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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第109話 引き続き迷宮を巡る・二日目(続・迷宮ダンジョン内六層目での出来事)



「…着いたよ。ここがこの階層のスタート地点だ。」

「そのようだな。ここまでくればモンスターの危険はないか…みんな楽にしていいぞ。」


 少年冒険者トーンとグロットの二人に案内してもらい、この階層のスタート地点へと移動したクロノス達。もちろん二人の仲間の遺体と大小二つの宝箱も一緒だ。それらのうち宝箱はグロットとトーンが持ち(特に重くて大きな方の宝箱を一人で持つトーンは苦しげに見えたが、手伝うと言ったクロノス達の申し出を断り威嚇して誰にも触らせようとしなかった)仲間の遺体に関してはクロノスが両の肩に担ぎ上げて一人で運んできた。


 そんなことしなくても両方なんでもくんの中に入れて運べばいいと言うかもしれないが、実はなんでもくんは人間の死体とダンジョンで見つけた開けていない宝箱はなぜか入れることができない。そのためダンジョン内でパーティー内に死人が出た時や道中で見つけた時は、金目の装備と冒険者のライセンスを回収して遺体から髪や指を切りおとし、後はその場に置いていくというのがスタンダードなやり方だ。ライセンスやその他本人確認ができそうなものを回収して地上のギルドに提出すれば冒険者の死亡確認の手間賃と持って帰った装備等をもらえるので冒険者は見つけた死体を放置することは少ない。中には悪用してダンジョン内で同業者を手に掛けて死んでいたのを見つけたことにする悪党もいるが。


 クロノスもトーンとグロットの仲間の死体に関しては持ち運ぶのを諦めて、上述のスタンダードな方法を選択しようとしたが、それをすることをトーンとグロットの二人が断固として認めなかったのである。置いていくのなら自分達が無理にでも運ぶと言って聞かなかったので、仕方なくクロノスがなんでもくんからミツユースで買った新品の清潔な毛布に死んだ二人を包んで担ぎ上げて運んできた。宝箱の方も開けるのなら安全なところがいいし、何より今開けてはならぬ理由があるとのことでその場では開けなかった。


「わざわざ運んでくれてありがとう。おかげで助かったよ。」

「気にするな。この中で成人の体を運べる奴なんて俺くらいだし、仲間に死体を運ばせても縁起が悪い。消去法でそうなったまでのことだ。それに、こいつらを運ばないと君達も動いてくれなかっただろ?…ここでいいか?よいしょっと…」


 丁寧に礼を述べるグロットにそう答えてクロノスは布に包まれた二人の遺体をそっと冷たい地面に置いた。他の仲間を見れば張りつめていた気が抜けたのか各々自由にくつろいでいた。


「ふぅ~やっと一息。ここがゴールならもっとよかったけどね。」

「ナナミさん…ご気分はいかがですか?」

「ありがとうセーヌさん。でも大丈夫。死体は見慣れてるわけじゃないけど旅の間にこれまで何度も見たし。アレン君とリリファちゃんは平気?」

「うん。前にトロルに荒らされたもっとひどいのを見ちゃったからね。それのせいか不思議と落ち着けてる。」

「裏町では毎日のように死人が出ていたからな。犯されたり斬り刻まれたのも珍しくないし、今更死体の一つや二つ…どうということはない。」

「わ~お…最近の子供は強いね。」


 最近の子供の精神の強さに絶句するナナミに、お前も子供だろうと二人がツッコミを入れたが、ナナミは「こっち基準だと十六は立派な成人だから私はイイ大人のせくちーお姉さんだから」と茶化していた。


「三人とも平気ならいいさ。太い子供達だぜ「私は大人!!あだるてぃー!!」…はいはいレディレディ。それよりもセーヌはもう調子はいいのか?見たところもう何ともなさそうだが。」

「はい。落とし穴から落ちてからすぐに戻って…ご迷惑をおかけしました。」

「元に戻ったならいいさ。さて、それでは何があって今に至るのかを教えてもらいたいが…」


 道中モンスターへの警戒を続けていたため張りつめていた気を楽にしてそれぞれが武器を降ろして、転がっていた適当な石に腰を掛けた。そして何があったのか知りたいクロノスに、ナナミがこの階層に着いてからのこれまでの経緯を説明しだした。


「落とし穴から落ちてすぐに頭上からおっきなコウモリがいっぱい襲ってきたから、部屋から出て安全にクロノスさんを待てる場所を探していたの。そしたら通りかかった道で五匹くらいの蛇みたいな頭の二足歩行のモンスターに囲まれて大変そうな冒険者パーティーがいたんだ。それがトーン君たち。はいこれそいつらの魔貨。」

「これは…たぶん「妖陀人(スネイクマン)」の魔貨だな。」

「げ…人…?」

「人とは言うが理性もへったくれもない完全なモンスターだ。こいつが生息する土地では人喰い蛇(マンイータースネイク)なんてのもいるからそれと差別化するためにそういう名前になったらしい。あっちは巨大な蛇のモンスターだが。」


 ナナミが手渡してきた緑色に外形に黒いギザギザが付いた魔貨を見つめて、襲っていたモンスターに当たりを付けていた。


「それで続きは?」

「うん。それで様子を覗ってからと思ったんだけどあっちのパーティーは二人が既に倒れていてトーン君とグロット君も傷だらけで危ないからすぐに助けようってイゾルデさんに言われて、彼らに声を掛ける間もなく飛び出して加勢したんだけど…元に戻っていたセーヌさんが一人で全部倒しちゃった。」

