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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第103話 引き続き迷宮を巡る・二日目(続々・迷宮ダンジョン内三層目での出来事)


「え、あの…倒せないかと最初に発言したのはあたくしですが…その、やめておきません…?」

「えー?でも銀色の宝箱…頑張れば倒せないわけではないしな…」


 穴に潜ったデス・ワームを倒す気満々になってしまった猫亭冒険者たちをイゾルデは遠慮しながらも止めようとしたが、クロノス達はそれを聞き入れるつもりはないようだった。


「えっと…あ、そうですの!!あんなモンスターが襲ってきたらあたくしの身が危険になりますわよ?雇い主の身の危険はあなた方にとっても大変不本意では?あたくしだって危ないのは嫌ですわ。」

「おっとそうだったか。」

「その通りですの!!危ないからやめておきましょう。ねっ?」

「そうだな。危ないからイゾルデ嬢は離れておけ。別に手を貸さなくていいぞ。」

「そうだね。イゾルデさんは近くにいない方がいいかも。」

「…勝手にしてくださいまし。」


 イゾルデは自分の身を人質にしてクロノス達にデス・ワームとの戦いを止めさせようとしたが、彼らが取った選択はイゾルデを戦闘から除外すること。あくまで戦って宝箱を手に入れるつもりだったのだ。そんな彼らにイゾルデはついに折れたのだった。


「わかってくれたか。それなら少し離れて…」

「離れませんの。デス・ワームは地中を自由に移動できるのならむしろ一人になる方が危ないですわ。それに…あたくしも…宝箱の中身がちょっとだけ、ほんのちょっぴりだけ気になりますの。…もしかしたらエリクシールとか入っているかもしれませんし。」


 両手の人差し指の先をつんつんと合わせてイゾルデは照れ混じりにそう答えた。あくまでエリクシールの可能性を考えてのことだと自分に言い聞かせながらも実は自分も宝箱が気になると認めたくは無かったが、どうしても気になったのだ。


「イゾルデ嬢もあの宝箱の中身を知りたいんだな。」

「そ、そんなことありませんの。粗雑な冒険者のあなた方と一緒にしないでくださいまし!!」

「はいはい。しかしどうやって奴に攻撃するか…」

「え?普通にクロノスさんがぱぱーって倒してくれるんじゃないの?」

「それでもいいんだが奴の肉体は硬いからな。俺が斬ったら剣がまた壊れてしまう。なんでもくんの中にミツユースから持ってきた予備をいくつか入れてきてあるが、この先の階層をどこまで進むかわからないし、地上に戻っても今は押し掛けた連中が迷宮都市中の武器や防具を買い占めてしまって武器屋にも在庫らしい在庫は無いそうだから、あんまりいたずらに消耗したくはないな。」


 クロノスが目下に心配していたのは巨大なデス・ワームをどう倒すかではなく、腰に下げた己の武器の消耗についてだった。


 今朝ダンジョンのゲートへ行く前に道中で寄った武器屋や鍛冶屋は職人が見習いに至るまでフル稼働で働いており、目にはいずれも大きな(くま)を作って今にも倒れそうだった。店に残っているのもナマクラやガラクタ同然の中でも最底辺に位置するようなもばかりであり、それは武器に拘らない性格のクロノスでもちょっと遠慮したいくらいには鉄屑だった。そんなわけで迷宮都市にいる間は武器の補充は諦めていたのだった。


「それならどうやって奴を倒すんだクロノス。やはりナナミとセーヌの魔術に頼るか?」

「倒せないという考えはないんですの…?先ほどBランク相応であると仰っていたではありませんの。称号無(ルーキー)のリリファさんでは厳しいのではありませんか?」

「冒険者だからな。戦うと決まればネガティヴなことは考えない。それにいざとばればクロノスがどうにかしてくれるだろう。」

「頼られているのですね。クランリーダーさん。」

「はっはっは。そういうことだ。ではダメージ稼ぎはナナミとセーヌに頼むとしよう。」

「私とセーヌさんで攻撃するのは難しいんじゃないかなぁ…あ、戦うのが嫌という訳ではないよ?私だって宝箱の中身知りたいし。でも…」


 クロノスは笑いながら二人に頼むが、当の二人は自分達が攻撃の要になることに疑問を覚えたようだ。ナナミがそれを口に出した。


「うーん…でもあの硬そうなデス・ワームの体に有効な魔術って私とセーヌさんが使える中で何かあったかな?」

「そうでございますね。砂の中で暮らすモンスターとなるとおそらく地属性…私が扱える雷属性の魔術では相性が悪いですし、ナナミさんは火と氷の魔術…属性相性による軽減はありませんが逆に有効打になるとも…クロノスさんは水属性か風属性の魔術を何か持ち合わせておりませんか?」


