第105話 引き続き迷宮を巡る・二日目(続・迷宮ダンジョン内四層目での出来事)
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種族名:超爆蝶
基本属性:火
生息地:ギギィト無風高原他
体長:20~24センチメートル(成体時)
危険度:D(ただし単体での場合。数が多いほど危険度は跳ね上がる。)
北の地方にあるギギィト山を越えた先にあるギギィト無風高原に生息している蝶のモンスター。赤を基調としたずんぐりとした体と黒くて丸い輪のような模様の羽が目立つのでそれで見分けること。
最大の特徴は幼虫の頃に生息地に自生するユーバッカの花を食べることにより摂取した爆発性物質を体内に貯めこみ、爆弾そのものといえる生命体となっていること。普段は大人しく人間に危害を与えない臆病な蝶であるが、ひとたび外敵からの攻撃を受けようものなら即座に自ら起爆し、周囲一帯を巻き込んだ自爆攻撃を行う。爆破の範囲はそこまで広くはないが至近距離から受けようものなら生身の人間などひとたまりもない。一匹が爆発すると周りの同種やユーバッカの花も衝撃で爆発するので、群れている時ほど危険性が増す。この自爆性質は幼虫時に餌となるユーバッカの花の性質と個を犠牲にして外敵から種を守ろうという生存戦略から来ていると考えられている。その起爆性の高さは自然死や毒死であっても残り、少しの衝撃で爆発するのでサンプルは保管困難であるとしてギルドも標本を作製しておらず文献のみでの資料となっている。
このモンスターが棲息可能な場所は外敵となる捕食者や大型の生物が全くおらず、風も殆ど吹かない平原のみ。そして餌となるユーバッカの花の自制が必須という厳しい条件があり、それを満たしても時折その地で発生する異常気象や外敵として認識されている人間の冒険者や探検家の不用意な侵入、接触により、個体が全て自爆してあっという間に全滅してしまう。
前述の棲息可能な条件も相まって現在確認できる生息地もギギィト無風高原と極一部の地でだけなので非常に希少なモンスターである。そして同時に蝶でもあるので、その希少性から一部の蝶の収集家の間で幻の一匹として捕獲の依頼がギルドに持ち込まれるケースもあるが、少しの衝撃で広範囲を巻き込んだ自爆をする危険性から生息地での捕獲と外への持ち出しはギルドと各国の条約により禁じられている。しかしその貴重であるという事実が収集形のコレクター魂に火を点けてしまい、個人からこっそり依頼を受けた冒険者やハンターの密猟や密輸が絶えない。それが原因で幾つもの輸送中の爆破事故が報告されており、ギルドや国での迅速な違法品の押収、裏取引の発見などの対策が急がれる。
ギルドのモンスター資料より抜粋
参考文献「ボボンバボンの楽死い爆破生活」
参考文献「インパクトハッピーなボボンバボン博士」
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種族名:ユーバッカ・ボボンバボン
基本属性:火
生息地:ギギィト無風高原他
体長:40センチメートル
危険度:E
火山が噴火した後に崩れてできたカルデラの大地に自生する植物型のモンスター。毒々しい赤色の花を咲かせる。体内の成分が幻覚作用と高い中毒性を持つため食用には向かないので、空腹時でも絶対に接食しないこと。煮ても焼いても蒸しても炒っても食べられない。
カルデラの大地に大量に埋まった硫黄を根から吸収して体内に貯めこむ。その硫黄が光合成を行った際に生成する物質と合わさると非常に高い爆発性を持つ物質へと変化する。そのため外部からの衝撃を受けると即座に起爆し、周囲一帯を焼野原へと変える。ただしこれは人間に対する攻撃性を持たず、歩き回ることも無い植物なので不用意な接触をしてよほど強力な衝撃を与えない限りそうそう爆発はしない…のだが、自生地には幼虫時にこれを餌とする超爆蝶も高確率で棲息しているので、そちらを爆発させれば当然こちらも爆発する。
光合成によって生成された物質は硝石の成分に近く、吸収した硫黄も併せ持つので乾燥させて細かく砕いてから木炭と比率良く混ぜると簡易的な黒色火薬を作ることができる。覚えておくと冒険の途中で自生の物を見つけた際に火薬を得る手段として何かと役に立つが、爆発の危険性は常にあるので取扱いには十分注意すること。
ギルドのモンスター資料より抜粋
参考文献「ボボンバボンの楽死い爆破生活」