「病み上がりで元気だな。」

「うう…仮病のふりをしていたみたいで申し訳ございません…ですが早く敵を殲滅して倒れた方の手当てをせねばとつい気持ちが高ぶってしまい…」

「具合が悪かったのはホントなんだから気にしないで。すごかったんだよ?あいつらセーヌさんの電撃があんまり効いていなかったみたいだったんだけど、セーヌさんそれを見てすぐにあいつらが持っていた竹槍みたいな木でできた武器に電気を流して電熱で炎を生み出してそれで燃やして倒しちゃったんだから。最後には消し炭みたいになっていたよ。」

「器用だな。だが雷が効きにくい相手に咄嗟に別の攻撃を出せたのはいい判断だと思うぜ。」

「それで倒した後で倒れている二人…プーハさんとネクシさんって名前ね。二人をセーヌさんが治癒魔術で治そうとしたんだけど効かなくて、それからダンジョンポーションの方で治そうとしたんだけど…」

「そっちも効かなかったと。」

「…うん。そこで薄々死んでいるってみんな気付いていたけど、トーン君とグロット君の前でそれを言っても酷かなって。それでその…現実から目を逸らしてまずはトーン君達の手当てをしました。そしてこれからどうするのって時に突然壁が爆発したと思ったら…」

「それが俺だったと。」

「そういう訳です。それじゃ二人に挨拶してもらおうかな?おーい…」


 事の経緯をクロノスとの合流の時まで説明したナナミは、次に離れたところで死体と宝箱を置いて黙っていたトーンとグロットを呼び寄せた。

 

「この人がウチのリーダーさん。別行動中だったけど上手く合流できたよ。お互いに自己紹介してくれないかな?」

「わかったよナナミさん。では改めて…俺はグロット。見ての通り冒険者だよ。それでこっちが…」

「…トーン。」


 グロットは友好的に、トーンは向こうを向いて目線だけをこちらに移してぶっきらぼうにクロノスに名を名乗った。震える声で怒りとも悲しみとも取れる声のトーン。そしてグロットの方は落ち着きを見せていたが膝の上の量の拳はぶるぶると震えており、おそらく黙ることで落ち着こうとしているトーンとは対照に積極的に話すことで平静を保っているのだろう。


「ごめんよ。仲間を失ったばかりだから…トーンの態度に関しては許してほしい。」

「それは気にしない。仲間を失うのは辛いだろう。」

「そう言ってもらえるとありがたいね。正直俺も混乱していて…」

「仲間の死をすぐに受け入れろと言うのは厳しいだろうし気にするな。自己紹介もどうも。俺はクロノスだ。こいつらが説明してくれていたかもしれないがこっちのパーティーのリーダーってことになる。そちらのお嬢さんだけは俺達を今雇ってダンジョンで探し物している俺らの客人だな。」


 二人に自己紹介してもらったクロノスは自分のことも話して水筒の水を飲んでいたイゾルデを雇い主だとついでに紹介をした。


「…ふん。随分がめついとは思ったけど、やっぱり客だったのか。ダンジョンの中にまで着いてくるとかどんだけ強欲なんだよ。」

「なんですって!!元はといえばあなたが素直に宝を渡さないからではないですか!!」

「よせってトーン!!」

「イゾルデさんも落ち着いて!!どうどう…!!」


 喧嘩腰に呟くトーンにイゾルデが食って掛かったので、トーンとアレンがそれぞれ仲間を抑えていた。抑えられる二人とイゾルデが言った宝箱というワードで、クロノスは喧嘩の原因を察した。


「ふむ。君達から何故言い争いをしていたのかを聞くつもりだったが…今ので経緯はわかった。モンスターが落とした宝の取り分で揉めたんだろう?」

「その通りだよ。セーヌさんが妖陀人(スネイクマン)を倒した時にそいつらが消えた後でそこにある二つの宝箱を落としたんだ。それの所有権で揉めちゃって。」

「助けたんだから宝箱を分けてもらうってのには私達も賛成なんだけど…」

「当然ですの。あたくし達が手助けしなければ二人はモンスターに殺されていましたわ。ならば助命の謝礼としてこの宝箱の中身を頂く権利があたくし達にはありますの。」

「そっちの言い分の通りさ。確かに助けてくれた人に礼の一つないのは示しがつかないよね。でも…トーンの奴が納得できないらしいんだ。」

「当たり前だろ!!この宝は俺達が手に入れた物だ!!どっちもやるもんかよ。中身を売って死んだプーハさんとネクシさんの故郷に送ってやらなきゃ気が済まない。」


 トーンが宝を譲れない理由を説明してくれた。


「プーハさんとネクシさんは俺達が冒険者になり立てで右も左もわからない新人の時からわざわざパーティー組んでいろいろ教えてくれたんだ。…二人は貧しい村の出身でさ。冒険者やって得た金を故郷に仕送りしてたんだ。あっちもそれをあてにして生活しているからせめて今年の分だけでも送っておかないと、冬には全員飢え死にしちまう。」

「悪いんだけど今となってはトーンは俺の唯一の仲間だ。だからこいつが納得できないのなら俺はそれに賛同させてもらう。…正直俺とトーンの二人でベテランのプーハさんとネクシさんの分の稼ぎを賄うのは厳しい。パーティーを他の奴と組み直すにしても時間がかかるし…その宝でまとまったお金を手に入れておきたいんだ。」

