第102話 引き続き迷宮を巡る・二日目(続・迷宮ダンジョン内三層目での出来事)
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種族名:デス・ワーム
基本属性:地
生息地:大陸西方の砂漠地帯
体長:最大発見例で約20メートル
危険度:B+(ただしクエストに指定された危険個体のみ。通常はD以下)
砂漠に棲むモンスターであるサンドワームの上位種。普段はそちらと同様に砂の中で暮らし、移動の際はそこを泳ぐように掘り進む。幼少期より荒い砂の中を泳ぎまわることから成長と共に体の表面が鉄の鎧のように固くなっていく。その硬さは生半可な武器の斬撃を通さない。
下位種のサンドワームはごつい見た目とは裏腹に雑食性が強く肉も動物の死骸を食べる程度の大人しいモンスターだが、こちらは完全な肉食性の大変に獰猛なモンスターで、獲物が縄張りに入ると地中からそれを振動で感知し、その真下に潜り込んで口を開けたまま飛び出して獲物を捕らえそのまま丸呑みにする捕食方法を好む。獲物が複数いる場合は一度目の前に姿を見せて、獲物が散り散りになったところを一匹ずつ捕えていく。
口の中には数千個にも及ぶ細かく鋭い牙があるが、これらは全てデス・ワームの体の内側に向かって生えており、実は呑み込んだ獲物を斬り裂くためではなく丸呑みにした後に逃げられないようにするための返しのような構造になっているのではないかと研究者の間で考察されている。
成長した個体は獲物をより大きな動物へと変更していく性質を持っており、体長が10メートルを超える個体の獲物には人間も入っている。砂漠地方において縄張りを拡大したデス・ワームが人間の領域に侵入して商人のキャラバンや旅人を襲う事件が時々発生し、そういった危険な個体には高額な討伐報酬が懸けられるのでそれに目を付けた腕利きの冒険者や傭兵によって退治されている。ただし強いので冒険者の場合はクエストの受注にランク制限が掛かる。
成長後は危険なモンスターではあるが幼少期は普通のミミズと大きさも見た目もほとんど変わりなく、自分よりも大きい仲間や他の生態系上位者に食べられてしまう。とある研究者の観察記録によれば人間の脅威となるサイズに育つまでの生存確率は、一つの年に生まれた大陸中のデス・ワームのうち、およそ一匹か二匹程度なのだとか。
ギルドのモンスター資料より抜粋
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「GYAAAAAAAA!!」
「大きい…!!」
「戦えるのですか…このような巨大なモンスターと…」
「大きさだけで怯むな。いざとなったら俺がどうにかしてやる。」
デス・ワームの巨体に無言の威圧感を覚えたメンバーは額に汗を滲ませていたが、クロノスに言われ奴からずっと目を離さないでいた。対するデス・ワームも叫びを何度かあげてこちらをずっと見ていた。
「…GYAAAAAAAA!!」
「…来るっ!!」
至近距離でどちらから動くか場を膠着させていいた両者だったが、先に動いたのはデス・ワームだった。奴は姿を見せた時と同じようにけたたましい鳴き声で大気を震わせる。そして身をくねらせたかと思うと…
「GYAAAAAAA…」
「あ、あれ…?」
しかし次の瞬間、襲ってくると思われていたデス・ワームは尻尾の方から穴の中へずるずると潜っていったのだ。それには思わず拍子抜けなクロノス以外のメンバーたち。
「あれ?戻ってった…?」
「油断するな。それと全員正気か?」
「うん…なんともないけど…」
「私もだ。」
「私も異常はございません。」
「おいらも大丈夫だよ。」
呆気にとられるナナミ達だったが、そこにクロノスは全員の異常を尋ねてきたのでとりあえず全員異常なしを伝えると彼は一安心といった按配だった。
「さっきの叫びには混乱や発狂の異常効果があるんだ。あいつは砂漠の砂の中に棲むモンスターで、縄張りにラクダ…砂漠に棲むウシの群れや商人のキャラバンが通りかかるとまず姿を見せて驚かせ、混乱して散り散りになったところを砂の中から追って一体ずつ丸呑みにしていくのさ。奴を討伐しようと目論んだパーティーも大抵はそれで崩壊して全滅する。」
「まさかのパニックホラー!?デス・ワームちゃん賢い…」
「今も同じように俺たちのパーティーを散開させた後に迷路の中で迷わせて一人ずつ喰おうとしたんだろう。ここの床は掘って進める砂の地面…壁だってそこまで深く埋まっているわけではないだろうから、その下を通れば奴にとっては縦横無尽なフィールドだからな。それにしても混乱防止の加護がついた装備もないのに全員無事とは…」
「あのクロノスさん。それなのですが…」
全員が混乱せずに済んだことを単なる幸運とは考えられなかったクロノスはその理由を探したが、すぐ横にいたセーヌがその答えを教えてくれた。
