で集めて寝かされていた団員達に帰還を伝えると、彼らは軽口を叩きながらもリーダーを出迎えてくれた。しかしそこにいた団員たちは皆傷だらけの包帯だらけで、ひどい者は手や足を無理やり固定したような手当を受けていた者もいる。彼らに軽口を叩く元気が残っていたのを見てマーナガルフも心なしか嬉しそうだ。


「誰も死んじゃいねぇだろうな?もしそんな奴いたら俺があの世まで行ってぶった斬ってやる。この場で名をあげやがれ。」

「死んだ人間が名乗れるわけねぇだろ兄貴。心配すんな。この通りピンピンだぜ?」

「それのどこがピンピンだよイルキス…死にかけじゃねぇか‼ギャハハ‼よく生きてられるな!?」

「あたりまえだろ…俺たちゃ赤獣傭兵団。死ぬのは戦いの中でだ。戦いに勝って生き残ったのならその後に死んでたまるか。」

「ギャハハ‼それでこそ俺様のクランの団員だぜ‼怪我を治したら女を奢ってやる。それともソッチは腐っちまった「マー君‼やっと帰ってきたね‼」…なんだぁ?…グホォア!?」


 マーナガルフがもうひと踏ん張りだと上半身に血塗れの包帯を巻きつけて息も絶え絶えだった団員の空元気を褒めたたえていると、怪我人の山の中から小さな塊が叫ぶとマーナガルフに向って飛んできて、彼はそれを鳩夫にもろに喰らってしまった。


「遅いよ‼このっ…このっ…‼」

「いでででで…なんだやめろコラ‼聞いてんのかコストロッターのお嬢‼」


 背中から転びそうになったマーナガルフだったが何とか足の裏で踏ん張り胸の中でぐりぐりと桃色の髮に包まれた頭部を押し付けていた小さな塊を両の腕で掴んで抑えた。すると、それはギルドの女性職員の制服を着こんだ小さな女性…ありていに言えば少女だったことに気づいたのだ。そう、少女はマーナガルフの担当ギルド職員のコストロッターだ。


「なに道草食べてたの‼ヤギさんじゃいんだから‼もう何人か限界で無理やり地上に連れて行こうとしていたところだったんだからね‼もっと普通の人の体力を考えてよ‼」

「コストロッターよぉ、お前そんなこと言うがこいつらがこの状態で地上に戻ってもこの体たらくじゃあ生活できないだろうが。」


 どうやらマーナガルフがなかなか戻ってこないことに怒りを煮えたぎらせていたらしい。コストロッターは頬を赤く膨らませぷんぷんぷりぷりと怒り心頭のご様子であった。しかしそれは可愛らしいの域をまるで出ていない。間違いなく真面目に怒っているのだろうがマーナガルフはまったく少女を恐れていなかった。


「む‼当面の生活はちゃんと冒険者ギルドが見ます‼」

「面倒見るっつってもいつまでの話だよ?三日四日じゃねぇんだぞ。一生養うんだぞ?それに働けないのなら冒険者なんて役立たずだろ。このまま放りだして野垂れ死ねっつーのかよ?」