「ふむ…事情はわかった。」


 全員から話を聞き終えたクロノスは目を閉じて顎に手を当てて考える仕草をして一分ほど黙る。それから目を開いた。


「モンスターを倒したのはナナミ達だ。だがそれまで戦っていたのはトーン達。つまり…悪い言い方をすれば、君達はトーン達のパーティーから獲物を横取りした形になるな。」

「でも私達が援護に入らなければ二人も…」

「それはわかる。君達は助けずにはいられないだろう。それは仕方ない。」


 クロノスは実際の状況を直接見ていないが、ナナミ達が加勢しなければおそらくトーン達も死んだプーハとネクシの仲間入りをしてパーティー全滅していただろう。戦いに加わらず見殺しにしろとはかなりの酷な話である。


「しかしその行為は人間としては正しくても冒険者としては少々問題がある。緊急時とはいえナナミ達は戦っている最中のトーン達に加勢の提案をせずに勝手に突っ込んでしまった。それは頂けない。君達が行ったのは冒険者の禁忌(タブー)の一つ…獲物の横取り行為に抵触するとも言えるからだ。」

「でも危なかったんだよ?声を掛ける暇も無かった。それでもいけないの?」

「だがそこで一声かけないのはまずかった。緊急だからと無許可で獲物を代わって倒すのがありなら、冒険者は明日から皆他のパーティーの倒しかけのモンスターを狙うことになるな。」


 クロノスの言うとおりである。モンスターの落とした魔貨や素材、それに宝箱等のドロップアイテムの所有権はモンスターを倒した冒険者とその仲間にある。例え倒した者の前に戦いをしていた者がいてもそのお零れに(あやか)れるかは、事前の取り決めによるものだ。なのでこの場合トーン達に一声かけて必ず事前の加勢の許可と取り分の確約を決めておくべきだったのだ。それがたとえどんなに余裕がなく、トーン達の生命にかかわる場合があったとしてもだ。

 

 そして倒した者にモンスターの落とした物の所有権があるのなら、他の冒険者とモンスターの戦いに割り込み倒れかけのモンスターに止めを刺すのが最も効率がいいだろう。そんなことになれば獲物の横取りを狙う冒険者だらけになるし、真っ当にモンスターと戦いたがる冒険者はバカを見ることになるので一人もいなくなってしまうだろう。


「だからそうならないためにギルドでは他の冒険者がモンスターと戦っているときに加勢する場合は、必ず戦っている人間に許可を求めることを決めている。仮に戦っている冒険者が欲張ったり意地を張ったりして加勢を拒絶するかもしれないが、そうなったら自己責任だ。それで全滅したのならその後で戦えばいい。」

「現場での加勢なんて余裕がなさそうなものなのに随分と形式染みているのですね。」

「イゾルデ嬢。君の言うとおり確かにお堅い取り決めだと思うぜ。だがモンスターの落とした物は冒険者にとって大切な収入源だ。所在をはっきりさせなければ奪い合いで血を見ることにも繋がる。助けた助けられたなんて言っていたらいつまでも決まらない。だからギルドがはっきりとそう取り決めてくれているのさ。」

「ふん。そういうわけだ。だからこの宝は…」

「…だがそうもいかない。」


 以外にもこちらの味方をしてくれたクロノスに、やはりこの宝箱は俺達の物であるとトーンが宣言しようとすると、そこでクロノスは待ったをかけた。


「君達…トーン達は戦いの陣形を維持するのに必要不可欠な二人を既に失い、残る二人も満身創痍。ナナミ達が来なければ仲良く死んで全滅だったのは確実だろう。つまり…モンスターを倒せず死ぬはずだったのだからそもそも宝も手に入らなかった。」


 今回の件ではトーンとグロットは戦力の半分を失い、自分達も劣勢だった。別に自殺願望があるわけでもないしナナミ達が先に支援を提案していても諸手を挙げて求めたであろう。


「冒険者の間の決め事に置いてはこちらは分が悪い。しかし君達はどの道支援を求めざるを得なかった。ならば、やはりいくらかはこちらに譲るべきだ。」

「ぐぅ…!!」

「クロノスさんはどっちの味方なのさ?」

「そりゃあ君、俺は今はイゾルデ嬢に雇われの身だぜ?どっちかと聞かれたらこっち側だろうな。しかしだ。俺の冒険者としてのポリシーを考えると、仲間を失っても強く己を保ち、挙句死んだ仲間の故郷に金を送ってやりたいと言うトーンとグロットの応援もしてやりたいと言うのも事実。だからここは公平に立場を持たせてもらう。もちろんイゾルデにこちらの味方をしなさいと言われたらそれまでだが。」

「…いえ、あたくし冒険者の流儀には無知ですのでここはあなたの意見を尊重しましょう。」

「冷静だな?さっきまで奪い合いの喧嘩をしていたのに。」

「さっきは宝箱の中身があたくしの求める品であるかもしれないとの焦りと恩知らずな冒険者の態度につい立腹してしまっただけですわ。よくよく考えてみればお仲間を失った後で気が立っているのはむしろ当然ですの。こちらの器量が狭すぎました。」


 クロノスの話を聞いているうちにイゾルデはある程度冷静になってくれたらしい。それ以上トーンに突っかからなかった。


「結局どうするの?」

「そうだな…この中でおそらくもっともベテランな冒険者の俺が公平な観点で見るとするなら、トーン達とこちら…どちらにも一つずつ宝箱を手にする権利はある。だからここは中身を確認せずに宝箱を一つずつ選んでみるってのはどうだ?そして中身が何であれ恨みっこなし。例え片方がしょっぱくてもう片方が金銀財宝ざっくざくでもな。」