参考文献「インパクトハッピーなボボンバボン博士」
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「戻ったぜ。アレンは…起きているな。」
「…あ!!クロノス兄ちゃんが戻ってきた。」
アレンが爆発する蝶と花を呆然と見ていたところに声が聞こえたので向こうを見ると、そこには川を求めて一人どこかへと行っていたクロノスが戻ってきたのが見えた。
「うん、おかげさまで楽になったよ。クロノス兄ちゃんの方こそ川とやらはあったの?」
「もちろんあったとも。俺の耳と鼻に狂いはないぜ。ほらこの通り水もばっちり確保できた。」
クロノスはそう言って右手に持っていたバケツに満杯に張られた透明で濁りの見られない水をアレンとその隣のリリファに見せつけてきた。どうやらしっかりと水源を発見できたらしい。
「本当に川があったのか?」
「あったとも。道中は超爆蝶とユーバッカの花ばっかりでドカンドカンうるさかったがな。」
「…なんでそんな道を素通りして何事もないのさ。」
アレンがそう思うのも無理は無かった。クロノスが通った後ろでは花や蝶がドカンドカンと次々爆発して、クロノスもまだスタート地点に入っていないのでこちらへ歩いてくる間に見事に巻き添えを喰らって被爆していた。しかし黒煙が晴れて現れる彼の姿には何事もないし、衣服には焦げ跡の一つもないのだ。一体どうやってあの爆発に耐えているのだろうか。
「クロノス兄ちゃんの体が丈夫だとしてもなんで服が焦げたり破けたりしていないの?」
「それは俺の着ている服が俺と同じように一級品の存在であることに他ならないからさ。とにかく丈夫さがウリの服なんだ。同じ物が何着もあるからいつも同じ物を着ていると思うなよ?」
「そうなんだ…なんかいろいろ突っ込みたいけどそういうことにしておく。」
「そうするといい。さて…砂漠を越えた後でアレンはバケツの中にある冷たいまま水を飲みたいだろうが、生水は一度火を通さないと危険だからな。悪いが煮立たせてからぬるま湯にして飲んでもらうぞ。」
「それは構わないよ。おいらだって得体のしれない水をそのまま飲みたくはないからね。」
「それならいい。さて…火の用意はできているか?」
「それは問題無い。今はあっちでナナミが使っている。」
リリファが指さす先にいたのは、まな板の上に乗っていた大量の切った後の野菜を前に立っていたナナミとイゾルデだった。二人は無言で立ち尽くしていたがそのうちナナミが肩を震わせて叫ぶのだった。
「…一つ一つの大きさ…切り口…なんとか立派に切れるようになったね。私から貴様に教えることはもうない!!免許皆伝じゃ!!あっぱれ!!」
「ありがとうございますの鬼軍曹!!」
イゾルデの成長を喜び二人は抱き合って泣いていた。感動していたのかと思えば、すぐ横には微塵切りにした玉ねぎがあり、どうやらそれで涙腺を刺激されただけらしい。
「…こうしてイゾルデ嬢とダンジョンの探索を行っていて思ったんだが、彼女には冒険者の素質がありそうだ。冒険者のノリについていける人間なんて同業者以外でそうはいないぞ。」
「勘弁してよ。一国のお姫様を冒険者にするなんておいら聞いたことないよ。」
「実際にいるんだけどな。やんごとなき家柄の冒険者。」
そんなことを言いながら、未だに抱き合って泣いている二人の方へ水の入ったバケツを持っていくのだった。
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「スープ美味しいね。」
「でしょでしょ?やっぱりあのまっずい保存食だけじゃ味気ないって。こういう場所でこそ保存食ばっかりじゃなくてしっかりした食事を摂るべきなのよ!!」
「でもいちいち作るのも大変じゃない?」
「そこでなんでもくんの出番よ。余ったスープは蓋をして休憩の都度に味を少ずつ変えていくの。そうすれば飽きずに栄養価の高い食事を続けられるわ。」
「そういうことか。なんでもくんの中に作った料理を仕舞っておいて後で食べるのは上級冒険者パーティーもやっていることだしな。」
「でしょ?やっぱり玄人も使う手なのね。」
「ダンジョンの中や大自然の中ではモンスターとの戦いや探索が忙しいから、休憩中も保存食を齧るか仮眠をとるかしかできないことも多い。そんな中で健全な美味い食事は数少ないダンジョン内の娯楽だ。この心の余裕一つで生きようという心構えも湧いてくると言うものさ。」