「先ほどから使っているプラズム・ミストには火傷と発狂と混乱を防ぐ追加効果もあるんです。ですのでおそらくはそれかと…」
「なに?ナイスだぜセーヌ!!これで奴と戦うときに状態異常を気にせずに済む!!」
「セーヌさんグッジョブ!!」
「引き続きその魔術を展開していてくれ。ここでは回復魔術より重要かもしれない。」
「承りました!!」
セーヌの使っていた魔術の思わぬ副産物的効果とその魔術を覚えていたセーヌに仲間達は惜しみないグッジョブをした。そしてセーヌは意識をプラズム・ミストの維持に集中させる。
「とりあえずこれで奴の叫びは怖くなくなったが…」
「デス・ワームは地中に潜って各個撃破を目論んでいたのですわね…ならばそれが効かなかったと気づけば次はかく乱を諦めて直接襲ってくるのでは?逃げなくては…」
「動かない方がいい。さっきこちらを見ていたのは驚かすためであって実際には奴は太陽の下ではそこまで目はよくないから、たぶん俺たち一人一人までは正確には捉えられていない。あれは地上の振動に敏感に反応するからな。デス・ワームも誰かしら逃げるだろうと考えてすぐ動けるように地面に潜ったんだろうな。戦うとは言ったがもしかしたら戦闘の回避も…やってみるか。」
いつまでも砂の中から顔を覗かせないデス・ワームをおびき寄せようと、クロノスは近場に落ちていたずっしと思い漬物石にでも使えそうな大きな石を通路の奥へ思い切り投げた。
「おりゃ…よっと!!」
「GYAAAAAAAA!!」
石が放物線を描いた後にずしんとバウンドすることなく地面へ落ちると、五秒もしないうちにそこが大きく揺れて地面を割ってデス・ワームの大口が現れて石を一飲みにしていった。
「…!?GYAAA…!!」
石を呑み込み満足そうにしていたデス・ワームだったがしばらくして腹に違和感を覚え、それが石のせいだったことに気付くと口から石を勢いよく吐き出した。石はレンガの壁にぶつかって粉々に砕け散りそれを振動と音で確認したデス・ワームは地面に戻っていった。
「よし、やっぱり見えていないな。どうやらあいつは俺たちが動いていないことに気付いていないらしい。あいつの目は地中の生活で退化しているらしいし臭いにもあまり反応しないらしいからな。このまま動かなければ襲われることも無いだろうが…」
「でも動かなきゃ先へ進めないし、戻ることもできないよね。」
「その通りだ。俺が君達の足音を消す魔術の忍び足を使うからそれで通るか。デス・ワームはこの場で留めておいてさっさと進もう。」
「もう一度出てきたところを皆で攻撃を当てて倒せないんですの?」
「止めとけイゾルデ嬢。デス・ワームは体表を硬い外殻に覆われているから物理では有効打にならない。君は魔術の心得はあるか?」
「ありませんわ。このパーフェクト・ローズの大剣技一本のみですの。」
イゾルデが魔術を使えないらしい。アレンも使えないしリリファは攻撃用の魔術は覚えていない。ならばダメージソースとなるのはクロノスとナナミとセーヌのみということになる。
「ならよした方がいい。せめてイゾルデ嬢に魔術による自衛能力が無ければ挑みたくない。」
「ですが倒せないわけではないのですよね?後でまた襲ってきても大変ですからここにいるとわかるうちに撃破をしたほうがよろしいのではなくて?」
王女様の身であると言うのにイゾルデはどうやら大変好戦的な女性にあらせられるらしい。雇主に何かあったら大変だと戦うことを避けようとしていたクロノスに、今のうちに倒しておくべきだと言って聞かなかった。
「あの大きさは地上であれば間違いなくBクラス程度の危険度があるが…それでも挑んでみたいか?」
「一応聞きたいのですが…Bクラスの危険度とはどのくらいなんですの?」
「そうだな…Bだと…さっきの階層のアックスこけっこを一羽残らず無傷で喰い尽くす。もちろん砂漠のフィールド限定だがな。」
「バランスおかしくありません…?いきなり高難易度のマップすぎではないですか。」
「冒険者で換算するのならこのメンバーで俺抜きでは間違いなく全員奴の胃の中だぜ。戦うと言うのならやってみてもいい。最悪俺がサポートするから死人は出さない。」
「それじゃあ…どうする?」
クロノスがそう戦果の予想を立てたので、仲間達はデス・ワームと戦うかどうかを話し合う。
「私は止めた方がいいと思う。」
「でもおいらたち今日はまだ戦闘らしい戦闘まだ一度もしてないよ?」
「冒険者だからっていつもいつでもモンスターと戦うと思うなよアレン。避けられる戦いは避けるのが現役生活を長く続けるコツだ。」
「別に戦わないからって恥ってわけでもないね。」
「ここは迷宮ダンジョンですからここを戦って乗り越えたとしても、次の階層でまた戦いにならないとも限りません。もしかしたらデス・ワームよりも強い敵と逃げられぬ戦いをしなくてはいけないかも。」
