第115話 引き続き迷宮を巡る・二日目(続々続々続・迷宮ダンジョン内二十八層目での出来事)
「はいはいどいてねネズミちゃんっと…」
「キュウウゥゥ‼」
「ギャハハ‼雑魚が…おっと、血も消えてなくなるんだったな。一週間も迷宮都市にいるのにいまだにその法則を覚えらんねぇ。だが武器の手入れをする手間と死体を片付ける手間がないのは地上の人間斬るよりもいいなぁ…むさ苦しいダンジョンは我慢ならんが。帰って風呂に入りたいぜ。」
襲ってきた巨大なネズミのモンスターを爪の一閃で切り伏せたマーナガルフ。彼は爪にこびりついたモンスターの血を癖で舐めとろうとしたが、ここはダンジョンで本体のモンスターが消えてしまえば返り血もまた消えてなくなってしまうことに気づき舐めるのをやめていた。
「君も武器についた返り血を舐める癖はなくなってないな。感染症の危険があるからやめろと再三言われているだろうに。」
「ギャハハ…こりゃ生まれつきの癖なんだよ。ガキの頃から怪我は唾つけて治せって母ちゃんに言われて育ったからな。血も一度舐めるとやめらんねぇぜ。」
「それは自分の血の話だろうに。変な病気をもらうと色町の嬢に相手してもらえないぞ。」
「それは困るなぁ…だがそうなったらそうなったで同じ病持ちの嬢さんとやらせてもらうさ。子分たちの中にも安上がりだし男をえり好みしないそういった女が大好きな奴がいてさ、汗かいてもないのに臭くって…まぁ戦場で血まみれになると誰が臭いのか全然わかんねぇんだが‼ギャヒヒ…‼」
「知ってるか?病気になると酒の味も変わるらしいぞ。病んでさらに飲むようになるのは酒の味がわからなくなるからなんだと。」
「なに!?酒まで飲めないのは困る‼じゃあ今から俺様舐め癖やめま~す‼卒業だオォン‼」
「まったく…ナナミたちも異性は選べよ。間違ってもこんな男に惚れこむんじゃないぞ。」
「いや…さすがに私もこんな人異性として意識できないわ…ワルキューレ薔薇翼の女の人の顔面斬り裂くような人だよ。付き合ってもDVばっかになりそう。」
「だがこんなんがワイルドで好き‼めちゃめちゃにして‼って、物好きでドマゾな町娘も中にはいるからなぁ…世界は広いな。」
冒険者の娯楽三則にして傭兵の娯楽三則である酒を飲む、ギャンブルを打つ、女を買う。そのうちの二つができなくなることを仄めかされ癖を直すとオオカミのような遠吠えをセットでして即座に宣言したマーナガルフだが、癖はやめられないから癖なのだ。どうせ次にモンスターを斬ったら同じようにまた舐めとるのだろうとクロノスはため息をついて話を続けた。
「そんなことよりもそろそろまた休憩にするか?前の休憩から大分たっているぞ。」
「休憩ね…どうすっか。ええと…」
現在はナナミのマーナガルフへの質問の後に行った休憩から二時間ほどが経っている。クロノスに次の休憩をするか尋ねられマーナガルフが後ろを確認してナナミ達の体調を確認した。
「…顔には出てないがまた少し肉体が疲れてきているな。」
「そう?私はまだ平気だけど。」
「ナナミよぉ、それは精神の方がそう思いこんでいるだけだ。実際にはお前さんが思っているよりもかなり疲れてきている。肉体が過度に疲労すると体と心の疲労の認識に齟齬が出るもんだぜ。そうなると客観的な判断の方があてになりやすいもんだ。人間ってのは体を連続で酷使すると回復も遅くなってくるからな。バカの中には心が体より大事っつーのもいるが、健全な肉体ありきの健全な精神だと俺は思うね。」
「なるほど…騎士団での教えとは真逆ですわ‼騎士団長は心の迷いが剣術に出ると申しておりましたの。そういう時は心の迷いが晴れるまで…いえ、考えられなくなるまで剣を振り続けよと。あたくしも何か迷いごとがあるときはただひたすらこのパーフェクト・ローズを振り続けていますわ。」
「(それどっちかっつーと脳筋よりの考えだと思うが。騎士団…やっぱりこのクロノス達の雇い主の女…)」
「マーナガルフさんどうしましたの?」