「余ったスープは次はどんな味付けにしようかな?パスタも持ってきたからスープパスタにしようか。」
「君は食べ物ならなんでも持ってきているんだな。パスタを茹でるのはいいが飲み水まで使うなよ?」
「大丈夫大丈夫。どこぞのアホ軍隊じゃあるまいし。砂漠でパスタを茹でたりしないって~。」
「どこの軍隊だよそれ…俺でも聞いたことな…ああ、君のいたところの話か。」
「クロノスさん、何か仰いましたの?」
「なんでもない。言ったところで君にはわからないだろう。…なぜかな。」
「はぁ…?」
ナナミの答えに一人で納得して、クロノスはイゾルデに適当に返事をしてからスープの残りに保存食の干し肉を浸けこんでから食べていた。
結局あれからクロノスが汲んできた水は一度煮立たせてから少し冷まして各自の水筒へ補充し、残りは全て野菜のスープへと姿を変えていた。一行はそのスープをメインに保存用に乾燥させた堅いパンを浸して食べながら、四層目の突破方法を考えていたのだ。なおまずいことに定評のあるギルドの保存食の干し肉も出されたが、誰もがまずいからと手を付けず、イゾルデも試しにと一口齧ったが、一口二口噛んだ後に手を口に当て目には涙を浮かべて「好き嫌いはよくないですが…これは人間の食べる物ではありませんの。」と言って杉の木の裏までダッシュして吐いていた。
「それで?どうやってゴールまで行くんだ?」
「それなんだが…水を持ち帰るまでにいろいろ考えてみてなんとか試せそうなものが三つほど出てきた。まず一つ目。奴らに水を掛けること。」
「水?それで爆発しないの?」
「ああ、超爆蝶もユーバッカの花も両方火属性だから水には弱いんだ。それに弱いと言ってもしばらく動けなくなるだけで死ぬほどではないから、水を掛けてしばらくの間なら死んで次がすぐに復活することもない。道中で見つけたやつに片っ端から水を掛けて、その間に通ってしまえばいい。」
「なるほど、それなら…!!」
「ちょい待ち。ストップ。」
この第四階層に生息超爆蝶とユーバッカの花はどちらも倒されると即座に同じ数が爆発した場所に現れる。そういうわけでできることなら倒さずに一定時間の無力化を狙えばいいのだ。クロノスの蝶と花に水を掛けながら進むという案はシンプルだが最も理に敵うとアレンは思ったが、そこでスープの三杯目のおかわりをしていたナナミが待ったをかけてきた。
「水を掛けるって…どこにそんな水があるのよ。」
「え?川があるんでしょ?それならそこまで皆で行って汲めるだけ汲んでくればいいじゃない。」
「川って十㎞も先にあるんでしょ。しかもそっちにも爆発する蝶と花はある。それまで対策してえっちらおっちら水を運んでいたら、戻ってくるまでの間に先に水を掛けた蝶と花が復活しちゃうでしょ?」
「たしかに…クロノスさん、蝶と花の無力化はどのくらい有効なのでしょうか?」
「そうだな…全身ずぶ濡れになるまでかけて三十分くらいかな?いやもっと早いか…」
この四階層目のマップはThe・地中を地で行く湿っぽい二層目やじりじり照り付ける日差しの三層目と違い、心地の良い思わず居眠りしたくなるほどの温かさだ。風は全く吹いていないが、この調子なら蝶や花をびしょびしょに濡らしても数十分ほどで再起可能なほどになるだろう。
「それに…クロノスさんが持っていったバケツ以外に予備のバケツがあるの?」
「無いな。俺が持ってきたのはこれ一つだけだぜ。俺一人で汲んで持ってきてもちょっと時間がかかるな。」
「ならやめようよ。たぶん徒労に終わるよ。」
「俺が全力を出せば乾く前に水の百杯や二百杯なんてことないぞ。走って持ってきてやるよ。」
「だめだめ。却下だと思うけど…一応多数決を採ります!!民主主義の基本だよ!!ここはポーラスティアだから王政だけど…とにかく「クロノスさんに川から水を何度も汲ませてきて蝶と花に掛ける」に反対の人!!手を上げて!!」
ナナミがそう呼びかけるとクロノス以外の全員が反対に手を上げた。
「おいおい君達。遠慮なんてしなくていいんだぜ?可愛い団員と依頼主のためなら俺はえっちらおっちら水を汲んでくるさ。」
「そういうことじゃなくて、単純に時間がかかるし効率が悪いんだよ。はい却下、破棄。次の案どうぞ。」
「それならば仕方ない。二つ目の案は…一度地上に戻って別の四層目のマップに出してもらうことだ。一度地上に戻ってまた途中から再挑戦しても普通は同じマップのやり直しだが、ギルドに手数料を払えば別のマップに変えてもらえるんだ。これ以上進めなくなって無理やり進もうとする奴が出ないようにする救済策の一環だな、勿論次にどのマップに出るかは完全に運任せだからいいマップが出るまで粘るという訳にもいかないが…さすがに同じマップが二回連続で出るなどよほど運が無くてはありえないだろ。」
