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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第104話 引き続き迷宮を巡る・二日目(迷宮ダンジョン内四層目での出来事)




 そこは一面が花畑の世界だった。雲一つない澄んだ青空の下、地平線の果てまで赤や青の様々な花が色とりどりに咲き乱れ、その上を常人では見たことのないような美しい模様の蝶が飛び回っている。


「…ぐぅ…」


 そこにある大きな杉の木が一本生えた小高い緑の丘。そこに一人の少年が眠っていた。


「ふみゃ…ぐー…」

「あら…お寝坊さんでございますね。うふふ…」


 いい匂いのする柔らかい枕に頭を預けて横たわり毛布を被って寝ていた少年のアレンは寝返りを打った拍子に頭を枕から転げ落としてしまうが、それでも心地よさで目を覚ますことは無かった。


「うーん…母ちゃん…ウィン…ハンス…」


 彼は規則正しい寝息の中、夢の中で親しい人間がどんどん流れていく映像を見ていた。そこに一匹の蝶がひらひらとやってきてアレンの鼻に止まる。そして蝶が鼻の上を歩き回ったので、アレンはついに目を覚ました。


「…うふふ…くすぐったいよ…あれ…ここは…?」


 夢にうなされていたアレンが鼻をくすぐる何かにこそばゆさを感じ重い瞼を開いて目覚めると、そこは一面花畑の世界だった。空にはアレンの鼻に未だに止まっている蝶と同じ種類の物やそれよりも大きかったり小さかったり色や模様の異なる様々な種類の蝶が思い思いに飛び回り、時折地上に降りてアレンが見たことの無い花の蜜を吸っていた。


「あ、あれ…?おいら…みんなと砂漠にいたはずじゃあ…もしかして…おいら死んじゃったの…?」


 そんな天国と見紛(みまご)う美しい光景を見てアレンは感動よりも先に、まず不安を覚えてしまった。もしかたら自分一人ダンジョンの中で命を落として死んでしまったのではないかと。そして姿の見えない仲間の姿を探して周囲を見渡すが、そこには誰一人としおらず、ただ地面と空いっぱいの花と蝶が延々と地平線まで続いているだけだった。


「まさか…本当に…そんなの嫌だ…!!おーい、みんなー!!どこー!?」

「うるさいぞアレン。」

「うわ!!リリファ姉ちゃん!?」


 寝ていた地面から起き上がり精一杯に叫んだアレンは背後からの声に振り替えると、そこにリリファがいたのでびっくりして後ろへ転がってしまった。そういえば混乱のあまりに背後はよく確認していなかったなと自分の認識の甘さを振り返ってから背中を擦ってアレンはそう思った。そして最悪の展開が頭をよぎる。


「もしかして…リリファ姉ちゃんも死んじゃったとか…?」

「アホか。誰も死んでいない。」

「だよね。ほっ…」


 アレンの問いはリリファに即否定された。そのことで自分もみんなも無事生きていることが分かり一安心のアレンだった。


「おいらもしかして気絶しちゃっていた?」

「そうだ。動けないお前をクロノスが背負ってここまで運んでくれたんだ。」

「じゃあここって…」

「ああ、ここは迷宮ダンジョンの四層目だ。後ろを見れば全部わかる。」


 アレンが自分の確認していなかったリリファの居た方を見れば、そこには赤と青二つの水晶とそこから少し離れたところで丘の木から枯れ落ちたであろう木の枝を集め、それを薪代わりに使い魔術で火を起こそうとしていたナナミとその様子を見ていたイゾルデがいた。


「ホントだ…混乱してたから後ろはちゃんと確認して無かったよ。ちゃんと見ておけばよかった。」

「えいっ。この…点け点け点け点け…点いたー!!もー、落ちていた枝でも中々燃えないんだから…っと、アレン君が起きたね。」


 アレンが自分の行動の詰めの甘さを反省したところで、ナナミが枝に中々燃え移らないでいた火との格闘をひと段落させると、アレンが目を覚ましたことに気付きイゾルデとこちらにやってきた。