「それはそうだけどさ‼死んじゃうよりはいいでしょ‼」


 マーナガルフが反論を返せばコストロッターも言い返す。まるで年の離れた兄妹のようなやりとりを赤獣傭兵団の団員はまたいつものが始まったと口を差すこともしなかった。


「なんだ。君も素人をダンジョンに連れてきているじゃないか。」

「んなこと言ったってよぉ、止めても監視するんだって聞かなかったんだ。」

「あたりまえだよ‼マー君がどさくさに紛れて逃げ出すかもしれないしね。あとクロノスおにいちゃんこんにちは‼偶然だね‼地上ではあいさつできなくてごめんなさい。」

「はいこんにちは。担当を追ってダンジョンの中にまでついてくるとは仕事熱心だな。そうだ君たち、紹介しよう。」


 クロノスは「今の地上が明るいかどうかはわからないがな。」と呟いてから仲間たちにギルドの制服姿の少女を紹介した。


「君たちも地上で一度見かけたと思うが…彼女はコストロッター嬢。マーナガルフ就きの担当職員さ。名前の方は俺も知らん。それは女性職員の共通だがな。」

「あ、姓のほうなんだ。てっきりそういう名前かと…あの時から思ってたけど随分小柄な人だね。おいらよりも小さいや。」


 アレンは顔立ちから慎重に至るまでどこをどう見ても自分よりも子供にしか見えない風貌のコストロッターに驚いているようだった。


「そりゃあな。彼女は御年(おんとし)なんと八歳にあらせられる。君より子供で同然だな。」

「八歳!?ハンナよりも年下じゃないか‼ギルド職員ってそんな子供でもなれるの!?」

「なれるもなにも、実際に今こうして実物が目の前にいるじゃないか。見ろ彼女の胸を。」

「うわ…胸を見ろなんてロリコン…」

「違う。そっちの意味ではない。」


 クロノスが目で示したえへんと得意げに胸を張る彼女の、幼さが残るどころか幼さそのものといえる平坦で小さな胸元には、ギルドの職員であることを示す銀光りするバッジが裏ピンで留められており、バッジの表面には「ギルド職員コストロッター」と確かに刻まれていた。


「あの銀バッジは偽装や持ち主以外の人間が身に着けられない特殊な加工を魔術で施されていてな。知ってるやつが一目見れば本物のギルド職員であるとわかるようになっている。」

「まぁそこを疑うわけじゃないけども…なんなの?ギルドって子供でも職員にしないといけないくらいに人手不足なの?」

「人手が足りる足りないで言えば足りなくて手が回らないくらいだとヴェラがいつも言っているが、コストロッター嬢のは関係ない。ただ単に彼女が優秀すぎて年齢がついてこれないだけだ。」

「優秀…どのへんが?」

「Sランクの担当をできる人員などそれだけで例外なく優秀だ。ただ普通の職員と比べると些か個性的ではあるがな。優秀さの前には些細なことだ。」

「やだなぁおにいちゃん。わたしなんてヴェラザードさんやバーヴァリアンさんに比べたらまだまだ…それよりもはじめまして‼マー君…じゃなくてマーナガルフの担当職員を務めておりますコストロッターでございます‼いごよろしくお願いします‼」

「ああうん、おいらはアレンだよ。よろしくね。」

「アレンさんですね?マー君はみんなにがおーって威嚇するからおともだちがすくないの。だからなかよくしてあげてくださいね‼」

「あ、うん…」


 コストロッターが外観に見合わず丁寧に挨拶をしてきたのでアレンが自己紹介を交えて握手すると、彼女はにこりと可愛らしく微笑んだ。彼女のまぶしい笑顔は薄暗いダンジョンの中でも光り輝いているようにも見え、そんな彼女にアレンは思わずときめいてしまった。少女の笑顔は全人類共通でときめいてしまうものなのでこれは仕方ない。アレンは何も悪くないのだ。