 セーヌの予想通りデス・ワームは基本属性が地属性のモンスターだ。地属性に有効な属性は水属性か風属性であると昔から相場は決まっている。しかしこの中でそれらを扱えるのはクロノスとリリファだけ。だがリリファの使える魔術はいずれもダンジョン攻略や自然界の冒険で役に立つ補助的な魔術であるため攻撃性は持たない。そしてクロノスは…


「使えるけど…使いかた忘れた。どうやれば出るのか覚えてない。」


 そう。クロノスはそういった攻撃系の魔術は特に使う用が無かったので、習得してから長年の間にすっかり使い方を忘れてしまっていたのだ。


「今からでも思い出せない?」

「無理。俺が魔術を覚えるときに読んでいた魔術書がここにあれば話は別かもしれないが、今はここにはない。というわけで主なダメージはやはりナナミとセーヌに稼いでもらわねばならない。」

「でもクロノスがダメなら私やアレンにも攻撃手段は無いぞ?」

「そうだよね。それならナナミ姉ちゃんとセーヌ姉ちゃんだけに魔術を使ってもらって倒してもらうの?おいらたちには出番なし?」

「確かに有効打となるのはナナミとセーヌの魔術となるだろうな。もちろん攻撃以外にも仕事はきちんと用意しているから安心しろ。君達は今回は彼女たちのサポートに回ってもらう。まずは…」


 クロノスは全員に、デス・ワームを倒す方法を語るのだった。ちなみにイゾルデはもう仕方ないと戦闘の回避を完全に諦めて話を黙って聞いていた。




------------



 照りつける日差しの中でそれぞれの準備が終わり一行は配置に着く。その中で一人離れたところにいたクロノスは全員に聞こえるくらいの大声で準備が終わったか聞いていた。声も振動の一つであるためデス・ワームには音の振動が届かないように地面にはクロノスとリリファが


「準備はいいな!?それじゃあ呼び寄せるぞ…おりゃあ!!」

「…!!GYAAAAA!!」


 手始めにクロノスが仲間達から離れたところから地面を思い切り蹴り付けると、地面がぐらぐらと揺れてその下から振動を察知したデス・ワームが飛び出してきた。クロノスはその衝撃で上に吹き飛ばされてしまいそれをデス・ワームは大口を開けてそれを追う。


「おお、大口の中は結構きれいだな。てっきり獲物の血や肉で汚れているのかと…あ、そうか…こいつはダンジョンモンスターだから「成長して人も喰らうようになった危険なデス・ワーム」という()()でダンジョンが作り出しただけの存在なのか。生まれてからそんなに時間も経っていないから何も食べていないのか?…おっと、いけない…」

「GYAAAAAA!!」


 クロノスは迫る大口を冷静に観察していたが今の目的を思い出した瞬間、デス・ワームの大口がクロノスに重なり、彼は呑み込まれてしまった。


「GYAAA…!!GYA…!?」


 やっと捕まえた初めての獲物。それを一飲みにしたデス・ワームは満足そうにそれを胃の方へ流し込もうとしたが…そこで口に何か違和感を覚えた。


「GA…GA…GYAAAA!!」


 デス・ワームはしばらくその違和感と戦い口をもごもごさせていたが、突然強烈な衝撃を口の中で受けて口がはじけ飛んでしまったのだ。そして剥き出しになった口内から現れたのは、剣を抜き全身がデス・ワームの血と唾液塗れになったクロノスだった。


「ふぃ~っと。全身ベタベタだぜ。俺を食いたきゃもっと精進することだ。」

「GYA…!!」

「さて…それと君を縛り付けなきゃいけないな。」


 予想だにしな負傷を負って本能に従い地面に逃げようとしていたデス・ワーム。クロノスはその巨体が地面に描く影に向かって剣を投げつける。するとデス・ワームはピタリと動かなくなってしまったのだ。