「アレン君起きたね。調子は大丈夫?」

「うんありがとうナナミ姉ちゃん。この通りすっかり元気さ。」

「本当に平気ですの?まだふらつきません?」

「イゾルデさんもありがとう。ごめんね依頼人に心配させちゃって。」

「起きになさらないでくださいですの。よかったですわ。」

「ところでクロノス兄ちゃんとセーヌ姉ちゃんはどこに行ったの?」


 イゾルデがほっとしていたのを見てからアレンはこの場にクロノスとセーヌの二人がいないことに気付き、リリファとナナミに尋ねた。


「クロノスさんなら川に水を汲みに行ったよ。」

「川って…川なんてどこにもないけど?」


 アレンは周囲を最初目覚めた時よりもしっかりときょろきょろと見渡したが、そこには川らしきものはどこにもなく、ただ蝶々の舞い踊る一面の花畑が地平線まで広がるだけだった。


「いや…なんでもクロノスが言うには10㎞くらい先から水の流れる音がするんだと。水の臭いもするから間違いないそうだ。」

「そんなのわかるわけ…?」

「さぁな。少なくとも私にはわからなかったよ。鼻には自信があるんだがな。草木の臭いしかしないこの空間の中でなら絶対にわかるらしいがまるでわからん。とにかくあいつはなんでもくんの中からバケツを持ち出して汲みに行った。」

「えぇ…」


 リリファはそう答えてクロノスから預かっていたなんでもくんをアレンに見せるのだった。それを聞かされたアレンはクロノスの嗅覚に驚き、猫亭ではおならをしても簡単に犯人がばれるだろうから気を付けようと心に強く刻むのだった。ちなみにおならの一つや二つ、男冒険者は笑いながらふざけ半分に人前で堂々と音を立ててするし、クロノスのように嗅覚の優れた冒険者はもし女性がおならをするようなことがあっても気付かないふりをする程度には紳士的なので大丈夫だ。中には積極的に女性の放屁嗅ごうとする変態的思考のバカもいるが、少なくともクロノスはそんな性癖持ち合わせていないのでご安心頂きたい。


「さっきの砂漠と同じで遠くまで行きすぎると戻れないから自分以外はスタートを動くなって。あ、スタート地点の範囲はそこの地面に突き刺さってる枝よりも手前ね。それより先に行くと罠やモンスターに襲われるから気を付けて。」

「まぁクロノス兄ちゃんに関しては今更だよ。枝だね?そこよりは前に出ないようにするよ。あとセーヌ姉ちゃんがどこへ行ったかだね。どこへ行ったの?」

「「えっ?」」


 アレンはもう一度寝転がり心地の良い枕に頭を預けて二人に尋ねた。すると二人は何言ってんだコイツ的な目でアレンを見たのだった。


「なんだいその目は?おいらがなんか的外れな質問でもした?」

「どこへ行ったかと言われても…」

「すぐそこにいるけど?」

「すぐそこって…うわ!!セーヌ姉ちゃん!?」

「ようやく気付けていただけましたね。」


 二人に自分の頭の方を指を刺されたアレンが振り返ると、そこにセーヌがいた。そしてアレンはようやく気付いた。自分が今の今まで心地よい枕だと思っていたのはセーヌの膝だったことに。アレンはそのことで自分の確認の甘さを再々度改めて痛感した。


「もしかして…ずっと?」

「そうだよ。この階層に来てからセーヌさんはアレン君のことを心配してずっと膝枕していてくれたんだよ。」

「そうだったの…ありがとうセーヌ姉ちゃん。」

「お気になさらずに。元気になれたようでなによりでございます。」

「セーヌさんに膝枕させるなんて羨ましいよね。ミツユースに帰っても他の冒険者に言っちゃダメだよ。」

「まったくだ。セーヌに枕をさせたなどと言って見ろ。血と脳漿(のうしょう)で猫亭の床が真っ赤に染まるぞ。お前のでな。」

「なんだろう…セーヌ姉ちゃんに枕してもらったってなんの間違いも無いのに人に言ったらヤバいって思うのはどうしてだろう…?」


 子供であるためにそういった知識が不足しているアレンだったが、そのことはまずいと頭の危険信号が警告してきたのでしっかりと胸の奥深くへセーヌが膝枕してくれた記憶を仕舞いこみ、決して他言しないようにと誓うのだった。