「(アレン君浮気でちゅか~?)」

「(くくく…ウィンに言いつけてやろうか?)」

「(そんなんじゃないって‼二人ともうるさいな‼)」

「さて、あいさつもそこそこにしておくとしよう。まずは怪我人だな。」


 積もる話は後にして今は怪我人の治療だとクロノスがくるりと振り返れば、すでにセーヌが甲斐甲斐しく重傷者の面倒を見始めていた。


「包帯が血まみれです。不衛生ですので変えてしまいましょう。着替えはお持ちですか?」

「ああ…それなら後ろのかばんに…」

「でしたら一緒に着替えてしまいましょう。その前に体も拭きましょうね。」

「い、いや…そこまでしてもらわなくても…」

「しかしその怪我では難しいでしょう。さぁ脱いでくださいね。」


 セーヌはクロノスからいつの間にか拝借していたなんでもくんから清潔な布と水。それに火をおこすための道具一式を取り出して、手際よく火を起こす準備をしていく。


「死に際に天使が降臨なされた…しかも乳がデカいし面倒見がいい。傭兵にも天界への迎えは来るんだな。」

「おいおい俺らは冒険者だ。しかしそれには強く同意だな。もう死んでもいい…」

「あの世で俺は敬虔(けいけん)な使徒になるぜ…」


 セーヌに甲斐甲斐しく世話をされた団員たちは次々とノックアウトされ神に忠誠を誓う。


「この臭い…鼻がおかしくなりそうですの…‼」

「イゾルデ様は臭いが移るので少々あちらへ行った方がよろしいかもしれません。」


 原材料の強い臭いが残る薬品でいくらか誤魔化されていたとはいたとはいえ、血や傷んだ肉の悪臭にセーヌを見ていて自分も何か手伝おうとしたイゾルデは思わず顔をゆがめそうになったが、なんとか顔の形を今のままで留めていた。


「…すみません、少々気分が…いえ、あなた方のせいではございませんわ。」

「いいっていいって。臭いのは自覚あるから。」

「あんた冒険者じゃないだろ?なら仕方ないさ。」


 イゾルデが鼻を抑えて臭いを嗅がないようにしながら必死に謝罪をすると、赤コートの団員たちは笑って許してくれていた。そこに冒険者としての粗っぽさはなく、単にイゾルデが美人の女性だったから態度が紳士的になったのかもしれない。


「思ったよりも酷い惨状だね…」

「なるほど。確かにこれだけの傷ならばダンジョンポーションが欲しくなるな。」

「…つーかよ。ここまできてなんだがこれだけの重傷ってホントにこの薬一本で治んのか?簡単な切り傷とかになら使ったことはあるが、ここまでの怪我に使うのは初めてだから不安だぜ。」

「治る。傷がダンジョン内でできたものであればどんなものであれ一つの例外なくな。とにかく誰かに試してみろよ。」

「そうだな。それじゃあ…ネズリットの腕で試してみるか。」

「お…れ…かよ…勘弁してくれよな…?」

「ほれ、グダグダいうなよ。かけりゃあいいのか?」


 マーナガルフが壁の近くで寝ていた大柄な男のネズリットの元まで赴き、腕の包帯を外して太い糸を腕に通し適当に縫い合わせた彼の右腕を出して蓋を開けたポーションを構えた。


「ああ。患部に少しずつ…飲むと強すぎるからな。ネズリットと言ったな?痛むから覚悟しておけ。」

「え…いででででででで‼」


 薬をかける際にクロノスが呟くが、ネズリットがそれに反応する間もなく突然叫びだした。なぜなら自分の腕に今までに覚えのないくらいの激痛が走ったからである。


「いだだだだ‼兄貴‼これ毒‼毒だろ‼いだだだ…‼」

「おうおう痛そうじゃねぇか。戦場で(はらわた)が漏れて踏みつぶされるよりはマシだろ。前の戦場の相手の兵士はかわいそうだったな。不幸にも馬に踏まれて…」

「んなこと言ってる場合…‼いででででででで‼」

「痛みは肉体の急激な再生によるものだ。少しの傷なら痒い程度で済むが、腕一本レベルの再生ともなるのとな。だが痛みは効果が表れた確かな証でもある。そら…」


 子供のように痛みに泣き叫ぶネズリットの腕をとりマーナガルフに見せた。そこは体の内側から白い泡のようなものがポコポコとあふれ出てどんどんと傷が治ってきれいになっていくのだ。


「おぉ…こりゃすげぇな。どんどん治ってやがる。ギャハ…こりゃおもしれぇ‼」

「傷が完全に塞がる前に糸を外しておけ。先にやっておかないと取れないから。」

「任せろ。こんなんすぐに…おりゃ‼」

「…‼…‼」


 マーナガルフが針を取り出して糸の先を結んで無理やり引き抜いていた。するとネズリットの口から声にならない悲鳴があがった。きっと抜糸の瞬間に猛烈な痛みが走ったのだろう。そうしている間にも彼の体の他の傷口からもどんどんと泡が噴き出てそれに包まれた傷はどんどん治っていくのだ。…患者への激痛を代償として。


