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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第11話 冒険者、供に(団員候補を追い回しましょう)

「ハァ、ハァ…まったく、どうしてこんなことに…!!」


 暗黒通りの浮浪児、ファリスは全力疾走していた。ただしファリスが走っているのは道ではなく、建物の屋根の上であった。


 流通都市ミツユースは都市の人口密度の高さでも有名であり、そこに住む多くの住人に住処を提供するために効率を重視した住居の建築が重視されている。その並びは土地を余らすことなく行われており、空から見れば四角い建物がきれいに並んでいるように見える。それにより連なった建物の屋根を走るのは盗賊の素質を持つファリスにとってはお手の物である。なぜファリスがわざわざ屋根を疾走しているかと思えば、その原因はファリスの駆ける少し後ろを、同じく全力疾走する男にあった。


「おーい、ファリス!!冒険者になって猫亭に入ってくれよー!!」


 大声でファリスに呼びかける男は皆さまご存じ猫亭のクランリーダー、クロノスである。彼は猫亭を飛び出した後、街をうろついていたファリスを発見して声をかけ、ファリスに仲間になるようしつこく懇願した。ファリスはそれに同意することなく、あまりにしつこいので屋根伝いに逃げることにしたのだ。


「だぁぁぁ!!しつこいぞ!!オレは冒険者になんかならないって!!」


 クロノスの呼びかけに断りを入れるファリス。このやりとりも何回目になるだろうか。時々屋根の傷んでいるところから瓦を拝借し、後ろを振り向きそれを投げつける。が、クロノスにそれが直撃してもなぜか彼は何事もなく走り続ける。


「危ねぇじゃねぇか!!下に落ちて誰かに当たったらどうするつもりだ!?」


 さらにクロノスが心配したのは瓦が直撃した自分ではなく屋根の下を歩く住人たちだった。どうなってるんだこいつ。悪夢なら早く覚めてくれ。


「追っかけてる途中で思い出したけど、お前そういや前に冒険者になりたいって言ってたじゃないか。足を洗って冒険者になろうぜ。冒険はいいぞ。」


 いつのまにやらファリスの真横にクロノスは並走していた。大人と子供とはいえ体力に自信のあったファリスであったが、そのことには驚いた。


「あれは物のはずみだっつーの!!だいたいオレは聞いてないぞ!?お前のS級がそれほどの称号だったなんて!!」


 ファリスは自分の父、ファーレンが存命だったころ。彼にクロノスを紹介されていた。その時に名乗ったS級冒険者という肩書にファリスは当初勘違いしていた。

「(S級かー。ってことはR級の次?なら大したことねーな。)」

 ファリスのした勘違い。それはS級がR級の次、つまりファリスの考える最上位の称号A級から数えてかなり下のランクだと思っていたのだ。もちろん実際のギルドの冒険者評価は異なり、S級はA級の上。最上位の称号ということになっている。そもそもRランクなど端から存在しない。その時のこともありファーレンに馴れ馴れしくしていたクロノスに、少々失礼な態度で接していたのだ。表の通りにアイスを買いにパシリをさせたことなど優しいもので、ひどいときにはある日訪ねてきたクロノスの顔に下水道で捕まえた汚水を吸って臭いにおいのするスライムを投げつけたこともあった。

 そんなことが続いたある時のこと。ファリスがギルドの冒険者ランクについて自分の認識が誤っていたことを偶然知ると、クロノスのSランクと言うのがいかにすごい称号か、そしてクロノスがどれほど怒らせてはいけない人間だったことに気付き戦慄したのだった。

 正直な所ファリスはクロノスのことをナナミが評価したほど嫌ってはいない。むしろある程度好いていたが、尖った態度で接しているのは単純に、クロノスが当時のことをどう思っていたか知るのが怖いだけなのだ。