「…いや、なんでもねぇ。疲労の具合を見るにやっぱり一休みはいるな。急かして台無しになってもしゃあねえし…お、あの小石は…」
イゾルデの正体について考えたマーナガルフが今はやるべきことではないと考えを振り切って、どこで休憩をとるか少し考えていると、そこでマーナガルフが通路の先に転がっていた小石を見つけた。
「よっと…間違いねぇ。これは俺が置いた石だ。」
「ダンジョンは修復機能があるからそういうのは消えちゃうんじゃないの?」
「これはダンジョンに片付けられない特殊な呪いを施した目印用の石なんだ。置き方にもコツがあるんだけどよ。とにかく長時間置いた場所から消えないようになっている。迷宮都市に来てから三日目くらいの時に酒場で知り合った冒険者に教えてもらって専門の店で金を払って作ってもらった。」
「へぇ、そういうのもあるんだ。クロノスさんは知らなかったの?」
「知ってるがあれは無駄に高いからな…マーナガルフのようなダンジョン初心者やよほど慎重なやつしか買わない。買って損はないとは思うけどな。」
「…んだよ。ボッタな品だったのか…まぁ便利だったしいいや。それとちょうどいい。この先に次の部屋があるんだ。そこは結構広くてモンスターも出ないから、またちっと休憩だ。」
それは通路の端に転がっていた小石で特に何の変哲もないものに見えたが、どうやらマーナガルフがマーキングに使ったもののようだ。彼がそれを拾い上げて自分の思っていたものと同じものであったことを確認してポケットにしまってから皆に休憩をとると宣言した。
「休憩だね。おいらまた疲れてきたからちょうどよかったよ。でも…」
「モンスターが出ない…?どういうことだ?小部屋にもモンスターはいるよな…」
「出ようがないんだよ。あそこはな…もちろん通路から入ってくる可能性があるから穴を塞ぐか、そうでなければ見張りを立てる必要はあるがな。」
「…おいマーナガルフよ。それってまさか…大丈夫なんだろうな?」
「安心しろよクロノス。そいつなら俺が前に倒したから、しばらく出てこねぇ。」
「そうか。なら大丈夫だろう。」
「…?」
マーナガルフの言葉で何かの心当たりを見つけたクロノスが彼に安全か念を押すと、マーナガルフは即座に安全を保障した。彼の言うそいつ、が何なのかはよくわからなかったナナミだったが、マーナガルフの答えに満足していたクロノスに安心したことと、休憩の時に何を食べようかで頭の中がいっぱいになったことですぐに気にならなくなった。
――――
「着いたぜ。この部屋からあと何時間か歩くとスタートの部屋にたどり着けるが、先にここで小休憩すっぞ。残りを突っ切る体力を取り戻しておけ。」
「やったー‼ひと休みできる…ってあれ…明るい?」
「ここは…‼」
通路をまっすぐ行った先の十字路を右に曲がり、そこからさらに真っすぐと歩いた先にあった小部屋の入り口となる大穴をくぐってそこへ侵入した一行。彼らの中のクロノスとマーナガルフ以外は小部屋の中を見て驚いていた。
なぜならその小部屋の内部向こうの壁が見えるほどに明るく、そしてとてつもなく広かったからだ。クロノス達が入ってきた穴のある壁から向こうの壁までがおよそ300メートルあり、もはやこれは小部屋などではない。ただの大部屋である。ついでに天井は内側に丸くドーム状になっていて、天辺には半透明で黄色い巨大な結晶が突き刺さっており、それが生み出す光が空間を明るく照らしていたので大部屋は昼間の外のように明るかったわけだ。
「明るい…あの結晶のおかげかな?おっきいなぁ…何メートルあるんだろう?」
「綺麗ですわ…ダンジョンの中にはあのようなものもあるのですね。」
天井の黄色い結晶は原石そのままの武骨な姿だったが、それでも力強く神々しい光はそこから神秘性を生み出していたし、何より皆が確かにそこから何かを感じ取っていたのだ。見惚れるイゾルデ達にクロノスが結晶の正体について教えてくれた。