「GYAA…!?」

「動けませんってか?そりゃ当然だ。君の影に影縫いを掛けた。これでしばらくは動けないだろう。君達、今だっ!!」


 逃げようともがくが体が動かないデス・ワームを確認したクロノスは、下で準備をしていた仲間へ合図を送った。


「うん!!いくよー…駆け抜ける炎の龍よ…フレイムドラゴンっ!!」

「BOOOOOO!!」


 まず最初に動いたのはナナミだ。彼女は詠唱を素早く唱え、全身を灼熱の炎に包んだ龍のような姿が特徴的な火属性の魔術であるフレイムドラゴンを生み出した。これは発動後に術者の意思である程度の遠隔操作が可能な魔術で、しかも標的に当てるまでしばらく留めておける操作性の高い魔術だ。


「セーヌさんオッケーです!!」

「承りました。…ライトニング・ヴェール!!」


 ナナミの合図を受けて次に魔術の詠唱をストックしていたセーヌが発動したのはフレイムドラゴンと同様に操作の利く雷撃の魔術だった。


「それでは…あちらへお願いします!!」


 バチバチと(ほとばし)る雷撃を彼女はナナミの周りで蠢いていた魔術の火龍へぶつけた。すると火龍の周囲に雷撃が纏わりつき、炎と電撃の二つの魔術は互いを相殺することなく一つに合わさったのだ。姿も元の龍よりも一回り大きく角まで生えてきて、なんだかそれだけで随分強そうに見えた。


「BAAAAAAAA!!」

「どう!?名付けて…雷炎の龍「ライトニングフレアドラゴン」!!」

「合成魔術…上手く行ったようですね。」



 ナナミとセーヌが行ったのは複数の術者がそれぞれの魔術を組み合わせて一つの魔術へと合体させる合成魔術と呼ばれるものだ。これは相性の悪い魔術以外で相手の魔力と上手く波長を合わせると作ることができ、威力は普通にそれぞれ単体で使ったよりも遙かに強く効果は倍以上ある。


 ナナミは他人と魔力の波長を合わせると言うのは初めてでうまくできたように思えなかったが、そこはセーヌがカバーしてくれたようだ。今回はナナミが持つ魔術の中でもコントロールがしやすいフレイムドラゴンにしたことも大きいだろう。現に電撃を纏った火龍…雷炎の龍はその原型を留め続けていた。


「ほっ…上手くできた…」

「ナナミさん!!気を抜かないでくださいませ!!お互いの魔力をイメージして相手に合わせるようにそのまま維持するのでございます!!」

「あっといけない…魔力魔力…合わせて…セーヌさんのあらあらうふふな感じで…!!」


 ナナミはセーヌのふんわりとした感覚(?)の魔力をイメージしながら、自分の生み出した火龍を保つことに心力を注いでいた。やがてコツを掴んだのか集中を少し削いでも大丈夫になったのでデス・ワームの口に乗ったままのクロノスへ準備ができたことを報告した。


「クロノスさんこっちはいいよ!!当てるまでは形を保てそう!!」

「よしきた!!こっちも今刺し終わった。後はこれを…リリファとアレン!!」

「ああ!!」「うん!!」


 クロノスはいつの間にかデス・ワームの一部が吹き飛んだ口元の肉に二本の鉄でできた頂点に丸い穴のる杭を差し込んでおり、そこにそれぞれ縛り付けた二本のロープを下で待機していたリリファとアレンに一本ずつ投げた。二人はそれを受け取るとしっかりと掴んで引っ張りデス・ワームの上部を雷撃を纏う火竜の方へ向けていた。デス・ワームの力に子どもの二人では押し負けてしまうだろうがそれは通常の話で、今はデス・ワームはクロノスの影縫いによって抵抗の力が入りにくいので二人でも容易にロープを引くことができた。


「これくらいか…?」

「リリファはもっと右へ。アレンはそのまま後退しろ。」

「わかった!!んぎ~…!!」

「よし、そのくらいでいい!!後は急に動かないように引っ張り続けて…いいぞナナミ!!」

「はい!!それじゃあフレイムドラゴンくん…やっちゃって!!」

「BAAAAAAAA!!」


 デス・ワームの開いた口が雷炎の龍の方へ向いたのでクロノスがナナミへ叫ぶと、彼女は杖を手を振って雷炎の龍をデス・ワームの口元目掛けてまっすぐに飛ばした。


「このままじゃ俺も喰らうから…君だけでたらふく食うといい。じゃあな!!」

「BAAAAAAAA!!」

「…!!」


 雷炎の龍がデス・ワームの口に到達する直前でそこにいたクロノスは飛び降りて魔術の直撃を回避した。同時にリリファとアレンも持っていたロープを手放す。そしてその場に残された開いたままのデス・ワームの大口に雷炎の龍がぶつかり、中に飲みこまれてしまった。