「とにかく逃げ続けて暗黒通りの領域に…っと、行き止まりか…!!」


 そんなこんなで屋根の上で追いかけっこを続ける二人だったが、その終焉は不意に訪れる。通りに並んだ建物が途切れ、当然上の屋根もなくなっている。遠くには自由市の横断幕が掲げられているのが見え、どうやら港近くの倉庫街に出てしまったらしい。

 ファリスは行き止まりになっていることに気付き、周りに下りるところが無いか探すが、それが無いことを知るとクロノスと向かい合い、懐からナイフを2本取出し両手に構える。


「警告だ。あんまりしつこいと、実力行使だぞ。」


 警告することでクロノスに少しは脅しになるだろうかと、儚い希望を抱くファリスだったが、すぐにそれは打ち砕かれる。


「え?実力を見せてやるって?いいぜ。構えてやるよ。」


 それだけ言うとクロノスは腰に下げた剣を鞘ごと外し、それを持ち迎撃の体勢をとった。どうやらクロノスは大きな勘違いをしているようだった。


「もういい、喰らえッ「双刃剣ツイン・エッジ」!!」

 ファリスが2つの短剣でクロノスに斬りかかる。クロノスは剣の鞘でそのうちの1本を受け止めるが、その隙に2本目の斬撃がクロノスの左腕を襲った。咄嗟に左腕を引くクロノスだったが、左腕の袖口が大きく切れている。それを見て、どうやら掠っただけで肉体にダメージは無いようだとファリスは推測した。


「なかなかやるな。それにその技、冒険者の技だな。どこで覚えたのか知らないけど、なんだ、やっぱり冒険者に憧れていたんだな。」

「うるさい!!次は肉を斬ってやる。」

「いや、肉はきちんと切れたぜ。…ただ、お前の得物が耐えられなかったようだが。」


 クロノスの言葉を挑発と受け取り、構えを解かないファリスだったが、ふとクロノスの左腕を見れば、少しであるが血を流れているのを発見した。そして片目で彼を斬った右手に持つナイフの刃を見れば、その刃は大きく刃毀れしていた。


「なっ…!!何を仕込んだ!?」

「別に。そっちの武器がナマクラだったってだけだろ?それより、新しい武器に変えた方がいいぞ?それだともう斬れない。」

「くっ、うるさい!!お前如きこれで充分だ。」


 クロノスに噛み付くように吠えるファリスだったが、それは虚勢であると自覚はあった。ファリスはクロノスの言うとおり武器の取り換えをしたかったが、それはできない。ファリスが所持するナイフはいずれもゴミ捨て場で拾ったものを手直ししたり、金物屋の処分品を引き取ったりしたものだ。浮浪児で金もないファリスはまともな武器を買うことができないし、満足な砥ぎの技術を持たないファリスではほとんどの場合ナイフは使い捨てであり、次に持ち越したものも錆や刃毀れは目立つ。クロノスに壊された物はファリスが今所有するナイフの中で最も切れ味があった物であり、それをダメにされた今、何度取り替えたところで無駄になるだけだろう。


「悲しいな。技術はあるのに浮浪児と言う立場のせいで、それを上手く活かせないでいる。猫亭に入ったら、業物をひとつ進呈するけど?」

「結構だ!!オレは意地でも冒険者なんかにならないぞ!!」

「なんでそこまで冒険者が嫌なんだ?何か理由でも…」


 冒険者を嫌う理由があるのか?クロノスがそう尋ねようとしたところで、戦闘は終わりを迎える。クロノスとファリスが立つ間の屋根が、突然爆発したのだ。


「ぐあッ!!」

「ファリス!!」


爆発の衝撃から身を守るクロノスとファリスだったが、子供で体重の軽いファリスは爆風で吹き飛ばされ、屋根から転げ落ちてしまう。助けに入るために屋根から飛び降りようとしたクロノスだったが、目の前に投げ斧が突き刺さり、驚いて後ろに飛び退いてしまった。