----------



「お前は寝ていたから知らないだろうが、三層目を抜けるまではひどかったんだぞ。何もいないと思ったのにゴール直前でデス・ワームが三匹も同時に襲ってきたんだ。」

「よく無事だったね?無事だからこそこの場にいるんだろうけど。」

「クロノスが面倒だからと一人でぶった斬っていた。一匹倒すごとに剣を一本失ったから三本無くなってしまったと不機嫌だったぞ。」


 アレンが目覚めてから全員でナナミが点けた焚き木の周りに集まって、クロノスが戻ってくるまでの間にそれぞれ休憩をして時間を潰していた。こんなところで時間を無駄にするわけにもいかなさそうだが四層目についた時点でまだアレンが目を覚ましていなかったのでスタート地点で食事を兼ねて休憩しようと言うことになっていたらしい。全員砂漠の中を歩いて疲れていたので休憩に反対する者は誰一人いなかった。


 その中でナナミはクロノスが戻ってくるまでの間になんでもくんに入れてきた野菜でスープを作ろうとまな板で野菜を切り、それ以外のメンバーは食事の準備をしながら談笑をしていた。


「そういえば朝ダンジョンに入ってから何時間くらい経ったの?おいら結構経っていると思ったけど…」

「それがダンジョンに長期間いたときの感覚を覚える練習ということで私達がダンジョンに入ってからの時間は教えないそうだ。」


 迷宮ダンジョンは迷宮都市の地下にあるダンジョンなので中にいると地上の時間がわからない。金持ちが持つ懐中時計もダンジョン内では狂って壊れてしまうので正確に時間を測る術は己の体内に持ち合わせた所謂体内時計のみとなる。クロノスは今回リリファとアレンに地上の時間を教えず戻った時に自分の感覚と実際に経過した時間のギャップを味わわせるために、ダンジョン内での時間経過を一切教えないことにしていた。なお食事や小休憩、仮眠時間などはクロノスがメンバーの疲労の度合いを見て決めることにしている。


「ふーん。セーヌ姉ちゃんはどれくらい経ったか知ってる?」

「私は存じておりますが、クロノスさんにお二人の練習にならないので教えないようにと厳命されておりますので、教えることができないのです。申し訳ございません。教えられるのは今はとっくに昼食を食べ終えていてもいい時間と言うことくらいでございます。」

「昼ごはんは遅いくらい…うーんわからない…というかセーヌさんわかるんだ。今の時間。」

「ええ。自慢ではありませんが分の下の桁まで正確に答える自信は持っております。」

「セーヌはBランク冒険者だからな。体内時計も結構正確なんじゃないのか?私は今は午後の三時くらいだと思う。アレンはどのくらいだと思う?」

「おいら?そうだな…確かにお腹は随分空いているから…午後の五時くらい!!」

「ほぉ、強気で出たな…ナナミも今何時かわからんだろう。お前はどれくらいだと思う?」

「お腹がとっても空いているから夜の八時!!てゆうか今話しかけないで。集中しているから!!」


 リリファとアレンは自分の体内時計をもとに今の地上の時刻を予想し合ってナナミにも話を振るが、彼女は忙しいから話しかけるなと殺気だって答えたのだった。


 ナナミは料理には結構うるさい。転移魔術によって飛ばされる前に元いたという故郷が国民全員が料理には厳しい舌を持っていたらしく、彼女も料理には妥協を許さないのだ。今回もあのとてもまずい冒険者ギルド印の保存食では例え栄養があっても食べた気にはなれないと多めの食材と調理器具まで入れてきていたので、質問に答えていられないと言うのも今やっている料理にも真剣に取り組んでいたからかと思えばそうではなく、彼女の集中は別の所にあったのだ。