「よし、そろそろ胃まで行っただろう。後はナナミ適当に頼む。」

「はーい!!じゃあ…そこ!!あっち!!てきとー!!」

「GYAAAAAAAAAA!!」


 食道を通り胃まで到達したであろう雷炎の龍は指と杖を振り回すナナミのメチャクチャな指示を受けてデス・ワームの体内を闇雲に暴れまわる。そのたびにデス・ワームは苦しげに呻いて身を捩じらせたが、今の奴は影縫いによって動くことができず、激しくのた打ち回ることもできない。デス・ワームが持つ物理攻撃と弱点以外の魔術の耐性はあくまで硬くて丈夫な表皮によるものだ。体の内側からの攻撃ならば関係はないのだ。


「GYA…GYA…GYA…!!」


 そうしている間にもデス・ワームの体内を火竜が蹂躙してメチャクチャに破壊していく。もはやデス・ワームの死は決定的な物であった。


「GYA…aaa…」


 デス・ワームの動きがどんどんと鈍くなっていき、口から黒い煙を吐き出してついにピクリとも動かなくなってしまった。最後にデス・ワームは地面に横向きに倒れ瞬く間に消えて行った。


「よし!!倒した!!」


 やがてデス・ワームの死骸が全て消えてそこに大振りな茶色い魔貨が残ると、一番近くにいたアレンがそれを持ち上げて天へ掲げた。


「本当に倒してしまいましたの…」

「まぁこんくらいならな。いくら属性の相性が悪くても内側から破壊したら普通に大ダメージもらうわな。」


 近くでデス・ワームをクロノス達が倒す光景を目の当たりにしていたイゾルデ。彼女の横にデス・ワームが消えたことで唾液や血も消えてすっかり元の綺麗な状態へ戻ったクロノスがやってきた。


「あたくしはてっきり真っ向からデス・ワームに挑んで打倒すと思っておりましたの。」

「それはおとぎ話の英雄が取る戦法だ。冒険者は最強でも不死でもない。真っ向から挑んだところで大けがや酷い時には命を落とす。実際はこうやって知恵を絞ってなるべく犠牲が出ない作戦を立てるものさ。時には無謀や無策で玉砕する奴もいるが…」

「クロノス!!宝箱持ってきたぞ!!」

「リリファさんが…!?重くないんですの?」


 デス・ワームが倒れた所からリリファが宝箱を両腕に抱えて持ってきていた。銀でできた宝箱であるのでさぞ重いだろうとイゾルデは思っていたが、それは違うようだった。


「私も当然銀でできた宝箱だと思っていたんだが…これ表面に銀色の塗料を塗ってあるだけみたいだ。ダンジョンで見つかる普通の木箱の宝箱と同じ重さだったぞ。」

「そうなのですか。どちらにせよご苦労さまですわ。」

「ねぇねぇ早く開けてみてよ!!」

「少し待て。鍵がかかっているんだ。今施錠を…」


 アレンにせがまれたリリファは、施錠の他に宝箱の全部の面を調べて空けたときに作動する仕掛け罠の類が何もないことを確認して、ダンジョンの宝箱の鍵を開ける解錠(アンロック)の魔術で解除した。それから蓋を少し上に上げて離れるのだった。


「よし…罠も何もないようだった。後は蓋を上げるだけで中身と邂逅できるぞ。」

「だれが蓋を開けるの?」

「もう危険はないから誰でもいいぞ。」

「それならおいら開けたい!!いいよね!?」

「待った。」


 もう待てないとアレンが皆に尋ねると同時に蓋に手を掛けて開こうとしたが、それにクロノスが待ったの手を掛けた。


「なにクロノス兄ちゃん?まだ罠でも…」

「違う。いいかアレン?これがもし俺たちクランのパーティーメンバーだけなら話し合って開けたい奴を決めればいい。だが俺たちは今雇われの身であることを忘れるな。俺たちの命以外のあれこれ一切合財を決める権利は、今イゾルデ嬢にある。」