「…よし、全部治ったな。」

「やったなネズリット‼これでまた女を抱けるぜ‼」

「も…が…」

「「「…」」」


 マーナガルフは喜んでネズリットの肩をバンバンと叩いたが、彼の意識はもはやそこにはなく、肉体はびくびくと痙攣しており、白目を剥いて全身の穴という穴から汗などの体液を噴き出していた。その光景を目撃したほかの赤獣傭兵団の怪我人たちは黙りこくってしまう。


「さぁて、次に助かりたい奴はどいつだ?」

「…俺、腕の一本や二本無くてもいいかなぁ…?」

「歩けなくても生きぬいて見せるぜ…‼」

「だから…その薬は…」

「ちょっと…勘弁してください…」

「いいわけねぇだろ‼おら喰らえ‼さっさと治せやコラ‼」

「「「ギャアアアアアア‼」」」


 薬を受け入れることを拒みもぞもぞも這いずり回って逃げようとした者たちをマーナガルフはとっ捕まえて、ダンジョンポーションを口から直飲みさせる。そして部屋中に断末魔が響き渡ったのだった。



―――――


「お前で最後だドノファン‼治れオラ‼」

「兄貴やめてくれ…ぐっ。…いだだだだだだだ‼死ぬ死ぬ死ぬゥ‼」


 マーナガルフが怪我を負った最後の子分の口にダンジョンポーションを突っ込むと、彼は全身をのたうち回らせていた。そして泡が消え傷が塞がってドノファンが意識を失って倒れると、マーナガルフはあたりを見回した。


「よぉし、これで全員だな?」

「「「…」」」


 マーナガルフはそう言って治療がまだ終わっていないものを訪ねたが返事は一つも帰ってこなかった。皆ダンジョンポーションの副作用による激痛で意識を失ってしまったからだ。彼は周囲の物言わぬ屍とかした元怪我人の子分たちに「こんなんで気絶してんじゃねぇ。ここが戦場なら踏まれるか捕虜で捕まるか…そうでなければ傭兵への金の払いを渋った味方に殺されてるぞ。」と吐き捨て、彼らのだらしのなさを呪ったが全員無事に治療が終わり満足したようだった。


「…ちっ、こいつらの血の匂いで小部屋が臭いぜ。包帯とかももう使えねぇから燃やしちまうか。」

「それならもうやった。君が治している間にナナミ達が火を焚いて食事の用意をしてくれていたよ。」

「飯か…ちょうどいいや。食おう食おう。ナナミのスープは美味かったから本格的な料理も楽しみだな。」

「味は食べてみてのお楽しみだが質は豪勢だぞ?なにせ俺たちはもう帰るつもりだからなんでもくんの中の材料をたくさん使ったからな。」

「ほぉ、そりゃいいねぇ‼…イイ匂いも鼻を誘ってきやがる…‼お前ら飯だ起きろ‼オォン‼」

「…ん。」「…ガァ?」「…お。」


 マーナガルフは歓喜の遠吠えで横たわる屍に呼び掛けると、さっきまで気を失っていたはずの彼らがピクリと動いて目覚めだしてマーナガルフと同じように鼻をひくつかせる。そして全員が同時に目をかっと見開いて叫んだ。


「飯!?」「飯だと‼」「保存食じゃなくて!?」「キャッハー‼」「やったー‼」


 そして元気になった体ですくりと立ち上がり、腕を空に振り上げて歓喜した。


「全員怪我して料理できる奴がいなかったから兄貴が帰ってくるまでずっとあのクソまずい保存食だったんだ‼コストロッターちゃんに火を使わせるわけにもいかなかったし…とにかく久しぶりにまともな飯が食える‼」