「お野菜って切るの難しいですの…!!」

「あ、ほら…危ないって…手は開かない。猫の手だよ。にゃ~。」

「ね、猫ですの…?」


 まな板の上に乗っている野菜を切っていたのはナナミではなく、彼女から指導を受けて慣れない手つきで包丁を握っていたイゾルデだった。


「イゾルデさん無理してやらなくていいよ。手伝わなくてもちゃんとイゾルデさんの分も用意するから。てゆうか依頼客なんだからもっと冒険者を顎で使いなさいよ。」

「しかし何もしないというわけにも…」


 最初はナナミが野菜を切っていたのだが、それにイゾルデが興味を持ち自分にも手伝わせろと申してきたのだからさぁ大変。ナナミ先生はイゾルデに野菜の切り方を教えることになってしまっていた。


 しかし自信たっぷりで野菜を前にしていたのも最初のうちだけで、いざ包丁を持たせるとその手はプルプルと震えるし、火を通しやすくするために薄く切れとナナミが言っても野菜は厚めに切った。


「ほら…そんなにおっきく切ったら火が通らないよ。」

「でもこれ以上は…指を切ってしまいますわ…!!」

「焦って速く切ろうとするからそうなるんだよ。ゆっくり確実に切ればいいよ。」

「でも…お城で厨房を見せて頂いた時はコックが手元が見えないくらいの速さでたくさん野菜を切っておりましたわ。」

「それはプロが何十年もやって到達するレベルだよ。はいこっちを見ない。切る時は手元を見続けてよそ見しない。」

「は、はい…!!あわわ…」 

 

 手元に視線を戻して野菜を薄く切ろうとしていたイゾルデは焦っていたが、それを監修するナナミも同じくらいに焦っていた。嘘か真かイゾルデはこの迷宮都市も領土の一つとして持つポーラスティア国のお姫様イザーリンデ・カルヴァン・ポーラスティアだと言うのだ。そんな高貴な身分のお方にもしも粗相の一つや二つしてみろ。不敬罪で自分の首が飛ぶかもしれない。イゾルデはこの依頼中に起こした不敬は咎めない。あくまで自分は一般人の依頼客イゾルデ・ベアパージャストとして扱えと言っていたが、本人がよくても料理をさせて指を切らせてみろ。帰った後で自分の指も切られかねない。切り落とされかねない。


「最悪怪我したらダンジョンポーションでも使って…クロノスさんはダンジョン中の怪我はなんでも治るって言ってたけど、料理での怪我は治るのかなぁ…?結構お高いらしいから無駄遣いしたくないんだけど…だから持っていない冒険者も多いらしいのよね。とにかく真剣に…それこそイゾルデさんのお城での先生になったつもりで…あれ?ちょっと待って。イゾルデさんストップ。」

「どうなさいましたの?」


 イゾルデから目を離さずにそう考えていたナナミはふとあることに気付いた。そしてそれを聞くために野菜をようやく一つ切り終えて二つ目に手をばそうとしていたイゾルデを止めて聞きたいことを尋ねた。


「こんなこと聞きたくないんだけど…イゾルデさん料理ってお城で習わなかったの?お姫様ならそういうの習いそうなものだけど…」


 ナナミの質問…それはイゾルデはイザーリンデ姫としてのお城の生活で、教育の一環で料理の仕方を学ばなかったのかというものだ。


 貴族や王族は当然のことながらお抱えのコックが料理を作ってくれるので自分達で作る必要はない。というか自分達で作れば周りにコックを雇う金もないとなにかとよからぬ噂を立てられてしまう。


 しかし高貴な人間でも教育の一環で料理の作り方を学ぶことはあり、そうして作った菓子を茶会に持ち込んだり、気になる殿方に振舞ったりする機会もある。

 

 ナナミも元いた世界で昔読んだことのあるファンタジー小説の中でそういったシーンがあったことを思い出したので、まさか同じとは思わないが一応質問することにしたのだ。


「えっと…確かに習いましたの。」

「…ホントに?」


 イゾルデの少しためらったような答えにナナミは追い詰めるように確認した。だってイゾルデの目が泳いでいたから。


「正確には…聞いておりましたの。授業を。」

「聞いてた?実技は?」

「やりたくないですのと答えたら、先生が「そうですか。なら結構です。」って教えてくれませんでしたわ。」

「は?なんで?」


 イゾルデの答えがナナミにはわからなかった。イゾルデが料理をしたくないということと教師が実技をさせなかった理由の両方をだ。


「まずあたくしが料理をしたくなかったというのは…料理のお勉強の前が剣術の御稽古でしたの。そちらは本当に楽しくて…夢中でやるとその日の残りのお勉強は何もしたくなかったのですわ。」