「なんだよ…結局お前も宝が欲しいんじゃないか!!」

「そりゃ俺も冒険者だからタダ働きはごめんだね。俺は君達を助けてはいないが。トーン、冒険者の先輩として賢い生き方というものを教えてやろう。そもそも君達は立場が悪い。何故だかわかるか?」

「…助けてもらったからか?」

「違う。俺達はまずしないが…ここで君達を闇に葬り、俺達が二つの宝箱を手にすることもできると言う話だ。」

「…!!脅す気か…!?」

「別に。ただ可能性の話をしたんだ。俺達はまさかそんなこと無いが冒険者の全員が全員俺のような広い心の持ち主という訳ではないんだ。第三者の観点を持って考えれば君達の今の最善は、素直に俺達に礼を言って謝礼代わりに宝箱を一つ渡して俺たちの前からさよならすること…そう見て取れるね。」

「…!!」


 クロノスの提案を聞いてしばらく下を向いて黙っていたトーンだったが、やがて一度頷いてこちらを見た。どうやら腹は決まったらしい。


「…わかった。片方は諦める。もう一つはお前達にくれてやる。」

「トーン…!!」

「悪いなグロット。片方手放すことになって。」

「いやいいんだ。お前が丸く収めるのならそれで。」

「ありがとよ…そういうわけだ。だけどそれ以上の礼はしないぜ。手助けの借りとモンスターの横取りの貸し…これでチャラにしようぜ。」

「だそうだが?どうされるイゾルデ嬢?」 

「…わかりました。それでよろしいですの。」

 

 トーン達から譲歩を引き出したクロノスは雇い主のイゾルデに最終決定権を委ねたが、彼女もこれ以上の争いは不毛であるとわかっていたようで頷いて同意していた。

 

「それで…どちらをどちらが手にするんだ?」

「宝箱の中身は開けて見るまでわかりませんの。ならば先にも後にも選んでも可能性は変わりませんわ。トーンさん。貴方が好きな方を選んでかまいませんの。」

「そうか。それなら…」


 イゾルデが折れてトーンに好きな方の宝箱を選ぶように言ったので、トーンは迷いながらも小さい方の箱を手にした。


「小さい方でいいのか?大きい方がたくさん入っているんじゃないのか。」

「そんなのわからない。確かに大きい宝箱に大きな宝やたくさんの宝が入っている可能性はあるかもしれないが、その逆だってありえる。もしかしたらデカいだけでくだらないものって可能性すらあり得る。ダンジョンの中に常識を求めても無駄だ。」

「その通り。よくわかっているじゃないか。」

「仮にお宝がたくさん入っていても俺達二人じゃ運べない。ここは小さくても価値の高い物が入っている事に賭けるさ。」


 グロットから小さな宝箱を受け取ったトーンは大きな宝箱の前を退いてクロノス達にそれを明け渡した。そして彼は懐からナイフを取り出して手に抱えた小さな宝箱の隙間に突っこんで開けようとしていた。その間にクロノスは隣のイゾルデに小さく耳打ちをする。


「(彼はそう言っているが…もし小さな箱の中身がエリクシールとかだったら力づくで奪えなんてことは…)」

「(あたくしは下衆で野蛮な野盗ではございませんの。そんなことしなくて結構ですわ。むしろ、その手法に言われて気付きましたの。)」


 もしもイゾルデが無理やりにでも奪えと命令してきたのならまた面倒なことになる。クロノスは一応確認を彼女に取ってみたが、そんなことは微塵も考えていなかったようだ。


「ここで開けるのか?宝箱の状態でも開けなければ地上に持って行けるからそっちでゆっくり開けてもいいんだぜ。」

「悪いが待ちきれない。ここで開けさせてもらう。」

「そうかい。ならお好きにどうぞ。」

「ああ…よし、開いた…!!」


 宝箱には鍵も仕掛けも無かったようで、トーンはあっさりと上蓋を開いて中身を確認した。それを見ていた仲間のグロットも中を覗きこみ、クロノス達も遠目にそれを見ようとする。


「これは…」


 トーンが開いた箱の中から取り出して掌に置いたのは、ガラスのように透明な玉だった。玉の内部には紅い炎のような模様が輝いており、角度を変えて見るとゆらゆらと揺らめいているように見える。掌に収まるくらいに小さな宝箱に入っていただけあって、それもまたトーンが指先で摘まめるくらいに小さかった。


「なんだコレ?おいグロット、お前にはこれがわかるか?」

「いや俺も…こんなもの初めて見るよ。ガラス細工の美術品とかかな?」


 中身を失った宝箱が塵となって消えたことにも気にすることなく正体がわからない宝を見ていたトーン。彼は隣のグロットにも尋ねたが彼もそれについては知らなかったようで首をひねっていた。


「なにあれ…ビー玉…?」

「ナナミ姉ちゃんビー玉って何?」

「ガラスの小さなボールのことだよ。こっちには無いんだね。」

「貴重なものなのか?」

「う~ん…どうだろう?こっちでもガラスは普通に使われているしねぇ。でも質がいいのは高いみたいだからもしかしたら…」


 猫亭では一階の大通り沿いの壁に備え付けられた窓にガラスが張られていた。しかしそれ以外の窓は二階の個室に至るまで木でできた雨よけが付いただけの、それを開けば外の空気も光も虫もそのまま入ってくる簡素なものだった。ガラス窓にしたって(もや)の掛かったあちらがぼんやりと見えるだけの質のあまりよくないものだ。それでもそれなりに高価であるとクロノスが言っていたので透き通ったガラス細工はさぞ価値があるのではないかと思ったナナミだったが…