「誰だ!?」


 クロノスは投げ斧が飛んできた方向に振り向き、大きな声で誰何した。そこにいたのは漆黒のローブを頭からかぶった人間だった。


「…」

「男か女かわかんねぇから、顔を見せてもらえると助かるな。」


 クロノスは何も言わない漆黒のローブを着た者に正体を見せるよう要求した。私からも要求したい。このまま男か女かわからないまま話が進めば、私はいちいちこいつのことを漆黒のローブを着た男か女かわからないヤツと書かなくてはいけないのだ。それは大変に面倒くさい。


 私とクロノスの願いが通じたのか、そいつは頭にかぶる外套を脱ぎ去り、クロノスに正体を見せた。外套の中身は一人の銀髪の男だった。


「我が領域で屋根伝いに騒いでいる2人組がいると聞いて、何の冗談かと駆けつけてみれば…それがお前ならばなるほど納得だな。」

「ジム…お前か。」


 男の正体にクロノスは見覚えがあった。男の名はジム・イーガランド。かつては冒険者ギルドでA級冒険者をやっていたこともあるほどの実力者であり、冒険者時代の彼は左手のグローブに仕込んだ魔石から放たれる爆裂魔法で敵をかく乱し、右手の手投げ斧で斬りつける戦法を得意とした、職業「魔法戦士マギカ・ウォーリア」の冒険者であった。彼は「破道爆斧はどうばくふ」のジムというそれはかっこいい二つ名を持っており、冒険者を辞めた現在でもその二つ名は恐れられていて、現在は冒険者時代に得た技術で暗黒街の治安を守護する監視員として目覚ましい活躍をしていると聞く。


「しまった…ファリスを追うのに夢中になりすぎて、いつのまにか屋根伝いに暗黒通りの領域に入ってしまったか。むやみに入るなってファーレンさんと約束していたのになー…あ、それよりもファリス!!」


 クロノスはファリスの存在を思い出し落下した場所を確認するが、そこにファリスの姿は無かった。もしや海に落ちてしまったかと想像を悪い方へと働かせたが、そこにジムが割って入ってきた。


「あの子どもか?なら心配するな、反対側のゴミ捨て場の方に投げておいた。あの辺は生ごみの捨て場だから重傷にはならないだろう。さて…」


 クロノスの隣に立ったジムは、クロノスに投げ斧を突きつけた。


「何しにここへ入ってきた。…まさか屋根の上ならお咎めは無いと思ったか?」

「いやー、そちらに用は全くないんだけど…入ったのも偶然で…」

「嘘をつくな!!仮に嘘だったとしても、それがお前なら許されないのだ!!」


 わかるだろう?とジムは投げ斧の刃が無い方でポンポンとクロノスの肩を叩いた。


 クロノスは暗黒通りには入れない。それは何も物理的な意味ではなく、暗黒通りに存在する裏組織のパワーバランスの問題のせいである。裏組織は普段から闇の頂点を目指すべく日々しのぎを削っているが、それでも同業者との無意味な確執を避けるために暗黒通りに喧嘩御法度の令を敷いている。そんな中で竜をも一撃で倒せるS級冒険者であるクロノスの存在は、たとえ本人に誰かに付く意思がなくとも、それは無視できるものではない。とはいえクロノスも一応表の人間。堅気と筋者の境界線をきっちり立てている暗黒通りの住人はクロノスに下手に手を出すことはできない。そうなれば今度は表の機関が大義を得たりと、こぞって暗黒通りの裏組織を潰しにかかるだろう。そんなわけでとある組織の大幹部でファリスの実の父親である今は亡きファーレンはクロノスに接触し、彼が暗黒通りに侵入しないという約束を恩を売る形で取り付けていた。