「あれは雷封石だな。雷属性の魔力をため込む性質を持っていて武器の素材に使えば技や術に雷属性を付与できるし、防具やアクセサリーの素材にすれば雷属性の攻撃に耐性を得ることができる。他には割ると雷の魔力を補充することもできるし、雷属性に関わるいろいろ道具を作れる。セーヌ、君にあげた指輪に使われているのもそれだ。」
そう言ってクロノスはセーヌの指に填められた、以前ダンツが冒険者御用達のアクセサリーショップで作成してもらいクロノスからセーヌにプレゼントした黄色い魔石の指輪を指さしてそう答えた。
「そうなのですね。ダンツさんがおっしゃっておりましたが、指の先の大きさほどでもそれなりに希少で高価な素材であると聞いております。あれだけの大きさならきっとかなりの価値があるのでしょうね。」
「かなりの価値どころか大陸で一年間に供給される雷封石一年分はあるんじゃないのか?もしかしたらそれ以上にあるかもしれないな。」
「すごい‼それならあれを持って帰ればおいら達大金持ちだね‼」
「たしかにそうだが…あんな高いところにあるんじゃ誰も手が届かないだろう。」
「でもクロノス兄ちゃんとマーナガルフさんならあそこまで斬撃を届かせることができるよね?」
「確かに届く。けどなアレン。雷封石は未加工前の原石の状態では乙女の柔和のように非常にデリケートな鉱石でな。石の目に沿って正しい手順で削らないと中の雷の魔力が抜け出てしまうんだ。君の言う通り俺かマーナガルフがあそこまで斬撃を飛ばして欠片を削り取ったとしても、そんな適当な方法で削った欠片に魔力は残らない。」
「そうみたいだな。俺様もここへ来た時に斬撃を飛ばして削ってみたが、落ちるまでに雷が辺りに散らばって落ちてきたのは黄色いただの石ころだった。あれじゃ踏みつけて遊ぶくらいしか用ねぇわな。」
持って帰ろうとうきうきと提案するアレンにやや否定気味に答えるクロノスに、マーナガルフが言葉をかぶせてきた。彼は足元で砂をじゃりじゃりと踏みつけており、そこには石粒や砂に交じって黄色くとがった破片がいくつも転がっていた。おそらくそれはマーナガルフが削った雷封石のなれの果てなのだろう。欠片は天井の透き通っている結晶よりもずっと曇っており光もほとんど発していなかった。
「でも貴重な石って言うんだから魔力が無くて冒険者には使い道がなくてもコレクターとかが欲しがったりするんじゃない?」
「君の価値の無いものに価値を見出そうとする商魂たくましさは見習いたいがな…実は雷封石自体は鉱脈のある山にわりとごろごろ転がっているんだ。だから石自体はそこまで珍しいものではない。あくまで価値は魔力の入った石というところにあるのさ。」
「そうなんだ…残念だなぁ。」
クロノスに雷封石の価値について教えられたアレンは天井で光り輝く巨大結晶を見つめて残念そうにしていた。
「あの水晶もすごいけどさ…この部屋もすっごく広いと思わない?モンスターの家か何かかと思ったけどそれにしては何もいないし…」
「何もいなくはないぜ。あれを守ってる番人がいるのさ。いや、正しくはいた、だが。」
「いた?」
「ここは迷宮ダンジョンの守護者の部屋だ。あの水晶も守護者の守っていたお宝の一つってところだな。ま、お前の言う通り誰も取れないから戦利品にはならなかったが。」
「守護者って…ダンジョンの最深部にいてでっかくて強いやつ?」
「ああ。ただし迷宮ダンジョンの守護者はいろんな階層のいろんなマップに何体もいる。マップの選出がランダムであるがゆえに会えるかもランダムだが、倒すと希少なドロップアイテムを落とし、高価なお宝が保証された宝箱を残す。ただ守護者だからめちゃ強くて逃げる前に全滅なんてことも多いらしいが。」
「でもやっぱりなにもいないけど…」
ナナミが明るく照らされている空間の中をきょろきょろと見渡して守護者の姿を探したが、部屋の中にはナナミ達七人以外には誰もおらず、モンスターの一匹もいない。