「それはないんじゃないかなぁ?猫亭のは酔っぱらった出入りの冒険者に何度か割られたから安いのに変えたってヴェラさんが言ってたし、きれいなガラスも高いは高いけど手が出ないほどでもないよ。おいらの家も店の窓にはガラスを張ってあるしね。いくら綺麗でもそこまで貴重なものとも思えないけど…たぶん作るだけだったらおいらの家の近所にある工場のガラス職人のおじいちゃんでもできるよ。中の色はガラスが溶けてどろどろしている間に燃えない塗料を流し込むんだよね。」

「アレン君は色々物知りだねぇ。」

「パン屋を継がないでお金を稼ぐ方法を探していたからね。近所の商店街の人にいろいろ教えてもらっていたんだ。学校でもいろいろ習えるし…勉強って大事だね!!」

「ぐふっ…!!過去の自分にダメージが…!!」


 アレンの屈託のない笑顔にナナミは傷ついた。そしてこれからも勉強することは大事だから頑張ろうと心に強く決めた。


「あれは…!!」

「イゾルデ嬢も気付いたか。」

「ええ、以前見た事ありますの。」


 トーンとグロットが悩んでいる光景を見ていたクロノスとイゾルデはトーンが掌に置いて転がしていたガラス玉の正体に気付いていた。二人は前に出てトーンとグロットに声をかける。

 

「おめでとう君達。大金を手にできるぞ。」

「亡くなられたお仲間の敵討ちはできそうですわね。」

「お前ら…これはなんなんだ?ただのガラス玉じゃないのか?」

「それは「スキルのオーブ」だ。使うとスキル…簡単に言えば才能を得ることができるそうだ。」

「どういうことだ?さっぱりわからん。」

「スキル…マジで!?スキルってあの…ファンタジーのチートとかである…てゆうか私も女神さまっぽいのにもらったアレ?」


 トーンに尋ねられたのでガラス玉の正体を教えたクロノスだったが、トーンはそれでも理解できなかった。そしてそれに気合を入れて自信を取り戻したナナミが食いついてきた。


「同じ物かどうかはわからん。だがこの場合の才能とは生まれつき持ってはいなかった、もしくは人が人の身で本来得ることの絶対ない力に目覚めるということだな。過去に発見されたものを例に挙げると、あらゆる毒に対して耐性を得る「毒耐性」とか、今までミミズがのた打ち回ったような字だったのに急に綺麗な字になる「達筆」とか…他には三日三晩寝ないで働ける「不眠不休」とか魔術の才能が無くても一気に上級相応の魔術が使えるようになる「魔術開花」なんてものもあったような…名前はギルドが適当につけたものだがそれだけでどれだけすごいものかわかるだろう?」

「なんとなくだが…すごいと言うのは伝わった。」

「使っただけでそんなことができるようになるの!?すごいんだね…」

「毒に耐性を持つってどんな仕組みだ?それに寝ないで活動できるようになるとは…!!」


 才能を新たに得る。それを上手く理解できていない皆にクロノスは過去に発見されたスキルのオーブを例に挙げて説明してトーン達を驚かせていた。それを一緒に聞いていたアレンとリリファも驚いていた。


「そうだよ。単純にすごいんだ。ただ狙ったスキルを手に入れることはできない。だからどんなスキルが入っているか鑑定をしてもらった後でギルドに預けてオークションでそのスキルが欲しい人間を募るんだ。かなり貴重な宝だからどんなにくだらないスキルでも大金に化けるぜ。」

「そ、そうなのか…そこまですごいものには見えないが…」

「買うのは金持ちだけだから平民にはあんまりメジャーじゃないな。冒険者にも知っている奴はほとんどいない。知られると希少価値が下がるし欲しい奴もライバルを増やしたくないってな。落とすなよ?割ると割った奴にスキルが付与されてしまうからな。どんなスキルが入っているかは地上に持ち帰って鑑定してもらわないとわからんが、どんなものにせよ売れば最低でも金貨が百枚にはなるんだから。自分でスキルが欲しいなら止めはしないが。」

「金貨百枚だって!?お、落とすなよトーン…!!」

「わかってる…けど…!!」

「心配なら布にでも包んでおけ。」


 クロノスに価値を教えられた二人は驚いた後、彼に言われた通りオーブをトーンの腕に縛られていた布で何重にも巻いて大事そうに抱きかかえた。


「そうか…金貨百枚か…これがあればプーハさんとネクシさんの故郷に金を送ってやれる…!!」

「やったなトーン!!それだけあれば金を送ってもまだ余る。俺達も大金持ちになれるぜ!!」

「それを持って歩いても危ないだろう。君達は一度地上に帰ることをお勧めするぜ。ギルドに預けてしまって鑑定してもらえば安心だ。」

「言われなくても…あんたらホントにいいんだな?」


 スキルのオーブが貴重で大金に化ける宝であると聞かされたトーンは、もしやクロノス達が顔色を変えて奪いに来るのではないかと疑問に思っていたようだった。声にも恐怖と警戒が混じっていた。