「だったらイゾルデさんに決めてもらおう。今私達はイゾルデさんに雇われているわけだし。」
「でしたら…やはり戦うのは止めますわ。避けて頂いてもよろしいですの?よくよく考えてみればあたくし達はここで立ち止まるわけにも行きませんし。あのデス・ワームがエリクシールを持っていると言うのなら話は別なのですが…どのみちここはダンジョン内ですのでいくら暴れても迷惑を受ける民はおりませんの。」
エリクシールのヒントをデス・ワームが持っているとも思えないので、イゾルデは戦闘の回避を選択した。それを聞いた一同は納得すると同時に心の中で安堵した。なぜならデス・ワームを見るのは全員初めてだったが、あれほど巨大でいかにも堅そうな外殻を持つモンスターを相手できるかどうかかなり怪しかったからだ。一人だけ余裕で倒せると考えているクロノスも団員や雇い主を危険に合わせるようなことはしたくなかったので、雇主自ら諦めてくれたようでほっとしていた。
「そうか…好判断だな。なら忍び足の魔術を全員に掛けるからこっそりと…」
「GYAAAAAAAAA!!」
「また出てきたよ!!」
クロノスが足音を立てずに歩けるようになる忍び足の付与魔術を全員へ使おうとしたところで、獲物が動くのを辛抱できなくなったのかデス・ワームが地面に穴を空けて飛び出してきたのだ。しかも今度は尻尾まで見えるほど全身を穴から出して空高く飛び上がっていた。
「大変…離れないと!!」
「大丈夫だセーヌ。あいつは俺らに気付いていない。どうせまたすぐに穴に戻るから…」
「…あ!!おいアレ…宝箱だ!!しかも銀色!!」
「なにぃ!?どこだ!!」
「あった!!銀色だ!!」
空中で体を反転させて頭から穴に戻っていくデス・ワームの尻尾を見ていたリリファが、そこに太陽の光を受けて銀色に輝く宝箱が引っ掛かっているのを見つけた。リリファに言われクロノスがそちらを見ると確かに銀光りするダンジョンの宝箱が尻尾にあることに気付いて驚いていた。しかしそれを他の仲間も確認できた瞬間、デス・ワームは穴の中へ消えて行ってしまった。
「行ったようですの…ほっとしましたわ。」
襲い掛かってくるのではないかと内心恐怖していたイゾルデだったが、他の冒険者連中はといえば…
「あ~行っちゃった…」
「クソが…早よまた出てこい。」
「惜しかったですね。あと数秒空中にいれば私が雷で仕留められたのですが…」
「…ってなんでそんなに悔しがっているんですの?しかもそんなに穴に近づいては危ないですわ。」
クロノス達は何故かデス・ワームが引っ込んだ大穴を覗いて未練がましそうにしていた。その中にはイゾルデが比較的常識的な冒険者と思っていたセーヌまでいて、その行動には彼女には何がなんやらサッパリ理解不能であった。
「だって宝箱…欲しいじゃん。」
「…えっ!?」
「あ~あ、おりゃワームちゃん出ておいで~。ほれほれ~。」
イゾルデの疑問にはクロノスがきっぱりと答えてくれた。彼はこいつ冒険者に何言ってんのと言わんばかりの口調で答えた後、再び穴の中を覗いて腕まで突っ込んでいた。
「先ほどデス・ワームは危険なモンスターであるから、戦闘は回避しようと意見を一致させたではありませんの!?宝箱の一つや二つ…どうしてそこまで固執するのですか!!」
「だって銀色だぜ?」
「銀色の宝箱だとなにかあるんですの?」
「普通の鉄枠の木箱とは明らかに違うじゃん。絶対中身レアなアイテムだよ。いや絶対。」
「銀色…!!中身が超気になる…!!」
「そうだよね…見たい…!!」
「申し訳ございませんイゾルデ様…変わった色の宝箱は、冒険者の好奇心として開けて中身を確認しないわけにはいかないのでございます。」
クロノス達冒険者は普段見かける錆びた鉄の枠と木の箱ではない全面銀色の謎の宝箱にすっかり魅了されてしまっていた。しかたがないのだ。だってそれが冒険者なのだから。みんなも気になる宝箱があったらとりあえず開けるし、開けなかったら後にずっと後悔するもんね。後で開けて中身を見なかったことを後悔するくらいなら今開けてしまおう。例えそこに危険があったとしても中身が超くだらないそれこそ開けなければよかったと思えるものでも…それが一般的な冒険者の思考なのだ。だからこの反応は至極健全なのだ。冒険者として。
「中身はなにかな?前俺が亡漠竜を倒した時に胃の中から見つけた銀色の宝箱にはかつての時代の英雄のポエム集が入ってたんだよな。あれにもきっとそれ以上の物が…よし、やっぱり倒すぞ。あのデス・ワーム。」
「「「「はい!!」」」」
「ええ…」
クロノスのした宣言とそれに元気よく答える仲間の返事を聞いて、さっきまで一番好戦的な態度であったはずのイゾルデは、冒険者に対する認識がよくわからなくなってきていた。
くそう…雪め…雪かきで他の事全然できないじゃないか