「え?あたくしですの…?開けるくらいならあたくしは誰がやっても構いませんけど…」

「まぁそれでも一応だ。先ほど君の戦いたくないという案を蹴った手前、下がった忠誠度をここで上げておこうかと思ってな。」

「そういうことでしたら…やはりアレンさんの好きに開けてしまっても構いませんの。」

「ホントに!?」


 クロノスに宝箱を開ける人間を選ぶ権利を与えられたイゾルデは、迷うことなく宝箱を開けたそうに目をきらきらと輝かせていたアレンを選んだ。


「その代わりに中身が万が一エリクシールであるのならあたくしに譲ってもらいますわ。」

「それは承知しているよ!!じゃあ開けるよ…ごかいちょ~!!」


 イゾルデに許可を貰えたアレンは嬉しそうに宝箱に罠の可能性の一つも抱くことは無く(単純に調べたリリファの腕前を信頼しているのかもしれない)うきうき気分で宝箱の蓋を思い切り上げた。


「うわっ…眩しい!!」

「罠か!?」

「落ち着け。単に太陽の光が宝箱の内側に反射しただけだ。ほら、もう少し蓋の角度を変えろ。」

「う、うん…」


 開けた瞬間に周囲がまばゆい光に巻き込まれてアレンは目を瞑り、リリファは自分が気づかなかった罠の類かと飛び出すが、それはただ単に光の反射であった。クロノスに言われ蓋を更に開けるとその光は消えてなくなった。


「あ…消えちゃった…」

「仰仰しさの演出のために内側に光を増幅させる工夫が凝らしてあるのかもな。目がやられない程度でよかったぜ。」

「そうだね。それじゃ光も消えたことだし…中身をご拝見しちゃいましょ!!」


 いろいろあったが中身は一体なんだろうか?宝箱はリリファが両手で持てるくらいに小さく軽いが、それだけで判断することは不可能である。金銀財宝の類か、はたまた強力な武器か…もしかしたら特殊な魔道具かもしれない。外れのガラクタの可能性を全く考慮しない一同はイゾルデを含め宝箱を覗き込むがそこにあったのは…

 

「なにこれ?…本?」


 いの一番に中身についての感想を述べたのは宝箱を開いアレンだった。彼の言うとおり宝箱の中にはぼろぼろに古ぼけた本が一冊鎮座していただけだった。しかも宝箱の中でがたがた動かないように箱の内側にくっついていた。鉄の留め具で固定されていた。


「これは…触ってもいい物なのか?」

「呪いの品って可能性も考えないとだから一応俺が触る。よっと…」


 ダンジョンで見つかる宝箱の中のアイテムには時々呪いが付与されていることがある。呪いの種類についても様々であり例えば、利き手が動かなくなる、食べ物が全て激辛に感じる、友人の声がカエルの鳴き声にしか聞こえない、ヒールの恩恵を受けられない、目の前の人間を一人残らず殺したくなる、道端の雑草が金貨に見える、敵からの攻撃での状態異常発症率が二倍になる、顔がブサイクになる、今まで友達だと思っていた異性が急に魅力的に感じられるようになる、借金で無茶な返済プランを見切り発車で契約したくなってしまう…等、その他呪われると困ることや逆にありがたいものまで、とにかくたくさんあるのだ。


 呪いの種類によっては冒険をそれ以上続けられなかったり日常生活に支障が出るものも少なくないので、一度呪われると地上で店を構える払い屋やギルド専属の呪術師に少なくない金額の報酬を払って解呪してもらわなくてはならない。中には技量の低い呪術師にはとても解呪できない強力な呪いもあるので、万が一アレン達が呪われたら大変だと呪いには人一倍耐性があり、なおかつ例え呪いを受けてもそこまで影響のないであろうクロノスが本の四方を固定していた金具をぱちんぱちんと外して本を手に取った。すると下に置いた銀の宝箱は、先ほどのデス・ワームと同じようにすぅっと消えてしまったのだった。


「あら…宝箱が消えてしまいましたわ…!?」

「ああ、イゾルデさんは知らなかったね。ダンジョンの宝箱って中身を全部取り出すとモンスターと同じく消えてなくなっちゃうんだ。おいらも最初はびっくりしたよ。」

「ですが以前王宮にいたときにそこに出入りしている商人が、冒険者がダンジョンで手に入れた珍しい品だと宝石の入った宝箱を持ってきたことがありましたの。その時は普通の木箱でしたが確かにさっきと同じ形をしていましたわ。」

「それはどこかの職人が作った精巧な模倣品だ。ダンジョンの宝箱のな。その方が雰囲気出るだろってことで商人とかが作らせてるんだよ。ギルドが預かっているレアアイテムの買取人を決めるオークションとかでも使われている半公式的な物だよ。」