「俺は別に金には困ってないんでね。イゾルデ嬢は?」

「別にあたくしもお金には困っておりませんの。あればあるだけあたくしが欲しい品がオークションに出されたとき買いやすくできるかもしれませんが…現状例え見つかった物が売られたとしても金貨百枚やそこら程度ではとても足りないですわ。それはあなた方の物ですの。」

「金貨百枚では足りない…いったいあなたは何を探しているんだ?」

「それは秘密だ。だが地上に戻ればなんとなく察すると思うぜ。地上ではそれを探している連中だらけだからさ。そうと決まれば早く帰りたまえ。死体も持って行けよ。」

「それは当然だ、さぁプーハさんとネクシさんも行こう…!!」

「いろいろとありがとう。あなたたちもどうか無事で!!」


 トーンは抱きかかえたオーブを巻いた布をポケットにしまい何度もそれを確認してから、布にくるまれた仲間二人の遺体をグロットと一人ずつ運んで水晶に触り帰って行った。






「行っちゃったね。あのスキルのオーブとか言うお宝、いいお金になるといいね。」

「そうだな。だがあれは間違いなく本物だ。何度か他の物を見たことがある俺が保証してやる。スキルのオーブは本当に貴重なものなんだぜ?もしかしたら後で俺たちが地上に戻ったら、あれを見つけたことがエリクシール以上に話題になっているかもしれない。」

「どんなスキルが入っているんだろう…戻ったら教えてもらいたいな。」

「迷宮都市中のギルド職員に話は行くだろう。それならヴェラに教えてもらえるさ。」

「気になるなぁ…いったいどんな才能が手に入るんだろう…!!」


 トーン達を見送った後でクロノス達は彼らが持ち帰ったスキルのオーブに入っているスキルがなんであるかの話題で盛り上がる。しかしイゾルデだけは暗い面持ちで壁の松明のわずかな明かりが照らす殆ど真っ暗な通路の奥を見つめていた。それに気づいたクロノスは話の輪から外れてイゾルデに近づく。


「どうしたイゾルデ嬢。何か心配事でも?」

「…あら、いらぬ心配をさせてしまいましたわね。どうぞお気になさらず。しかし…迷宮ダンジョン。やはり死者が出るほどまでに厳しい所ですのね。挑戦する前も慢心しているつもりは全くないと思っておりましたが…冒険者の亡骸(なきがら)をこの目で見て、初めて恐怖の感情が心に燈りましたわ。まだ六層目だと言うのにこれまで訪れたマップはどれもこれも奇天烈で危険なところでした。あたくし達は運よく生き残っていたにすぎなかったと言う訳ですの。果たしてあたくし達はどこまで行けるのでしょうか…?」

「ダンジョンで死者が出るのは珍しくない。特に迷宮ダンジョンは一つの階層でもいろんな難しさのマップがあるからな。さっきのやつらみたいに実力にそぐわないマップに出ることだってあるさ。俺達は未だにダンジョンポーションを一本も使わずに済むくらい簡単なマップを引き当てている。これもうちの女性陣と君が幸運の女神に違いなからさ。運も実力のうちだぜ。もっと自信を持てよ。そんなに思いつめるな。それとも…帰りたくなったのかな?」

「まさか!!むしろこれだけの守りならその先にあるエリクシールの信ぴょう性が増しましたの。秘宝とは困難の先に待ち構えていると相場は決まっていますわ。この程度で怖気づくほどポーラスティアの王家の血筋は脆くありません!!伊達(だて)に八百年国を続けていませんの!!あたくしとこのパーフェクト・ローズがエリクシールまでの道を切り拓いて見せましょう!!」


 クロノスが一人で地上に戻ってもいいぞとイゾルデに冗談交じりで発破をかければ、イゾルデは強く否定してスカートの下から愛用の大剣を取り出しそれを頭上に掲げて宣言していた。


「その意気だぜ。ならば引き続きついてくるといい。さぁ、死者は見送りは終わった。辛気臭い気分を晴らすために俺達もこっちの宝箱を見てみよう。」

「それは妙案ですの。…こちらにも鍵がかかっておりますね。リリファさん開けてくださる?」

「承った。それでは…」


 自分達がもらった大きな宝箱と向き合った。それにも鍵が点いていたのでリリファが罠の確認をしながら慎重に開けていた。


「魔術的要素はなさそうだ…これは…普通の施錠だな。ダンツに習った解錠方式で…」

「リリファちゃん頑張ってくださいね。」

「まかせろセーヌ。この程度…!!」

「こっちも珍しいお宝だといいね。」

「おいらもさっきのスキルのオーブってのがいいな。お金儲けのスキルとか出たりして…」

「こらこら…今はあたくしの求めるエリクシールであることを期待なさいな。」

 