「ふんふん…「一度引き返して四層目をやり直す」ね。確かにそれが妥当なところかしら。」
「ですがナナミさん。迷宮ダンジョンへの挑戦は一日に一回、ダンジョンから戻った日には再挑戦できないはずですの。それに新たに飛ばされた四層目のマップがここより過酷であるとも限りませんわ。」
「一理あるね。ここは環境だけなら陽気に鼻歌歌っていられそうだもの。ところでここには他にモンスターはいないの?」
「いない。水を汲みに行く過程で調べたが完全に超爆蝶とユーバッカの花。それと毒の蝶と花だけだ。毒の方は何種類かいるが浴びれば厄介な奴だらけだから一括りにして構わない。」
「うーん…あの爆発する蝶と花さえクリアできればこのマップはかなり楽な方なんじゃないの?だったら無理に変えてもっと大変なマップに出る可能性だってあるわけだし…」
勇気ある一時撤退か果敢な現状突破か…ナナミは悩んだ。そして椀のスープを飲み干して四杯目に突入する。なお他の仲間も話の間に結構お代わりして食べているので、後で食べようと大目に作っておいたスープはほとんどなくなりかけていた。
「とりあえずそれも保留で。先に三つ目の案を聞かせてもらいたいんだけど。」
「そうか。それならそちらから先に言って案を比べてみるのがいいかもな。それじゃあ三つ目は…ん?」
クロノスがゴールまでの爆破地帯を突破する三つ目の案を話そうとしたところで、背中から強い光を感じて、後ろを振り返った。するとそこにあった二つ並んだ青と赤の水晶のうち、赤い水晶の方が強く光り輝いていたのだ。その光をナナミ達は手をかざして目に直接入れないようにして見ていたが、今まで見たことがない光景に一様に驚いていた。
「いったいなんだ…?」
「ああ、これは…」
驚くリリファにこの中でただ一人驚くことも光を手で遮ることもしていなかったクロノスが答えようとしたが、その必要は無かった。なぜなら光はその後すぐに消え、そこに五人の人間が現れたからだった。
「…ここは…花畑…!?」
「なんで地下のダンジョンに太陽があるんだ…?」
「げ…ここは…!!」
現れた人物は全員男性で、そのうち四人は簡易なプレートアーマーを手足と胴体に身に着け手にはそれぞれ剣や弓を持っている。恰好からして冒険者だろう。残りの一人は四人よりも随分年下の子どもに見え、厚手の汚いコートを着込み、背中には多くの荷物を背負っていた。
「クソ寒い凍った洞窟を抜けたと思ったら気分のいい花畑とはな…」
「ハハッ、珍しい蝶が飛び回ってるぞ。捕まえて土産にするか?」
「それとも昼寝でもするか?さぞ心地いいだろうぜ?」
「ふざけたこと言ってるな。そんなことより俺たちは迷宮ダンジョンのどこかにあるアレを手に入れて一攫千金を…ん?先客がいたか。ちょっと行ってくる。」
周囲の光景を見渡して驚いていた五人の男達は、そこで初めてクロノス達の存在に気付いたようだ。男たちのリーダー格と思わしき男が仲間と何やら一言二言交わしたかと思うと、一人でクロノス達のいた焚火の方へやってきた。
「人…!?」
「冒険者だよね?」
「ああ、君達少し下がっていろ。このマップに辿り着いた奇妙な縁の同業者さ。俺が話をしてくる。…あとあまり構えない方がいいぞ。喧嘩沙汰にはしたくないからな。」
驚きながらも咄嗟の反応で武器を手にする仲間達へ牽制してから、クロノスは一人でやってくる男の元へ歩いて行った。
やがて二人は焚き木と水晶の丁度真ん中の距離の所で脚を止め、互いに見合っていた。それは相手の実力測っていたのかもしれないし、単に舐められないようにするためかもしれない。
「よう兄弟。景気はどうだい?」
「ダメだな。このマップ…どうやら外れみたいだ。俺たちも休憩がてら進むか地上に帰るか話し合っていたところだ。君たちはどうする?」
「さて…何か教えてもらえるかな?」
「それはどうだろうな。そっちしだい…ってところかな?」
口では親しげに話すクロノスとあちらのパーティーのリーダ格の男は考えていた。
情報を共有するか?名案を出し合うか?共闘を持ちかけるか?それとも利用するか?脅して従わせるか?無駄な争いは避けて逃げるか?もしかしたら戦うか?
二人の間では現れた相手に対してどう出るべきか、腹の探り合いが始まっていた。