「そうだったんですの。確かに外側無しでダンジョンから出た宝だと言われても説得力がありませんの。」

「最近じゃ金持ちの間でダンジョンから出る古代文明の遺物や過去の骨董品とかを集めるのが流行っているらしいからな。そうやって価値を高める努力をギルドも商会も頑張っているのさ。これもそういった骨董品の類かと思ったんだが…」


 クロノスはイゾルデの疑問に答えている間も宝箱から手に入った古い本を破いたりしないように慎重にページを捲ったりして価値を調べていたが、その成果はサッパリなようだった。


「クロノスさんはこの本が何かわかるの?」

「貴重な魔術書とか?」

「いや…専門家じゃないから細かいことは分からんが…これはそういった物じゃないな。というか字が…読めない。古代語はそれなりに理解があるんだけどな。いくつかある言語も全部知っているんだが…わからない。う~ん…」

「…!!」

「どうしたナナミ?君は何かわかったのか?」


 自分の記憶を照らし合わせて本の正体を探るクロノスだったが、その横で本の表紙を見ていたナナミがひどく驚いたように見えたので声を掛けた。


「い、いや…ナナミさんにもさっぱりだな~古代語なんて全然わからないよ!!」

「そうか?ならいいんだが…」

「この本が何かは地上に持ち帰ってからでいいんじゃないか?ギルドの鑑定員なら何か知ってるかもよ。案外大したことない物かも知れないしその逆かもしれないぞ。」

「そうだな。考えるのは後でいいな。」


 リリファにそう言われてクロノスは頷き、本をなんでもくんの中へ仕舞った。


「さて…宝箱も無事中身を確認したしそろそろ迷路のゴール探しの続きをしなくてはな。」

「あ…そういえばまだ迷路の途中だったね…」

「さすがに疲れたよ…なんか暑いし…」

「暑い…そういえばさっきは皆して離れてセーヌのプラズム・ミストの効果範囲外に出ていたな。全員汗と砂まみれだ。水飲め、水。」


 クロノスがアレンになんでもくんから取り出した彼の分の水筒を渡したが、アレンはそれを一気に飲まずにちびちびと飲みだした。


「なんか…飲みたいけど上手く飲めない…頭がくらくらする…デス・ワームの叫びにやられちゃったかな…」

「おい、大丈夫か?まさか日に当てられたか?」

「大変…熱中症だよそれ!!」

「早くゴールを目指さないと…でもまたモンスターに出くわしたら…ならば一回スタートに戻って…」

「落ち着け。こうなったら俺が抱えて走って…そうだ!!」


 ふらつくアレンを支えて先へ進むか引き返すか悩む一行だったが、クロノスが何か思いついたようだった。


「アレンを貸せ。ほら…背中に。」

「う、うん…」


 クロノスは口調も弱弱しくなったアレンを背中におぶさって迷路の壁に近づくと、そのまま壁に向かって飛び込んで十メートルの高さはある壁をよじ登ってしまったのだ。

 

「クロノスさん!!急に壁に登ってどうしたの!?」

「そうだよ。天井が無いんだから迷路の上からゴールを探せばよかったんだ。少し考えれば分かることだろうに俺の阿呆…」


 レンガ造りの壁の上部は足を乗せて歩けるほどには幅があった。クロノスがアレンをおぶさったまま周囲を見渡すとゴールの目印である赤い水晶と青い水晶のある場所を見つけた。


「右、左、右、右、前、右…よし、覚えた。…っと。」


 ゴールまでの道筋を壁の上から頭にしっかりと記憶したクロノスは壁から飛び降りて元いた地面に着地した。


「ゴールは覚えたぜ。そこまで遠くはないからそっちへ行って次の階層へ行こう。」

「でも大丈夫?途中でまたモンスターと出くわしたら…」

「とりあえず見える範囲ではゴールまでの道中にモンスターは見えなかった。もし出ても俺が一人で狩る。遠慮はしない。武器の一本や二本でアレンを苦しめられるか。」

「分かりました。では道を急ぎましょう。アレン君の状態は私が見ておきます。」

「ありがとうセーヌ。君は俺の隣でアレンを見ていてくれ。後は…次の階層がここみたいに日差しの強い所じゃなければいいが…その時はダンジョンから脱出だな。他に日にやられる奴が出る前に急ぐぞ!!」


 クロノスはそれだけ口に出してから苦しげに唸るアレンをおぶさって、他の仲間と道を覚えた迷路をただひたすらに走るのだった。



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