 一同がお宝の登場に胸を馳せていると、リリファが針金を突っ込んでいた鍵穴の先でカチリと何かの仕掛けが解除される音がした。そして宝箱の上蓋が少しだけせり上がる。


「お、開いた。リリファちゃんナイス!!」

「難しい仕掛けは無かったからな。罠もなさそうだから誰が開けてもいいぞ。」

「そうみたいだな。俺も大丈夫だと約束する。誰が行く?」

「でしたらあたくしが…!!」


 クロノスが一応と罠の類がないことを再確認してからイゾルデがいそいそと上蓋を全開まで開いた。





「…これは…!!」

「…ん~?」


 出てきたのは…宝箱だった。宝箱は外側の宝箱と同じ色の木でできたものだったが、それよりも一回りだけ小さくデザインも若干異なっていた。


「よっと…」


 クロノスが二つの宝箱の隙間に手を突っ込み中の方の宝箱を引き上げて大きな宝箱の隣に置いた。


「中の方のは…鍵がかかってないな。」

「でしたらもう一度開けてみますの。…えい。」


 イゾルデが仕切り直しだと出てきた宝箱を開けると…また一回り小さな少しデザインの違う宝箱があった。


「また宝箱…?」

「よっと。…こっちも鍵はかかってないぞ。」

「ならば…えいやっ。」


 また出てきた宝箱をクロノスが二つ目の宝箱の横に置いた。それをイゾルデが開けると…また宝箱があった。


「よっと。…鍵は…」

「無いですわね。はいっ。」

「…また宝箱だ。」

「…鍵は…ない。」

「…やぁっ。」

「…また宝箱でございますね。」

「鍵ないよ。」

「ていっ。」

「…また宝箱だ。」


 宝箱を開けてみると…またまた宝箱だった。それを開けた宝箱の隣に置き鍵をクロノスが確認しイゾルデが開ける。すると…また宝箱だった。それは何度か続き、やがてみるみる小さくなっていく宝箱はさっきトーンが開けていた宝箱と同じかそれよりも小さくなっていた。


「ど、どこまで続くんだこれ…」

「マトリョーシカかな?」

「随分と小さくなったね…なんか拍子抜けだよ。」

「だが中身が何であるかわかるまで手が止められない。クソ…冒険者の(さが)が…」

「あたくしも、どうしてか気になって手が止められませんの…」


 宝箱の先に入っている物が気になってしょうがない。冒険者の性ゆえに開ける手を止められないクロノスとそれに触発されたイゾルデだった。それは他の仲間も同じで誰一人これ以上宝箱を開けるのを止めさせようとはしなかった。



――――――



「…宝箱!!はいイゾルデ嬢!!」

「…宝箱ですわ!!はいセーヌさん!!」

「…宝箱でございますね。はいナナミさん。」

「…トレジャーボックス!!はいリリファちゃん!!」

「…箱。そらアレン。」

「…宝箱。」


 トーンとグロットを見送って宝箱を開け始めてからどれだけの時間が経っただろうか。あれからクロノス達は交代交代で休憩を取りながら何度も何度も宝箱を開け続けた。それでも宝箱の中から出てくるのはやっぱり宝箱。そして開けるたびに出る空の宝箱はなぜか消滅せず、どんどんと積み上げられいつしか山のようになっていた。


「…あれ?最初の宝箱がどっかにいっちゃった。」

「どれが最初のだったのかもはやわからんぞ。」

「最初のはデザインが凝ってたから覚えていたんだ。やっぱりない。」

「消えたんじゃないか?ダンジョンの宝箱は開けて中身を出すと消えてなくなるからな。」

「そうかもしれないけど…ならどうして他の宝箱は消えないんだろう?」


「…宝箱!!はいイゾルデ嬢!!」

「…宝箱ですの!!はいセーヌさん!!」

「…宝箱でございま…あら?これは…」


 何十順目の宝箱の開封の番になったセーヌが碌に中身を見ずに何度も出した言葉を再び出そうとしたが、それは途中で止まってしまった。


「どうしたセーヌ?」

「見てください。宝箱ではございません。」


 そう言ってセーヌは片手に収まりそうになるくらいまで小さくなった宝箱を傾けて、そこの方を皆に見せた。そこには見飽きた宝箱ではなく、代わりに入っていたのは四枚折りになっていた一枚のボロボロな紙切れだった。


「どれどれ…む、私には読めない。」

「貸してみろ。…古代語だな。これはヘイブラ方式の書式だ。軽く二千年以上前のやつだぞ。俺が読んでみる。なになに…」


 リリファがそれを拾い上げてから開いて読もうとしたが、中身は古代魔術語が隅から隅までびっちりと書き込まれており、リリファには読めなかった。この中で古代語の知識を持っているクロノスが紙切れを受け取って翻訳しながら皆に聞こえるように読み聞かせた。


「…この紙を読んだ遠い未来の誰かへ。私は自由者だ。しかし名のある自由者ではない。実力も大したことはなく弱いモンスターの一匹に手こずるほどしかなく、いつもみんなの足を引っ張ってばかりだった。それだけではない。私は運がとても悪いのだ。ダンジョンで宝箱を見つけても中身はいつもガラクタばかり。解錠人(アンロッカー)として見つけて開けた宝箱の数は自由者の中でもトップクラスだが、ハズレを引いた回数は全自由者でもぶっちぎりで一位だろう。」

「自由者ってなに?」

「そういえば…冒険者じゃなかったね。」

「それに解錠人(アンロッカー)なんてのも初めて聞く職業(クラス)だ。」

「自由者ってのは冒険者の前身である古代の職業だ。解錠人(アンロッカー)も当時の職業(クラス)だったはず。昔は魔術が今よりももっと発達していて魔法の鍵の解錠には知識を持つ専門職が必要だったらしい。」

「クロノスさんお詳しいんですね。」

「俺に昔いろいろ教えてくれた人たちの一人が歴史に造詣が深い人でな。続けるぞ?…私の身の上はこのくらいにしておこう。書けば書くほどみじめになってくる。私には何の特技も無かった。だが私は人としてこの世に生まれたからには何か後世に残るような偉業を成し遂げたかった。しかし前述のとおり私には何の特技も無い。これでは私がこの世に生きた証を残すことは…いやまて。一つだけ、たった一つだけあるではないか!!数多のダンジョンを駆け抜けて多くの宝…を手にすることはできなかったが、宝箱を開けた数は一番であると自負している。数多の宝箱を開けるうちに私はいつしか開けた宝箱の大きさや形をしっかりと覚える癖ができていた。そしてそれを忘れなかった。というわけで…」