「だからいたのは過去の話だって言ってんだろぉがよ。俺様と子分たちで倒したからな。前足が羽になった赤くてでっかいトカゲみたいなモンスターだった。体長は羽を除いて十メートルくらいはあったかな…あんなやつ初めて見たぜ。」
「それってもしかしてドラゴンではありませんの!?」
「いや、ドラゴンは前と後ろの足の四本が基本で羽も背中だ。羽の生えたトカゲ…君の情報をまとめるに赤翼竜かな?翼竜に分類される山や渓谷地帯に棲むモンスターだ。平野で戦いに明け暮れるマーナガルフでは一生縁があるまい。」
「俺だってそっちの方で戦うこともあるぜ。すべてのフィールドが戦地になる可能性はあるんだからよ。だが見たことないのは本当だ。おかげで敵の初動を読めなくて倒すのに手間取っちまった。えらく損害を被っちまった…‼」
空間的理由から誰にもとることができない天井の雷封石の巨大結晶を恨みがましく見つめたマーナガルフは、戦いのことを思い出しながらぽつりぽつりと語りだした。
「奴め俺たちが向こうの入り口から入ってくるなり空を飛んで口から火の玉を吐き出して攻撃してきやがったんだ。それでいきなり五人が大火傷の重傷を負ってやられちまった。攻撃しようにも空中にいるんじゃ攻撃手段は限られるし、ちんたらしている間にやつが空からまた火の玉を吹いてくる。で、子分たちに奴の気を引かせている間に俺様がなんとか地面に引きずりおろして元気のあった子分たちで取り囲ませて羽を徹底的に痛めつけて二度と飛べないようにしてから嬲ってやったぜ。それから歩いて逃げようとしたから今度は両足をぶった斬ってやった。そしたら最後には芋虫みたいに這いずり回るんだもんなぁ。ギャハハ…‼」
「うっわえげつな…背筋が凍りそうになるわ。」
「それは単純にこのマップが寒いからじゃないのか?体を動かしてないとすぐに冷えてくる。焚火を焚こう。」
「それ名案‼じゃあスープ作ったげる‼」
話をしながら部屋の中央の結晶の真下辺りまで来たクロノス達は、そこで休憩の準備をした。このマップは少し冷えるので歩いていないとどんどん体から熱が逃げていく。なんでもくんの中から薪を取り出してナナミが魔術を使って火付けを行い、ごうごうと燃える焚火の真上に水を入れた鍋を設置してそこに調味料や野菜くずや干し肉を適当に入れてあっというまにスープを作りあげていた。
「はいできたよ。ナナミさん特性スープ~超おいしくないギルドの保存食では満足できないあなたへ。ナナミちゃんが愛をこめて送ります~だよ。」
「副題長くないか?」
「そんなのどうだっていいの。大事なのは美味しいかだよ。マーナガルフさんもどうぞ。」
「おおすまねぇな。…なんだコレ?スープが赤土の泥みたいに茶色じゃねえか。何入れたんだ。」
「ミソ。色はちょっと引くかもだけどおいしいよ。」
「まぁ食うものに文句は言えねぇ…お、結構うまいな。ダンジョン内では保存食ばっかだから本格的なのはありがたい。冷えた体に染みるねぇ…ギャハ。」
「おっさんかよ。」
「いいじゃねぇか。俺もあんたもすでにおっさんと言われてもいい年齢だぜ。」
「俺はまだぴちぴちだから。やんぐだから。」
「はいはい…」
「マーナガルフさん早くさっきの話を続けてよ。」
「おお…だが戦いが終わってみれば子分たちは重傷者だらけ。動けるやつで運んで何とかスタート地点に戻ったが、ダンジョンポーションが死にかけの奴何人かに使った分で尽きちまってな。もともとあんまり持ってきてなかったんだ。それまで大けが負った奴も出なかったから甘く見てたな。そんで手当が終わらなくて俺様は単騎でダンジョン突っ走ってダンジョンポーションがないか探してたってわけだ。あれはダンジョンの宝として見つかることもあるらしいからな。…ん。」
「おかわり?はいはいどうぞ。いっぱい食べてね‼」
話すことを終えたマーナガルフがナナミに空になった器を差し出してスープのお代わりを要求してきた。ナナミがそれに応えて鍋のスープを掬って器いっぱいに持って返してやると、彼は黙ってスープを飲むことに集中していた。どうやらかなり気に入ったらしい。