「飯はどこだ!?一番に食ってやる‼」

「ふざけんな全部俺のモンだ‼」

「早い者勝ちだぜ‼」

「あ、おい‼ふざけんな‼リーダーの俺が最初だ‼」


 赤獣傭兵団の団員たちは仲間を押しのけて蹴ったり殴ったりしながら、おいしそうな匂いを掻き立てる薪の鍋に向って走っていった。負けるものかとマーナガルフも走っていきそれをクロノスがやれやれと後を追うのだった。



「大鍋いっぱいに作ったからまだたくさんあるよー‼はいどんどん食べてー‼」

「なんで大鍋なんかもってきるんだ…というかいつの間に何でも君の中に。」

「使うかと思ってなんでもくんに入れて持ってきちゃった♪」

「あのなぁ…なんでもくんの容量にも限界はあるんだぞ。」

「けっきょく使ったんだからいいでしょ。さぁクロノスさんも食べた食べた‼」


 ナナミがクロノスの分の器を差し出してきた。中身は麦飯を野菜のスープとともに煮込んだもので大鍋で作ったためかこの涼しい小部屋の中でもそれほど冷えておらず、まだほかほかと湯気が立っていた。

 クロノスが料理を口に含んでみると野菜と干し肉のうま味があふれ出て飯によくしみ込んでおり味が濃く、第一に噛まなくてもどんどん食べられるのでこれなら赤獣傭兵団の病み上がり団員でも手軽に食べられそうだ。


「…この白いのがスープの出汁を吸い、同時に出汁となってスープに供出されている。風味はかなり変わっているが総合的に見ればとても美味い。これは病みつきになりそうだ。なんの野菜かは知らないが…こんな野菜持ってきていたか?」

「その白いのはマーナガルフさんが倒したアルキノコが落としたキノコを切って入れたの。」

「そういうことか。これなら大金払ってもほしいというのは納得だな。」


 ほかの面子は会話をにこにこと聞いているセーヌ以外食べることに夢中でクロノスとナナミの話を聞いてもいない。イゾルデやアレンも未知の食材を使った料理をいそいそと食べていたし、リリファはもともと食事には貪欲だ。赤獣傭兵団の団員達も病み上がりだというのに我先にと器の中の飯をかっ喰らっていて恥も外聞も捨てて実に冒険者らしい食卓である。しばらく夢中になって皆料理を食べていた。




――――




「さぁて、怪我も治って飯もたらふく食ったことだし…」


 満足のいく食事を終えて腹をさすりったり手で爪楊枝を持ち歯の手入れをしていたマーナガルフと赤獣傭兵団の団員たち。彼らも一度態勢を整えるために地上に帰還するのだろうと思えば…


「マップの攻略を再開するぜ‼」

「「「おおーーーーーー‼」」」

「えぇ!?」


 マーナガルフの叫びにも似た呼び声で赤コートの団員たちはいっせいに叫び返した。なんとマップの攻略をこのまま続けるらしい。それにはナナミも驚きである。


「ちょっとマーナガルフさん‼いいの!?みんな病み上がりみたいなのに?」

「オォン?いいんだよナナミ。それに俺様がもうだいぶうろついていたからもう少し歩き回ればすぐにゴールにつくだろうよ。それなのに戻るなんてめんどくせぇ。無駄にした時間を取り返さなきゃな。さっきの飯で食料はほとんど使ったが携帯食くらいなら残してあるから心配すんな。」

「そういう問題じゃないと思うんだけど…」

「団員の兄ちゃんたちはそれでいいの?」

「んなこと言っても兄貴の言ったことは絶対だからな。逆らったら喉に穴をあけられちまう。」

「それに俺たちもずっと寝てたから帰る前にひと暴れしなきゃつまんねぇ。今すぐ地上に戻るときっと有り余る体力で外の奴らに無駄な喧嘩を売りかねないぜ。」

「それならまぁ…」


 今の今まで寝込んでいた赤コートの団員たちは体力をあまりに余らせてしまっていた。これでは地上に戻って大人しくしているとも思えずまた些細な理由で血をまき散らす大喧嘩を始めてしまうだろう。ならばいっそダンジョン内で体力の発散をしてもらった方がいいのかもしれない。