「あーそれわかる。私も体育の後の授業は全部寝てたし。金髪なのも合わせて不良呼ばわりされてた。で?先生はどうしてイゾルデさんがやりたくないって言ったらさせなかったの?」

「それはおそらく、あの人が出世を狙ってコネで入った人だからですの。あたくしに指導して自分に箔を付けたかったのでしょう。あたくしが料理で切り傷や火傷を作れば自分の評価に傷がつくとでも思ったのでは?」

「あーなんかわかる…」


 イゾルデに言われてナナミは彼女に料理を教えた教師の行動はむしろ当然と思えた。ナナミだってできれば教えたくない。料理などさせなければ怪我をしないからだ。それに実際に一度や二度の実技で料理がうまくなるはずもない。先ほど私は料理は淑女の嗜みと言ったが、茶会で振舞う菓子も殿方に御馳走する料理もどうせ使用人に作らせたやつだ。中には本当に趣味で作る凝った貴族もいるかもしれないが…現実なんてそんなものなのだ。どうせ建前なんだよ。


「なんか遠慮していたけど…このままだとイゾルデさんが料理のできない女になっちゃいそう。別に女が料理できなきゃダメなんて古臭い思想はもってないけど、今教えておかないと一生後悔しそう。うん、ちゃんと教えよう。」

「そうですわ!!使い慣れない刃物を使うから上手く切れないんですのパーフェクト・ローズを使えば…!!」

「ダメ!!モンスター斬る刃物と食べ物斬る刃物は一緒にしちゃダメ!!不衛生です!!冒険者はみんなやっているけど…私はダメ!!ノウ!!」

「そんな…ではいったいどうすれば…!!」

「口答えしない!!私のことは鬼軍曹と呼ぶように!!」


 ナナミは心を鬼にして、イゾルデに野菜の切り方を教え込むのだった。






「スープができるのはまだかかりそうだね。」

「そうだな。」


 モンスターとの戦いもデス・ワームのみで武器を使っていないので手入れの必要もない。特にすることもないリリファとアレンは準備らしい準備の無い食事の用意をしながら、しばしの談笑をしていた。話題の種はもっぱらこの花畑が広がる四層目についてだった。


「てゆうかさ、砂漠の次は花畑ってどうなってるのさ?モンスターいないし。しかも迷路すらないし。すぐそこに次の階層へ続くゴールあるし。やる気あんの迷宮(ラビリンス)ダンジョン。そりゃ環境ががらっと変わるのには驚いたけどさ…」


 熱中症のダメージの回復のためにずっと寝ていたのでこの階層についてわからないことがいろいろあったアレンが、近くにあった赤と青の水晶を指さして愚痴のように質問してきた。近くと言ってもアレンが言っているのは焚き木の目の前にあるスタート地点の水晶ではない。自分達がいた周りの平原よりも小高い丘から100メートルほど向こうにあった同じくらいの小高い丘…そこにあった二つ赤と青の水晶だ。


「おいら罠とか知らないけど…あれが罠ってわけじゃないんだよね?」

「ああ、クロノスも水を汲みに行く前に言っていたが、あれは罠や幻影の類ではなく正真正銘の次の階層へ繋がる水晶と地上へ戻るための水晶だ。あそこまでたどり着けたらこの階層はクリアだぞ。」


 そう、なぜかこの階層は一面花畑なだけで草木でできた迷路があるわけでもなく、ただ丘を降りて100メートルほどまっすぐ歩くだけでゴールまで辿り付けそうだったのだ。


「ならさっさと向こうまで行っちゃえばよかったんじゃない?もしかしておいらが目を覚ますの待ちだった?」

「それもあるんだが…」

「通れない理由があるのでございます。」

「セーヌ姉ちゃん?通れない理由って?」

「アレン君は眠っていて見ていませんでしたね。通れない理由…それを今お見せしましょう。…これがいいでしょうか?」


 そう言ってセーヌが立ち上がり辺り見回して近くに落ちていた杉の木の枝を拾い上げた。


「枝?それでなにするの?」

「危険なのでございます。こうやって遠くから攻撃しないと。」

「攻撃?なにに?」

「それは…すべては目にすればわかりますよ。えいっ…」


 そしてセーヌはクロノスがスタート地点の境だと地面に刺した木の枝のすぐ手前まで歩いていき、そこから丘の下の花畑に舞っていた大きさも色も異なる蝶々の群れに向かって可愛らしい掛け声とともに枝を投げ込んだ。