「まさかファーレンさんが死んだからって、約束は無効とか言い出すんじゃねえだろうな?今はデビルズとかいうガキのグループがバカやって暗黒通りが騒がしいんだ。すぐにでも警備隊がそいつらの捕縛のために入ってくるというし…まさかゴタゴタに付け込んで幹部の誰かの首でも取る気…おい、聞いているのか!?」


 話に夢中になるジムだったが、クロノスが屋根から降りようとしてるのを見て慌てて止めた。クロノスは誤解なんだけどなーと呟くと、ジムの前に立った。

  

「いやまぁ、気付かなかったとはいえ勝手に入ったのは謝るよ。」

「バッカ。謝って済む話じゃねえんだぞ。既にゴタゴタを恐れて暗黒通りから逃げ出そうとしている奴らも出ている。ここはミツユースの悪党がよそで悪さをしないように閉じ込めておく役割もあるの!!」

「そんなことより、いいのか?お前が突き落とした子供…ファーレンさんの子のリリファだぞ?」

「そんなことよりってなんだコラ。俺はせっかくA級冒険者辞めてまでファーレンさんの意思を…って、ええ!?」


 ジムはクロノスの言葉で大変驚いていた。このジムと言う男、何かは知らないが亡きファーレンにクロノス以上に大恩があるらしく、ファーレン絡みのことになると何も見えなくなるくらいだ。知らなかったとはいえファーレンの子を奈落に突き落としたとあっては落ち込んで向こう一月は仕事も真面目にできないだろう。普段は監視員として優秀なのになんとも繊細な男である。


「やーちゃったやっちゃった。ジムくんがーりーりふぁちゃんをー奈落の底に突き落とした。さぁ大変大変大変だー。」

「どどどどっどどっどどうしよう…あれがリリファちゃんだなんて知らなかったんだ許してくれゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイあ…ファーレンさんマジスンマセン!!リリファちゃんそっちに送っちまいましたあわわわわわわわ…」


 先ほどの態度はどこへやら、ジムはすっかり弱気になってそれをクロノスにからかわれていた。それからしばらくその光景を楽しんだクロノスだったが、埒が明かないしそろそろ飽きてきたという理由でジムを平静に戻すことにした。


「まーきっと大丈夫っだって。俺これからあいつが無事か見てくるから。それでちょっと暗黒通りに入っちゃうけど、監視員の君にオッケー貰いたいな。」

「…好きにしろ。どの道俺はリリファちゃんに合わせる顔がねぇ。会ったら代わりに謝っておいてくれ。ただ今日の暗黒通りはマジでカオスだぞ。あんまり派手に動くなよ?」


 監視委員であるジムにお墨付きを貰えたので、クロノスはファリスを探しに暗黒通りの中へ入ることにした。もちろんファリスの無事を確認するためであるが、まだファリスを冒険者にすることを諦めてはいないのだ。ここで帰っては男が廃る。


「じゃあちょっと行ってくるわ。」

「そんな買いものに行ってくる感覚で暗黒通りに入る堅気は、俺が監視員になってから5年の間にお前が初めてだよ。ところでなんでまたリリファちゃんを追っかけているんだ?」


 やばいもんでも盗んで追われているのか?とジムが尋ねるが、そこにクロノスの姿は既に無かった。どこに行ったのかとジムが周りを見渡せば、クロノスが倉庫街を暗黒通りに向かって走っていくのが見えた。どうやらジムが話している間に屋根から飛び降りたらしい。立っていた倉庫の屋根から地面まで10メートルはある。こんなところを物ともせずに躊躇なく飛び降りる辺りが実にS級冒険者らしいと、ジムは見えなくなるクロノスを見送った。


「さーて、上にどう言い訳するかな?それとファーレンさんすみません。リリファちゃんを終止符打ちの魔の手から逃がせませんでした。でも、あいつ意外と良い所もあって多分リリファちゃんは大丈夫…かは怪しいけど、悪いことにはならんでしょう。」


 そう言ってジムは空を見上げ、彼方にいる恩師へ報告した。


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