「スタート地点まで戻れたのならそのまま地上に戻って治療してもらえばよかったんじゃないのか?」
「…んぐ、それは地上で治せるレベルの負傷だけだ。ガキ、お前手足がちぎれたり焦げを通り越してデロデロになった大火傷の人間が地上に戻って再び五体満足になれると思うのかよ?」
「手足って…‼それ重体じゃん!?こんなところで悠長にしている場合じゃないでしょ‼はやく行かないと…‼」
「そうでございます‼急ぎましょう‼」
「落ち着けよおっぱいシスター。応急手当で縫い合わせておいたから峠は越えている。」
端で話を聞いていたナナミとセーヌが慌ててすくりと立ち上がって通路に飛び出していこうとしたが、マーナガルフがスープの器を持つ手とは反対の手で彼女のシスター服の袖をつかんで止める。…本当は彼も男として手が滑ったふりをしてセーヌの豊満で、かつ清楚さに似つかわしくないほどに放漫な二つの実りをがしりと掴んで揉みしだきたかったが、クロノスが紅い瞳をぎらぎらと滾らせていたのでやめた。S級冒険者とて怖いものはあるのだ。
「あの…応急手当とはどのような…」
「おそらく止血して針と糸で適当に縫い合わせて申し訳程度にくっつけただけじゃないのか?」
「そんなところだ。」
「えぇ…そんな手が取れちゃったぬいぐるみみたいな感覚でいいの?」
「あくまで応急手当だからな。人間なんて即死で死ななきゃ案外丈夫なもんさ。ま、俺様が一人スタートを離れたのはもう三日も前の話だから今頃傷の痛みにもがき苦しんでいるだろうが…それくらい我慢できないようなら赤獣傭兵団の団員じゃないね。待ってりゃ命が助かるんだからこれしきの試練耐えてみろっつーの。ギャハハ…」
「赤獣傭兵団って随分とスパルタなクランなのね…私は猫亭に拾われてよかった。」
団員達の雑な扱いに若干引いていたナナミだったが、荒くれ者の冒険者。それも傭兵の沼に半分浸かっているいるような輩などそんなものかと、改めて自分の所属するクランのホワイトかつアバウト具合に心から感謝してスープをおかわりしていた。
「でもそんな風に放置したら今頃生きてるかどうかわからないじゃん…」
「そうですわ。苦しみから逃れたいあまり自ら命を絶つやも…」
「俺様の子分にそんな親不孝者いないぜ。ほとんどはまともに親の顔も知らないどころか、親がいるやつも子不幸者なクソ親ばっかりだがな。もちろんいざという時は勝手に地上に戻れとも言ってある。だがそれを真に受けて帰る重傷者のやつはいないだろうな。」
「どうして?体が危ないなら帰るべきじゃ…あっ。」
彼らの拠点はスタート地点の小部屋そのものだ。目の前に水晶があるので帰りたければ帰れるはず。なぜそれをしないのか…スープに乾かしたパンを浸してから齧っていたアレンが咥えていたパンを離しハッとしていた。
「勘がいいなガキンチョ。そのまま地上に戻しても確実に後遺症は残る。冒険者としても傭兵としても…まともな堅気で生きていくのにも厳しいくらいにはな。だからこそダンジョンポーションでダンジョンにいるうちに治したかったんだ。別の階層のマップでかち合ったパーティーの重傷者が使われていたのを見たがありゃすげぇな。いったいどんな仕組みなんだか…おっと、そういやお前らダンジョンポーション何本持ってるんだ?一本二本じゃたりねぇぞ。」
「大丈夫。なんでもくんの中に俺達の人数の倍…十二本ある。こっちには雇い主がいるからな。大事には念を入れて過剰に持ってきた。」
「なら十分だ。五本あれば足りるからな。そのナントカってのいいなぁ…俺らも借りるか誰かからパクれたらよかったんだが、ギルドでも全部出払っていて貸し出しの空きは無いし、持ってるやつもなくしたらギルドに土に埋められるとか言ってどんだけおねがいしても泣いて手放さなかったから、結局子分たちに荷物持ちさせてたんだよ。おかげでダンジョンに挑戦してから今日までずっと運び人とかいう怪しい浮浪児雇い続けるハメになった。そいつも赤翼竜と戦ってる間に見切りをつけて荷物をいくつかパクって地上に逃げちまうし…まぁ顔は覚えたから地上で見つけたら荷物の代金利子付けて返してもらうがな。」