「オラオラ‼一番槍はどいつだ!?一番多くモンスターを屠った奴は地上に戻ってから回復祝いに娼館貸し切ってそこの主人公にしたらぁ‼この階層までの宝やドロップアイテムがいい金になるからな…あんなプレイやこんなプレイもお手の物だぞ‼」

「俺が行く‼」「一番は俺だ‼」「邪魔だぜヒャッハー‼」

「威勢がいいな俺様のバカな弟たちよ‼こんなに寝かされた礼をこの階層のモンスターたちにくれてやれ‼」

「「「ヒャッハー‼」」」


 彼らはマーナガルフとともに叫びそれぞれの荷物や武器を携えて狭い出口に殺到して赤コートの団員たちは助けてもらったことを忘れずに一人一人がナナミ達に律義に挨拶をしてから次々と通路の向こうへ消えていった。薄暗い通路を警戒なしで突っ切るとは少々強引だが、それが彼らの元気の証なのであろう。


「皆さんお元気ですこと。普通は死にかけたら怖くなって帰りたくなるものでしょうに。」

「冒険者だって死ぬのは怖いさ。しかし中には彼らのように恐怖を振り切るためにより強い刺激と興奮で忘れるというやり方を選ぶ者もいる。それだけのこと…さぁ、俺たちは一度地上に戻るということでいいなイゾルデ嬢?」

「それで結構ですわ。この階層はこのメンバーで安定して歩き回れるほど甘い難易度ではないとわかりましたし、あのシヴァルさんに教えていただいた情報の階層よりも下ですから利はありませんもの。帰ってしばしの休息をとってから準備を整え直してもう一度挑むことにしましょう。」


 シヴァルからの情報によればエリクシールを発見したパーティーの探索していた階層はここよりもう少し上らしい。ならば危険かつ可能性の低いこの階層にいる意味はないだろう。食料や薬の類もマーナガルフたちに大分譲ってしまったし補充をしなくてはいけない。クロノス達は一度地上に帰還することを選択した。


「それではマーナガルフよ。俺たちはこれにて失礼するぜ。君たちも無理しないで危ないと思ったら帰って作戦を立て直せよ。あとロリコンしね。」

「おう。達者でな。あとロリコンはそんなガキばっか連れたお前の方だろ。お前がしね。」

「違いますぅ。たまたま団員にした冒険者が子供だったんですぅ。」

「嘘こけ。まだ経験の浅いのを選んだろうに。ああ、ちょうどいいからお嬢はクロノス達と地上に帰んな。」

「いや‼マー君の監視のお仕事しなきゃだもん。」

「…ケッ、もういい。好きにしろ。死んでも知らねぇからな。あとは…」


 引き返す気などさらさらなさそうな口調で返したコストロッターに軽く舌打ちをして水晶の方に向かうクロノス達を見送っていたマーナガルフだったが、次々と水晶に触れて消えていくナナミ達の後に残ったクロノスを呼び止めた。


「俺様達がなんでここにいるのか…それを知りたいだろう?」

「いや、別にいいよ。どうせあれだろ。エリクシール。」

「それもそうなんだが…風紀薔薇(モラル・ローズ)だ。今の俺様はあの女に嫌々従わされている。あれに聞けば教えてもらえると思うぜ。」

「ディアナ?どうしてあいつの名が…まぁいいか。わかったよ。地上に戻ったら聞いてみるさ。それでは…死ぬなよ‼」

「ギャハハ‼俺様を誰だと思ってやがる?あばよ‼」


 二人のSランク冒険者はまるで夕暮れ時に解散して家に帰る子供のようにしばしの別れをしてクロノスは水晶の方に。マーナガルフは通路の向こうへ一人残らず消えていった子分たちを追って担当のコストロッターとともに向かっていく。


 こうしてイゾルデが引き連れた冒険者のパーティーは一度目の探索を終えて地上に戻っていったのだった。






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