 セーヌに投げられた枝はくるくると回転して上手く蝶々の群れの中に入った。それは空中を自在に飛び回る蝶々には楽に避けられるかと思われたが、枝の乱入が蝶たちにとっていきなりの事だったことと蝶がとにかく沢山いたこともあって、枝はその中にいた赤色の大柄の蝶に見事に命中したのだった。


「…!!」


 その瞬間だ。枝の当たった大きな赤い蝶は飛び回るのを止め、その場で羽を動かして空中で制止した。そしてふるふると震えたかと思うと突然かっと光り輝き…





 どおおおおおおおおおおん





 …爆発したのだ。その爆風で周りを飛んでいた蝶は跡形もなく吹き飛び、真下の花は高温で焼け焦げて花弁は散り散りに。周囲の花もちぎれんばかりに靡いて実際に何本かはちぎれてしまい何メートルも地面を転がりやがて他の植物にひっかかっていた。


「うわぁ!?なに!?爆発した!?」

「上手く例の子に命中しましたね。」


 枝が蝶に当たったかと思えば突然爆発した。丘は蝶が爆発した場所からそれなりに離れていたために爆風は弱まり、まるでそよ風のようなものしか来なかったが、それでもアレンは驚いていた。普通は蝶が突然爆発したら誰だって驚くだろう。


「なんで蝶が爆発…!?しかもすごい威力…!!」

「まだだ。よく見ていろ。」


 驚きながらあの現象の答えをセーヌに尋ねようとしたアレンだったが、そこにリリファが待ったをかけ花畑をまだ見るように告げた。アレンにはそれが何を意味するのかはよくわからなかったが、先ほどの衝撃的な光景を見たせいか素直に前を向いて再び丘の下の花畑と向き合えた。


 そこには爆風も消えさり無事だった蝶や花が禿野原になった爆心地を除いて何事もなく残っていた。…いや、何事もなくではない。蝶や花のいくつかが先ほど爆発した蝶のように静かに震えていた。そしてこの後も同じで、それらは次々と光り輝いて…



 どおおおおおおおおおおん

 どおおおおおおおおおおん

 どおおおおおおおおおおん



 …次々と爆発していったのだ。それらが生み出した新たな爆風で蝶や花が巻き添えになり散っていき、さらにいくつもの蝶や花が爆発していく。目の前の花畑が次々と地獄の不毛の大地に変わっていく光景にアレンには何がなんだかさっぱりだった。だがわかることがひとつだけ。あの中に人間が飛び込んだら…たぶん木端微塵である。


「ね、ねぇあれ…」

「あの爆発した蝶は超爆蝶(バースト・バタフライ)。誘発されて爆発した花はユーバッカの花という種類らしいです。両方モンスターだとのことでございます。蝶の群れと花畑にいくつか混じっていて、あそこを通ろうとしてそれらの中の一つにでもに当たり少しでも衝撃を与えてしまうと爆発してしまうのです。しかもその衝撃で近くのものが次々連鎖するように爆発してしまいます。さらに他の蝶や花も危険な毒を持つ種類であるらしく、爆風で散ると毒の粉が周囲に撒き散らされて息をすればたちまち猛毒が体内に入り込み血肉を破壊していくとのことです。それとあれらはすぐに再生するので先に全部爆発させて通るということができないのです。」

「私達があのゴールへたどり着くためには、あの爆発と毒の粉の蝶と花を避けるか無力化しなくてはいけない。だが…その方法がさっぱりというわけだ。」

 

 二層目や三層目寄りもはるかに楽で当たりのマップに出たのだと思われた四層目。その認識は間違いでもしかしたら四層目の全マップ中でも一番の外れなのかもしれなかった。



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