「運び人にまで逃げられるとはついてない。やはりあんな連中雇うべきではないな。」
「でもなんでもくん借りられなかったからって他の人からカツアゲって…羅生門すぎるわ…」
「ラショーモン?なんのことだかわかんねぇが、しょせん冒険者も傭兵も弱肉強食なんだよ。弱者はこのスープの肉みたいに食われちまえってな‼」
マーナガルフはクロノスからダンジョンポーションの本数を教えられ顔には出さないが安心していた。そしてスープの中のごろごろとした大きな干し肉を口に含んで噛み砕いていた。
「それにしても今の迷宮都市でよくそんなにダンジョンポーション買えたな?値段はボッタだし購入制限かかってただろうに。ウチらなんてギルドの支店に俺様直々に数を買わせろと言いに行っても、決まったことですからの一点張りだったぜ。」
ダンジョンポーションはもともとかなり高価な道具なのであまり多く買うことはできない。更に今は迷宮都市に多くの挑戦者が押し寄せてきているので値段も倍近くに跳ね上がっている。特にダンジョンでの薬ということでダンジョンに関する知識の持ち合わせが少ないどこぞの国の騎士や傭兵なんかが雇い主の金持ちの力を借りて安全をとって買い占めてしまったらしい。
そのため一つのパーティーがダンジョンに持ち込める数も最大でもパーティーの人数の半分程度が限界だそうだ。そもそもダンジョンポーションが必要なくらいの重傷者が出たら自分たちの実力がダンジョンの難易度が見合ってないか今日は運が非常に悪いということなので、怪我人を治してさっさと帰るのが冒険者の常識であるためそこまで多く買う必要はないのだが。
「言っただろう?俺たちのクランの拠点はミツユースだ。そこでは特に高騰していなかった。…今頃はどうかもわからんが。」
「ミツユースか…なんでも手に入る流通都市。この件が片付いたら酒と武器を見に寄ってみるのも悪かないかねぇ。水商売の嬢もあちこちからイイのが来てそうだ。ここがどれくらいの長丁場になるかわからんが手に入れた魔貨を換金して…お‼」
スープの三杯目を胃に収めながらあれこれ考えていたマーナガルフだったが、突然顔を上に向けて鼻をひくつかせると表情が変わっていた。まるでそれは何かを待っていたような喜びを含んだもので、それから彼が顔を横に向けたのでクロノス以外の皆が同じようにそちらを向けばそこにいたのは…
「「「グルルル…‼」」」
「モンスター!?こんなところにまで…今休憩タイムなのに…‼」
そこにいたのは三匹の白い体毛の野犬のようなモンスターだった。どうやらクロノス達が入ってきたのとは反対の方向、つまりスタート地点へ続く通路の方から部屋に侵入してきたらしい。
「オウオウ、美味い飯の匂いに釣られてやって来たな雑魚っちゃんども‼残さず刈っていても三日も空けたらそりゃ新しいのが生まれるよな。この先の通路は狭くて戦いづらいからな。ここで残らず叩いてやるぜ‼」
「マーナガルフ。君はそのために休憩を認めたんだな。」
「ギャハハ…そりゃあな。あっちで戦うのは面倒だからな。よしナナミ、ごっそさん。美味かったぜ‼」
マーナガルフはすっかり空になった器をスプーン付きでナナミに投げるように返すと、グローブの鍵爪を光らせてこちらに走ってくるモンスターたちに向っていった。
「マーナガルフさんに一人で戦わせていいの?」
「ん…そうだな。腹ごなしのひと運動か。これで最後だろうから粉骨砕身働くとしよう。君たちはここでゆっくり休んでいな。暇なら俺とマー君の戦いをよく観察して今後の参考にするといい。じゃあ行ってくる。」
ナナミ達に待機を命令してクロノスはなんでもくんの中から残り少なくなった剣を一本取りだしてマーナガルフと同じ方に向っていった。