 そこで一区切りしてからクロノスは続きを読んだ。


「私が今までに開けた宝箱。そのレプリカを作って大きさごとに順々に入れてみよう。幸い手先は器用な方だから製作には自信がある。きっとそんなこと今まで誰もやったことは無いハズだ。今は誰に評価されなくてもいいのだ。これまでに誰もやったことのないことを私が最初にやって人知れず残しておく。それで十分だ。それをどこかのダンジョンの片隅に置き去りにしよう。仲間の誰かが言っていたがダンジョンに物を置いておくとダンジョン内に取り込まれ、遠い未来でダンジョンのお宝となって宝箱に入って出現することがあるらしい。それならいつかの誰か…そう、宝箱を開けた君だ!!君が私の偉業を知るだろう。私にはそれで充分だ。未来の君へ。どうか自由者の中にはこんなことをした人間もいたのだと知ってほしい。…だとよ。」


 文章を読み終えたクロノスは紙を持った手を降ろして宝箱の山を見つめていた。


「じゃあこれ古代の人が作った宝箱のレプリカ?」

「そういうことになるな。アレンが最初の宝箱が消えたと言っていたがそれがこのダンジョンの宝箱だったんだろう。」

「こんなにたくさん作ってどんだけ暇だったんだ。」

「そんなのが宝なんて…」

「いらない…」


 やっと最後まで宝箱を開けて今まで開けた宝箱のレプリカが宝だという事実を知った仲間達…彼女たちはその結果に大変にがっかりしていた。しかしクロノスだけは気を落とすどころかむしろ元気そうだった。


「まぁまぁ君達。実はくだらない宝とも言えないぜ?当時なら本当にゴミだろうがな。紙には自由者と書かれていた。ここが重要だ。自由者についての現存する当時の記録は少ないからかなり貴重なんだ。ギルドでも資料を見つけたら高く買い取ってくれるから、宝箱を手紙付きで地上に持ち帰ればかなりの価値になるかもしれない。」

「でもこんなにたくさんの宝箱どうやって持って帰るの?」

「なんでもくんの中に入れればいいんじゃない?」

「さすがにこの量はちょっとな…そうだ。小さな箱を大きな箱に戻していけばいいんじゃないか?もしくは…お?まだ何か書いてあるな。」

 

 宝箱を持って帰る方法をあれこれ考えていたが、そこでクロノスが持っていた手紙にまだ続きが書かれていたことに気付きそれを読みだす。


「えーっと…追伸。君は大きな宝箱を見つけたことで気持ちが高ぶっていたことだろうが、君が見つけた宝箱は…つまり大外れだよバーカ!!ギャッハッハッハ!!あとやっぱりこの私の偉業を後世に知らしめてもらいたいからちゃんと持って帰れよ!!それじゃ持ち帰ちよろしく未来の後輩君!!プギャー!!…だと。」 

「「「「「…」」」」」

「燃やすか。」

「そうだね。」


 仲間たちは全員一致で宝箱を燃やすことに決めた。古代の冒険者の前身である自由者の数少ない貴重な資料?知るか。そんなことよりこの古代人の未来の後輩に対する思いやりの欠片も見られない態度に腹が立ったのだ。ならばやることは一つ…こいつの願いであった鼻糞にも劣るカスみたいな偉業を誰にも知られることなく闇に葬り去るのみ。それはイゾルデも同じだったようで親指を地面に指し示して暗黙で「やれ」と言っていた。


「じゃあちゃっちゃと燃やしちゃおう!!私におまかせあれ!!」

「おう、よろしく。宝箱を開けていた時に交代で休憩していたからこれ以上このマップにいる必要ももうないだろう。それ燃やしたら次の階層に行くぞ。…ミツユースに帰ったらフレンネリックさんの伝手で底なしよりも深い闇の団員を紹介してもらって俺たちのこの記憶を消してもらおう。そうすればこの古代人は何にもできなかったクソ野郎ってことにできる。だいたいこの手紙も減ったクソな字だな…ん?紙の下に紙が…」


 ナナミが宝箱を燃やす間にクロノスは手紙の主をもっと貶めるために文章の粗探しをしながら読み直していると、紙の下にもう一枚の紙がくっついていることに気付いた。


「なになに…追伸の追伸。もしもうっとおしがって宝箱を燃やしたりして見ろ。呪いを掛けておいたから大変なことになるぞ。…だと!?おい待てそれを燃やすんじゃねぇ!!」


 手紙の内容に驚いたクロノスが大声で向こうに呼びかけたが時既に遅し。ナナミが中級魔術のフレイムドラゴンを呼び出して宝箱をひとつ残らず食べさせていた。


「燃えろ~燃えろ~燃え尽きてしまえ~!!…クロノスさんなぁに?」

「遅かった…!!全員一か所に固まれ!!早く!!」

「え…どうし――――」


 クロノスが燃えていく宝箱を見届ける仲間に呼びかけると同時に、炎の中の宝箱からまばゆい光が立ち込めて部屋の全てを飲み込む。





 光が収まった六階層目のスタート地点。そこには燃え尽きて灰となった宝箱のレプリカがあるのみで、他には何も残っていなかった。



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